嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第16話「代表に選ばれるのは大変だゾ」

 達也たちが生徒会や風紀委員に入ってから、司波兄妹としんのすけの3人は生徒会室で昼食を摂ることが習慣となっていた。深雪は生徒会の仕事をするため、達也はそんな彼女の付き添いで、そしてしんのすけは生徒会室の自動配膳機(ダイニングサーバー)を利用すれば昼食を用意する手間が省けるため、とそれぞれ思惑は異なるが、真由美や摩利などの上級生を交えながらの談笑は退屈しないため、今のところはその習慣を変える予定は無い。

 しかしその日の昼食会は、いつもなら率先して話題を振って雰囲気を良くしてくれる真由美が時折箸を止めては深刻そうに溜息を吐いているため、あまり会話も弾んでいなかった。

 

「随分と悩んでいるようだな、真由美」

「ええ、九校戦のことでね。選手の方は十文字くんの協力もあって何とか決まったけど、問題はエンジニアの方なのよねぇ……」

「まだ決まっていないのか?」

 

 驚いたような口調で摩利が尋ねると、真由美は力無く頷いた。

 

「元々ウチって魔法師の志望ばかりで魔法工学の人材が少ないから、代表エンジニアの選出は毎年悩みの種なのよ。今年はあーちゃんや五十里(いそり)くんがいるからまだマシだけど、それでも頭数が全然足りない状況なの。私や十文字くんがカバーするとしても限度があるし……」

「おいおい、おまえ達は一高でも主力選手だろ? 他の選手にかまけて自分が疎かになったら元も子もないぞ?」

「本当よねー。せめて摩利が自分でCADの調整ができれば良いんだろうけど……」

「……いやぁ、本当に深刻な問題だな、うむ」

 

 真由美の責めるような視線に、さすがの摩利も気まずそうに顔を逸らした。達也も深雪もチラリと互いに顔を見合わせるのみで、何と声を掛ければ良いやら計りかねているようだ。

 と、ハンバーグを大きな口で頬張り咀嚼しながらそれを聞いていたしんのすけが、ゴクリとそれを呑み込んでからふいに口を開いた。

 

「だったら、達也くんにやってもらえば?」

「――――!」

 

 その言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。

 そして次の瞬間、深雪は自分の兄が活躍する場面を想像して恍惚とした笑みに、真由美や摩利やあずさはその手があったとばかりに輝かんばかりの笑みに、鈴音はほとんど無表情のままだが口元に僅かに笑みを浮かべていた。

 そして当の本人である達也は、いかにも迷惑そうな表情でしんのすけを睨んでいた。

 

「おい、しんのすけ。何を急に――」

「確か達也くん、深雪さんのCADも調整してるんですよね! 前に一度見せてもらいましたけど、一流メーカーにも劣らない仕上がりでしたよ!」

「そういえば、風紀委員にあったCADも達也くんが診てたんだったな! 自分では使ったことが無いから気づかなかったよ!」

「さすがよ、しんちゃん! 盲点だったわ! 採用!」

 

 そして当の本人を置いてけぼりに事態がみるみる進んでいく光景に、さすがの達也も焦りを隠し切れない様子で口を挟む。

 

「ちょっと待ってください! 1年生のエンジニアは前代未聞では?」

「何事も、最初は初めてよ!」

「その通り! 前例は覆すためにあるんだ!」

 

 おそらく予測してたのだろう、真由美と摩利が即座に息の合ったコンビネーションでそれを否定した。

 しかしそれでも、達也はまだ折れる気は無かった。

 

「CADの調整はユーザー、つまり選手との信頼関係が必要不可欠です。全員が一科生である選手から反感を買うような人選は如何かと思うのですが」

「えぇっ、そうかなぁ? オラは別に反対しないゾ」

「そりゃおまえはそうだろうが、皆がそうだとは限らないだろ」

「ダイジョーブだって。風紀委員のお仕事も、何だかんだ言ってちゃんとやってるでしょ。それに昔から言うでしょ。『やらないで後悔するより、やって後悔する方が良い』って!」

 

 その言葉は相手を説得するには少々不適切では、と達也は思わなくもなかったが、風紀委員という前例を持ち出されると彼としてもなかなか反論しづらい。未だに達也が風紀委員であることへの不満は聞こえるものの、当初と比べればその勢いはほとんど無いようなものだ。強いて挙げるとするならば、未だに同級生の森崎が何かと食って掛かる程度だろう。

 さらには、

 

「私はお兄様にCADを調整していただきたいのですが……、駄目でしょうか?」

 

 深雪からこうして“お願い”されてしまったとあっては、達也としても折れざるを得ない。

 

「……分かりました。エンジニアの件については、謹んでお受け致します」

「はい、了解です! 放課後に九校戦準備会議があるから、サボらないで来てね?」

「…………」

 

 ウインクしながらそう言った真由美に、達也はもはや何も言えなかった。今更何を言ったところで、達也に退路は残されていないのだから。

 せめて達也にできるのは、自分が大会に参加する原因を作ったしんのすけを睨みつけることぐらいだった。

 

「というわけでしんちゃん、彼を推薦した者として今日の会議は絶対にサボっちゃ駄目よ。達也くん、しんちゃんがサボらないように見張っててちょうだい」

「えぇっ! 真由美ちゃん、そんなぁ!」

 

 もっとも、そんな彼も思わぬ形で自分の首を絞める結果にはなっていたのだが。

 

 

 *         *         *

 

 

 九校戦の準備会議は、主に部活連の本部にて行われる。企業の会議室のような場所に長いテーブルがロの字に組まれ、そこに今回参加する選手やエンジニア、さらには作戦スタッフまでもが一堂に会する。深雪やしんのすけはこの会議に何度も参加しているが、達也は昼間に出場が決まったばかりなので今回が初めてだ。

 なので達也がその部屋に入ったとき、中にいた生徒達はそれぞれ違った反応を見せた。

 当然ながらそこにいる生徒は全員一科生であり、九校戦に選ばれた代表しか入れないこの部屋に二科生である達也が入ってきたことで状況を察したのか、そのほとんどが険しい表情を浮かべた。しかし4月のときと違って風紀委員の活動を通して彼の実力が知られるようになったためか、一科生の中にも彼に対して好意的な目を向ける生徒が増えてきていた。

 単純に、4月とは違って顔見知りが増えたというのもあるが。

 

「お、達也。――ここに来たということは、おまえも九校戦に選ばれたってことだな」

「どうも、桐原先輩。まぁ、そんなところです」

 

 面白そうに笑みを浮かべて話し掛ける桐原に、達也は相変わらずの無表情で答える。

 

「それで、達也は何の競技に出るんだ?」

「いえ、俺は選手ではありません。エンジニアとして呼ばれました」

「ああ、成程な。確かに九校戦は魔法を重視した競技で争うからな、さすがの達也も一科生の奴らを押し退けて出場することはできなかったか」

「俺としては、エンジニアとして出るのもどうかと思いますが」

「ははっ、違いない」

 

 こうして2人で話している光景は、一科生と二科生との確執など微塵も感じさせなかった。それを遠くから見ていた真由美は、胸から湧き上がる感慨深い想いに自然と笑みを零していた。

 

「……いや、しかし本当に助かるぜ。おまえが代表に入ってくれれば、今まで野原の世話役として扱き使われてきた俺の負担が少しでも減るかもしれねぇ」

「……そんなにひどかったんですか?」

「あぁ。まともに練習にも参加しないし、今日みたいなミーティングなんて話が長いとかって途中で寝やがることもしょっちゅうだ。あいつと同じクラスの奴も何人かいるが、おまえの妹は忙しいから手を借りられないことが多いし、他の奴らじゃあいつのストッパーにはならないし……!」

「桐原先輩……!」

 

 今までのことを思い出して今にも泣き崩れそうになっている桐原に、心底同情するような表情で彼の肩に手を置く達也。これだって一科生と二科生との確執など微塵も感じさせない光景であるはずなのだが、それを遠くから見ていた真由美は素直に喜ぶことができなかった。

 と、そのとき、そんな光景をぶち壊す奴がやって来た。

 

「おい、司波達也! なんでおまえが、こんな所にいるんだ! ここは九校戦に選ばれた生徒しか入ることを許されていないんだぞ!」

 

 会話を邪魔された達也と桐原は、不機嫌な表情を隠すことなくそちらへと目を向けた。

 そこにいたのは、森崎だった。

 

「森崎、おまえ全然変わってないな。風紀委員のときにも、同じようなことを言わなかったか?」

「うるさい! どうしておまえがここにいる、と訊いている!」

「うるせーぞ、森崎。ここにいるってことは、代表に選ばれたってことだろ」

「し、しかし桐原先輩! 奴は二科生で――」

「うっせぇぞ、森崎! そんなに自分の腕に自信があるんなら、逃げ出した野原を1回でも良いから捕まえてみろよ! 耳に息を吹き掛けられて動けなくなってたのはどこの誰だぁ!」

「あ、あれは……! あのときは不覚を取られただけであって、次からはちゃんと――」

 

 声を張り上げる桐原に、痛いところを突かれた森崎はモゴモゴと言い訳を並べるしかなかった。他の生徒も桐原を止めずに同情的な視線を向けるだけに留まっていることから、よっぽど彼が苦労していたであろうことが窺える。

 

「まぁまぁ、桐原くん。大森くんも反省していることですし、その辺で許してあげよーよ」

「僕の名前は森崎だ、野原! 誰のせいでこうして怒られてると――」

「はいはーい! みんな揃ったことだし、早くミーティングを始めます!」

 

 手を叩きながら真由美がそう呼び掛けると、桐原も森崎も小さく頭を下げながら自分の席へと戻っていった。やはりこういうところを見ると、彼女が生徒会長としてしっかり働いていることがよく分かる。

 とはいえ、達也のエンジニアとしての腕を疑問視する者は他にもいるようで、ミーティングが始まってからも他の代表選手から達也の代表入りを反対する声が幾つもあがった。

 それを聞いていた、この会議の議長であり部活連の会頭である克人は、威風堂々と腕を組んだまま何かを思案する表情を浮かべて、

 

「つまり司波のエンジニアとしての腕が分からないから、皆がそこまで反対しているのだろう? だったら実際に調整をやらせてみたら良い。何なら俺が実験台になるが」

「か、会頭が実験台だなんて危険です! CADに対して魔法師は無防備なんですよ! もし調整に失敗したら、ダメージは魔法師が被るんですよ!」

「彼を推薦したのは私です! 実験台だったら私がやります!」

「おぉっ! だったら、達也くんのお友達のオラだって!」

 

 克人が真っ先に名乗りを上げ、真由美としんのすけが負けじと立候補する。

 そんな中、1人の生徒がふいに立ち上がったことで、その場にいた全員の意識がその生徒へと向いた。

 その生徒とは、桐原だった。

 

「その実験台、俺にやらせてもらえますか」

「どうぞどうぞ」

「あっさりしすぎだろ、野原! いや、別に良いけどよ!」

 

 まさに掌返しで桐原にその役目を譲ったしんのすけに桐原が思わずツッコミを入れるが、しんのすけはなぜか不満そうな顔を真由美と克人に向けていた。

 

「んもう、真由美ちゃんも克人くんも駄目だゾ! あの流れはどう考えても、桐原くんが出てきたタイミングで『どうぞどうぞ』ってみんなで合わせるところでしょ!」

「……えっと、しんちゃん、何の話?」

「何だ? 今はそういうのが流行ってるのか?」

「……あぁ、()()()()は分からないのかぁ」

 

 しんのすけが若干寂しそうにそう呟くのを尻目に、他の一科生は「大丈夫なのか桐原、あいつは二科生だぞ!」と桐原に詰め寄っていた。

 しかし桐原は、不敵な笑みを浮かべて達也を見遣ると、

 

「二科生だから何だっていうんだ? 会長が気紛れで二科生を推薦したわけがないだろ? ――それに、俺はこいつを信用している」

 

 桐原の言葉に、達也の口に自然と笑みが浮かんだ。

 こうして急遽、彼の代表入りを賭けた“試験”が幕を開けた。

 

 

 *         *         * 

 

 

「会長、準備が整いました」

 

 実際に本番で使用する車載型の調整機を部屋の中央に設置し、片方に達也が、向かい側に桐原が座った。とはいえ、中央にはモニターが取りつけられているので、互いの顔は見えないようになっている。

 

「それでは今から、課題に取り組んでもらいます。その調整機を使って桐原くんのCADを競技用のものにコピーし、即時使用可能な状態にしてください」

 

 真由美の言葉に、達也は首を縦に――振らなかった。

 

「スペックの違うCADにコピーするというのは、あまりお勧めできませんね……」

「えっ?」

 

 達也の言葉に、真由美だけでなく他の生徒も疑問の表情を浮かべた。普段からやっているようなことであり今更苦言を呈するほどのことではない、と思っているからである。

 しかし彼の言葉を聞いた他のエンジニアは、ニタリと意味ありげな笑みを浮かべて彼を見つめていた。

 

「仕方ありません、安全第一でいきましょう。――桐原先輩、CADを」

「おう、頼むぜ」

 

 その言葉が“自分のCAD”に対するものなのか、あるいは“自分の期待”に対するものなのかは分からなかったが、どちらにしろ達也のやる気に変わりはない。

 

「では、始めます」

 

 その言葉を合図に、作業を開始した。桐原のCADからデータを抜き出した達也だったが、普通なら競技用CADにコピーするところを調整機にそのまま保存した。

 次に桐原のサイオンを測定する。通常の調整なら自動設定に従うだけでも充分だが、ここからマニュアル操作でいかに精密な調整を行うかがエンジニアの腕の見せ所である。

 しかし測定を終了した辺りで、達也の手がピタリと止まった。まさか行程を間違えたのか、とあずさが好奇心を抑えきれずに彼の後ろから画面を覗き込んだ。

 

「え――」

 

 彼女は、絶句した。

 その画面には本来映し出されるべきグラフなどはどこにも無く、数字の羅列しか映し出されていない。しかもその数字が流れていくスピードはとても速く、とてもあずさの目で追いきれるようなものではなかった。

 

 ――まさか達也くん、“原データ”から反映させていくつもり……?

 

 あずさが驚愕しているそのとき、突然達也の手が動き出した。本人曰く「慣れれば一番早い」というキーボードオンリーの入力で、自動設定されていたデータを恐ろしい早さで書き換えていく。

 

「終わりました」

 

 達也のその言葉が、作業が終わったことを知らせる合図となった。

 すぐさまCADが桐原に返され、テストが行われる。起動式が展開され、彼の代名詞である高周波ブレードが形成されていった。

 

「どうだ、桐原?」

「問題ありません。()()()()違和感が無いですね」

 

 桐原の言葉に、部屋中からどよめきの声があがる。

 しかし、すぐさま反論があがった。

 

「一応の技術はあるようですが、当校の代表レベルとは言えないのでは? 仕上がりまでの時間も平凡ですし」

「そ、そんなことはありません! 私は司波くんの代表入りを強く希望します!」

 

 興奮したように声を荒らげたのは、あずさだった。普段滅多に見ることのない彼女のそんな姿に、部屋中から別の意味でのどよめきの声があがる。

 

「司波くんは桐原くんのサイオン波を原データから読み取り、それを最大限反映させるためにすべての行程をマニュアル操作で調整していました! これは高校生のレベルを超えた技術です!」

「しかし仕上がりが平凡ならば、意味が無いのでは?」

「中身は違います! 先程『仕上がりの時間が平凡』と言ってましたが、あれだけ安全マージンを取りながら通常と同様の時間で終わらせたことが凄いんです!」

「でもその分を効率アップに向けた方が良いのでは?」

「そ、それは……、司波くんもいきなりのことだったから……」

 

 最初は勢いの良かったあずさだったが、元来の性格が災いして徐々に勢いが弱まっていった。

 しかしそんな彼女に助け船を出したのは、意外な人物だった。

 

「私も、司波達也の代表入りに賛成です」

「は、服部くん……!」

 

 その人物とは、4月に達也が風紀委員に入ることを誰よりも反対していた、生徒会副会長の服部だった。

 

「桐原のCADは競技用よりもハイスペックでした。しかしそれにも拘わらず、使用者に違和感を感じさせなかった。この事実が、司波達也のエンジニアとしての実力を裏付けていると考えます。我が校は人選にも悩むほどのエンジニア不足ですし、一年生だの二科生だのに拘ることなく能力的にベストなメンバーで臨むべきかと」

 

 服部の言葉に、今まで反論していた生徒達の口が閉じた。

 そして達也を支持する者は、彼だけではなかった。

 

「俺も、服部の意見と同様だ。司波は我が校の代表になるに相応しい技量を見せた。俺も、司波の代表入りを支持する」

 

 しっかりと技術も見せつけられ、会頭である克人の言葉もあるのだ、これを押し退けてまで反論できる生徒などいるはずもない。

 こうして、達也の代表入りが決定した。

 

「よくやった、司波達也よ。この調子で九校戦も励むが良い」

「……しんのすけ、それはいったい何のキャラだ?」

 

 しかし当の本人はその喜びを微塵も見せることなく、しんのすけに戸惑うようなツッコミを入れていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 達也と深雪が現在住んでいるのは、閑静な住宅地に居を構える地上3階・地下2階の一戸建てという、世間一般からしたらかなり大きな建築物だ。しかもその地下1階には中央官庁や国立の研究機関レベルの最新機材を取り揃えた作業室を備えており、達也はそこで自分や深雪のCADを調整したり、新たな魔法式の開発に勤しんだりしている。

 しかし深雪お手製の夕飯を食べ終えた達也が作業室に持ち込んだそのCADは、どちらの物でもなかった。

 

「まさかその日の内に、CADをそっくりそのまま押しつけられるとはな……」

 

 そう言って達也がテーブルの上に置いたのは、バックル部分に名刺入れほどの大きさをした金属の箱が取り付けられたズボンのベルト。

 つまり、しんのすけが普段使っているCADだった。

 

 達也がエンジニアとして代表入りすることが正式に決定したとき、真っ先にしんのすけが相談したのが九校戦で使用するCADについてだった。

 九校戦では試合に使用できるデバイスの性能について明確な規定があり、トーラス・シルバー自ら手掛けたベルト型CADはハイスペックすぎて使えない。しかしベルト型CADなんて代物が市販されているはずも無く、他形態のCADを使用することも検討されているのだが、しんのすけ自身がそれでは嫌だと駄々を捏ねていた状態だったのである。

 それを聞いた達也は、彼の試合用ベルト型CADを作成することを引き受けた。“トーラス・シルバー”としてそのCAD作成に関わった彼なら、確かにイチから作るよりは難しくないだろう。それに深雪やほのかなど達也をよく知る者はともかく、他の選手は達也に自分のデバイスを預けることに未だ抵抗があるようで、しばらくは大した仕事も無いだろうと踏んだためでもある。

 そんなわけで、達也はしんのすけからCADを借り受けた。おそらくそのCADを製作したときのデータは会社の方に残っているだろうが、そんなことを言えるはずも無い達也が実物も見ずに作業をするのは無理がある。

 せっかく貸してくれたのだから早速作業を開始しよう、と達也がそのCADを調整機に接続していた、そのとき、

 

 プルルルル――。

 

 着信音と同時に、スクリーンには“非通知”の3文字がでかでかと表示された。通常ならば警戒して取るのを躊躇うのだろうが、生憎と司波家では珍しいことでもないので達也は躊躇うことなくそれを取った。

 そうして画面に映し出されたのは、日焼けや火薬焼けによってなめし皮のような顔をした中年の男性だった。画面に映る上半身だけ見てもその体はよく鍛えられ、しかもそれは見る者が見ればスポーツの類で身に付いた筋肉でないことが分かるものだった。

 

「お久し振りです。狙って掛けたのですか?」

『言ってる意味がよく分からないが……。リアルタイムで話すのは2ヶ月ぶりかな? ――特尉』

「……その呼び方をするということは、秘匿回線ですか? ――風間少佐」

 

 陸軍101(イチマルイチ)旅団・独立魔装大隊隊長である風間玄信(はるのぶ)の声に、達也の声も自然と低くなる。

 

『簡単では無かったがな。特に特尉の家のセキュリティーは、一般家庭のわりには厳重過ぎる』

「サーバーの深くまでアクセスしようとしなければ、クラッキングシステムは作動しないはずなんですがね」

『ははは、うちの若い奴にも良い薬になっただろう。――それじゃ、事務連絡だ』

 

 軽い挨拶(と呼ぶにはどうにも薄ら寒いものを感じるが)もそこそこに、風間はさっそく本題に入った。

 

『本日“サード・アイ”のオーバーホールを行い、部品を幾つか新型に更新した。それに合わせて、ソフトウェアのアップデートと性能テストを行ってほしい』

「分かりました。明朝出頭します」

『別に差し迫った用事でもないのだが?』

「今度の休みには“研究所”に行く予定ですので」

『……私がこう言うのも何だが、高校に入ってますます学生らしくない生活のようだな。――それでは、明朝にいつもの場所へ。本官は立ち会えないが、真田に話を通してある』

「了解しました」

 

 用件が終わったと思い、達也が電話を切ろうと口を開きかけたそのとき、

 

『聞くところによると、今夏の九校戦には特尉も参加するそうだな』

 

 ――代表入りが決まってまだ数時間しか経っていないんだが……、いったいどこから……?

 

「ええまぁ、成り行きで」

『そうか。――気をつけろよ、“達也”」

 

 自分に対する呼び方が変わったことに、達也の目が僅かに細められた。それは上官ではなく旧知の者としての警告を意味し、それは軍の情報を一介の高校生に与えることを意味している。

 

『九校戦会場である富士演習エリアに不審な動きがある。国際犯罪シンジケートの構成員らしき東アジア人の目撃情報も出た。時期的に見ても、奴らの狙いは九校戦で間違いないだろう』

 

 九校戦ともなれば、将来有望な魔法師が一堂に会することになるだろう。もしそこでテロ事件でも起きれば、人材的な被害は相当なものになるに違いない。

 

『壬生の報告によると、香港の犯罪シンジケートである“無頭竜”(NO HEAD DRAGON)の下部構成員ではないかということだ』

 

 壬生という名字に、達也は表には出さずに反応した。

 その人物はおそらく、壬生紗耶香が退院するときに顔を合わせた彼女の父・壬生勇三のことだろう。内閣府情報管理局の外事課長として国際犯罪組織を担当している彼ならば、そのような情報を手に入れたとしてもおかしくない。

 そしてそれを風間に話すということは、2人は個人的な繋がりがあるということを意味している。それも、機密情報を遣り取りできるくらいに深い繋がりが。

 

『それと、こちらも極秘事項だが……。ブリブリ王国のスンノケシ王子が極秘に来日し、九校戦を観戦するそうだ。おそらく、王子と何らかの交友があると思われる“彼”に会うためだろう』

「ブリブリ王国、ですか。それはまた、何とも……」

 

 風間の口から出た“彼”というのは、当然ながら野原しんのすけのことだ。

 

『知っての通り、ブリブリ王国はアンティナイトの一大産地だ。現国王が産業化を望んでいないため輸出こそされていないが、今でもそれを狙っている奴らはごまんといる。もしかしたら“無頭竜”の目的はそこにあるかもしれん。“彼”にもそれとなく注意するよう伝えてくれ。もちろん我々も、最大限の努力はする』

「つまり九校戦の間は、少佐達が出るということでしょうか?」

『“無頭竜”の件が無くとも、“彼”の件で元々出る予定ではあった。本人には申し訳ないが、まるで示し合わせるかのように“彼”の行く先々で事件が起こるからな。いざというときに対処できるよう、“彼”が2日以上自宅を離れる際は必ず現地に数名ほど派遣するようにしている』

「そうだったのですか。それは何とも……お疲れ様です」

 

 自分にはそんな話は一度も来ていなかったが、有事はともかく“かもしれない”の段階で非正規の士官である自分を出動させるわけにはいかなかったのだろう、と達也が1人で納得していると、

 

『おっと、長話が過ぎたようだ。部下が焦っているから、そろそろ切らせてもらう。九重師匠にもよろしくと伝えてくれ。それでは』

 

 至って冷静に、しかし慌ただしい口調で風間がそう言い残し、電話が切られた。もしかしたら、ネットワーク警察にでも回線割り込みの尻尾を掴まれたのかもしれない。

 それにしても、軍事的な意味で注目を集める国の王子が過去にしんのすけと繋がりがあり、彼の出場する九校戦を観戦しに来日するタイミングで犯罪シンジケートの構成員が目撃されるとは。真夜の言っていた“嵐を呼ぶ”という異名は伊達ではないらしい。

 

 何とも憂鬱な気分になりながら、達也は改めてしんのすけのCADを調整機に繋いだ。何回かキーボードを叩くと、ディスプレイに原データを表す数字の羅列が表示される。普通の人間ならばただの数字にしか見えないその画面から、達也は登録されている魔法式の“設計図”を読み取っていく。

 しばらくそれを確認していた達也の目に、驚愕の色が浮かんだ。

 

「凄いな、この魔法式は……。まさしく、このCADに最適化されている」

 

 例えば自己加速術式の場合、達也はただ単にポピュラーな魔法式を出力高めにアレンジしているものだと予想していたが、実際にはほとんど新しい魔法式と言って差し支えないレベルにまで作り替えられていた。しかもそちらの方が遙かに効率良くスピードの調整が可能で、しかもCADを占める容量も少なくて済む。その発想力に、達也も思わず舌を巻いた。

 そしてそれは他の魔法式にも当て嵌まることであり、その仕事ぶりはまさしく“一流”と呼べるものだった。それこそ、達也がこの魔法式を作り上げた人物に関心を持つくらいには。

 

 ――酢乙女あいと繋がりのある人物であることは間違いない。普通に考えれば、彼女の家が経営する魔法工学メーカーの社員だと思うが……。

 

 それに気になることがもう1つ、と達也は数字の羅列が並ぶディスプレイへと顔を向けた。

 数々の魔法式に関するデータが並ぶ中、それらに当て嵌まらない、端的に言ってしまえば無駄なデータが散見される。通常ならば古い魔法式を完全に消去できなかったことによる残骸などと解釈することもできるが、これだけの仕事をするエンジニアがそんなミスをするとは思えない。

 

「ひょっとして、何らかの魔法式がバラバラに配置されているのか……? 例えば何かしらのキーワードを口にすることで、それらのデータが1つの魔法式に組み上げられるよう設定されている、とか……」

 

 だとすると、それらのデータの中にはダミーとして本当に意味の無いものが含まれている可能性もある。そうなると考えられる組み合わせは天文学的な数に及び、とても原データを覗くだけでは推測することなどできない。

 あるいはシステム領域にアクセスし、プログラムの方を解析して組み合わせられる魔法式を推測するという手も考えられる。これだけの偽装を施しているのだ、それほど隠したい魔法式がこのCADの中に登録されているのだろう。

 

「……いや、止めておくか」

 

 しかしそこまで考えを巡らせたところで、達也はむりやりその思考を打ち切った。

 正直に言ってしまえば、興味はかなりある。思春期男子とは思えない落ち着いた性分をしている彼だが、好奇心においてはむしろ人一倍強く、それを抑え込むのに度々苦労しているほどだ。

 だがこのCADが今ここにあるのは、しんのすけが達也を信頼してそれを預けたからだ。魔法師にとって自分のCADを別の誰かに調整してもらうというのは、或る意味自分の中身をその人物に晒しているようなものだ。ましてやそれを完全にその人物に預け、自分の目が届かない場所で弄くり回すことを許すというのは、余程その人物を信頼していないとできることではない。

 もちろん、しんのすけはそこまで考えていない、と推測することもできる。むしろ、そちらの方が可能性としては高いだろう。

 しかし、それでも、

 

 ――1人のエンジニアとして、その信頼には応えなければならない。

 

 達也は心の中でそう結論づけ、本来の作業へと移っていった。

 作業室の照明が消えたのは、深夜の12時を大分過ぎた頃だった。




「成程、分かりやすいテンプレを作ることで視聴者の期待を煽るだけでなく、バラエティ番組に不慣れな共演者もその遣り取りに参加できるようにして一体感を生み出しているわけか……」

「十文字会頭が、パソコンで何やら熱心に観ているな……」
「あの十文字会頭をそこまで夢中にさせるとは、いったい何が映っているというんだ……!」

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