嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

22 / 114
第22話「懇親会に参加するゾ その2」

『皆様は将来魔法師として、この国を支える素晴らしい仕事に就くことになると思われます。最近は魔法師や彼らを支える人々に対して謂れなき非難を浴びせる人達もおりますが、皆様はそのような声に負けることなく――』

 

 懇親会も中盤に差し掛かった頃、来賓者の紹介と共にそれぞれが挨拶をする時間が始まった。顔も名前も知らないような人が次から次へと壇上に現れ、中央に置かれたスタンドマイク越しに、それなりの時間を掛けて考えたであろう文章を読み上げている。

 やはり魔法科高校生というエリート候補だけあって、たとえ顔も知らないような大人の挨拶だとしてもちゃんと耳を傾けている。あるいは、傾けているフリをしている。

 

「こういう来賓挨拶って、なんでいつの時代も長いんだろうね」

「半端な挨拶をしたら、主催している相手に申し訳が立たないからね。こういうイベントのときに集まる人って、普段からそういう人達と付き合いがあるだろうし」

「そんな大人の付き合いに巻き込まれちゃ堪んないわよねぇ」

「世知辛い」

「ねぇ風間くん、プスライト取ってきて」

「おまえなぁ、少しは聞いているフリをする努力をしろよ」

 

 しんのすけと久し振りの再会を果たした春日部防衛隊の面々も、周りと同じように傍目には真面目に聞いているフリをしながら、ヒソヒソと周りに聞こえないように会話を交わしていた。給仕としての仕事も時折こなしているが、基本的にはしんのすけの傍に固まっている。

 一方、しんのすけの家族3人はというと、司波兄妹やエリカと親睦を深めていた。

 

「あのう、ウチの息子、学校ではどんな感じですかね?」

「一科生と二科生の区別無く誰にも明るく接する、学校のムードメーカーですよ。しんちゃんがいると、一緒にいる私達の雰囲気も明るくなりますし」

「そうですか! いやぁ、良かった! 全然連絡してこないから、もしかして上手くやってないのかって心配してたんですよ! あっはっはっ!」

「まったくこの人ったら、美人だからって女子高生相手にデレデレしちゃって……」

「ちょっ! そうじゃねぇよ、みさえ! おまえがいつも心配してるから、こうやって――」

「ねぇねぇ! 達也さんって、お兄ちゃんと一緒に風紀委員ってのやってるんでしょ? お兄ちゃん、ちゃんと仕事してる?」

「もちろん。何か揉め事があったときは、真っ先に駆けつけるからな。……報告書を書くのは、もっぱら俺の役目だが」

「ひまわりちゃんのお兄さん、かなり強いのよー。剣術部の先輩なんか、お兄さんに手も足も出なかったんだから」

「へー、全然想像つかないなぁ。家ではいつもママに怒られてゲンコツされてるから」

「プッ! ゲ、ゲンコツって……!」

 

『それでは続きまして、かつて世界最強と目され、20年前に第一線を退いた今も九校戦をご支援くださっております九島烈閣下より、お言葉を頂戴します』

 

 と、会場にこのアナウンスが流れた途端、今まで話を聞くフリをしていた生徒ですら一斉に表情を引き締めて壇上に注目した。今や伝説の存在といっても過言ではない人物を生で見られるチャンスということで、その注目度は他の来賓者に比べて群を抜いている。

 そしてそういった雰囲気は魔法師についてあまり知らないひろし達にも伝わっていき、彼らも緊張した面持ちで周りの生徒達に倣って壇上へと向き直る。

 そうして会場中の視線を集める壇上に姿を現したのは、

 

「おっ、あいちゃんだ」

 

 色合いとしては第三高校の制服に近い臙脂色の服を身に纏う少女――酢乙女あいの登壇に、会場のあちこちから疑問の声があがる。メディア露出が多いために知名度も高い大企業の令嬢が現れたこと自体の衝撃も大きく、生徒達の間で様々な憶測が囁かれている。

 

「何だ何だ、九島って人の挨拶じゃなかったのか?」

「どうしたのかしら……? 何かトラブルがあって、急に来られなくなったとか?」

「あいさんが挨拶する順番を間違えただけだったりして!」

 

 野原家の3人も、困惑した様子で会場の喧騒に加勢している状態だ。

 しかし彼らの傍で同じ光景を観察していた達也だけは、目の前で繰り広げられている“魔法”の正体を見抜いていた。

 九島烈という老人は、既に彼女の背後に悠然と立っている。

 ただこの場にいるほとんどの人間が、彼女にばかり目を奪われているせいで気づかないだけなのである。

 

 ――精神干渉魔法か……。

 

 おそらく現在、会場すべてを覆うほどの大規模な魔法が展開されている。

 その効果は“目立つものを置いて注意を逸らす”という非常に些細なものだ。事象改変と呼ぶまでもない、状況によっては自然に発生する“現象”に近いものだが、それを会場中の全員に同時に引き起こすその魔法は気づくことが非常に困難なほどに微弱である。

 これこそまさに、かつて“最高”にして“最巧”と謳われた“トリックスター”九島烈の真骨頂。

 その技巧をその目に焼き付けようと達也がスッと目を細めたタイミングで、彼女の後ろに立つ烈の口角がニヤリと上がった。

 まるで、達也がこの魔法に気づくのを待っていたかのように。

 

「――――!」

「うっそ、マジかよ! いきなり現れたぞ!」

 

 烈が魔法を解除したその瞬間、まるで彼がいきなりステージに現れたかのように見えたであろう者達から、一斉に驚きで息を呑む音が聞こえた。ひろしに至っては、周りの迷惑を考慮せず反射的に叫んでしまったくらいだ。

 

『まずは、私の悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する』

 

 会場のどよめきが未だ収まらない中、90歳近い老人とは思えないほどに若々しい声で烈が挨拶を始めた。

 マイクを通して会場全体に響き渡るその声に騒がしかった会場が一気に静まり返るのも、見方によっては1つの魔法のようだった。

 

『今のはちょっとした余興だ。魔法というよりも手品の類と言って良いだろう。だが、私の魔法に気づいた選手は、私の見たところ5人だけだった。――つまり、もし私がテロリストだったとして、私を阻むべく行動を起こせたのは5人だけだということだ』

 

 烈の言葉に、会場の静寂が別種のそれへと変化した。

 

『諸君。私が用いたのは低ランクの魔法だが、君達はそれに惑わされ、私を認識できなかった。明後日からの九校戦は、まさに魔法の使い方を競う場なのだよ。――諸君の“工夫”を、楽しみにしている』

 

 挨拶が終わると、一斉にとはいかなかったものの、会場中から拍手が巻き起こった。

 魔法ランク至上主義である現在の魔法師社会において、その社会の頂点に君臨する人物がそのことに異議を唱える。魔法はあくまで“道具”であると言ってのけ、そして実際に分かりやすく実践してみせる。しかも、誰にも真似のできないレベルで。

 

 ――これが“老師”か……。

 

 他の生徒と同じように拍手をしながら、達也は他の生徒の誰よりも心の中で感嘆していた。

 

 

 

 

「あの酢乙女あいって子、すげぇ可愛くねぇか!」

「確かに凄い可愛いけど、世界有数の財閥の令嬢だろ? あんな高嶺の花、おまえなんかにゃ無理無理」

「んなこたぁ分かってるよ! でもよ、さっき見掛けた一高の1年生といい、今年の女子生徒はめちゃくちゃレベルが高いな! やっべぇ、ワクワクしてきた!」

「おまえ、この大会に何しに来たの?」

 

 改めて壇上に登ったあいが令嬢らしい外向けの笑顔で挨拶をしているとき、しんのすけ達とは離れた場所に集まる代表選手が何やらコソコソと内緒話をしていた。

 紅蓮色のブレザーに黒のズボン、胸に八芒星のエンブレムが刺繍されている彼らは、戦闘系の魔法実技を特に重視する第三高校の生徒である。九校戦では第一高校と優勝を争うほどの実力校であり、今回も優勝候補筆頭の第一高校への対抗馬として期待が寄せられている。

 そんな彼らも、今は見目麗しい令嬢をこの目で見られて完全に舞い上がっていた。いくら魔法師としての実力があったとしても、やはり彼らも青春真っ盛りな学生である。

 

「そりゃ俺は無理かもしんないけどさ、一条ならいけるかもしれないぜ? なんせあいつは顔良し腕良し頭良し、そのうえ十師族の跡取りなんておまけ付きなんだからよ」

 

 その生徒はそう言って、ふと壇上から視線を逸らして別の方へと向けた。

 甘いマスクというよりも古風な美男子という形容が当て嵌まるような凛々しい顔つき、広い肩幅に引き締まった体を持つ、いかにも女性が好みそうな外見をした男子生徒がそこにいた。

 そんな男子生徒・一条将輝は、友人達の会話が聞こえる位置にいるにも拘わらず、それに反応することなくボーッと壇上のあいを見つめていた。

 そんな彼に気づいた、モンゴロイドの見た目をした小柄な少年・吉祥寺真紅郎が声を掛ける。

 

「どうしたの、将輝? 将輝が女の子に興味を持つなんて、随分と珍しいじゃない」

「……あの女性は確か、酢乙女ホールディングス代表の一人娘だったか?」

「そうだよ。名前は酢乙女あい、僕らと同じ歳だけど既に経営に参加していて、大きな成果を幾つも挙げている。彼女が特に力を入れているのは、軍事的な利用に留まっていた魔法技術をそれ以外の分野に応用することだ。僕ら魔法師にとって、彼女は大事なお得意様ということだね」

「魔法技術の応用?」

「そう。例えば今はほとんど一般的になっている、映画やドラマでCGやVFXを使わず魔法で爆発や火災などのシーンを安全に撮影するというアイデアは、元々彼女が発案したとされている」

「へぇ! それは凄いな!」

 

 吉祥寺の言葉に、将輝は素直に目を見開いて驚いた。エンタメ業界での魔法師の派遣事業は、今まで軍事的にはプロになれなかった人材にも魔法師としての未来が切り開かれただけでなく、軍事色が強いために魔法への拒否感の強かった人々に魔法を身近な存在に感じさせ態度を軟化させる効果をもたらした、魔法師にとって非常に重要なターニングポイントとなったものだからだ。

 しかし一頻り感心した将輝は、ふと疑問の表情を浮かべる。

 

「あれっ? だがジョージ、この前『これが初めて魔法師が参加した映画だよ』って観せてくれたヤツは、確か30年以上前に作られたものじゃなかったか?」

「うん、そうだよ。でも矛盾はしていないよ。だって彼女、例の春日部で起こった時間のループに巻き込まれて100年以上歳を取らなかった人々の1人だからね」

「なっ――!」

 

 その事実は将輝に先程以上の驚きをもたらし、彼は思わず壇上の彼女へと再び顔を向けた。本来の彼女は九島烈以上の年寄りのはずだった、とは俄には信じられない。

 そして彼の驚きがここまで大きくなった原因は、もう1つあった。

 

「ジョージ。確か第一高校の選手の中に、その時間のループに巻き込まれていた奴が出場するはずだったな?」

「そうだよ。あそこにいる、野原しんのすけのことだね。中学時代には剣道の全国大会で、()()代々木コージローを倒して優勝している。出場競技は“クラウド・ボール”と“モノリス・コード”。――つまり後者の競技では、僕らと直接戦う可能性があるってことだ」

「……成程な」

 

 しんのすけを見つめる将輝の目に、力強い炎の揺らめきが見えた。

 

 

 

 

「――成程、彼が司波達也くんか」

 

 自身の挨拶が終わった烈は、ステージ脇に立ってあいの挨拶に耳を傾けながら、会場の奥にいるしんのすけの近くに立つ1人の第一高校生へと視線を向けていた。

 スポーツではない実戦的な訓練によって鍛えられた肉体、スッと伸びた背筋は自然な佇まいでありながら突発的な出来事にも即座に対応できるほどに隙が無く、壇上のあいを見つめる視線には思春期特有の欲望が微塵も見受けられない。おそらくほとんどの人間が彼のすぐ隣にいる妹に気を取られるため気づかないが、大概彼も同年代の少年と比べて纏う雰囲気がまるで違う。

 それこそ、先程から熱の籠った視線で壇上を見つめている一条家の御子息の方が、よっぽど普通の男子高校生であるほどに。

 

「やはり“四葉家”は、既に彼と繋がっていたか……。真夜め、何を企んでいる……?」

 

 その独り言はどこか楽しげで、そしてどこか忌々しげだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 そんな懇親会が終わった次の日の夜。

 達也は技術スタッフの一員として、一高の作業車にてCADに登録する起動式のアレンジを行っていた。

 

「司波くん、そろそろ切り上げた方が良いんじゃないかな?」

 

 一緒に作業していた五十里に声を掛けられた達也が、時計へと目を向ける。作業を開始してからすでに数時間が経過しており、周りに目を向けると五十里と自分以外にすでにエンジニアの姿は無かった。どうやら、作業に集中していたせいで時間の経過に気づけなかったらしい。

 

「司波くんの担当は4日目以降でしょ? あまり最初から根を詰めすぎない方が良いよ」

「……確かに、そうですね」

 

 達也が担当するのは、1年女子のスピード・シューティング、ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットの3種目。これは深雪達の希望であるのと同時に、森崎を始めとする1年男子による反発が強かったからという経緯がある。唯一の例外はしんのすけだが、CADの提供や作戦立案の協力はあっても実際の担当は別の生徒が担っている。

 ちなみに達也の身近な1年女子の出場種目は、深雪はピラーズ・ブレイクにミラージ・バット、ほのかがバトル・ボードとミラージ・バット、雫はスピード・シューティングにピラーズ・ブレイクとなっている。つまりライバル関係となる競技も存在する形だが、達也はどちらにも肩入れせず対等にCADの調整をするつもりだ。

 とはいえ、達也が担当するのは大会の後半部分だ。確かに五十里の言う通り、今は英気を養う時期なのかもしれない。

 

「それでは五十里先輩、お先に失礼します」

「うん。僕は明日出場する担当選手がいるから、もう少し残ってるよ」

 

 五十里に見送られ、達也は作業車を後にした。

 真夏ということもあって、夜が更けても気温はあまり下がらない。Tシャツ1枚で外を出歩いても困らないということもあり、達也はすぐに部屋には戻らずホテルの周辺をブラブラと散歩することにした。

 すると、

 

「しんのすけ、こんな時間にどうした?」

「おっ、達也くん。オラは寝る前のお散歩。達也くんは?」

「俺はさっきまでCADの調整をしていたんだ」

 

 偶然出会ったしんのすけと達也は、そのままホテルの敷地内を散歩をすることにした。

 

「明日から本番だが、調子はどうだ?」

「うーん、どうだろ? まぁ、なるようになるでしょ」

 

 何とも要領を得ない返事に、達也はチラリとしんのすけへ視線を向けた。

 両手を首の後ろに回して歩く彼の姿は、少なくとも達也の見た限りでは平時とまったく変わらない、つまり例の事故に遭遇するよりも前に戻っているように感じた。エリカ達は意図していなかっただろうが、懇親会にしんのすけの家族や友人を紛れ込ませるドッキリは結果的にファインプレーだったようだ。

 ならば大丈夫だろう、と達也はしんのすけに自分の疑問をぶつけることにした。

 

「しんのすけは、今日の懇親会で挨拶していた酢乙女あいとは親しい間柄なのか?」

「あいちゃんと? うん、そうだゾ。幼稚園が同じだったからね」

「今でも交流は続いているのか?」

「小学校が別々になっちゃったから風間くん達ほどじゃないけど、ときどき会って一緒に遊んだりしてたゾ。オラが東京で1人暮らしを始めてからは全然だけど」

 

 しんのすけの答えに達也は「そうか」と呟いてから、あたかも今考え付いたような仕草で彼のズボンのベルトを指差して問い掛ける。

 

「そういえばしんのすけが普段使っているそのCAD、もしかしてその酢乙女あいから貰った物だったりしないか?」

「えっ! 達也くん、なんで分かったの?」

「一般的な物と比べてもかなりハイスペックだからな、もしかしたらと思ったんだ」

「やっぱりそうなのかぁ……。あいちゃん、そんなこと全然言わなかったからなぁ……」

「どういった経緯で貰ったんだ?」

 

 あくまで散歩がてらの暇潰しであることを装うため、できるだけ感情を表に出さないよう注意しながら達也が尋ねる。もっともしんのすけに達也を窺う素振りは無いため無用の心配かもしれないが、念のためだ。

 

「魔法科高校に行くのを決めたとき、だったらちゃんとしたCADを買おうってことになったの。それで母ちゃん達と一緒に色んなお店に行ったんだけど、何かコレって感じの物が無くて……。それをあいちゃんにポロっと言ったら『だったらあいがしん様にピッタリのCADをご用意致しますわ!』って言ってきて、1ヶ月くらい後にこれを持ってきたの」

 

 つまりその1ヶ月間が、CAD開発の依頼を受けて自分と牛山が製作に取り掛かっていた時期か、と達也は考えを巡らす。

 

「んで、タダでくれるっていうからさすがに母ちゃんも遠慮してたんだけど、あいちゃんが『新商品のモニターも兼ねているからお気になさらず』っていうから貰ったんだ。しかも中身の魔法とかメンテナンスもあいちゃんの会社がやってくれて、オラ本当に大助かりだゾ!」

「そのCADを実際に作った技術者については、何か聞いてるか?」

「『日本を代表する凄腕だ』って、あいちゃんが言ってたゾ」

「……登録されている起動式についても?」

「うん、何も聞いてないゾ」

「……そうか」

 

 少なくともしんのすけには大した情報は伝わっていないか、と考えた達也が次の質問をしようとしたそのとき、

 

「――――」

「おっ? どうしたの、達也くん?」

 

 達也は声を発する直前で動作を中断し、周辺をグルリと見渡した。夜だけあって薄暗く見通しも悪いが、彼は迷う素振りも無く或る一方向に目を向けたところで動きを止める。

 しんのすけが疑問の声をあげると、そこから目を逸らすことなく達也が口を開いた。

 

「どうやらこのホテルに、賊が侵入しようとしているらしい」

「えぇっ! 大丈夫なの?」

「生け垣に偽装したフェンス間際に3人、それぞれ拳銃と小型爆弾を所持している。武装して軍の管理地内のセキュリティを突破したとなると、事態は一刻を争うな……」

 

 達也はそう言うや、すぐさまその方向へと走り出した。照明が疎らで星明かりも木々に阻まれて満足に届かないような森の中だが、一般人の走る速度を優に超えたスピードですいすいと走り抜けていく。もっとも達也自身は、ワンテンポ遅れて走り出したしんのすけが遅れること無く追走しているのを気配で感じ、秘かに舌を巻いていたが。

 やがて2人は、賊を視認できる場所まで辿り着いた。頭の先から爪先まで黒い布で覆い隠した彼ら(がっしりした体つきであることから、おそらく全員男で間違いないだろう)は、何やら3人で話し合っている最中だった。

 

「達也くん、あそこに誰かいるゾ」

「あれは……」

 

 しかし現在2人の関心を惹いているのは、3人の賊ではなくその近くに潜む1人の少年だった。

 その少年――吉田幹比古は、幾何学模様の描かれたカードを取り出し、それに力を込めるような仕草をした。すると彼の手元が微かに輝き、賊の真上に電子が集まってパチパチと火花を散らし始める。

 

 ――成程、あれが古式魔法の呪符か。だが……。

 

 その瞬間、賊が幹比古の存在に気づき、拳銃を彼に向けてきた。彼はそれに気づき対処しようとするが、その表情は苦々しい。

 間に合わないと判断した達也は、右手をその拳銃に向けてかざした。

 すると次の瞬間、賊の持っていた拳銃がまるでネジが外れたようにバラバラに解体された。

 

「な、何だ!」

 

 突然のことに慌てる賊だったがそれも一瞬、拳銃が使い物にならないと知るや1人がすぐさま腰元に手を伸ばした。

 まさか小型爆弾を使うつもりか、と達也が再び右手を伸ばそうとして、

 

「お巡りさーん! ここに変な人達がいるゾー!」

「なっ――!」

 

 突然しんのすけが明後日の方を向いて大声をあげたことで、3人の賊が一斉に反応してそちらへと顔を向けた。“お巡りさん”という言葉に、3人は無意識に緊張で体を強張らせる。

 時間にして、1秒にも満たない僅かな隙。

 しかし幹比古の魔法を完成させるには、それだけで充分だった。空中に生じた雷が3人の賊を頭上から貫き、その衝撃で意識を刈り取られた3人がそのまま地面に崩れ落ちて動かなくなった。

 

「ありがとう、達也にしんのすけくん。おかげで助かったよ」

「……ねぇ、その人達もしかして――」

「大丈夫、気絶させただけだよ」

 

 幹比古の返事にしんのすけはホッと胸を撫で下ろし、達也は感心したように頷いた。

 

「見事な腕だな。死角から複数の標的に対して正確な遠隔攻撃を行い、あくまで捕獲を目的とした攻撃で相手を一撃で無力化するとは」

 

 達也の言葉に、しかし幹比古は逆に表情を曇らせた。

 

「でも僕の魔法は、本来ならば間に合っていなかった……。2人の援護が無ければ、僕は確実に撃たれて――」

「そうだな」

 

 幹比古の自嘲的な言葉をハッキリと肯定する達也に、幹比古は面食らうような表情を浮かべた。

 そしてしんのすけは、2人の遣り取りを口出しせずに見守っている。

 

「確かにあのとき俺達の援護が無かったら、おまえは確実に撃たれていた。しかし実際には撃たれていないし、それ以外については完璧な結果を出した。だったら次に向けて改善することができるし、改善すべきポイントはハッキリしている」

「改善すべき、ポイント……」

 

 自分に言い聞かせるようにゆっくりと呟く幹比古を横目に、達也は頷いて口を開いた。

 

「幹比古。自分でも気づいていると思うが、改善すべきポイントは魔法の発動スピードだ」

「……確かに、それは分かっている。だけど“今の僕”には、それを改善することなんて――」

「いや、できるかもしれない」

「――――!」

 

 達也のその言葉に、幹比古は目を丸くする。

 

「さっき使ったあの術式には、無駄が多すぎる。問題は自分の能力ではなく、術式そのものだな。そのせいで、自分の思っている通りに魔法が発動しないんだ」

「……ま、待て! なんでそんなことが分かるんだ! この術式は吉田家が長い年月を掛けて、古式魔法の伝統に現代魔法の成果を積極的に取り入れて、何度も何度も改良を重ねてきたものだ! それなのに、なんで君は一目見ただけでそんなことが言えるんだ!」

「分かるからだ」

 

 一切遠回しな表現を使わず言い放つ達也に、幹比古は息を呑んだ。

 

「俺は“視る”だけで魔法の構造が分かる。起動式の記述内容を読み取り、魔法式を解析することができる。――別に、信じてもらう必要は無いがな」

 

 達也の突き放すような言い方に、幹比古は戸惑うように視線をさ迷わせる。

 しんのすけが口を挟んだのは、このタイミングだった。

 

「ねぇ、この人達はどうするの? 誰か呼んできた方が良いんじゃない?」

「あ、それじゃ、僕が呼んでこようか」

「……しんのすけ、幹比古についていってくれるか」

「ほっほーい」

 

 そうして幹比古としんのすけがその場を離れたことで、達也と気絶した3人の賊だけがその場に残された。

 それを見計らったようなタイミングで、1人の男性が姿を現した。日焼けや火薬焼けによってなめし皮のようになった顔を持つ彼に対し、達也は特に驚くような反応も無く口を開く。

 

「やはり近くにいましたか、風間少佐」

「基本的に他人に無関心な特尉にしては随分と珍しいじゃないか、特尉」

「無関心は、言い過ぎだと思いますが」

「それとも、身につまされる思いでもしたかな? 特尉と同じような悩みを抱えているようだが」

 

 からかい混じりの表情で尋ねる風間に、達也はそれには答えず、地面に転がった3人の賊へと視線を向けた。

 

「少佐、この者をお願いしても宜しいですか?」

「分かった。基地司令部には、俺の方から話を通しておこう」

「ありがとうございます。――彼らはなぜ、ここに侵入したんでしょうか? なかなかの技量のようですが」

「分からんが、予想以上に積極的だ。とばっちりを食らわないように、くれぐれも注意しておいてくれ」

 

 風間はそう言うと、しんのすけ達が去っていった方向をチラリと見遣った。

 

「さてと、彼らが帰ってくる前に立ち去るとしよう。せっかく特尉が彼に配慮してこの場から遠ざけたのが無駄になってしまう」

「……分かっているのなら、早くしてください」

「ははは、そっちの方が年相応で好ましいぞ、達也。彼に感謝だな」

 

 風間はそう言い残し、再び暗闇の奥へと消えていった。

 その後ろ姿を見送った達也は、大きな溜息を吐いた。

 

 

 *         *         *

 

 

 様々な思惑を孕みながら、九校戦が幕を開ける。




「ところで少佐、しんのすけの幼馴染に少佐と同じ名字の人物がいますが、単なる偶然ですか?」
「いや、実は彼と私は親戚関係でな」
「何と。そんなこともあるんですね」
「私の祖父の弟の息子の嫁の父の兄の嫁の祖父の弟の息子らしい」
「それはもはや他人なのでは?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。