九校戦6日目。新人戦3日目。
本日行われる競技は、男女バトル・ボードの準決勝と決勝、そして男女ピラーズ・ブレイクの予選と決勝リーグ。しんのすけは昨日クラウド・ボールに出場し、明日もモノリス・コードを控えていることもあって今日は完全にオフとなっている。達也からも、体調を万全にするためにも今日は無理して応援に向かう必要は無いと言われている。
しかしもうすぐ9時を回ろうかという現在、バトル・ボードの会場に彼の姿があった。
「おっ! みんなここにいたのかぁ、探し回っちゃったゾ」
「あれっ、しんちゃん? 今日はオフだから休んでるんじゃなかったの?」
ほのかの試合を観るために観客席に座っていたエリカ・レオ・美月・幹比古の4人は、突然やって来たしんのすけに大小様々だが驚きの反応を見せていた。
「1人で部屋にいてもつまんないから来ちゃったゾ。んで、ほのかちゃんは?」
「今から第1レースが始まろうかってところ。ほのかの出番はまだ1時間以上はあるわよ」
「なーんだ。それじゃせっかくだし、ほのかちゃんの所に行ってこよーっと」
「えぇっ、本番前だし迷惑じゃねーか?」
「駄目だったらそのまま帰れば良いでしょ。良かったらみんなも一緒に来る?」
「えっ? うーん……」
しんのすけの提案に、4人は迷う素振りを見せた。スタッフでもない自分達が入っても良いか疑問だが、しんのすけの言う通り駄目ならそのまま帰れば良いので行くだけ行ってみようか、という思いが芽生えている。
そして誰からともなく、辺りを見渡して観客席の混み具合を確認した。席を外している間に空席が無くなっている可能性を考えたが、今日はまだ全体の半分ほどが空いておりまだまだ余裕があるように見える。昨日のピラーズ・ブレイクでの深雪の試合がかなり話題となったらしく、おそらくそちらに客を取られているのだろう。
「……せっかくだし、行ってみましょうか?」
そうして遠慮がちな美月の言葉がとどめとなり、4人は一斉にその場から立ち上がった。
* * *
「こちらになります」
「はい、確かに。それではチェックをしますので、今しばらくお待ちください」
ほのかの試合で実際に使用するCADを持って大会委員のテントに入ったあずさが、カウンターの前で待機している係員にそれを手渡した。係員は人当たりの良い笑顔を浮かべて検査機にそれをセットし、コンソールを操作し始める。
大会で使用するCADには、性能面において幾つかの規定が存在する。そしてそれが実際に守られているか、こうして試合直前にレギュレーションチェックをする必要がある。試合の度に行うので少々面倒臭いと思わなくもないが、何回もやってきたあずさにとってはすっかり慣れたもので、今も係員が検査機を時折操作しているのを静かに見守っていた。
と、そのとき、
「おっ、あずさちゃん。やっほー」
「あれっ、しんちゃん? それに達也くんのクラスメイトの皆さんも」
大会委員のテントに片手を挙げて堂々と入ってきたしんのすけ、そしてその後ろから遠慮気味に体を縮こまらせている幹比古と美月、さらにその後ろでテントの中を物珍しそうに見渡すレオとエリカの姿に、あずさは驚きと疑問を表情に浮かべて首を傾げた。
「どうかしたんですか? こんな所にまで来て」
「さっきほのかちゃんの所に行ってきて、あずさちゃんがCADの検査をしてるって聞いたんだゾ。んで、そういえば検査って見たこと無いなー、って思ってこっちに来たんだゾ」
「申し訳ありません、中条先輩。やっぱり、僕らみたいな部外者は立入禁止でしたかね?」
「いえいえ、部外者といっても魔法科高校の生徒ですし、見学する分には全然構いませんよ」
幹比古の質問に答えたのは実際に問い掛けられたあずさではなく、先程からコンソールを操作して検査を続けている係員の方だった。
その答えに真っ先に反応したしんのすけが「じゃあ遠慮なく」とカウンターに身を乗り出して検査の様子を覗き込んだ。他の4人も彼ほど露骨ではないものの、普段あまり見ないそれを遠巻きながら見学している。特に魔工技術に興味のある美月が、その中でも最も興味深そうな様子だった。
「ほーほー、その機械で検査するのか」
「はい。大会のレギュレーションに反してないか、ここでチェックをしています」
「達也くんもそんなこと言ってた気がするゾ。それって機械の部分だけなんだっけ?」
「ソフト部分に規定はありませんが、登録されている魔法式は種目によってチェックを入れています。“氷倒し”や“早撃ち”は大丈夫ですが、それ以外には殺傷ランクの制限がありますからね」
「サッショーランク? 何それ?」
「ええと、しんちゃん? さすがに係員の方の迷惑になるから……ね?」
質問攻めをするしんのすけの横から遠慮がちに話し掛けるあずさに、彼は「ほーい」とあっさり引き下がった。係員は特に何も言わずニコリと笑うだけだがどこかホッとした様子で、心なしか先程より若干早い手つきでコンソールの操作を続ける。
あずさもそれに合わせるように、係員の作業に再び意識を向けた。後ろの方でしんのすけが友人達と何やら話しているが、先輩が出張るよりは同級生と話していた方が良いだろうとそれに加わることは無かった。
そして、それは突然起こった。
「――――ひゃっ!」
「ど、どうしたの美月!」
いきなり悲鳴をあげて両手で口を覆うような仕草をした美月に、傍にいたエリカだけでなくテントの中にいる全員が思わず手を止めて彼女へと目を遣った。ほのかのCADを検査していた係員も、ビクッと体を跳ねさせて彼女を見遣る。
美月は両手を眼鏡に当てて、ギュッと力強く両目を瞑っていた。その手には薄手のハンカチが握られており、ハンカチで眼鏡のレンズを拭いていたときに何かが起こって咄嗟に眼鏡を掛けたのだろう、と推測することができる。
「ご、ごめんなさい。ほのかさんのCADを見てたら、急に古い電化製品が火花を散らしたみたいにバチッて弾けたからビックリしちゃって」
「火花? ずっと見てたけど、そんなの無かったわよ?」
エリカの言う通り、他の者達も美月の言う“火花”は確認できなかった。改めてCADを見ても火花が散ったような跡はどこにも無く、どこにも壊れた様子は無い。
つまり美月が嘘を吐いた、あるいは何かと見間違えた、と何の事情も知らない者ならばそういった結論に至るのが自然だ。
しかしエリカを始めとした彼女の友人らは、そう思わなかった。
「……柴田さん、それってもしかして、
「霊子?」
「柴田さんの眼は“霊子放射光過敏症”――普通の魔法師よりも霊子の光を過剰に感じ取る眼をしている。そうだとしたら、柴田さんだけが見えて僕らには見えなかった説明が付く」
「でもそれって、ホウキの検査中に霊子が弾けるようなことが起こったってことよね? ――係員さん、いったいどういうことなのかしら?」
「えっ――」
エリカの剣呑とした眼差しが係員に向けられ、彼は戸惑うような声をあげた。その表情は強張り、引き攣っている。
「えっ? えっ?」
そして本来のエンジニアであるあずさは、あまりの怒涛の展開についていけず困惑の声をあげるだけだった。
そんな彼女の代わりかどうかは知らないが、不敵な笑みを浮かべたレオがカウンターに両肘を突いて係員の顔を覗き込む、というよりも睨みつける。
「なぁ係員さんよ、今すぐそのCADを調べてくんねぇか? 何か仕込まれてるかもしれねぇぞ?」
「……な、何を言っているんだ。そこのお嬢ちゃんが変なことを言ってるだけで、そんなことあるはずが――」
「良いじゃねぇか、調べるだけなんだからよ。それとも調べられちゃ困る事情でもあんのか?」
「そ、そんなことは――」
「いったい何の騒ぎだね?」
「――――!」
けっして大声ではないがその場にいる全員にしっかりと聞こえる呼び掛けに全員が一斉にそちらを向き、そしてごく一部の人間を除き全員が一斉に驚きの反応を見せた。
なぜならそこにいるのは、この国に十師族という序列を確立し、20年ほど前までは世界最強の魔法師の1人と目され、現在も国防軍魔法顧問という役職に就くなど魔法師のコミュニティに多大な影響を与え続ける偉大な魔法師・九島烈だからだ。ちなみに彼の後ろには恰幅の良いスーツ姿の男もおり、彼に付き従って動き回っているからか額から流れる汗を拭っている。
皆が思わぬ大物の登場に反応できずにいる中で最初に声をあげたのは、彼の登場に驚かなかった“ごく一部の人間”であるしんのすけだった。
「おぉっ、九島爺ちゃん」
「九島爺ちゃん!?」
どこからか驚きの声があがったが、そう呼ばれた当の本人は気にする様子も無く、
「いったい何があったんだね、野原しんのすけくん」
「何か美月ちゃんが『ほのかちゃんのCADから火花が出た』って言ったら、レオくんとエリカちゃんが係員の人を怖い顔で見るようになって――」
「ほう、CADから火花か……」
烈はそう呟くと綺麗な姿勢のままカウンターまでつかつかと歩き、検査機にセットされていたCADを手に取った。係員が慌てて手を伸ばしかけるも、チラリと一瞥する烈の無言の圧力に屈したのかピタリと動きを止める。
そうして烈がCADをじっと見つめ、やがて口を開いた。
「成程、“
「――――!」
その一言に、係員が驚愕で目を見開いた。
「おっ? 何それ、何かの魔法?」
「私が現役の頃、東シナ海諸島部戦域で広東軍が使用していた魔法だ。プログラムそのものではなく、出力される電気信号を改竄する能力を持つ。OSの種類やアンチウイルスプログラムの有無に関わらず電子機器の動作を狂わせる、そこの吉田家のご子息が使うのと同じSB魔法だよ」
自分を話題に出された幹比古の肩が、ピクリと跳ねた。
しかし烈はそれを横目に、係員の方へと顔を向ける。彼は既に体を小刻みに震わせ、“顔面蒼白”という言葉を体現するように顔を真っ青にしている。
「これをCADに仕込んだのは、君だね」
「え、えっと――」
「女子“波乗り”本戦で七高の選手が初歩的なミスをしたように見えたのも、この魔法によってCADが改竄されていたとすれば説明がつく。しかし一高の選手がバランスを崩した水面の操作はこの魔法では不可能だ」
「…………」
「いずれにしても、君からはじっくりと
烈はそこで一旦言葉を区切り、後ろに控えていたスーツ姿の男へと向き直った。
ビクンッ! と男の肩が跳ねる。
「確か君からの報告では『スタッフの中には怪しい人物はいなかった』と聞いていたはずなんだがね、大会運営委員長?」
「そ、それは……」
「どうやら君とも、じっくり話し合う必要がありそうだな」
「は、はい……」
スーツ姿の男――大会運営委員長が、絞り出すような声で答えてガックリと項垂れた。まるで時代劇で権力者が悪代官を懲らしめているかのようなシーンに、すっかり聴衆と化した他のスタッフやエリカ達は口を挟むこともできず見守っている。
と、テントの入口から次々と黒服にサングラスを掛けた男達がテントに入ってきた。黒服の男達は“電子金蚕”を仕掛けた係員を乱暴な手つきで引っ張り、そのまま外へと連れ出していった。
先程よりも1人減ったテントの中で、烈は今度はエリカ達へと顔を向けた。警戒心を露わにする彼女達の中で彼が目をつけたのは、1人だけ眼鏡を掛けた少女・美月だった。
「君がCADの異変に気づいたのかね?」
「へっ!? え、えっと、はい、そうです……」
「君達は彼が犯人だと気づいてここへ?」
「い、いえ! えっと、その……しんちゃん、じゃなくて野原くんに連れられて偶然ここに来ただけで……」
しんのすけの名前を出すときに躊躇ったのは、おそらく選手でもスタッフでもない人間を連れて来た彼が責められるかもしれないと考えたのだろう。
しかし実際にはそんなことは無く、むしろ烈はどこか楽しそうに微笑を浮かべてしんのすけを見遣った。
「成程、さすがといったところかな……」
もっとも、その表情を向けられたしんのすけは不思議そうに首を傾げるのみだったが。
しかしそんな反応すら愉快そうに笑った烈は、脳の許容量を超えたのかすっかり黙り込んでしまっているあずさへと視線を向けた。
「君が一高のエンジニアかね? そういうわけだから、CADは予備の物を使いなさい」
「は、はい! 了解しました! ありがとうございます!」
「それでは本番、楽しみにしているよ」
烈はそう言い残し、大会運営委員長を引き連れてテントを後にした。
すっかり静まり返ったテントの中で、誰1人動き出すことができなかった。
しんのすけが「あずさちゃん、準備しなくて良いの?」と声を掛けなければずっとそうしていたのでは、と思えるほどに。
* * *
本番1時間前になって急遽別のCADを用意しなければならなくなったほのかだが、結果的にはそれによる影響も無く、見事に女子バトル・ボードを優勝で飾ることができた。
予選で見せた強烈な光による目潰しを警戒してか、準決勝の対戦相手は全員がサングラスを掛けていた。しかしそれを予想していた達也による
決勝は、水に関する魔法を得意とする古式魔法師との一騎打ちとなった。様々な手段を駆使してほのかを苦しめる対戦相手に、ほのかも自身の持てる技術の全てを使って対抗、そのレース展開はもはや新人戦の枠を超えた激戦として話題となった。
一方、深雪と雫が出場した女子ピラーズ・ブレイクも、新人戦とは思えない迫力の熱戦が繰り広げられた。
そもそも観客の大半がそちらの会場に駆けつけたのは、深雪が予選で“
そんな深雪はもちろん、同じ第一高校の雫と明智も揃って決勝リーグに進出、同一校で決勝リーグを独占するという前代未聞の快挙を成し遂げた。しかし前戦にて死力を尽くしたことで限界が来ていた明智はその場で棄権、深雪と雫による決勝戦が決定した。
その決勝戦も、非常に見応えのあるものだった。“氷炎地獄”によって攻めと守りを同時に行う深雪に対し、雫は達也から伝授されたCADの複数同時操作を駆使し、自陣を守りつつ熱線化した超音波を射撃する“フォノン・メーザー”という魔法によって、これまで無傷だった深雪の氷柱に初めて穴を空けた。しかし深雪がすかさず“ニブルヘイム”というこれまた高難度な大規模冷却魔法で対抗、液体化した窒素が雫の氷柱にびっしりと付着したタイミングで再び“氷炎地獄”を発動、窒素が急激に気化したことによる膨張で雫の氷柱を根こそぎ破壊し、一気に決着となった。
新人戦が始まって今日で3日、毎日何かしらの競技で優勝者を輩出、どころか一部の競技では表彰台をも独占する第一高校は、総合優勝に向けて独走態勢の足掛かりをほぼ完成しつつあった。当然ながら他の学校の生徒にとっては面白いはずも無く、第一高校の制服を着た生徒を恨みがましい目で睨みつける光景があちこちで見られている。
「さってと、今日の夕食は何だろな~っと」
男子クラウド・ボールの優勝者ということで人一倍そんな視線を受けるしんのすけであったが、今の彼はこれから振る舞われる夕食のことで頭がいっぱいだった。朝食のようなバイキング形式ではないものの、食べ盛りな学生を満足させるだけの量が充分に用意されているそれは、100年遅れで成長期がやって来たしんのすけにとっても毎日の楽しみにするほどの物だった。それが食べられるだけでも九校戦の代表になって良かった、と思える程度には。
夕食はホテル内にある3つの食堂で、各学校ごとに3交代制で賄われることになっている。作戦などの情報が漏洩するのを防ぐための策であり、なので意図的に会おうとしなければ他校の生徒と顔を合わせることが無いようになっている。
しかし他校の夕食の時間自体を知ることはそれほど難しいことではなく、その時間に確実にその学校の生徒がその食堂に来るとなれば、他校の生徒とコンタクトを取るには最も適した機会であるとも考えられる。
おそらくその2人も、同じことを考えたのだろう。
「少し、良いか」
廊下の端のソファーから立ち上がって呼び掛けるその声は、台詞こそ疑問形であったが断ることを許さないと言外に読み取れるだけの迫力があった。夕食で頭をいっぱいにしていたしんのすけだったが、その声にほぼ反射的に足を止めてそちらを見遣る。
彼に声を掛けた2人の少年は、紅蓮色のブレザーに黒のズボン、胸に八芒星のエンブレムが刺繍された第三高校の制服を身に纏っていた。1人は甘いマスクというよりも古風な美男子という形容が当て嵌まるような凛々しい顔つき、広い肩幅に引き締まった体を持つ、いかにも女性が好みそうな外見をした男子生徒。もう1人は彼と比べると小柄で童顔だが、鍛えているためかひ弱な印象は感じないモンゴロイドの見た目をした男子生徒。
「第三高校、一条将輝だ」
「同じく第三高校、吉祥寺真紅郎です」
背の高い少年・将輝の口調は初対面とは思えない横柄な口調だったが、リーダーとして振る舞うことが相応しいと思わせる風格を備えているからか不思議と不快感は無かった。一方の小柄な少年・真紅郎の方は口調こそ丁寧だが、しんのすけをまっすぐ見据えるその視線はむしろ将輝以上に挑発的かもしれない。
吉祥寺真紅郎。仮説上の存在だった、作用を直接定義する魔法式“
もう一方の一条将輝は、もっと有名だ。日本魔法師界の頂点である十師族の1つ“一条家”の長男で次期当主であるのと同時に、3年前の“佐渡侵攻事件”の際には父親と共に義勇兵として戦列に加わり、数多くの敵を屠った経験を持つ本物の実力者だ。その際に敵と味方の血に塗れながらも勇敢に戦い抜いたことへの敬称として“クリムゾン・プリンス”の異名が付けられている。
さて、そんな同世代の超有名人に声を掛けられたとなれば、その反応は幾つかのパターンに分けられるだろう。憧れの対象として喜びを露わにするか、あるいは同じ魔法科高校生のプライドで虚勢を張ってみせるか、少し意地の悪い者ならば敢えて知らないフリを決め込むなんてこともあるかもしれない。
そんな中、しんのすけが見せた反応は、
「えっ! もしかして、
「へっ? ま、まぁ、握手くらいなら……」
興奮した様子で両手を差し出すしんのすけに、将輝は戸惑いながらそれに応えた。ここまでポジティブな反応は想定外だったのだろう。真紅郎もそれは同じで、力強く両腕をブンブンと上下される将輝を呆然と見つめていた。
「いやぁ、まさかこんな場所で“クリムゾン・プリンス”に会えるとは思わなかったゾ!」
「クラウド・ボールを破竹の勢いで優勝した実力者と、一度話をしてみたかったからな」
「いやぁ、照れますなぁ。このホテルにいるってことは、近い内に試合があったりするの?」
「……ん? 対戦相手のことは把握していないのか? 俺達も明日のモノリス・コードに出場するんだが」
「えっ、そうなの? “クリムゾン・プリンス”が魔法も使えるなんて初耳だゾ」
「……何を言ってるんだ? 魔法を使うなんて当たり前だろう、曲がりなりにも“十師族”の一員なんだからな」
「ジュッシゾク? “クリムゾン・プリンス”が所属してるチームってそんな名前だっけ?」
「チーム? 何を言ってるんだ、十師族というのは――」
「それにしても、テレビで観るのと全然印象が違うゾ。まるで別人みたい」
「……テレビ? そんなものに出た憶えは無いが――」
「ちょっと待って! 何か話が噛み合ってなくない?」
さすがに不審に思った真紅郎が、2人の間に割って入った。
「野原くん、ひょっとして別の誰かと勘違いしてないかな?」
「おっ? いやいや、そんなことないゾ。“クリムゾン・プリンス”なんて珍しい名前が2人もいるはずないでしょ?」
「……うん、そうだよね。確かにその通りなんだけど」
「そうそう。ケチャップで味を変えて一気に食べまくる大食い選手なんて“クリムゾン・プリンス”くらいしか――」
「やっぱり違う人だよね! ってか、大食い選手!?」
真紅郎のツッコミが廊下に響き渡り、若干気になりながらもその場を通り過ぎようとしていた一高の生徒達がビクッと驚いた。
一方しんのすけは、そんな彼の反応に「えぇっ?」と別の意味で驚き、
「“クリムゾン・プリンス”を知らないの? USNAの大食いプロリーグで日本人初の年間チャンピオンになった、向こうで今一番人気の大食い選手なんだゾ! 試合中盤にケチャップで味を変えて一気に追い上げるスタイルが凄くて、女性人気も高いから向こうでは“
「ちょっと待てぇ! 誰だソイツは! 俺は大食い選手じゃない!」
「えっ、違うの? だってさっき、“一城正樹”って自己紹介してたじゃない」
「まさかの同姓同名だと!? そんな偶然あるのか!?」
「どうやら本当みたいだね。ほら」
真紅郎がそう言って差し出した携帯端末の画面には、大食い選手・一城正樹の写真が映し出されていた。将輝よりも痩せ型で甘いマスクをした青年であり、満面の笑みで何かの大会のトロフィーと、おそらく優勝賞金であろう“100,000US$”と書かれたプラカードを掲げている。
「うっわ、本当にいるじゃないか! ――とにかく! 俺はプロの大食い選手じゃなくて、第三高校1年でモノリス・コードの代表選手を務めている一条将輝という者だ!」
「同じく、吉祥寺真紅郎といいます。同じ競技に出場するライバルとして、失礼を承知で声を掛けさせていただきました」
「ご丁寧にドーモドーモ。オラ、野原しんのすけ16歳、どうぞよろしく」
気を取り直して改めて自己紹介をする将輝と真紅郎に、しんのすけも呑気な表情で頭を下げて挨拶を返す。
すると将輝が、これ見よがしに大きな溜息を吐いて、
「まったく……。司波達也のときは何も問題無く終わったのに、なんで自己紹介だけでこんなに疲れなきゃならないんだ……」
「おっ? 達也くんにも挨拶してきたの?」
「挨拶というか……、まぁ、そんなとこだ。おそらく大会始まって以来の天才エンジニアである奴の力は、間違いなく俺達にとっても脅威だからな」
「ちなみに野原くん、彼はモノリス・コードの方は担当しないんだって?」
「うん。でもオラの武器を作ってくれたのは達也くんだゾ」
「成程、君の武器には要注意だね。参考にさせてもらうよ」
真紅郎はそう言って、満足そうにニッコリと笑ってみせた。もしここに森崎辺りがいたら、易々と情報を与えてしまったしんのすけにお叱りの1つでも飛ばしていたに違いない。
「予選では一高と三高は戦わないから、俺達がぶつかるとしたら準決勝か決勝だろう。そのときが来るのを、楽しみに待っている。――もっとも、勝つのは俺達の方だがな」
「ほーほー」
「……時間を取らせたな、話は以上だ」
将輝はそう締め括り、真紅郎と共にしんのすけのすぐ脇を通り過ぎてその場を去っていった。どうやら第三高校の夕食はこの時間帯ではないらしく、2人は食堂とは反対の方向へと歩いていく。
一方しんのすけは、そんな2人には目もくれずに食堂へと歩いていった。話し掛けられる前と変わらず上機嫌で鼻歌を口ずさむ彼の姿は、もはや2人のことが頭に残っているのかどうかも定かでない。
「……何かもう、色々と疲れたな」
「大丈夫かい、将輝? 明日の競技には影響しないことを祈るよ」
そんな彼の後ろ姿をこっそりと見ていた2人が、ぽつりと吐き捨てるように呟いた。
* * *
ホテルにある高級士官用の客室にて、風間玄信少佐は1人の来客を迎えていた。
その人物とは、九島烈。まだ“十師族は表立って高位高官にならない”という原則が確立されていなかった頃、国防陸軍で少将の地位まで上り詰めた男であり、つまり風間にとっては退役後だとしても公的な秩序に則って礼儀を見せるべき人物であった。
しかし彼にとって烈という人物は、あくまでそれだけの存在だった。風間はB級ライセンスを持つ魔法師であり十師族を頂点とするコミュニティのメンバーの一員ではあるが、彼自身は九重八雲の弟子として“忍術使い”に分類される古式魔法の魔法師であり、現代魔法が象徴とする十師族に対しては冷ややかな感情を抱いている。もちろん、部下に対するものとは区別されるが。
さて、そんな人物と顔を合わせて何を話すのかというと、
「昼間に捕らえられた工作員についてですが、残念ながら詳しいことは何も分からないのが現状です。おそらく“無頭竜”の一員なのでしょうが、奴は組織の中でも下っ端であり、他の仲間については何も聞かされてないようです。おそらく個別に命令をされていたのでしょう。上層部の人間には会ったことも無いようなので、奴から組織の上層部を探ろうとするのは無理でしょう」
風間からの報告を聞きながら、それでも烈の反応はとても薄いものだった。おそらく想定の範囲内だったのだろう。
だからなのか、烈が口にしたのはそれとはまったく別のことだった。
「久し振りに顔を合わせたが、十師族嫌いは相変わらずのようだな」
「それは誤解だと申し上げたはずですが」
「隠す必要は無いと、以前にも言ったはずだが。元々“兵器”として開発された我々と違い、君達は先人の教えを受け継いだだけの“ニンゲン”だ。我々の在り方に嫌悪感を抱くのも無理はない」
「……自らを武器と成す、という考え方は現代も古式も変わりません。私が嫌悪感を抱くとするならば、“自分は人間ではない”という認識を子供や若者に強要するやり口です」
「ふむ、だから“彼”を引き取ったのかね?」
辛辣にも聞こえる風間の言葉に、烈は余裕な態度を崩すことなく切り返す。
「……彼、とは?」
「司波達也くんだよ。3年前、君が四葉から引き抜いた
「…………」
風間の沈黙は言葉に詰まったというよりも、“ムッとした”と表現する方が適切だろう。
「私が知っていても何の不思議も無かろう? 私は3年前に師族会議議長の席にあり、今なお国防軍魔法顧問の地位にあり、一時期とはいえ四葉深夜と四葉
「……ならばご存知でしょう。四葉は今も、彼の“保有権”を放棄などしていません。あいつは今も四葉の“ガーディアン”であり、ガーディアンとしての務めに支障が無い限り司波達也は軍務に服すること、ガーディアンとして以外で四葉が司波達也に対して優先権を主張しないこと、それが我々と四葉の間で交わした約定です」
淀みなく言葉を紡ぐ風間に、烈は意味ありげに身を乗り出して尋ねる。
「成程、つまり“部隊の一員としての軍務”と“四葉の人間としての務め”に因果関係は無いと」
「……利害が一致することはあるかもしれませんが、少なくとも四葉からの指示で我々が動くことは一切ありません」
「利害の一致、か。――例えば、野原しんのすけのこととかかね?」
ピクリ、と風間の目の端が痙攣するように動いた。
「君達が所属する“独立魔装大隊”は、新開発された装備のテスト運用を担う部隊だと聞いている。そのため、取り扱われる軍事機密の度合いが通常のそれより段違いに跳ね上がっている、ともね」
「……それが、何か?」
「しかし実際にはその任務に加え、その機密性の高さを活かして、野原しんのすけに対する軍事的サポートを行う際に中心的な役割を担っているそうだな」
「…………」
「そんな部隊の一員であり、なおかつガーディアンとはいえ四葉の一員でもある司波達也が、クラスメイトとして彼に接触し、親しい間柄を築いている。私の目には四葉が司波達也を送り込んで彼と強い繋がりを持とうとしており、君達もそれに一枚噛んでいるように見えてしまうのだが」
そう話す烈の表情は口元に薄い笑みを浮かべたものだが、却ってそれが彼の感情を読み取れなくしていた。それはまさに能面のようであり、彼の人間味を希薄なものにしている。
しかし風間は、その程度のことで怯むような人物ではない。
「確かに司波達也は我々の仲間ですが、野原しんのすけに関する任務に彼を就かせたことは一度も無く、我々がそのような任務を担っていることをつい最近まで彼に話したこともありません。さらに言うと、四葉からそのような任務に就かせるよう示唆されたこともありません」
まっすぐこちらを見据えてそう言い切る風間に、烈はその薄い笑みを崩すことなく迎え撃つ。
数秒の沈黙の末、先に口を開いたのは烈の方だった。
「……まぁ良い。野原しんのすけを数年ほどでも見守ってきた君達ならば、彼の“真の恐ろしさ”を充分理解しているはずだろう」
烈はそう言って、その場から立ち上がった。それが退室の合図だと即座に悟った風間は、スッと立ち上がって自ら見送るためにドアへと歩いていく。忠僕であることをアピールするためではなく、単純に部下を部屋の外へ下がらせているため他に役目を担う者がいなかったからだ。
と、ふいに烈が歩みを止め、風間へと向き直った。
「君達にわざわざ忠告するまでもないだろうが、一応言っておこう。例の犯罪シンジケートについてだが、なるべく早急に解決することを勧めるよ。――でないと、とても“ややこしいこと”になってしまうだろうからね」
「…………充分、理解しているつもりです」
「なら結構。失礼するよ」
風間が開けたドアを擦り抜けて、烈はその部屋を後にした。
* * *
こうして、大会6日目は更けていった。
明日の競技は、新人戦の中でも特に人気の高い“ミラージ・バット”、そして“モノリス・コード”である。
一城正樹(いちじょう・まさき、2074年3月15日-)は、日本出身のフードファイターである。
16歳のときに単身渡米し、その年から非公式の大食い大会に数多く参戦、大会記録を次々と塗り替えたことで大きく注目を浴びた。翌年には公式プロ大食いリーグの名門チーム“ニューヨーク・ジャッカルズ”とプロ契約を結んでプロデビュー、1年目にして当時の日本人選手最高である年間成績3位、獲得賞金70万USドル超を記録した。次の年には年間成績1位、獲得賞金120万USドル超を記録し、一躍トッププロの仲間入りを果たした。
前半はスローペースで様子を見て、後半にケチャップを掛けながら追い上げて一気に抜き去る差し馬スタイルであり、その端正な容姿と相まって地元では“クリムゾン・プリンス”(ケチャップの王子様)の愛称で人気を博している。そのためCMに起用される機会も多く、2094年8月13日にはチームの本拠地であるニューヨークのヤンキー・スタジアムで始球式も務めた。
(wiki〇ediaより抜粋)
「……これ、人によっては俺の方がパクったと思うんじゃないか?」
「世間での知名度は、あっちの方がむしろ圧倒的に上だからね。可能性は高いと思うよ」