九校戦の会場は、まさに熱狂に包まれていた。富士の麓という交通の便の悪い場所で行われるにも拘わらず、直接観覧するギャラリーは1日平均1万人、有線放送での中継の視聴者はその100倍を優に超える。その盛り上がりはその辺のプロスポーツにも引けを取らず、このときばかりは富士演習場全体が異様な雰囲気に包まれている。
「1日目は本戦のスピード・シューティングとバトル・ボードか。七草会長と渡辺先輩とは、いきなり真打ち登場だな」
「そうですね! 新人戦では私達が出る競技だし、見逃せません!」
達也の言葉に、ほのかがグッと拳を握りしめた。
華やかさよりも厳粛さを印象づける開会式は早々に終わり、現在は選手や観客がそれぞれ目当ての会場へと移動している最中だ。司波兄妹にエリカ達二科生4人、そしてほのかと雫といういつもの8人も、スピード・シューティングの会場へと向かっている最中である。
しかし彼らと共に行くのは、それだけではなかった。
「えぇっと、風間くん。“スピード・シューティング”って何だっけ?」
「いわゆる、魔法を使ったクレー射撃だね。ランダムに撃ち出されるクレーをより多く撃ち落とした選手の勝利で、最初は1人ずつフィールドに立つ形式、準々決勝からは相手選手と一緒に立って指定された色のクレーのみを狙う対戦形式に変わるのが特徴だよ」
「さすが風間くん。必死になってパンフレットを暗記した甲斐があったじゃない」
「な、何のことかなぁネネちゃん!」
しんのすけの幼馴染である4人も、彼らと一緒にスピード・シューティングの会場へと向かっていた。彼の出場する競技以外は特に観戦予定の無かった彼らに対し、せっかく仲良くなったのだから一緒に観戦しようと(主にエリカとレオが熱心に)誘った結果である。
しかしながら、そんな彼らの共通の友人であるしんのすけ、そして彼の家族の姿はそこには無かった。
「それにしても、しんちゃんと家族の人達とも一緒に観られると思ったのに、まさか断られるとはなぁ」
「まぁ、『久し振りに再会した知り合いと一緒に観戦する』って言われちゃ仕方ねぇだろ。それに今日のところはって感じらしいしな」
「うーん……。ねぇねぇ、しんちゃんが会う“知り合い”について何か知ってる?」
悪戯っぽくニンマリと笑みを深くしながら、エリカが風間達に問い掛けた。外国の遺伝子も感じさせる彼女のハッキリとした顔立ちは美形が多い魔法科高校の中でも抜きん出ており、一部の男子の間では『一年の中では深雪に次いでナンバー2』という(非常に大きなお世話な)評価も挙がっている彼女を目の当たりにしてか、風間とマサオの2人が顔を紅くして狼狽える。
そんな2人にネネが「へっ!」と軽蔑の眼差しを送り、その横でボーが彼女の質問に答える。
「僕達も、詳しいことは聞いてない」
「そっかー、そりゃ残念。懇親会で挨拶してた酢乙女あいって子なら皆も呼ばれてるだろうし、だったら誰なのかしらねぇ?」
「しんちゃん、ネネ達の知らない知り合いも多いから、多分その辺なんじゃない? ――っていうか、そこの2人はいつまでデレデレしてんのよ? なっさけないわね」
「ち、違うよネネちゃん! 何言ってるの!」
「あっはっはっ! 良かったじゃねぇか、エリカ! おまえの性格を知らない奴には案外モテるみたいで――いってぇ!」
「今のは、レオさんの自業自得」
「あはは……。ボーちゃんだっけ? 君もなかなか言うね……」
ネネの言葉を風間が必死になって否定し、レオがエリカをからかったせいで彼女から手痛い鉄拳を食らい、それを見ていたボーの辛辣な一言に幹比古が苦笑いを浮かべる。
最もうるさいしんのすけがいなければ少しは静かになるかと思ったが、どうやらそう単純なものではないらしい。彼らから少し離れて歩いていた達也は、騒がしい会場内でも聞き分けられるほどに騒がしい遣り取りを眺めながらそんなことを思っていた。
と、そんな彼に近づく人物が1人。
「お兄様、何だか楽しそうですね」
「……そう見えたか、深雪?」
「はい。顔には出ていませんが、雰囲気で分かります」
あなたの妹なので、と無言の注釈が付きそうな自信ありげな笑みでそう言ってのける深雪に、達也は意識的に口を引き結んで彼女から視線を逸らした。もっとも、たとえ直接見なくとも、彼女がニコニコと自分を見つめているであろうことは雰囲気で分かってしまうのだが。
なので達也は半ば現実逃避気味に、頭の中で別のことを考えることにした。
――今頃しんのすけは、あの“王子”と顔を合わせているところだろうか。
野原親子が一緒に観戦する“知り合い”というのは、十中八九例のスンノケシ王子のことだろう。彼はこの大会に来ているどころか来日すら秘匿されており、しんのすけと話をするにはある程度隠密性の確保された場所でなければならない。そういう意味では、スタジアムに用意された“特別観覧室”は打って付けだ。
懸念があるとすれば、毎年この大会でその部屋を利用している人物――九島烈。
そして先程エリカの口からも出てきた経済界のVIP、かつ魔法師にとってもお得意様である存在――酢乙女あいだ。特に彼女とは、FLTで一度直に顔を合わせてしまっている。さすがに達也の正体までは辿り着いていないだろうが、何かしらの“匂い”を感じ取ったのは確実だ。
――しんのすけに、いらないことを吹き込まなければ良いが……。
* * *
スピード・シューティングの会場は観覧席が数千もある大きなスタジアムだが、現在はそれらのほとんどが埋まっており、通路のフェンスに寄り掛かって観戦している人も多く見受けられた。特に観客席の最前列は今にもフェンスから乗り出しそうな勢いで詰めかけている観客が大勢いて、その誰もが熱心にカメラを構えてシャッターチャンスを窺っている。ちなみに大多数が男性だが、女性の姿もけっして少なくない。
まさしくプロスポーツの試合にも劣らない歓声が観客席から湧き上がっているが、その観客席よりもさらに上に位置する場所にあるこの部屋には、遮音性能の高い防弾ガラスのおかげでその喧噪も届かない。
“特別観覧室”と呼ばれるその部屋は、文字通り特別な人間しか立ち入りを許されていない観覧スペースだ。防弾ガラスからスタジアムの様子を一望できるだけでなく、専用のモニターによって常に試合のベストショットを楽しむことができる。床には最高級のカーペットが敷かれ、革張りのソファーが観戦者の体を優しく包み込み、1つ数百万円はする高価なインテリアが目を楽しませる。さらには専属のスタッフ(ここでは基地の兵士がその役割を担っている)が常駐しており、ホテルの厨房で作られる豪勢な料理や飲み物も持ってきてくれるという何とも至れり尽くせりなサービスも付いている。
まさしく金持ちが贅沢三昧するために用意されたように思われるが、この部屋に入れるような立場の人物にとっては必要な措置でもある。なぜなら九校戦中は様々な人間が出入りしており、いつどんな奴に命を狙われるか分からず、そして実際に命を狙われたとあっては大問題に発展しかねない。よってこうした安全な場所に閉じ込めてしまった方が、双方にとっても都合が良いのである。
「いやぁ、懐かしいなぁ! こんなに大きくなっちゃってぇ!」
「本当よねぇ! ウチの息子ソックリなのに、全然貫禄が違うわ!」
「お久し振りです、ひろしさん、みさえさん。お元気そうで何よりです」
「うわぁ、本当にお兄ちゃんソックリ! 服が同じだったら全然見分け付かないや!」
だからこそスンノケシは何物にも邪魔されることなく、久々に再会するひろしとみさえ、そして初めて顔を合わせるひまわりとの会話を楽しむことができる。
そしてそれは、同じくこの部屋を利用している九島烈と酢乙女あいも同じことだ。
「あぁ、しん様! 第一高校の制服姿のしん様も、何て凛々しく素敵なんでしょう!」
「あー、はいはい……。分かったから、耳元でそんなに騒がないでほしいゾ……」
「申し訳ございません、しん様! ちゃんと言葉を交わしたのがラウンジ以来だったもので! あぁ、少し人前で仲良くしただけで色々と邪推されてしまう今の立場が恨めしいですわ……!」
「はっはっはっ。良いじゃないか、しんのすけくん。こんな可愛らしい婚約者がいるなんて、君は本当に幸せ者だよ?」
「えっ、婚約者? 何言ってるの九島爺ちゃん、オラに婚約者なんていないゾ」
「ん? しかし王子から聞いたよ? 君はあいくんと婚約しているんだろう?」
「婚約? スンちゃんが? ――ちょっとあいちゃん! 何か変なこと吹き込んで――」
しんのすけがあいに詰め寄ろうとしたまさにその瞬間、会場の様子を中継しているモニターから一際大きな歓声が流れ、部屋の全員がそちらへと顔を向けた。
フィールドではまさに、1人の女子選手が入場するところだった。長い髪の上からつけたヘッドセット、透明なゴーグル、ストレッチパンツの上から着る、ミニワンピースと見紛うほどにウエストを絞った襟付きジャケットと、可愛らしさと凛々しさが絶妙に合わさった近未来映画のヒロインのような雰囲気を持っている。
「おぉっ! 真由美ちゃん、やっと出てきたゾ!」
「ということは、彼女がしん様の通う学校の生徒会長なのですね」
「成程、会場の人達はほとんどが彼女目当てだったというわけか。確かにあの容姿なら、これほどの人気も頷けるね」
しんのすけとあいの会話に、ひろし達との挨拶を終えたスンノケシが加わった。この中では同じ年齢同士(100年近く5歳児だったことも含めて)だからか、特に示し合わせたわけでもないのに自然とグループを形成していった。
そして彼と入れ替わる形で、烈が野原親子へと近づいてくる。
「どうですか、皆さん? 初めての九校戦は楽しんでいますかな?」
「あぁ、九島さん。すみません、俺達までこんな凄い部屋に入れてもらっちゃって」
「とんでもない。こちらこそ、“稀代の英雄達”と一緒に観戦できて光栄ですよ」
「いやいや、英雄だなんてそんな!」
「そうですよ! 私達なんて、ただのサラリーマンと主婦と小学生なんですから!」
烈の賛辞に対しても、ひろしとみさえは謙遜にしてはあまりに必死な様子でそれを否定するのみだ。確かに今まで様々な騒動に巻き込まれ、そしてそれを解決に導いてきたが、それはあくまで自分達の日常を取り戻すために必死だっただけであり、それによって世界の平和がどうこうなんて考えたことも無かった。いきなり英雄だの何だの言われても、ただただ困惑するだけなのだろう。
とはいえ、本人達のそんな事情は他人にとっては関係無い。彼らの活躍を知る者達にとってはまさしく英雄であり、そしてそれと同時に――
『間もなく競技を開始します。会場の皆様、お静かにお願い致します』
と、会場にそんなアナウンスが流れ、彼らは改めてモニターへと注目した。
スピード・シューティングは、選手の立つ場所から30メートル前方にある、1辺15メートルの立方体に定められた有効エリア内に入ったクレーを破壊する競技だ。クレーは5分間にランダムに射出されるため、素早さと正確さが求められる。
観客が、そして特別観覧室の全員が見守る中、複数の赤のシグナルがカウントを刻み、緑のシグナルが点いた途端にクレーが2つ射出された。
クレーは綺麗な放物線を描いて、有効エリアへと迫っていく。
そして有効エリアにクレーが完全に入った、その瞬間、
「はっや」
ひまわりが思わず感嘆の声を漏らすほどに一瞬で、2つのクレーが同時に破壊された。
真由美の目の前で小さな白い粒が寄り集まって塊が形成され、クレーが有効エリアに入った途端にそれが射出される。白い塊は寸分違わずクレーのど真ん中を射抜き、ランダムに射出されるクレーをただの1つも取りこぼすことはない。
気持ち良いくらいにクレーが撃ち抜かれる光景に感嘆の声をあげる烈・スンノケシ・あいに対し、魔法競技を初めて観戦するひろし・みさえ・ひまわりの3人は何が起こっているのかも分からず目を丸くするばかりだ。
よって、ひろしが魔法に精通しているであろう烈に尋ねても何ら不思議ではない。
「えっと、すみません。あの子はどんな魔法を使ってるんでしょうか?」
「彼女の魔法については、私もよく知っていますよ。あれはドライアイスを生成して、それを亜音速で射出しているんです」
「ドライアイス……って、アイスを買ったとき一緒についてくるヤツですよね? アレを自分で作るってだけでも凄いのに、しかもそれでクレーを撃ち抜くって……」
「しかも早いし、全部ど真ん中だよ! まるでゴ●ゴだね!」
漫画の登場人物に例えたひまわりの賛辞に、烈は小さく笑みを零しながら説明を続ける。
「あれだけの精度を実現させているのは、遠隔視系の知覚魔法“マルチスコープ”を使っているからでしょう。実体物をマルチアングルで知覚する、いわば視覚的な多元レーダーのようなものです」
「えぇっ! それってつまりあの子は、ドライアイスを作って撃つ魔法を使いながら、別の魔法を使っているってことですか? そんなことをして、よく頭が混乱しないわね……」
「複数の魔法を同時に扱う技術は、ある程度以上の魔法師には必須です。ですがあそこまで正確に情報を処理できるのは、さすがに稀ですよ。よほどの修練を積んだのか天性のものか、どちらにしろ素晴らしい腕ですよ」
「へぇ、そんなすげぇのか……」
烈の説明に、ひろしとみさえは素直な賞賛の声をあげて頻りに感心していた。
と、それを聞いていたひまわりが烈に見えるようにピンと腕を伸ばして手を挙げた。さながら、先生に質問をする生徒のように。
「ねぇねぇ。こんな真夏にドライアイスを作って、しかもそれを銃みたいにバンバン撃つなんて、そんなことをして疲れちゃったりしないの?」
「確かに魔法というのは事象を大きく改変するほどに難易度も高くなり、術者に大きな負担が掛かる。しかし“エネルギー保存の法則”の埒外である魔法も、逆にそれを利用することで少ない負担で行使することができるのだよ」
「えぇっと……、お兄ちゃん、その何とかの法則って何?」
「おっ? えぇっと……、何だっけ?」
「おいおいしんのすけ、そんなんで高校の授業は大丈夫なのか?」
「そんなこと言うんなら、父ちゃんは分かるの?」
「俺はその……、アレだよ、大人だから良いんだよ」
謎の理屈で開き直るひろしに、しんのすけとひまわりが白い目を向ける。
そんな家族の遣り取りにクスリと笑みを漏らしたスンノケシが、助け船とばかりに口を開いた。
「“エネルギー保存の法則”っていうのは『運動・熱・化学・光・電気などのエネルギーは形態が変化しても総和が変わることは無い』っていう、物理法則の最も基本的なものの1つだよ」
「もうスンちゃん、もっと分かりやすく説明してよぉ」
「例えばしん様が運動をしたとき、体が熱くなるでしょ? これは運動に使われたエネルギーがその分だけ熱に変わったからですわ。つまり運動に使われたエネルギーは消滅しないで、必ず何かしらの形として残っているということですの」
「ほーほー、そういうことですかぁ」
「それで九島お爺ちゃん、その法則とあの魔法に何の関係があるの?」
ひまわりの疑問の声に、烈はスンノケシとあいから説明の役割を引き継いだ。
「ドライアイスを作ってそれを加速させる魔法の場合、奪い取った熱エネルギーを運動エネルギーに変換することによって術者の負担を軽くしているんだ。本来の自然界ではこれを“エントロピーの逆転”といって、熱エネルギーの全てを他のエネルギーに変換することは絶対に不可能なんだが、熱力学的には辻褄が合う」
「魔法って、そんなに都合の良いことができるんですか?」
「自分にとって都合良く世界を作り替える技術、それこそが魔法ですからな」
「……うーん、何だか上手く騙されてる気分」
「確かに。そういう意味では、魔法師というのは“世界を相手取った詐欺師”とも言えますな」
「そういえば九島お爺ちゃんも、懇親会でみんなを騙して隠れてたね!」
「はっはっはっ、確かにその通りだ」
と、そんなことを話している内に、競技終了を意味するブザーが会場中に響き渡った。
真由美の結果は、ずばり100点。つまり彼女はただの1つもクレーを撃ち漏らすことなく、パーフェクトで予選を通過した。
そしてそれを見届けたしんのすけが、勢いよくソファーから立ち上がった。
「さてと、真由美ちゃんの出番も終わったし、次は摩利ちゃんの所に行こうっと」
「この部屋の中でも、他の会場での試合は観られるよ?」
「んもうスンちゃん、分かってないなぁ。こういうのは、実際にその場で見た方が臨場感があって面白いんだゾ」
「しん様の仰る通りですわ! 私もお供致します!」
「それじゃ、私もお供するとしよう」
「すみません九島さん、付き合わせちゃって」
「構いませんよ、ひろしさん。私が好きでやっているので」
「それじゃ僕も一緒に行くか。――ルル、移動するよ」
「黒磯、あなたも準備なさい」
「畏まりました」「承知しました」
スンノケシとあいが部屋の前で待機していたルルと黒磯に呼び掛けるのを皮切りに、その場の全員が移動を開始した。
ちなみにその裏では、彼らの移動に合わせて大勢のスタッフが右へ左への大騒ぎで対応しているのだが、他の3人はともかく、野原一家がそれを知ることは無い。
* * *
一方、観客席にて真由美の勇姿を見届けた達也たち一行も、バトル・ボードの会場へと移動していた。本戦では摩利が、新人戦ではほのかが出場する競技だ。
バトル・ボードは、長さ165センチ、幅51センチの紡錘形ボートに乗って、全長3キロの人工水路を3周するタイムを競うレース競技である。水面への魔法行使は認められているが、他者の体やボートへの直接攻撃は禁止されている。予選は1レース4人、準決勝は1レース3人、3位決定戦は4人、決勝戦は2人のタイマン勝負となっている。
こちらも会場は超満員となっており、前の方に観客が詰め掛けている。しかしこちらは先程とは違って、女性の方が多いように見受けられる。
それもそうだろう。スタートの準備をしている摩利の姿は、他の選手がボードに膝をついて構えているのに対し、彼女だけはボードの上にまっすぐに立っており、見ようによっては他の選手をかしずかせている“女王様”のように見えなくもない。また彼女の着ているウェットスーツが、彼女のスレンダーで魅力的な肢体を浮かび上がらせ、少年少女向けの騎士道物語をも彷彿とさせる格好良さが際立って見えていた。
「どうやらウチの先輩方には、妙に熱心なファンが多いようだな」
「分かる気がします。渡辺先輩は格好良いですからね」
そう答える深雪の口調は完全に傍観者のそれだったが、近い将来に真由美以上の男性ファンと摩利以上の女性ファンを獲得するであろう彼女の境遇を
そしてその横で会場を眺めていた幹比古が、達也とは違う理由で苦々しい表情を浮かべて口を開いた。
「それにしても、生身の体で時速60キロにもなるボードの上に乗って空気抵抗に耐えるというのは、なかなか体力が消耗されそうだね……」
「そんな競技にほのかちゃんが出場するなんて、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、ネネちゃん。選手になることが決まってから、達也さんのアドバイスで体力トレーニングをしっかりやってきたから」
「ほほう、達也さんのアドバイス、ねぇ……」
「ちょっ……! ネネちゃん、変な勘ぐりはやめてよ……!」
『間も無くレースがスタートします。皆様、お静かにお願い致します』
「ほ、ほらっ! レースが始まるよ! 観なきゃ!」
「ほーん……」
会場のアナウンスを利用して逃げを試みるほのかを、ネネは意味ありげな視線を向けながら終始ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
『用意』
そんな2人を余所に、スピーカーから流れる声に選手が一斉に構え、空砲と共にレースがスタートした。
そしてその直後、四高の選手が後方の水面を爆破した。おそらく大きな波を作り、自身の推進力にすると同時に他選手の妨害も兼ねようとしたのだろう。
もっとも、
「……自分もそれに巻き込まれてたら、意味無いよな」
レオの言葉に、その場にいた全員が頷いた。
ちなみにその大波は他の選手も巻き込むことには成功したが、優勝候補筆頭の摩利は一瞬だけ足を取られたようにバランスを崩しかけただけで、すぐさま体勢を持ち直して水面を滑らかに進み始めていった。早くも独走態勢に入った彼女は、直線でもカーブでも滝のような段差でも、一切バランスを崩すことなくコースを走破していく。
「風除けも何も無い不安定なボードの上で、よくあんなにバランスが保てるなぁ」
何気なく呟いた風間の疑問に、耳聡くそれを聞き取った達也が解説を入れる。
「あれは、硬化魔法の応用と移動魔法を同時にやっているんだ」
「移動魔法は何となく分かるけど、硬化魔法って何?」
「物を硬くして耐久力を上げる魔法のことだぜ。――それで達也、どこに魔法を使ってるんだ?」
自身も同じく硬化魔法を得意とするレオが魔法の解説をすると同時に、皆を代表して疑問を達也にぶつけた。
そしてそれを聞いていた達也は、フッと思わず笑みを漏らした。つい先日、同じような遣り取りをしんのすけとしたのを思い出したからだろうか。
「確かに物を硬くする効果もあるが、硬化魔法は“パーツの相対位置を固定する”ものだ。今回はボードと術者の相対位置を固定するのに使っている。そうして自分とボードを1つの“もの”と定義したうえで、移動魔法を掛けているんだ。しかもコースの変化に合わせて、持続時間を細かく設定している。面白い使い方だ」
「成程、つまりさっきのレオの説明は正確には間違っていたってことね」
「余計なこと言うな、エリカ!」
恥ずかしそうに声をあげるレオに、その場にいる全員がアハハッと笑い声をあげた。
場が和んだところで、達也がさらに気づいたことを口にする。
「いや、魔法はそれだけじゃないな。上り坂では加速魔法も使われているし、波の抵抗を弱くするために振動魔法も併用されている。一度に3種類や4種類のマルチキャストを展開しているのか」
「そんなにたくさん魔法を使って、よく頭がついていくね」
感心した様子でそう言うマサオに、達也も心の中で同意した。真由美は芸術的なまでに磨き上げられた魔法で他を圧倒し、摩利は臨機応変に多種多様な魔法をコントロールして最大限の力を発揮する。たった1試合観ただけだが、それでも他の選手との差は歴然であることが容易に分かる。
――いや、これは既に高校生のレベルを超えているな……。
余裕のトップでゴールインした摩利に拍手を贈りながら、達也はそんなことを思っていた。
* * *
バトル・ボードは体力の消耗が激しいため何日にも分けて行われるが、スピード・シューティングはそうでないため1日で全ての試合を執り行う。準々決勝からは午後に行われるため、観客達は一旦会場の外に出て敷地内のレストランか屋台で昼食を摂り、再び会場に戻ってくることになる。
一方、特別観覧室にいるしんのすけ達の場合、部屋の中まで料理を持ってきてくれるのでその必要は無い。しかも高級レストランで出されるようなコース料理も取り揃えられており、ひろしやみさえはその豪華さに目を丸くしながらも舌鼓を打っている。
そんな中、一足早くコース料理を食べ終えたしんのすけが両手に何本も持っているのは、サイコロ状に切った牛肉を豪快に焼き上げタレを塗った串焼きだった。
「うーん、この肉汁が堪りませんなぁ」
「お兄ちゃん、それ一口ちょーだい」
「ほいほーい」
口を開けて待つひまわりに串焼きを近づけるしんのすけを眺めながら、スンノケシが口を開く。
「しんちゃん、それって表の屋台で売ってたやつ?」
「そーそー。さっき移動してる途中で見つけてさ、凄く気になってたんだゾ。トイレに行くついでにひとっ走りして買ってきちゃった」
「しん様。そういう物も、スタッフに言えばここまで持ってきてくれるんですのよ?」
「えぇっ、そうなの? 知らなかったゾ」
「見てたら僕も食べたくなってきたな……。2本ほど持ってきてもらうか」
「あら、さすが食べ盛りの男の子ですわね」
あいの軽口にスンノケシは微笑みで返し、部屋に待機していたスタッフに牛串を買ってくるよう呼び掛けた。高圧的でなく、かといって遜るわけでもないその姿は、普段から人を使うことに慣れた者であることが感じられるほど堂に入っている。
そうしてスタッフが牛串を買いに部屋を出るのを見送ったスンノケシは、身を乗り出してスタジアムの様子を上から見下ろした。まだ準々決勝なのでちらほらと空席が目立つ――かと思いきや、続々と人が集まり席が埋まっていくのが見て取れる。
「準々決勝なのに凄い人気だね。例の生徒会長の出番だからかな?」
「分かりやすいよねぇ、男って」
「ひまわりちゃん、手厳しいねぇ……。だけどここまで熱気が凄いと、対戦相手にとっては大きなプレッシャーだろうな……」
準々決勝からは対戦形式となるので、真由美以外にも別の選手がフィールドに上がっている。真由美は観客の声援など気にしていない様子で準備に取り掛かっているが、対戦相手の方は明らかに彼女のことを意識しており、その動きもどこかぎこちない。
やがて2人の準備が終わったところでアナウンスが流れ、騒がしかった観客も途端に静かになっていく。
予選と同じように赤のシグナルが点滅していき、やがて緑のシグナルに変わった。
それと同時に、赤と白のクレーが射出される。
そして有効エリアに入った途端、赤のクレーが破壊された。真由美である。
「おぉっ! さすがだな!」
予選と同じく寸分違わぬ精度を見せる真由美に、ひろしはすっかりテレビを観ているようなテンションで歓声をあげた。真由美はその後も有効エリアに入ったクレーを次々と破壊していき、その度に客席からどよめきが起こる。
と、それを観ていたみさえが疑問の声をあげた。
「それにしても、あんなに早くクレーを破壊しちゃったら、逆に相手にとっても有利にならないかしら? 向こうは相手のクレーを破壊しないように気を遣う必要が無いんだから」
この競技は指定された色のクレーを破壊した数を競うものなのだが、もしも相手のクレーを破壊した場合、それは相手の得点になってしまう。なので通常は相手のクレーを破壊しないよう気を配りながらプレイするものなのだが、真由美が次々と自分のクレーを破壊していくので、相手は自殺点を気にすることなく自分のプレイに専念できている。現に相手は、1回の攻撃で白のクレーを破壊、その破片でもう1つのクレーも破壊する、なんて芸当すら見せている。
そんなみさえの問い掛けに答えたのは、烈だった。
「つまりそれだけ、自分の魔法に自信があるということでしょうな。それに――」
烈が話している間に、赤と白のクレーが同時に射出された。ちょうど白のクレーが赤のクレーと真由美の間を塞ぐように飛んでおり、そのまま撃ってしまうと白のクレーも破壊してしまう。相手もそれを分かっているのか、わざとそのクレーを残したままでいる。
しかし次の瞬間、赤のクレーのみが破壊された。
「――――!」
対戦相手のみならず、観客の誰もがその光景に息を呑んだ。
モニター越しにそれを観ていた野原一家、そしてスンノケシとあいも、その光景に目を見開いて驚きの表情を見せる。
平静なままだったのは、ただ1人烈のみである。
「うむ、さすがは“魔弾の射手”だ」
「えっと、今のはそういう名前の魔法なんですか?」
「ええ。“マルチスコープ”で狙いを定めて、離れた場所に“銃座”を作り出す。これが彼女の得意とする魔法です。この魔法を使えば、彼女に“死角”という概念は存在しません」
「えっと……、つまり、どういうことです?」
「簡単に言えば、好きな場所から好きな方向に弾丸を撃てるというものですよ」
「な、何だそれ! そんなん有りかよ!」
「あっはっはっ、まさにこの競技のためにあるような魔法ですな」
思わず素で叫んでしまったひろしに、烈は愉快そうに笑いながらそう言った。
そして、自身の頭に浮かんだことをそれ以上口にすることは無かった。
今の烈の言葉は、あくまでこの魔法をスポーツ競技の枠に押し込んだ場合の話だ。
しかしこれが、たとえば“戦場”で使われたとしたらどうだろうか。
仮に自分が狙撃兵で、戦場にいる真由美を狙っているとする。彼女と自分の間には遮蔽物があり、けっして向こうからこちらを窺うことはできない。狙撃兵は彼女に弾丸を撃ち込むべく、スコープで狙いを定めている真っ最中だ。
そんな中、“マルチスコープ”によって狙撃兵の存在を確認した彼女が、
ほぼ確実に、自分の知らない間に死角である背後から痛恨の一撃が襲い掛かってくるだろう。しかもその発射地点は、数メートルも離れていない。万が一にも急所を外すなんて有り得ないし、他の仲間を誘い出すために手足を撃ち抜いたまま放置、なんてことも彼女には自由自在だ。
閉鎖的な空間内における制圧性能という点で、“魔弾の射手”は現代魔法の中でも随一と評されている。
たった1人で、戦争を勝利に導く切り札となる。
それこそが“十師族”たる所以であり、一般人はおろか他の魔法師からも恐れられている理由である。
「…………」
しかし烈は、けっしてそんなことをひろし達に言うつもりは無い。純粋なスポーツとして魔法を楽しんで観ている彼らに、そんな“現実”を教えて冷めさせる趣味は持ち合わせていない。
ふと横に目を遣ると、夢中になってモニターを見つめるしんのすけを挟んで座るスンノケシとあいが、視線だけをこちらに向けているのに気づいた。その口元には微かな笑みが浮かんでいるが、その目には笑いの感情は無く、まるで本当の感情を隠すための仮面のように烈には見えた。
「…………」
そんな彼に対し、烈も同様の笑顔で返した。
* * *
結局真由美はそのまま試合を勝ち上がり、そして特に番狂わせが起こることも無く、全試合パーフェクトという文句無しの内容で優勝した。
「そういえばスンちゃん、ルルお姉さん以外には誰も連れて来てないの?」
「護衛が他にも何人かいるけど、基本的に僕の傍にいるのは彼女だけだよ」
「あのオカマさん2人組は?」
「あははっ。いくら寝返ったとはいえ、僕を誘拐して国を乗っ取ろうとした組織の一員を傍に置くわけないじゃないか。2人は国で留守番だよ」
「スンちゃんって、そういうとこ結構ドライだよね」