入学式の日は式の終了後に帰る生徒も多かったため、授業初日である今日が実質的な初顔合わせとも言える。新たな学校生活への期待と不安に浮き足立つ新入生、というのはここ魔法科高校でも変わらず、1年A組の生徒達も隣同士のクラスメイトに話し掛けるなど積極的な交流が教室のあちこちで図られている。
そんな中、他の生徒に比べて一際気合いの入った女子生徒が1人いた。
「……ほのか、まだ司波さん来てないんだから、少しはリラックスしたら?」
「分かってはいるんだけど……、もうすぐ司波さんが来るって思うと緊張しちゃって……」
体を縮こまらせて不安で顔を歪めるのは、光井ほのか。そしてそんな彼女を感情の乏しい表情で見つめる幼馴染、北山雫。2人共可愛らしい顔立ちをした可憐な少女であるが、それぞれ入試での実技の成績が全体で3位と4位という一科生の中でも特に優等生である。
そんな2人が、というよりほのかが待ち構えているのが、今日から同じクラスで共に魔法を学ぶことになった、入試の成績で堂々の1位に君臨する女子生徒・司波深雪だ。
彼女と初めて会ったのは、入試での実技試験。同じグループだった彼女の圧倒的な魔法力もさることながら、見る者を惹きつけて止まないその美貌、そしてその美貌に対してもまったく見劣りしない洗練された所作に、ほのかは完全に心奪われてしまった。入学式の日に同じクラスであることを知ったときには、幼馴染みである北山雫ですら戸惑ってしまうほどに狂喜乱舞したくらいだ。
そんな彼女と、少しでも仲良くなりたい。そんな想いを抱いたほのかは、どのように自己紹介をしようか昨日の夜からずっと考え続けていた。おかげですっかり寝不足だが、脳内で興奮作用のある物質でも生成されているのかまるで疲れを感じない。
そうやって待ち構えていると、教室近くの廊下がにわかに騒がしくなってきた。互いに自己紹介をして親睦を深めようとする会話は先程から聞こえていたのだが、今は「なんて美しい人なんだ」とか「あんな美人初めて見た」とか「隣の奴は何者だ」なんて声ばかりとなっている。
もしかして、とほのかが入口に目を向けていると、まさしくお目当ての女子生徒・司波深雪が教室内へとやって来た。そして教室中の生徒が彼女の姿を見た瞬間、あまりの美貌に会話を止めて息を呑むという冗談のような光景が繰り広げられた。
「ほのか、司波さんが来たよ。話し掛けないの?」
「ま、待って雫! 心の準備が――って、あれ?」
しかしその直後、彼女とほとんど肩を並べて教室に入ってきた男子生徒・野原しんのすけの姿に、ほのかは意外そうな表情で首を傾げた。
その男子生徒は、ほのかもよく憶えていた。実技の成績で自分よりも上の2位だから、というのもあるが、彼の場合はその言動がとにかく印象的だった。まるで小さな子供がそのまま大きくなったかのような純粋で自由奔放な振る舞いは、エリート思考の強い生徒からしたら目障りかもしれないが、少なくともほのかには好ましいものに見えた。
だからこそほのかは、入試で印象的だった2人があたかも知り合いかのように肩を並べて歩く光景に違和感を覚えた。ほとんど対照的な性格であり、試験のときには互いに会話を交わすことも無かったはずなのに。
と、ほのかがそんな風に2人と見つめていると、その2人が会話を交わしながらこちらに近づいてくるのに気づいた。
「し、雫! なんで司波さん達、こっちに来るの!」
「……ああ、司波さんの席、私の後ろかも」
「ええっ! 早く言ってよ!」
「今思い出した。それよりほのか、もう少しで来るよ」
ほのかの幼馴染である北山雫の言葉に、ほのかは顔を引き攣らせた。昨日の夜に何度もシミュレーションをしたはずなのに、それらが一切出てこないくらいにはパニックになっていた。
――な、何か気の利いた挨拶をしないと! 『綺麗な黒髪ですね』とか……って、それじゃただのナンパだよ! それとも『あなたのファンです』とか……いやいや、それこそ意味不明だし!
それでも2人はどんどんこちらに近づき、とうとう“目の前”と表現して差し支えない位置にまでやって来た。
――ええいっ! こうなったら、女は度胸よ!
ほのかは心の中でそう決心すると、2人に向かって大きく1歩足を踏み出した。
ずべっ。
そしてその勢いのまま足をもつれさせ、思いっきり転んだ。
あまりに大きな音だったので、教室内のあちこちから視線が突き刺さってくるのが肌で感じ取れた。それと同時にクスクスと笑い声が漏れ、中には「あんな鈍臭い奴も一科生なのかよ」といった声まで聞こえてくる。
あまりの情けなさに、ほのかは転んだ姿勢のまま泣きたくなった。
しかし、運命の女神は彼女を見捨てなかった。
もっともこの場合、見捨てなかったのは“女神のような美少女”なのだが。
「大丈夫ですか?」
ほのかが顔の痛みを堪えながら顔を上げると、心配そうに眉を寄せてこちらに手を差し伸べる深雪と目が合った。その後ろからしんのすけが物珍しそうに覗き込んでいるが、今のほのかには彼女しか視界に入っていなかった。
「あ、ありがとうございます。え、えっと、新入生総代の、司波さん、ですよね……?」
「はい、そうですよ。お怪我はありませんか? えっと……」
「み、光井ほのかです!」
「光井さんですね? 司波深雪です、仲良くしてくださいね」
「は、はい!」
結果オーライ、というより深雪に助けてもらう形となった親友の姿に、雫はほとんど動かない口元をほんの少しだけ上げて笑みを浮かべた。そうしてほのかから紹介される形で雫も深雪と挨拶を交わし、想定とだいぶ違う形ではあるが無事に親交を築くことができた。
と、ほのかがしんのすけへと視線を向けた。
「あの、あなたは確か、野原しんのすけくんですよね?」
「おっ? オラを知ってるの? 会ったことあったっけ?」
「うん、実技のときに同じグループだったんだけど……、憶えてないよね」
「おぉゴメン、全然憶えてないや。よろしくね、ほのかちゃん。オラのことは“しんちゃん”って呼んでね」
「うん! よろしくね、しんちゃん!」
「私は北山雫、よろしくね」
「おぉっ! 雫ちゃんもよろしく!」
そうやって互いに自己紹介が終わったタイミングでチャイムの音が鳴り、深雪と会話する3人を羨ましそうな表情で遠巻きに眺めていた生徒達が慌てて自分の席へと駆けていった。
そして最後の生徒が席に着くかどうかというタイミングで、前のドアから1人の男性教師が入ってきた。おそらく、このクラスの担任だろう。
「皆さん、入学おめでとう。1年A組指導教官の
挨拶もそこそこに、百舌谷と名乗った男性教師はさっそく説明に入った。
ここA組は、難関である一高の中でも特に優秀な成績で試験をパスした生徒によって構成されているようで、主席の深雪だけでなく全員が優等生であり、期待を背負っていることを忘れないでほしいと告げられた。
また魔法科高校の生徒になったことで、図書館や情報端末に貯蔵されている学外秘の貴重な資料を閲覧することができることも教えられた。これ自体は二科生にも与えられた権利であるが、実際に魔法師として活躍する教師の講義を受けられるのは一科生ならではの権利と言えるだろう。
これらの説明を、生徒達はどこか誇らしげな表情で胸を張って聞いていた。それはほのかや雫の2人も例外ではなかったが、深雪はあくまで自然体な態度で、そしてしんのすけに至っては既に興味なさげに窓の外をボーッと眺めている。
ちなみにこの後の予定としては、教師の解説付きでの専門授業の見学が組まれている。他に見学したい授業があれば自主的に動いて構わないそうだが、せっかく一科生になったのだから解説付きの方が良いだろう、というのがほとんどの生徒の考えである。
「二科の補欠は可哀想だよなぁ。最初から放置なんだから」
「ここに入れただけで喜んでるだろうし、良いんじゃね?」
「まぁ、大した実力も無いのに魔法師になろうなんて図々しいよな。一般人らしく大人しくしてろっての」
教室のあちこちから漏れ聞こえてくるそんな会話に、ほのかは眉を寄せて深雪の方をチラリと見遣った。
――深雪さん、何だか表情が険しいかも……。そりゃ二科生の人達の悪口なんて、聞いてて気分の良いものじゃないよね……。
とはいえ、確かに同じ授業見学なら解説付きの方が有難いのも事実。ほのかは『自分が染まらなきゃ良いよね』と心の中で結論づけると、雫と深雪を誘おうと席から立ち上がった。
と、そのとき、
「あらっ? しんちゃん、そっちは集合場所と逆方向よ」
クラスメイトと交友を深めるための誘いの言葉が飛び交う教室で、しんのすけが真っ先に教室を出ていき、席が隣ということもあり深雪が呼び止めた。
「別に一緒に行かなきゃいけないわけじゃないんでしょ?」
「でも、解説付きで見学した方が為になるんじゃないかしら?」
「解説するのって、さっきのモズクさんでしょ? オラは綺麗なお姉さんが教えてる授業を探しに行くから。じゃ、そゆことでー」
ヒラヒラと手を振って教室を後にしようとする彼に、深雪やほのかだけでなく、たまたま近くでそれを聞いていた生徒達も信じられないといった表情をしていた。どうしても見たい授業があるならともかく、そのような理由で一科生の特権である教師の解説を投げ捨てるなんて。
何となく感じてたけどかなりのマイペースだなぁ、とほのかは彼の背中を見送り、そういえば深雪を誘おうとしてたんだと思い出して再び彼女の方を――
「待って、しんちゃん! 私も一緒に行くわ!」
「えぇっ!」
深雪の意外すぎる行動に、教室中の全員から一斉に叫び声があがった。見事なユニゾンだった。
「えっ、ちょっと司波さん! 何考えてるの! どう考えたって、先生の解説を聞きながら見学した方が――」
「しんちゃん! 私も一緒についていって良いかしら?」
「おっ? 別に良いゾ」
ご丁寧に深雪に忠告をしようとするクラスメイトを無視して、彼女はしんのすけと一緒に見学する約束を取りつけてしまった。
これに焦ったのが、ほのかを始めとした他のクラスメイトだ。如何にして彼女を誘おうか腐心してたときに、あろう事か彼女の方からしんのすけと一緒に行動すると宣言されてしまったのだから無理もない。
「ま、待って深雪さん! 私も一緒に行く! ねぇ、雫もそれで良いよね!」
「……まぁ、私は別に良いけど」
「ぼ、僕も一緒に行くぞ! 司波さんをあんな奴と一緒にさせられるか!」
「お、俺も! 司波さんがいないんなら、教師の解説とか意味ねぇし!」
「わ、私だって!」
こうしてあれよあれよと言う間にクラスメイト全員が、しんのすけの背中を追い掛ける深雪の背中を追い掛けて教室を出ていった。
「……どういうことだ? 集合の時間はとっくに過ぎてるんだが」
指定した集合場所では百舌谷が1人、いつまで経っても現れる気配の無い生徒達に首を傾げ、独り言を漏らしていた。
* * *
国が総力を挙げて育成に力を入れている魔法師の教育機関だからか、第一高校の食堂は他の学校と比べても広い類に入る。しかし新入生が一度は学食のメニューなどを確認しにやって来るためか、この時期の学食はかなり混雑することが多く席が空いていないことも珍しくない。
しかし達也たちの場合は、二科生ということで基本放置されていることを逆手に取り、授業の見学を早めに切り上げて食堂にやって来たため、簡単に6人掛けのテーブル席を確保することができた。現在はほぼ満席の状態であるため、正しい判断だったといえるだろう。
「工房見学、楽しかったですね」
「ああ、実に有意義だった」
「俺にあんな細かい作業ができるかな……?」
「あんたには無理よ、決まってんでしょ」
「何だと、エリカ!」
そしてそのテーブルに着いているメンバーだが、昨日知り合った達也・エリカ・美月の3人に加え、エリカと口論を繰り広げている少年が1人加わっていた。
彼の名は、西城レオンハルト。父親がハーフ、母親がクォーターということでこのような名前であり、平均的な日本人よりも顔立ちのハッキリした外見をしている。鍛え上げられた体をしていることからも分かる通り、頭を働かせるよりも体を動かす方が得意なタイプであり、将来は機動隊か山岳救助隊を希望しているとのことだ。
そんな4人が雑談をしながら昼食を食べ進め、残り半分くらいにまでなった頃、
「おぉっ、皆さんお揃いで土偶ですなぁ」
しんのすけが達也たち4人のテーブルにやって来て、ソファー席に座るエリカの隣へと流れるような動きで腰を下ろした。
「しんちゃん、土偶じゃなくて奇遇でしょ」
「おぉっ、そうとも言うー。――おっ、初めて見る顔だゾ。達也くんたちのクラスメイト?」
「あぁ、そうだぜ。西城レオンハルトっていうんだ、長いからレオで良いぜ」
「ほいほーい。オラは野原しんのすけ、よろしくレオくん」
そんな短い遣り取りを交わしたのを見届けてから、達也が問い掛ける。
「しんのすけのクラスも、授業の見学だったのか?」
「そーそー。いやぁ、さすが魔法科高校ですなぁ。男の人よりも数は少ないけど、美人な教師が何人もいて大満足だったゾ! 特に保健室の遥ちゃんなんて、オラの好みにドストライクの超美人さんだったし!」
「いやいやしんちゃん、見学するのそこじゃないでしょ。しかも後半のそれって、もはや授業の見学を抜け出してるじゃない」
「何言ってんの、エリカちゃん! オラにとっては重要なんだゾ! 優秀な魔法師は美人が多いって聞いたから、わざわざ魔法科高校に入ったんだから!」
「そんな理由でこの学校に入学したの!?」
漫才のような遣り取りを繰り広げるしんのすけとエリカに、他の3人も思わず笑みを浮かべていた。笑みといっても、どちらかといえば苦笑に近いものだったが。
と、そのとき、
「お、お兄様……! ハァ……ハァ……、こ、こちらに、いらっしゃったの、ですね……!」
随分と息を荒らげた様子で、しかし達也に対してしっかりと満面の笑みを浮かべた深雪が、駆け足気味で皆の集まるテーブルに駆け寄ってきた。ちなみに彼女の後ろから同じクラスと思われる生徒達がゾロゾロとついて来ているが、全員が汗をびっしょりと掻いて疲れ果てている。
「……大丈夫か、深雪?」
「だ、大丈夫ですわ、お兄様……。ちょっとしんちゃんの動きが素早くて、後をついていくのに精一杯だっただけですので……」
彼女の説明を聞きながら、達也は内心驚いていた。一見深窓の令嬢のような彼女であるが、達也と共に九重八雲の教えを受けているため、その華奢な体格から想像がつかないほど運動能力が高いのである。そんな彼女を振り回してここまで疲れさせ、しかし自分は疲れた様子が一切無いしんのすけに、達也は彼に対する評価を上方修正した。
とりあえず彼女を休ませよう、と達也が空いていた隣の椅子に手を掛けた、そのときだった。
「わ、悪いが君達……、こ、ここを空けてもらえるかな……? 今から、司波さんと僕達が、こ、ここの席を、使うんだ……」
深雪の取り巻き(本人非公認)の1人である少年が、呼吸が大きく乱れているために途切れ途切れになりながらもそう言った。
「確かに、すぐにでも座って休んだ方が良いな。ちょっと待っててくれ、すぐに椅子を持ってくるから――」
「だ、大丈夫だ、その必要は無い……。君達が今すぐ、ここから立ち去れば良いんだからな……」
疲れ果てた何とも情けない声ではあるが、その言葉に込められた“悪意”を敏感に感じ取ったエリカとレオの眉がピクリと動いた。
「あの、森崎さん……。私達はこれからお兄様達と一緒に――」
「司波さん、あなたは新入生総代、いわば我々一科生の見本となる存在なんですよ? 見たところ、彼らはただの“
「何だと、おい!」
どうやら徐々に体力が回復してきたらしい森崎という名の少年の言い分に、レオは思わず声を荒らげて立ち上がった。彼の主張はあまりにも身勝手で、深雪本人の想いすらも軽視したものであるため、レオがそのような反応をするのも当然だ。
「そうだ! 身の程を弁えろよ、ウィード!」
「俺達の邪魔をするな!」
しかし他の一科生はそれを窘めるどころか、むしろ彼の主張に同調するように口々にそんなことを叫んでいた。まさかの光景に、レオ・エリカ・美月の3人が目を丸くしている。
とはいえ、取り巻きの連中全員が同じ行動をしているわけではない。
「な、なんでこんなことに……?」
「一科生になったという誇りが、間違った方向に増長してる」
ほのかは周りの豹変振りにただ狼狽え、雫は普段よりも目つきを鋭くして周りを見渡していた。
その間にも、森崎の主張は続いていた。
「良いかい、君達? ウィードは所詮、僕らブルームの“スペア”でしかないんだ。授業でも食堂でも、一科生が使いたいといえば譲るのが常識だろう? 本当ならば実力で黙らせてやっても良いんだが、あいにくCADの使用が禁じられているからな。分かってくれるかい?」
「……森崎さん、あなた――」
とうとう我慢の限界に達した深雪が森崎に向き直ろうとしたそのとき、わざと大きな音をたてて達也が席から立ち上がった。その場にいる全員が、彼に注目する。
「俺はもう終わったから、そろそろ行くよ」
「あ、おい、達也!」
「ははは、良い心掛けだ。他の3人にも見習ってほしいものだな」
どうやら達也は、この場を穏便に済ませるつもりらしい。彼はまだ少し料理の残っているお盆を持ってその場を立ち去ろうと――
「あれ? みんな、もう行っちゃうの?」
そんな喧騒の中に割って入ったのは、いつの間にか自分の昼食を購入していたしんのすけだった。彼の両手はトレーで塞がっており、そこにはホカホカと湯気の立ったグリーンカレーが載っている。
「何か今“カレーフェア”なんだって。このカレーが一番辛いらしいゾ」
「おい、野原! おまえ何勝手に行動してるんだ! 今僕はコイツらに二科生として正しい行動を弁えろと――」
「んもう森脇くん、人がご飯食べようってときにうるさいゾ」
「僕の名前は森崎だ! 大体おまえはさっきの見学のときだって、深雪さんを散々走らせて困らせやがって――」
「きっとお腹が空いてるからイライラしてるんだね。オラのカレー食べる?」
「何を言ってるんだおまえは――んぐっ!」
森崎が大きく口を開けたところに、しんのすけが一口分のグリーンカレーを掬ったスプーンを突っ込んだ。突然の行動に、森崎は思わず口を閉ざしてしまう。
そして、
「――――かっら!」
昔のアニメみたいに口から炎を吐き出す勢いで、森崎は体を小刻みに震わせながら真っ赤な顔で給水器へと駆けていった。先程まで彼と一緒に叫んでいた他の一科生は、そんな彼の情けない姿に興を削がれたのか白けた表情を浮かべている。
「おぉっ、あんなに辛いのか。じゃあオラは別のにしよーっと。――深雪ちゃんも一緒に行く?」
「へっ? あっ、うん、そうね。――それではお兄様、また後で」
その隙を突いて(といっても本人にその自覚は無いが)しんのすけがちゃっかり深雪を誘い、2人はそのままカウンターへと去っていった。
そんな彼の後ろ姿を、ほのかと雫の2人が眺めていた。
「何というか……、しんちゃんって凄いね……」
「うん、そうだね……。何というか、他の一科生の人達と全然違う……」
と、そんな風にヒソヒソと話していると、しんのすけがふいにこちらへと視線を向けて大きく手を振った。
「あれっ? ほのかちゃん、雫ちゃん! 一緒にご飯食べないの?」
「光井さん、北山さん。一緒に食べましょう」
「えっ! えっと、私は……」
しんのすけと深雪に呼び掛けられ、ほのかは戸惑うように他のクラスメイトへと視線を向けた。矢面に立っていた森崎がこの場から消え、達也たちもその場を動く気配が無いということで、所在を無くしたように彼らは複雑な表情で突っ立っていた。
それを見たほのかは、今度は達也たちの方へと視線を向けた。会話どころか顔を合わせるのも初めてな間柄ではあるが、深雪としんのすけが仲の良い様子を見せているからか、全員が好意的な表情で小さく頷いてくれているのが分かった。
「……行こうか、ほのか」
「……そうだね、雫」
2人は顔を見合わせてそう呟くと、足早に深雪達の下へと向かっていった。
「んぐっ――んぐっ――んぐっ――ぷはぁっ! ちくしょう、野原の奴め……! 司波さんの前で恥を掻かせるなんて……! 憶えていろよ……!」
「あっ、森口くん。オラのグリーンカレー、全部食べて良いからね」
「誰がいるかっ! それに僕の名前は森崎だ!」