嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第32話「それぞれの覚悟と意気込みだゾ」

 現代魔法の1つに“治癒魔法”というのがある。

 まさに読んで字の如しな効果を持つ魔法なのだが、ファンタジーであるような『杖を振って体全体に掛ければ自動的に怪我が治る』といったシンプルなものではない。当然ながら漠然と魔法を掛けるよりも怪我の箇所を的確に把握して掛ける方がより効果的で効率的なので、魔法を用いた治療風景というのは外科的手術のそれとさほど変わらない。

 しかも治癒魔法は一度掛ければそれで良い、というわけではない。この魔法はいわば『怪我が既に完治している』という偽の情報を植えつけるものであり、時間が経つと情報の修正力が働いて怪我が元の状態に戻ってしまう。よって魔法を定期的に掛け続け、『怪我が既に完治している』状態が本物であるとされる状態にまで持って行く必要がある。森崎達に下された“全治2週間、3日間は絶対安静”という診断は、それに達するまでにそれだけ日数が必要ということだ。

 

「…………」

 

 基地内にある病院の一室にて、術式を終えた森崎ともう1人の代表選手が並んで眠っている。頭部や腕や脚など目に見える部分に幾重にも包帯を巻かれている姿はとても痛々しいものだが、これでもビルから救出された直後と比べればまだマシな方で、駆けつけた真由美がそれを見たときは思わず目を背けてしまうほどだった。

 しかしそんな中でしんのすけは、2人が救出された直後も、こうして眠っている今も、2人から一切目を背けずジッと見つめ続けていた。2人が目を覚ますまでそうするつもりなのでは、とさえ思える彼の気迫は、病室を訪れた真由美にはむしろ2人以上に痛々しいものに見えた。

 

「こんなときにこんな話をするのも何だけど……、新人戦の“モノリス・コード”の予選は一高(ウチ)と四高を除く形で続行されることになったわ。最悪の場合、一高は四高と揃って競技を棄権することになるでしょうね」

「…………」

「今、十文字くんが大会本部に掛け合っているところよ。場合によっては、代役を立てる形で残りの予選に挑んでもらうことになると思う。仮にそうなれば、大きな怪我も無いしんちゃんにも競技を続行してもらうことになるんだけど……、引き受けてもらえるかしら?」

「……ねぇ真由美ちゃん、ビルが崩れそうになったあのとき、真由美ちゃん達からは中の様子って見えてた?」

 

 自分の質問とは関係の無い話と切り捨てること無く、真由美は首を横に振って答える。

 

「いいえ、ビルの中のカメラは崩壊の衝撃で早々に壊れてしまったから、モニターからはビルが崩壊する様子を外から見ることしかできなかったわ」

「そっか……。――オラね、2人を助けようとしたんだゾ」

 

 しんのすけの言葉に、真由美は何も言わなかった。

 それでも、しんのすけの独白は続く。

 

「だから2人の所に天井が落ちそうになって、オラ急いで走っていこうとしたの。でも森崎くんがオラにCADを向けてきて、気がついたらオラはビルの外にいて、2人は天井の下敷きになっちゃって……」

「そう……。きっと森崎くんは、しんちゃんのことを助けようとしたのね」

 

 そう言いながら真由美の脳裏を過ぎったのは、入学早々に校門前で森崎が起こした例の喧嘩騒ぎだった。あのときも森崎がしんのすけにCADを向ける形となったが、前回と今回とではその経緯も結果もまるで正反対だ。

 

「森崎くん、“モノリス”に凄い一生懸命だったんだゾ。“早撃ち”では準優勝だったから、こっちでは優勝したいって言ってたゾ。それなのに怪我をして試合に出られなくなっちゃって、だからって代わりの人を用意して、それで優勝できたとしても2人は喜んでくれるかな?」

「それ、は……」

 

 それ以上言葉が続かず苦しげに表情を歪ませる真由美だったが、軽く目を瞑って数回深呼吸をしてから再び目を開いたときには、その目つきはまっすぐしんのすけへと向けられていた。

 

「たとえ2人の意思がどうであろうと、代役を立てての出場が認められたとなれば、しんちゃんにはモノリス・コードに出場してもらうことになるわ。それが第一高校1年生200人の代表に選ばれたしんちゃんの“責務”だから」

 

 それを聞いたしんのすけが、真由美がこの部屋に入ってから初めて彼女へと顔を向けた。大きな黒い瞳がまっすぐ彼女を見据え、まるで何もかも見透かそうとするかのようなそれに彼女は思わず息を呑むも、けっして目を背けることなくジッと彼を見つめ返す。

 そうすること数秒、しんのすけの口元がニタリと弧を描いた。

 

「んもう、真由美ちゃんったら。そんなに泣きそうな顔しなくても良いでしょ」

「な、泣きそうだなんて……! 私はそんなこと――」

 

 真由美がカッと顔を真っ赤に染めて反論しようとした、そのとき、

 

「ぐっ――」

「――――!」

 

 ベッドから微かに聞こえた呻き声に、しんのすけも真由美も即座にそちらへと顔を向けた。

 崩落するビルから救出されて今までずっと意識不明だった森崎が、ほんの僅かだが目を開いていた。最初彼は天井をジッと見つめ、そして横へと視線を向けて2人の存在に気づくと若干その目を大きくした。

 

「おぉっ! 目を覚ましたんだね、良かったゾ森吉くん!」

「……僕の名前は森崎だ」

 

 普段より勢いの無いものだったが、すっかりお馴染みとなった遣り取りにしんのすけはすっかり笑顔となった。そしてそれは、彼の後ろからその遣り取りを眺めていた真由美も同じだった。

 と、森崎が彼女へと視線を向けて申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「申し訳ありません、七草会長。こんな姿勢のままで」

「そんなの気にすることないですよ、森崎くん。あなたの怪我からしたら、こんなに早く意識を取り戻したこと自体凄いことなんですから」

「……モノリス・コードは、どうなりましたか?」

 

 真由美の賞賛も意に介さず尋ねる森崎に、彼女は若干目を伏せて口を開いた。

 

「今、十文字会頭が大会本部に掛け合っているところです。それで……我々としては、怪我で出場できない森崎くん達の代役を立てての出場を目指しています」

「……そう、ですか」

「森崎くん達の頑張りのおかげで、現時点で第一高校の新人戦準優勝以上は確定しています。現在行われているミラージ・バットの結果にも依りますが、たとえ第一高校がモノリス・コードを棄権したとしても、第三高校がモノリス・コードで優勝しない限り、第一高校の新人戦優勝は揺るがないでしょう。しかし――」

「分かっています、会長。ここまで来たら確実に優勝を狙うのは当然ですし、クリムゾン・プリンスを擁する第三高校が優勝を取り零すとは思えません。……それに自分自身も、優勝するつもりで臨んでましたから」

 

 森崎の言葉に、真由美はその表情を崩しかけ、しかし何とか堪えた。ここで自分が動揺すれば、彼の“努力”が水の泡となる。それはチームを率いるリーダーとして、そして何より年長者として許せないことだった。

 

「野原」

 

 短く呼び掛ける森崎に、しんのすけは即座に「ほい」と返事をした。

 

「第1試合のときみたいに、何も考えず先走るような真似はするな。常に相手が何を狙っているかを考えて、そのうえで相手の裏を掻くよう心掛けろ。チャンスだと思っても安易に突っ込むことはせず、相手の罠である可能性を視野に入れて行動しろ」

「ほい、分かったゾ」

「……本当に分かっているのか不安なんだよ。――やるからには1位を目指せよ、野原」

 

 一切体を動かせない状態である森崎だが、しんのすけへと向けるその目は力強いものだった。

 そんな彼の視線を真正面から受け、しんのすけが口を開く。

 

「分かったゾ、森沢くん」

「……おまえ、ここは正しい名前で呼ぶ場面だろ」

 

 森崎のツッコミに、張り詰めていた部屋の空気が弛緩したような気がした。しんのすけの後ろで、人知れず真由美がホッと胸を撫で下ろす。

 と、ふいに思い出したように「そうだ、野原」と森崎が呼び掛ける。

 

「僕らの代わりに出場する代役のことだが――」

 

 

 *         *         *

 

 

 森崎達が怪我をしたという情報は、ミラージ・バットの会場にいた達也やほのか達の耳にも入った。それによる精神的影響も懸念されたが、普段通りに冷静な所作でCADの調整を進める達也の姿を見てか落ち着きを取り戻したようだった。

 そして結果としては、ほのかが1位、里美が2位というこれ以上無い素晴らしい成績を修めることができた。最後は気力勝負なんて根性論ではなく冷静なペース配分を心掛け、幻影魔法でダミーを作るなんて小細工もさせなかったことが大きい。これで達也は自身が担当した選手が事実上無敗という前人未踏の記録を打ち立て、第一高校総合優勝3連覇に大きく貢献したことになる。

 しかしそんな喜びに浸る暇も無く、達也は第一高校のミーティングルームとして宛がわれた会議室に呼び出された。もっとも、呼び出されなかったとしても達也が喜びに浸ることは無かっただろうが。

 

 部屋の中で達也を出迎えたのは、真由美・摩利・克人・鈴音といった3年生幹部だけでなく、あずさ・服部・桐原・五十里といった2年生の主要選手、そして1年生の中では唯一であるしんのすけの姿もあった。他の生徒はそれぞれ席に着いているが、しんのすけと真由美は部屋の中央に立ち、達也を待ち構えている。

 しんのすけは相変わらず飄々とした顔だが、他の上級生は重傷者が出て大っぴらには喜べないことを差し引いても表情が固すぎるように思える。

 

「今日はご苦労様、期待以上の成果を上げてくれて感謝しています」

 

 そんな上級生を代表して、真由美が口火を切った。それは格式張ったというよりも、形式張ったものだった。

 

「……選手が頑張ってくれた、それだけのことです」

「だとしても、この功績に達也くんの力が大きく関わっていることは揺るぎない事実よ。担当した競技で事実上の無敗、現段階で新人戦トップのポイントを獲得できたのは、間違いなく達也くんの力によるものよ」

「……ありがとうございます」

 

 このような言葉は、わざわざミーティングルームに呼び出さなくても言えることだ。ここまでの会話が単なる“前振り”であるのは、勘の良い達也でなくとも分かることである。

 

「達也くんの活躍もあって、我が校はこのままでも充分なほどにポイントを獲得できました。新人戦における現在2位の第三高校との点差は80ポイント、仮に我が校が棄権をしても、第三高校がモノリス・コードを優勝しない限りは第一高校の新人戦優勝が決定します」

 

 それについては、達也も充分理解している。理解していることを改めて言われてること、しかもそれが単なる前振りであることに達也もいい加減焦れったくなってきた。

 それを感じ取ったのか、真由美は若干早口で話を続ける。

 

「当初は新人戦で第三高校にポイントを引き離されないことを目標としていました。しかしここまで来た以上、新人戦でも優勝を目指すことにしました」

「ということは、モノリス・コードに出場するということですか? 怪我をした選手が出られない以上、それは代役を立てるということになりますが」

「ええ。本来は怪我をしても選手交代は認められないのだけど、特別な事情ということで認めてもらえました。幸いにも怪我をせずに済んだ野原くんにも、引き続き試合に出場してもらうことになりました」

 

 それを聞いた達也は、ちらりと克人の方へ視線を向けた。克人は達也の視線に気づきながら、それに反応する様子を見せない。

 なので達也は仕方なく、自分の方から話を振ることにした。

 

「自分がこうして呼ばれたということは、つまり……」

「ええ。――野原くんは、あなたを第2のメンバーとして指名しました」

 

 そこで自分の役割は終わったとばかりに、真由美はスッと1歩後ろに退いた。

 なので達也は彼女ではなく、その隣に立つしんのすけへと尋ねることにした。

 

「しんのすけ、どうして俺を選んだ? 代役を立てるなら、1つの競技しか出場していない選手に頼むのが普通だが」

「予選と決勝の試合、明日にやるでしょ? 今からだと、初めてチームを組むよりも普段風紀委員で一緒に活動してる達也くんの方が良いんだって」

「しかし俺は選手ではなく“技術スタッフ”だ。新人戦には“新入生の育成”という側面もある、仮に今年は良くても来年以降に精神的なしこりを残すことになると思うが」

「そこは大丈夫でしょ。スタッフだって選手だって、一高の代表なのは同じなんだから。それにみんなに相談したら、達也くんが代表で構わないってみんな賛成してくれたよ。そうだよね?」

 

 事の成り行きを見守っている上級生達をグルリと見渡しながら、しんのすけは呼び掛けた。桐原のように不敵な笑みと共に即座に頷く者、服部のように迷いを見せながら小さく頷く者と違いはあるものの、反対の意思を表明する者は1人もいなかった。

 しかしそれでも、達也の表情から躊躇いは消えなかった。エンジニアとしての技術力だけでなく戦闘力においても注目されることになれば、ますます彼にとって色々と都合が悪くなる。

 やはり断ろう、と達也が口を開き――

 

「それに森崎くんも、達也くんが良いって言ってたし」

「――――何?」

 

 しんのすけの言葉に、達也は口にしようとしていた言葉も忘れて戸惑いの声をあげた。

 ここがチャンスだ、とばかりに真由美が横から口を挟む。

 

「達也くんを代役に立てることを最初に提案したのは、森崎くんなのよ。さっきしんちゃんとお見舞いに行ったときに目を覚まして、自分から達也くんを代役にするべきだって提案してきたの。理由はさっき、しんちゃんが言った通りね」

「……森崎が、ですか?」

「そう。提案してる途中で照れ臭くなったのかしら、森崎くんったら『アイツなら“一定の働き”はできるだろう』ってぶっきらぼうに言ってたわ」

「……そう、ですか」

 

 それは達也にとって、かなりの意外性を持つ言葉だった。森崎が自分に対して過剰とも呼べるほどの敵愾心を抱いていたという意味でもそうだし、彼がこの大会に並々ならぬ想いで挑んでいたという意味でもそうだ。

 おそらく森崎も、心の中では多くの葛藤があったことだろう。しかしチームのため何を選択するのが最善かを考えた結果、自分の想いを押し殺してでも達也を代役に立てるべきだという結論に至ったのだろう。

 達也は改めて、しんのすけへと視線を向けた。

 部屋に入ったときは普段と変わらぬ飄々とした佇まいだと思っていたが、こうしてちゃんと観察してみると、その裏でほんの少しの緊張と共にこちらの様子を窺っていることが、先程から目を逸らさずジッと見つめてくる彼の目から感じ取れた。

 

 森崎はこの大会を通して、精神的に一皮剥けた。

 ここまでされてしまえば、もはや達也に断る(すべ)などありはしない。

 

「――分かりました、勤めを果たします」

 

 背筋を伸ばして両手を後ろに組んでそう答える達也の姿は、高校生にしては堂に入ったものだった。軍隊の新兵と比べても、なかなか様になっているのではないだろうか。

 一方その言葉を聞いた克人は僅かばかり口角を上げ、真由美はホッと胸を撫で下ろし、しんのすけは「おぉっ!」と嬉しそうに声をあげた。

 

「ところで、3人目のメンバーは決まっているんですか?」

「それについては、こちらで指名するよりもしんちゃんが決めた方がやりやすいだろうってことで任せてるけど。しんちゃん、誰か思いついた?」

「いやぁ、それが全然思いつかないんだよねぇ。達也くん、良い人いない?」

 

 メンバーの人事権を達也に即丸投げしたしんのすけに、達也は呆れるように溜息を吐いた。

 とはいえ彼の優秀な頭脳は、既に候補者をピックアップしていた。

 

「一応候補はいるが、相手が了承するかどうか――」

「説得するのなら、我々もそれに立ち会おう」

 

 克人の言葉に、真由美と摩利も同時に頷いて答えた。三巨頭が揃って出てくるということは、拒否はさせないということだ。女子2人はともかく、克人もなかなか強引な性格をしていることを達也は初めて知った。

 

「ちなみに、誰でも良いんでしょうか? 代表以外から選んでも?」

「えっ! それはちょっと――」

「構わん。非常事態だという名目で、ある程度の無茶は利く」

 

 堂々とした克人の回答に言い出した達也本人が「おいおい」と思ったが、優秀な生徒なら最初から代表選手になっているはずだ、と大会運営が高を括って許可を出す可能性は確かにありそうだ。

 

「で、達也くん。それって誰?」

 

 おそらくその場にいる全員が気になっているであろうことを尋ねるしんのすけに、達也は特に勿体ぶることも無く答える。

 

「俺と同じクラスの、吉田幹比古だよ」

 

 

 *         *         *

 

 

「……なぁ、達也。本気なのか?」

「会長はともかく、会頭がこんな冗談を言うと思っているのか?」

「いや、その『会長はともかく』ってのも僕には分からないんだけど……」

 

 自分の泊まっている部屋に突然やって来た達也と深雪としんのすけ、そして真由美・摩利・克人の三巨頭の姿に目を丸くしていた幹比古だったが、彼らの口から伝えられた“決定事項”に更に目を丸くし、三巨頭が部屋を出ていった後も部屋をうろうろとさ迷いながら視線を泳がせていた。

 そしてそんな彼の様子を、同じ部屋に泊まるレオ、そして隣の部屋から騒ぎを聞きつけてやって来たエリカと美月が見守っている。

 

「ミキ、とりあえず1回座ったら?」

「僕の名前は幹比古だ」

 

 力の入らない声でお馴染みのツッコミを入れ、幹比古はエリカに言われた通り近くの椅子へと腰を下ろした。普段と同じ会話を交わし、物理的に足の動きを落ち着かせたのが精神にも影響したのか、彼の表情も若干和らいだように見える。

 しかし自分の目の前にいる達也へと向けるその目には、未だに不安の色が濃く残っている。

 

「……試合は明日なんだろう? CADどころか、着る物すら準備できていないよ?」

「大丈夫だ。CADは俺と五十里先輩とでバッチリ仕上げるし、着る物も中条先輩達が用意してくれる。幹比古は何も心配する必要は無い」

「さすが達也、急遽指名されたのは自分も同じなのに余裕じゃねぇか」

 

 ニヤリと不敵に笑ってそう言うレオに、しかし達也は苦々しく首を横に振った。

 

「残念ながらそうでもない。作戦らしい作戦を立てる時間も無ければ、練習もできないからぶっつけ本番で試すしかない。こんなのほとんど力ずくだ、本当に不本意だよ」

「悪知恵が達也くんの持ち味ですからな」

「ひどい言い様だな、しんのすけ」

 

 台詞はしんのすけを責めるものだが、その表情は柔らかい。

 その遣り取りを眺めていた幹比古が、大きく息を吐いた。

 

「……まぁ、決まったことだからやるしかないだろうけど、具体的には何をすれば良いの?」

「幹比古には“遊撃”を頼みたい」

「遊撃?」

 

 そう尋ねる幹比古の姿勢が、本人でも無意識の内に前のめりになっていく。

 

守備(ディフェンス)攻撃(オフェンス)、両方を側面支援する役目だ。幹比古の得意とする古式魔法の知覚外からの奇襲力と隠密性に期待しての役割だが……、人前で魔法を使うのはマズイか?」

「秘密にしているのは魔法そのものの原理じゃなくて発動過程だから、CADで使えば問題無いよ。――でも、大丈夫なのかい? 前に達也は言ってたじゃないか、僕の……吉田家の術式には無駄が大きいって」

「ああ」

 

 あまりにもハッキリとした物言いに、レオと美月は驚きで目を丸くし、彼の“過去”を知るエリカはあからさまに体を硬直させた。

 平然とした表情を保っていたのは、深雪としんのすけくらいだ。もっともしんのすけの場合は、会話の内容を理解していない、というより理解しようとしていないからという至極単純な理由によるものだが。

 

「つまり達也は、もっと効率的な術式を教えてくれるのかな?」

「いいや、アレンジするんだ。無駄を削ぎ落とし、より少ない演算量で同じ効果を得られる魔法式を構築できる起動式を組み直す」

 

 幹比古の使う古式魔法には、長い呪文を必要としていた頃の名残で術式固有の弱点を突かれないよう偽装が施されている。しかしCADによって高速化された現代魔法では、術式固有の弱点につけ込むという対抗手段は起動式の段階で魔法の種類を判別できない限り意味が無い。達也の言う“無駄”とは、そのことを指していた言葉だったのである。

 だからといって、古式魔法が現代魔法に劣っているということではない。達也が先程言った通り、奇襲力と隠密性においては古式魔法に軍配が上がる。だからこそ達也は、メンバーに幹比古を選んだのだから。

 

「分かった。僕の使う術式は呪符だけじゃなくてCADにもプログラムしてるから、達也が思う通りにアレンジしてみてよ」

「ありがとう。信用してくれたついでに、もう1つ聞きたいことがあるんだが」

「良いよ。僕がここに来たのは父がそう命じたからだ、そのせいで秘密が多少漏れても文句は言えないはずさ」

 

 いや、それはどうだろうか、と達也は思ったが、ここで話の腰を折る利点は無いため黙殺する。

 

「手短に訊く。“視覚同調”は使えるか?」

「……そんなことまで知ってるのか、さすがだね。“五感同調”はまだ無理だけど、一度に2つまでなら使えるよ」

「よし。これで少しは作戦に幅が生まれる」

 

 幹比古との話は一段落ついたタイミングで、レオがずっと気になっていたことを尋ねる。

 

「ところで達也、遊撃は幹比古だとして、攻撃と守備は誰がやるんだ?」

「……問題はそこだ。結論から言うと、試合の相手とフィールドによって立ち位置を変えることにする。遮蔽物が多くて搦め手が通用するなら俺が、突破力が何より物を言うのならばしんのすけが前に出る。しかし場合によっては俺としんのすけが前に出て、幹比古に自陣を守備してもらう可能性も充分に有り得るだろう」

「つまり臨機応変にスタイルを変えるということですね!」

「つまりノープランの出たとこ勝負ということですね!」

 

 美月に続ける形で放たれたしんのすけの言葉に、達也は「余計なことを言うな」とでも言いたげに彼を一睨みし、しかし反論できないのか小さく溜息を吐くに留めた。

 そして達也はしんのすけと幹比古にそれぞれ目を遣り、こう告げた。

 

「ここから数時間、どれだけ準備できるかが勝負の分かれ目だ」

 

 

 *         *         *

 

 

 ホテルの最上階に位置する、3つのスイートルーム。

 その中でも現在最も人口密度の高い部屋である、野原一家と春日部防衛隊のメンバーが宿泊する部屋のリビングでは、全員がテーブルに着いて顔を突き合わせていた。そのほとんどが不安に表情を曇らせており、特にみさえなどかなり憔悴しているようだった。

 

「ルール違反を犯した第四高校は失格処分、第一高校は怪我をした選手の代役を立てて競技を続行、か……」

「つまりそれって、怪我をしていないしんちゃんはそのまま出場するってことだよね? もし次にあんなことが起こったら――」

「縁起でも無いこと言うんじゃないわよ、馬鹿オニギリ。でもこういう事故が起こったときって、普通は競技そのものを中止するんじゃないの? いくら事故が起こったフィールドは使用しないって言ってもさ」

「他の試合を観ていても選手が魔法のダメージで気絶することがよくあるみたいだし、或る程度の危険は想定内ってことだろうね……」

「モノリス・コードに限らず、全てのスポーツに怪我は付き物」

「でもさ、ボーちゃん! レースに出てた渡辺って先輩も、1歩間違ってたら凄く危なかったんでしょ! もしお兄ちゃんに何かあったら、って私凄く怖かったんだから!」

 

 風間ら年少組がそんな会話を交わす中、みさえが我慢の限界といった様子で口を開いた。

 

「ねぇあなた、今からでもしんのすけの高校を変えることってできないのかしら……?」

「……みさえは、このままアイツが魔法を学ぶのに反対ってことか?」

「だってそうでしょ!? こんなに魔法が危険だなんて知ってたら、あの子が魔法科高校に進学したいって言ったときにもっと反対したわよ! あなたはあの子が心配じゃないの!?」

「心配してるに決まってるだろ! でもアイツはそれを承知で魔法科高校に進学したんだ。口では『綺麗なお姉さんとお知り合いになりたいから』なんて言ってるが、アイツが本気でそれだけを理由に高校を選んだわけじゃないってみさえにも分かるだろ?」

「それでも、こうも立て続けに事故が起こると心配にもなるわよ……」

 

 みさえはそう言うと、テーブルに突っ伏す勢いで体を投げ出し大きく息を吐いた。豪華絢爛なスイートルームのリビングが、重苦しい空気で満たされていく。

 そんな中で口を開いたのは、最年長のひろしだった。

 

「それでも、しんのすけは競技に出ることを決めたんだ。――おまえ達だって、病室での会話を聞いてたろ?」

 

 そう。実はしんのすけと真由美が病室で森崎と話をしていたとき、ドアを挟んだ向こう側でひろし達もその会話を聞いていたのである。

 しんのすけのことが心配だったひろし達は彼がいるという基地内の病院に駆けつけたのだが、患者の家族や学校関係者でない者を入れることはできないと建物の入口で立ち往生を食らっていた。しかし同じく彼と話をするためやって来た真由美によって中へと招き入れられ、まずは自分と話をさせてほしいという彼女の頼みに従って病室前で3人の話を聞いていたということだ。

 

「きっとしんのすけとあの子達は、この日のために一生懸命練習したんだ。それに生徒会長だっていうあの女の子も、怪我をした選手の無念だとかそういうのも全部分かったうえで、それでも自分のすべきことを全うしようと動いている。――本人達がそうして色々と決断している以上、俺らがいくら心配だからってむりやりそれを止めるわけにゃいかねぇだろ」

 

 ちなみに真由美は一足先に病室を出ていったのだが、結局ひろし達はしんのすけと顔を合わせることなくその場を後にした。ひろしがそう提案して真っ先に動き出したからであり、他の面々は名残惜しそうにしながらも彼の後に続く形となった。

 

「そりゃ今回の事故は問題だし、二度とこんなことが起こらないために対策する必要がある。でもそれについては、九島さんが大会運営にも掛け合ってくれるって約束してくれたんだから、今はそれを信じようじゃねぇか」

「九島お爺ちゃん、『運営に顔が利くから任せてくれ』って言ってたもんね」

 

 実際は顔が利くどころの話ではないのだが、烈の堂々とした立ち振る舞いから溢れる大物感と安心感に目を奪われてか、この中で彼自身の経歴などについて気にする者はほとんどいなかった。

 

「分かったわよ、もう少しだけ様子を見ることにするわ。……そうよね。今まで色々なことがあったけど、あの子はその度に乗り越えていったんだもの。今回だって、あの子なりに考えて乗り越えてくれるに決まってるわよね」

「そうそう。アイツだけじゃどうしようもなくなったときだけ、俺達が手を貸してやりゃ良いだけの話さ」

 

 みさえの表情には未だに不安が残ったままでいるものの、ひろしの言葉も手伝って先程よりは随分と和らいだものになっていた。

 

「確かにアイツ、悪運だけは強いからな」

「何があったって、しれーっと平気な顔してる気がするわね」

「しんちゃんにハラハラさせられるのなんて、今に始まったことじゃないしね」

「それに、しんちゃんは1人じゃない」

「そっか、パーティーで会ったあのイケメンがお兄ちゃんのチームメイトになるんだっけ。じゃあ大丈夫だね!」

 

 そしてそれに釣られてか、風間達も徐々に笑顔となっていく。

 多少の空元気は否めないものの、概ね普段通りの雰囲気に戻っていった。

 

 

 *         *         *

 

 

「……奴らのアジトは、まだ見つかっていないのね?」

『申し訳ございません! 横浜中華街のどこかにいることまでは突き止めたのですが、そこから先がどうにも絞り込めず……! この度の失態、何とお詫び申し上げたら良いか――』

「謝罪の言葉は後でいくらでも聞きますから、今は一刻も早くアジトの所在を明らかにしなさい」

『はっ!』

 

 それと同時刻、別のスイートルームのリビングのソファーに腰掛けるあいが、携帯端末にて何者かとそんな会話を交わしていた。相手の声が焦燥に震えている一方、窓の外に視線を投げながら口を開く彼女の声はどこまでも平坦で、その顔にも感情らしきものが一切読み取れない。

 そうして会話を終えたあいが電話を切ったことで、部屋は耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。壁際に控える黒服黒髪黒サングラスのボディガード・黒磯も、サングラスの奥に隠された目を彼女の後頭部に向けるのみで口を開こうとしない。

 

「ねぇ、黒磯」

「はい」

 

 しかしあいが呼び掛けると、一切の間も置かずに即座に返事をした。

 

「今の報告を聞いて、あなたは率直にどう思ったかしら?」

「……“彼ら”が優秀であることは、疑いようの無い事実です。そんな“彼ら”の捜索を掻い潜っているということは、つまりそれだけ手強い相手なのだと私は感じましたが」

「確かに相手は“無頭竜”(NO HEAD DRAGON)、国際的な犯罪シンジケートなのだからそこら辺の犯罪組織よりも手強いのは確かよ。――でもね黒磯、“彼ら”の優秀さは国際的な犯罪シンジケート()()()が太刀打ちできるようなものじゃないはずなのよ。()()()()()、とっくにアジトの場所を割り出してもおかしくないわ」

「……まさかお嬢様は、“彼ら”が虚偽の報告をしているとお考えで?」

「何ならそっちの方が、事態はもっと単純に済んだのでしょうけど」

 

 あいは吐き捨てるようにそう言うと、ソファーから立ち上がって黒磯へと振り返った。

 彼女の表情から察するに、事態はもっと深刻そうだ。

 

「――おそらく“彼ら”は、アジトの捜索を妨害されているわ」

「――――! しかし先程の報告には、そのような内容は一切――」

「“彼ら”も自分達が妨害されているなんて感覚は無いのでしょうね。私も特に根拠があるわけじゃなく、単なる予測でしかありませんもの」

「しかしそれが事実なら、その犯人はよほどの手練れということになります。何か対策を講じた方が宜しいのでは?」

「犯人……、対策……。確かに、そうでしょうね……」

 

 ビジネスにおいては即断即決で最善の道へと辿り着くあいが、黒磯の提案に対し歯切れの悪い返事をするばかりで具体策を口にしようとしない。

 そんな主人の姿に、黒磯は言い様の無い不安を覚えた。


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