嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第34話「モノリス・コードを勝ち抜くゾ その2」

 モノリス・コード予選、一高vs二高が行われる“草原ステージ”の観客席。

 そこに、1人は見た目からも知性を漂わせる中年男性、もう1人は若手の秘書を思わせるような妙齢の女性、という少し不思議な組み合わせの2人組がいた。どちらも目立たない夏服姿なので周りの観客も特に気に留めていないが、2人の会話に耳を傾けてみるとその内容も更に不思議なものであることが分かる。

 

「結局彼がさっきの試合で使ったのは、“術式解体”に“共鳴”に加重系魔法くらいか……。“分解”を使わないのは良いとして、フラッシュ・キャストも“精霊の眼”(エレメンタル・サイト)も使わないというのは手抜きが過ぎないか?」

「彼がそれらを秘密にする“事情”くらい、先生もご存知でしょう?」

「しかし藤林、フラッシュ・キャストはともかく“精霊の眼”は使ったところで傍目には分からないだろう?」

「見えないはずのものが見えている、というのは見る人によっては非常に奇妙に映ります。“精霊の眼”は知覚魔法というよりも異能の類ですからね、下手すると“分解”以上に耳目を集めますよ。――少なくとも、“特別観覧室”の方々は何か感じ取りますよ」

 

 その2人組の正体は、独立魔装大隊の山中軍医少佐と藤林少尉。かなり突っ込んだその内容は知識のある者が聞けば目を丸くするものだったが、観客席は周りの喧騒によって普通の会話程度は掻き消されるし、たとえ聞かれたとしても研究者レベルの知識を有する観客はそうそういない。

 2人がここにいるのは、半分趣味で半分仕事だった。純粋に達也たちの試合が気になるというのもあるが、彼らにとって超重要な人物が出場する競技で、万が一機密指定の魔法が衆人環視の下で使われてしまったときに迅速な対応を取るためにここにいるのである。

 とはいえ達也は、人目に触れてはならない技術を苦し紛れに披露するほど脆弱な精神をしていない。なので2人は達也に関しては特に心配はしていなかった。

 2人が注意しているのは、むしろ、

 

「一方の“彼”はというと、今のところは第1試合から通して主に達也くんお手製の武装一体型CADを使ってますね。他の魔法は補助的なものを含めても一切使った様子はありません」

「しかし次の試合は、おそらく両チームが直接的にぶつかり合う展開が予想される。第1試合のときは何とかなったが、相手はこの試合に負けると予選敗退が決まる第二高校だ。おそらく死に物狂いで来るだろう」

「今の“彼”は仲間が重傷を負ったことで、精神的に不安定になっていると思われます。そんな状態で追い詰められる状況になったとき、はたして()()()()を使わずにいられるか……」

 

 しんのすけの場合は達也と違って、自分が彼ら独立魔装大隊にその動向を見守られていることすら知らない。なのでもし彼に“機密指定の魔法”なるものが使えた場合、達也よりもそれを使われる可能性が高くなる。

 

「それに達也くんも、フラッシュ・キャストに関しては使うのもおそらく時間の問題だと思われますよ? 普段よりも低スペックのCADでは、さすがに“プリンス”と“カーディナル”の相手は難しいでしょうから」

「……面倒なことにならなければ良いが」

 

 山中の言葉に、藤林は無言の同意を返した。

 それが叶う可能性については、どちらも敢えて無視した。

 

 

 *         *         *

 

 

 一高vs二高の対戦フィールドとして選ばれた“草原ステージ”は、全部で5つあるフィールドの中でも最もシンプルなものだ。高低差も障害物も存在しない、ただ足首ほどの高さしかない草が生い茂るそのフィールドは、両チームが正面からぶつかり合う試合展開を生み出すために造られたと言っても良い。

 相手チームのモノリスとは、600メートルほどの間隔がある。実弾銃に照らし合わせれば狙撃銃の領域になるが、“森林ステージ”や“渓谷ステージ”と比べれば短い距離であり、視界を遮る物は無いためスタート時点で相手の姿が見えている。

 

 そんな相手チームの姿を視界に捉えながら、“一高モノリスチーム”である達也・しんのすけ・幹比古の3人は、自陣のモノリスを背に軽い準備運動を行っていた。幹比古は相変わらず緊張した面持ちだが、残りの2人は実にリラックスしたもので気負いがまったく見られない。

 そんな2人に対して、安心と不安を半々でブレンドした表情を浮かべながら、幹比古が小さな溜息を吐いた。

 本人としては聞かれないように注意を払ったつもりだったが、達也の優秀な耳がそれを拾い上げたようで、

 

「どうした、幹比古? 本番直前になって、急に不安にでもなったか?」

「えっ? ……いや、ごめん。今回の作戦、って言って良いのか分からないけど、上手くいくかどうか不安になっちゃって……。本番前にモチベーションを下げるべきじゃないのは分かってるんだけど、どうにもね……」

「正直なところ、試す時間が無かったから何とも言えないな。どうせ決勝トーナメント進出は確定しているんだ、別にこの試合は落としても構わない程度の心構えでいた方が案外上手くいくかもしれない。――というわけだ、しんのすけ。あまり気負わず行こう」

「ほっほーい」

 

 しんのすけが返事をしたまさにそのタイミングで、会場中にまもなく試合開始であることを伝えるアナウンスが流れた。観客の声が自然と小さなものになり、ヒリヒリと肌を刺すような緊張感が漂い始める。

 そして試合開始のブザーが鳴った、その瞬間、

 

「――――“変身”!」

 

 右腕をピンと伸ばして斜めに挙げ、左手は胸の前で固く握り締めるという、まさしく特撮ヒーローが決めのシーンでやるようなポーズと共にしんのすけが高らかに叫んだ。そして彼の声に反応して、ベルト型のCADが魔法師のみに見える青白い光を一瞬だけ放ち、そしてすぐに消え去った。

 そんな目立つ行動をしているから当然なのだが、観客達が一様に興味津々といった視線をしんのすけに向けている。

 そうして数千の視線を一斉に受けていたしんのすけの姿が、何の前触れも無く掻き消えた。まさにそれは一瞬の出来事であり、彼を狙っていたカメラが動揺でブレるほどだった。

 

 次にそのカメラがしんのすけを捉えたとき、彼は既にスタート地点から150メートル以上は離れた場所におり、猛スピードで相手チームのモノリスへと駆けていくところだった。たとえ短距離走の世界記録保持者であっても相手にならないそのスピードは、人間の目ではとても追いつかず彼の輪郭が曖昧になる錯覚を生み出すほどだ。

 そんなスピードで向かってくるのを相手チームが気づいたときには、既にその距離はスタート時点の半分を切っていた。試合前に立てた作戦通りに移動を始めていた2人が魔法で迎撃を始め、自陣のモノリス付近で待機していた1人が慌てて駆けつけてそれに加わる。

 選択した魔法は、圧縮した空気を撃ち出す単純なものだった。発動までの早さを重視したためであり、空気であるため目に見えないという利点を考慮したためでもある。

 しかし発動のイメージをより強固にするために、3人共が拳銃型のCADをしんのすけに向けていた。まさに本物の拳銃のように向けられた銃口の角度を目で追えば、目に見えない空気の砲弾の通り道を推測することは可能だ。

 猛スピードで走りながらしっかりそれを確認していたしんのすけは、そのスピードを一切落とすことなく何度もジグザグに動いてそれを避けた。並の魔法師ならば制御不可能なスピードも彼の身体能力なら自由に動き回ることができるし、足元に向けて撃たれたマシンガンの弾も避け切ったことのある彼ならば、拳銃より低い連射能力で銃弾より圧倒的に遅い空気砲3人分を避けることなど容易い。

 

「とにかく撃ち続けろ! 1発でも当たればどうにでもなる!」

 

 しかし相手との距離が近くなるということは、それだけ魔法の発動からこちらに到達するまでの猶予も短くなることを意味する。相手チームが味方に呼び掛ける声が微かに聞こえてくる頃になると、さすがのしんのすけもその表情に若干の焦りが表れるようになった。もっとも、それは「おっとっと」程度の軽いものではあるが。

 と、ここでしんのすけが、猛スピードで駆けながらその手に持つ小通連を構え直した。とうとう反撃に出るか、と相手チームが一斉に表情を強張らせてその動きに注視する。

 そうしてしんのすけが発射した小通連の先端は、彼の前方10メートルほどの地面に突き刺さってその動きを止めた。

 まさかここで失敗か、と相手チームが無意識でほんの僅かに気を緩めたそのとき、

 

「ほいっと」

 

 猛スピードで駆ける勢いそのままに、しんのすけが地面を蹴って跳び上がった。

 そして彼の体が宙に浮いたのと同時、刃の先端と根元部分の相対距離を伸ばしていった。

 先端部分は地面に阻まれて動けないため、必然的に根元部分、つまり柄を握り締める彼の体が上空へと飛び上がっていく形となる。それはさながら棒高跳びをより素早くダイナミックにしたかのようであり、地面を走っていたときのスピードのままステージ上空を飛んでいった。

 最初はそれを呆然とした表情で見上げていた相手チームも、ハッと我に返って再び空気砲を撃ち始めた。しかしその間にもしんのすけは彼らの頭上を超え、地面に突き刺していた小通連の先端部分を手元に引き戻し、そして再びそれを発射して地面へと突き刺した。

 そこは重力に引っ張られて落下を始めたしんのすけが降り立つであろう地点であり、第2試合で崩壊するビルから飛び出したときにも見せたやり方で落下速度を緩めていく。今回は事故ではないので運営委員からの手助けは無かったが、それでも地面に足を付ける頃には大分緩やかになり、さらには着地の瞬間に前方に3回転することで完全にその衝撃を受け流すことに成功した。その様子を見守っていた観客から、安堵の溜息と歓喜の声が漏れた。

 

 そしてしんのすけは起き上がったその瞬間に再び自己加速術式を発動し、再び相手のモノリスへと走っていく。

 3人全員が完全に後ろを取られた形となった相手チームが、一斉に顔を青ざめさせた。彼らも即座に自己加速術式で彼を追い掛けるが、そのスピードの差は歴然でみるみる距離を離されていく。

 そうしてしんのすけとモノリスの距離が10メートルを切ったとき、彼は鍵となる無系統魔法をモノリスに向けて放った。モノリスが音を立てて開き、512文字のコードがその姿を表した。

 観客達による歓声をBGMに、しんのすけは物凄い早さでコードを打ち込んでいく。彼は普段の言動によるイメージに反してパソコンなど機械の操作に滅法強く、パソコンが一般家庭に普及し始めた1990年代後半にパソコン2台を連動させたアニメーションを即席で作成していたほどだ。試合が決着する雰囲気に、観客達のボルテージも高まっていく。

 と、そんなしんのすけに対し、ようやく空気砲の有効射程圏内に入った相手チームが一斉に彼へと狙いをつけた。しかし彼はそれをチラリと一瞥しただけで、タイピングも止めないし攻撃を避ける気配も無い。

 そうして相手チームが空気砲を発射する、直前、

 

「――――!」

 

 魔法式が破壊されたことで、強制的に魔法の発動が中止された。3人が一斉に目を見開いて驚愕し、すぐにハッとした顔で後ろを振り返った。

 拳銃型のCADをこちらに向けた達也の姿に、3人はしんのすけ以外の選手への警戒を怠っていたことへの後悔と共に、前の試合でも見せた“術式解体”(グラム・デモリッション)を仕掛けられたことに思い至った。すぐさま選手の1人が達也への攻撃態勢に移るが、達也が即座にサイオンの合成波をお見舞いして返り討ちにする。

 それに驚く隙を突いて2人目を倒し、3人目が達也に攻撃を仕掛けようとしては“術式解体”で未遂に終わるのを何回か繰り返している内に、しんのすけが全てのコードを入力し終えて運営委員に送信したことで試合が終了した。

 

「どういたしまして、達也くん」

「……それは俺の台詞だ、しんのすけ」

 

 一時は棄権も視野に入っていた第一高校が、見事全勝で決勝トーナメントに進出した。

 

 

 *         *         *

 

 

 第一高校は全勝こそしたものの、同じく全勝の第三高校の方が試合時間が短かったため2位通過となった。3位は第八高校、4位は第九高校であるため、準決勝は本来ならば一高vs八高と三高vs九高となるのだが、一高と八高は予選でも戦ったカードであるため特例措置として八高と九高が入れ替わる形となった。何かと異例続きの今大会だが、これに関しては過去にも前例があるため珍しいことではない。

 深雪ら第一高校1年グループとひろしら春日部グループ、そしてエリカの兄である修次を加えた面々は、おそらく決勝で戦うことになる三高について少しでも情報を得るために、少々早い昼食を終えて“岩場ステージ”の会場に来ていた。一高だって九高に勝たなければ決勝には進めないはずなのだが、この中の誰もが彼らの決勝進出を信じて疑っていない。

 

 そんな彼らが注目していたのは、高低差が少なく全体的に視界が広い“岩場ステージ”を悠然と進む、1人の選手だった。

 その選手・三高の一条将輝は、その姿をまったく隠すことなく“進軍”していた。当然八高の選手がそれを黙って見ているはずもなく、三高の陣地へと進んでいたオフェンスの選手までも加わって、彼に魔法の集中砲火を浴びせている。

 しかしそれでも、将輝の足は止まらなかった。移動魔法によって将輝へと迫る岩の破片はそれ以上に強力な移動魔法で撃ち落とされ、彼に直接仕掛けられた加重魔法や振動魔法は彼の周囲1メートルに張り巡らされた領域干渉によって無効化される。

 

「“干渉装甲”か……。移動型領域干渉は、十文字家のお家芸だったはずだが」

 

 そう呟いたのは、この中では魔法の知識が最も豊富な修次だった。自然と解説役を担うことになった彼の言葉に、他の面々もそちらへと視線を向ける。

 

「あれだけ継続的に魔法を使いながら、息切れしている様子が無い。単に演算領域の容量が大きいだけでなく、よほど“息継ぎ”が上手いんだろう。もはやセンスとしか言い様が無いな」

「息継ぎが上手い、ってどういう意味ですか?」

「今使っている魔法から次の魔法へと移行するとき、どれだけ素早く、どれだけ無駄を無くせるかというのも実戦魔法師にとって大事な要素の1つなんだ。そして彼はそれがとても上手い。新人のレベルを超えているよ」

 

 修次がここまで手放しで褒めるということは、つまりそれだけ決勝での戦いが厳しいものになることを意味している。話を聞いていた面々は一様に表情を固くし、再びフィールドの将輝を観察する作業に戻る。

 と、ちょうどそのとき、途絶えることのない防御に痺れを切らした八高のオフェンス選手が、攻撃を止めて三高陣地へと走り出した。

 だが、それは迂闊だった。がら空きになった背中を将輝が見逃すはずもなく、至近距離で生じた爆風によって彼は前のめりに吹き飛ばされた。

 

「今のは“偏倚解放”か? 単純に圧縮解放を使えば良いのに、結構派手好きだな」

「えっと、すみません。その“偏倚解放”というのは、どんな魔法なんですか?」

 

 レオの問い掛けに、修次は少し間を置いて脳内で説明文を作り上げてから答える。

 

「手間の割に効果の少ない、マイナーな魔法だよ。円筒の一方から空気を詰め込んで蓋をして、もう一方を目標に向けて蓋を外す、というイメージかな? 普通に圧縮空気を破裂させるよりも威力が出せるのと、爆発に指向性を持たせられるメリットはあるけど、威力を高めるだけなら圧縮空気の量を増やせば良いし、指向性を持たせたければ直接ぶつければ良いんだからね」

 

 と、修次が自分で説明しながら納得する素振りを見せた。

 

「あぁ、そういうことか。殺傷性ランクを下げるために、敢えてどっちつかずの魔法を使ってるのか。実力がありすぎるというのも考え物だな」

 

 修次がそんな感想を漏らしている間にも、八高のディフェンス2人が将輝へと襲い掛かった。岩が砕かれてその破片が彼を襲い、彼の足元では放出系魔法による鉱物の電子強制放出の影響で火花が散っている。どちらも規模や情報改変難度の点で“上級”と言って差し支えない魔法だ。一高との試合ではあっさり負けてしまった感のある八高だが、もし真正面からやり合えば一高はもっと苦労しただろう。

 だが将輝は、その魔法を本当に真正面から無効化した。空気塊の槌が2人に襲い掛かり、破裂と同時に2人の戦闘力と意識が消失した。

 八高選手全員が戦闘不能になったことで、試合が終了した。三高のモノリスの前に立っていた真紅郎ともう1人の選手は、この試合結局1歩も動くことがなかった。

 

「やべぇな、あの選手。圧倒的じゃねぇか……」

「あんなのと戦わなきゃいけないなんて、本当に大丈夫なのかしら……」

 

 ひろしとみさえの呟きは、第三高校に対する歓声と拍手に紛れて消えていった。

 

 

 

 

 一方、同じ観客席の別の場所では、“一高モノリスチーム”であるしんのすけ・達也・幹比古の3人が先程の試合を観戦していた。

 そして将輝の圧勝劇もとい独壇場を観て、幹比古は表情を引き攣らせて大きな溜息を吐いた。

 

「予想以上だな、三高の“プリンス”は……」

「ああ、そうだな。……それにしても、今の試合は俺達に対する“挑発”だな」

「えっ?」

 

 達也の言葉に、幹比古は疑問の声をあげて彼を見遣る。

 

「一条家の戦闘スタイルは、中距離からの先制飽和攻撃だ。現に予選でも、遠方からの先制攻撃でディフェンスを無力化してる。――おそらくさっきの俺達の試合を観て、自分達にはあんな小細工は通用しないと主張しているんだろう」

「……それは、さすがに穿ちすぎじゃないかい?」

「もちろん断言はできないが、わざとらしく十文字会頭を想起させる戦法を採ってることから可能性は高い」

 

 ――それにおそらくだが、奴らは()()()()に気づいている……。

 

 達也が言葉にはせずに1つの仮説を頭に思い浮かべているその横で、幹比古が苦々しい表情で口を開く。

 

「あの防御力を考えると、遠距離からの攻撃は効果が薄い。そうなると危険を承知で真っ向勝負を挑まざるを得ないか……。そうなると、他の選手の手の内が分からないのは痛いな……」

「おっ、どうしたのミキくん? どこか痛いの?」

「いや、そういう意味じゃなくてね? それに僕の名前は幹比古だから」

 

 しんのすけのボケに軽くツッコむ幹比古に、達也が小さく溜息を吐いて話を元に戻す。

 

「もう1人の方は分からないが、吉祥寺真紅郎についてはだいたい予想できる。おそらくだが、作用点に直接加重を掛けられる“不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)”だろう」

「作用点に直接? 対象物の個体情報を改変するのではなく?」

「奴が発見した“基本(カーディナル)コード”である加重系統のプラス・コードを用いて、加重という“作用力そのもの”を発生させているんだ」

 

 魔法式の研究分野には、“基本コード仮説”と呼ばれる理論がある。

 加速・加重、移動・振動、収束・発散、吸収・放出。これら4系統8種にそれぞれ対応したプラスとマイナス、計16種類となる基本の魔法式が存在しており、組み合わせることですべての系統魔法を構築することができるという理論であり、その基本となる魔法式が“基本コード”と呼ばれている。

 結論から言うと、基本コードを組み合わせただけでは完成しない魔法が存在することから仮説そのものは間違っているが、基本コードと呼ばれるものは存在する。

 基本コードは作用力を定義するものなので、作用力そのものを直接発生させることができる。しかも、一般的な魔法に不可欠な事象改変結果を定義する必要が無い。よって情報を書き換える必要が無いために魔法式はずっと小さなもので済むし、情報改変を妨げる“情報強化”では防御することができない。

 

「欠点があるとすれば、“不可視の弾丸”は作用点を認識しなければいけないというところか。エイドスではなく作用点に直接作用させることにより生まれた欠点だな。“不可視の弾丸”による攻撃は遮蔽物や領域干渉でも防御可能だが、情報強化では防げないから注意しろよ」

「わ、分かった……。それにしても、吉祥寺真紅郎という名前に聞き覚えがあると思ったら、まさかあの“カーディナル・ジョージ”だったとはな……」

「ねぇ達也くん、前からずっと気になってたんだけど……」

 

 いつになく真剣な表情でそう話を切り出したしんのすけに、それを横で見ていた幹比古もそれに釣られて自然と表情を強張らせた。

 

「さっきミキくんが言ってた、その……“甘美なる情事”だっけ?」

「“カーディナル・ジョージ”な」

「そうそう。そういう渾名(あだな)みたいなのって、誰が考えてるの?」

「……何を気にしてるのかと思えば」

 

 しんのすけの疑問に達也は呆れ、幹比古は苦笑いを浮かべた。

 

「“カーディナル・ジョージ”については、当時13歳の吉祥寺真紅郎が基本コードを発見し、世界中の魔法研究者にその名が轟いたとき、日本文化に詳しいアメリカの学者が『キチジョウジはジョージと略すんだ』と語ったのがきっかけらしい。あくまで噂だがな」

「そういう感じで、何か偉業を成し遂げた魔法師に対して、その偉業を称える形で異名が付けられることがあるんだよ。それ以外にも、例えば重大事件を起こした正体不明の魔法師に対して便宜上付けられる場合もあるね」

「ほーほー。てっきり自分で名乗ってるのかと思ってたゾ」

「いやぁ、さすがにそんな勇気は無いんじゃないかな……?」

 

 特に“クリムゾン・プリンス”なんて、もしも自分から名乗ったのであれば割と恥ずかしい部類ではないだろうか、と達也と幹比古は秘かにそう思った。

 と、達也が携帯端末で時間を確認する。そろそろ控室に向かった方が良い頃合いだ。

 

「とにかく、まずは決勝戦に進まなくちゃな。――幹比古、頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ」

 

 幹比古はそう言って、彼にしては珍しい不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 *         *         *

 

 

 一高vs九校の試合は、特筆するようなことは何も無かった。

 なぜなら、1回も戦闘が起こらなかったからである。

 

 試合が行われた“渓谷ステージ”は、全体が「く」の字形に湾曲した人工の谷間であり、底には水深50センチ前後の湖がある。

 この環境で幹比古が使用したのは、飽和水蒸気量に関係無く空気中の水蒸気を凝結させる古式魔法“結界”である。特定の空間に濃い霧を発生させるこの魔法に、九高の選手は四苦八苦していた。

 風を起こして霧を吹き飛ばそうとしても、“閉鎖”の概念が含まれる魔法の影響でステージ内の空気が循環するだけである。また気温を上げて飽和点を引き上げようとしても、湖からの蒸発を促して余計に霧が濃くなるだけだ。

 

 元々現代魔法は、霧のように実体の掴みにくいものへの対処が苦手という欠点がある。本来ならば幹比古の設定した“結界”ごと認識する必要があるのだが、古式魔法に対してそれほど知識があるわけでもない九高の生徒がそれを思いつけるはずもなかった。

 よって、意図的に周りの霧が薄くなっている達也は、誰にも邪魔されることなく九高のモノリスに辿り着き、専用の魔法でモノリスの鍵を開けた。蓋が落ちる際に大きな音がして九高選手がそれを頼りにやって来るが、すでに達也はそこから離脱していた。

 今回コードを入力するのは、幹比古である。彼は精霊と感覚を同調させて、離れた場所から九高のモノリスに刻まれたコードを読み取っていた。

 ほどなくして、審判席にコードが送信された。

 

 

 

 

 こうして、決勝のカードが出揃った。

 一高vs三高は、午後3時半から行われる。


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