九校戦で賑わっている富士演習場の駐車場に、2人乗りの軽自動車が1台入ってきた。カー・シェアリングの浸透によって自家用車を持つ人がすっかり減ったとはいえ、このような交通の便の悪い場所ならば自分で運転して向かおうと考えるのも分からなくはない。
しかし20代前半の若い女性が1人で運転してきた、というのは珍しいのではないだろうか。
「まったく、みんな揃って人使いが荒いんだから……。私はカウンセラーであって、使い走りじゃないっての……」
運転席から降り立ったその女性・小野遥は、小さくそう独りごちながら後ろに回り込み、座席後方の荷物置場から大きめのスーツケースを取り出した。これから小旅行にでも出掛けるかのような出で立ちだが、彼女の呟きの通り、この荷物を目的の人物に届けるためにここまでやって来たのである。
彼女がなぜここにいるのか。それは達也が自分の師匠である九重八雲に“或る物”を注文し、八雲が彼女にそれを運ぶよう頼んだからだ。
ではなぜ八雲は、彼女にそれを頼んだのか。そもそも、2人はどういう関係なのか。
小野遥は、九重八雲の門下生である。入門の時期は達也よりも遅かったため彼の妹弟子ということになるが、寺で直接顔を合わせたことは無かったので達也がそれを知ったのはつい最近のことだった。
そして彼女は、先天性特異能力者でもあった。BS(Born Specialized)魔法師とも呼ばれるそれは、魔法としての技術化が困難な超能力を持って生まれた魔法師を指す。代償として通常の魔法を使えなくなるが、その能力の高さは目を見張るものがあり、職務と能力が合致すれば相当な脅威となる。
彼女の先天性スキルである“隠形”は、見えているのに見えない状態を作り出す認識阻害の精神干渉魔法と同等のレベルにあり、その気になれば税関をフリーパスで通り抜けることもできる。そんな能力と若気の至りも相まって色々と“悪戯”をやっていたときに警察省公安庁の捜査官に見つかり、それを見逃す代わりとして秘密捜査官の立場で諜報活動を行うようになった。
ただしカウンセラーの資格は偽装ではなく、第一高校にも元々その仕事で入っていた。公安がその立場を利用して遥にブランシュに関する情報収集を命じていたのだが、解決後もカウンセラーの仕事を辞めることなく、ブランシュに利用されていた生徒達のアフターケアに尽力している。
さて、そんな彼女がスーツケースを転がして駐車場を後にすると、演習場までの道のりの途中で達也の姿が目に入った。遥が気づいたのと同時に達也もこちらへと視線を向け、軽く頭を下げるのと同時に歩み寄ってくる。
「お疲れ様です、小野先生」
「ほんと疲れたわよ、司波くん。年上の女性を使い走りにするなんて」
「運搬を頼んだのは師匠じゃないですか、文句はそちらにお願いします。それとも、報酬をお支払いした方が宜しいでしょうか?」
「えっ? いやいや、そんなのいいわよ。さすがに生徒からお金をせびろうだなんて――」
「それでしたら、第一高校のカウンセラーとしてではなく、税務申告が必要無い臨時収入でも如何ですか?」
「――――!」
達也の言葉の意味を正確に理解した遥の目が、スッと鋭く細められた。
「……何をさせる気?」
「香港系国際犯罪シンジケート
「――なんであなたがそれを知ってるの!?」
思わず、といった感じで遥が叫んだ。その際に達也の服を掴んで自分の顔に引き寄せるという、事情を知らない者が見れば色々と勘違いを起こしそうな格好になるが、生憎と本人はそれに気づいておらず、達也がそれを指摘したことでようやく顔を紅くして彼から離れた。
「あなたが手出しする必要は無いでしょう。何を企んでいるの?」
「今のところは何も。ただ、いざ反撃するとなったときに敵の所在を掴めないのは不安ですので、単なる“保険”みたいなものですよ」
「達也くんに、その報酬が払えるの? 調べさせといて『払えませんでした』じゃ困るんだけど」
「何なら、前金をお支払いしましょうか?」
「……分かったわ、とりあえず1日ちょうだい」
遥の表情に疑念の色は残っているものの、それ以上は何も言わずその場を後にした。
達也も彼女から渡されたスーツケースを手に踵を返し、演習場の敷地内へと足を進める。
その途中、達也がふいに足を止めた。
通路脇に生えた木の陰から、臙脂色の服に身を包んだ黒髪の美少女・酢乙女あいが姿を表した。
「今の女性、使えるんですの?」
「能力的には問題無いと判断しています。擦れたプロより駆け出しのセミプロの方が守秘義務を忠実に守ってくれるので、“内職”を頼むときも安心です」
「成程。そうやって私に対しても本性を隠さなくなったのは、私を信用するようになったからだと思って良いのかしら?」
「信用はしていませんが、しんのすけへの対応を間違えなければ一定の配慮はするだろうという思惑はあります」
「……あなた、随分と言うわね」
言葉に反して特に咎めることは言わない辺り、達也から見る酢乙女あい像はそれほど間違っていないようだ。
「ところで先程の依頼だけど、良ければ私の方で報酬を立て替えてあげましょうか? その代わり、手に入れた情報を私にも提供してもらうということで」
「それは別に構いませんが、目的は何ですか?」
「あら、あなたがそれを訊くのかしら?」
「……分かりました。結果が出たらお知らせしますので、連絡先を教えていただけますか?」
達也の頼みにあいは快く頷き、自身の携帯端末を彼のそれにかざしてアドレスを送信した。随分と不用心に感じるかもしれないが、現代では普段使いのアドレスとは別に回数上限を超えると自動的に破棄される“使い捨てアドレス”を使う者も多く、彼女が渡したのはそちらの方と思われる。
目的を果たしたためさっさとその場を後にしようとするあいだったが、ふいに「そうそう」と独り言のように口にして達也へと振り返った。
「仮に彼女の成果が芳しくなかったとしても、あまり責めないであげてちょうだい。もし上手くいかなかったときは、きっとそういう“運勢”だったと思うことですわ」
「……運勢、ですか。富裕層の間ではオカルトを信じる者が意外と多いと聞きますが、あなたもその類なのですか?」
「いいえ、私のは“経験”に基づくものですわ。――それじゃ、試合を楽しみにしていますわね」
あいはニッコリと笑って、今度こそその場から立ち去っていった。
色々と疑問を隠せない達也であったが、どうせ返ってこない答えに執着する暇も無いため、すぐさまその場を後にして一高の控室へと向かっていった。
* * *
「決勝前に間に合って良かった」
「お兄様、そのスーツケースには何が入っているのですか?」
試合開始まで、後1時間ほど。
選手本人よりも周りの生徒達が浮足立っていく第一高校の天幕内にて、達也が持ってきたそのスーツケースは大きな注目の的となっていた。代表して彼に尋ねた深雪だけでなく、チームメイトである幹比古やしんのすけ、真由美や桐原など上級生達もその中身に興味津々だ。
そうして取り出されたのは、ハリウッド映画にでも登場しそうなデザインをした、その身をすっぽりと覆い隠すローブとマントだった。
「何を用意しているのかと思ったら、まさか試合用の衣装だったとはな」
「単なる衣装ではありません。これには着用した者の魔法が掛かりやすくなる補助効果を持つ魔法陣が織り込まれています。もちろん後でデバイスチェックは受けますが、ルール上禁止になっていないのでまず持ち込めるでしょう」
「ほーほー、これはなかなか良いですなぁ」
「でも、どうしてそんな物を?」
しんのすけがいそいそと着込むそれらを眺めながら、真由美が達也に問い掛けた。ちなみに彼女のすぐ傍では、刻印魔法の権威として知られる家系としての
「1つは、幹比古の精霊魔法を補助する役割があります。――どうだ、幹比古?」
「……確かに、普段よりも精霊が多く集まっている」
「良かった。わざわざ決勝のために霊峰富士の息吹を浴びてくれたんだ、こっちでもできるだけのお膳立てはしなくちゃな」
「……何だ、気づいていたのか」
特に隠すようなことでもないが何となく気恥ずかしさを覚えたのか、幹比古は頬を紅く染めて苦笑いを浮かべた。
「そしてもう1つは、吉祥寺真紅郎の
「このマントに? ほーい」
しんのすけが言われたようにやってみると、普通ならば空気抵抗や風によってバサバサとはためくマントが、鉄板のように皺1つ無くピンと広がった状態で固まり即席の防壁を作り出した。
その光景に、その場にいた達也以外の全員から感嘆の声が漏れる。
「“不可視の弾丸”の弱点は、直接目で見た部分にしか作用されないことです。こうしてマントの陰に隠れてしまえば、その裏側にいる選手に魔法は届きません」
「そのマントもローブも、昨日の夜に考えて用意したものでしょう? まさかその段階で、“カーディナル・ジョージ”の対策まで考えていたなんて……」
「つまりその時点で、自分達が決勝まで進む自信があったってことか?」
からかい交じりの口調でそう問い掛ける桐原に、達也はフッと笑みを浮かべるだけで言及しなかった。
と、真由美がふいに心配そうな表情を浮かべて達也へと口を開く。
「……昨日の夜にあんなことを言った私が言えたことじゃないけど、けっして無理はしないでね。決勝に進んだ時点で、新人戦の優勝は決まったんだから」
「もちろんです。いざというときには――」
「ダメだゾ! 達也くんに真由美ちゃん!」
突如大声を出して会話に割り込んできたしんのすけに、真由美はあからさまに、達也は内心こっそりと驚いて彼へと振り向いた。
しんのすけは両手を力強く握り締め、いつになく真剣な表情で2人を見据えていた。普段は気の抜けた顔をすることの多い彼のそんな姿は、短く切り揃えられた髪と太い眉も相まって熱血スポーツマンを彷彿とさせる。
「森崎くん達が怪我で出られないからこそ、オラと達也くんとミキくんが2人の分まで頑張って優勝を目指すんだゾ! やる前から諦めちゃダメだゾ!」
「だがしんのすけ、相手はかなりの実力者だ。一条将輝の才能と実力は既に高校生の枠を超えているし、さらには独自の魔法を使う参謀として吉祥寺真紅郎が奴の脇を固めている。第三高校に勝つのは至難の業だし、下手したら大怪我を負う可能性だってある」
「大怪我……は正直怖いけど、『男として危険だと分かってても引けないときがある』って父ちゃんも言ってたことがあるゾ! オラ、この試合に勝って優勝したい! 達也くんは、優勝したくないの!?」
物理的に、そして何より精神的にまっすぐなしんのすけの目が、達也をじっと捉えて離さない。
そんな彼に対して、達也は平常と同じ冷静な目を向けている。達也は普段の言動から分かる通り冷静沈着に物事を計算して判断する性格であり、熱血漢がよく口にする根性論をいうものをまったく信用していない。勝負の結果を分けるのは綿密な準備と緻密な作戦、そして確かな実力であり、精神だけではどうにもならない場面はいくらでもあることをよく知っている。
しかし、それでも、
「――達也、どうするんだい?」
「どうするも何も……、やれることをやる、ただそれだけだ」
達也の言葉の裏に隠された確かな熱を感じ取ったからか、それを聞いた真由美と摩利の口が自然と弧を描いていた。
と、真由美の携帯端末が震え、彼女は少々の驚きと共にそれを手に取った。
「十文字くんから連絡。決勝戦のフィールドが決まったそうよ」
「どこですか?」
達也の端的で明瞭な問い掛けに、真由美は表情を固くしてこう答えた。
「――“草原ステージ”よ」
* * *
「ひとまずは、こちらの思惑通りということだな」
「ついてるね、将輝」
その知らせを聞いたとき、三高の天幕はすでに勝利が決まったような騒ぎとなっていた。砲撃戦を得意(しかも高校生のレベルではなく)とするチームが何も阻む物が無いステージで戦うのだから、その反応も当然といえば当然だろう。
「後は相手がこちらの誘いに乗ってくれるかどうか、だが……」
「司波達也に関しては、ほぼ間違いなくこちらの作戦に乗ってくると思うよ。遮蔽物が無い以上、彼が得意とする攪乱は通用しない。そして“術式解体”という確実な対抗手段がある以上、わざわざそれを無視して奇策に走るような真似はできない――はずだ」
最後の最後で不安を覗かせる台詞を吐く真紅郎を、しかし将輝が責めることは無かった。
「問題は野原しんのすけが、どう出てくるかだな……」
「自己加速術式を用いた突破力は、正直言ってかなりの脅威だ。おそらく司波達也が将輝を相手にしている隙に、彼がこちらに攻め込む作戦で来ると思う」
「……止められるか、ジョージ?」
「正直、分からない。彼の使う武器は遮蔽物の無い“草原ステージ”の相性が抜群に良いから、正面からまともにやり合ったら苦戦は免れないだろうね。――でも僕は今までの彼の戦いを見て、1つの仮説を立てている」
「仮説?」
オウム返しに尋ねる将輝に、真紅郎は力強く頷いて口を開く。
「彼はこれまでの試合、直接対峙した相手のヘルメットを奪ってリタイアに追い込むことで戦闘に勝利している。もしかしたら彼は、相手を気絶させるほどの強力な攻撃に対して忌避感を持っているんじゃないかな」
「付け入る隙があるとすればそこか。……しかし、それは――」
「将輝の言いたいことは分かる。でもこれは、学校の威信を賭けた勝負だ。たとえ新人戦優勝を一高に取られてしまったとしても、モノリス・コードの優勝まで取られるわけにはいかない」
「……あぁ、分かっているよ」
真紅郎の言葉に将輝は覚悟を決めるかのように、小さく数回深呼吸をした。
そうしてチームメイトの応援を受けながら、もう1人の代表選手と共に2人は三高の天幕を後にした。
* * *
決勝の舞台である“草原ステージ”の観客席は、裏で行われる試合が存在しないこともあって多くの観客が押し寄せて超満員となっていた。座席は1つ残らず埋め尽くされていて、腰を下ろせない者達も通路の柵や壁に寄り掛かるなどして来る試合に備えている。
徐々に高まっていくボルテージを肌で感じながら、ひろし達のグループは不安を隠せない表情でフィールドを映すモニターを見上げていた。
「遮蔽物の無い“草原ステージ”か……。厳しい戦いになったわね、達也くん」
エリカの呟きはとても小さく、隣に座る者でもギリギリ聞き取れるかといった具合だった。しかしたとえ同意の声が無くとも、その呟きがこの場にいる全員の意見を代弁していることは明白だ。
しかし彼女の呟きに、彼女の隣に座る
「いや、むしろ助かったとも取れるぞ」
「助かった? どういうことですか、
当然ながら訳を問うエリカに、修次が丁寧な説明を始める。
「一条家の得意な“爆裂”は、液体を気体に置き換えることによる膨張力を爆発力に利用する魔法だ。そんな一条家にとって“渓谷”や“市街地”のような水の豊富なフィールドは、いわば大量の爆薬がステージ全域にばら撒かれているようなものだ。その反面、“
「とはいえ、砲撃戦の得意な魔法師を遮蔽物の無いステージで迎え撃たなければいけないことに代わりはありません。それに関しては、相当な不利を強いられると思うのですが」
「しかしそれは、こちらも同じことだ。特に野原くんの使う武器は、遮蔽物の無い環境でこそ真価を発揮する。もちろん予選でやったようなことが三高に通用するはずも無いが、それを抜きにしてもあの突破力は相手にしてみたら恐ろしいと思うよ」
自身の考えを滔々と語る修次に、エリカは意外そうに目を丸くしていた。
「……次兄上、何だか楽しそうですね」
「そう見えるかい? やはり僕も、千葉の血には逆らえないということかな」
「だから、お受けしたのですか? 『野原しんのすけの戦い振りを直接見ろ』という父の命を」
「…………」
モニターに注目していた修次の視線が、エリカへと向いた。
不審を露わにする彼女の鋭い目と、真正面からぶつかり合う。
とはいえ修次の目つきは彼女を迎え撃つ鋭いものではなく、彼女の成長を慈しむような優しいそれであったが。
「――魔法師のコミュニティの間では今、或る“噂”で持ち切りだ。
「……噂、ですか?」
自身の質問には答えず話題をすり替えたことには気づいていたが、エリカはそれを追及せず敢えてその話に乗った。
そんなエリカに対し、修次は特大の爆弾を落とした。
「百家の1つで剣術を指南する九十九里浜家の道場が、代々木コージローによって潰された」
「――――はっ?」
それはエリカにとって、あまりにも突拍子の無いことだった。修次の口から紡がれた文章の意味を一瞬理解できず、字面上は理解しても頭がそれを受け入れず、そして数秒掛けて受け入れた後もまるで納得できなかった。
「潰された……というのは、つまり“道場破り”に遭ったということですか?」
「いや、“潰された”という表現は正確ではないな。代々木コージローが道場の看板を奪った事実は無いし、彼らに対して道場を畳むよう訴えたわけでもないし、ましてや自分でその功績を喧伝しているわけでもない」
「しかし、それでは――」
「だが、代々木コージローが九十九里浜家の道場に乗り込んで、その場にいた当主を含めた門下生全員をたった1人で叩き伏せたのはほぼ確実と見られている。双方ともその事実をひた隠しにしようとしているけど、人の口に戸は立てられないからね」
そこまで聞いて、エリカは修次がなぜ“潰された”という表現をしたのか理解した。
魔法を併用した剣技を指南する百家の当主及び門下生が、魔法も使えない1人の少年によって(しかも真正面からの勝負で)全滅の憂き目に遭う。これは魔法師のコミュニティにおいて、致命的なまでの恥としてついて回ることになる。さすがにこのご時世に数字を剥奪されるようなことは無いだろうが、九十九里浜家の権威は地に落ちたと言っても過言ではない。
しかしそれでも尚、エリカは納得ができなかった。
「代々木コージローは、なぜそのような真似を? 彼は今まで一度たりとも、道場破りのようなことはしたことが無かったはずですが」
「それについては、まだ分かっていない。しかしあそこの門下生は、以前から素行の悪さが問題となっていた。もしかしたら、その辺りが彼の逆鱗に触れたのかもしれない」
エリカにとっては最も重要である疑問に対し、修次は憶測を言うに留めた。
その代わり、彼はこう続ける。
「魔法は誰もが使えるわけじゃない特別な力ではあるけれど、だからといって絶対的なものでもない。エリカにとっては、今更言われるまでもないことだとは思うけどね」
「はい、理解しているつもりです」
「とはいえ、魔法を使えない者が圧倒的に多いこの世界で生きていると、どうしてもそのことを忘れがちになってしまう。1世紀を掛けて作り上げてきた魔法師の家系の集合体であるコミュニティは、堅牢であるが故に閉鎖的で、だからその風潮を助長してしまう傾向にあるのも事実だ」
エリカは口を挟むこと無く、修次の言葉に聞き入っている。
「しかし野原くんは、何の変哲も無い一般的な家系から突然変異的に生まれた魔法師だ。今でこそ魔法科高校の生徒ではあるが、春日部を取り巻いていた例の事象も手伝って、普通の人々と同じ生活をしていた時期の方が圧倒的に長い」
それを聞きながら、エリカは自身の周囲を視線だけで見渡した。
彼の両親であるひろしとみさえ、妹のひまわり、そして彼の幼馴染である風間・ネネ・マサオ・ボーの4人。彼らの中に、魔法師は1人もいない。しかしながら、強力な魔法師であるほど一般的な人々とは距離を置かれる傾向が根強い現代において、彼らはしんのすけを忌避するどころかこうして彼の応援に駆けつけた。
「つまり精神的には、彼はまだ魔法師のコミュニティの一員ではないと言えるだろう。そんな彼が、仲間の助力もあったとはいえ、もし公衆の面前で十師族の次期当主と彼の右腕である天才研究者を打ち負かしたとしたら、どうなると思う?」
「――――! まさか――」
『お待たせ致しました。選手入場です』
エリカが疑問を投げ掛けようとしたその瞬間、ナレーションの一声に周りの観客が一斉に沸いた。たとえ隣同士であっても会話するのが困難なほどの大音量に、エリカは修次との会話を一旦中断してモニターへと注目する。
大勢の視線を一身に浴びてフィールドに足を踏み入れたしんのすけと幹比古は、大会規定の防護服とヘルメットの上からローブとマントを羽織っていた。しんのすけは胸を張って堂々と歩くが、幹比古は恥ずかしいのかフードを深く被り直して顔を隠そうとしている。そんな彼らの奇妙な姿に観客は戸惑いでざわめくが、嘲笑や冷笑といった反応はほとんど無く、いったいそれを何に使うのかという好奇心を示す者が大多数だった。
もしエリカが平常の精神状態でそれを見ていたら、特に幹比古の反応がおかしくて大笑いしていたことだろう。しかし今は直前の修次の言葉のせいでそれどころではなく、むしろこれから始まる試合に不安すら覚えていた。
そんな彼女に追い打ちを掛けるように、修次の言葉が彼女の耳に届く。
「この試合、もしかしたら僕らの想像以上に大きな波乱を呼ぶかもしれない。――それこそ“嵐”のように大きな波乱が、ね」
試合開始の合図がスタジアムに鳴り響いたのは、その直後だった。
「そういえば奥様、そろそろ達也殿としんのすけ殿が出場する決勝戦の始まる時間ですが」
「あら、もうそんな時間? せっかくだし観てみましょうか」
「それでは、モニターを用意致します。――
「別に良いでしょ。あっちはあっちで