嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第44話「森崎くんと課外授業だゾ その2」

 待ち合わせているというリンの知り合いから連絡が来るまで、3人は人で賑わっているレストランに入ることにした。ここならば人目を気にしていると思われる襲撃者から襲われる心配は無いと考えてのことだが、ふとした瞬間に纏わり付く視線を感じることから相手はまだ彼女を諦めていないらしい。

 しかし、常に気を張り詰めて精神的に疲弊するのも好ましくない。なので森崎はそれを気にする素振りを見せずに、努めてリンとの会話を楽しむことにした。ちなみにしんのすけは、最初からそんなことを気にせず普通に会話を楽しんでいた。

 

「ということは、リンは魔法師ではないんですか?」

「ええ。どうしてシュンがそう思ったのか分からないけど……」

 

 リンはそう言って、少し困り顔で笑った。一時たりとも同じ表情を見せずにコロコロと変わる表情が、彼女の魅力を何割増しにも引き立てている。

 と、彼女は何かを思い出したように「もしかしてこれかな?」と胸元からペンダントを引っ張り出してみせた。そのときにボタンを外したシャツから柔らかそうな膨らみがチラリと見え、うっかり見てしまった森崎は顔を紅くして視線を逸らした。

 

「リンちゃん、何それ?」

「マジックアイテム」

「ほーほー」

「身につけてると、人目を惹かなくなるんだって。色々な目的の人攫いが横行していたときに作られた、悪い人に目をつけられないようにするためのお守り……本物よ、シュン?」

 

 元々現代魔法は古式魔法を研究して体系化したものであり、古来の“魔法具”(マジックアイテム)と称する物の中には本当に魔法力があるのも少なくない。とはいえ、偽物がその数十倍も多く出回っていることも事実であり、特に現代魔法一筋の若者ほど“マジックアイテム”というものに懐疑的なイメージを持っている。

 おそらくそれが顔に出ていたのであろう森崎だったが、リンの言葉を疑うつもりは無かった。

 もっとも、まったく疑問が無かったわけでもなかったが。

 

「魔法師じゃないのに、マジックアイテムは持ってるんですか?」

「えっと……、前に知り合いが『ストーカー除けに』ってくれた物なの」

「ストーカー? 以前にもそんな被害が?」

「え、ええ、まぁ」

「ねぇリンちゃん、それ借りても良い?」

 

 森崎の質問に多少どもりながら答えるリンだったが、しんのすけが手を伸ばしながら尋ねると即座に「えぇ、良いわよ」とその手にアクセサリーを乗せた。そのときの彼女はホッと胸を撫で下ろすような表情だったが、森崎は魔法具が通用しなかった襲撃者に関心が向いていたため気づかなかった。

 色々な角度から覗き込んだり照明にかざしたりしているしんのすけを眺めながら、リンがぼんやりとした口調で疑問を口にする。

 

「シュン達にも通用しなかったみたいだし、やっぱり魔法師って特別なの?」

「……そんなこと、ないですよ」

 

 苦しげな声で紡がれた森崎の返答に、リンの視線が彼へと向いた。

 

「魔法というのは、人間の持つ“技能”です。リンの持っている魔法具も、人が魔法の力を使えるようにするための物という点では魔法師の術式と同じです」

「……そうよね。魔法師も、私達と同じ人間よね」

 

 発言した本人も気づいていないことだが、リンのその言葉は魔法師とそうでない者を別の種と認識したうえでのものだった。そして幸いなことに、森崎もそれに気づかなかった。

 ちなみに魔法具のペンダントを観察していたしんのすけは特に反応を見せなかったが、彼がそれに気づいたかどうかは分からない。しかしどちらだったとしても、おそらく彼の無反応は変わらなかっただろう。“人間ではない別種の存在”に対する耐性を持つ彼にとって、人間かどうかという基準はさして重要ではないからだ。

 

 と、そのとき、リンの表情が強張った。森崎としんのすけが彼女を見遣る中、リンは携帯端末を取り出した。どうやら待ち合わせの相手からメールが届いたらしいが、それで安心するのではなく緊張するというのはどう解釈すれば良いのか、森崎には判断しかねていた。

 

「レインボーブリッジの真下。そこに船をつけるって」

「おぉっ。船を持ってるなんて、待ち合わせの相手ってお金持ち?」

 

 相手を詮索するしんのすけに森崎がギロリと睨みつけ、リンはニコリと薄い笑みを浮かべたまま答えなかった。

 

「……行きましょうか」

 

 森崎はリンを促しながら、支払いをするために卓上端末へと手を伸ばした。

 しかし文字通りタッチの差で、リンが端末にカードをかざしていた。

 

「年上の女に奢ろうなんて、高校生のくせにナマイキよ」

 

 余裕の笑みで森崎の額を人差し指で突きながらそう言うリンに、森崎はすっかり顔を紅く染め上げた。

 そしてそんな彼の姿に、隣で見ていたしんのすけが「やれやれ」と呆れていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 リンの言った“レインボーブリッジの真下”というのは、おそらく橋台の脇に作られた広場のことを指すと思われる。表通りから行った方が短い距離で済むが、彼らはあえて遠回りとなる公園経由の道を選んだ。襲撃者が使う術式は、人々が行き交う大通りよりも人の動きが滞留する公園の方が効果は薄いと考えたからである。

 よってリンのペンダントは、未だしんのすけの手の中だった。今のシチュエーションで、他人の注意を逸らす術式は逆効果だからである。

 それがまさか、このようなトラブルに見舞われる結果になろうとは。

 

「…………」

 

 自分達の目の前にいる彼らを、森崎達3人は呆れた表情で眺めていた。

 サッカーのフリーキックでも止めそうな密集度で横に並んでいるのは、素肌に光沢のあるベストを羽織った、手首やら肘やらに金属のリングを嵌めている少年グループだった。そのベストは防弾・防刃性能のある防護服だが、通気性が極端に悪いためか前を開けて袖を切り落としている。もちろんそんな服に実用性など皆無であり、つまりそれは単なるファッションで着用しているだけであり、彼ら自身も単なるファッションの域を出ない不良だということだ。

 ちなみに腕につけているリングは筋肉の収縮速度を高める微弱な電流が流れるものであり、お手軽にパンチを強化できることから中途半端な喧嘩屋の間で流行っている代物だ。

 

 この見た目重視のチンピラ集団は確か“ウォリアーズ”と自称していたか、と森崎は記憶の奥底から彼らに関する情報を引っ張り出した。その間も少年達はニヤニヤと笑うだけで何も話し掛けてこない。

 しかし森崎がリンの肩を取って道を引き返そうとすると、ヒューヒューと挑発するような口笛と共に、予想外に統率の取れた動きで2人の前に先回りした。

 

「急いでるんです。通してください」

「まぁまぁ、そんなこと言わないで俺達と遊んでよ」

「そうそう。そこの坊やより、もっと楽しいこと知ってるよ?」

 

 リンの言葉に、少年達は気持ち悪い猫撫で声で彼女に近づいてくる。

 

「ちょっと、本当に止めて――」

「無駄です。こいつらは、最初から話を聞くつもりが無い」

 

 リンを制止する森崎に、少年達が下品な笑い声をあげた。

 

「おーおー、言ってくれんねぇ。まぁ、最初からオハナシする気なんて無いのは確かだけどな」

「渋谷や池袋ならともかく、有明であなた方のような絶滅危惧種にお会いするとは思いませんでしたよ」

「……随分とオモシレーことを言う奴だな、おまえ」

「一通り見得を切って、もう気は済んだでしょ? 僕達は本当に急いでいるんです、通してもらえませんか」

「……どうやら痛い目をみてぇらしいな」

 

 森崎の目の前にいる少年が爪先に重心を移動したのを見て、森崎が軽く右肩を引いた。

 前開きのベストが僅かに揺れ、その拍子に隠しホルスターから頭を出すCADがチラリと見えた。

 

「……てめぇ、まさか魔法師か!」

「びびんじゃねぇ! ――おい魔法師、知ってんぜ? てめぇらのマホーは拳銃と同じで、素手相手の奴に使ったら牢屋にぶち込まれんだろ? そんな見え見えのハッタリに引っ掛かるかよ」

「おう、そういえばそうだったな! マホーを使えねぇ魔法師なんか、ただの木偶の坊だ!」

 

 森崎の正面にいる少年がどうやらリーダーらしく、彼の言葉によって他の少年達も調子を取り戻して再び笑い声をあげた。

 しかしそんな彼らに、森崎がフッと笑みを漏らした。それを嘲笑だと受け取った少年達がその目に怒りを宿して森崎を睨みつけ、そして森崎も口元に笑みを携えたまま平然とした様子でそれを迎え撃つ。そしてそんな彼の傍で、リンが心配そうにその様子を見守っている。

 いつ途切れるかも分からない、膠着状態。

 おそらくその中にいるほとんどが、森崎とリンと一緒に歩いていた少年の存在など忘れていたことだろう。

 

 ――パアアアアアァァァンッ!

 

「――――!」

 

 爆竹でも炸裂したかのようなけたたましい破裂音に、少年達が一斉に驚いて咄嗟にそちらへと顔を向けた。

 いつの間にか彼らの輪の中から外れていたしんのすけが、合掌するように両手を合わせてこちらへと突き出していた。魔法の知識などほとんど無い彼らでは、しんのすけが拍手の音を魔法で増幅させたなんて思い至りもしないだろう。

 そして少年達がしんのすけに注目しているその隙に、森崎がリンの手を握って走り出した。未だに脳の処理が追いつかない少年達の脇を擦り抜けて、突然の破裂音に通行人の動きが止まる公園を2人が走り去っていく。

 

「あ! おい、てめぇ!」

「ふざけやがって、絶対に逃がすんじゃ――」

 

 ――パアアアアアァァァンッ! パアアアアアァァァンッ! パアアアアアァァァンッ!

 

「うるっせぇな! そう何回も鳴らすんじゃねぇ!」

「いやぁ、達也くんがやってたのを真似してみたら、何だか楽しくなっちゃって」

「てめぇ、魔法師のくせにふざけたことしやがって! てめぇからボコってやるよ!」

「ほっほーい、逃げろ~」

 

 少年達が鬼の形相で追い掛けてくるのを見て、しんのすけは魔法を使わず純粋な脚力だけで森崎とは反対の方向へと逃げ出した。

 

 

 *         *         *

 

 

「はぁ――はぁ――」

 

 待ち合わせ場所の広場まで、森崎とリンの2人は手を繋いだまま走った。リンは苦しそうに息を荒らげているが、森崎はこの程度の運動は運動にも入らないので特に疲れた様子は無い。ちなみに広場にいたカップル達は2人のことをチラリと見遣っただけで、すぐさま()()()()()()()()()()視線を逸らした。

 遊覧船の乗り場になっている桟橋までやって来たところで、2人は手を離して立ち止まった。

 

「……さっきの仲間が追ってくるかもしれません。念の為、警戒していてください」

「分かったわ。――それにしても、急にシュンが相手を挑発するから何事かと思ったら、シンチャンから相手の意識を逸らすためだったのね。いつの間に話を合わせてたの?」

「いいえ、何も相談していません。アイツが何か企んでるみたいだったので、とりあえずこっちに注意を惹きつけておいただけです」

「そうなんだ、凄いわね。でもアイツらに狙われて、シンチャンは大丈夫かしら……?」

「アイツら程度に遅れを取ることは無いでしょう」

 

 森崎がハッキリとそう言い切ったため、リンの顔から心配の色が消えた。

 その代わり、森崎の顔にて不審の色が濃くなった。

 

「……リン、あのペンダントは使っていませんよね?」

「え? ええ、もちろんよ。というか、シンチャンがまだ持ってるし」

「そうですか。……ならば、おかしいと思いませんか? あれだけの騒ぎを起こしているにも拘わらず、周りの人達の反応が無さすぎでした」

「……もしかして?」

「――――!」

 

 その瞬間、森崎は周りを睨みつけるように見回すと、デイバッグから幅広のブレスレットを取り出して手首に嵌め、空のホルスターを右腰のポケットに引っ掛ける。それはまさに、彼の戦闘態勢だった。

 そしてそれを待っていたかのように、黒の上下に黒のサングラスを掛けた、まるでメン・イン・ブラックの都市伝説を具現化したような奴らがどこからともなく現れて、森崎とリンを半包囲に取り囲む。

 むざむざ敵に取り囲まれてしまったことに森崎は悔しそうに歯を食い縛るが、彼らからリンを庇うように前へ躍り出た。

 

「我々は、情報管理局の者だ」

 

 黒ずくめの男はそう言って、黒い皮の手帳を取り出した。中を開いて、それを森崎に見せる。確かにそこには内閣府情報管理局のマークが、見る角度によって色と模様が変化する特殊印刷で刷り込まれていた。その変化のパターンに催眠効果があることを知っている森崎は、マークを確認すると早々にそれから目を逸らした。

 

「ミス・リチャードソンの護衛は我々が引き継ぐ。これより先は公務につき、ご遠慮願いたい」

「……リン、彼らについて行きますか?」

 

 森崎の後ろに隠れて彼のベストを掴んでいるリンに尋ねると、彼女は勢いよく首を横に振った。

 

「申し訳ありませんが、お断りします」

「……公務だと、言ったはずだが?」

「護衛ならば、本人の意思に反して強制することはできません。――それとも、逮捕状でもお持ちですか? 内情に逮捕権は無いはずですが」

 

 森崎の言葉に、黒ずくめは「仕方ないな」と言いたげな笑みを浮かべた。

 その男達の袖口から、銃口が覗く。

 その瞬間、森崎は左手でリンを抱きしめ、右手でブレスレット型のCADを操作しながら海面に向かってダイブした。突然のことで悲鳴をあげるリンによって、2人が直前までいた空間を引き裂く小さな針(麻酔薬つき)の音が掻き消される。

 そして2人の体が海面にぶつかる寸前、2人の体に魔法が発動し、空中スレスレを移動して隣の桟橋へとジャンプした。そして着地の瞬間にリンをしゃがませ、自身も身を低くしながらブレスレットを待機状態にして、懐から拳銃形態のCADを取り出す。

 

 ――確認した限りだと、敵は8人か。

 

 彼の頭の中には、すでにこの場から逃げ出すという選択肢も、敵の素性を探るという選択肢も存在していなかった。背後にいるリンを守る、ただそれだけである。

 おそらく敵8人の内、魔法師は2人。まずはそれを無力化するべく、森崎は最初にリンを襲った襲撃者に対して使用した加速魔法を、魔法師に向かって2発続けざまに放った。1発は当たり、1発は防がれた。そして森崎の魔法を防いだ魔法師がCADに指を走らせているのが見え、他の黒服が麻酔銃をこちらに向けているのが見える。

 それを確認するや否や、森崎は手品のような鮮やかな手捌きで拳銃形態のCADをしまい、ブレスレットを起動させる。自身の体に加速魔法が発動しているのを無視して、移動系魔法の起動式を呼び出す。それによって自身に向かっていた麻酔針を空中に静止させ、その代償として彼の体に横殴りの加速が発動した。

 森崎の体が地面を離れて吹っ飛び、海面に落下する。叫び声をあげるリン目掛けて、黒服の男達が殺到する。

 

 と、そのとき、後方にいたもう1人の魔法師が突然地面に崩れ落ちた。

 男達がそれに気づいて振り返ったのと同時、水面から森崎が姿を現した。しかもただ顔を出すのではなく、イルカ顔負けの大ジャンプで水飛沫を上げながら登場した森崎に、男達が慌てた様子で麻酔銃を彼へと向ける。

 しかし、自由落下の最中に拳銃型のCADを取り出して6発の魔法を放つ森崎には敵わず、彼らは苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちていった。しかし森崎の方も自由落下を減速する魔法が間に合わず、着地の勢いを殺しきれずに舗装道路に転がる羽目となった。

 

「シュン!」

 

 リンが心配そうな表情を浮かべて、森崎へと駆け寄っていく。彼は立ち上がろうとするが、脚に激痛が走り苦悶の表情を浮かべ、再び地面に腰を下ろした。

 

「ごめんなさい、シュン。私のせいで、シュンが危ない目に……」

「大丈夫ですよ、リン。無事で何よりです。――それよりリン、待ち合わせの船はアレではないですか?」

「え? 多分、そうだと思う……」

 

 森崎が海に向かって指を差すので目で追うと、2人のいる桟橋に向かって喫水の浅い海河両用の高速クルーザーが近づいてきていた。やがてクルーザーが桟橋付近で止まり、中からスーツ姿の男性2人が降りてきてお辞儀をする。

 

「行ってください、リン」

「で、でも、シンチャンがまだ――」

「良いんです。早くしないと、仲間がやって来るかもしれません」

 

 リンは迷うように森崎とスーツ姿の男性達を交互に見遣っていたが、やがて森崎に深々とお辞儀をするとクルーザーへと駆けていった。お別れのキスは無かったが、しっかりと彼女を守れたという“現実”が損なわれなくて済むと強がりでなく考えていた。

 船上から手を振るリンに、森崎は地面にあぐらを掻きながら手を振り返す。途中で疲労を隠せない様子でガックリと項垂れて溜息を吐く場面もあったが、すぐに持ち直してクルーザーの姿がハッキリと見えなくなるまで続けられた。

 

 そうしてしっかりとリンを見送った後、森崎は周りに目を遣った。他者の関心を逸らす精神干渉魔法の効果が切れたためか、通行人が遠巻きにこちらを見ていた。その目には恐怖の色が滲み出ていて、そしてその視線は彼の左腕に装着されたブレスレット型CADに集中している。

 しかし森崎は、そんな視線など気にならないほどの充足感に満ちていた。最後の最後に締まらない結果となってしまったが、しかしその方がむしろ自分らしいのかもしれない、などと考えられるほどの余裕すら生まれている。

 だからなのか、森崎はふと気になった。

 

「野原の奴、どこまで逃げてるんだ? ……まさか、やられちゃったなんて無いよな?」

 

 

 *         *         *

 

 

「メイリン様、ご無事で何よりです」

「ええ、あの2人が助けてくれましたから」

 

 岸を離れたクルーザーの上で、リンは森崎達と接していたときとはまるで別人の冷たい表情で、スーツ姿の男性の1人が口にした言葉にそう答えた。

 するとそこへ、髪がすべて銀色になった老紳士が姿を現した。

 

「メイリン様……、このような時期に1人でこの国に来られるなど、立場をお弁えください」

「私に指図する気?」

「そんな、滅相もございません」

 

 リンの言葉に、老紳士は恭しく一礼した。物腰こそ非の打ち所が無いものの、どこか空々しい印象を与えるものだった。

 その証拠に、老紳士はすぐさま顔を上げて、獰猛な本性を隠しきれていない鋭い目線をリンに向けた。

 

「しかし、この国の政府は我々と徹底的に争うつもりのようですな。今回のメイリン様に対する非礼、相応の報復が必要だと存じますが」

「許しません」

 

 老紳士の言葉を、リンはバッサリと切り捨てた。

 

「成程、日本政府の今回のやり方は横暴にして非礼千万。ですが私は、それを補って余りある厚情を彼らから受けました。あなた方が魔法をまったく使えない私をリーダーとして祭り上げるというなら、私はこの国に手を出すことを禁じます。それが不服なら、私をカリフォルニアへ帰してちょうだい」

「いえ、すべてはメイリン様のお心のままに」

 

 リンの堂々とした立ち振る舞い、そしておおよそ若い女性が出せるとは思えない威圧感は、老紳士に思わず頭を下げさせる力があった。いくら養女とはいえ“無頭竜”の首領(今はあくまで“元”だが)であるリチャード=孫と血が繋がっているだけのことはある、といったところだろうか。

 そんな彼女を乗せたクルーザーは、誰にも邪魔されることなく海路で日本を後に――

 

「リンちゃん、忘れ物だゾ」

「――――!」

 

 突然聞こえたその声に、リンだけでなくその場にいた全員が驚愕の表情を浮かべ、声のした方へと即座に向き直った。

 そこには、魔法具であるペンダントを持つしんのすけの姿があった。

 

「貴様! なぜ――」

「しんちゃん、どうしてここに!?」

 

 老紳士がしんのすけに詰め寄ろうとして、リンが自身の体を彼の前に滑り込ませることで阻止した。そして努めて自然に見えるよう満面の笑みを浮かべて、しんのすけに当然の問いを向ける。

 

「ペンダントを返しに来たんだゾ。さっきの変な人達から逃げ切って戻ってきたら、リンちゃんが船に乗って海に出ようとしていたからビックリしたゾ」

「全然気づかなかった……そうか、そのペンダントのせいね」

 

 普通船に乗り込んでくる人物がいたとしたら、これだけの人数がいて誰1人気づかないなんて有り得ない。おそらく彼が持ってるペンダントが自分達に作用したのだろう、とリンは()()()彼の持つ偶然性に舌を巻いていた。

 と、リンがそんなことを考えていると、老紳士が何かに気づいたように目を見開いた。

 

「まさか、奴が野原しんのすけですかっ!?」

「おっ? なんでおじさん、オラのこと――」

「ほらぁ! 彼も私と同じく、九校戦であなたのことを知ったのよ! 良かったわね、憧れの選手に会うことができて!」

「な、何を――!」

「ありがとうしんちゃん、ペンダントを返してくれて! 今すぐUターンして桟橋に向かうから、それまで大人しくしていてね!」

「ほーい、分かったゾ」

「お、お待ちください、メイリン様! 今戻っては先程の奴らがまた――」

 

 何やら意見を述べようとしていた老紳士に、リンがギロリと睨みを利かせて彼に詰め寄った。

 

「良いから、私の言う通りにしなさい! それとも何、あなた達の“元上司”の二の舞にでもなりたいのかしらっ!?」

「――い、いえ! 大変失礼致しました! おい、今すぐ進路を戻せ!」

「は、はい!」

 

 老紳士が運転手に指示を出し、クルーザーはグルリとUターンして先程出発したばかりの桟橋へと逆戻りを始めた。あまりに乱暴な運転にリンがバランスを崩しかけるが、彼女はそれに怒ることなくしんのすけに対して引き攣った笑顔を向け続けていた。

 桟橋付近で未だに座り込んでいた森崎と変に気まずい再会を果たすのは、それから数分後のことだった。




~2時間後、某ショッピングタワーにて~

「ど~も、アクション仮面のフィギュアを予約してた野原しんのすけだゾ」
「お待ちしておりました、こちらの商品になります。――それとこちら、只今当施設でキャンペーンを開催中でして、商品券などが当たるクジ引きに挑戦できる引換券となっております。ぜひご参加くださいませ」
「おぉっ! どもども~」

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