嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第21話「懇親会に参加するゾ その1」

 数時間もあれば会場に行ける第一高校がわざわざ開会2日前に会場入りするのは、その日の夜に開かれる“懇親会”に参加するためである。

 その名の通り『これから大会に参加する代表選手同士で軽い食事と共に親睦を深めましょう』という趣旨のものであるが、これから鎬を削る相手と呑気に親睦を深められるわけもなく、むしろ互いに牽制をかまし合う“前哨戦”のような雰囲気になるのだ、とは過去に参加経験のある真由美の弁だった。「だからあんまり参加したくないのよねぇ」という彼女の呟きを、達也は黙殺して聞かなかったことにした。

 ちなみにその達也は、第一高校に与えられた控え室にて憂鬱な表情を浮かべながらブレザーに袖を通していた。そのブレザーには八枚花弁のエンブレムが刺繍されており、彼のすぐ傍では深雪が恍惚とした表情でそれを眺めている。

 

「あの、渡辺先輩……。別に俺は、普段のブレザーでも良いのですが……」

「何を言ってるんだ。正面から校章が見えないと、一高生だと分かってもらえないぞ?」

「いや、校章よりも色で区別がつくと思うんですが……」

 

 普段なら妬みの視線を一身に受けても堂々としている達也がそわそわと落ち着かなくしているのを見て、摩利は思わずプッと噴き出してしまった。

 

「予備のブレザーだったが、どうやらサイズは大丈夫なようだな。しかしせっかくの機会なんだから、新調すれば良かったんじゃないか?」

「2回しか着ないのに、そんなの勿体なさ過ぎますよ。ワッペンみたいに取り外せるならまだしも、これ刺繍ですからね……」

「いや、2回とは限らないぞ? 秋には論文コンペもあるし、君が一科に転籍しないとも限らないんだからな」

 

 含みのある笑みと共にそう言った摩利に、達也は「そんなことはあり得ないと思いますけどね」と呟いた。

 すると深雪が、エンブレムの刺繍が施された達也の左胸の辺りに手を差し伸べながら、

 

「すみません、お兄様。時間があれば、私がお直ししたのですが……」

「いや、大丈夫だ。すまないな、気を遣わせてしまって」

 

 控え室には、当然他の一高代表メンバーの姿もある。そんな人目のつく場所で、達也と深雪はまるで恋人のように互いの顔を見つめ合っていた。

 

「あらあら、また兄妹で妙な雰囲気を作っているわよ、しんちゃん」

「あら本当ね奥さん、最近の子は人目も憚らずにイチャイチャするから嫌だわぁ」

 

 そんな2人に、真由美としんのすけがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて近づいてきた。特にしんのすけは変に腰をクネクネさせて、ご近所の奥様方との井戸端会議ごっこに興じている。

 

「いや、2人共……。“雰囲気”って何ですか……」

「そんな、雰囲気だなんて……。私とお兄様は血の繋がった兄妹であって、決してそのようなことは――」

「深雪? なんで照れてるんだ?」

「まぁ、しんちゃん。あの人ったら、女の子にあそこまでさせておいてあの態度よ?」

「相手がベタ惚れだから、少しくらい冷たくしても大丈夫だと思ってるのかしら? ああいうタイプほど、いざ相手が心変わりしたときに自分を棚に上げて相手を責めるのよねぇ」

「しんのすけ、変な言い掛かりはよせ」

 

 達也が少しだけ凄んでそう言うと、しんのすけは「ほっほーい、逃げろー」と素早い動きで即座にその場を離れていった。彼も達也と同じく普段は着慣れなく運動性にも難のあるブレザーを着ているのだが、すたこらさっさと走るその動きに淀みは無い。

 そんな彼の後ろ姿を達也は呆れて、女子3人は苦笑いで見送った。

 と、真由美が形の整った眉を心配そうに寄せて、司波兄妹へと向き直る。

 

「しんちゃん、何となく本調子に戻ってきた感じかしら?」

「……やはり、会長も気づいていましたか」

「そりゃ、曲がりなりにも生徒会長ですもの。でも結局、しんちゃんはどこにいたの?」

「いつの間にか戻っていたので、俺達には分かりません。それとなく尋ねてみても、はぐらかされてばかりで」

 

 達也の答えに、真由美は再び彼らから視線を外してしんのすけへと向けた。この場から逃げた彼はほのかと雫にターゲットを定めたようで、何か言われたらしいほのかが頬を紅くして大声をあげ、彼がそれを見て楽しそうに笑い、雫は何を考えているのか読み取りづらい無表情で2人を眺める、という光景が繰り広げられていた。

 

「そうよね。目の前で誰かが死んだら、大なり小なりショックを受けるものよね。しんちゃんは普段が普段だから気づきにくいけど、本当はここにいる誰よりも“普通の子”なのかもね」

「目の前の出来事に動揺せず冷静に対処するというのは、魔法師になるために必要な要素です」

「あぁ、確かにその通りだ。とはいえ、高校1年で実戦を意識した行動を取れる生徒の方が珍しいんだがな」

 

 笑い声混じりの摩利の言葉は、皆がパニックになる中で即座に事態収束に動いた深雪を指すのか、はたまたその裏で何やら動いていたであろう達也を指すのか。

 どちらにしても、達也の反応は視線を逸らしての無視だけだ。

 と、ふいに真由美が真面目な表情に切り替えると、その場にいる全員の注目を集めるために大きく1回手を叩いた。

 

「さてと、そろそろ時間だから行きましょうか。懇親会といっても対戦相手の初顔合わせよ、くれぐれも嘗められるようなことはしないようにね」

 

 真由美の言葉に、その場にいたほぼ全員が表情を引き締めた。

 もちろん、例外はしんのすけただ1人である。

 

 

 *         *         *

 

 

 懇親会は全員出席が建前とはいえ、様々な理由をつけて欠席する者もいないわけではない。しかしそれでも参加者は選手だけでも300人以上という大規模なものになり、当然ながら会場もこのホテルで最も広い宴会場が使われる。

 つまりそれだけ多くのスタッフが必要ということであり、さらに来賓者の対応など実際に会場で動く者以外のスタッフのことも考えると、ホテルの専従スタッフや基地からの応援だけではとても賄いきれない。よって明らかにアルバイトとも思える若者が会場内を歩き回っていたとしても、ある程度予想していた達也にとっては驚くべきことではない、はずだった。

 

「お飲み物は如何ですか、ご主人様?」

「……何をやっているんだ、エリカ?」

「……驚いたわ、エリカも来ていたのね」

 

 言葉とは裏腹にニヤニヤと笑みを浮かべながら問い掛けるその少女に、達也は苦々しい表情を隠すこともせずにそう問い返し、深雪はただ純粋に驚きの表情を見せていた。

 会場に入ってすぐに顔を合わせたのは、丈の短いヴィクトリア調ドレス風味の制服、つまりメイドを連想させる服装に身を包んだエリカだった。普段は年相応の溌剌とした印象の彼女だが、場所柄を考えてか随分と大人びたメイクをしており、これだけ近くにいるのにまるで20歳を過ぎた大人の女性に見える。

 突然の知り合いの登場に少々面食らったものの、次の瞬間には彼の優秀な頭脳は彼女がここにいる理由を導き出していた。実家のコネを使ってホテルの部屋を確保するのはともかく、懇親会にスタッフとして潜り込むのはコネの使い方としてどうなのだろう、と些かの疑問は残るが。

 

「あっはっはっ、サプライズ成功ってところね。ねねね、どう、達也くん?」

 

 エリカは満足そうに笑いながら、達也の前でクルリと1回転してみせた。フリルで飾られたスカートが、風に乗ってフワリと浮かび上がる。

 服の感想を求めているのか、と達也が口を開きかけるも、深雪が横から口を挟んできた。

 

「駄目よ、エリカ。お兄様は相手の中身を見ているから、表面的なことに囚われたりしないわ」

「そっかー。達也くんはコスプレに興味無いか」

「コスプレ? 誰かに言われたの?」

「ミキがね。しっかりお仕置きしてやったけど」

 

 拳をグッと握り締めてそう言うエリカに、達也は心の中で幹比古に同情した。

 しかし“ミキ”という単語を初めて聞く深雪は首を傾げ、それに気づいた達也が横から説明する。

 

「俺達と同じクラスの吉田幹比古だ。名前だけは聞き覚えがあるんじゃないか?」

「ああっ、この前のテストで筆記3位だった方ですね」

 

 と、そうしている内に、エリカの存在に気づいたらしいしんのすけが司波兄妹の背後から近づいてきた。

 

「おぉっ、エリカちゃん。随分と化けたね。まさに“馬子にも衣装”って感じ」

「ミキよりも数段ひどい感想だね、しんちゃん!」

 

 声をあげてツッコミを入れるエリカに、その反応が面白いのかヘラヘラと笑うしんのすけ。幹比古よりも数段ひどい感想とか言いながら彼に対してお仕置きをしないのは、幹比古が幼馴染みという遠慮のいらない関係だからか、それともしんのすけのキャラクターによるものか、はたまた別の要因か。

 と、達也がそんな無意味な考察をしていると、しんのすけを見るエリカの口角がほんの微かに上がったことに気がついた。

 

「そうだ! しんちゃんの分の飲み物、持ってきてあげるね。何が良い?」

「おっ? それじゃ“プスライト”お願い」

「はいはーい。お2人はどうする?」

「俺は何でも構わないが」

「私も特には」

「オッケー。それじゃ待っててね」

 

 エリカはそう言い残すと、飲み物が置かれたテーブルへと早足で歩いていった。大勢の人がそれぞれのタイミングで行き交う会場内は移動するのも一苦労なほどの盛況ぶりだが、何の苦も無くスルスルと人混みを擦り抜けていくその様子が彼女の運動能力の高さを物語っている。

 そして1分も経たない内に、3人分のグラスを載せたトレーを片手にエリカが戻ってきた。ちなみにトレーにはグラスだけでなく、クラッカーにスライスしたカマンベールチーズとトマトを乗せてオリーブオイルを垂らした軽食も一緒に載せられている。

 

「おぉっ! テレビとかでよく見るけど、名前がよく分かんないヤツだ!」

「あははっ、カナッペね。ご自由にどうぞ」

「ほっほーい、いってきまーす!」

「それを言うなら“いただきます”ね」

 

 しんのすけは嬉々としてカナッペに手を伸ばし、美味しそうにそれを何個も一気に頬張った。そしてそれを、エリカが持ってきたレモンライム風味の炭酸飲料“プスライト”で一気に胃袋へと流し込む。

 明らかに他の代表選手よりも勢いよく飲食するしんのすけを横目に、達也はエリカからグラスを受け取りながら別の疑問を口にする。

 

「エリカと幹比古がいるってことは、レオと美月もいるのか?」

「うん、そう。アタシとミキはこっち、2人は裏方でそれぞれ力仕事と皿洗い」

 

 今の時代にもなると、倉庫からの出し入れから食器の洗浄まで大部分が機械によって行われる。故に機械に強いことが裏方の条件なのだが、あの2人ならばそちらの心配は無いだろう。

 と、カナッペを1人で全部食べ終えたしんのすけが横から会話に割り込んできた。

 

「ねぇねぇ、ここのバイトって時給良いの?」

「国にとって大事な九校戦のイベントだからね、時給は良いんじゃないかな。アタシ達はここの手伝いを条件に宿泊させてもらってるから給料無いけど」

「おぉっ、良いなぁ。オラもバイトしたいゾ」

「何か欲しい物でもあるの?」

「今度、アクション仮面の新しいフィギュアが出るんだゾ」

「アクション仮面かぁ、アタシも名前くらいは聞いたことあるわ。でもアレって随分長く続いてるけど、さすがにネタが尽きてくるんじゃないの?」

「そんなこと無いゾ! 敵がどんどんパワーアップするからアクション仮面も新しい技をどんどん憶えるし、その時代によって時事ネタとか風刺とかもあるんだゾ! それに“アクション仮面ムスメ”みたいな外伝もあるし、他にも北春日部博士とかミミ子ちゃんが主人公のスピンオフが――」

 

 ベラベラと饒舌に語りまくるしんのすけに、自分で話を振っておきながらエリカは若干顔を引き攣らせていた。

 そんな彼女に達也は半分同情するような視線を向けながら、自身の背後で何人もの人物がコソコソと集まってきているのを気配で感じた。おそらく深雪もそれに気づいているようで、先程からチラチラと後ろを盗み見ているのが分かる。

 そして最後の1人が動きを止めた、そのとき、

 

「さてと、しんちゃん。しんちゃんに会いたいって人達がいるんだけど」

「えっ? オラに?」

「そうそう。後ろを振り返ってみて」

 

 そうして聞こえてきたエリカの声に、名指しされたしんのすけだけでなく、達也と深雪も一緒に振り返った。

 そこにいたのは、全部で7人。

 髭が濃い代わりに若干頭部が寂しい四十代中頃の男性・野原ひろし。

 ボリュームのあるブラウンの髪をした若干ふくよか気味な三十代後半の女性・野原みさえ。

 毛先がカールした明るいブラウンの髪をした十歳前後の少女・野原ひまわり。

 どこか弱々しい印象の短髪の少年・佐藤マサオ。

 髪をきっちりセットしている聡明そうな少年・風間トオル。

 高校生の平均身長よりもかなり高い体つきをした少年・ボー。

 明るい茶色の長髪をツインテールにしている少女・桜田ネネ。

 いずれも給仕服に身を包んだ彼らの姿を見た途端、しんのすけが驚きの声をあげた。

 

「父ちゃん! 母ちゃん! ひま! 風間くん! ボーちゃん! ネネちゃん!」

「ちょっとしんちゃん! 僕が抜けてるんだけど!」

 

 短髪の少年・マサオが真っ先にツッコミを入れ、それを皮切りに7人が一斉にしんのすけへと駆け寄っていった。

 

「久し振りだな、しんのすけ! 随分と立派になっちまって!」

「あんた、ちゃんとご飯食べてるんでしょうね? 一人暮らしだからってお菓子ばっかり食べてたら承知しないんだからね」

「ねぇねぇお兄ちゃん、彼女とかってもう作ったの? 今度ひまにも紹介してよ!」

「凄いなぁしんちゃん、本当に魔法使えるんだぁ」

「そりゃそうだよ、マサオくん。じゃなかったら今ここにはいないって」

「しんちゃん、九校戦出場おめでとう」

「でもまぁ、その制服は何かしんちゃんに似合ってないけどねぇ」

 

 いくらここが懇親会で選手同士が談笑することが目的とはいえ、ここまで一斉に捲し立てるのはさすがに目立つ。しかもそれが選手ではなく給仕スタッフとなれば、白い目で彼らを睨みつける者もちらほらと見受けられる。

 しかし彼らはそんなことを気にする素振りも無く、久し振りに顔を合わせたしんのすけにあれこれ話し掛けていた。

 そして当のしんのすけも、

 

「んもう! そんなにオラと喋りたいだなんて、オラってやっぱモテモテだなぁ!」

 

 口角を吊り上げる独特の笑みを浮かべながら、実に満足そうにそれに応えていた。

 

 

 

 

 幹比古は会場の隅っこで目立たないようにしながら、会場全体を見渡すように眺めていた。

 豪華な料理に舌鼓を打っている者、仲の良い友人と楽しく語らっている者、ここぞとばかりに他校の気になる生徒に話し掛ける者――。それぞれ楽しみ方は違うが、皆が今この瞬間をめいいっぱい楽しんでいるように見える。

 対して、自分はどうだろうか。

 魔法科高校に入学こそできたものの、実技の成績が不充分なために二科行き。九校戦の代表選手として選ばれることもなく、せいぜい裏方として懇親会の会場に潜り込むのが関の山。

 

 ――「行ってこい、幹比古。そして見てくるんだ、本来自分が立っていたはずの場所を」

 

 ふいに彼の脳裏に、一昨日父親から言われた言葉を思い出した。ぎりっ、と食いしばった歯が音をたてる。

 と、同じテーブルに自然と同じ学校の生徒達が集まる会場の中で、自分と同じく給仕服を身に纏ったスタッフが大勢1ヶ所に集まっているのに気づき、そちらへと目を凝らした。

 ホテルのロビーで知り合った例の7人グループと、クラスメイトを通して最近顔見知りになった一科生の生徒が仲良く談笑している。傍目には(スタッフが仕事中に談笑することへの違和感はあれど)何てことない普通の光景だが、それを見ていた幹比古は眩しそうに目を細めた。

 

 ひろし達とは知り合って間も無い幹比古だが、彼らの中にしんのすけのように魔法の資質を持った者は1人もいないことには既に気づいていた。この1世紀の間で魔法師の家系が確立される程度には魔法の才能と血縁は深い関係にあるが、極稀に一般的な家系から突然変異的に魔法の才能に恵まれた者が現れることもある。もっともしんのすけほどの実力を持つことはまず無く、実戦的なレベルに達していない場合がほとんどだ。

 しかしその程度でしかなかったとしても、一般的な人からしたら未知の力である魔法というのは恐怖の対象だ。魔法の才能に目覚めたばかりに他の家族との関係が悪くなり、疎遠になってしまったというエピソードは枚挙に暇が無い。

 だがしんのすけとその家族・幼馴染の様子を見る限り、その心配はまったく無さそうだ。仲睦まじく談笑するその光景には、魔法師とそれ以外の人々との隔たりや壁などといったものは微塵も感じさせない。

 

「まったく、君が羨ましいよ――」

 

 ぽつりと零れた幹比古の呟きは、紛れもなく本音だった。

 

 

 

 

 一方、先程までしんのすけと会話していたエリカ達は、ひろし達が駆け寄ってくるのに合わせて身を引き、少し離れた所でその様子を見守っていた。

 

「あの人達が、しんのすけのご家族と幼馴染達なのか。いつの間にエリカ達と知り合ったんだ?」

「今日このホテルに着いたときに偶然ね。それでまぁ『せっかくこうして知り合えたから、しんちゃんへのサプライズも兼ねて一緒に懇親会のスタッフやりませんか』って冗談半分で誘ったら、思ってた以上にノリノリで乗っかってきてね。それでこうなったの」

「サプライズなんてせずに普通に会えば良いだろう……」

「良いじゃないですか、お兄様。しんちゃん、何だか元気が戻ってきたみたいですし」

 

 確かに彼らと喋っているしんのすけの様子は、このホテルに向けて出発したときと同じ、いや、あるいはそれ以上の調子であるように見える。とりあえずはこれで、何の憂いも無く九校戦に挑めるだろう。

 ところで、とエリカは達也たちにズイッと体を近づけて、

 

「あの人達、どうやらこのホテルのスイートルームに泊まるみたいなんだけど」

「えっ? スイートルームって――」

「そう! ここのスイートルームってさ、民間のホテルと違ってお金さえ積めば泊まれるようなものじゃないでしょ? ねぇ達也くん、そんな部屋に泊まれるあの人達って何者だと思う?」

 

 あからさまに期待の籠もった目を向けてそう尋ねるエリカに、達也は「いや、そんなこと俺に訊かれても……」と口籠もりながら、当たり障りの無い一般的な予測を口にした。

 

「そういう部屋に泊まれるような人間とたまたま知り合いだった、とかじゃないか?」

 

 

 *         *         *

 

 

 今回の懇親会はあくまで主役は高校生達であるため、来賓者は挨拶の時間になるまで別室で待機となっており、それはどのような立場の人間であっても例外ではない。もっとも別室とはいえ料理も飲み物も同じものが用意され、スタッフが給仕に動き回っていることも変わらないため、いわばこちらも本会場の縮小版といった装いだ。

 しかしながら、彼らが実際に給仕として働く頻度はこちらの方が圧倒的に少ないだろう。元々の人数の差もあるが、来賓者は料理や飲み物を口にするよりも、何の前情報も無く姿を現した世界を股に掛ける大企業の令嬢への挨拶に必死なのだから。

 

「はぁ……。予想はしていたことだけど、こんな所に来てまで挨拶攻めに遭うなんて……」

 

 名前だけは知ってる者から顔も名前も知らない者まで一通りの挨拶を済ませたあいは、別室の中でも一番奥にあるテーブルに戻って溜息混じりにそう呟いた。大会期間中はしんのすけの勇姿を見届けるのに集中するため一切の仕事を入れておらず、いわばこの期間は彼女にとって夏休みも兼ねるつもりだったのである。

 相当疲れたらしく、傍に控える黒磯に飲み物を要求する態度もどこか投げやりだ。ちなみに黒磯はその命令を受けて近くのスタッフに頼んで高級炭酸水を持ってきてもらい、スタッフから受け取ったそれを彼女に手渡していた。何という二度手間である。

 と、そんな彼女に近づく1人の男がいた。先程の挨拶攻めのときには顔を出さなかったその人物に、あいはチラリと視線を向ける。

 

「酢乙女あいくん。そろそろ来賓者挨拶の時間だが、ご気分は如何かな?」

 

 現在この部屋にいる中では間違いなく一番の大物、そしてあいにとって唯一顔も名前を知っているその人物・九島烈に、あいはニッコリと余所行きの笑みを浮かべて立ち上がり、優雅な一礼を返した。先程の挨拶攻めでは一度も見せなかった彼女の反応に、他のゲストも思うところが無いわけではなかったが、その相手が相手なので特にそれを表に出すことは無い。

 ちなみにそんな烈と同じくらいの大物であろうスンノケシだが、この部屋には姿を現しておらず、この後の来賓者挨拶に顔を出す予定も無い。そもそも彼の存在は大会中厳重に秘匿される手筈であり、あいと烈を除くゲストにも彼の存在が知らされることは無いのである。

 

「お気遣いありがとうございます、九島様。私の我が儘を通してくださったお礼として、自分の責務はキッチリと果たすつもりですわ」

「いやいや、実に素晴らしい。とはいえ、君くらいの年代にはこういった挨拶はなかなかに退屈だろう」

 

 特に賛同を求めているわけでもない烈の言葉に、あいはほんの少しだけ首を傾げて疑問をアピールする。

 そしてそれに応えるように、烈が言葉を続ける。

 

「酢乙女あいくん、私の“戯れ”に協力してもらえないだろうか?」

「……聞きましょう」

 

 何か悪戯を企んでいる少年のような笑みを浮かべる烈に、あいはこの部屋に入って初めて“興味の色”を浮かべた。

 少なくとも、傍で2人の遣り取りを眺めていた黒磯はそう感じた。




「それにしても、ネネちゃんもひまもエリカちゃんも、まるでメイドさんみたいですなぁ」
「アタシ、1回本物のメイドさんの服着てみたかったのよねぇ! どうしんちゃん、似合う?」
「まぁ、ネネちゃんは良いとして……。――母ちゃん」
「な、何よ! 私だって本当は嫌だったんだけど、他に服が無いっていうから仕方なく――」
「無理するなよ、アラフォー」

「おぉっ! 久々にママのグリグリ攻撃を見たなぁ」
「うっわ、痛そう」
「的確に急所を突いてくる辺りが流石だな」

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