嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第19話「九校戦に向けて出発だゾ」

 8月1日。いよいよ九校戦の会場である富士演習場へ向けて出発する日がやって来た。遠方の学校は早めに現地入りするのだが、会場に一番近い第一高校は例年このくらいの時期に現地へと向かうことになっている。

 選手もエンジニアも機材もバスに乗り、第一高校代表組は意気揚々と現地へ向けて出発――していなかった。

 

「……遅いな」

「ですね」

 

 真夏の炎天下にて、予定の時間から1時間半近く経っても現れない1人の生徒を待つ摩利と達也が、疲れを紛らわすようにポツリと呟いた。摩利は額に滲む汗を懸命に拭っているが、達也は1滴の汗も掻かずに平然と佇んでいるように見える。

 と、そのとき、

 

「遅れてごめんなさーい!」

 

 サンダルのヒールをカツカツと鳴らしながらやって来たのは、真っ白なサマードレスと幅広のつばを持つ帽子を身につけた真由美だった。達也はその姿を見て、手に持っていた端末に表示されていたリストにある真由美の欄にチェックを入れた。これで全員の欄にチェックが入れられたことになり、ようやくバスは出発できることになる。

 

「ごめんなさい、達也くん、摩利。私のせいでこんなに待たせちゃって」

「いえ、事前に事情は聞いていましたから大丈夫です。それにこうして会長を待っていたのは、皆さんの総意でしたので」

「ふふ、ありがとう。――ところで達也くん、これ、どうかな?」

 

 “これ”というのは、自分が今着ている服のことだろう。

 達也はほんの一瞬だけ逡巡してから、口を開いた。

 

「とてもお似合いです」

「ありがとう。でももうちょっと照れながら褒めてくれると、言うこと無かったんだけどなー」

 

 指を絡めた両腕を腰へと伸ばしたせいで、平均より小柄ながら平均並みの大きさをした彼女の胸がくっきりと谷間を刻んでいた。口を尖らせながら上目遣いで擦り寄る彼女の姿は、思春期真っ只中の男子ならばドキドキせずにはいられない魅力を放っているに違いない。

 だが、達也はその“思春期真っ只中の男子”の範疇外だった。

 

「大変だったんですね、会長。心中お察しします。バスの中でも、少しは休めると思いますよ」

「え? ちょっと、達也くん? 何か勘違いしてない?」

「ほら、真由美。みんな待たせてるんだ、いい加減に乗るぞ」

 

 何か言いたげだった真由美を引っ張って、摩利はバスの中に入っていった。

 それを見送った達也は、小さく溜息を吐いてから先程2人が乗ったバスとは違う作業車へと歩いていく。第一高校では選手が乗るバスとは別にCADの調整などに使う機材を運ぶための大型車を用意し、技術スタッフはそちらに乗るのが慣例となっている。

 

「お疲れ様です、達也くん」

「お疲れ様、司波くん」

 

 作業車に乗り込んだ達也に労いの声を掛けたのは、彼と同じ技術スタッフの中条あずさと、彼女と同じく2年生の五十里(いそり)啓だった。身長は達也より少し低く華奢な体格をしており、スカートを履けばそのまま“背の高い美少女”で通りそうな容姿をした中性的な美少年だ。

 

「んもう、遅いゾ達也くん。オラ待ちくたびれちゃったゾ」

 

 そしてそんな五十里の隣でボリボリとチョコビを貪っているのは、選手として登録されている、つまり真由美達の乗っているバスで会場に向かうはずのしんのすけだった。

 

「……なんでしんのすけがこっちにいるんだ? おまえは向こうのバスだろう?」

「まぁまぁ、どっちに乗っても目的地は同じなんだから。――ほい、どうぞ」

「あっ、ありがとう、野原くん」

「ありがとう、しんちゃん」

 

 達也の問い掛けにしんのすけはモグモグと口を動かしながら、五十里とあずさにそれぞれ1つずつチョコビを手渡した。礼を言いながらそれを受け取る2人の手つきは慣れた様子であり、おそらく達也を待つ間に何回か繰り返していたのだろう。

 それを口に含みながら、五十里が苦笑い混じりでしんのすけのフォローに回る。

 

「良いじゃない司波くん、野原くんもここにいさせてあげようよ。何か野原くん、向こうから避難してきたみたいだし」

「……避難?」

 

 五十里の口から出てきた思わぬ単語に、達也は首を傾げてオウム返しをした。

 

 

 *         *         *

 

 

「もう、達也くんは私を何だと思ってるのかしら? 隣に誘おうと思ったのに、さっさと行っちゃうし!」

 

 バスが出発してしばらくしてから、ほぼ最前列の席に座る真由美がプンプンと不機嫌をアピールするようにそう言った。

 そしてそんな彼女の隣に座る鈴音が、冷ややかな目を向けていた。いや、彼女はいつも無表情を貫いているので、ひょっとしたら彼女なりに温かい視線を向けているのかもしれない。

 

「的確な判断だと思われます。会長の美貌の“魔力”に耐えられる男子生徒など、ほとんどいないのですから。もっとも司波くんは相手の魔法を無効化する技能に長けていますので、通用しないのかもしれませんが」

「もう、リンちゃんまで……」

 

 鈴音の言葉に真由美は悲しそうな声を出して、彼女に背を向けて体を丸めてしまった。彼女の大袈裟な言動は普段からやっている彼女なりのコミュニケーションなので、鈴音は特に心配する素振りも見せずにじっと彼女を見つめている。

 しかし中には、そのような冗談の通じない真面目な生徒もいるようだ。

 

「会長、大丈夫ですか? やはりご気分が悪いのでは……?」

 

 例えば、真面目に自分の職務を全うする生徒会副会長とか。

 

「あ、ええと……。別にそういう訳じゃないのよ。ごめんね、心配掛けて」

「そんな気遣いは無用です! 我々を心配させまいと無理をなさって体調を崩されてしまっては、元も子もありません! 何かあれば、遠慮無く私に!」

 

 胸に手を当てて力説する服部だったが、その視線が少し下を向いたとき頬を紅く染めた。おそらく彼女がだらしなく座っているせいで、サマードレスの裾から太股が覗いているのをバッチリ見てしまったからだろう。

 

「副会長、どこを見ているのですか?」

「市原先輩! わ、私は別に何も! ただ会長にブランケットでもと思いまして……!」

「副会長が、会長にブランケットを掛けて差し上げるのですか? それでは、どうぞ」

「いや、あの! 私は――!」

 

 わざわざ席から立ち上がって促す鈴音に、上目遣いで恥ずかしそうに胸元を隠す真由美。

 2人の先輩の悪ふざけに、真面目な後輩である服部はすっかり体を固くしてしまった。

 

 ――まったく、あいつらは何をしているんだ?

 

 そんな3人の遣り取りを、摩利は呆れ顔で眺めていた。注意してやろうかとも考えたのだが、それで真由美の気分が晴れるのならと、あえて無視を決め込むことにした。

 その代わり、先程から自分の隣で溜息ばかり吐いている女子生徒へ視線を向けた。

 

花音(かのん)……、2時間ぐらい待つことはできないのか?」

 

 摩利のその言葉に、ボーイッシュなショートヘアを持つ凛々しい顔つきの少女――千代田花音は、彼女の言葉がスイッチとなったのか、途端に不満を爆発させる。

 

「私だって、2時間や3時間ぐらいは待てますよ! でも今回は啓も技術スタッフとして選ばれて、すっごい楽しみにしてたんですよ! 今日もずっとバスの中では一緒だと思ってたのに! ――なのになんで、技術スタッフは作業車なんですか!」

 

 彼女の言う“啓”とは、現在しんのすけ達と一緒の作業車に乗っている五十里啓のことだ。実はこの2人は許嫁同士であり、そのラブラブっぷりは校内でも割と有名だったりする。

 

「バスの席だってまだ充分にあるし、足りなければ2階建てでも3階建てでも持ってくれば良いんですよ! どうせ移動中は作業なんてできないんですから! ああもう、納得いかーん!」

「毎度のことながら、おまえは五十里のこととなると人が変わるな……」

 

 すぐ隣でわんわん騒ぐ花音に、摩利は頭痛を抑えるようにこめかみに指を当てていた。

 しかしながら、技術スタッフが別移動であることに納得していないのは、何も彼女だけではなかった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 後ろから2番目の窓際に座る深雪は、花音と違って騒ぐこともせずに無言を貫いていた。しかしその顔に感情は一切見られず、非常に整った顔立ちも相まって精巧な人形のような不気味さを感じさせる。しかも何かの魔法でも発動しているのかと思わせるほどの剣呑なプレッシャーが撒き散らされ、バスの後ろ半分に座る生徒は彼女の逆鱗に触れないよう息を殺して縮こまることしかできずにいた。

 少し離れただけでそうなのだから、彼女の隣に座るほのか、そして通路を挟んで同じ列に座る雫の感じている恐怖は如何ばかりだろうか。

 

「ええと……、深雪? お茶でも飲む?」

 

 恐る恐るといった様子で水筒を差し出すほのかに、深雪は初めてニコリと微笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ほのか。でもごめんなさい、私そんなに喉が渇いてないの。――だって私はお兄様と違って、この炎天下にわざわざ外で立たされてたわけじゃないんだもの」

 

 本当に何の魔法も発動していないのだろうか、ほのかは自分の体が凍りつくような気がした。

 

「何してるの、ほのか。お兄さんを思い出させたら意味無いでしょ」

「今のは不可抗力だよ……」

「誰が遅れて来るのか分かってるのだから、わざわざ外で待つ必要なんて無いというのに……。なんでお兄様がそのような辛いお役目を……。しかも機材で狭くなった作業車で移動だなんて……。せめて移動の間くらいは、ゆっくりとお休みしていただきたかったというのに――」

「うぅ……。ずるいよしんちゃん、1人だけ逃げるなんて……」

 

 窓を向きながらブツブツと呪詛のように呟く深雪を横目に、ほのかは思わずこの場にいないクラスメイトに対する恨み節を口にしていた。

 しんのすけがバスを出ていったのは、達也が外で真由美を待ち始めてから30分ほど経った頃だった。その頃はまだ深雪の機嫌も表向きには変化が無かったので、ほのかは飲み物でも買いに行ったのだろうと特に気にしなかった。しかし今にして思えば、こうなることを敏感に察知して作業車に避難していたのだろう。

 

「誰もやりたくない仕事を率先して引き受けるのが、達也さんの良いところだと思う」

 

 と、そのとき、今まで無言を貫いていた雫がふいに口を開いた。

 そしてその言葉に、深雪がチラリと彼女へ視線を向けた。誰に向けるでもない不満や怒りで溢れていた彼女の目に、自分の兄が褒められたことへの嬉しさがほんの少しだけ見え隠れする。

 ここがチャンスだ、と雫が畳み掛ける。

 

「バスの中で待っていても文句を言う人はいなかったと思うけど、達也さんは“選手の乗車を確認する”という仕事を立派にやり遂げたんだよ。どんな仕事でも手を抜かずに、しかもそれを当たり前のようにこなすなんて、なかなかできることじゃないよ」

「そうだよ! 達也さんって、本当に素敵な人だよね!」

 

 雫の言葉に乗っかる形で、ほのかも加勢に入った。その甲斐あってか、深雪の表情は明らかに上機嫌なものとなり、「お兄様は変なところでお人好しだから……」と照れ臭そうに呟くその姿からは、つい先程まで無自覚に振りまいていた威圧感は完全に消え去っていた。

 ほのかと雫は、ほっと溜息を胸を撫で下ろした。

 こうして一高のバスに平和が訪れたのは、バスが高速道路に差し掛かったときだった。

 もっとも、その平和もそう長くは続かなかったのだが。

 

 

 *         *         *

 

 

『怪人スネカジーリ! 未来ある若者をこれ以上ニートにするのは止めるんだ!』

『ウケケケケッ! こいつらは自分でニートになることを選んだのさ! オレはそれを手伝ってやっただけに過ぎない!』

「おぉっ! 待ってたゾ、アクション仮面!」

「へぇ、子供向けの特撮ってあまり観たこと無いけど、案外大人向けの風刺とか入ってるんだね」

「この時代のCGも、結構迫力があるんですねぇ」

 

 バスが高速道路に入ってしばらく経った頃、その後ろをピッタリとついていく作業車の中では、ちょっとした動画鑑賞会が行われていた。

 しんのすけの携帯端末に映し出されているのは、やはりというべきかアクション仮面だった。百年以上続く超長寿シリーズだけあってその話数も膨大だが、有料の動画配信サービスによってその全てが視聴可能となっている。アクション仮面に限らず、第三次世界大戦以前のアニメや特撮は現代でも未だに根強い人気を誇っているのである。

 しかし魔法科高校に通うエリートにとって百年近く前の特撮は新鮮で、しんのすけと体を寄せ合って画面を観る五十里とあずさの2人も結構夢中になっている。純粋に作品が面白いのはもちろん、百年近く前の映像技術や映像の端々に見える当時の流行や生活風景など、彼らの後ろから覗き見る達也も割と興味を惹かれ始めている。

 と、熱心に画面を見つめていた五十里が、ふいに胸の辺りを押さえて表情を歪めた。

 

「おっ、どうしたの五十里くん?」

「揺れる車の中で観てたせいかな、ちょっと気分が……」

「大丈夫、五十里くん? 酔い止めの薬、貸してあげよっか?」

「大丈夫だよ、中条さん。ちょっと遠くの景色を眺めてたら治ると思うから……」

「おっ、だったらアッチの方向に――」

「アッチ? 何か綺麗な景色でもあるの?」

「いや、猫の死体が転がってたから見ない方が良いよって教えようかと――」

「ちょっ! しっかりして、五十里くんっ!」

 

 ちょっとした紆余曲折はあったものの、五十里は窓際に移動して外の景色をぼんやりと眺め始めた。他の者は先程と同様に動画鑑賞会を再開し、手元の携帯端末に視線を向けている。

 なので、その作業車にいる面々の中では“それ”に気付いたのは五十里が最も早かった。

 

「何だ、あの車……。様子が変だぞ……!」

 

 

 

 

「みんな! あの車、様子が変だよ!」

 

 一方、一高生を乗せたバスでは、何の偶然か花音が最も早く“それ”に気付いた。

 反対車線を走るそのオフロード車は、高速道路なので通常よりも速く走る他の車と比べても明らかにスピードを出していた。すると突然ブレーキを掛けながらバランスを崩したように蛇行を始め、路面に火花を散らしながら中央分離帯のガード壁に激突、尚も勢いが止まらないその車はフワリと宙に浮き上がり、宙返りをしながらこちらの車線に飛び込んできたのである。

 そうしてその車は、狙い澄ましたようにバスの真ん前に落ちた。

 そして次の瞬間、その車から火の手が上がる。

 

「きゃああああああ!」

 

 バスが咄嗟にブレーキを掛け、シートベルトをしていなかった生徒から悲鳴があがった。

 しかしスピードの乗っていたバスが急に止まれるはずもなく、このままでは燃え盛る大型車に激突してしまう。

 

「吹っ飛べ!」

「消えろ!」

「止まって!」

 

 だからだろう。バスにいた何人かの生徒が、自分の魔法で事態をどうにかしようとそれぞれ動き出し、そして一斉に車へ向けて魔法が掛けられた。

 

「馬鹿、止めろ!」

 

 しかしこの行動が、事態をより悪化させた。同じ物に対して無秩序に魔法を重ね掛けしてしまうと、それぞれのサイオン波が干渉を起こして魔法による事象改変力が弱まってしまうという、いわばキャスト・ジャミングと同じことが起きてしまうのである。

 この状況を打破するには、今あるすべての魔法を圧倒できるだけの事象改変力を持った魔法が必要だ。即座にそう判断した摩利が後ろの席に座る克人へと視線を向けると、彼も同じことを考えていたのか既にCADを構えて起動式を展開している。しかしキャスト・ジャミングにも似た状況下で炎と衝撃の両方に対処するというのは、さすがの克人でもかなり厳しいものに思える。

 

「私が火を消します!」

 

 しかしそのとき、深雪が座席から立ち上がってCADを構えた。そのときには既に魔法の発動準備を終えていて、それを見た克人は即座に防壁の起動式を構築する。

 

「無茶だ、司波! いくらおまえでも、こんなサイオンの嵐の中――」

 

 摩利が止めようと声をあげた次の瞬間、彼女は自分の目の前で起きた出来事を信じられず、思わず絶句してしまった。

 無秩序に発動していた魔法式の残骸が、何の前触れも無く綺麗に消失したのである。

 そしてその直後、深雪の魔法が発動した。冷却魔法によって燃え盛る車が一瞬で常温へと戻り、鎮火した。

 克人による防壁魔法がバスを包み込んだのは、更にその直後だった。バスと車は正面衝突し、車はバスが突っ込んだ勢いでみるみる潰れていくが、魔法に守られたバスには傷どころか衝撃すら伝わってこなかった。

 

「みんな、大丈夫?」

 

 やがてバスが完全に停止した頃、真由美がバスにいる生徒全員に呼び掛けた。急ブレーキの衝撃で軽い怪我を負った生徒はいたが、幸いにも大会に影響するほどの重傷を負った者はいなかった。

 

「ありがとう、十文字くん! 深雪さんも、あの緊急時に適正かつ適度な魔法を構築するなんて、私達3年生でも難しいことよ」

「光栄です、会長。ですが上手く対処できたのは、市原先輩がバスに減速魔法を掛けてくださったおかげです。市原先輩、ありがとうございました」

 

 深雪が頭を下げると、鈴音も口元に笑みを浮かべて軽く頭を下げた。あくまで作戦スタッフである彼女の“縁の下の力持ち”とも呼べる仕事振りに、競技に出場する選手からも「全然気づかなかった……」と感嘆の呟きが漏れる。

 

「それに比べて、千代田! おまえは何だ! 真っ先に場を引っ掻き回して!」

「でも、私が1番早かったんですよ!」

「早ければ良いってもんじゃないだろ! あのときは周りに声を掛けて、魔法の相克が起こらないように注意すべきだ! そうでなくても、相克が起こった時点で魔法の発動をキャンセルする必要がある! おまえは2年生なんだから、そういう判断をするべきだろ!」

「うぅ……、すみませんでした……」

 

 すっかり落ち込んでしまった花音を、摩利はそれ以上責めることはしなかった。

 そんなことよりも、彼女には気になることがあったからである。

 

 ――あれだけの魔法式を消したのは、いったい誰だ……?

 

 摩利はその人物が真由美ではないかとも考えたが、すぐさまそれは否定された。彼女も魔法式をキャンセルする魔法を使えるが、彼女の場合は魔法式を撃ち抜く形式である。けっして今回のように、何の前触れも無く魔法式が霧散する方式ではない。アンティナイトならば可能だろうが、軍事物質であるそれがこんな場所に存在するはずがない。

 そんな疑問を頭に巡らせながら、摩利は窓の外へと目を遣った。あの車の傍に技術スタッフの乗った作業車が隣接され、生徒達が救助活動として車のドアを切り取っていた。とはいえ、あれだけの横転事故の末の炎上なのだから、ドライバーの生存は絶望的だろうが。

 そしてそんな救助活動の後方で、現場記録のためにビデオカメラを回す達也の姿が目に入った。

 

 ――まさか、な。

 

 ふと頭を過ぎった考えを、摩利は鼻で笑って否定した。

 そして何と無しに現場を一通り見渡して、彼女は気づいた。

 普段は騒がしく動き回るしんのすけが、作業車から降りずに遠くから生徒達の救助活動を眺めているだけであることに。

 

 

 *         *         *

 

 

 九校戦の会場となる富士演習場には、視察に来た文官や会議のために来日した高級士官などが宿泊するためのホテルがあり、代表選手や関係者はそこに寝泊まりすることになっている。民間の高級なホテルと変わらない外見をしているが一応軍の施設であり、さらに高校生の大会ということもあり、ドアマンや専従のポーターなどといった者はよほどVIPな来賓者でもない限り存在しない。

 よって現在ホテルの入口前では、遠路はるばるやって来た選手や関係者達が自分達で車から大荷物を降ろし、そして自分達でそれを運ぶ光景が見られている。

 

「ほら、みんな! 早く来ないと置いてくよ!」

 

 そんな大勢の人で溢れかえる入口前を目指して意気揚々と大股で歩くのは、タンクトップにホットパンツという健康的な肢体を惜しげもなく晒すファッションに身を包む少女・千葉エリカ。何も持たない身軽な腕をブンブンと大きく振り回し、後ろからついてくる面々を鼓舞するように呼び掛ける。

 

「おい、エリカ! 自分の荷物くらい自分で持ちやがれ!」

 

 そんな彼女のすぐ後ろを歩くのは、どう見ても彼の所持品ではない女物のバッグを含んだ大量の荷物を抱える少年・西城レオンハルト。両肩と両腕にのし掛かる重さに悪態を吐いているが、さすが鍛えているのか体がよろめくことは無くしっかりと大地を踏み締めて突き進んでいく。

 

「大丈夫、幹比古くん……? 私も少しくらいは持てるよ?」

 

 そんないつも騒がしい2人組から少し離れて歩くのは、キャミソールのアウターに随分と短いスカートと、露出こそエリカより少ないものの豊満な胸のせいで却って扇情的に見える格好をした少女・柴田美月。ちなみに彼女にその自覚は無く、エリカに「堅苦しいのは駄目だ」と唆された結果である。そして彼女の両手にも、持ってきたはずの自分の荷物は無い。

 

「平気だよ、柴田さん。これでも鍛えてるからね、これくらいの荷物は大丈夫さ」

 

 そしてそんな彼女の隣で2人分の荷物を持つのは、つい最近E組の面々と連むようになった二科生・吉田幹比古。彼の言葉通り荷物を運ぶこと自体に苦は無さそうで、体をよろめかせるといった様子も見られない。

 そんな彼に美月はお言葉に甘えることを決めたのかそれ以上は何も言わず、その代わり先頭を突き進むエリカへと呼び掛ける。

 

「それにしても、よくホテルの部屋が取れたね。ここって関係者以外は泊まれないんでしょ?」

「そりゃアタシは関係者だもん。何てったって、“千葉家”だからね」

 

 エリカが生まれた千葉家は、十師族を含む28の家柄に次ぐ位を持つ“百家本流”の1つに属する数字付き(ナンバーズ)だ。しかも千葉家は自己加速・加重魔法を用いた白兵戦技の名門であり、警察や陸軍の歩兵部隊に属する魔法師の大半が彼らの指導を受けている。

 つまり実戦部門に関するコネという点では、ある意味十師族以上の権勢を有しているのである。

 

「それにしても、何か意外だな。エリカって、そういう実家の後ろ盾とか嫌なのかと思ってたぜ」

「アタシが嫌いなのは“千葉家の娘って色眼鏡で見られる”ことだからね、コネは利用するためにあるんだから使わなきゃ損でしょ?」

 

 レオの素直な疑問に、チッチッチッ、と指を横に振ってエリカは答えた。

 と、そんな会話を交わしている内に、ホテルの入口を潜り抜けてロビーへと足を踏み入れた。夏の炎天下から程良くクーラーの効いた室内に移ったことで、4人の口から自然と溜息が漏れる。

 ロビーを見渡してみると、既に到着した宿泊客によって休憩スペースや隣接するカフェはほとんど埋まっていた。国防軍の演習場だけあって交通の便が悪く、ここまで来るのにそれなりに苦労したこともあってか、チェックインする前に一息吐きたいという欲求が強いのだろう。実際それを目論んでいたエリカ達は、その混雑振りに秘かに溜息を吐いた。

 

 仕方ない、先にチェックインを済ませておくか、とホテルのスタッフが並ぶカウンターへと歩き出そうとしたエリカ達の耳に、ホテルのスタッフらしき男性のこんな声が届いた。

 

「それでは野原様、私がお部屋までご案内させていただきます」

「……野原?」

 

 このホテルでスタッフが荷物を運んだり部屋まで案内するということは、相手は相当のVIP。それだけでも興味を惹かれるが、その中で飛び出した名前がエリカにとって非常に聞き馴染みのあるものであれば、彼女が足を止めてそちらへ顔を向けるのも不思議ではなかった。

 

「いやぁ、軍のホテルって聞いて構えてたけど、何かスゲェ豪華だな」

「本当ねぇ。噂には聞いてたけど結構大きな大会なのね、九校戦って」

「そんな大会に出られるお兄ちゃんって、実は結構凄かったりして?」

 

 そこにいるのは、髭が濃い代わりに若干頭部が寂しい四十代中頃の男性、ボリュームのあるブラウンの髪をした若干ふくよか気味な三十代後半の女性、そして毛先がカールした明るいブラウンの髪をした十歳前後の少女。女性と少女の顔つきが似ていることから、3人は親子と思われる。

 

「いろんな色の制服を着た学生がいるね。全員、魔法科高校の人達かな?」

「そうだろうね。しかもこの大会に出るくらいだから、その中でも優秀な成績の人達ばかりだよ」

「つまり、エリート」

「そんな人達と戦うなんて、しんちゃん大丈夫なの?」

 

 そしてその3人組に寄り添うのは、いずれもエリカ達と同じくらいの年齢らしき4人の子供。

 どこか弱々しい印象の短髪の少年の疑問に、髪をきっちりセットしている聡明そうな少年が答え、高校生の平均身長よりもかなり高い体つきをした少年が非常にゆっくりな口調で補足をし、明るい茶色の長髪をツインテールにしている少女がここにはいない友人を心配している。

 そしてその中で出てきた“しんちゃん”という単語で、エリカは確信した。

 

「あのっ! もしかして、野原しんのすけくんのご家族の皆さんですか?」

「――――えっ?」

 

 突然自分達に話し掛けてきた少女に、その場にいた7人が一斉に振り向いた。




「それにしても『アクション仮面』以外にも昔の作品が色々あるんだな。『カンタムロボ』に『少年忍者吹雪丸』、それに『ま・ほー少女もえP』……これはどちらかというと大人向けか?」
「おっ、それもなかなか面白いゾ。オラの友達もかなりそれにハマってて、隠れてコスプレしてたこともあるほどだゾ」
「へぇ、そうなんですかぁ。確かに女の子が好きそうなデザインですものね」
「いや、その友達は男の子だけど」

「――――えっ」
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