嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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九校戦編
第15話「夏が近づくとワクワクするゾ」


 あれだけ慌ただしかった4月が嘘だったかのように、第一高校は実に穏やかな日常を経て7月を迎えた。穏やかな気候の春を越え、雨と湿気で気分が重くなりがちな梅雨を越え、今は朝晩ですら汗ばむことも珍しくないほどに気温も上がってきた。

 それはすぐそこまで迫っている夏を予感させるものであり、それに伴ってやって来る“夏休み”を期待させるものだった。普段から彼らを悩ませる勉学から(一時的とはいえ)解放される夢のような期間を前にして、学校全体がどこか浮ついた雰囲気に包まれている――かと思えば、実際はそうでもなかった。

 なぜなら、幸福と不幸が表裏一体であることを証明するように“奴”がやって来るからだ。

 普段から生徒を悩ませる勉学、言うなればそいつの“親玉”と呼んでも過言ではない存在。そいつのせいで、普段から勉学を疎かにしている生徒も、いや、そんな生徒ほど必死になってそのツケを取り戻すべく、慣れない徹夜に励んで机に向き合っているのである。

 そんな、人間1人の生活サイクルさえも変えてしまう恐るべき存在。

 その正体とは、そう――期末テストだった。

 

「失礼しました」

 

 そして今日は、その期末テストの結果が戻ってくる日。

 学校のあちこちで歓喜と悲嘆が綯い交ぜになって渦巻く中、教師に呼び出された達也は一礼と共に挨拶をして指導室を後にした。

 そんな彼を入口で待ち構えていたのは、レオ・エリカ・美月の二科生3人組と、ほのか・雫の一科生2人組だった。皆が皆それぞれのベクトルで美形なのに加え、二科生初の風紀委員として有名な達也と親友ということで、彼女達はすっかり学校の有名人であり、こうして並んでいる光景はとても目立っていた。

 

「みんな……、どうしたんだ、こんな所に集まって」

「『どうした』はこっちの台詞だぜ、達也。指導室に呼び出されるなんて、いったい何をしでかしたんだ?」

 

 驚きの表情を浮かべた達也の質問に答えた(というより問い返した)のは、その集団の中の紅一点ならぬ黒一点のレオだった。

 すると達也は、呆れるような苦笑いのような微妙な表情になって、

 

「期末試験のことで、ちょっと尋問を受けていたんだ。実技で手を抜いたんじゃないかって疑われたようだ」

「手を抜くって……、そんなことして何の得になるっていうの?」

「でも、先生がそんな気になるのも分かる」

「そうですよ! それだけ達也さんの成績が凄かったってことなんですから!」

 

 美月が拳を握りしめて力説していたが、彼女が興奮するのも無理はなかった。

 先日期末試験が行われたのだが、その結果に校内は騒然となった。

 総合点で見ると、1位は深雪、2位はしんのすけ、3位はほのかと、トップ3は入試と同じ顔触れとなった。実技試験だけで見ても、1位は深雪、2位はしんのすけ、3位は雫と、これまたお馴染みのメンツである。ちなみに実技の4位はあの森崎だったが、今は特に取り上げることでもないだろう。とにかく、総合成績も実技単独の成績でも、氏名が公表される上位20人は全員一科生だった。

 しかしこれが、筆記単独になると様子が変わってくる。

 1位が達也、2位が深雪、3位が吉田幹比古という二科生と、トップ3に二科生が2人もいるという前代未聞の事態となった。特に1位の達也は2位の深雪に()()()()10点以上もの差を付けるという圧倒的な成績である。

 ちなみに他に顔馴染みを挙げると、5位がほのか、10位が雫、17位に美月、19位にしんのすけ、20位にエリカと、トップ20人に広げても二科生が4人いるという異常事態だった。ちなみにレオと森崎はランク外なのだが、今は特に取り上げることでもないだろう。

 

「あらー、レオったらアタシよりも下なのー? おほほほほ」

「だあぁ! わざわざ蒸し返すんじゃねぇよ、エリカ!」

 

 わざとらしく口に手を当てて嘲笑うエリカにレオが怒鳴り声をあげるのは、高校入学後からすっかりお馴染みとなった光景だ。

 ちなみにこの試験結果を見た達也が最も意外に思ったのは、しんのすけが筆記試験で20位以内に入ったことだった。本人には失礼だが、普段の言動からとてもそんなタイプには見えない。あれで実は普段からきちんと予習復習しているのか、それとも一夜漬けの効率がもの凄く良いのか。

 

「それで達也さん、誤解は解けたの?」

 

 雫の問い掛けに達也は逸れかけていた思考を引き戻し、そして先程までの遣り取りを思い出したのか若干疲れた様子で首を縦に振った。

 

「まぁ、一応な」

「一応?」

「第四高校に転入を勧められたよ。あそこなら魔法工学に力を入れているからってな」

「そうなの?」

 

 達也の言葉に、エリカが即座に雫に話を振った。彼女の従兄が四高に通っている、という話を聞いたことがあるからだ。

 すると彼女は、静かに首を横に振った。

 

「確かに力を入れてるけど、それはあくまで“他の高校よりは”という程度。実技が優先されることには変わりない」

「まぁ、赤点ギリギリとはいえ、何とか合格ラインには届いているんだ。俺が了承しない限り、余所に転校されるということはないだろう」

「まぁ、達也くんみたいなタイプの生徒なんて初めてだろうし、先生も先生で扱いに困ってるのかもねぇ」

 

 エリカが苦笑混じりで口にした考えは、達也も同意するところだった。特に達也は二科生ということもあり、普段から教師とのコミュニケーションが不足していることも原因の1つだろう。別の学校に籍を移すかどうかは別にしても、確かに学校のカリキュラム自体に何かしらの変化を加えないと対応できないのかもしれない。

 などと他人事のように分析をしていた達也がふと周りに目を遣ると、こちらに注目している生徒が存外多いことに気がついた。

 

「みんな、そろそろ移動しよう。ここじゃさすがに邪魔になる」

 

 達也の言葉に全員が頷き、彼らは移動を開始した。今日は達也も風紀委員としての仕事は無いため、いつものようにカフェでのんびりお喋りして過ごすことになるだろう。

 入学前は図書館に籠もって放課後を過ごすことになるはずだったのにな、と達也は表情に出すことなく心の中で笑みを零した。その笑みに自嘲のニュアンスが含まれていなかったのは、彼としても喜ばしいものではあるのだが。

 

「それにしてもお兄様の一大事だってのに、深雪はどこに行ってるの? しんちゃんも来なかったみたいだし」

 

 道中、ふいにエリカがそう言った。言葉上はこの場にいないことを責めるものだったが、ニヤニヤと笑みを浮かべて弾んだような声で言っているため、単なるからかいの域を出ないものだろう。

 

「深雪は九校戦の準備で大忙しだ。おそらくしんのすけも、代表選手を集めてのミーティングに駆り出されてるんだろう」

 

 達也の言葉に、その場にいた全員が思い出したように頷いた。

 全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称“九校戦”は、全国に9つある魔法科高校の生徒達がスポーツ系魔法競技で競い合う全国大会である。例年夏休み中に国防軍所有の富士演習場南東エリアで10日間にわたって開催され、観客は10日間で述べ10万人ほど、映像媒体による中継も合わせると100万人は下らない一大イベントだ。軍としても優秀な実戦魔法師を確保するためか、競技会場と共に軍の所有するホテルを宿舎として生徒と学校関係者に貸切で提供するなど全面的に協力している。

 夏休みが近いのに生徒達が浮ついていないのも、期末テスト以外にこれが関わっているからだ。特に今年は第一高校にとって、大会始まって以来の3連覇が掛かっている。生徒会長・七草真由美、部活連会頭・十文字克人、風紀委員長・渡辺摩利という国際ライセンスA級相当の3人を筆頭とした第一高校現3年生は“最強世代”と評されており、今回の大会がまさにその最強世代による集大成と言っても過言ではない。

 

「そういえば、ほのかと雫も、九校戦には選手として出場するんだよね?」

 

 エリカの問い掛けに、ほのかと雫が揃って頷いた。九校戦は全学年が参加可能な“本戦”と1年生のみが参加できる“新人戦”の2つに分かれており、一科生の中でもトップクラスの成績を誇る2人が選手に選ばれるのはむしろ必然であった。

 そして当然ながら、紛う事なきトップの成績である深雪、そしてそんな彼女の次点に付けてるしんのすけも代表に選ばれている。

 

「ま! この4人が選手として出るんなら、新人戦は一高の優勝で決まったようなものでしょ!」

 

 エリカの言葉に、雫は真剣な表情で首を横に振った。

 

「そんなことはない。今年は三高に、一条の御曹司が入ったから」

「一条って、十師族の一条か? そりゃ確かに強敵っぽいな」

「随分と詳しいね。ひょっとして、雫って九校戦フリーク?」

「雫は毎年、大会を観に行ってるんだよ。特にモノリス・コードがお気に入りなんだよね」

「今年は観る側じゃなくて競う側ですね」

「うん、頑張る」

 

 無表情ながら拳を握り締めて力強く決意を露わにする雫に、自然と周りの面々も笑顔になる。

 と、そのとき、

 

「あっ、おまえら! しんのすけを見なかったか!」

「桐原先輩?」

 

 達也たちの集団に慌てた様子で駆け寄ってきたのは、2年生の桐原だった。例の事件以来すっかり顔見知りとなった先輩であり、特に自分と同じく剣を嗜んでいるエリカとしんのすけとよく一緒にいるところを目撃されている。

 

「しんちゃん、ですか? 放課後に教室で別れてからは見てませんけど」

「マジか……。あの野郎、まさか逃げやがったな……!」

「逃げた? ミーティングから逃げたってことですか?」

「あぁ、そうだ! 時間になっても来ないから俺がわざわざ迎えに行ったんだが、途中でトイレに寄るとか言ってそのままいなくなっちまったんだよ!」

「えぇっ!」

 

 驚きの声をあげるレオやエリカ達を尻目に、桐原は「もしアイツを見掛けたら、真っ先に俺に連絡をくれ!」と言い残すと、苛立ちを全面に押し出しながらその場を走り去っていった。

 達也たちは彼の背中を、同情を交えた視線で見送ることしかできなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 一方、(くだん)のしんのすけはというと、学校の敷地内にあるちょっとした草原に仰向けに寝そべって空を見上げていた。夏空を象徴するような入道雲がゆっくりと視界を横切るのを、彼は何の感情も見出せないぼんやりとした顔で眺めている。

 しかし彼は、ただ雲を眺めているだけではなかった。

 彼の右手には携帯端末が握られ、通話状態で彼の右耳に当てられている。

 

『――で、今日もミーティングをサボっていると?』

「サボってるだなんて失礼だゾ、レモンちゃん。ちょっと気分が乗らないから、トイレの窓から抜け出しただけだゾ」

『いや、それ充分にサボってるでしょ……』

 

 しんのすけが口にした通り、通話の相手はつい2ヶ月ほど前までこの学校の生徒だった少女、スノモノ・レモンであった。フリーのスパイである彼女が第一高校を去った後どうしているのかは不明だが、こうして彼との会話に付き合える程度の余裕はあるようだ。

 と、端末から聞こえるレモンの声色が、しんのすけを心配するものへと変化した。

 

『桐原さん、今頃必死に探してると思うわよ? 他の代表選手だって待ってると思うし、十文字会頭は怒らせたら怖いんじゃない?』

「ダイジョブダイジョブ。オラがいなくても、みんな上手くやってるって」

『……念の為に確認だけど、嫌なことをむりやりさせられてるってことは無いよね?』

「嫌なこと? 例えば?」

『……いや、別にそうでなければ良いんだけど』

「ふーん、変なレモンちゃん。――でもまぁ、確かに他のみんなも待ってるかもしれないし、顔だけでも出しときますか」

 

 しんのすけはそう言うと、変な掛け声を呟きながら上体を起こした。

 

「よっこいしょういち、っと」

『しんちゃん、随分古いギャグを知ってるね』

「おっ? やっぱレモンちゃんは分かってくれる? いやぁ、こないだ達也くんたちの前でやったとき、全然ピンと来なかったみたいでさぁ」

『そりゃ()()()()()()()は、太平洋戦争のときに海外に取り残された日本兵のことなんて知らないもの。というか、それを抜きにしてもしんちゃんの世代からしたら古くない? すぐに分かった私が言うのも何だけど』

 

 レモンの言葉に、しんのすけは「うーん」と煮え切らない返事をしてポリポリと頭を掻いた。

 それはここ数ヶ月ですっかり風紀委員のムードメーカーとして定着した彼らしからぬ、どうにも覇気の無い腑抜けた声だった。

 

『どうしたの、しんちゃん? 何だか元気が無いじゃないの』

「うーん、幼稚園の頃は毎日楽しかったのに、今は何だかなぁ……、って思って」

『高校生活、楽しくない?』

「そんなことないゾ。でも時々、オラの話が通じないときがあるんだよねぇ……。幼稚園の頃はオラがボケればすぐツッコんでくれたけど、達也くんたちだとオラの求めてるツッコミをしてくれないときが多いんだゾ」

 

 それは何も、先程のようなジェネレーションギャップの大きいネタに限った話ではなかった。最新の流行りネタを織り交ぜたボケをしたときにも達也たちは同じようにキョトンとした表情を見せ、挙げ句の果てにはそのボケの説明を求められたのである。ウケなかったボケの解説ほど虚しいものは無く、さすがのしんのすけもそれには相当落ち込んだ。

 魔法科高校というのは、たとえ二科生であっても世間一般から見れば充分エリートだ。そんな学校に通う生徒というのは、一部例外こそあるものの基本的には優等生タイプが多い。そんな彼らはテレビもあまり観ないし、エンタメ業界などの流行りネタにも疎いのである。

 ちなみにしんのすけは、テレビも芸能ニュースも大好きだ。普段からマイペースで人を振り回すきらいのある彼ではあるが、世間一般の人々並にミーハーな一面も持ち合わせているといえる。アニメも特撮もドラマも娯楽映画もよく観ているため、そういった知識においてはむしろ達也たちよりも詳しいだろう。だからこそ、ネタがほとんど通じないのだが。

 

 そのときのことを思い出してか、しんのすけはつまらなそうに溜息を吐いて唇を尖らせた。

 そしてそれを電話越しに感じ取ったレモンから、クスリと笑みが漏れるのが聞こえた。

 もっとも、その笑みにはからかいの色が多分に含まれていたが。

 

『成程。つまりしんちゃんは、春日部のみんなが恋しくなっちゃったと』

「ちょっ――! な、何を言ってるの、レモンちゃん! そんなわけないでしょう! まったくもう、ジョーダンきついゾー!」

『そうなの? 初めての1人暮らしで、てっきりホームシックにでも罹ったのかと思ってたけど』

「まっさかー! むしろ清々してるゾ! 1人暮らしは良いゾー! どんなにお寝坊してもガミガミ怒ってくる母ちゃんはいないし、お菓子ばかり食べるなってグチグチ言う父ちゃんはいないし、テレビのリモコンを奪ってくるひまもいないし!」

『そっかそっか、つまりしんちゃんは何の体調不良も無いってことだね。――だったら、ちゃんとミーティングには参加しないと』

「おいっ、野原! こんな所にいやがったのか!」

 

 まるで示し合わせたかのようなタイミングで、桐原がズンズンと大股でこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。散々校内を駆けずり回ったのか、肩を大きく上下させるほどに息を荒らげている。心無しか、先程よりも顔がやつれたように見える。

 彼の声が電話の向こうにも届いたのか、レモンが『それじゃしんちゃん、ちゃんと参加しなさいね』と言い残して電話を切った。

 

「さっさと行くぞ、野原! 十文字会頭だけじゃなくて、他の先輩達もずーっと待ってんだよ!」

「んもう、桐原くんもしつこいなぁ。オラが逃げる度に追い掛けてくるなんて、そんなにオラのことが好きなのぉ?」

「俺だってやりたかねぇよ! でも最近てめぇを追い掛けてばかりいるせいで、他の奴らからも俺がおまえのお目付け役みたいに思われてんだよ! 今日なんて十文字会頭から『桐原、頼む』なんて指名されちまったんだぞ!」

 

 鬱憤を撒き散らす勢いで捲し立てながら桐原はズンズンとしんのすけに近づいていき、彼の首根っこを掴んでそのまま引っ張っていった。そのときに彼の口から「いやぁん!」なんて気持ち悪い声が出たが、すっかり慣れてしまったのか桐原は一切反応せず力も緩めようとしない。

 そんな桐原に観念したかのように、しんのすけはされるがまま引っ張られていった。

 

 

 *         *         *

 

 

 ここ100年の間に“魔法”という新たな力を手に入れたことで劇的な変化を遂げた日本だが、それとは関係の無い分野においても様々な変化がもたらされた。

 その中でも特に変化が大きいと言えるのが、“交通”の分野である。

 例えば鉄道の場合、以前は数百人規模の大型車両を既定のスケジュール通りに動かしていたのだが、今や長距離移動用の路線を除けば2人から4人乗りのキャビネットが一般的だ。駅のプラットホームにキャビネットがズラリと並び、個々人が好きなときに好きな場所まで自由に行けるようになっている。“満員電車”なんて言葉は、現代の若者で知ってるのはほぼ皆無だろう。

 また現代では“カー・シェアリング”の考え方に則った近距離公共交通システムが構築され、コミューターと呼ばれる無人運転の共用車両が全国的に普及している。自家用車を所有する者もまだまだいるが、運転免許を持てない子供から自分で運転するのは危険なお年寄りまで自由に使えるコミューターの出現は、21世紀中盤までは社会問題化していた“買い物難民”という言葉を死語に追いやった。

 

 10年ほど前まで局所的・限定的な時間のループに囚われていた春日部市だが、そういった社会情勢の変化は周りと同じタイミングで訪れていた。これらについても同様で、最初は新しいシステムに戸惑う住民も多かったが、すぐにその利便性に気が付き、加速度的にその利用者数を増やしていった。

 しかしながら、キャビネットはともかく、コミューターについては未成年の利用率はまだまだ低い。市内の学校でも徒歩での通学を推奨している所はまだまだ多く、幼稚園や遠方の学生など従来ならばバスを利用していたであろう者に限定されている。それが習慣として染み付いているのか、休日に外出するときにもコミューターを使わずに徒歩で待ち合わせ場所まで向かう、というのも少なくないようだ。

 

「あれっ、風間くんからメールだ。今日も来れないって」

「高校に入っても忙しそうだね、風間くん。ずっと勉強してる感じじゃない?」

「もう1ヶ月くらい、風間くんと会ってない」

 

 現在“馬の尻公園”に集まってそんな会話を交わしているこの3人も、コミューターではなく徒歩でここまでやって来たクチだ。

 ブランコに座って足をプラプラさせているのは、明るい茶色の長髪をツインテールにしている少女・桜田ネネ。

 彼女の正面の柵に寄り掛かるのは、どこか気弱な印象を受ける短髪の少年・佐藤マサオ。

 2人とちょうど等間隔の場所に立ってゆっくりとした口調で話すのは、高校生の平均身長よりもかなり高い体つきをした少年・ボー。もちろん本名ではないのだが、渾名ばかりが独り歩きしており本名を知る者はほとんどいない。

 

「しんちゃんも東京に行っちゃったし、こうやってどんどん顔を合わせる機会も減っていくのかしらね」

「昔はちょっとしたことですぐに集まって遊べたのにね。まぁ、今にして思えば、よく100年もそれが続けられたなって感じもするけど」

「でも、楽しかった」

 

 ボーの言葉に、他の2人も同時に溜息を吐いて言葉無く同意した。

 そう。この3人も他の春日部市民と同様、時間のループによって100年以上にも渡って歳を取らずに過ごしてきたのである。そのときの彼らは5歳児であり、しかも一部の有力者から特別視されていた野原しんのすけの幼馴染でもあった。

 当然ながら春日部市を襲った様々な危機に直面したことも両手の指では足りず、その度に3人としんのすけ、そして現在ここにはいないもう1人の幼馴染・風間トオルの5人は力を合わせて立ち向かっていった。いうなれば彼らもしんのすけと同様、日本を様々な危機から救った陰の功労者である。

 

 しかし時間のループから抜け出して高校生となった現在の彼らは、そのときに比べるとどうにも覇気が無くなっているように思えた。

 現代の日本では高校のときから専門性の高い学校に通うのが一般的であり、それに沿うようにネネはデザイナーを夢見て服飾系に、マサオは漫画家を夢見て美術系の高校に通っている。しんのすけの通う魔法科高校も、専門性の高い高校の1つと言えよう。

 しかし従来の高校も完全に無くなったわけではなく、ボーと風間は偏差値の高い進学校(ボーは理系、風間は文系である)に通い、日夜勉学に明け暮れているのだという。そのせいで地元を離れたしんのすけだけでなく、2人ともなかなか時間の都合が合わなくなってしまった。

 ネネの言ったように、このまま自然消滅的に関係が希薄になっていくのだろうか、と3人を取り巻く雰囲気がやや重くなってきた頃、

 

「あら、随分と懐かしい顔が揃っていますわね」

 

 公園の入口から呼び掛ける少女の声に3人は振り向き、そして若干目を見開いた。

 入口に停まる、いかにも高級車といった感じがする黒塗りのリムジンの窓から顔を出すのは、前髪を切り揃えた長い黒髪が気品漂う少女だった。黒スーツに黒サングラス姿の運転手が素早く回り込んでドアを開けると、これまた高級そうな臙脂(えんじ)色の服を身に纏う姿を見せながら颯爽と車から降り立った。

 

「あいちゃん! 久し振り!」

 

 一番大きな反応を見せたのはマサオで、嬉しそうに(そして若干頬を紅くして)彼女の名前を呼んだ。ボーも彼ほどではないがゆっくりと手を振って彼女に応え、そしてネネは若干面白くなさそうに口を尖らせた。

 そんな彼らの出迎えを受けながら、その少女・酢乙女あいはにこやかな笑みと共に彼らの傍までやって来た。

 

「久し振りですわね。皆さん元気そうで何よりですわ」

「あんたも相変わらずね。わざわざ学校から帰るのに、あんな高そうな車を乗り回しちゃって」

「学校帰りなのは事実ですけど、今日はこれから東京に行くんですの。おウチのお仕事の手伝いも兼ねてね。だからしばらく学校はお休みですわ」

「あーら、お金持ちは大変ね、学校にも満足に通えないなんて。ちゃんと勉強についていけてるのかしら?」

「大丈夫ですわ。高校レベルの内容は、幼稚園の頃には既に済ませていますので。高校に通っているのも、将来のための人脈作りが主な目的ですしね」

 

 ネネの皮肉交じりの問い掛けにも涼しい顔で答えるあいに、ネネは「あっそう!」と苛立たしげにそっぽを向いた。幼稚園の頃からあまり変わっていない2人の遣り取りに、マサオとボーは苦笑いを浮かべて互いに顔を見合わせる。

 

「名残惜しいですけど、時間が無いのでこの辺で。――あぁ、そうそう」

 

 この場を後にしようと1歩足を踏み出しかけたあいだったが、何かを思い出したようにすぐに3人へと向き直った。

 

「皆さん、夏休みの予定はまだ空いているかしら? 8月3日から12日、できればその前後1日も取れれば良いのですけど」

「はぁっ? 突然何よ? ……まぁ、多分大丈夫だとは思うけど」

「うん、僕も大丈夫だと思うよ」

「僕も」

 

 戸惑いながらも頷く3人。ボーの場合は進学校特有の夏期講習とかありそうなものだが、断言しているからには本当に大丈夫なのだろう。

 3人の答えに満足したように、あいは笑顔で小さく何度も頷いた。

 

「それだったら、みんなで一緒に行きましょう。風間くんとしん様のご家族には、(わたくし)から連絡をしますのでご心配無く」

「いや、だからどこに行くっていうのよ?」

「あらネネちゃん、この時期にみんなで行くといったら1つしかないでしょう?」

 

 あいはそう前置きしてから、こう答えた。

 

「九校戦が行われる富士演習場に行って、みんなでしん様の雄姿をこの目に焼き付けるのよ!」




「『泊まる場所は心配しなくて良いから安心なさい』って……。僕だって夏期講習の予定とかあるのに、あいちゃんは相変わらずマイペースだなぁ……」


「……さて、先生に何て言い訳しようか」

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