嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第40話「九校戦が終わったゾ」

 九校戦10日目。つまり、最終日。

 この日行われる競技は、モノリス・コードの決勝トーナメントのみ。九校戦でもトップクラスの人気を誇る競技であるだけに、会場は文句なしの満員御礼となっていた。残念ながら会場に入ることができなかった観客も、別の会場でライブ中継という形で試合を楽しめるようになっている。

 現在“岩場ステージ”で行われているのは、決勝トーナメントの第1試合。対戦カードは一高対九高であり、奇しくも新人戦と同じ組み合わせとなった。その雪辱を狙っているのか、九高の選手は皆闘志を漲らせて対戦相手を睨みつけている。

 そんな彼らに対し、対戦相手である一高のメンバーは、いつも通りだった。

 部活連会頭の十文字克人は悠然と構え、風紀委員の辰巳鋼太郎はどこか惚けた雰囲気を漂わせ、生徒会副会長の服部刑部少丞範蔵は生真面目に九高選手の挑発に鋭い視線で応戦している。

 

「やはり俺達とは安心感が違うな」

 

 最終日だし今日こそは代表全員で応援しよう、と真由美が事前に呼び掛けたことで一高の応援席に座っていた達也が、フィールドに目を遣りながらそう呟いた。

 

「そんなことはありません! 私はお兄様の勝利に不安を覚えたりなどしませんでした!」

「達也さんたちも立派でした! とても堂々としていたと思います!」

 

 すると彼の言葉を耳聡く拾い上げた深雪とほのかが、慰めだか激励だか分かりにくい返事をした。思わぬ行動に面食らった達也は、“口は災いの元”という言葉を胸に刻んで口を引き結んだ。

 と、そんな達也の後ろから背もたれに体を乗り出してしんのすけが会話に乱入する。

 

「そうだゾ、達也くん。何てったって、このオラがいましたからな!」

「いや、むしろおまえが一番見ていて不安だったんだが」

「そうだよ、しんちゃん。試合もそうだけど、昨日みたいなことはもうやらないでね」

「違うゾほのかちゃん、あれは悪い奴にむりやり――」

「はいはい。仲良くお喋りも良いけど、そろそろ試合が始まるからね」

 

 しんのすけの言葉を遮るように、真由美が苦笑い混じりで止めに入った。昨日の一件は彼女も詳しく知らないだろうが、達也の言動から何かあったのだろうと色々気を回しているようだ。達也はこっそりと、彼女に感謝の意を込めて頭を下げた。

 試合開始のブザーが鳴ったのは、その直後だった。

 

 と同時に、服部が真っ先に一高陣地から飛び出した。時々跳躍の魔法を交えながら、けっして脚力だけでは出せない速さで敵陣へと突っ込んでいく。

 自分達こそが先手必勝を、と考えていた九高の選手達は完全に出鼻を挫かれた形となり、その動きを鈍らせてしまっている。突出したオフェンスを集中攻撃するか、最初の作戦通りに迎撃をディフェンスに任せて一高陣地へ突撃するか迷っている隙に、服部が最初の攻撃魔法を繰り出した。

 上昇気流と共に九高選手の頭上に霧が生じ、自らの重さに耐えかねたように彼らの頭上にドライアイスの雹が降り注ぐ。

 収束・発散・移動系の複合魔法である“ドライ・ブリザード”は、真由美の得意魔法である“魔弾の射手”の原型だ。真上から降り注ぐために岩陰に隠れてやり過ごすこともできず、たとえ指で摘める程度の大きさだろうと何発も当たれば軽い脳震盪くらいは引き起こす。

 

 九高選手の1人が、防御として落下速度をゼロにする仮想障壁を作り出した。ドライアイスの雹は一瞬だけピタリと止まると、重力に従って自然落下を行う。周りの水蒸気を凝結させながら地上へと落ちるドライアイスにより、彼らの周りだけ炭酸ガスを溶かし込んだ霧が発生する。

 別の選手がその霧を追い払おうとするが、それよりも早く服部が第2の魔法を繰り出した。

 土砂の粒子を細かく振動させることによって発生した摩擦電流を、土砂の電気的性質を改変することによって増幅、それが一気に地表に放出されたために彼らの周りの地面が発光し、まるで無数に絡み合うヘビのように入り組んだ電光が明滅を繰り返した。

 二酸化炭素が溶けて導電性が高まっている地面を伝って、同じように二酸化炭素が溶けている水蒸気で体を濡らしていた九高選手に襲い掛かった。

 これこそが、複数の魔法が生み出す現象を組み合わせて個々の魔法の総和よりも大きな効果を生み出す“コンビネーション魔法”であり、その中でも服部が得意とする“這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)”である。

 

 1人は空中に飛び上がったために無事だったが、シールドを展開していた選手は電流をもろに食らって気絶、霧を吹き飛ばそうとしていた選手も咄嗟に霧の雫を振り払うことで威力を弱めたものの、片膝をつくほどの大ダメージを負った。

 と、そのとき、空中に逃げた選手がくぐもった悲鳴をあげて不自然な速さで地面に激突した。単一系統の術式において卓越した出力を誇る辰巳による加速魔法で、下方向へのGを掛けられたからである。

 残り1人となった九高選手だが、倒れていく仲間に気を取られることなく服部へ向けて圧縮空気を撃ち出した。

 しかしあと少しで服部に届くところで、圧縮空気は突如現れた“反射障壁(リフレクター)”に阻まれた。それは服部の仕業ではなく、彼の400メートル後方にいる克人によるものだった。

 克人の魔法に守られながら、服部は一切の防御姿勢を取ることなく攻撃魔法を構築した。地面から舞い上がった砂が徐々に風を纏い、それらは加速度的に量と速さを増していき、やがて砂の濁流となって九高選手に襲い掛かった。彼は為す術も無くそれに巻き込まれ、意識を刈り取られた。

 

 非常にレベルの高い魔法を見せつけて、一高が勝利を収めた。

 

 

 *         *         *

 

 

「十文字くん、いる?」

 

 選手控え室のインターホンを鳴らした真由美がドアに呼び掛けると、少しして上半身がタンクトップ、下半身がプロテクトスーツ姿の克人が姿を現した。

 

「すまないな、こんな格好で」

「気にしないで。別に裸ってわけじゃないんだから」

 

 克人の言葉に、真由美はニッコリと笑ってそう返した。仄かに香る制汗剤特有のアルコールの匂いが、彼への印象を好ましくさせる。

 

「決戦のステージが決まったわ。ちょっと良いかしら」

「ああ」

 

 それを伝えるだけならば、その場で言えば済む話だ。しかし真由美がわざわざ場所を移そうとしているということは、その話題が単なる隠れ蓑であることを意味している。克人はそれを即座に理解し、彼女の背中をついていった。

 人気(ひとけ)の無い場所まで移動したうえで遮音障壁を作り出した真由美が、ようやく口を開いた。

 

「父から暗号メールが来てたわ。師族会議の通達だって」

「ほう。俺のところには来ていないな」

 

 克人の言葉に真由美は意外そうな表情を見せたが、暗号を解くには結構な時間1人になる必要があることを考え、チームメイトに怪しまれると十文字家が判断したのだろう。

 

「一昨日、一条くんが達也くんに倒されたでしょう? それでまぁ簡単に言うと『十師族の威厳を保つために、力を誇示するような派手な勝ち方をしろ』ってことらしいわ」

 

 十師族はこの国の魔法師の頂点に立つ存在であり、常に最強の存在でなくてはならない。たとえ高校生の競技大会であろうとも、十師族の実力に疑いを残すような結果を放置しておくわけにはいかないのだろう。

 

「あの試合に関しては、一条将輝が負けても不思議ではないんだがな。何せ相手チームの選手に、()()野原しんのすけがいたのだから」

「まぁ、それは普通の観客達は知らないことだしね。それに彼らとしては、しんちゃんに対しての“アピール”の意味合いもあるんでしょ」

「アピール? どういった意味でだ?」

「それはもう、色々な意味でよ。それは家ごとに違うんじゃないかしら? ――ごめんね、こんな馬鹿馬鹿しいことを頼んじゃって」

「いや、七草が謝ることではない」

 

 そう言い残して、克人はその場を去っていった。

 申し訳なさそうに眉を寄せる真由美を置いて。

 

 

 

 

 渓谷ステージで行われているモノリス・コード決勝戦は、まさしく一方的な試合だった。

 対戦カードは一高対三高。三高選手は先程から“1人”の一高選手に対し、氷の礫を飛ばしたり崖を崩して岩を落としたり沸騰させたお湯をぶつけたりと、ありとあらゆる攻撃を集中して浴びせていた。

 しかしその一高選手――克人は、まるで何も起こっていないかのように平然とした表情で、悠々とステージを闊歩していた。彼の周囲に展開している障壁が、質量体の運動ベクトルを逆転させ、電磁波や音波を屈折させ、分子の振動数を一定に抑え込み、サイオンの侵入を阻害する。

 

 十文字家の魔法師は、卓越した空間把握能力を磨き上げて数々の領域防御魔法を駆使することから“鉄壁”の異名を取っている。そしてその真骨頂とも言えるのが、現在克人が展開している多重移動防御魔法“ファランクス”である。

 単に魔法防壁を維持するだけではなく、何種類もの防壁を絶えず更新し続けていることにより、あらゆる攻撃魔法を無効化しながら進軍する魔法である。その姿はまさに、何列もの兵士が一塊となって行進することで、集団としての防御力を高めながら、先頭の兵士が倒れても即座に次の兵士が攻撃を始める重装歩兵密集陣営を彷彿とさせる。

 

 まるで集団の兵士に迫られているプレッシャーを覚えた三高選手は、1歩1歩確実に近づいてくる克人に対して攻撃の手を休めることができなかった。少しでも手を休めた途端に襲い掛かってくるのではないか、という強迫観念が彼らに“逃走”も“無視”も選択させないでいた。

 しかし、彼らは甘かった。

 克人と彼らとの距離が10メートルほどにまで近づいた頃、克人は彼らから怒濤の攻撃を受けているにも拘わらず、地面を勢いよく蹴って彼らとの距離を詰めた。巌のような体が加速・移動魔法も相まって水平に宙を飛び、内部への侵入を許さない障壁を張ったまま彼らにショルダータックルをぶちかました。

 まるでトラックにでも撥ねられたかのような衝撃を受けて、三高選手は次々と吹っ飛ばされ、地面に勢いよく激突して意識を失っていく。

 

 結局克人に1回たりとも有効なダメージが通らないまま、そして克人以外の一高選手を1歩も動かさないまま、一高チームが総合優勝に華を添える完全な勝利を収めた。

 観客席からも惜しみない拍手が贈られた。“圧倒的”というよりも“凄まじい”と表現した方が適切な試合を目の当たりにしたせいか、その拍手はどこか夢見心地で曖昧なものだった。

 

「凄いですね……、あれが十文字家の“ファランクス”……」

 

 一高の応援席で試合を観ていた深雪も、拍手をしながら凡庸な感想を呟くしかなかった。

 達也も同じように拍手をしながら、しかし深雪とは違う感想を抱く。

 

「いや、あれは本来の“ファランクス”ではない気がする」

「そうなのですか?」

「今までに見たことがないから憶測でしかないが、最後の攻撃は“ファランクス”本来の使い方ではないように思える。だとしたら、十文字先輩の力量は相当なものだと言わざるを得ないな」

 

 達也の言葉に深雪が頷いたそのとき、観客の拍手に右腕を突き上げて応えていた克人がふいにこちらに視線を向けた。

 一瞬自分に向けたのかと考えた達也だったが、すぐに自分の後ろが定位置だったしんのすけに向けたものだと思い至った。

 もっとも、当のしんのすけは、

 

「おっ? もしかして試合終わっちゃった?」

「終わっちゃったよ。一高、というか十文字先輩の圧勝」

「もう、だからインターバル中にトイレ行っとけって言ったのに……」

 

 試合が始まる数分前に尿意を催し、そして今し方帰ってきたばかりだった。克人の独擅場だった試合も観ていないし、彼が秘かに送っているサインも気づいていない。

 達也が再びフィールドに視線を向けたとき、克人は既にこちらから視線を外し観客の声援に応えていた。

 心なしか、彼の表情が若干気落ちしているように見えた。

 

 

 *         *         *

 

 

 表彰式と閉会式は午後3時半から行われ、午後5時には終了した。これをもって、()()()()()九校戦は幕を下ろした。

 なぜわざわざこんな回りくどい表現をしたかというと、正確には“九校戦”は終わっていないからである。とはいえ、互いの威信を賭けて競い合うようなものではなく、むしろ互いの健闘を称え合う場だといえるだろう。

 午後7時から開始されるのは、“後夜祭”とも呼ばれる合同パーティーである。大会前に行われた懇親会とは違って純粋な親睦会であり、毎年少なからぬ遠距離恋愛カップルが誕生するほどだ。また参加者は高校生だけでなく、魔法師社会で有力者と称される魔法師関連企業の社長や魔法大学の関係者も含まれるため、将来魔法師として活躍することを目指している彼らにとっては自分を売り込むまたとないチャンスでもある。

 そうでなくとも、選手達は長い期間緊張に晒され続けていたため、その反動からか多くの生徒達が過度にフレンドリーな精神状態となっている。だからだろうか、普段ならばその美貌によって近寄りがたい雰囲気を醸し出す深雪の周りに二重三重と人垣が出来上がっていた。

 そして達也はそんな彼女を、壁に寄り掛かって眺めていた。

 

「よう、達也くん」

「九校戦、お疲れ様」

「格好良かったよ、達也さん!」

 

 と、そんな彼にひろし・みさえ・ひまわりが声を掛けて近づいてきた。開会前の懇親会と同じように給仕服に身を纏い、ひろしが右手に持つトレーには飲み物が幾つも載せられている。

 いくら数日間一緒に大会を観ていたとはいえ、達也にとってはそれなりに気を遣う相手だ。彼は壁から背中を離し、ひろしが差し出したトレーから飲み物を手に取り頭を下げる。

 

「それにしても、深雪ちゃんは随分と人気者だな」

「仕方ないよねぇ。魔法が凄いし、何てったって綺麗だもん!」

 

 ひまわりの言うように、深雪の周りに集まる人垣の中には他校の生徒、大会の主催者、基地の高官、大会を支援している企業の幹部といった魔法関係者だけでなく、芸能プロダクションや広告会社の人間といった本来魔法師とはほぼ無関係の人種も紛れていた。もっとも、鈴音が深雪の横で冷ややかな視線でガードしてくれているおかげで大事には至らないだろう。そうでなければ、達也が大人しく壁際で彼女を眺めているはずがない。

 ちなみに、そんなお偉方の中でも最年少ながら最も立場が上であろう酢乙女あいはその人垣にはおらず、彼女達とは少し離れた料理の並ぶスペースでしんのすけの隣を陣取っていた。彼の周りには他の幼馴染達の姿もあり、会話の内容は分からないがとにかく楽しそうで自然体なのが印象的だった。

 

「お陰様で。本当はもっとのんびりさせてやりたいところなんですが」

「そう言う達也くんも、さっきまで色んな人に話し掛けられてたでしょ?」

「そうそう。さっき話してたのって、ローゼン何とかって会社の日本支社長だろ? 1年生が声を掛けられるのは前代未聞だって、さっき真由美ちゃんと話してたんだよ」

 

 ひろしが言っているのは、魔法工学業界で世界第2位の規模を誇る“ローゼン・マギクラフト”のことである。しんのすけが魔法科高校に進んだのをきっかけに、魔法関連のニュースをよく見るようになったひろしだから気づけたことだろう。

 ちなみに達也はそれを聞いて、むしろ真由美が野原一家と交流を図ろうとしていることが気になっていた。十師族の彼らに対する態度は様々らしいが、少なくとも真由美は友好的と見ていいのか、それとも他に何か思惑があるのか。

 

「過去の例は、俺には分かりません。九校戦自体、初めてのことなので」

「あれ? 達也さん、あんまり乗り気じゃない感じ?」

「そりゃあ、あんな風に大勢に取り囲まれるのは嫌なのも分かるけどな」

 

 ひろしが苦笑いで視線を向けるのは、代わる代わる色んな大人に話し掛けられながらも笑顔を振りまき続ける深雪だった。

 

「でもよ、誰にも見向きされないってのもそれはそれで辛いもんだぜ? 達也くんからしたら注目されるのは嫌なのかもしれないけど、達也くんは頭も良いし、その内そういうのと上手く折り合いをつけられるようになるさ」

「あなたにも、そういった経験がお有りで?」

「俺はそんなんじゃねぇよ! ――俺じゃなくて、アイツの方でな」

「……成程」

 

 と、そんな会話をしている内に、深雪の周りにいる者達を筆頭にお偉方が次々と退場し始めた。そしてそれに変わって、楽器を持った正装の大人達が会場の一角に集まり始める。そんな光景に、生徒達がますます気分を浮つかせていた。

 

「あなた、そろそろダンスパーティの時間じゃない?」

「おっ、そうだな。んじゃ、俺達は仕事に戻るとするか。――じゃあな達也くん、せっかくだから楽しんできな」

「バイバイ達也さん! 今度はウチにも遊びに来てね!」

 

 そうしてひろし達が達也の前を去ってしばらくして、管弦の音が会場に流れ始めた。あくまでサブに徹するために控えめなそれに併せて、先程までの懸命な話術で見事親交を勝ち取った女子の手を取って、生徒達が続々とホールの中央へと集まっていく。

 深雪の方へ視線を向けると、彼女の周りには先程にも増して大勢の男子生徒の姿があったが、未だ誰1人彼女の手を取れる者はいなかった。直前まで来賓者に囲まれていたために親交を深める時間が無かったのもあるし、彼女の近寄りがたいほどの容姿に気後れしているのもある。

 しかしそんな彼らを尻目に、深雪に近づく1人の男子生徒がいた。

 達也もよく知るその少年に、達也は初めて人垣へと足を進めた。

 

「2日ぶりだな、一条将輝」

「むっ、司波達也か」

 

 達也に声を掛けられ、将輝はぶっきらぼうに返した。どちらも相手を友人とは考えていなかったが、堅苦しい礼儀を必要とするほどのものでもない。

 

「耳の調子はどうだ?」

「心配はいらんし、心配をされる筋合いも無い」

「そりゃそうか」

 

 社交辞令とはいえ、将輝の返答はおよそ友好的とは言い難かった。自身の勝利をかっ攫った張本人が相手だとすれば、その素っ気無さも当然と言えるかもしれない。

 しかし当の達也は割り切れても、それを傍で見守る深雪の目は不快の色を隠せなかった。そしてそれを向けられてるのに気づいた将輝は狼狽え、居心地悪そうに視線を逸らした。

 と、逸らした視線の先には、あいに付き纏われて迷惑そうにしているしんのすけの姿があった。先程までは彼女しか傍にいなかったが、今はダンスパーティで手が空いてるからか幼馴染達も彼の周りに集まっている。

 それに気づいた将輝が、途端に表情を真面目なものへと変える。

 

「司波達也は、野原しんのすけといつ頃知り合ったんだ?」

「今年の春、一高に入学してからだ」

「それ以前に彼の名を聞いたことは?」

「一度も無い」

 

 その遣り取りに将輝は少し考える素振りを見せ、そして再び達也に尋ねる。

 

「――司波達也、おまえは十師族の一員か?」

 

 その問い掛けに、達也は思わず身構えそうになった。

 比喩表現などではなく、戦闘態勢という意味で。

 

「……なぜそういう推論になったか知らんが、俺は十師族ではない」

「そうか。それでは、十師族と(ゆかり)のある家系か?」

「いいや、俺は十師族と何の関わりも無い」

「――そうか」

 

 達也の答えを吟味するように黙り込んでいた将輝だったが、やがて無表情のままポツリとそう呟いた。

 そして、続ける。

 

「俺の見たところ、彼はおまえに対して一定の信頼を置いているように思える。なぜ彼がおまえを選んだのか少し気になったものでな」

「……おまえは、しんのすけのことを知っているのか?」

「それなり、程度だけどな」

「しんのすけは、相手の能力や出自で友人を選ぶタイプではないぞ」

「そういう意味で言ったんじゃない。――彼は意味があって行動するんじゃなく、()()()()()()()()()()()()()()んだ。たとえ彼が何も知らずに選んだとしても、それには必ず何かしらの意味があるんだ」

「……話が見えないな。とにかく、俺も深雪も特に名家の出ではない」

 

 達也が平然と嘘を吐き、隣に寄り添う深雪も顔色1つ変えず頷いた。

 そんな2人に対し、将輝は――なぜかキョトンとしていた。

 

「はっ? なんでそこで深雪さんが出てくるんだ?」

「……はっ? なんでって、そりゃ俺が名家の出なら、必然的に深雪もそうなるだろ」

「いや、だからなんでそうなるんだ――あっ! 司波って……! もしかしておまえ、彼女と兄妹なのか!?」

「今まで気づかなかったのか? 本当に?」

 

 脱力感に襲われながら問い掛ける達也に、将輝は絶句したまま立ち尽くしていた。

 と、深雪は顔を背けて口元を押さえ、控えめな笑い声をあげた。

 

「一条さんは、私とお兄様が兄妹に見えなかったのですね」

「えっと、いえ、その……はい」

 

 言い訳を断念して項垂れるように答える将輝に対し、深雪はニコニコと上機嫌だった。

 よく分からないが、どうやら将輝は彼女の目に適ったらしい。

 もちろん、そこに恋愛的な感情は微塵も無いが。

 

「いつまでも固まっているのも周りの邪魔だし、せっかくだから一条と踊ってきたらどうだ?」

 

 ガバッと顔を上げる将輝の目は、期待に充ち満ちていた。

 深雪はそんな彼の反応もおかしく一頻り笑うと、将輝に向けて「どうしますか?」と言いたげに小首を傾げた。

 

「……ぜひ、1曲お相手願えませんか?」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

 将輝は上ずりかけた声を必死に抑えながら恭しく作法通りに一礼し、深雪も作法通りの一礼を返して差し出された彼の手を取った。

 感謝と感激の籠もった眼差しを達也に向けてポジションに付く将輝に、達也は「現金な奴だ」と秘かに思った。

 

 

 

 

 と、そうやって他人のダンスを見ていられる立場だったら、達也にとってもどんなに楽だっただろうか。

 しかし現実は、そう甘くなかった。いや、むしろ他の男子生徒から見れば、そちらの方が格段に甘いと表現できるのかもしれないが。

 

 最初のダンスの相手は、ほのかだった。達也の前でモジモジする彼女に達也も困り果てていたが、懇親会と同じく給仕として働いていたエリカの(茶々を存分に含む)アドバイスを受け、達也から彼女をダンスに誘った形である。

 しかし達也はダンスの練習など碌にしておらず、ステップを最低限憶えているだけで優雅さだのは二の次だ。なので達也と踊れただけで満足だったほのかは別として、次に踊った雫や英美からは「ダンスマシーンと踊ってるみたい」という褒めてるとも貶しているとも取れる言葉を頂いた。

 

 そんな達也が一番苦労したのが、真由美を相手にしたときだった。

 彼女の踊りは、達也の機械みたいなダンスとは対極だった。曲に対してまったくステップを合わせず、かといって音感が無いわけではない。彼女は“溜め”に対して独特の感性を持っていて、一音一音は微妙に外しながらも全体で見ると実に優雅なダンスとなっているのである。

 おかげで達也は演奏と真由美それぞれのリズムと摺り合わせなければならず、ダンスが終わる頃にはすっかり精神的に疲労困憊となっていた。鼻歌でも口ずさみそうな雰囲気でその場を去っていった真由美を見たところ、一応彼女を満足させることはできたようだが、その代わりに失ったものが大きい気がする。

 そんな彼に近づく、1人の少年がいた。

 

「疲れているようだな。試合のようにはいかんか」

 

 そう声を掛けながら飲み物を差し出してきた克人に、達也は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、慌てたようにそれを受け取った。もう片方の手に持っていたノンアルコールビールを一気に飲み干す克人に合わせて、達也もそれを一気に飲み干す。

 

「……ええまぁ、このようなパーティーもダンスも、慣れていませんので。十文字会頭は、まったく苦にしていないようですね」

「まぁ、慣れているからな。――司波、少し付き合え」

 

 克人はそう言うと、空いたグラスを通りすがりのウエイトレスに渡し、達也の答えも聞かない内に出口へ向かって歩き出した。達也に拒否権が無いことを言外に表しているのだろう。

 

「…………」

 

 同じウエイトレスに空のグラスを渡し、達也は無言で彼の後をついていった。

 

 

 *         *         *

 

 

 大会開幕直前の夜に賊を捕らえたその庭は、今は忍び寄る人影も気配も無く静まり返っていた。とはいえ完全な静寂ではなく、誰かが窓を開けたらしく微かにパーティーの音楽が聞こえてくる。しかしその音が、却ってここの静けさをより深いものにしていた。

 一度もこちらを振り返ることなくずんずんと歩いていく克人の背中を眺めながら、達也は彼の真意について考えを巡らせていた。

 

 ここに来るまでの道中、達也は一度だけ克人に話し掛けた。

 現在行われているパーティーの後には、同じ会場を貸し切って第一高校優勝祝賀会が行われる。毎年九校戦優勝校に与えられる些細な特権であり、表でも裏でも中心として尽力してきた克人が出ないわけにはいかない。

 しかし彼にそのことを指摘すると、彼はこちらを振り返ることなく「すぐに終わる」とだけ答えた。“大した用事ではないから”という意味にも取れるが、ならばわざわざ会場を抜け出す理由が説明できない。それよりも“すぐに決着がつくから”という意味合いで考えた方が自然だ。少なくとも、克人はそう考えているようだ。

 やがて克人が足を止め、それに倣って達也も足を止めた。

 

 そしてその頃には、達也は克人の誘いに応じたことを既に後悔し始めていた。

 克人と2人きりで何か話すと思われていたその場所に、おそらくダンスパーティの喧騒に紛れて会場を抜け出したのであろう酢乙女あいが、ボディガードである黒磯も連れずに2人の到着を待ち構えていたのだから。

 

「お楽しみのところ、お呼び立てしてしまい申し訳ありませんわ。十文字克人さんもごめんなさい、わざわざ小間使いの真似をさせてしまって」

「いや、俺は別に構わない」

「……なぜ、十文字先輩に?」

「十師族である十文字家の当主代理も交えた密談を盗み聞きしようなんて人、あの会場の中にはいないでしょう?」

 

 世界最大級の企業グループの令嬢と、新人戦優勝の立役者ながら血筋としては無名の1年生。確かにこの2人が揃って会場を抜け出したとなれば、野次馬根性を働かせて盗み聞きに走る者もいるかもしれない。魔法師に対する“脅し”を掛けるという点では、確かに酢乙女家よりも十文字家の方が適役だろう。

 

「さてと、こうして話の場を設けさせていただいたのは、今回の一連の事件に関する様々なことが朧気ながら見えてきたので、ここで一度情報を共有しておこうと考えたからですわ」

「それは良いのだが、この場に司波達也を同席させる意図をお聞かせ願いたい」

 

 話を切り出したあいに対し、克人がそう問い掛けた。しかしそれは達也がここにいることに否定的というニュアンスではなく、ただ単純に気になったからという軽いもののように達也は感じた。

 

「彼はしん様と近しい間柄、となればこれから巻き起こるであろう事件の当事者となることは必至ですわ。だったら何の情報も無いまま飛び込ませるより、或る程度は事前情報を与えた方が賢明というものでしょう?」

「しかし野原しんのすけに関する情報は――」

「あなた、達也さんを十師族に引き入れたいと考えているんでしょう? だったらこれくらい、聞かせてあげなさいな」

「そうなんですか?」

 

 聞き捨てならない情報に達也が思わず問い掛けると、克人は特に誤魔化す様子も無くあっさりと頷いた。

 

「九校戦でのおまえの活躍を見て、純粋に十師族として国の発展に尽力してほしいと思っただけのことだ。おまえほど優秀な人間だと、一般社会では様々な軋轢に遭うだろう。それならばいっそ十師族となって、そういった軋轢から解放された環境の方が、おまえの能力は遺憾なく発揮されると考えた」

「……そう簡単に、十師族になれるものではないでしょう」

「そんなことはない。十師族の人間と婚姻関係を結べば良い。――そうだな、七草はどうだ?」

「……それはつまり『結婚相手としてどうだ?』ということですか?」

「そうだ」

「…………」

「さて、その話は私がいないときにでもしてもらうとして、今はこちらの話に付き合っていただきますわ」

 

 あいがむりやり話題を変えなければ、達也は何を答えれば良いのか考え込む羽目になっていただろう。その点だけは、彼女がここにいることに感謝だ。

 

「昨日の夜、第一高校の選手を狙って様々な工作活動を行っていた“無頭竜”の東日本総支部が軍の働きにより壊滅し、メンバー全員が捕らえられました。彼らは九校戦の優勝校を予想するトトカルチョの主宰であり、参加者のほとんどが賭けていた本命の第一高校を棄権に追い込むことで利益を得ようとしていました」

「そのために我々が乗ったバスを事故に見せかけて襲ったり、渡辺を大怪我に追いやったというわけか」

「その通り。しかしここで、奴らに誤算が生じます」

 

 あいはそう言って、人差し指を立てた。

 

「渡辺さんを棄権に追いやった七高選手の暴走は、“無頭竜”の工作員がCADに仕掛けた魔法によるものでした。しかしこの工作員は、新人戦の女子“波乗り”にてしん様によって捕えられました」

 

 別にしんのすけ1人でやったことではないが、わざわざ口を挟んで時間を取る必要は無いため達也も克人もスルーした。

 

「しかしその後、新人戦男子“モノリス”にて四高選手による反則でフィールドのビルが崩壊する大事故が起きました。渡辺さんの一件もあったので、私達は“無頭竜”の工作員が他にもいて、そいつが四高選手のCADに何か仕掛けたのだろうと考えていました」

「確かに。そのときはなぜ一高が狙われているのか分からなかったが、渡辺のときと同じ奴らが動いているのだろうと考えていた」

「はい、私もそのときはそう考えていました。――ですが捕らえた“無頭竜”のメンバーに問い質したところ、高速道路での襲撃や渡辺さんの件については認めましたが、モノリスでの事故の関与は否定したのです」

 

 あいの言葉に、達也も克人もその顔に驚きの感情が浮かんだ。

 

「つまりそれは、“無頭竜”とは別の奴らが絡んでいるということか?」

「そうなりますわね。――ところで、先程私が“無頭竜”の目的について話したとき、何か疑問に思うところはありませんでしたか?」

 

 そう問い掛けるあいの視線は、達也に向けられていた。

 半強制的に回答者となった彼は、小さく溜息を吐いてからそれに答える。

 

「一高が優勝すると予想したのは参加者の()()()()だそうですが、つまりそれは一高以外に賭けた者もいたということですね?」

「はい、その通りです。第一高校が成績を落として喜ぶのは、“無頭竜”だけでなくそいつらも同じだということです。とはいえ、そのまた()()()()が逆張りで第一高校以外を選んだような感じですわね。一応“家の者”を使って調べさせてはいますが、そちらに関してはまず問題無いでしょう」

 

 あいの言葉を聞いて、達也も克人も胸を撫で下ろすようなことはしなかった。“ほとんど”のフィルターを2回も擦り抜けるような奴がまだ残っていることを示しているからだ。

 

「参加者の大多数は反社会的組織や非合法の兵器ブローカーといった方々ばかりですが、代理人を立てて参加していたその人物は、言ってしまえばかなり“普通”です。以前は“とある大企業”に勤めていたそうですが、子供が独立したのもあって早期退職し、奥さんと2人で悠々自適な生活を送っているような人物です」

「それはまた、犯罪ブローカー主宰のトトカルチョには随分と似つかわしくないな」

「しかし賭けた金額は参加者の中でも5本の指に入るほどで、しかもほとんどの参加者が第一高校を選択するのには目もくれずに第三高校を選択したそうですわ」

「つまりあなたは、その人物、もしくはその人物が所属する組織が、四高生徒のCADに何かしらの細工をしたと疑っているのですね」

「半分正解、半分外れといったところですね」

 

 達也の推測に、あいはそう返した。

 

「確かにその人物がモノリスの事故に関わっているとは疑っていますが、四高生徒のCADに細工をしたとは考えていません。――というか、そもそもCADに細工なんてされてなかったのですよ」

「ということは、つまり……」

「そう。あの事故は、四高選手自身が自分の意思でやったことなのです。九島閣下が選手本人に尋問したところ、あっさりと白状しましたわ」

 

 あいから(もたら)された情報に、達也も克人も驚きを隠せなかった。バトル・ボードで七高選手のCADに細工がされていたこともあって、そちらの事故もCADに細工がされているものだと思い込んでしまっていたのである。

 

「なぜそのような暴挙に出たのか、理由は分かっているのか?」

「はい、本人の口から。――『第一高校に裁きの鉄槌を下すため』だそうですわ」

「……裁きの鉄槌?」

 

 達也が思わずオウム返しに尋ねてしまうほどに、その言葉は突拍子が無かった。同じくそれを聞いた克人も、要領を得ないとばかりに首を傾げている。

 

「第一高校は九校戦や論文コンペで活躍するために、全国の優秀な魔法師候補を囲い込んで他の高校に進学しないよう圧力を掛けているだけじゃなく、主催者や審査員や相手選手をも買収して自分達が優勝するように工作しているんだそうです。その四高選手は、あたかも自分達が最も優秀であるかのように振舞っている一高生徒に真実を突きつけ、偽りの栄光を白日の下に晒すためにビルごと一高選手を潰してやったんだそうですわ」

「……その選手が、そう言ったのですか?」

「はい。九島閣下の話だと、それはもう嬉々とした様子だったそうです。――ちなみに訊きますけど、そのような事実はありますか?」

「まったくの出鱈目だ。囲い込みも買収も、一度だってしたことが無い」

 

 第一高校は東京の八王子にあるが、関東近辺だけでなく全国から受験生が集まってくるのは確かに事実だ。しかしそれはけっして囲い込みなどではなく、充実したカリキュラムと長年掛けて積み重ねてきた実績を考慮した受験生が自分の意思で第一高校を選んだ結果である。

 何を当たり前のことを、とでも言いたげに答える克人に対し、あいは尚もこう言い放つ。

 

「えぇ、そうでしょうね。九島閣下も『そんな話は私の耳にも入ったことが無いな』と仰っていましたが、するとその四高選手は『あなたも第一高校の圧力に屈した人間の1人だったのですね』と本気で失望した様子だったそうです」

「それはまた、随分と激しい“思い込み”だな」

 

 そして九島烈に対してそのような態度を取るとは随分と命知らずなようだ、と達也も克人も秘かに思っていたが口には出さなかった。

 

「とりあえずその四高選手は、今は基地内の病院にて洗脳が行われていないかメンタルチェックをしているところです。仮に洗脳だったとしたら相当強力なものなので術者と直接会っている可能性もありますが、彼の供述にそれを匂わせる内容は見当たらなかったので望みは薄いでしょうね」

「記憶を消されている可能性もある、ということか……」

「第三高校に賭けた人物の方からは?」

 

 達也のその問い掛けにも、あいの表情はどこか晴れない。

 

「その人物が賭けた金額は、いくら大企業に勤めていたとはいえ元サラリーマンがおいそれと出せるような金額ではありませんわ。なので誰かからの資金援助を受けている可能性も考慮して調査を進めているところですが……」

「結果は芳しくないですか?」

「まだ始まって間も無いのでこれからではありますが、正直それを突き止めたところで事故に関与している決定的な証拠を掴めるかどうか、といったところですわね。本当にその人物が事件に関係あるのか、というのもあやふやですし」

「だけどあなたは、その人物が関与していると疑っている」

「えぇ、単なる勘ですけど」

 

 それはあい自身が達也を勧誘した場面でも述べた“非論理的な理屈”だった。

 しかしそれは同時に“嫌いではない”ものでもあった。

 

「とまぁ、今のところ分かっているのはそんなところですね。申し訳ありません、呼びつけた割には大したことのない内容で」

「いや、そんなことはない。昨日“無頭竜”が捕まったばかりだというのに既にそこまで調べ上げているとは、よほど()()()()()をお持ちのようだ」

 

 身長差があるため見下ろす形となっている克人の眼差しに、あいは微塵も物怖じした様子も無くニコリと笑みを浮かべるのみだった。

 そんな中、達也は先程からずっと気になっていたことを口にした。

 

「最後に質問なのですが、その人物が以前に勤めていた“大企業”というのを、参考までに教えてもらっても良いですか?」

「はい、もちろん構いませんよ」

 

 あいは克人に向けていた笑みを達也へと移し、そしてその表情のままこう言った。

 

「その大企業というのは――」

 

 

 

 

「お兄様?」

 

 あいも克人もその場を去り、夜の闇の中で何かを考え込んでいた達也を現実世界に引き戻したのは、背後からの妹の呼び掛けだった。

 

「どうかされたのですか? 私が近づいてくるのもお分かりにならないだなんて」

「いや、ちょっとな」

「……お兄様、十文字会頭とはどのようなお話を?」

「……それについては、家に帰ってからにでもしよう」

「かしこまりました」

 

 達也の言葉に、深雪は考えを巡らせる間も無く答えた。

 

「そろそろ、パーティが終わりますよ」

「次は祝賀会だったか。パスというわけにはいかないんだろうな」

「お部屋に戻られても、しんちゃんの襲撃を受けるだけかと思いますよ? 先程、会長がしんちゃんに何やら耳打ちしているのを見ましたので。――ラストの曲が始まりましたね」

 

 深雪の言葉に、達也は遠くで聞こえる楽団の音に耳を傾けた。確かに先程と違う曲だが、これが最後の曲かどうかは残念ながら知識に無い。

 

「お兄様、ラストダンスは私と踊っていただけませんか?」

 

 月明かりと星明かりに照らされ、達也でも滅多に見ることのない透き通った笑みを浮かべて、深雪が優雅に一礼した。

 

「じゃあ、曲が終わらない内に戻ろうか」

「いいえ、お兄様。それでは時間が勿体ないです」

 

 深雪はそう言って、スッと達也に近づいた。互いの吐息が感じられるほど、近くに。

 

「ここでも、曲は聞こえます」

 

 達也は何も言わず、その腕を深雪の背中に回した。

 深雪は体を預けるように、達也の肩に手を置いた。

 2人の体が触れ、手を優しく包み込み、背中を深く抱きしめ、ステップを踏み出す。

 音楽に合わせて、2人の体がくるくる回る。くるくる回る視界の中で、達也の視線は常に深雪を捉え、深雪の視線は常に達也を捉えていた。

 月明かりと星明かりに照らされたこの場所は、間違いなく2人だけの世界だった。

 

 そんな最愛の妹とのダンスを楽しみながら、達也は頭の片隅で先程あいから聞いた“大企業”の名を思い起こしていた。

 

 

 ――“金有電機(かねありでんき)”か。社長と1人娘がサザエさん時空の影響下にあったとも聞くし、念のため注意しておくか。




「やぁ、しんちゃん。九校戦優勝おめでとう」
「九校戦お疲れ様、しんちゃん」
「おぉっ! スンちゃんにルルお姉さん!」
「僕はこれから用事があるから、今晩にでも出発しなきゃいけないんだ。あんまり話ができなくて残念だけど、今度は僕からブリブリ王国に招待するから、そのときは家族やお友達も一緒に来てくれると嬉しいな」
「うん、絶対に行くゾ! ――あれっ? でも魔法師って海外行けないんじゃなかったっけ?」
「それも心配いらないよ。日本と親しい国の王子の結婚式に招待されたとなれば、どうとでもなると思うよ」
「えっ! スンちゃん、結婚するの!? おぉっ、それはメデタイですなぁ! んで、相手は誰? どこかのお姫様?」
「僕にとっては、どこのお姫様よりも美しい女性だよ。――ねぇ、ルル?」
「もう、王子ったら……」

「…………えっ?」

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