嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第42話「アリス・イン・ヘンダーランドだゾ」

 西暦2095年8月中旬。

 ミリタリー調のジャケットにミニスカートを身に纏い、ルビーのように鮮やかな紅の長髪を風になびかせながら、国立魔法大学付属第一高校1年B組・明智英美(またの名をアメリア=ゴールディ)は、学校から程近い駅前のロータリーに立って友人の到着を待っていた。

 現在の時刻は、午前6時ちょっと前。いくら同級生と遊びに行くにしてもかなり早い時間帯であり、現にロータリーは人影が疎らで静まり返っている。しかしこれから向かう目的地がかなり遠く、1日中遊び倒そうと考えるとこれだけ早く電車に乗らなければいけないのである。

 さて、それだけ気合いを入れて早く起き、もうすぐ友人がやって来るということもあり、英美はさぞかし楽しみにしているだろう――と思いきや、彼女の表情はどうにも晴れやかなものではなかった。

 単純に眠いから、ではない。確かに起床直後はかなり眠気があったが、家を出る直前に自宅に掛かってきた電話のせいでそんなものは吹き飛んでしまっていた。

 

 ――まさかお祖母様(グラン・マ)から、スイスへの留学を誘われるなんて……。

 

 その電話の主は、イギリスに住む彼女の祖母。イングランドの現代魔法の名門・ゴールディ家の現当主の叔母であり、その権威は当主に次いでNo.2と目される人物だ。そして彼女は英美との挨拶もそこそこに、スイスの魔法学校に留学しないか誘ってきたのである。

 いや、誘うだなんて生易しいものではなかった。英美が論を尽くして情に訴えて保留の返事を勝ち取らなければ、むりやりにでも留学させられてしまいそうなほどの勢いだった。

 外国に住んでいる外孫ということもあり、彼女は今まで祖母からほとんど干渉を受けたことが無かった。遊びに行けば作法には厳しいながらも可愛がってくれるが、それ以外については放任を貫いていた。何か急に事情が変わったのか、と英美は頭を巡らせるが、結局心当たりも無く家を出る時間になってしまった。

 

「エイミィ!」

 

 遠くから呼び掛けられる声に英美はハッと我に返り、そちらへと振り向いた。

 そこにいたのは、ゴスロリ風のワンピースを着た少女・桜小路紅葉(あかは)と、サマースーツに眼鏡姿の美少年風美少女・里美スバル。並んで歩く光景はまさに“初々しいカップル”そのものであり、満更でもない紅葉の様子に英美は思わず苦笑いを浮かべていた。

 

「おはよう、2人共。一緒に来たんだね」

「えへへぇ」

「たまたまそこで一緒になってね」

 

 そう答えてフッと笑みを浮かべるスバルは、友人関係になって数ヶ月になる英美から見ても(女性から見て)魅力的に思えた。ほんの少しだけ高鳴ってしまった胸の鼓動を隠すように、彼女は2人を駅の中へと促す。

 

「それにしても、遊園地なんて久し振りだね」

「遊園地じゃなくて、テーマパークだから」

「はははっ、サクラは随分とこだわりがあるようだね」

「何てったって、招待券が手に入るほどのリピーターだものね。でもまぁ確かに、事前に貰ったパンフレットを見ると単なる遊園地じゃないってのは伝わるもんね」

 

 英美の言葉に、紅葉はどこか誇らしげにフンと胸を張った。

 そんな彼女に自然と笑みを漏らしながら、英美はバッグからそのパンフレットを取り出した。

 

「さてと、今日は1日うんと楽しませてもらおうじゃないの。――“群馬ヘンダーランド”!」

 

 

 *         *         *

 

 

 “群馬ヘンダーランド”とは、今年で開園20周年を迎える総合アミューズメントパークである。群馬県桐生市の巨大な湖の上に存在しており、車ならば東北自動車道館林インターチェンジから30分、電車ならば東武桐生線ヘンダーランド駅が最寄り駅となる。

 雫の父親で実業家の北山潮が、世界大戦で暗い影を落としていた日本を元気づけたいと、かつて20世紀末頃に存在していたテーマパーク復活プロジェクトを立ち上げ、足掛け10年の計画の末にオープンさせた。すると開園当初から家族やカップルを中心に人気を博し、今でも平日休日問わずに多くの客が訪れる北関東屈指の人気スポットとなっている。

 エリアは、大きく分けて3つ。橋を渡って入場すると最初に訪れるのは“おとぎの森”。その名の通り鬱蒼と草木が生い茂るエリアで、喋る樹木や可愛い小動物などが客を出迎える。そこを抜けると中世のヨーロッパを模した街並みが広がる“ヘンダータウン”となり、ヘンダーランドに住むヘンダーくんやヘンナちゃんなどの生活を垣間見ることができる。さらにそこを抜け、シンボルであるヘンダー城を横目に橋を渡ると、絶叫マシーンからメリーゴーラウンドまで揃う“プレイランド”となっている。

 

 パーク内はかなり広大であるため、通常は猿が運転する汽車に乗って移動することとなる。もちろん本物の猿ではなく、最新技術を駆使して作られた精巧なロボットだ。美人な女性をナンパしていたという目撃情報が時折客から寄せられるが、ロボットがナンパなどするはずがないので気のせいだろう。

 しかしながら、そんな不思議な出来事が起こってもおかしくないと思わせるほどに作り込まれたその雰囲気は、遊園地――もといテーマパークを久しく訪れていなかった英美でさえ夢中にさせるものだった。夏休み特有の開放感もあって、到着と同時に様々なアトラクションを駆け巡ってはハイテンションでそれを楽しんでいた。

 そして現在、

 

「ちょっ……! 本当に、ここどこなの!?」

 

 明智英美、16歳。彼女はこの年齢になって、見事なまでに迷子となっていた。

 きっかけは、ヘンダータウンのエリアにある海賊船のアトラクションを思いっきり楽しんだ後のこと。次の目的地は既に決まっていたので、英美は2人を先に行かせてトイレへと立ち寄った。少々入り組んだ場所にあったトイレで用を済ませたは良いものの、パンフレットを眺めながら目的地へと歩いたつもりが到着したのはまったく別の場所。そこからあちこち歩き回るも目的地に辿り着けず、終いには自分が今どこにいるのかさえ分からなくなってしまったのである。

 

「LPS(Local Positioning System)はともかく、GPSまで使えないってどういうこと!?」

『不思議の国に現代文明は無粋ってヤツじゃないかな?』

「遊園地に思いっきり現代文明使ってるのに!? 仮にそうだとしても、ビーコンまで阻害するなんてやりすぎでしょ!」

『まぁまぁ、落ち着いて。近くに案内板も無いの?』

「さっきから探してるんだけど、ガイドの姿すら見えないのよ!」

 

 この歳になって迷子になったことを友人に打ち明けなければいけない気恥ずかしさも相まって、彼女の苛立ちはどんどん募るばかりであった。それでもスバルは文句も言わず彼女を宥める辺り、実に女の子の扱いを心得ていると言えよう。

 

『いざとなったら花火でも打ち上げてくれれば、ボクの魔法で迎えに行ってあげるよ』

『駄目よ、スバル。そんなことしたら補導されちゃう』

 

 スバルの提案は、電話口に割り込んできた紅葉によって却下された。魔法の使用は法令で厳しく制限されており、迷子の友人を見つける程度の理由では確かに認められないだろう。

 

『仕方ない。エイミィ、そこからヘンダー城は見える?』

「……まぁ、辛うじて」

『ヘンダー城の正面にプレイランドへと続く橋があるから、とりあえずそこで落ち合おう』

「うん、分かった」

 

 電話が切れ、英美は大きく溜息を吐いた。

 そして建物の屋根の向こう側に見えるヘンダー城に、ギロリと鋭い視線をぶつけた。

 

 

 *         *         *

 

 

「エイミィったら、この歳で迷子になるなんてね」

「……うーん、どうにも気になるなぁ」

 

 呆れ果てた様子の紅葉に対し、スバルは携帯端末を見つめながら思案顔になる。

 

「何が気になるの?」

「エイミィって、こんな人工的な場所で迷うほど方向音痴ではないだろう? 彼女は狩猟部に所属してて、そこで1年生ながらかなりの実力者だって評価を貰っている。野山で鳥や動物を追い掛けるハンティングは、方向音痴には務まらないよ」

「……確かに、案内板もガイドも見つからないっていうのは少し変かも。子供も大勢遊びに来る場所で、迷子の対策を何も考えていないはずないもんね」

 

 2人は深刻な表情で互いを見合いながら、これといった答えを出すことができなかった。

 スバルの「とりあえず行こうか」という言葉をきっかけに、2人はそこから歩き出した。

 

 

 *         *         *

 

 

 着々と目的地に近づいていく2人とは裏腹に、英美はヘンダー城との距離を縮められずにいた。そちらへ向かおうとする度に行き止まりで回れ右、を何回も強いられる苛立ちで英美の頭が埋め尽くされていく。

 先程のスバルによる『方向音痴ではない』という英美への評価は控えめなものであり、正確には『鋭い方向感覚を持っている』と評すべきほどだ。そんな彼女の感覚が、先程から同じような場所をグルグルと回っているだけだと本人に伝えている。見えていながら近づけず、分かっていながら抜け出せない状況に、彼女の苛立ちはみるみる限界点へと近づいていく。

 そしてまたしても、何度目になるか数えるのも腹立たしい茨の壁に突き当たった。トゲの多い野バラの生け垣であり、小柄な女性であっても潜り抜けるのは困難なほどに密集している。

 

「こうなったら、跡形も残さず薙ぎ払ってやるわ……!」

 

 ミニスカートのポケット(を模した穴)から太腿に巻いたホルスターに手を伸ばし、携帯端末形態のCADを取り出した。メインに使っているショットガン形態はさすがに持ち歩ける代物ではないため自宅に置いてきているが、固定の障害物を吹き飛ばす程度ならばサブのこれでも問題は無い。

 そうして片手で使うこともあるCADを両手で素早く操作し、起動式を展開した、

 まさにそのとき、

 

「お客様、困りますなぁ」

「――――!」

 

 後ろから突如呼び掛けられ、英美はバケツで氷水を頭から被ったような心地になった。起動式の構築が中止され、効果を発動すること無く霧散する。

 魔法の無断使用。正確には未遂だが、あの段階まで行けば何をしようとしていたか魔法師の目には明らかであり、紅葉が言った通り警察への補導案件である。

 これから自分に待ち受けるアレコレを想像しながら、英美はギギギと音がしそうなほどにゆっくりと後ろを振り返った。

 

 そこにいたのは、ライトグリーンの制服を身に纏って帽子を被り、地図記号の書かれたバイザーで目元を隠す若い男性だった。それは英美がここに入場してからあちこちで見掛けているヘンダーランドのスタッフ特有の格好であり、温泉マークの描かれたバイザーの下に覗く口元はニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 そのスタッフの態度に英美の神経が逆撫でされるが、今の彼女は魔法の無断使用を咎められる立場である。下手に逆らうわけにもいかず、どうやってこの場を切り抜けるか幾つもの言い訳を頭の中で並べていると、

 

「――ん?」

 

 目元を隠すそのスタッフの顔に視線を向けたとき、妙な既視感を覚えた。つい最近その顔を見たような、そんな感覚がふいに彼女の脳裏を過ぎったのである。

 そうしてジッと観察すること数秒、英美は恐る恐る問い掛けた。

 

「……もしかして、しんちゃん?」

「おっ? さすがエイミィちゃん、バレちゃったゾ」

 

 目元を覆い隠していたバイザーを上げると、つい最近の九校戦での記憶も新しい、太く凛々しい眉がトレードマークの同級生・しんのすけの顔が表れた。悪戯が成功したかのようにニヤニヤと口元を緩ませる彼に反し、英美の細く形の良い眉が吊り上がっていく。

 しかしまだ戸惑いの方が強いようで、英美は小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、

 

「しんちゃん、その格好はどうしたの?」

「オラ、ここで夏休みの間だけ警備のアルバイトをしてるんだゾ」

「バイト? なんでまた……」

「いやぁ、新しく発売するアクション仮面のフィギュアがどうしても欲しくて――」

「いや、そっちじゃなくて、なんでわざわざ遊園地のスタッフなんて普通のバイトをしてるのかってこと。しんちゃんほどの成績なら魔法関係のバイトにいくらでも就けるだろうし、そっちの方が色々と条件良いでしょ?」

「どうせバイトするなら、楽しい方が良いでしょ? ここのお仕事、結構楽しいゾ」

 

 しんのすけはそう言って、制服を見せびらかすようにその場でクルクルと回転し始めた。まるでバレリーナのように爪先立ちで器用に回転する彼に、クラスが違うため耐性の無い英美はどう反応したものか苦笑いを浮かべている。

 と、ふいに彼女は思い出したように目つきを鋭くして、しんのすけに詰め寄った。

 

「というか、しんちゃん! これはいくら何でもやりすぎじゃないの!?」

「やりすぎって、何が?」

 

 英美の剣幕にも一切物怖じせず首を傾げるしんのすけに、英美がビシッ! と擬態語が付きそうな勢いで茨の生け垣を指差した。

 

「ヘンダーだかワンダーだか知らないけど、障害物を動かして通せんぼするのはひどいんじゃない!? おかげで私、さっきから同じ所をずっとグルグル回されてるんだけど!」

「んもうエイミィちゃん、何言ってんの? そんな仕掛け、作るわけないじゃない」

「でも、現にここにこうして――」

「というか、ここはまだ工事中で勝手に入っちゃいけないんだゾ。表に看板があったはずだけど、どっから来たの?」

「どっからって……、あっち」

 

 英美が指差した先には、今まさに吹き飛ばそうとしていた茨の生け垣がそびえていた。

 

「そっちは行き止まりだゾ」

「今はそうだけど、さっきまでこんなの無かったの! 言っとくけど地理感覚には自信あるから、勘違いとかじゃないからね!」

「えぇっ? つまりあの蔓が自分で動いてここを塞いだってこと? いくら何でもそんなの、魔法じゃあるまいし――!」

「それだ!」

 

 突然嬉しそうにこちらを指差してそう叫んだ英美に、しんのすけは「へっ?」と不思議そうに首を傾げる。

 

「何かの魔法を使って、誰かが意図的に茨の壁を作って行き止まりを作ってるの!」

「誰かって、誰が?」

「それは……分からないけど、それを証明するために今から魔法を使いたいんだけど、警備スタッフのしんちゃんに許可を取れば、非常事態ってことで構わないよね?」

「んもう、エイミィちゃんは我が儘ですなぁ。周りの建物は壊さないでよ」

「もちろん!」

 

 消極的ながらもしんのすけの許可を貰い、英美は実に嬉しそうに先程不発に終わった起動式を最後まで構築し、移動系魔法“エクスプローダー”を発動した。有効範囲内の物体が“着弾点”から等距離、つまり球状に高速移動する魔法であり、瓦礫など多数の物体が一塊になっているものを吹き飛ばすのに役立つ。

 今回は野バラの葉っぱ1枚1枚をオブジェクトと認識し有効範囲を広く設定することで、生け垣の真ん中で爆発を起こしたように葉っぱが蔓を巻き込むように引き千切られ、生け垣の中央に人が余裕で通れるほどの大穴が空いた。

 しんのすけが「おぉっ」と呑気に拍手をするが、英美は気を抜かず険しい表情でそれを見守っている。

 すると、

 

「――――!」

 

 まるで蛇のように蔓が独りでに蠢き出し、せっかく空いた大穴を埋め尽くしてしまった。

 

「おぉっ! 壁が直ったゾ!」

「しかもこの生け垣、根も無ければ格子棚も無かった。普通野バラは何か支えが無かったらここまで育たないの。つまりこの生け垣は、魔法的な力によって支えられているってこと」

「成程成程。……んで、なんでそんなことをするの?」

「そりゃ、私達……というか、私をここに閉じ込めるためでしょうね」

「誰が?」

「……どうやら、お出ましみたいね」

 

 英美が睨みつけるのは、しんのすけがこの場にやって来た方向、つまり彼の背後だった。

 それに釣られて振り返ると、そこにいたのは黒服・黒眼鏡・黒帽子という装いの男数人だった。奴らが2人と適度に距離を空けて通路いっぱいに広がることで、2人は奴らと茨の壁、そして周りの建物に囲まれてしまう。

 

「おぉっ、あの映画みたいで懐かしいゾ」

「“メン・イン・ブラック”のこと? 映画じゃなくて、都市伝説の方なら知ってるけど」

「そうなの? 100年くらい前の映画だけど、面白いから観た方が良いゾ。多分動画サイトだったら普通に配信されてると思うから――」

【ミス・ゴールディ】

 

 しんのすけの言葉をぶった切るように、黒服の1人が話し掛けてきた。

 ちなみに英語だった。【 】内の台詞は英語だと思え、というヤツである。

 

【あなたに危害を加えるつもりはありません。ただ、お譲りいただきたいものがあるのです。対価として、あなたが今後必要とされるものをご用立て致しましょう】

【仰っている趣旨が分かりませんが】

 

 黒服が英語で話し掛けてきたのに合わせて、英美も同じく英語で返した。アメリアとして話す英語は普段使う日本語よりも格式張っており、傍系とはいえ名門の一員に相応しい上品な言葉遣いに思える。

 もっとも、傍でそれを聞いていたしんのすけにはちんぷんかんぷんだったが。

 

【これは失礼、では回りくどい言い方は止めに致しましょう。――ミス・ゴールディ、我らに“魔弾タスラム”の術式をお教えいただきたい。その対価として、我々が今後あなたに向けて放たれる刺客を退いて差し上げます】

【あの魔法はゴールディ家の秘術です。本家の人間として認められた者のみに伝授される術式を、本家から遠く離れ日本人として暮らす私が教わっていると思うのですか?】

【思うのではありません、存じ上げているのです。ミセス・ゴールディがあなたに“魔弾タスラム”の術式を伝授していることは、さる筋から承っております】

「んもう! みんなして英語で喋るから、オラには全然分からないゾ! エイミィちゃん、何て言ってるの?」

「要するに、ウチの本家のお家騒動に巻き込まれたって話よ」

 

 やきもきするしんのすけに、英美は色々な要素を排除して実に簡潔に説明した。

 そうして改めて、目の前の黒服を睨みつけた。自分に向けて放たれる刺客を退いてやると嘯く奴らだが、もし断れば自分達がその“刺客”になりそうな剣呑な雰囲気を醸し出している。

 

【なぜそこまでして、あの魔法の術式を欲しがるのですか? まぁ、答えは分かっていますけど】

「…………」

【あの術式は、ゴールディ本家の証。元々は古式魔法を伝承する一族でありながら現代魔法の勃興と同時にそれを修め、イングランドにおける現代魔法の権威の一角を占める本家の、まさに切り札とも言える存在】

「…………」

【たとえ本家に生まれても、あの術式を使えなければ本家の一員とは認められない。――当然、相続権も得られない】

「――――」

 

 その瞬間、黒服達から一瞬だけ殺気が漏れた。

 あまりにも分かりやすい、と英美は悪態をついて臨戦態勢に入った。

 

【ミス・ゴールディを確保しろ。多少怪我をさせても構わん。ガキの方は始末しろ】

 

 おそらくリーダー格であろう黒服の指図と共に、他の黒服達の袖口から一斉に細身のダガーナイフが飛び出し、その手に握られた。重心が先端に寄った投擲用の物であり、その一糸乱れぬ動きから黒服達がかなり訓練を積んでいることが分かる。

 しかしナイフを投げる直前、突如その動きが崩れた。

 

「アクショーン、キーック!」

「――――!」

 

 両脚を突き出し、地面とほぼ水平となる姿勢で、しんのすけが黒服達の横っ腹に飛び込んできたからである。自己加速術式を用いてミサイルのような勢いで迫る彼に奴らはまったく反応できず、彼の最も近くにいた者が直接攻撃を受け、さらに2人の仲間を巻き込んで吹っ飛んでいった。

 なぜ訓練を積んでいるはずの黒服達がまったく反応できなかったかというと、飛び込んでくるスピードもさることながら、一番の理由は攻撃の瞬間まで予備動作がまったく無かったことだった。しんのすけをチラチラと気に掛けていた英美ですら反応に一瞬遅れたくらいなのだから、英美にしか注目していなかった黒服達が反応できるはずも無い。

 

 しかしいつまでも驚いたままでいるはずも無く、無事だった黒服達が投擲用ダガーを順手に構えて次々と襲い掛かってきた。その狙いは頭部や心臓といった避けられやすい急所ではなく、胴体の中心である鳩尾辺りだ。

 しかし奴らの攻撃のただ1つとして、しんのすけの体に擦りもしなかった。彼は「ほいほいっと」と軽い掛け声と共にグネグネと上半身をうねらせて避けまくり、まるで酒に酔って千鳥足になっているかのような足捌きで相手に動きを読ませなかった。

 ともすれば相手を馬鹿にしているようなその避け方に黒服達も徐々にヒートアップしてきたのか、リーダー格を含めた全員がしんのすけへと意識を集中させていた。

 

 それは英美にとって、またとない好機だった。

 ミリタリー調のジャケットの至る所にあるポケットを撫でると、携帯端末型のCADではなく、扇形に開かれたトランプが彼女の両手にあった。

 そして彼女はそれを、無造作に左右に振った。

 両手から放たれたトランプが、まるでそれ自体が意思を持ったかのように宙を舞い、或るトランプはまっすぐ、或るトランプは回転しながら弧を描いて、しんのすけに夢中な黒服達の体目掛けて飛んでいき――

 

「“アクション・ローリング・ハリケーン”!」

 

 必殺技らしき名前を叫んだ直後、しんのすけの周囲に突然竜巻のような突風が発生した。その竜巻は術者本人を守る盾であると同時にその周辺にいる敵を迎撃する矛にもなり、黒服達はその風に弾かれて一斉に吹っ飛んでいった。

 

「ちょっ」

 

 そしてついでに、英美の投げたトランプもそれに乗ってどこかへと飛んでいった。

 そのトランプの行き先を把握するために周辺を見渡す過程で黒服達の様子も窺うと、ほとんど全員が周辺の建物の壁に激突して気絶していた。中には自分達が仕掛けた茨の生け垣に突っ込んだせいで、トゲに引っ掛かった間抜けな姿勢のまま気絶する者もいた。

 

「いやぁ、実に強敵だったゾ。エイミィちゃん、怪我とか無かった?」

「……うん、私は大丈夫。数少ない見せ場を取られたとか、そんなの全然気にしてないから」

 

 なぜか不機嫌そうに唇を尖らせていた英美だったが、すぐに気を取り直してしんのすけに向き直ると、ルビーのように鮮やかな長髪をバサリとなびかせて深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい、しんちゃん。私のお家騒動に巻き込んじゃって」

「別に良いゾ。それがオラの今の仕事だし」

「うん、助けてくれてありがとう。それに結果的にはしんちゃんのおかげで秘術を人前で使わずに済んだわけだし、その辺についてもしんちゃんに感謝ね」

「あぁ、あの“マダガスカル”ってヤツね」

「“魔弾タスラム”ね。どこの島国よ」

 

 苦笑い混じりに首を横に振る英美の視界に、気絶した黒服達の姿が飛び込んでくる。

 英美の表情が曇り、大きな溜息が零れる。

 

「……しんちゃんの家族、九校戦の応援に来てくれたんだって?」

「うん、そうだゾ」

「そっか……。羨ましいよ、仲が良くて」

 

 肩を落とす英美に、しんのすけは首を傾げるのみだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 “プレイランド”のメインストリートから少し外れた場所にある、黄色とピンクに塗られた2つの大きなテントが繋がった見た目の建物。

 そのアトラクションは人形劇とサーカスが融合したショーが観られるとして、園内でも屈指の人気を誇っている。まるで本当に命があるかのように活き活きと動く人形の演技がとても可愛らしく、しかしどこか切なげで、また近未来をモチーフとした“プレイランド”の中でもどこか懐かしさを覚えるサーカスという演目に、子供だけでなく大人も夢中になること請け合いだ。今もその客席は小さな子供を中心に多くの観客で埋め尽くされ、まもなく始まるショーを今か今かと待ち構えている。

 そんな喧騒の中で、ようやくスバル・紅葉と合流を果たした英美が、ゴタゴタのせいで食べそびれた昼食代わりのクレープを囓りながらその光景をぼんやりと見渡していた。

 

「へぇ、サクラがやたら推してただけあって、凄い人気なんだね」

「もちろん。これを観ずにヘンダーランドを語る奴はモグリよ」

「そこまで言うか……。これは俄然、期待が高まってくるね」

 

 と、開演の時間になったからか照明が徐々に暗くなっていき、それに反比例して観客の拍手で会場が包まれていく。当然、英美達もその拍手に加わっている。

 するとステージの真ん中をスポットライトが照らし、少女の姿をした人形が現れた。

 

 彼女こそが、このショーで特に高い人気を誇る人形である。

 その名も、トッペマ・マペット。

 深緑を基調とした道化師風の衣装を身に纏い、左頬に星形のメイクを施されている。ぜんまいのネジを髪飾りのようにあしらい、腰まで届くほどに長い緑色のツインテールをしている――ように見えるが実はこれは帽子であり、それを脱ぐと癖のあるショートヘアをしているのだ、とヘンダーランドフリークの紅葉が説明する。

 

 スポットライト以外に照明が無いため全ての観客がトッペマに注目する中、どこからともなくオルゴール調の音楽が流れ出した。するとそれに合わせてトッペマが若干ぎこちない動きで踊り出し、少女にしては落ち着いた声で歌い出す。

 その歌詞は子供でも歌える単純なものであるが、(しもべ)として生み出されながらも人形だから何の役にも立たない自分を、人形であるが故に感情の無い様子で淡々と口にするという何とも切ない内容だった。

 ひたすら楽しいショーを想像していた初見の観客に対して強烈な印象を与えるこのオープニングによって、観客は一気にアトラクションの世界観に引き込まれることになる。その後に始まるサーカスも明るい音楽と演出でありながら、どことなく人形であるが故の悲哀を示唆するような内容となっている。子供達は純粋にサーカスを楽しんでいるようだが、子供と一緒に観に来た大人はどうやらそれを感じ取っているようで、その不思議な感覚に複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「凄い……」

 

 夢中になってショーを見つめる英美の口から、自然と言葉が漏れた。

 魔法でむりやり迷子にさせられたり、お家騒動に巻き込まれるなどのトラブルがあった彼女だが、どうやらその嫌な思い出はこのアトラクションによって塗り潰されたようだった。

 

 

 

 

 人形のサーカス団によるショーの音楽や歓声が、テント型の建物から微かに漏れ聞こえてくる。とはいえ、周りのアトラクションからの歓声の方が遙かに大きく、普通に前を歩いていてもそれが聞こえてくることはまず無いだろう。

 

「おっ?」

 

 しかし、警備担当のバイトとして雇われたそのスタッフだけはそれに気づいたようで、ふいに足を止めてテントの方へ顔を向けた。

 しばらくそれに耳を澄ませていた彼だったが、やがて自分の仕事を思い出したように再び足を進めてその場を離れていった。




「どうかしたんですか、先輩? 何だか疲れてるみたいッスけど」
「そりゃ疲れもするだろ。グループの総帥自ら口利きしてくるバイトなんて、気ぃ遣いっ放しでやってらんねぇよ」
「そういやそいつ、警備担当でしたっけ。大丈夫ッスかね? 万が一のことがあったら……」
「遊園地だぞ? せいぜい引ったくり程度だろ。大丈夫だって――」

『もしも~し。ナイフ持った怪しい奴を捕まえたから、誰か来てほしいゾ~』

「ひいいいいいいぃぃぃっ!」

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