嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第18話「大会を目指して練習するゾ」

 達也が酢乙女あいと思わぬ邂逅を果たした次の日。

 第一高校の運動場では現在、1年E組による体育の授業が行われていた。魔法の授業に関しては教師をつけてもらえない二科生だが、こういった魔法に関係無い授業のときには魔法師でない一般の教師がつけられる。

 男子が現在行っているのは、近年誕生した“レッグボール”と呼ばれる競技だ。大まかなルールはフットサルとほぼ同じだが、コートを透明な壁や天井で囲み、高反発のボールをそこにぶつけて反射させながらパス回しを行うという点で大きな違いがある。目まぐるしく攻守が入れ替わるダイナミックな試合展開が多くのファンを生み出している人気のスポーツだ。

 幾つもの裏の顔を使い分ける達也も、このときばかりは1人の男子高校生として授業に取り組んでいた。

 

「おらおら、そこをどきやがれ!」

 

 怪我防止のために頭部にサポーターをつけたレオが、ディフェンスの間を縫うように強烈なパスを出した。ボールは誰にも止められることなく、待ち構えていた達也へと迫る。

 達也は一度そのボールを垂直に蹴り上げると、天井を跳ね返って戻ってきたボールを地面に踏みつけて止めた。ボール自体が高反発なので下手に脚で止めようとすると明後日の方へ飛んでいってしまうため、ボールを止めるにはわざわざこうして手間を掛ける必要があるのだ。

 達也は一瞬で周りの状況を把握すると、壁に向かってボールを蹴り飛ばした。ボールが壁に反射して軌道を変え、突然のことで反応できなかったディフェンスの間を縫い、味方の中で唯一フリーとなっている男子生徒へと迫る。

 その少年は全体的にスラリと細い体をしており、右目の辺りにほくろがあるのが特徴だ。彼は走りながら自分に向かって飛んでくるボールをチラリと見遣ると、即座に立ち止まって絶妙な足捌きでそれを受け止め、そのままゴールに向かってボールを蹴り飛ばした。キーパーが反応して動こうとするが、1歩目を踏み出す頃には既にボールはゴールネットに吸い込まれていた。

 

「おお! やるな、あいつ!」

 

 レオが感心したように声をあげ、達也は無言でそれに同意した。

 

 彼の名は、吉田幹比古。

 直近の筆記試験において二科生ながら司波兄妹に次ぐ3位の成績を叩き出した彼は、現代魔法が誕生するよりも前から受け継がれてきた古式魔法、その中でも“精霊魔法”と呼ばれる秘術を伝承する吉田家の直系だ。兄をも凌ぐ才能を持った麒麟児として将来を期待されていた彼がなぜ補欠扱いの二科生となっているのか謎だが、先程の動きを見ても体術においてはその名に恥じぬ技術を備えているようだ。

 

 ――爪を隠した鷹か……。思わぬ所に潜んでいたな。

 

 幹比古のゴールでフィールドが喧騒に包まれる中、達也の目つきが自然と鋭くなっていた。

 

 

 

 

「お疲れ、吉田」

「ナイスプレーだったぜ、吉田。意外とやるじゃねーか」

 

 達也たちの試合が終わり、現在は別のグループが試合を行っている最中である。達也とレオは、集団から少し離れた所で腰を下ろす幹比古の姿を見つけ、労いの意味も込めて声を掛けた。

 しかし幹比古は、若干困ったような笑みを浮かべて、

 

「……ありがと。でも悪い、名字で呼ばれるのは好きじゃないんだ」

「分かった。それじゃ、これからは“幹比古”と呼ぶぜ。俺のことも“レオ”で良いからな」

「俺のことも“達也”と呼んでくれ」

「ああ、分かったよ、レオ、達也。――達也、君とは前から話をしてみたかったんだ」

「……奇遇だな、俺もだ」

 

 傍目には筆記試験で優秀な成績を修めた2人が互いを意識していると受け取れるが、本人達の思惑はそれとは少し別のところにあった。

 

「それに、レオとも話をしてみたかったさ。()()エリカとまともに張り合っているんだからね」

「……何かそれは釈然としねぇな」

「幹比古は、エリカと知り合いだったのか?」

 

 達也の問いに、幹比古は口を開きかけて、

 

「いわゆる幼馴染ってやつよ。最近は何か避けられてるみたいだけど」

 

 その質問に答えたのは、いつの間にか達也たちの近くにやって来ていたエリカだった。その後ろには、美月の姿もある。

 3人が一斉に彼女の方へ顔を向ける――と、レオと幹比古が驚きで目を丸くした。特に幹比古など、顔を真っ赤に染め上げている。

 

「エ、エリカ! 何て格好をしてるんだ!」

 

 彼が声を荒らげるのも無理はない。数十年前の大規模な寒冷化の名残で肌を露出したファッションをあまり好まない現代において、彼女は股下ぎりぎりまで裾をカットした運動着――いわゆるブルマーを着用していたからだ。武道によって引き締まった彼女の脚が惜しげもなく顕わになっており、思春期真っ只中の彼らにとっては目に毒だろう。

 なので、かどうかは分からないが、3人の男子の中で唯一冷静なままの達也が尋ねる。

 

「エリカ、それはどうしたんだ?」

「ああ、動きやすいかなって思って履いてみたんだけど、あんまり効果は無い感じなんだよね。脚をほとんど露出してるから怪我しやすいし、失敗だったかも」

「エリカちゃん……、やっぱり普通のスパッツに戻した方が良いよ」

「うん、美月の言う通りかも。ミキも変な目で見てるし……」

 

 突然話を振られたミキこと幹比古が、真っ赤だった顔をさらに紅くして叫ぶ。

 

「そんな目で見ていない! それに“ミキ”って呼ぶな! 僕の名前は幹比古だ!」

「えぇっ? だってミキヒコって噛みそうなんだもん。だったら“ヒコ”にする?」

「なんでそうなる! 普通に呼べば良いじゃないか!」

「だってあんた、名字で呼ばれるの嫌いじゃん」

 

 エリカがそう言ったその瞬間、幹比古は目を見開いて黙り込むと、何も言わずにその場を離れていってしまった。

 

「あっ! 幹比古く――」

「2人共、そろそろ戻った方が良いんじゃないか? 先生が怖い目でこっちを見てるぞ」

「えっ、マジ! 美月、急いで戻ろ!」

「あ、待ってよエリカちゃん!」

 

 女子2人を先生の所へ送り出し、達也とレオの2人は幹比古の後を追った。

 彼はどこかへ消えた訳ではなく、すぐそこで俯き加減に突っ立っていた。その表情には、苛立ちやら後悔やらが混ざった複雑な感情が浮かんでいる。

 

「……悪いな、2人共。気を遣わせてしまって」

「まぁ、エリカは無神経だからな、イラッとすることもあんだろ。気にすんな」

 

 ――名門の次男が名字で呼ばれるのを嫌うとは、随分と深い理由がありそうだな……。

 

 あっけらかんとした態度で慰めようとするレオの後ろで、達也は幹比古をじっと見つめていた。

 どこの魔法師の家系もそういった複雑な事情からは逃れられないのか、という諦観にも似た想いを抱きながら。

 

 

 *         *         *

 

 

 放課後。

 魔法科高校も他の高校の例に漏れず、放課後にはグラウンドや体育館、それ以外にも校内の様々な施設で部活に励む生徒の声で賑やかとなる。或る者は目標とする大会で優秀な成績を残すため、或る者はひたすらに己の技術を高めるため、或る者は仲の良い友人達と同じ時間を過ごすため、とその目的は様々であるが、限られた青春時代を謳歌する若者というのはいつの時代も輝いて見えるものだ。

 しかしこの時期になると、そんなお馴染みの光景に少々変化が生まれる。それぞれの場所で部活動が行われるのは同じなのだが、その顔触れの中に普段は見掛けない者が数名紛れていたりする。

 

 その理由は、九校戦の代表選手に選ばれた生徒が部活動の練習に参加しているためだ。

 例えば九校戦の競技の1つである“バトル・ボード”は水上を走るレース競技だが、スケートボードなどで移動しながら設置された的を魔法で撃ち抜きつつ林間コースを走破する競技である“SSボード・バイアスロン部”に通じる部分があるため、その競技の代表選手が部員に混じって練習するのが慣例となっている。同じく競技の1つである“スピード・シューティング”は、そのものズバリ“スピード・シューティング部”という部活があるため、部員でない代表選手はそこの練習に参加することとなる。

 当然ながら同じ施設を使用する人数が増えるため、元々の部員からしたら練習時間が少なくなってしまう。しかし九校戦は学校が一丸となって取り組む大会であるという意識があるからか、それに対して文句を言う部員はおらず、むしろ代表選手に対してアドバイスするなど積極的に協力している光景もよく見られる。

 

 第一高校の敷地内にある閉所戦闘(CQB)訓練場を活動拠点とするコンバット・シューティング部も、現在代表選手を招き入れて一緒に練習している部活の1つである。

 その訓練場の室内は基本的に広い空間となっているが、不規則に配置された太い角柱と意図的に落とされた照明、そして床に散らばる廃材オブジェクトによって擬似的な迷路になっている。それらはコンピューターによって位置を変えることができ、それらの隙間を擦り抜けて如何に早くゴールに辿り着くかを競うことになる。

 しかも障害物はそれだけではない。所々に自動銃座が設置されており、そこから発射されるゴム質のペイント弾に当たると失格となってしまう。自動銃座の場所を読んでそこを避けるか、あるいは読んだうえで反撃するか、あるいは発射されたペイント弾を避けるか、そういった一瞬一瞬の判断を養うのには最適な施設と言えるだろう。

 

 ブ――――!

 

 リタイアを告げるブザーの音に、訓練場横のモニター室で様子を見守っていた生徒達から落胆の声が漏れた。途端に訓練場の照明が回復し、見え難くなっていた障害物などがその姿を顕わにしていく。

 そんな障害物に囲まれたその場所で、自分の脇腹辺りを睨みつけるように見下ろす森崎の姿があった。そこには自動銃座から発射されたであろう赤いペイント弾がべったりと貼りついており、既に乾燥しているのでそのまま手で剥がすこともできるが、より綺麗に落とすなら専用のリムーバーを使う必要がある。

 コンバット・シューティング部の部員である森崎にとって、その作業はここ数ヶ月で何十回も繰り返してきたことだ。不機嫌を隠そうともせず大股で訓練場を後にすると、リムーバーが置かれているモニター室へと足早に戻っていく。

 

「お疲れ森崎、もうちょっとだったんだけどな」

「……失格で終わったんだ、もうちょっとも何も無いだろ」

 

 真っ先に声を掛けたのは、森崎と同じクラスの男子生徒だった。彼もコンバット・シューティング部に所属する部員の1人だが、今は九校戦の代表選手の1人としてここにいた。

 

「ゴールに近づいて気が急いてたのは分かるが、もうちょっと状況確認に気を配るべきだったな。あんな分かりやすい囮に気を取られて死角の自動銃座に気づかないようじゃまだまだだぞ」

「……はい、気をつけます」

 

 森崎にアドバイスを送るのは、コンバット・シューティング部の部長である3年生の男子生徒だ。障害物の配置を設定しているのも彼であり、『部長が設定したコースは他のものよりも数段いやらしい』と部員の間でもっぱらの評判である。

 

「ほい、森内くん」

「……僕の名前は森崎だ。――ったく、なんでこんな奴がノーミスなんだ……」

 

 そして気の抜けた声と共にリムーバーを渡してきたのは、しんのすけだった。すっかりお馴染みとなったツッコミと共にそれを受け取る森崎だったが、その声にも表情にも力は無い。

 

 しんのすけと森崎、そして先程の1年生男子生徒の3人が、今回の新人戦“モノリス・コード”の代表選手だ。

 モノリス・コードは九校戦唯一の団体競技であり、敵陣営のモノリスを指定の魔法で割って隠されたコードを送信するか、相手チームを戦闘不能にした方の勝利となる。相手選手への魔法以外での攻撃行為は禁止されているため、とにもかくにも魔法の実力が物を言う競技と言える。

 なので第一高校では、新人戦においては期末テストの実技の成績を基に代表が決定される。男子1位はしんのすけ、男子2位は森崎なのでこの2人は順当に決まったのだが、男子3位である十三束(とみつか)という生徒はその魔法特性が競技に不向きであると判断されたため、男子4位の生徒が選定されている。

 よって現在この3人は、実戦的な動きを養うためにこの訓練場に赴いているのだが、

 

「それにしても野原くん、3回やって3回共クリアするとは思わなかったよ。特に3回目なんて結構気合いを入れて障害物を設置したのに、魔法すら使わずにクリアだもんなぁ。九校戦が終わったら、正式にウチの部員にならない?」

「えぇっ? めんどくさーいオナラ臭ーい」

「…………」

 

 部長としんのすけの遣り取りを聞いていた森崎ともう1人の男子生徒、すなわち本来の部員である2人はその表情に陰を落としていた。

 

 3人で一緒の練習メニューをこなすモノリス代表メンバーだが、既にしんのすけと他の2人で如実に差が表れ始めていた。

 実技では男子1位がしんのすけで、2位が森崎。確かにこれだけ見れば2人の差は順位1つのみなのだが、具体的な点数で見ると2人の間にはランク以上に大きな隔たりがあった。いくら筆記より実技の方に多く点数が割り振られているとはいえ、普通ならば筆記19位の生徒が実技の順位をそのままに総合2位を獲得できるはずが無い。つまりそれだけ、実技で稼いだ点数が圧倒的だったことを表している。もっとも、そんなしんのすけですら抜くことを許さず1位に君臨する深雪もかなり異常なのだが。

 とはいえ、それはあくまでテストでの成績。実戦方式の訓練ではそこまで差が開くことは無いだろう、というのが上級生を含めた大方の予想だったのだが、残念ながらその予想は大きく外れてしまった。

 本日しんのすけは3回この訓練に挑んだのだが、そのいずれにおいてもあっさりとゴールまで辿り着いてみせた。野性的な勘で自動銃座の場所を見抜き、コースの都合上避けることのできない物に対しては抜群の運動神経で避けてみせ、柱を利用して射線を潰す芸当までやってのけた。しかも3回目に至っては、先程の部長の言葉通り、魔法を1回も使わず持ち前の運動能力のみで切り抜けてしまったほどだ。

 

「……すみません部長、もう1回お願いします」

「部長、自分もその後に」

「オッケー。今コースの設定するから少し待ってろ」

 

 森崎ともう1人の男子生徒が部長に詰め寄るようにそう言うと、部長は待ってましたとばかりに即座に頷いてコンピューターへと向かった。それと同時にモニターに映る訓練場の照明が落とされ、若干楽しそうな様子で部長が障害物の配置を設定する。

 コンコン、とモニター室のドアがノックされたのは、そのときだった。

 

「失礼します、エンジニア代表の司波といいますが――」

「なっ――! 何しにここに来た、司波達也!」

「……随分とご挨拶だな、森崎」

 

 真っ先に反応して噛みついてきた森崎に呆れの視線を送る達也だが、すぐに表情を切り替えて部長へと向き直る。

 

「野原しんのすけに用事があるのですが、大丈夫でしょうか?」

「あぁ、さっき終わったところだから大丈夫だぞ。というか、野原くんにはここの訓練は必要無いかもな。次のステップに進んだ方が良い」

「了解です。――しんのすけ、渡したい物があるから来てくれるか?」

「おっ、良いゾ」

 

 約1名の恨めしそうな視線をひしひしと感じながら、達也としんのすけはその部屋を後にした。

 もっともしんのすけはそんな視線など気づきもせず、達也が持つ細長いショルダーバッグに釘付けとなっていたが。

 

 

 *         *         *

 

 

 達也がしんのすけを引き連れてやって来たのは、風紀委員入りのときに模擬戦でも使ったことのある演習場だった。物理的に分厚い壁や結界魔法で補強されているこの部屋ならば魔法の練習にも耐えられるし、備え付けの観測機器を使えばデータ収集も容易に行える。

 

「んで達也くん、渡したい物って何? そのバッグの中身?」

 

 しんのすけの質問に達也は首肯し、そのバッグを開けて中身を取り出した。

 それは全長70センチ、刃渡り50センチ程度のナックルガード付きの模擬刀のような形状をした、おそらく武装一体型CADと思われる代物だった。“模擬刀のような”と形容したのは刃の部分が意図的に潰されているためで、斬るというよりも叩き潰すことを目的としていると思われる。

 

「おぉっ、大きな剣」

「確かに竹刀と比べると短いが、その分幅が広いからな。使い心地を確かめてほしい」

「ほいほーい」

 

 しんのすけはそれを受け取ると、具合を確かめるように片手で何回か振ってみる。最初の2回はただ単にブンブンと物を振り回すだけだったのが、3回目、4回目となるにつれて空を切る音が鋭くなり、振り下ろしからの切り返しなど一連の動きに淀みが無くなっていく。

 もう少し慣れに時間が掛かるかと思っていた達也は、その光景にほんの僅かに目を見開いた。しかしその驚きを口に出すことは無く、代わりにそのCADの“機能”についての説明に移行する。

 

「しんのすけ、柄の部分にスイッチがあるのが分かるか?」

「おっ、これのこと? ――ポチッとな」

「そしたら剣先を上に向けた状態で、サイオンを流し込んでくれ。魔法は1つしか登録していないから、すぐに魔法式が発動する」

「ほーい」

 

 しんのすけは言われた通りに剣を上に向け、魔法師にとっては当たり前のように毎日行うサイオンの注入をする。登録された起動式が彼の肉体に吸収されて脳内の精神機構“魔法演算領域”へ送り込まれ、それが“魔法式”に変換されて物理的な変化となって表れる。

 今回の変化は、刃の中間付近が分離して剣先部分がフワリと宙に浮き上がる、だった。

 

「おぉっ! 何これ、先っぽが浮いたゾ!」

「モノリス・コードでも使えるように作った、武装一体型CAD“小通連”だ。使用する魔法の名前も同じで、硬化魔法に分類される」

「硬化魔法? それってレオくんが得意なヤツだよね。物を硬くする魔法じゃなかったっけ?」

「確かにそうイメージされることも多いが、そもそもの定義は“パーツの相対位置を固定する魔法”だ。物質の形を保持するという効果を得られるため結果的に物質が硬くなったように見え、だから“硬化魔法”という名前が付けられているんだ」

 

 “小通連”の場合、分離した刃の剣先部分と根元部分の相対位置を硬化魔法で固定することで、疑似的に刃渡りを伸ばす仕組みになっている。その距離は術者で調整可能であり、2つの間に遮蔽物があっても問題無く魔法は機能する。

 しんのすけが出場する“モノリス・コード”では、魔法を使わない直接攻撃が禁止されている。それは武器による打撃なども含まれており、せっかく中学チャンピオンにまで上り詰めた彼の剣技を活かすことができない、と作戦スタッフやエンジニアも悩んでいた。

 しかしそのルールは、魔法で飛ばした質量体を相手にぶつける行為は認められている。よって達也の開発した小通連ならば、刃を分離しない状態で直接叩かなければモノリス・コードでも使用することができるのである。

 

 と、達也がそのような説明をしている間も、しんのすけは小通連の刃先を飛ばしたり戻したりしているのに夢中になっていた。説明を聞いているのかも怪しいその姿は、新しい武器の性能を確かめるというよりは、むしろ小さな子供がおもちゃで遊んでいるような印象だった。

 しかし達也としては、それでも構わなかった。どれほど高性能だったとしても、しんのすけが興味を示さなければ使われることは無い。以前エリカが千葉家謹製のCADを勧めたときも一切興味を示さなかったことから、単なる高性能な武器では彼の興味は惹けないと踏んでいた。

 とりあえず第一関門は突破だな、と達也は心の中で安堵の溜息を吐いた。

 その安堵感が無意識に働いたのか、達也は自身が抱く疑問を口にしていた。

 

「それにしても、少し意外だな。しんのすけが、モノリス・コードの代表になるなんて」

「おっ? そうなの?」

「実力という意味でなら確かに適任だが、実戦形式で相手と魔法で戦ったりするようなことは、精神的な面から苦手かと思っていたからな」

「あぁ、そういうこと? 別に絶対戦わなきゃダメってわけじゃないんでしょ?」

「そりゃ、もちろんそうだが……」

 

 モノリス・コードの勝利条件は、敵陣営のモノリスを指定の魔法で割って隠されたコードを送信するか、相手チームを戦闘不能にするか、だ。戦闘不能と言っても絶対に気絶させる必要は無く、規定のヘルメットを取られた場合も失格扱いとなり、以降の競技行動を禁止される。

 なのでしんのすけの言う通り、これらを狙うのであれば戦わずに勝利を収めるということもできなくは無いのだが、

 

「障害物の多い“森林ステージ”や“市街ステージ”辺りなら戦闘を避けることもできるが、そうではない“草原ステージ”とかだと厳しいんじゃないか?」

「うーん、そっかぁ……」

「少なくとも、向かってくる相手を足止めする程度のことは練習しておく必要はあると思うが。――おっと」

 

 達也のポケットで携帯端末が震え、彼はそれを取って耳に当てた。

 

「あぁ、来たか。入口は開いてるから、入ってきてくれ」

「おっ? 誰か来るの?」

「あぁ、おまえの練習相手がな」

 

 達也が電話を切ってからきっかり10秒後、電話の相手が演習場に姿を現した。

 やって来たのは、レオ・エリカ・美月という達也としんのすけ共通の友人である3人に加え、しんのすけにとって見覚えの無い、右目の辺りにほくろがある細身の男子生徒・幹比古の姿もあった。立ち位置としてはレオとエリカが先頭、美月と幹比古がその後に続いている。

 そんな4人に対し、この場に呼んだ張本人であるはずの達也が首を傾げた。

 

「……俺が呼んだのは、確かレオだけだったはずだが」

「レオから聞いたのよ。しんちゃんの練習相手、しかも新しい武装一体型CADのテストだなんて、なんでそんな面白そうなことをアタシに教えてくれないのよ!」

「そうか。……で、後ろの2人は?」

「この2人は付き添いよ。練習に参加するのはアタシとレオの2人だけ」

「付き添いって……。エリカがむりやり連れて来たんじゃないか……」

「もう、エリカちゃん、強引なんだから……」

 

 そんな達也たちの遣り取りに、しんのすけはこれから行うことが何となく理解できた。

 だからこそ、彼のトレードマークでもある太い眉が八の字になる。

 

「えぇっと、レオくんとエリカちゃんを相手に練習しろってこと?」

「そういうことよ、しんちゃん。大丈夫、コイツは頑丈だからいくら痛めつけても問題無いわ」

「大有りだわ! いや、硬化魔法とかあるから少しは打たれ強いのは確かだけどよ……」

「そうそう。それにアタシだって、少しは剣の腕に覚えはあるつもりだから」

 

 エリカの説明にも、しんのすけの表情は芳しくない。

 しかしそれは、彼女の実力に不満があるというわけではなく、

 

「そういえばしんのすけの父君は『女性に対して紳士であれ』という教えだったな。だからエリカに対してCADを向けることに対して抵抗があるんだろう」

「――成程、そういうことね」

 

 達也の言葉に、エリカはフッと口元に笑みを零した。

 しかしそれは、自分に対する扱いを素直に喜んでいるわけではなかった。喜んでいるにしては、彼女のしんのすけを見遣る目つきが鋭すぎる。

 

「しんちゃん、気持ちは嬉しいけどさ、アタシに対しては女性だからどうのこうのっていう気遣いはいらないから。レオと同じようにガンガン来てくれて構わないわよ」

「うーん、そう言われましてもなぁ……」

「……そう簡単に切り替えられないか。――だったら、」

 

 エリカはそう呟いて、制服に仕込んでいた伸縮警棒型CADに手を掛けた。

 そして次の瞬間、彼女の姿はしんのすけの前方50センチほどの位置に移動していた。警棒を振り上げ、彼の左肩辺りめがけて鋭く振り下ろす。

 レオと幹比古が息を呑み、美月が異変にようやく気付きかけ、達也が視線だけで彼女を追う中、

 

「――――!」

 

 バックステップ1歩だけで、しんのすけはエリカの攻撃を易々と避けた。それは意識的に1歩後退ったというよりは、例えばタンポポの綿帽子が振り下ろす警棒の気流に乗って移動したような錯覚すら生まれるほどに自然な動作だった。

 しかしエリカも、自分の攻撃が避けられた驚愕で動きを止めることはしない。ほとんど反射的に警棒を振り上げ、もう1歩踏み込んで即座に2撃目を繰り出した。だがしんのすけはそれも回避、今度は先程よりも大きく後ろに跳んだため、3撃目を振り下ろすには数歩分時間が掛かる。

 ところがエリカはその数歩分の距離を、自己加速術式によってむりやり1歩分に短縮した。しんのすけが右手に持つ小通連を警戒して、彼女から見て左下から右上へと警棒を振り上げる。加速の勢いも乗せた一撃は少女の筋力であっても相当な威力であり、たとえ小通連で受け止めたとしても衝撃はかなりのものだろう。

 

「…………」

 

 だが実際は、エリカの警棒は最後まで振り切られることは無かった。

 しんのすけの小通連が行く手を阻んだからではなく、ましてや警棒が彼の体を捕らえたからでもない。

 エリカ自身が、途中で警棒の動きを止めたからだ。

 自分の右脇腹に添えられた、しんのすけの小通連によって。

 

 ――見落とした? 真正面での切り返しを?

 

 右手に剣を持った状態で真正面から来る相手の右側、つまり自分から見て左側に剣を当てる場合、まずは剣を左に振ってから右に切り返す必要がある。つまり攻撃に2つの動作が必要となり、秘伝の奥義を修めたと認められた証である“印可”を得るまでに鍛錬を積んできたエリカの目を誤魔化せるものではない――はずだった。

 エリカは長く息を吐いて警棒を引っ込めると、しんのすけに対して腰が直角になるほどに頭を下げた。

 

「ゴメンしんちゃん、いきなりこんなことして」

「別に良いゾ、エリカちゃん。本気でオラを倒そうとしたんじゃないんでしょ?」

「……これでも8割5分くらいは本気だったんだけどね。それで、どう? しんちゃんから見て、アタシの実力ってどれくらい?」

「凄かったゾ、エリカちゃん。よよよぎくんの次くらいに強いかも」

「本当? あの代々木コージローの次って言われたら、悪い気はしないかも――」

「まぁ、よよよぎくん以外、全然憶えてないんだけど」

「実質ビリ!?」

 

 すっかり普段通りの遣り取りに戻った2人に、固唾を呑んで見守っていたレオ達がホッと胸を撫で下ろす。

 そんな2人に平然と割って入るのは、達也だった。

 

「さすがだな、しんのすけ――と言いたいところだが、もしこれがモノリス・コードの本番だったら、今のは直接攻撃と見做されて失格処分となってただろうな」

「えぇっ! 厳しいゾ、達也くん! そんなこと言ったら、エリカちゃんだって――」

「確かにエリカは白兵戦が得意だから直接攻撃に出たが、もしあの距離から例えば空気の塊を放ったとしたら有効となる。“直接攻撃は禁止”というルールを利用して、敢えて相手の懐に潜り込む戦法を相手が採る可能性だってあるんだからな」

 

 しんのすけは「むぅ~」と分かりやすく頬を膨らませて睨みつけるが、達也はまったく気にする様子も無く言葉を続ける。

 

「しんのすけが最終的にどんな作戦で行くかは自由だが、相手に攻め込まれた場合の対処法を磨くための練習は必要だ。レオ……とエリカの2人には、その練習相手として付き合ってほしい。頼めるか?」

「良いぜ達也、俺としても良い訓練になりそうだしな」

「アタシは大丈夫だけど、しんちゃんはどう?」

「……分かったゾ。よろしくね、レオくん、エリカちゃん」

 

 渋々といった感じではあるが首を縦に振ったしんのすけに、レオとエリカは揃って笑顔でそれに応えた。あまりにも揃っていたため、2人が気まずそうに互いを睨み合ったくらいだった。

 と、達也が再びしんのすけに話し掛ける。

 

「ところでしんのすけ、できるだけ戦闘を避けたいんだったら、森崎に教えを請うと良い」

「おっ、森崎くん? なんで?」

「森崎の家はボディーガードの会社を営んでいて、アイツも家業を手伝っていると聞いている。ボディーガードというのはクライアントの安全を第一に考えて動く必要があるから、できるだけ無駄な戦闘を避けるためにどう動くべきかを学んでいるはずだ」

「ほーほー、そういうことですかぁ。後で聞いてみよーっと」

 

 納得したように頻りに頷くしんのすけに、達也は思った。

 本人がいない所では普通に名字を呼ぶんだな、と。

 

 

 *         *         *

 

 

 こうして様々な者達が様々な事情と思惑を抱えながらも、それぞれの九校戦が幕を開ける。




 ~数時間後~

「うーん、体を動かすって気持ち良いゾ! これはこれで、何か楽しくなってきたかも!」
「ぜぇ――ぜぇ――ぜぇ――」
「ちょ、ちょっとしんちゃん……さすがに少しは休憩させて……」

「しんちゃん! あの2人かなり疲れてるから、そろそろ休ませてあげて!」
「野原しんのすけ、か……。エリカと張り合うどころか一方的に振り回すなんて、かなりできるな……」
「……恐ろしい魔力量(スタミナ)だな、しんのすけ。しかし、これならあるいは――」

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