嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第31話「大波乱のモノリス・コードだゾ」

 九校戦7日目。新人戦4日目。

 この日ほど観客がどちらの競技を観るか悩む日も無いだろう。なぜなら、男子は魔法による迫力満点の戦闘を観られることで九校戦随一の人気を誇る“モノリス・コード”の予選リーグ、そして女子は妖精を彷彿とさせる華やかな衣装で宙を舞う光景が特に男性の心を鷲掴みにする“ミラージ・バット”の予選から決勝まで行われるのだから。

 達也がミラージ・バットで担当するのは、第2試合に出場するほのかと、第3試合に出場する里見スバルという中性的な見た目と声をした女子だ。第1試合の開始時間が午前8時ということもあり、3人は朝早くからホテルを出発し、会場内の選手控え室にやって来た。ちなみに最愛の兄と常に一緒に行動しているイメージの強い深雪は、モノリス・コードのフリークである雫達と一緒にしんのすけの応援へと向かっている。

 

 控え室へと足を踏み入れた達也を出迎えたのは、既に部屋に入っていた他の学校の選手やエンジニアからの視線だった。さすがに達也が顔を向ければ気まずそうに顔を背けるが、隙あらばチラチラとこちらを盗み見ていることなんて達也には丸分かりだった。

 女子専用の競技なので当然選手は女子ばかりだし、担当エンジニアも達也以外は全員女子だ。高校生のような思春期のときは(五十里と花音のような場合は例外として)魔法師とエンジニアを同性にするのが一般的であり、達也が女子選手の担当エンジニアに決まったときもそういった観点で選手から一定の反発があったものだ。もっとも今となっては、反発どころか男子が譲ってくれてラッキーとまで思っているようだが。

 

「ふふふ、随分と注目されてるね、司波くん」

「やはり男子のエンジニアが女子を担当するのは珍しいんだろうな」

「違うと思うよ、達也さん。多分みんな、達也さんをエンジニアとして注目してるんだと思う」

「……エンジニアとして?」

 

 ほのかの言葉に首を傾げる達也の姿に、里見はクスクスと面白そうに笑みを漏らした。

 

「自分のことになると鈍いというのは、どうやら本当のようだね。――だって、当然だろう? 君が担当した2つの競技では、いずれも第一高校が上位を独占。見る人が見れば、エンジニアの技術がそれに大きく貢献したと分かるし、ちょっと調べれば誰が担当したのかすぐに知ることができる。他の高校にとって、司波くんは警戒すべき逸材なんだよ」

「うん、私もそう思うよ! 達也さんがCADを調整してくれたおかげで、私、何だか負ける気しないもん!」

 

 ほのかの言葉に、部屋にいる他の生徒の雰囲気がザワリとなった。彼女の言葉は他の選手からしたら明らかに宣戦布告と取れるものだったが、当の本人だけはそのことに気づいていないようだ。

 一方、2人の言葉を聞いた達也は、何とも複雑な表情だった。“司波達也”が表舞台で注目されるのはまだ時期尚早であり、せめて高校を卒業してからでないと準備が整わないと考えていた。

 とはいえ、今の彼には手を抜くなんてことは許されなかった。誰からも期待されていなかった幼い頃ならいざ知らず、今の彼には自分を代表選手として推薦し、迎え入れ、そして応援してくれる存在がいる。そんな彼ら彼女らのためにも、達也は負けるわけにはいかなかった。

 

「……まぁ良い。早いところ、2人の調整を済ませてしまおう」

 

 むりやり会話を打ち切るような真似をすれば、自分が照れ臭く感じているのを2人に教えるようなものだ。現に2人は意味ありげな笑みを浮かべるも、特に指摘するようなことも無く素直に自分のCADを彼へと差し出す。

 それらを受け取りながら、達也は今頃試合をしているであろうしんのすけへと思いを馳せた。

 

 

 *         *         *

 

 

 モノリス・コードには、戦いの舞台となる専用のフィールドが全部で5つある。遮蔽物の多いフィールドに高低差の大きいフィールド、そして逆に遮蔽物も高低差も一切無いフィールドなど、どれが選ばれるかで戦略にも大きく影響が出るほどに多種多様だ。

 第一高校vs第六高校の対戦で選ばれたのは、岩場のフィールド。所々に大きな岩が幾つも設置されているが高低差は少なく、どちらかというと直接ぶつかり合う試合展開になりやすい。

 

「ぐぅ……、このっ! さっきからちょこまかと動きやがって……!」

 

 自陣のモノリスを背に立つ守備(ディフェンス)担当の六高選手が、圧縮した空気を銃弾のように幾つも飛ばしながら苛立しげに声を荒らげていた。

 彼から10メートルほど離れた所にいるのは、第一高校の攻撃(オフェンス)担当であるしんのすけ。彼は六高選手と一定の距離を保ちながら六高選手の攻撃を小刻みなステップで避け続けていた。まるで踊っているかのような華麗な動きが、六高選手にとっては自分をおちょくっているように思えてますます苛立ちを募らせる。しんのすけが魔法を使わず素の運動能力で避けている、というのも彼の苛立ちに拍車を掛ける要因だろう。

 しかし彼は苛立ちこそ覚えているが、自分の役目を見失ったわけではない。モノリスを割るには専用の無系統魔法である“鍵”を撃ち込む必要があるのだが、その射程距離は10メートル。つまりそこまで相手選手を近寄らせなければ、自陣のモノリスが割られることは無い。故に先程から何回かしんのすけが前進を試みる度に、六高選手は彼の足元に空気砲を放って足止めしていた。

 

「それにしても、あの“武器”は何だ……?」

 

 六高選手がそう呟いて視線を向けるのは、しんのすけが右手に持っている物だった。

 全長70センチ、刃渡り50センチ程度のナックルガード付きの模擬刀のような形状をした、おそらく武装一体型CAD。“模擬刀のような”と形容したのは刃の部分が意図的に潰されているためで、斬るというよりも叩き潰すことを目的としていると思われる。

 だからこそ、六高選手は相手の思惑が分からなかった。この競技では相手への直接攻撃は禁じられており、それは打撃武器で相手を叩くことも含まれる。だからこそこの競技に使われるCADは、拳銃型あるいはブレスレット型が一般的だ。

 

 と、その武器に注目していたまさにそのとき、華麗なステップで空気砲を避けるしんのすけがその武器を横に構えた。そのまま横に薙ぎ払ったとしても、刃渡り50センチでは10メートル先の自分には到底届かない。

 とはいえ、魔法を使った戦闘では何が起こっても不思議ではない。六高選手はしんのすけの動きを観察すべく、ただでさえ鋭い目つきをさらに鋭くして待ち構える。

 彼の見守る中、武器を持つしんのすけの右腕が微かにぶれ、一瞬だけその輪郭を曖昧にした。

 そうして刃先が六高選手へと向いたとき、その武器の刃渡りは半分ほどに短くなっていた。

 

「――――!」

 

 いったい何が起こったのか、と六高選手が目を見開いたそのとき、

 

「ぐがっ――!」

 

 突然背中に強い衝撃が走り、短い悲鳴と共に六高選手は思いっきり地面に倒れ込んだ。肺の空気をむりやり全部吐き出させられ、瞬間的な酸欠状態に彼の視界が薄くぼやける。

 酸素を求めて大きく咳き込みながら、六高選手は何とか顔を上げた。

 しんのすけがこちらに駆け寄りながらその腕を伸ばす姿が六高選手の視界に飛び込み、彼は咄嗟にCADに手を掛けて反撃の魔法の準備を始めた。しかしその直後に彼の顔面に向かって何かが猛スピードで飛んでくるのが見え、それが何かを確認する間も無く彼は本能的に目を瞑ってしまう。

 しかし覚悟していた衝撃は来ず、代わりに頭を首ごとむりやり引っ張られる感覚に襲われた。そして何をされているのか気づいた頃には、着用を義務付けられている競技専用のヘルメットが彼の頭からすっぽ抜けていた。

 

『ヘルメットが外れたことにより、第六高校の向井選手がリタイア。チーム全員がリタイアしたため、第一高校の勝利が決定しました』

 

 そして次の瞬間ブザーが鳴り、このようなアナウンスがフィールドに響いた。それと被せるように、遠い客席から大きな歓声があがるのが聞こえてくる。

 がっくりと項垂れ大きな溜息を吐いた六高選手が、ふと思い出したようにしんのすけへと顔を向けた。

 しんのすけは先程模擬刀のような武器を振った場所から1歩も動かず、刃渡りが半分になったそれを上へと向けていた。

 その延長線上、10メートルほど離れた空中に、残りの半分がフワフワと浮いていた。

 

「……成程、そういうことか」

 

 どこか気の抜けた声と表情で、六高選手が呟いた。

 

 

 

 

 達也が開発したしんのすけの武器“小通連”のお披露目でもある先程の試合は、彼の剣技も相まって観客に大きな衝撃を与えていた。

 先程しんのすけは、小通連を振るのに合わせて刃先を分離させて六高選手の背後にまで飛ばし、柄を六高選手に向けたまま相対距離を縮めることで後ろから彼の背中に刃先をぶつけた。そうして倒れた彼に駆け寄りながら、今度は再び相対距離を伸ばす要領で刃先を発射して目眩ましを行い、相手が怯んでいる隙に彼のヘルメットを奪い取って失格に追い込んだのである。

 しかしこれを相手の真正面にいながら成功させたのは、“小通連”の性能が知られていなかったというのもあるが、ひとえにしんのすけの卓越した剣技によるものだ。もし剣を振るスピード、刃先を飛ばすスピードが少しでも遅ければ、刃先が背後へと回り込んでいることに気づかれてしまっていただろう。

 そんなことをおくびにも出さず、というより自分でも気づいていないしんのすけは、飄々とした表情でフィールドを後にした。大勢の観客の歓声と拍手を背に控え室へと戻ると、同じチームメイトである森崎ともう1人の代表選手、そして3人の担当エンジニアである五十里が彼を迎えた。

 勝利を決めたしんのすけに対して森崎は――怒っていた。

 

「おい、野原! 何を勝手に先走ってるんだ! おまえが前を突っ走ってた隙に、向こうの選手が1人こっちに来てたんだぞ!」

「おぉっ、ごめんごめん。でも結果的には勝てたんだから良いじゃない」

「良くない! あれはおまえの武器の性能を相手が知らなかったから、たまたま上手くいっただけのことだ! 次からは対策を立てられるぞ!」

「おぉっ、そっかぁ。んじゃあ森崎くん、対策考えといて」

「なっ――おまえなぁ!」

「まぁまぁ森崎、野原が2人倒してくれて助かったのは事実だろ」

「でも野原くん、森崎くんの言ってることも正しいよ。けっして前に出るばかりじゃなくて、常に全体を視野に入れて動かなきゃ」

「分かったゾ、五十里くん」

「……ったく、次からは気をつけろよ」

 

 何かと騒がしい第一高校控え室に、次の対戦に関する知らせが届いた。

 次の第四高校との対戦フィールドが、“市街地ステージ”に決定したとのことだった。

 

 

 *         *         *

 

 

「やっぱり女子トイレは混むなぁ、すっかり遅くなっちゃったわ」

 

 もうすぐしんのすけの第2試合が始まろうかという頃、万全の体調で試合を観戦するためにトイレへと向かっていたエリカが、そんな独り言を呟きながら観客席へと続く通路を早足で歩いていた。本当は全速力で向かいたかったが、それなりに人通りが多いため致し方ない。

 と、そんな人混みの中でエリカは見知った顔を見掛け、元々パッチリと大きな目をさらに大きくした。

 

次兄上(つぐあにうえ)! なぜここに!」

「――エリカ、偶然……でもないか」

 

 エリカの声に反応したのは、“美男子”という形容が似合う細身の男性・千葉修次(なおつぐ)。防衛大特殊戦技研究科所属の大学生でありながら、千刃(ちば)流剣術免許皆伝の剣士で“千葉の麒麟児”の異名で知られた有名人であり、3メートル以内の間合いなら世界で十指に入る達人とも言われている。

 

「次兄上はタイへ剣術指南のために出張中のはず……。まさか、大切な任務を抜け出して帰国したというのですか!」

「大切な任務って……、あれは大学のサークル交流みたいなものだし、それにちゃんと許可は取ったよ」

「許可を取れば良いと言う問題ではありません! 次兄上がタイ王国から正式に拝命した任務を投げ出したのは事実じゃないですか!」

「はい、仰る通りです!」

 

 エリカの剣幕に、修次は思わず背筋を伸ばして敬語になっていた。その姿に“千葉家の麒麟児”の面影は微塵も無い。

 

「でも帰国したのは、仕方ない事情があったんだ」

「仕方ない事情って……まさかとは思いますが、()()()のために帰国したなんて――」

「“親父”から頼まれてね」

「――――!」

 

 修次の口から飛び出した“親父”という単語に、エリカが息を呑んだ。

 先程までの剣幕は鳴りを潜めたが、その代わり困惑と警戒が混じり合った表情へと変化する。

 

「エリカと同じ学校に通う、野原しんのすけくんは知ってるかな?」

「……えぇ。それが何か?」

 

 エリカの感情が、警戒に大きく傾いていく。

 

「クラウド・ボールに出場した彼を観た親父が甚く興味を持ったみたいでね、彼の戦い振りを直接見ておけって言われたよ」

「…………はぁ?」

 

 修次の前では普段と違って敬語を貫いていたエリカだが、怒気を孕んだその反応は完全に素に戻っていた。しかし妹のその姿に修次がクスリと笑みを漏らすと、それに気づいたエリカは羞恥で頬を紅く染めた。

 

「エリカは彼の試合を観たか?」

「そのときは別の競技を観戦していたので、夜に動画で観させてもらいました」

「そうか。なら分かると思うが、彼の動きは僕らの目から見ても“異常”の一言に尽きる。千葉家の門下生でも、あれほどの動きができる者はまずいないだろう。さらにはそれだけの動きをしながら最後までスタミナ切れを起こさなかった脅威の持久力、そして剣道の中学チャンピオンとくれば、親父が彼に興味を持ってもそうおかしくはない」

 

 ここでいう“千葉家の門下生”というのは、ただ単に道場で剣術を学んでいる者だけを指す言葉ではない。警察及び陸軍の歩兵部隊に所属する魔法師の大半を教えている千葉家にとっての“門下生”とは、現役バリバリで活躍する彼らも含まれている。そんな彼らと比べたうえで、修次はしんのすけの動きを“異常”と表現したのである。

 だからこそエリカの父親――つまり千葉家現当主は、そんなしんのすけに興味を持った。そこまでならば、確かにエリカにも納得できることだ。だが、海外で任務中だった修次をわざわざ呼び戻してまでしんのすけの下に向かわせたその意図が、エリカには見当が付かなかった。

 もしこれが()()()()()()()剣道や剣術を指南している道場ならば彼をスカウトしようとしているのだと説明できるが、千葉家の道場はそれとは毛色が異なり、故に今までスカウトというものをやってこなかった過去を考えると、理由としては些か疑問が残る。

 あるいは、しんのすけの技量は千葉家が重い腰を上げざるを得ないほどのものだった、ということだろうか。しかしそれでも、エリカの胸に何か引っ掛かる心地は晴れない。

 

『まもなく、試合を開始します』

「時間か。せっかくだし、彼の試合を観戦しようかな。エリカも一緒にどうだい?」

「……私は、友人達と一緒に来ておりますので」

「そうなのか。せっかくだから、エリカの友達にも挨拶したいな。案内してくれるかい?」

「……はい、分かりました」

 

 エリカが答えに少しだけ逡巡したのは、しんのすけに近づこうとする修次を警戒しているから、というのではなく、単純に学校の友人に身内を紹介する特有の気恥ずかしさによるものだ。普段の学校でのキャラと修次の前にいるときの態度が大きく違うことも要因だろう。

 通路を歩いている間も天井付近のスピーカーから試合開始のカウントダウンが聞こえてくるが、2人は特に急ぐ様子も無く歩いている。今回のフィールドである市街地ステージは、試合開始から数分はスタート地点のビルから出て相手陣地である建物を捜索するのが主であり、直接的な戦闘はまず行われないからだ。

 そのはず、だった。

 

「キャアッ――――!」

「――――!」

「――――!」

 

 甲高い女性の悲鳴を筆頭に、観客席から次々と声があがった。それは試合に興奮した歓声などではなく、困惑や恐怖、そしてよく耳を澄ませてみると怒号も聞こえてくる。エリカと修次は顔を見合わせることもなく同時に走り出し、通路から観客席へと飛び出した。

 市街地ステージはその名前の通り、まるで本物の街のような構造をしているステージである。もちろん本物ほど広いわけでもなく“箱庭”と表現できるほどのものだが、大小様々なバラエティに富んだ建物(普通のビルから公共施設、果ては学校まで備えている)に、電気や水道などのインフラまで備えている徹底ぶりだ。そのような入り組んだフィールドであるため、観客はフィールドのあちこちに設置されたカメラの映像をモニターで観ながら応援することになる。

 そんな観客席のモニターには、崩れ落ちていく1棟のビルが映し出されていた。

 

「何だ、これは――」

「みんな! 何があったの!」

 

 モニターに釘付けになる修次に対し、エリカは声をあげながら観客席の通路を走り出した。即座にその後を追い掛けた彼の目に映るのは、おそらく彼女の友人であろう第一高校の制服を着た少女2人と同世代で私服姿の少年少女達、そしてその傍に座る夫婦らしき男女とその子供らしき幼い少女だった。

 エリカの声に反応した彼らがそちらに目を向け、その後ろから追い掛けてくる修次の姿に気づいたとき、その反応は真っ二つだった。魔法科高校に通う者は突然現れた有名人に驚き、そうでない者はエリカの知人らしき見知らぬ青年に困惑していた。

 しかしそれも一瞬のこと。真っ先に彼女の質問に答えたのは、普段からは想像もつかないほど怒りの感情を表す雫だった。

 

「四高が、故意にルール違反を犯した」

「雫、確証が無い内に断言するのはよくないわ」

「でも、そうとしか考えられない! 試合が始まる前に、一高のスタート地点だったビルが崩壊を始めたんだよ! 一高がいることが分かってて攻撃を仕掛けたんだから、故意にフライングをしたってことでしょ!」

「――使用された魔法は何か分かるか?」

 

 激昂する雫を意図的に無視して、修次が魔法科高校の面々に尋ねた。なぜここにいるのかも知らない状況で突然尋ねられた彼らは一様に驚くが、すぐに回復した幹比古がそれに答える。

 

「断言はできませんが、天井が突然ヒビ割れて崩壊が始まったところを見るに、おそらく“破城槌”ではないかと……」

「……屋内に人がいる状況で使う“破城槌”は、殺傷ランクAに格上げされる。もしそれが事実ならば、確かに過剰攻撃(オーバーアタック)と言わざるを得ないな」

 

 単に建物を破壊するだけなら、移動系魔法でハンマーでも飛ばした方が簡単に済む。建物の壁一面、あるいは天井一面に干渉するだけの強い魔法力が必要となる“破城槌”は、それに特化した魔法師でもない限り間違いで発動できるような代物ではない。雫が『四高の明確なルール違反』と断言するのも無理はない。

 と、そのとき、

 

「おい! ビルから何か飛び出したぞ!」

 

 モニターにずっと注目していたひろしの一言に、その場にいる全員が会話を中断して即座にそちらへと顔を向けた。その言葉に答えるかのようにモニターの映像はその“飛び出してきた何か”をクローズアップしていき、その詳細が明らかになっていく。

 その“何か”とは、軍用の防護服(プロテクション・スーツ)に身を纏うしんのすけだった。

 

「しんちゃんっ!」

 

 誰が叫んだのか分からないくらいに、皆がその映像に釘付けとなった。

 ビルの窓部分からほぼ水平に飛び出したしんのすけの体は、地面に背を向けた仰向けの状態でその高度を落としていた。自分の意思で窓から逃げたのならば俯せの姿勢になるはずなので、彼はビルの中から何かに吹っ飛ばされて外に飛び出したことを意味する。

 

「ちょっと! このままじゃしんのすけが地面に――!」

 

 悲痛な叫び声をあげるみさえに応えるようなタイミングで、しんのすけが空中で体を捻って反転し、そしてその勢いでこの状況でも離さずに持っていた小通連を横に薙いだ。その瞬間、小通連の刃が2つに割れて先端が発射され、ミサイルのような勢いで背の低い建物の屋上にヒビを刻んで突き刺さった。

 そしてしんのすけは、両手で柄を握り締めてサイオンを思いっきり注入した。普通の人間には彼が地面の衝突に怯えているように見えるかもしれないが、魔法師の目には彼のサイオンが活性化し体が青白く光っているように見えている。

 

「どうしよう! このままじゃしんちゃんが――」

「大丈夫、しんちゃんは助かる」

「えっ! どういう意味よ、ボーちゃん!」

 

 最悪の事態を想像して顔を真っ青にするマサオとは対照的に、しんのすけの姿をジッと見つめていたボーちゃんが普段通りのゆっくりと落ち着いた口調でそう言い切った。なぜそう言えるのか当然気になるネネを筆頭に、他の多くの面々も困惑の表情でボーちゃんを見遣っている。

 そんな中、何かに気づいた修次がエリカに問い掛ける。

 

「エリカ。彼が持っている武器について、何か聞いてるか?」

「えっと……、剣の先端が分離して硬化魔法で相対位置を固定することで、擬似的に刃渡りを伸ばすことができるって――」

「成程。つまり彼は、剣の刃が相対位置を固定しようとする力を利用して落下速度を殺してるってことか」

「えぇっ! でもそれで無事に着地できるんですか!?」

「別に完全に速度を殺す必要は無い。ああやって少しでも時間を稼ぐことができれば――」

 

 修次が説明をしているまさにそのとき、しんのすけの体が何かに引っ張られるように大きくふらつき、そして急激にその落下速度を落としていった。やがてフワフワと漂うまでに減速し、しんのすけは危なげなくその屋上へと両足を付けて着地した。

 全ての競技には万一に備えて魔法師のスタッフが会場に控えているが、モノリス・コードの場合は魔法戦闘を前提とした競技の性質上、他の競技よりもより多くのスタッフを揃えている。今は崩壊していくビルや中にいる選手への対処に集中していたためしんのすけへの対応が遅れてしまったが、どうやら無事間に合ったようだ。

 

「ふぅ! ヒヤヒヤさせやがって、しんのすけの奴!」

「でも、まだ他の子達が中にいるわ! 早く助けてあげないと――!」

 

 額に滲む汗を袖で拭うひろしに、祈るように両手を握り締めてモニターを見つめるみさえ。特に彼女は自分の息子と同学年のチームメイトが危険な目に遭っている状況に我慢ならない様子だ。

 深雪ら他の面々も無事を確認したしんのすけから目を離し、最初の頃よりも崩壊の速度が目に見えて遅くなっているビルに注目していた。

 そんな中、修次だけはしんのすけの姿を映し続けるモニターを見つめていた。

 大会スタッフらしき大人に促されながらもその場に留まりビルを見つめているしんのすけの表情は、ちょうどカメラの死角になっていたために見えなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 いくら軍用の防護服が高性能とはいえ、コンクリートの瓦礫に下敷きにされたのでは気休めにしかならない。しかし大会スタッフが咄嗟に加重軽減魔法を発動したおかげで最悪の事態は回避され、しんのすけ以外の一高選手は救出されて基地内の病院に搬送された。しかし2人共が魔法治療でも全治2週間、3日間はベッドの上で絶対安静という診断が下され、これ以上の試合続行は絶望的となった。

 他の競技が1つの高校につき2人~3人出場できるのに対し、モノリス・コードは3人編成の1チームのみ。故に他の競技よりも得点が多く、たとえ半分しか反映されない新人戦だったとしてもその結果が総合成績に与える影響は大きい。

 だからこそ、モノリス・コードで現在総合成績1位の第一高校が棄権になるかもしれないという知らせは、彼らが1位になることを良しとしない連中にとっては吉報となる。しかも原因が原因なので、その後に試合を控える他の一高選手も『次は自分が同じ目に遭うのでは――』という不安から調子を崩すことも有り得る。そうなると現在総合成績2位の第三高校の追い上げ次第では、第一高校の牙城が崩される可能性も出てくる。

 

 だからこそ、横浜中華街にある某ホテルの最上階に存在する、赤と金を基調とした派手な部屋で円卓を取り囲む男達の表情は晴れやかなものに――なっていなかった。

 

「どういうことだ! これは誰が指示したことなんだ! それとも現場の人間が独断でやったことなのか!」

 

 それどころか、男達の表情は不安と恐怖に彩られ、今にもパニックになりそうなほどに体を震わせていた。

 

「モノリス・コードは確かに重要な競技だ! 総合成績にも大きく影響するだろう! しかし野原しんのすけの出場が決まった時点で妨害の対象から外すことは決定していたはずだぞ!」

「そんなことは分かっている! 何のために第一高校のバスを交通事故に見せかけて襲撃し、回りくどい真似をして他の一高選手の妨害をしたと思っている! 我々が野原しんのすけに危害を加えようとしてたことがバレれば、我々だって無傷ではいられないんだぞ!」

「そもそも“電子金蚕”を使った九校戦への妨害工作は、肝心の術者が捕まってしまった時点で破綻している! 今更モノリス・コードに介入することすらできない状態だったはずだ! ――なのになぜ、第四高校のCADに細工がされているんだ!」

「そんなの決まっているだろう。――我々以外に、第一高校の優勝を望まない奴がいるということだ。それも、野原しんのすけのことを知らない奴がな」

 

 1人の男の言葉に、部屋中が重苦しい沈黙の空気に包まれた。派手な内装に似合わない沈痛な面持ちの男達を、首から先の無い金色の竜の掛け軸が見下ろしている。

 と、男の1人が呻くようにこう言った。

 

「……とはいえ、現状が我々にとって好都合なのは事実。このまま第一高校が棄権してくれれば、総合優勝の行方にも大きく影響するだろう」

「問題があるとすれば、(くだん)の野原しんのすけが無事であることだが……」

 

 単なる気休めのつもりで口にしたその言葉は、別の男が付け加えた言葉のせいで気休めにもならなかった。


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