嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第26話「“みんな”が観てる九校戦だゾ」

 大会4日目、時刻は朝の7時を少し回った頃。

 観戦目的の一般客ならばまだ寝ていてもおかしくないが、大会に出場する代表選手や彼らをサポートする技術スタッフなどは準備のため既に起床している場合が多い。本来ならばその日に出番のある者だけが早起きすれば構わないのだが、チームが一丸となって応援するという名目上、特別な事情が無い限りは他の生徒達も同じ時間帯に行動することになっている。

 このホテルでの()()()()()()()は、ホテル内で一番大きなレストランでビュッフェ形式で提供される。なので現在このレストランの利用客は、既に制服に着替えている代表選手や技術スタッフがほとんどだ。夕食のときは各学校ごとに時間が決められているため顔を合わせることは無いが、朝食は特にそういった取り決めが無いため、各校のイメージカラーを強調した色取り取りの制服があちこちを行き交う光景が見られる。

 

「さてと、今日からいよいよ新人戦ね! 雫もほのかも、どんな活躍を見せるのか楽しみだわ!」

「エ、エリカちゃん! 緊張してるんだから、あんまりプレッシャー掛けないで……!」

「大丈夫だって。2人共、この日のために一生懸命練習したんだろ? だったらたとえ失敗したとしても、それは必ず2人の人生にとって大きな糧となるはずさ」

「し、失敗……」

「ちょっとあなた、フォローしてるつもりで追い込んでどうするのよ」

「あ、あれっ?」

 

 そういった光景の中にて、Tシャツにチノパンなどといった完全にラフな格好で食事を摂るエリカ達二科生グループやひろし達春日部組といった面々は、逆に大きく目立つ形となっている。さらに代表選手であるほのか達制服組も混じっているとなれば、その関係性を気にする周りの視線を集めるのも無理はない。

 しかし彼らは元々周りの視線を気にする(たち)ではなく、そして美月やほのかといった気弱な者もそんな面々に囲まれているためか普段ほど物怖じしていない。なので彼らは食事もそこそこに、取り留めの無い会話を楽しんでいた。

 

「そういえば雫さんの出場するスピード・シューティングは、達也くんがエンジニアを担当してるんですよね? 調子は如何ですか?」

「バッチリ。達也さんに調整してもらったCADも違和感なし、むしろ普段のよりも快適。ウチの専属として来てもらいたいくらい」

「あらあら、あんなこと言ってますよ深雪さん。どうお考えですか?」

「ちょっとエリカ、何を勘違いしてるのか知らないけど、別に私とお兄様はそんな関係じゃ――」

「深雪、お兄さんを私にください」

「ちょっと雫! あなたまで何を悪ノリしてるの!」

 

 珍しい深雪のツッコミに、他の面々も笑い声をあげた。ただ1人笑っていないのは、大真面目な表情で首を傾げる雫のみである。

 と、一頻り笑ったほのかが苦笑気味に雫へと話し掛ける。

 

「もう雫ったら、せっかく雫の家には凄く優秀な魔工師がいるんだから、そんなこと言っちゃその人が可哀想だよ」

「魔工師って、魔法を発動させる道具を手入れする人ですよね? 北山さんの家では、その人を専属で雇っているんですか?」

 

 ほのかの言葉を耳聡く聞き取った風間が尋ね、雫が「うん」と言葉少なく頷いて答えた。

 

「へぇ、さすが大富豪と名高い北山家。当たり前のように魔工師を雇ってるのか」

「雫の家族にも魔法師っているの?」

「母が有名な魔法師だったみたいだけど、父の家系に魔法師は1人もいない。弟は魔工師志望だけど、彼自身は魔法を使えない」

「だから雫のお父さん、雫を立派な魔法師に育てるんだって張り切ってるみたいなの。さっき言った魔工師の人も、その道ではかなり有名だった人を結構な報酬で引き抜いたみたいで」

「成程、昔から九校戦を観に行ってたのも、そういった教育の一環だったってわけね」

「まぁ、魔法師の家系じゃなかったところにいきなり雫みたいな優秀な人材が生まれたら、そんな風に熱を入れるのも分からなくはないけどな」

「へぇ、やっぱりそういうものなのねぇ」

 

 いかにも他人事といった感じでそう言ったのは、魔法師の家系じゃなかったところにいきなりしんのすけみたいな優秀な人材が生まれた経験があるはずの、みさえだった。

 こういうときに真っ先に声をあげるのは、もはや色々な意味で斬り込み隊長となっているエリカだった。

 

「しんちゃんに魔法の才能があるって分かったとき、驚かれなかったんですか?」

「確かにビックリはしたけど、まぁそんなこともあるかぁ、って感じねぇ」

「今まで色々と驚かされてきたからな、今更魔法の1つや2つ増えたって変わりゃしないさ」

 

 あっけらかんとそう言い放つ野原夫妻に、魔法科高校の面々は驚きを隠せなかった。特に魔法的な才能の無い実姉から恐れられているレオにとって、魔法を使えるようになった息子に変わらぬ態度で接する2人がとても眩しく見えた。

 そしてそれは2人だけでなく、しんのすけの妹であるひまわり、そして彼の幼馴染である風間達4人も同じようで、2人の言葉にウンウンと頻りに何度も頷いていた。そもそも代表選手の家族が応援に駆けつけていること自体が稀な中で、家族だけでなく昔の友人も揃ってやって来ているという事実が、如何にしんのすけが周りに愛されているかを表していると言えるだろう。

 と、そんな中で、マサオが何か思い出したようにフッと笑い声を漏らして、

 

「それにさ、巨大なロボットとかタイムスリップとか映画の世界に吸い込まれるとか、そんなのに比べたら魔法が使えることなんて別に大したことじゃないしね!」

「……ん? どういう意味だ、マサオ? 何かの漫画の話か?」

「――あっ、ごめんごめん! 何でも無いから忘れて!」

 

 まさしくキョトンとした表情のレオら魔法科高校の面々に、マサオは慌てた様子でバタバタと手を振ってそう答えた。

 そしてそんな彼に、幼馴染である他の3人が耳打ちする。

 

「駄目だよ、マサオくん。どうせ信じてもらえないんだから、“そういうこと”はあまり外では言わないようにしようって、みんなで決めたんじゃないか」

「どうすんのよ、マサオくん。エリカちゃん達、変な目でこっち見てるわよ」

「マサオくん、迂闊」

「ごめん、つい口が滑っちゃって……」

「それにしてもさぁ! 達也くんもしんちゃんも、今まで朝は一緒だったのに今日は別に摂りたいだなんて、いったいどうしたのかしらね? まさか達也くんともあろう人が寝坊なんて有り得ないだろうし」

 

 会話の内容こそ聞こえていないものの、周りから一斉に責められている光景を不憫に思ったのか、エリカが多少強引ながら話題を変えてきた。そんな彼女の気遣いにマサオが目をキラキラさせて彼女を見遣り、そしてそんな彼にネネ達が呆れの視線を向けている。

 

「ねぇ、深雪は何か聞いてないの?」

「私もお兄様から詳しいことは聞いてないわ。野原さん達は、しんちゃんから何かお聞きになっていますか?」

「いんや、俺達もメールで連絡が来ただけだよ。でもまぁ、たまにはそんな日もあるんじゃないか? 達也くんなんて今日がまさに本番だからな、集中したいときもあるだろ」

「……そうだと、良いのですけど」

 

 そう言って話題を締め括った深雪だが、その表情はどうにも煮え切らないものだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 基地内にあるホテルの最上階には、スイートルームと称される最上級の部屋が3つ存在する。普通ならば数十は部屋が並ぶフロアを3部屋だけで占領しているためその広さは圧倒的で、専用のエレベーターを降りた先にはホテルの部屋にも拘わらず玄関が備え付けられ、絨毯敷きの廊下を抜けた先には如何にも豪勢なソファーやらテーブルやらが並んだ、そこだけでも普通の部屋が幾つも入るほどに大きなリビングが待ち受ける。正面には巨大な窓が取りつけられているが、軍用施設だけあって防弾仕様となっており、自分で開けることができなくなっている。

 もちろん部屋はそれだけではなく、大理石で作られたジャグジー付きの豪勢な風呂や、キングサイズのベッドが置かれた寝室も用意されている。しかも寝室は数部屋あるため、要人の家族や身辺警護を務めるSPなどを泊まらせることも可能だ。

 

 軍用施設にあるホテルのスイートルームというのは、民間のホテルのように金を積めば泊まれるような代物ではない。一国の大統領やそれに準ずる立場の人間など、いわば外交上“絶対に嘗められてはいけない相手”を泊めるのに使われる部屋である。この国の人間ならばそれこそ総理大臣であったり、あるいは十師族レベルの人間しか足を踏み入れることが許されない。

 だからこそ3つのスイートルームが同時に埋まるというのは稀であり、さらにはそこに泊まる者同士が顔を合わせるというのはほぼ有り得ない。それぞれのスイートルームは専用のエレベーターも玄関も別々に作られており、互いの事情を詮索しないというのが暗黙の了解だからだ。

 

「…………」

 

 だからこそ、そんな有り得ない状況に身を置くことになった達也は、溢れんばかりの警戒心を裏に隠しながら努めて冷静な表情で目の前の光景を観察していた。

 自身の眼下には、如何にも高級な素材を使ったと思われるフルコース料理。“トーラス・シルバー”の片割れとして高校生にしては破格の給料を貰う彼ではあるが、彼自身は食に必要以上の金を掛けない性格であるため、普段の生活でこのような食事を口にする機会はほとんど無い。ましてやそれを朝食にするなど、達也からしたら考えられないことだろう。

 

「如何ですか、しん様? このホテル自慢のスイートルーム専用の朝食のお味は?」

「うーん、朝からこんな美味しいフルコースが食べられるなんて贅沢ですなぁ。でもオラとしては、もうちょっと味が薄い方が好みだなぁ」

「さすがしん様、超一流の舌も持っているなんて! このホテルのシェフには、後で私の方から言っておきますわ!」

 

 そこから少し目線を上げて右にずらすと、大きく口を開けて料理を頬張るしんのすけと、そんな彼に飲み物を注いだりと甲斐甲斐しく世話をする酢乙女あいの姿があった。ちなみに現在彼がグビグビ飲んでいるオレンジジュースも、店で出せばコップ1杯で確実に千円以上はする超高級品だ。

 そして、右にずれた視線を正面に戻すと、

 

「突然お誘いしてしまって、申し訳ありません。楽しんで頂けていますでしょうか?」

「……えぇ、とても美味しいですよ」

 

 ヘッドスカーフに首から足元まで覆う薄手のトーブという東南アジア系の民族衣装に身を包む、爽やかな笑顔が嫌味無く似合う好青年・スンノケシの問い掛けに、達也は口元に薄く笑みを貼りつけてそう答えた。

 

 ――それにしても、本当にしんのすけと瓜二つだな……。ここまで近づいているのに、服装が同じだったら一瞬では見分けが付かないほどだ……。

 

 いや、それよりも気になるのは、どうして自分の前にこの王子が姿を表しているのか、ということだ。

 そもそも達也が彼らと朝食を共にしているのは、酢乙女あいと一緒に朝食を摂るから一緒にどうかとしんのすけから誘われたからだ。なぜ自分を誘うのか訊いてみると、例のレース妨害事件についてしんのすけがあいに相談したところ、事件の原因を突き止めた達也も交えて話がしたいと向こうから申し出があったかららしい。

 しんのすけが自分のことをあいに話したことについて思うところはあるが、特に口止めしていなかったため責める理由は無い。先日のこともあって多少の不安はあるが、充分想定できる範囲内ではあった。

 しかし、その朝食の場にスンノケシがいることは想定外だった。達也は彼がこのホテルに滞在していることを風間少佐を通して知ってはいたが、あくまで表向きは来日していることすら極秘だったはずだ。この事件について知りたいのなら後でしんのすけなりあいなりに尋ねれば良く、今ここで達也に顔を晒す理由が思い浮かばない。

 

「さてと、食事も一段落したことですし、そろそろ“例の事件”について話し合いましょう」

 

 あいがそう言ったのを皮切りに、今まで壁際に控えていた黒スーツに黒サングラスの男性と、レディスーツに身を包む女性がテーブルの食器をテキパキと片付け始めた。普通こういった仕事はホテルのスタッフが行うものだが、現在この部屋は彼ら以外の者が遠ざけられている。

 

「司波達也さん、例の事件に関するあなたの見解は、昨夜しん様を通して聞かせて頂きました。魔法の痕跡やその場での状況を正確に、そして迅速に分析するあなたの手腕には目を見張るものがありますわ。さすが第一高校を筆記1位で入学する秀才、といったところでしょうか」

「……ありがとうございます」

 

 何やら色々と含みのありそうなあいの言葉だが、達也はとりあえず礼を言うだけに留めた。

 

「そんな達也さんにお尋ねしますが、犯人に心当たりはありませんか?」

「犯人、ですか……。すみません、自分には見当も……」

「そうですか。九校戦開会の前日、しん様と一緒に侵入者を捕らえたと聞きましたが、その者達との関連はあるのでしょうか?」

 

 ――やはりその一件も既に知っているか。おそらく、しんのすけからだな。

 

「分かりません。自分達はあくまで、たまたま侵入者の存在に気づいただけですので……。犯人についても、後からやって来た警備の人達に任せっきりでして……」

「そうですか。その犯人については私も軍の人間に尋ねてみましたが、向こうは『自分は何も知らない』の一点張りでしたわ。まぁ、何か隠していることは明白でしたが」

 

 紙ナプキンで口元を拭う仕草をしながらそう言ったあいは、その大きな黒い瞳を達也へと向けた。その目つきは彼の表面的なものだけでなく、その裏側にあるものを見通そうとするかのように鋭いものだった、と彼は感じた。

 しかしあいはすぐにその瞳をスッと逸らし、

 

「なので我々の方でも“家の者”を何人か動かして独自に調べてみたんです。――そしたら、九校戦に関する面白い“噂”を耳にしまして」

「噂?」

 

 明らかに自分に向けての誘い水であることを理解したうえで、達也は敢えてそれに乗った。

 あいはほんの僅かに笑みを浮かべて、続きを話し始める。

 

「今行われているこの九校戦を、どうやら“賭け事”に利用している輩がいるみたいですわ」

「賭け事? 試合結果を予想して、金銭の遣り取りをしているということですか?」

「まぁ、そうですわね。もっとも私が聞いた噂では、各試合の結果ではなく最終的な優勝校を予想するという大雑把なものらしいですが、それなりに大きな額のお金が動いているみたいですわ」

「成程。しかしそういった非公営の賭博は、現行法律では禁止されています。ということは――」

「その通り。元締めも参加者も、どちらも“そういった類の人間達”ということですわ」

 

 互いの考えが一致したことで、達也とあいはほぼ同時に溜息を吐いた。無言を貫いているスンノケシも、若干眉を寄せて困り顔になっている。

 唯一この場で首を傾げているのは、しんのすけだった。

 

「おっ? で、なんでそれで摩利ちゃんが襲われたの?」

「例えばしん様が九校戦の優勝校を予想するとして、公平に見た場合一番可能性の高い学校はどこですか? ちなみに今まで9回行われていて、第一高校は5回、第二高校は1回、第三高校は2回、第九高校は1回優勝、第一高校が連覇していて今年3連覇が懸かっています」

「おぉっ! だったら一高が今年も勝ちそうだゾ!」

「おそらく賭け事の参加者も、しん様と同じことを考えたのでしょう。大体の参加者が第一高校にベットしているらしいですわ。このまま予想通りに第一高校が優勝すれば、元締めとしては堪ったものではないでしょうね」

「――まさか、その賭け事による損失を防ぐために、渡辺先輩……いや、第一高校の妨害を?」

 

 達也の問い掛けに、あいはコクリと頷いた。

 

「第一高校の選手を乗せたバスが、この会場に来る途中で事故に遭ったでしょう? 私からしてみれば、あれも単なる交通事故だとは思えませんわ。選手が怪我をして出場自体が中止になれば、そりゃあ優勝の可能性は無くなりますものね」

「確かにそうですが……、しかし、何というか……」

 

 達也は言い淀んでそれ以上何も言わなかったが、何となくあいにもその真意が伝わった。

 例のレース妨害事件は、達也の見解が正しければかなりの手間を掛けて行われたものだ。何度も会場に忍び込んでレース場に細工を施し、出場する第七高校の選手のCADにも細工を施し、選手の過去の戦歴から当日の試合状況を予想して見事なタイミングであの事故を引き起こした。そこまで入念な下準備をして行われたものなのだから、そこまでするだけの大きな理由があると達也は考えていた。

 しかし蓋を開けてみると、賭け事での損失を防ぐためという、こう言っては何だが随分と“みみっちい”理由だというのが達也の正直な感想だった。いや、別に国家の存亡を左右するような重大事件が起こってほしいなんて思ってはいなかったが、だからといってこれは――

 

「――許せないゾ」

 

 と、しんのすけの呟きに、達也は思考を中断してそちらへと視線を向けた。あいもスンノケシも、同じように彼へと向き直る。

 普段は飄々としていて、たとえ森崎に銃口を向けられても怒ることなく許してみせるほどの度量を見せるしんのすけが、明確に怒りを露わにしていた。初めて見る彼の表情に、さすがの達也も一瞬たじろいだほどだ。そしてそれは、あいやスンノケシも同じようだった。

 

「その悪い人達がお金儲けを企んでいたせいで、あの車を運転していた人は死んじゃって、摩利ちゃんが大怪我したってことでしょ! そんなの許せないゾ!」

「しん様の仰る通りですわ。知らない所で勝手に賭けの対象にするのはどうでもいいことですが、それによって人を死に至らしめ、1歩間違えれば魔法師生命を絶たれるほどの大怪我を負わせたとなれば、もはや看過できないほどの大罪であることは明白。――そして何より、しん様がその毒牙にかかる可能性があるというだけで、私にとっては許し難いことですわ!」

 

 ――もしかしなくても、それがメインの理由では?

 

 今にもテーブルを叩きそうな勢いで力説するあいに、達也はそう思わずにはいられなかった。

 と、ここで初めてスンノケシが口を開いた。

 

「もっとも、あいさんの言うことは有力ではありますが可能性の1つでしかありません。もしかしたら他にも九校戦を狙う勢力が存在するかもしれませんし、今までのことも真の狙いを隠すためのブラフである可能性も拭えません。しかし第一高校をターゲットにした動きがある以上、達也さんの方でも注意をして頂きたいのです。――もっとも、釈迦に説法でしょうけどね」

「いいえ、とても有力な情報、ありがとうございました。技術スタッフとして、CADに細工が施されていないか今まで以上に警戒することにします」

「そうそう。達也さんの見解では、大会スタッフに犯人が紛れ込んでいる可能性があるんでしたわね。大会の運営に伝えて、徹底的に怪しい人物を洗い出してもらいましょう」

 

 あいはそう言って、チラリと自身の側近である黒スーツの男を見遣った。

 男は自身の腕時計を確認し、小さく頷いた。

 

「さてと、そろそろ良い時間ですし、そろそろお開きにしましょう。――達也さんは確か、女子スピード・シューティングの担当でしたわね? あなたの活躍、拝見させて頂きますわ」

「活躍するのは選手であって、自分はあくまで補佐でしかないのですが……」

「そんな謙遜なさらずに。楽しみにしていますわね」

 

 にこやかに手を振るその姿は、まさしく“箱入り娘”という表現がお似合いなほどに可憐なものだった。もしも同年代の少年がその姿を間近で見ようものなら、頬を紅く染めることを抑えずにはいられなかっただろう。

 そんな笑顔を目の当たりにした達也は、もちろんそんな動揺など微塵も見せず、あいとスンノケシに頭を下げて部屋を出ていこうとする。

 

「んじゃ、オラもそゆことでー」

「お気をつけて、しん様! 明日の試合、とても楽しみにしていますわ!」

「またね、しんちゃん。久し振りの食事、楽しかったよ」

 

 一方しんのすけは達也と部屋を出るその瞬間まで、2人に向かって大きく手を振っていた。

 そして2人も、しんのすけが部屋を出るまで手を振り続けていた。

 

 

 

 

「如何ですか、王子? 実際にその目で司波達也をご覧になった感想は」

 

 しんのすけと達也が部屋を去り、あいとスンノケシ、そして黒磯とルルの4人だけになったリビングにて、ふいにあいが彼へと問い掛けた。

 

「頭が切れるのは例の事件に対する分析で分かっていましたが、自分の感情をコントロールするのもなかなか上手いですね。一国の王子や世界的大企業の令嬢を前にしても動揺せず、平然とした顔の裏で相手が何を企んでいるのか常に読んでいる。少なくとも、そういった精神面に対して一定の信頼は置けるでしょう」

「もっとも、アレでは却って不自然ですけどね。目立つことを良しとしないのであれば、人並みに動揺してみせて凡夫を装うくらいのことはしなければいけませんわ。テストの筆記で断トツの成績を残したことといい、どうにも詰めが甘いと言わざるを得ませんわね」

「それについては、彼を取り巻く“環境”が影響しているとも考えられますけどね。彼もまた、様々な思惑との板挟みで苦労しているようですし」

「……まぁ、私にはどうでもいいことですわ。しん様にとって“有益”か“有害”か、判断材料などそれだけで充分でしょう?」

 

 つまらなそうに言い放つあいに、スンノケシは微笑みを携えながら尋ねる。

 

「しんちゃんにとって有害で、それでもしんちゃん自身が彼に好意を持っていたらどうします?」

「そんなの、決まっておりますわ」

 

 あいはニッコリと優雅に微笑んで、こう続けた。

 

「徹底的に“排除”しますわ。――たとえ、しん様に嫌われようとも」

 

 

 *         *         *

 

 

 新人戦と一口に言っても、その人気は本戦と何ら変わりない。むしろ現地に足を運ぶほどの九校戦ファンの中には、既に知られたスターよりも未来のスター候補を誰よりも早く見つけることに躍起になる者もいるくらいだ。

 よって女子スピード・シューティングが行われるこの会場も、観客席はほとんど満員となっている。新人戦で獲得したポイントの半分が本戦に反映されることもあって、各学校の先輩選手達も可愛い後輩の応援に自然と熱が入るというものだ。

 

「摩利、本当に寝てなくて大丈夫なの?」

「病気じゃないんだ、暴れなければ問題は無いさ」

 

 とはいえ、重傷を負った体を押してまで観戦に赴く者はなかなかいないだろう。それだけ後輩想いというのもあるかもしれないが、彼女の場合は自分の好奇心を優先した結果とも言える。

 

「そう言う真由美こそ、テントに詰めてなくて良いのか?」

「ここから何キロも離れてるわけじゃないんだし、何かあれば連絡くらい来るわよ。それよりリンちゃん、あなたは選手についてなくて良いの? 女子スピード・シューティングの作戦スタッフでしょう?」

「私は強制オフのようなものです。私の役目は、司波くんに取られてしまいましたので」

「……市原、おまえの冗談は分かりにくいぞ」

 

 元々鈴音も了承したうえで達也はエンジニアに加わっているのだから、彼女がそのことで不満を覚えるわけがない。摩利が苦言を呈すると、鈴音は無表情のまま軽く頭を下げた。

 

「それにしても、あいつのエンジニアとしての腕を実戦で見るのは初めてだな」

「そうね。私のときは、本当にお手伝い程度だったもの。彼が一から調整したCADが、どんな性能を見せてくれるのか楽しみだわ」

「北山さんだけでなく、女子の選手からは好評のようですよ。最初は1年女子の選手団も彼が代表入りすることに抵抗があったようですが、彼の腕を見てそんな抵抗は吹っ飛んだのでしょう、今日も自分のCADを持ち込む選手がいましたよ」

「おいおい、競技に差し支えるようなことは止めてくれよ?」

「それは大丈夫です。司波くんはその辺りを弁えていますので、ちゃんと試合後に見ることにしているそうです」

「自分の都合を優先させながら、女子へのフォローも忘れない。達也くんもすっかり“女誑し”ね」

 

 本人が聞いたら苦い顔で否定するであろう言葉を、真由美は冗談交じりで口にした。

 と、そうこうしている内に、北山雫の出番がやって来た。遠視機能のあるゴーグルを掛け、銃身の長いライフルのような形をしたCADを構えている。

 

「どうやら、あの子のCADには細工はされてないようね」

 

 昨日の事故を分析した結果は、既に真由美達の耳にも届いている。こうして予定の時間通りにフィールドに出てこられたということは、細工された形跡が無いと達也が判断した結果だろう。真由美の言葉に、摩利も鈴音も無言で頷いて応えた。

 やがて雫の前に設置されたランプがすべて灯り、クレーが射出された。

 そして有効エリアに入った途端、そのクレーは粉々に砕け散った。

 矢継ぎ早に、次のクレーが射出される。今度は有効エリアの中心辺りで破壊された。2つ同時に射出された次のクレーは、それぞれエリアの両端で破壊された。

 雫の視線はまっすぐ前を向き、クレーが射出されてもそれがぶれることはない。有効エリア全体を見渡しているようであり、クレーそのものには目を向けていないようにも見える。

 

「うわ、豪快」

 

 真由美が漏らしたその言葉は、雫の魔法を見た率直な感想だった。

 

「ひょっとして、有効エリア全域が魔法領域なのか?」

 

 摩利の質問は、達也から事前にCADの性能について聞いているであろう鈴音に向けられた。

 

「はい。彼女は有効エリアに幾つか“震源”を設置して、固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させています。震源から球形に広がった波動に標的が侵入すると、その振動波が標的内部で現実のものとなって標的を崩壊させるという仕組みです」

 

 達也から聞いていた魔法の効果を、鈴音はメモなどを一切見ずに口にする。

 

「有効エリアは一辺15メートルの立方体です。司波くんはこのエリア内部に一辺10メートルの立方体を想定し、その各頂点と中心に震源を設定しています。各ポイントは番号で管理されており、展開された起動式にその番号を変数として入力すると、半径6メートルの仮想波動が広がるようになっています」

「随分と余計な力を使っているな。ピンポイントで発動させた方が、魔法力を温存できるんじゃないか?」

「“震源を番号で管理してる”って点に、何かポイントが隠されていそうね」

 

 真由美の言葉に、鈴音が頷いた。

 スピード・シューティングの有効エリアは、試合開始から終了まで一度も動くことはない。つまり細かい座標を変数として毎回入力する必要は無いということであり、よってあらかじめ大まかなポイントを選択式で設定しておいて、発動時にその番号を入力するだけで事足りる。

 さらにこの魔法は、威力や持続時間を考える必要が無い。制御面での操作が必要無いので、魔法の発動そのものに演算領域をフル活用できる。連続発動もマルチキャストも思いのままだ。

 

 鈴音の説明が終わったタイミングで、試合終了のブザーが鳴った。

 撃ち漏らしはゼロ。文句なしのパーフェクトだ。

 

「魔法の固有名称は“能動空中機雷”(アクティブ・エアー・マイン)。司波くんのオリジナルらしいですよ。色々詰め込んでいるために大きな起動式ですから、北山さんのように優秀な処理能力を持っていないと使えませんが」

「……私の魔法とは、まるで発想が逆ね。よくこんな術式を考えつくものだわ」

 

 真由美が感心しながら頷いていると、その横で摩利が興味津々な様子で雫を――正確には彼女が先程まで使っていた魔法を見つめていた。

 

「しかし面白いな……。自分を中心とした円を想定してその円周上に震源を設置すれば、有効なアクティブ・シールドとして使えそうだ。そうなると問題は持続時間だな。短すぎるとタイミングが難しいし、長すぎると自滅しかねない。いや、それこそ術者の腕次第だな。――よし! さっそく今晩にでもあいつを捕まえて、私のCADにインストールしてもらおう!」

「……試合の邪魔にならないようにね」

 

 試合前に1年女子に対して苦言を呈していたのは誰だっけ、と真由美は思いながら、呆れの表情を浮かべてそう言った。

 

 

 *         *         *

 

 

「凄いな、第一高校は。決勝トーナメントに3人全員が進出か」

 

 スピード・シューティングの会場にあるVIPルームにて、モニター越しに観戦していたスンノケシが感嘆の意を込めた声色でそう呟いた。彼のすぐ隣に座るあいも、その言葉に無言の肯定を返している。

 ちなみに、現在その部屋にいるのはその2人だけだ。黒磯とルルは部屋の前でいつものように護衛の任務に就いており、いままで一緒に観戦していたはずの烈は姿が見えない。

 

「スピード・シューティングの予選に出場する選手は24人、その内決勝トーナメントに進めるのは上位8人。その8人の中に同じ高校の選手が3人共入るというのは、どうやらあまり例に無いようです」

「しかも予選で見せたあの魔法、私の記憶には無いものですわ。もしかしたら既存魔法の亜種ではない、まったくの新規の魔法である可能性もありますね」

「今年の一高1年女子が例年以上にレベルが高い……とは言い切れませんね。バトル・ボードの方は女子が既に2人出場して1人予選落ちしているようですし、予選を通過したその1人も特別速いタイムだったわけでもなさそうです」

「……そう考えると、やはりこの快進撃の立役者はエンジニアの方、ということでしょうか」

「おそらく」

 

 スンノケシが頷いて同意すると、なぜかあいは不機嫌そうに大きく溜息を吐いた。

 

「どうです、あいさん? あなたのお眼鏡には適いましたか?」

「いいえ、まだ結論を出すのは早いですわ。次の試合からは2人同時に行う対戦形式、あの魔法は適切ではありません。そちらの結果を見てから判断することにします」

「そうですか。今から試合が楽しみですね」

「……えぇ、そうですね」

 

 スンノケシの言葉に賛同してはいるが、その表情は楽しみにしているとは程遠い、剣呑な雰囲気を漂わせる鋭い目つきをしていた。

 まるで、そのエンジニアを品定めしているかのように。




「どうしたの達也くん、遠慮しないでジャンジャン食べちゃって」
「……いや、なんで俺の前にやたら焼きそばが置いてあるのか気になるんだが」
「あれっ? 達也くん、焼きそば好きじゃない?」
「嫌いではないが、特別よく食べるわけではないぞ」
「焼きそばを食べて『やっぱり美味いじゃないか……』って泣いたりしない?」
「……誰かと勘違いしてないか、しんのすけ?」
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