嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第20話「色々悩みの多いお年頃だゾ」

 途中で“ハプニング”こそあったものの、第一高校生を乗せたバスと作業車は昼過ぎにホテルへと到着した。

 他の宿泊客同様、ドアマンやポーターといったスタッフは用意されない。作業車に詰め込んだ大型機器はそのまま使用するため荷下ろしは無いが、小型の機器や工具などは部屋でもCADの微調整ができるよう運搬する必要がある。

 その役目を買って出た達也が、手早くそれらを台車に載せて部屋まで押していく。そして兄が何かするとなれば妹の深雪がそれを手伝うのは半ば暗黙の了解なので、2人は自然に他の生徒達から離れることに成功した。

 もっとも、そうやって2人きりになった彼らが繰り広げる会話は、けっして恋人のように甘いものではないのだが。

 

「やはり先程のあれは、単なる事故ではなかったのですね」

「あぁ。あの自動車の跳び方は不自然だったからな、調べてみたら案の定、魔法の痕跡があった」

 

 達也の言葉に、深雪の表情も自然と引き締まった。たとえ事故を最初から見ていた自分が魔法を知覚しなかったとしても、敬愛して止まない、そして何より彼の“異能”を知る彼女にとって、彼の言うことは絶対にも等しい。

 

「魔法が使われたのは3回。タイヤがパンクしたとき、車体がスピンしたとき、そして車体が壁を越えて飛び上がったときだ。それらは全て、車内から行使されていた」

「……つまり魔法を使ったのは、その運転手自身だと?」

「そうだ。小規模な魔法を最小出力で瞬間的に発動したから、魔法式の残留サイオンすら検出されない。俺だって、()()()()()()気づかなかったほどだ。専門の訓練を積んだことで非常に高度な技術を身に付けたんだろう、“使い捨て”にするには惜しい腕前だった」

「卑劣な……!」

 

 肩を微かに震わせて、深雪は憤りを顕わにした。それは犯人に対するズレた同情ではなく、犯人にそれを命じた首謀者の遣り口への怒りだった。

 しかし彼女の優秀な頭脳は、数秒後にはその怒りを静めて首謀者の狙いを探る作業へとシフトしていた。優秀な工作員を使い捨ててまで、なぜそいつらは自分達の乗ったバスに攻撃を仕掛けたのか。ターゲットは“バスに乗っていた誰か”なのか、あるいは“第一高校そのもの”なのか。今回の九校戦と何か関係はあるのか――

 兄の意見を仰ごうと深雪は顔を隣へ向け、

 

「…………」

 

 達也が視線を正面と台車の中間辺りでさ迷わせ、何やら考え込んでいることに気づいた。

 

「どうかなさいましたか、お兄様?」

「ん? あぁ、少し気になることがあってな……」

「襲撃犯のことでしょうか?」

「いや、そちらも気になるんだが、しんのすけのことで少しな……」

「しんちゃんに、何かあったんですか?」

 

 深雪が尋ねると、達也は数秒だけ逡巡した後に口を開いた。

 

「バスが襲撃されてから、何だか元気が無いようでな。バスが出発したときは明らかにはしゃいでいた様子だったんだが、それが起こってからはほとんど口数も無く外ばかり眺めるようになってしまったんだ」

「それは……、せっかく楽しみにしていた友人同士でのバス移動に水を差されたから、ということでしょうか?」

「いや、そうではない。――もしかしたら、あの襲撃事件がショックだったのかもしれないな」

 

 達也の推測に、彼の言うことが絶対であるはずの深雪は要領を得ないとばかりに首を傾げた。

 

「ですが、九重先生が以前仰っていたように、しんちゃんは時間のループに囚われている間、それこそ国家存亡をも左右するほどの重大事件に数多く関わっていたはずです。この程度の事件には、ある程度の耐性があるのでは?」

「事件自体に対する耐性は、確かにあるかもしれない。――だがしんのすけはおそらく、目の前で人が死ぬことに対する耐性はほとんど無いと思われる」

 

 それは八雲からしんのすけに関する情報を聞いた後、達也が個人的に調べていく過程で知ったことだった。

 当時しんのすけが関わったと見られる事件は一般的に公にされていない事件も数多くあったが、八雲から直接聞いたり、国防軍の伝手を使うことである程度の情報収集には成功した。もちろん全ての事件を把握することなど不可能ではあるが、その一端を知る度に、様々な事情があるとはいえ当時5歳児のしんのすけがこれほどまでの大事件を次々と解決していったという事実に、達也は驚嘆を覚えるほか無かった。

 そうして調べていく内に、達也は気づいた。

 “魔人”と呼ばれる存在を利用して世界征服を企む悪の組織、理想の世界を作るために開発した匂いによる集団洗脳、果ては巨大ロボットの侵攻など様々な事件が起こってはいるが、それらによる死者が驚くほどに少ないことに。

 

「時には全てを覚悟して自殺を図った首謀者を説得し、思い留まらせたこともあるほどだ。おそらく今まで自分の目の前で誰かが死ぬという経験が、少なくとも耐性が付くほどには無かったんだろう。――俄には、とても信じられない話だがな」

 

 最後にそう呟いたときの達也の声は、やけに実感が込められているように思えた。

 しかし深雪はそれを指摘することはなく、代わりに別の言葉を口にする。

 

「しかしそうだとすると、しんちゃんのメンタルが少し心配ですね……」

「こういうときは、誰かがしんのすけを精神的に支えてやれれば良いんだが……」

 

 おそらく自分では、その役割を果たすことは難しいだろう。

 少なくとも、死人を目の前にしても動揺の1つも無いどころか、その背後に潜む首謀者に考えを巡らせているような自分では。

 達也が言外に述べたそれに、深雪は気づかないフリをした。

 

 

 *         *         *

 

 

 第一高校を乗せたバスが会場に向かう最中に“交通事故”に巻き込まれたというニュースは、発生から30分もしない頃には大会関係者の耳に入っていた。まさか開催前に怪我人が、と関係者は顔を青くしたらしいが、生徒達の迅速な対応によって彼らの中には怪我人はおらず、ちょっとした事情聴取の後にバスは再び出発したという続報を聞き安堵の溜息を漏らしたという。

 とはいえ、それはあくまで彼らと直接的な面識の無い人々の感想だ。第一高校に親しい間柄の者がいる人間にとっては、たとえ無事だと分かっていても心配せずにはいられない。

 

「あぁお労しや、しん様! あいが今行きますわ!」

「お待ちください、お嬢様! これから今夜の懇親会に向けての打ち合わせが――!」

 

 先程から大声をあげてホテルの中を走り回っているのは、如何にも高級そうな臙脂色の服を身に纏う黒髪の少女・酢乙女あい。そして彼女を後ろから追い掛けるのは、黒い髪・黒いスーツ・黒いサングラスと全身黒の男。口振りからも分かる通り彼は彼女の従者であり、名前も“黒磯”とこれまた黒かった。

 移動中の車内で事故のことを知った彼女は、VIP専用の入口からホテルに入るや否や、この目でしんのすけの無事を確かめるべく走り出していた。第一高校生は既に到着しているようだがその中に彼の姿は無く、なかなか想い人に会えない自分の境遇を演劇のヒロインか何かに重ね合わせて舞い上がっていることは否めない。

 当然ながら、そんな彼女は他の宿泊客や従業員にとって注目の的だった。大きな声に顔をしかめて彼女の方を向き、彼女の思わぬ美貌に心をときめかせ、そして知識のある者は彼女が酢乙女ホールディングスの令嬢であることに気づき驚愕する、といった光景が自分の周りで何十回と繰り返されていることに、当の本人はまったく気づいていない。

 

 そんなこんなで走り回っている内に2人はやがて建物を飛び出し、裏手にある草木が鬱蒼と生い茂る場所にまでやって来ていた。もはやスタッフさえ通るかどうかという場所なのだが、他にしんのすけがいるとすればもはやこういった場所しかない、という考えもあっての行動だ。

 

「お嬢様! あちらに!」

 

 と、後ろを走る黒磯の呼び掛けに、あいがほぼ反射的にそちらへ顔を向けた。

 その瞬間、木々の僅かな隙間を縫って現れたその姿に、あいは元々大きな両目をさらに大きく開いた。

 

「――しん様っ!」

 

 それはまさしく、あいが探し求めていた人物そのものだった。生まれたときからのトレードマークである太くて凛々しい眉毛は健在だが、優しげに目を細める穏やかな笑みのおかげか暑苦しくはなく、むしろ爽やかですらある。服装も第一高校規定の制服だが、今の彼女にはどんな華美な礼装よりも素晴らしく見えた。

 しかし気になるのは、彼の傍に寄り添うようにして歩く、光の加減で青く見えるショートヘアに女性用スーツをキッチリと着こなす凛とした美女である。爽やかな笑みを惜しげも無く振りまいて喋る彼の様子から、その女性のことを甚く気に入っていることが分かる。確かにしんのすけは昔から年上の美女が好きだったので不思議ではないのだが、その女性も気を許した雰囲気でそれに応えているためナンパで知り合った程度の仲ではないだろう。

 とはいえ、愛しの人物にようやく出会えた喜びでそれどころではなかったあいは、満面の笑みで彼の下へと駆け寄っていった。それに気づいたスーツ姿の美女が険しい表情で1歩足を踏み出そうとして、隣にいる彼に肩を軽く叩かれて止められるという一幕があったが、彼女の足は止まることなく2人の目の前にまで躍り出た。

 

「しん様っ、ご無事で何よりですわっ! 交通事故に巻き込まれたと聞いて、あい、とても心配したんですのよ!」

 

 そうしてあいは彼の手を取って包み込むように自分の両手を重ねると、頬を紅く染めて瞳を潤ませながら喜びを爆発させた。

 誰もが認める文句無しの美少女からそんなことを言われれば、思春期真っ只中の少年ならば動揺の1つはしてもおかしくないだろう。しかし彼がそういった動揺を見せることは無く、むしろその太い眉を困ったように八の字にして僅かに首を傾げていた。そしてそんな彼の隣では、スーツ姿の美女があいの一挙手一投足を見逃すまいとほとんど睨みつけるように見つめている。

 おかしい。普段のしんのすけならば迷惑だと手を振り払う程度はしそうなものだし、そもそも彼はこんなに爽やかな笑顔はしない。

 そんなあいの困惑を感じ取ったのか、目の前にいるその少年は爽やかな笑みを保ったまま口を開いてこう言った。

 

「ひょっとして、しんちゃんのお知り合いの方でしょうか?」

 

 その問い掛けで確信したのか、あれだけ興奮していたのが嘘だったかのように冷静な表情に戻ったあいは、パッと彼から手を離して数歩後退ると、深々と腰が直角に折れ曲がるほど深いお辞儀をした。

 

「大変申し訳ございません。私が探していた人とあまりにも似ていたので、早とちりをしてしまいました」

「大丈夫ですよ、僕は気にしていませんので。――えっと、酢乙女ホールディングスの酢乙女あいさんですよね?」

「まぁ! 私のことをご存知だなんてとても光栄ですわ、スンノケシ王子!」

「おや、こんな麗しい女性に名前を憶えてもらえるなんて、こちらこそ光栄ですよ」

 

 爽やかな笑みを浮かべて歯の浮くような台詞を言うスンノケシに対し、彼がしんのすけではないことを知ったあいは照れを微塵も見せずにニッコリと笑みを浮かべるのみだった。

 

「ところで先程、しんちゃんを探していたようですが」

「はい。第一高校のバスがここに向かう途中に事故に遭ったことはご存知でしょうか?」

「えぇ、こちらの彼女から聞きました」

 

 スンノケシはそう言って、隣の美女――ルルへと顔を向けた。上流階級に属する者同士で会話をしているとき従者はいないものとするのが通例であるため、いきなり話を振られたルルは一瞬だけ驚きで目を見開き、しかしすぐに平静な表情へと戻って軽く頭を下げる。

 

「成程、それで居ても立っても居られなかったというわけですね。そこまで心配してもらえるなんて、しんちゃんは素晴らしいご友人をお持ちのようですね」

「……いいえ、私としん様は“ご友人”ではなく、将来を約束し合った“婚約者”でございます!」

「何と! それは実にめでたい! ――こうして今回こちらにいらっしゃったのも、彼の雄姿をその目で見届けるためですか?」

「えぇ、もちろん! 王子も、でしょうか?」

「はい。彼とは小さい頃に()()()()()仲良くなりまして、今回こうしてやって来た次第です。もっとも、下手な勘繰りを避けるために情報はできるだけ規制して、大会中も自由に出歩くこともできないのですが」

「それはそれは……、心中お察し致します。――ん? それでは今は、どうしてこちらに?」

 

 スンノケシの言葉とは裏腹に、今の彼はたった1人しか護衛を付けず自由に外を出歩いているように見える。もしかしたらあいが気づいていないだけで他にも護衛がいるのかもしれないが、それにしても一国の王子にしては警備が手薄に過ぎる。

 と、あいの指摘に、彼は悪戯がバレたかのように笑みを漏らして肩を竦めた。

 

「いえ、丁度良いところに、()()()()()()()()()()()()()()がやって来たものですから……。久し振りに再会したということもあって、どうにも悪戯心が擽られたというか……」

 

 スンノケシはそう言いながら、あいに見せるように自分の着ている服を軽く引っ張ってみせた。

 それを数秒眺めていた彼女は、唐突に目を見開いて彼の顔へとその視線を向ける。

 

「それって、つまり――」

「はい、お察しの通りです」

 

 頷いて答えるスンノケシに、あいは安心したように大きな溜息を吐いた。

 

 

  *         *         *

 

 

 大型空港や高級百貨店、また高級なホテルの場合、一般客が使うような待合エリアとは別に特別仕様のラウンジが用意されていることがある。

 一般のそれと比べて豪華なインテリアが並び、通信機器や様々な新聞雑誌が取り揃えられ、ソフトドリンクやアルコール、さらにはスイーツやカレーなどの軽食が用意されているその部屋は、上級クラスの顧客や運営会社の上級会員などが主な利用者となっている。また公にはされていないが、国会議員や取引先大手企業の経営幹部といった要人のためのラウンジが別に設置されている場合もある。

 達也たちが現在いるこのホテルにも、そんな国内外VIP向けのラウンジが極秘に存在している。食事時以外に軽食や酒を口にしたいとき、あるいは自室に客を招くことを好まないVIPが会合に使用することを主な目的としたその部屋は、当然ながら案内板に場所が記載されているはずもなく、最初からその場所を知ったうえで目指さなければまず辿り着けない構造になっている。

 

 そんなラウンジには現在、2人の利用客がいる。

 1人は、かなりの歳に見えるのに背中はピンとまっすぐ立っており、スリーピース・スーツを隙無く着こなした老人・九島烈。白髪を綺麗に撫でつけているため見た目より若々しい印象を受ける彼は、この国に十師族という序列を確立し、20年ほど前までは世界最強の魔法師の1人と目されていたほどの魔法師だ。そろそろ90歳に差し掛かる彼だが、元国防陸軍の軍人として現在も国防軍魔法顧問という役職に就く彼の、魔法師のコミュニティに与える影響は計り知れない。

 そしてもう1人は、彼とは対照的に10代半ばの少年だ。かなり太くて凛々しい眉を持つ彼の服装は、ヘッドスカーフに首から足元まで覆う薄手のトーブと、まるで東南アジア系の民族衣装のようである。そんな彼は現在、ラウンジに用意された軽食やドリンクを、まるで何日も絶食していたかのように猛烈な勢いで口の中に放り込んでいる。

 

 VIP専用のラウンジを利用できるほどの上流階級が見ればまず間違いなく眉を顰める光景だが、それを目の当たりにしている烈は興味深そうに口元に笑みを携えて彼を観察していた。

 やがて彼の食事が一段落したのを見計らって、烈が口を開いた。

 

「君はこういう場所を利用するのは初めてかね、野原しんのすけくん?」

「おぉっ、初めてだゾ! タダで食べ放題だなんて太腿だゾ!」

「……ひょっとして、太っ腹と言いたいのかね?」

「おぉっ、そうとも言うー」

 

 その少年・しんのすけがタメ口で話す度に、ラウンジのスタッフがハラハラした面持ちで烈の様子を窺っている。しかし烈はもちろん気分を害してなどおらず、むしろそんなスタッフの反応を半分楽しんでいる節がある。

 

「それにしても、ホテルの中を自由気儘に歩いて偶然この部屋に辿り着き、旧友である一国の王子と再会するとは……。やはり君は、そういった星の下に生まれた存在なのかもしれないな」

「おっ? 九島爺ちゃん、オラのこと知ってるの?」

「あぁ、とてもよく知っているとも。私が政府の研究機関で魔法師となるための実験を受けていた頃から、君達の名前はよく聞いていたからね。正直なところ、こうして実際に会うことができて嬉しく思っているよ」

「ほうほう、オラってそんなに有名人なのかぁ」

「あぁ、そうだとも。もっとも、一般的にはほとんど知られてないがね」

 

 烈の注釈に、しんのすけは「なーんだ」とガッカリした様子だった。一般的ではない人々に名前が知られていることによる影響力については、おそらく気づいていない。

 

「それにしても、今の君は第一高校の選手としてここに来たんだろう? 準備とかはしなくても大丈夫なのかね?」

「うーん、どうなんだろ……? まぁ大丈夫でしょ、多分。――そんなことより、オラは今ユーウツな気分なんだゾ」

「ほう、君ほどの人間でもそういったことがあるのか……。良かったら、私に話してみると良い。それなりに人生経験は積んでいるはずだから、多少なりともアドバイスできるかもしれない」

 

 確かに90歳近い老人の人生経験が豊富なのは否定しようのない事実だが、実際のところは時間のループに囚われていた見た目高校生のしんのすけの方が長生きだったりする。

 しかしそういったことに無頓着なしんのすけは特にツッコミを入れることも無く、素直にそれを烈に話し始めた。

 

「九島爺ちゃんはさ、自分の目の前で誰かが死んじゃったことってある?」

「あぁ。私は元々軍人として戦場に出たこともあるからね、敵味方問わずそんな光景は日常茶飯事だったよ。それにこんな歳だからね、天寿を全うした古くからの友人も少なくない」

「誰かが死ぬのって、慣れちゃった?」

「……どうだろうか、確かに昔に比べて心を乱さなくなったのは確かだが」

「ふーん……」

 

 しんのすけの反応は自分から尋ねたわりには薄いものだったが、烈がそれを気にする様子は無かった。

 

「……君がそこまで気落ちしているのは、ここに来る途中に巻き込まれた事故についてかな?」

「おっ、よく分かったね。そうだゾ、運転してた人が死んじゃったんだゾ」

「そうか。――自分の目の前で誰かが死ぬのは、今回が初めてかな?」

「そんなことないゾ。でも、何回見ても全然慣れない。やっぱり、誰かが死ぬのは嫌だゾ」

 

 そう呟くしんのすけの視線は、豪華なシャンデリアがぶら下がる天井へと向けられていた。しかしその目つきはどこかぼんやりしたもので、天井や照明を眺めているというよりは、その向こう側に広がっているであろう透き通るように青い空を思い浮かべているように思える。

 そんな彼を眺めながら、烈は「ふむ」と少しの間考える素振りをした。

 

「魔法科高校に入学したということは、将来は魔法師になりたいんだろう? 君はどうして魔法師になろうと思ったのかな?」

「魔法師って、綺麗なお姉さんがいっぱいいるんでしょ? だから同じ魔法師になれば、綺麗なお姉さんといっぱいお知り合いになれるって聞いたゾ!」

「な、成程……」

 

 あまりにもあんまりな理由に、烈の笑みが僅かに引き攣った。確かに魔法力の高い魔法師ほど肉体が左右対称に近くなる、つまり見目麗しくなる傾向にあるため間違いではないが、だからといって魔法師界の重鎮に対して素直にそれを暴露する胆力はさすがの一言だ。

 

「具体的にどんな魔法師になりたいとか、明確なビジョンはないのかね?」

「どんな魔法師、かぁ……。アクション仮面みたいなヒーローになりたいとは思ってるゾ」

「ほう、ヒーローか。実に素晴らしいと思う。――しかし誰かを助けるためには、綺麗事ばかりではいられないことも時にはあるだろう。今日みたいに目の前で人が死ぬこともあるだろうし、もしかしたら君自身が手を下すことになるかもしれない」

「……そんなの、オラはやりたくないゾ」

 

 口を尖らせて吐き捨てるようにそう言うしんのすけは、小さい子供が駄々をこねているようにしか見えなかった。

 しかし烈は、それを嗤うことも窘めることもしなかった。

 

「ならば考えるしかない。自分が何をしたいのか、そのためには何をすれば良いのか」

「…………」

「まだまだ君の人生は長い、ゆっくり考えるのも良いだろう。――とりあえず今は、旧友との再会を楽しむことに専念するのも良いのではないかな」

 

 烈がそう言ってニヤリと笑うのと同時、

 

「しん様ぁっ!」

 

 入口のドアが勢いよく開かれて、少々髪の乱れたあいが叫びながら部屋に入ってきた。彼女の背後には、しんのすけの制服に身を包むスンノケシの苦笑いがある。

 ズガズガと大股で近づいてくるあいを見たしんのすけは、

 

「……うへぇ」

 

 心底うんざりしている、と顔を見ただけで分かるほどに引いていた。

 そしてそれを見ていた烈は、クスクスと楽しそうに笑みを漏らしていた。




「ところでしんのすけくん、さっき言ってた『アクション仮面』というのは、確か特撮ヒーローの名前だったかな?」
「おっ? 九島爺ちゃん、知ってるの?」
「世界一の長寿番組だって聞いたことがあるからね。好きなのかい?」
「そりゃあもう! テレビの放送は毎回観てるし、豪華客船での新作映画上映イベントも行くくらいだゾ! それに自慢じゃないけど、オラ、アクション仮面とはマブダチなんだゾ!」
「ほう、アクション仮面と顔見知りなのか。――成程、成程」

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