嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第27話「快進撃の光と影だゾ」

「いやぁ、ありがとうございます達也さん! 何か魔法の腕が急に上がった気がしますよ!」

「俺がしたのは、あくまで明智さんの手助けだよ。準決勝に進めたのは、間違いなく明智さんの実力だ」

 

 声も体も弾ませて全身で嬉しさをアピールする1年女子・明智英美と、至って平静のまま、しかし微笑みを携えた達也が、選手控え室である第一高校の天幕の中へと入ってきた。

 それを出迎えたのは、浮き足立っているように見えるもう1人の出場選手・滝川和美と、こんな状況でも無表情を貫く雫だ。

 

「待たせて悪い、雫。すぐさま調整に入ろう」

 

 達也は天幕に着くや否や、すぐさま雫が次の試合で使うCADの調整に入った。準々決勝までは同じ高校の選手が重ならないように時間が調整されるとはいえ、試合数が少ない分だけ予選よりも試合間隔が短くなる。しかも一高は3人共予選を突破しているので、エンジニアである達也の負担はどうしても大きくなってしまう。

 

「大丈夫、達也さん?」

「心配するな、大丈夫だ」

 

 達也はそれだけ答えると、調整機のモニターを注視する。画面には様々な計測結果が高速でスクロールされており、普通の人間ならばそれを目で追うことすら困難だろう。

 やがて達也は小さく頷くと、そのCADを雫に手渡した。

 小銃形態のそれは、ストラップが付いている以外は他の選手が使用する物と大差ないように見える。しかし実弾銃の機関部にあたる箇所が、他の選手のものに比べて随分と厚みを帯びていた。

 

「分かっているとは思うが、予選で使った機種とはまったくの別物だ。時間は無いが、少しでも違和感があったら遠慮無く言ってくれ。可能な限り調整する」

「違和感なんて無いよ。むしろしっくり来すぎて怖いくらい」

 

 CADを構えたりトリガーに指を掛けたり離したりしながらそう答える雫に、達也の表情がほんの微かだが和らいだように見えた。

 ふと、雫はCADから視線を外し、横にいるチームメイトへと向ける。

 

「2人共、勝ったんだよね」

 

 その言葉に、英美と滝川の2人がニコリと笑って頷く。

 

「大丈夫。いつも通りやれば、雫も勝てる」

「もちろん。――優勝するためのお膳立ては、すべて達也さんがしてくれた。後は、優勝するだけだよ」

 

 雫はそう言って、天幕を後にした。達也はそれを、笑顔で見送る。

 

「……あれ? ひょっとして今のって、私達に対する宣戦布告?」

「いやぁ、本当の敵は一番身近な所にいたんだなぁ」

「そうだな。2人共、準決勝に進んだからといって、油断するんじゃないぞ。ここまで来たからには、優勝を狙っていけ」

「えぇっ! 達也さん、目標が厳しすぎるっすよー」

「そうだそうだー!」

 

 笑みを多分に含んでいるためにまったく説得力の無い2人の抗議を、達也は笑って受け流した。

 第一高校の天幕内は、今まさに競技が行われている最中だとは思えないほどに和やかな空気に包まれていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 第一高校の選手が立て続けに準決勝進出となれば、当然次に出てくる3人目にも期待が掛かる。しかもその選手が現在パーフェクトで勝ち進んでいるとなれば、会場中がざわめき立ち、じわじわと熱量が上がっていくのも致し方ないだろう。

 そんな会場の観客席の一画、すっかりグループ行動が板に付いた、深雪やエリカら魔法科高校の面々とひろしやみさえなど春日部組の面々が集まって座っていた。しかしその中に、しんのすけの姿は無かった。

 

「い、いよいよ雫さんの出番ですね」

「こらこら、美月ちゃんが緊張してどうすんのよ」

「だってネネちゃん、もし雫さんが勝ったら準決勝に一高生が3人も行くことになるんだよ?」

「はいはい、とにかく深呼吸ねー」

 

 ネネに言われるがままに深呼吸をする美月に、傍でそれを見ていた女性陣は何だか癒されるような心地になった。

 

「さてと、達也くんは今度はどんな工夫を見せてくれるのかな?」

「そうだよな。今度は何が飛び出してくるのか、まったく予想がつかないぜ」

「本当、彼の頭脳はまるでビックリ箱だよ」

「ははは、言えてる」

 

 傍目には普通に聞こえる幹比古とレオの会話だが、幹比古のことをよく知っているエリカにはとても不思議なものだった。魔法に対してこれほど前向きな姿勢を見せる幹比古を見るのが、随分と久し振りのことだったからである。

 と、雫が会場に姿を現した瞬間、その幹比古が疑問の声をあげた。

 

「えっ? あれって……」

「どうした、幹比古?」

「雫さんが持っているのは……、ひょっとして汎用型か?」

「え、マジかよ。でもあれって――」

「小銃形態の汎用型ホウキなんて聞いたことないよ? というか、あのCADに取りつけられてるのって照準補助装置よね? 汎用型と照準装置の組み合わせなんて技術的に可能なの?」

「な、なぁ。盛り上がってるところ悪いんだけど、何が凄いのか俺達にも説明してくれないか?」

 

 何だか話が盛り上がっていく魔法科高校の生徒組に、魔法に関してはまったくの素人であるひろしが申し訳なさそうに話し掛けてきた。そんな彼の隣から覗き込むような姿勢で、専門的な話題についていけない春日部組のポカンとした顔が並んでいる。

 すみません、と軽く謝罪して説明を始めたのは美月だった。

 

「照準補助装置というのは、特化型のアーキテクチャに合わせて作られたものなんです。汎用型CADと特化型CADはハードもOSもアーキテクチャからしてまるで違うから、照準補助装置と汎用型CADを繋ぐなんて技術的に不可能だと思われてたんです」

「え、えっと、そもそも“特化型”とか“汎用型”とかが分からないんだけど……」

 

 ひろしよりもさらに申し訳なさそうに眉を八の字にするマサオに、今度は深雪が嫌な顔1つせずに説明する。

 

「現代魔法が様々な系統に分かれているのはご存じですか? その中から特定の系統だけを使うために作られたのが“特化型”で、複数の系統を1つのCADで使えるように作られたのが“汎用型”です。1つの系統魔法を最大限活かすなら特化型、様々な魔法を使い分けるなら汎用型、といった感じでしょうか」

「それで、その2つは似ているようで全然違う仕組みをしてるので、普通ならそれを組み合わせることは不可能なはずだ、ってアタシ達は驚いてたんですよ」

 

 深雪から引き継いで説明を加えるエリカに、ひろし達はようやく理解が及んだようで納得したように頷いていた。

 

「でもさ、雫ちゃんが使うヤツがまさにそれなんだから、実際にはできたってことなんでしょ?」

「……まぁ、そうなんだろうけど」

 

 ネネの素朴な指摘に、先程まで説明する側だった面々も黙るしかなかった。いくら自分達の常識では有り得ない代物だったとしても、実際こうして自分達の前に現れている以上、それを無視してまで不可能だと主張することはできない。

 と、ここで意外なところからフォローが入れられた。

 

「技術自体は、既に発表されている」

 

 全員が一斉に、バッと音が付きそうな勢いで顔を向けた。

 その声の主は、ボーだった。

 

「汎用型CADと照準補助装置を一体化する技術が、去年の夏にドイツのデュッセンドルフで発表されている」

「へぇ、よく知ってるねボーちゃん」

「何だ、じゃあやっぱり可能だったってことじゃない」

「でもそのときの試作品は、とても実用的じゃなかった。動作も鈍いし精度も低い、本当に“ただ繋げただけ”でしかないものだった」

「ってことは達也さんは、まだまだ実用性の低い最新技術を採用したってこと?」

「ちょっと、それって大丈夫なの?」

 

 ネネが否定的なニュアンスの疑問を彼の妹である深雪にぶつけるが、彼女は意にも介していないどころかむしろ楽しそうに笑みを浮かべて、

 

「もちろんよ。あのCADは、お兄様がその実験結果を基に“改良”を加えた物だもの」

「成程、自分の目で確かめてみろってことね。良いじゃない、達也くんの企みを見届けてやりましょう」

 

 エリカがそう結論づけたのとほぼ同時、フィールドのシグナルが点灯し始めた。

 雫と対戦相手が同時にCADを構え、クレーが飛び出す有効エリアを見つめる。

 やがて試合開始のブザーが鳴り、赤と白のクレーが射出された。2つのクレーが、有効エリア内に侵入する。

 そして、赤のクレーのみ中央部に吸い寄せられるように軌道を変え、破壊された。

 

「移動系、もしくは収束系か?」

 

 幹比古が頭に思い浮かべた言葉をそのまま口にしている間にも、2色のクレーは次々と射出されていく。

 それを眺めている内に、観客全員があることに気づいた。

 赤のクレーは中央部に吸い寄せられ、それとは逆に白のクレーが外縁部へと追いやられている。そのせいなのか、赤のクレーが1つの取り零しも無く破壊されているのに対し、白のクレーは幾つも撃ち漏らしている。

 その光景に夢中になっているレオ達の横で、深雪が楽しそうに説明を加える。

 

「雫が使っているのは、収束系の魔法よ。有効エリア内を飛び交うクレーをマクロ的に認識して、中央に行くほど赤のクレーの密度が高くなるように設定しているの。白のクレーが外縁部に追いやられているのは、その魔法による副産物ね」

「この競技って、相手の妨害はOKだったっけ?」

「相手の選手を直接攻撃しない限り有効よ。だけど通常は相手を妨害しながら自分のクレーを狙うのが難しいから、そういった妨害が実行されるケースは少ないわね。でもこの方法なら妨害と狙撃の両方ができるから、過去の大会でも実例こそ少ないけど採用されているのよ」

「でもよ、なんで最後の振動系魔法が発動したりしなかったりするんだ? 何か見てる感じだと、吸い寄せられたクレーが1つのときだけ振動系の魔法が発動してるみたいだけど」

 

 吸い寄せられたクレーが複数あるときは互いに衝突させて破壊、1つだけのときは振動系魔法を使って破壊している。1つの魔法として構成されているのなら、最後の行程である振動系魔法が発動したりしなかったりするのはおかしい。

 

「標的が複数のときは、振動系魔法が発動する前に衝突するようにスケジュール設定されているということでしょうか?」

「いやいや、そんな時間差を設定するメリットなんて無いでしょ?」

 

 美月の言葉を、エリカが即座に否定した。本人も確信があるわけでもなかったようで、彼女に否定されても特に反論する様子は見せない。

 そんな彼女達を楽しそうに眺めながら、深雪が口を開いた。

 

「――みんな、これは収束系魔法と振動系魔法の“連続発動”よ?」

 

 その瞬間、その意味をいち早く理解した幹比古が目を丸くした。

 

「そうか……! 特化型CADだと系統の組み合わせが同じ起動式しか格納できないが、汎用型なら複数の系統の起動式を格納することができる……! 2つの系統魔法は、まったく別の起動式で発動されていたということか!」

 

 幹比古の言葉に、深雪は深く頷いた。

 

「雫は元々、細かい制御よりも大規模な魔法で圧倒することを得意としていた。だから彼女は今までも、ある程度スピードを犠牲にしてでも確実に魔法を制御できるようにCADを調整していた。――でもお兄様は、彼女の長所を最大限活かすことをコンセプトになさったの。雫の高速な連続発動を可能にする処理能力と、大規模な魔法式を構築するキャパシティを発揮するために、細かい制御を必要とする行程を極力排除する方針を打ち立てた」

「その方法が、汎用型CADと特化型用の照準補助装置を繋いでしまうというものか……。いったい彼の頭はどうなっているんだ……」

 

 深雪の説明に幹比古は舌を巻き、美月は感心したように頻りに頷いていた。

 

「な、なぁ。いったい何がどう凄いのか、分かる奴はいるか?」

「風間くん、私立の進学校に通ってるんでしょ? 説明してよ」

「無茶言わないでよ、ネネちゃん。そういう専門的なことは、その分野の学校じゃないと勉強しないんだから」

「ボーちゃんは、何か分かる?」

「…………」

 

 そんな魔法科高校生達の横で、春日部組の面々が顔を突き合わせてコソコソとそんな会話を交わしていた。

 

 

 

 

 試合終了を知らせるブザーが鳴った。

 

「パーフェクト」

 

 満足そうな笑みを浮かべて、雫がぽつりと呟いた。

 

 

 *         *         *

 

 

「凄いじゃない、達也くん! これは快挙よ!」

 

 第一高校の作戦本部として使用しているホテルの会議室にて、興奮した様子の真由美が達也の背中をバシバシと叩いていた。小柄な体格なので力も弱く痛くはないのだが、あまりにしつこいので達也は視線だけで鈴音に助けを求める。

 それを正確に読み取った鈴音が、真由美に近づいてその腕にスッと手を添えた。

 

「会長、そろそろ落ち着いてください」

「あ、そうね、ごめんなさい。でも本当に凄いことなのよ! トップ3を独占だなんて!」

「凄いのは俺じゃなく、実際に戦った選手の方ですよ」

「いやいや、司波くんが私達のCADを調整してくれたからだよ!」

「そうだよ! 今でも信じられないんだから!」

 

 興奮したように話すのは、それぞれ2位と3位を取った明智と滝川だった。

 

「みんな、達也さんのおかげで入賞できたと思ってるよ。私だって、達也さんが担当していなかったら優勝できたかどうか分からない」

 

 いつものように淡々と、しかしいつもより饒舌に話すのは、見事優勝に輝いた雫だった。彼女の言葉に他の2人の選手だけでなく、真由美や摩利もうんうんと頷いていた。

 反応に困っている様子の達也に、鈴音が「そういえば」と声を掛ける。

 

「ところで司波くん、北山さんが予選で使用した魔法について、大学の方から『インデックス』に正式採用するかもしれないという打診が来ていますが」

「そうですか。では、開発者を聞かれたら北山さんの名前を答えておいてください」

「――だ、駄目!」

 

 あまりにも自然だったのでそのまま流しかけたが、雫はすんでのところでそれを食い止めた。

 鈴音の言った『インデックス』とは『国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス』の略であり、国立魔法大学が作成する魔法の百科事典に記された魔法の固有名称の一覧表である。ここに採用されるということは、大学が正式に認めた“新種魔法”として独立した見出しがつけられることを意味している。魔法開発に従事する研究者ならば、誰しもが1つの目標として掲げるほどに名誉なことだ。

 

「これは達也さんのオリジナルなのに!」

「開発者の名前に最初の使用者が登録されるのは、割とよくあることだぞ」

「達也くん、謙遜も過ぎると嫌味だぞ?」

 

 摩利の呆れたような言葉に、達也は首を横に振った。

 

「謙遜ではありませんよ。自分の名前が登録された魔法を、当の本人が使えないだなんて恥でしかないでしょう?」

 

 確かに新種の魔法の開発者として名前が知られると、実演を求められることが多い。それなのに本人が使えないとなったら、最悪他人の手柄を横取りしたと思われかねないだろう。

 

「自分が使えない魔法を、どうやって試したんだ?」

「別に発動できないわけではありませんよ。ですが、俺だと時間が掛かり過ぎるんです。実戦レベルで使えなかったら“使える”とは言わないでしょう?」

「まぁまぁ、本人がこう言ってるんだから良いじゃないの! 達也くん、この調子でどんどん頼むわよー!」

 

 満面の笑みと共にそう言った真由美に、達也は軽く頭を下げて応えた。

 雫も摩利も納得し難い表情だったが、それ以上何も言わなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 第一高校の選手3人が表彰台独占という、実に華々しい結果に終わった女子スピード・シューティング。

 昼休憩を挟んで午後からは、同じ会場にて男子スピード・シューティングが行われることになっている。試合の余韻がまだ残っているのか会場内は独特の緊張感と高揚感に包まれており、男子の方も女子に負けないほどの素晴らしい試合を見せてほしい、そして第一高校男子にも女子に負けず劣らずの活躍を見せてほしい、という観客達の無言の期待に充ち満ちていた。

 

 しかしその期待が、当の第一高校男子選手に相当な重圧として圧し掛かっていた。控え室である第一高校の天幕では、選手もエンジニアも皆一様に重苦しい雰囲気を放ち、それぞれが一言も発せずに体を縮こまらせるように項垂れている。まだ試合すら始まっていないのに、選手全員が予選落ちでもしたかのような空気だ。

 午前中に行われた女子の結果は、第一高校にとって素晴らしいの一言に尽きた。1位が50ポイント、2位が30ポイント、3位が20ポイントなので、第一高校はこの競技で一気に100ポイントも手に入れた計算となる。しかも本戦の方にもこれの半分である50ポイントが加算され、2位の第三高校に大きく差をつけ、独走態勢の足掛かりとなる成績だ。

 もちろん、女子の活躍は彼らにとっても喜ばしいことだった。彼女達の成績はまさしく“偉業”と称して良いものだし、同じ一高選手として誇らしい気分にもなる。

 

 しかし、だからこそ、彼らはプレッシャーを感じていた。

 彼女達3人が一生懸命練習を重ねたうえで掴み取った勝利であることは、彼らも充分に分かり切っている。しかしそれと同じくらいに、彼女達の活躍の影には例の二科生から選ばれたエンジニアの姿があるということも分かり切っていた。いくら感情面でそれを否定したくても、彼らの一科生としての優秀な頭脳がそれを許してくれなかった。

 普段からあれだけ馬鹿にしてきた二科生が、こんな偉業を成し遂げたんだ。

 まさかおまえ達が、それよりも悪い成績を残すなんてあり得ないよな?

 彼らの頭の中には、先程からこのような言葉がグルグルと巡っているのである。

 

 ――駄目だ、一旦外に出て気持ちを切り替えよう。

 

 そんな選手の1人である森崎は、ブンブンと首を横に振って立ち上がり、天幕を抜け出した。壁に囲まれた天幕から外に出たことで、真夏にしては涼しげな風が優しく彼の肌を撫で、じんわりと滲み出ていた彼の汗を冷やしていく。

 しかしそれでも、森崎の気分が晴れることは無かった。

 

「……くそっ、なんであいつが……」

 

 無意識の内に、彼の口からそんな言葉が漏れた。周りに誰もいないので、その言葉に答える者はいない。もし返事をされたとしても、彼がそれに答える余裕は無かっただろう。

 

「“あいつ”って、誰のこと?」

「うわあああっ!」

 

 と思っていたら、背後から突然耳元で囁かれ、森崎は思わず大きな悲鳴と共にその場から飛び退いた。

 恨みを存分に込めた目で後ろを振り返ると、そこには「やっほー、森廣くん」と何とも気の抜けた表情で手を振るしんのすけの姿があった。

 囁かれた耳を手で覆い隠しながら、森崎は大きく溜息を吐いた。

 

「何の用だ、野原。女子のバトル・ボードの予選が始まる時間だろ」

「そっちは後で真由美ちゃんに見せてもらうつもり。せっかく同じチームになった仲なんだし、森本くんを応援しようかなって思って」

「そんな気遣いは無用だ。いつも(つる)んでる例の二科生達と仲良くやってれば良いじゃないか」

「まぁまぁ、そう遠慮しないで」

「…………」

 

 まるで聞く耳を持たないしんのすけに、森崎は突っぱねるのも面倒臭いと思ったのかそれ以上反論しなかった。それでも、最後の抵抗とばかりに恨みがましい視線を向けてはいるが。

 

「テントの方に行っても森泉くんがいなかったから探してたんだけど、こんな所で何してるの? 立ちション?」

「近くにトイレがあるのに、わざわざ外でする必要無いだろうが。僕はアレだ、本番前に気分転換でもしようと思ってな。だから野原、おまえがいると気が散るんだ、さっさとどっかに行け」

「ほーほー。――で、さっき言ってた“あいつ”って誰?」

「おまえ、このタイミングで普通蒸し返すか!?」

 

 森崎が目を吊り上げて怒鳴り声をあげるが、しんのすけはどこ吹く風で飄々とした表情を浮かべている。森崎本人としては怒りの抗議のつもりだったが、彼からしたらツッコミくらいにしか思っていないのだろう。

 しばらくの間、森崎は頭をガシガシ掻きながら黙り込んでいたが、しんのすけが話題を切り替える気が無いことを感じ取るや、観念したようにポツポツと話し始めた。

 

「……野原は、一科生と二科生の制度についてどう思う?」

「あれっ? “あいつ”の話は?」

「ちゃんとそこに繋がるから、今はその質問に答えろ!」

「ほいほい。――うーん、それって成績で教室を分けるってことでしょ? 他の学校でもやってることだから、別に普通なんじゃない? オラの友達に風間くんっているんだけど、風間くんが今通ってる高校も成績順でクラスが分かれてるんだって。風間くん、一番上のクラスになって喜んでたから憶えてるゾ」

 

 しんのすけの言う通り、成績順に応じて教室を分けて勉強を教えるというのは、それなりに生徒数の多い進学校ならば普通に行われていることだ。魔法科高校に限っても、第一高校だけじゃなく第二高校と第三高校でも同様の制度を採用している。

 二科生の授業には教師が付かないという課題こそあるが、教師の都合が付けば個人的に指導を頼むことはできるし、外部に持ち出せない資料の閲覧は二科生でも可能であることから、勉学の環境は整っていると言える。

 

「僕が生まれたのは百家支流の家系だから、魔法的な才能は本流や十師族には及ばないし、僕自身も最初はごく平凡な技術しか持ち合わせていなかった。だから僕は必死になって努力して、そんな奴らにも負けないだけの実力を身に付けてきたつもりだった。だから第一高校に一科生として、しかも成績上位者だけが入れるA組に編入できたと知って、自分の実力が認められたと思ってとても嬉しかったんだ。――なのに、」

 

 そう話を区切る森崎の表情は、忌々しい、と表現するには悲哀の色が強いように見えた。

 もっとも、しんのすけがそれに気づいているかどうかは不明だが。

 

「……だがあいつは、司波達也は、学校の成績で言えば二科生の中でも下から数えた方が圧倒的に早いほどの“劣等生”なのに、いざこうして“実戦”の場になるとその評価が一変する。まるであいつの方が“優等生”で、僕達一科生の方が魔法師として劣っていると言わんばかりだ。――だとしたら、僕達が日頃積み重ねている“努力”だの“実力”だのっていうのは、いったい何の意味があるっていうんだ……?」

 

 絞り出すように口から漏れ出した森崎のその疑問は、達也の風紀委員としての活躍を目の当たりにし、そして彼が九校戦の代表に入ってから特に強く感じるようになっていた。実戦魔法師としても魔工技師としても魔法研究者としても一流と呼べる達也の活躍に、森崎は心の奥底に追いやっていた劣等感が刺激されていくのを感じていた。

 そしてそれは、森崎よりも近くで達也を見ていたしんのすけこそ、強く感じていたはずだ。

 森崎はそんな思いを抱きながら、しんのすけへと向き直った。

 

「うーん、別にそんなに悩むことは無いんじゃない?」

 

 森崎の話に、しんのすけはあっけらかんとした表情でそう言い放った。

 

「だって森崎くんは森崎くんで、達也くんは達也くんでしょ? 人それぞれ得意なことが違うんだから、アレができないコレができないって悩んでても仕方なくない?」

「何……? おまえは司波達也に負けてても全然気にしないっていうのか?」

「別に勝負してるわけじゃないし、達也くんの方が上手くできるんなら達也くんに任せれば良いやって思うゾ。授業で分からないところはいつも達也くんに聞いてるし、オラのCADも達也くんに診てもらってるし、風紀委員のときも達也くんに報告書とか書いてもらってるからすっごく助かってるゾ!」

「……おまえ、少しは自分で何とかしろよ」

 

 つい先程まで敵視していたはずの達也に対して、森崎はむしろ同情にも似た感情を抱いた。思い返してみれば、風紀委員の活動を終えて本部に帰ってくるときの彼は、元気が有り余っているしんのすけに対して随分と疲れを露わにしているように見える。

 

「……それじゃおまえは、無駄な努力は止めてあいつに全部任せれば良いって言いたいのか?」

「オラは達也くんに任せちゃうってだけで、森崎くんは森崎くんのやりたいようにやれば良いんじゃない?」

「……たとえそれが、無駄な努力だと嗤われてもか?」

「別に森崎くん、今までだって無駄な努力をしてたわけじゃないんでしょ?」

 

 しんのすけの問い掛けに、森崎は即座に返事をすることができなかった。

 だがしんのすけには、それを気にする素振りは無かった。

 

「だって森崎くん、オラに色々教えてくれたじゃない。敵が待ち伏せしていそうな場所とか、だから相手の裏を掻いてこういう動きをした方が良いとか。オラそういうの全然分かんないから、森崎くんがいてくれて助かったゾ」

「……そんなもん、他に幾らでも教えられる奴がいるだろ。それこそ、あいつだって――」

「でも実際に教えてくれたのは森崎くんでしょ? それに森崎くんに教えてもらえってアドバイスしたの、達也くんだし」

「……どうせ自分で教えるのが面倒臭くなって、それらしいことを言って僕に押しつけたってだけだろ」

「んもう、すぐそうやって悪い方に考えるんだからぁ」

 

 やれやれ、とでも言わんばかりに、しんのすけは肩を竦めて両方の掌を上に向けるジェスチャーをした。そんな彼に森崎は一瞬顔をしかめるも、自分でもそう思ったのか不満をそのまま口にすることは無かった。

 

「それにさっきの試合だって、頑張ったのは達也くんだけじゃないでしょ? 雫ちゃんもエイミィちゃんも和美ちゃんも一生懸命練習したから、あんなに凄い結果を出せたんだと思うゾ」

「……そんなこと、頭では分かっているんだ。だがそれと同時に、あいつの力が無ければここまでの結果は出せなかった、ということばかり考えてしまうんだ」

「そこまで達也くんのことばかり気にするって、何だか達也くんに恋してるみたいだゾ」

「なっ……! 何を気持ち悪いことを――」

「でもまぁ、オラもよよよぎくんに勝ちたいって思いながら剣道やってたから、森崎くんがそうやって達也くんのことばかり考えるのも分からなくはないゾ。でもそれで自分を追い詰めるのはちょっと違うんじゃない? ってオラは思うんだけど」

「…………」

 

 しんのすけの言葉に、森崎は返事をすることも無く俯き、黙りこくっていた。

 と、ふいに遠くからアナウンスの声が聞こえてきた。男子スピード・シューティングの試合開始時刻と会場を告げるそれに、しんのすけが「おっ」と反応する。

 

「そろそろ時間かな? それじゃオラはご飯食べながら客席で応援してるから、森ヶ丘くんも頑張ってね」

「……おまえ、さっきまで普通に僕の名前を言ってたじゃないか。僕は森崎だ」

「そーそー、そうやってツッコんでくれないとつまんないゾ。じゃぁねー」

 

 しんのすけはクルリと踵を返すと、大きく手を振りながらその場を去っていった。その姿はまさに“無邪気”という言葉が相応しく、そのまま体を小さくすれば幼稚園児でも通じるだろう。

 

「……まったく、言うだけ言ってさっさと行きやがって……」

 

 正直に言ってしまえば、状況はまったく変わっていない。自身の内に燻る劣等感については何も解決されていないし、これから行われる試合に対するプレッシャーなど考えたくもない。

 

「……とりあえず、天幕に戻るか」

 

 それでも、先程と比べればほんの少しだけ楽になったのは確かだった。

 しんのすけのおかげ、とは素直に思いたくなかったが。

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