嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第45話「夏休みの思い出を作るゾ」

 西暦2095年8月31日。魔法科高校における夏休み最後の日。

 たとえどれだけ時代が進もうと、長期休暇の学生にとって“宿題”というのはけっして切り離すことのできない“試練”と言えるだろう。達也たち魔法科高校の面々も、世間一般の学生の例に漏れず夏休みの課題をたんまりと課せられていた。「普段全然俺らのことを見ていないのに、こういうときだけ平等なのは如何なものか」というのは、単純に宿題に対して嫌悪感を表していたレオやエリカの言葉である。

 しかも達也の場合、他の学生と比べてもスケジュールがかなり厳しくなっていた。夏休み前半は九校戦でほとんど潰れてしまった(たとえ代表選手だろうと宿題が免除になることは無い)うえ、FLT開発第3課の一員として飛行デバイスの商品化に向けての会議、そして独立魔装大隊の一員として野外演習及びミーティングにも参加していたため、宿題に充てる時間が他の学生よりも極端に限られていた。

 とはいえ、それで音を上げるほど達也は柔ではない。九校戦のために自宅を離れる直前にはほとんど片付けてしまい、九校戦を終えて無人島でのバカンスを経て帰宅した次の日には残りの宿題をさっさと終わらせていた。そしてそれは、彼の妹である深雪もほぼ同じだった。

 

 なので本日、2人は残った宿題に悪戦苦闘するなんてことも無く、都心のショッピングタワーへと足を運んでいた。

 理由は、深雪のミラージ・バット優勝のご褒美を買ってあげるため。“プレゼント”ではなく“ご褒美”というところに些か不満の残る深雪ではあったが、愛しのお兄様から贈り物を貰うこと自体は嬉しいため、実に上機嫌で彼の隣を歩いている。腕を取るほどの露骨な行動はしていないものの、ピッタリと体を寄せ合う2人の距離感はほとんど腕を取っているのと大差無かった。

 

「それで深雪、欲しい物はもう決まっているのか?」

「えぇと、それなのですが……。できれば、夏物のワンピースを……」

 

 もしや九校戦会場へ向かうときに見た真由美のサマードレス姿に刺激されたのか、と達也は思ったが、そんな考えを口にすること無く深雪の案内で目当てのブティックへと向かった。

 到着したその店は、まさにそういったワンピースを重点的に展示していた。普段着ている物と比べると少々露出多めにも思えるが、サマードレスを着せられたマネキンを眺めながら『たまには冒険しても良いだろう』と達也は思った。

 しかし深雪は、達也が見ていたサマードレスを、正確にはAR技術を用いた仮想タグを見て少し表情を怯ませていた。達也もアプリを使って値段を確認してみると、確かに10代の学生が手を出すには躊躇われる数字が記載されている。

 しかし達也にとっては、充分予想の範囲内だった。そもそも深雪のお眼鏡に適った店が安物を置いてあるはずも無く、それに高いといっても所詮はヤングやティーン向けのプレタポルテのレベルであり、オートクチュールほどの法外な値段ではない。トーラス・シルバーの片割れたる彼にとって、まるで負担に感じない金額だ。

 

「遠慮はいらないよ、深雪。俺の収入は知っての通りだから」

「おぉっ、さすが達也くん。太腿ですなぁ」

「――――!」

 

 突然後ろから聞こえてきた耳慣れた声に、達也と深雪が揃って目を丸くして後ろを振り返った。

 

「よっ、達也くんに深雪ちゃん。おひさー」

 

 片手を挙げて気の抜けた声で挨拶をするのは、案の定しんのすけだった。生地の薄い半袖のジャケットに黄色のハーフパンツという出で立ちは、ジャケット代わりのオーバーシャツと足首まで裾のある合繊パンツという達也の装いと比べるとかなりの軽装だ。

 

「確かに無人島の旅行以来だな、しんのすけ。……偶然、だよな?」

「当たり前だゾ。お店の前を通ったら、たまたま2人を見つけたんだゾ。――んで、2人は何を買うの?」

「私が九校戦で優勝したからお兄様が“プレゼント”を買ってくださると仰るから、夏用のワンピースをと思って。しんちゃんも、何かお買い物?」

「ううん、オラは違うゾ」

 

 しんのすけはそう言って、ズボンのポケットから封筒を取り出した。表面には、このショッピングタワーの企業ロゴが印字されている。

 

「この前ここのオモチャ屋さんでアクション仮面の新作フィギュアを買ったとき、クジ引きの券を貰ったんだゾ。それで試しに回してみたら、ここのレストランで使えるお食事券が当たって」

「凄いじゃないの、しんちゃん!」

「まーね。オラって、こういうの結構当たるんだゾ。――それに今日はここの屋上でアクション仮面のショーをやるから、それを観に行くついでにここのお寿司屋さんでご飯でも食べようかなって思って」

 

 達也はあまり詳しくないのでピンと来ないが、深雪は今日買い物をするということで下調べしていたので素直に羨ましく思った。ここの最上階にある寿司屋は銀座にある星付きの店から正式に暖簾分けを許された板前が営む本格的なものであり、普通に食べただけで1人1万円は軽く超える高級店だからだ。

 と、しんのすけは急に思いついたように「そうだ」と声をあげ、

 

「せっかくだから、2人も一緒に食べる? 奢るゾ」

「いや、さすがにそれは悪い。せっかくしんのすけが当てたんだから――」

「まぁまぁ、遠慮しないで。1人で食べるより3人で食べた方が楽しいでしょ。お食事券もたくさんあるから、3人くらいなら大丈夫だゾ」

 

 おそらく本心でそう言っているのは分かるが、さすがにそれで1人1万円以上はする食事代を、いくら食事券があるからといって素直に奢ってもらうのは気が引ける。達也と深雪は互いに目を合わせて無言で遣り取りするが、だからといって彼の誘いを無碍にするのもそれはそれで憚られた。

 

「……それじゃ、次に一緒に食事をする機会があれば、そのときは俺が奢ることにしよう。それでどうだ?」

「うーん、別に気にしなくて良いのに。じゃ、決まりだゾ」

 

 ということで、ここからはしんのすけが加わってのショッピングとなった。

 低価格の量販店から中堅レベルの服飾店まで3Dによる商品展示が主流となっている現代において、実物を展示して実際に試着できるという点だけでもここが高級店だと分かる。現にしんのすけは「物が置いてある服屋さんに入ったのはかなり久し振りだゾ」と実感の籠もった声で言った。

 店の中を一通り見て回った深雪は、店員に声を掛けて3着のワンピースを指差して試着を依頼した。店員は満面の笑みでそれに応えたが、それが単なる営業スマイルではなく心からのそれであることに、達也は妙な気掛かりを覚えた。

 

「それではお兄様、しんちゃん、少々お待ちください」

 

 試着の度に洗浄・滅菌されるサンプルを手に、深雪は試着室へと向かっていった。

 と、それと入れ替わるように、店員が達也の顔色を窺うような目を向けて近づいてくる。

 

「お客様、ちょっとご相談が……」

「場所を変えますか?」

「いえ、お時間さえ頂ければ。もしよろしければなのですが、お連れ様にお買い上げいただきましたドレスを――」

「まだ買うと決めたわけではありませんが」

「もちろんでございます! もし当店の品をお買い上げくださいました場合の話でございます!」

「もちろん、妹が気に入れば買うつもりですが」

「ありがとうございます!」

「達也くん、店員さんを虐めちゃ駄目だゾ」

 

 達也としては普通に受け答えしていただけなのだが、しんのすけに注意されたからか妙な居心地の悪さを覚えてしまった。

 そのため達也は、話の腰を折った張本人にも拘わらず「それで何のご用ですか?」と何食わぬ顔で本題へと促した。

 

「もし当店の商品がお客様のお眼鏡に適いましたら、お買い上げいただいたドレスをそのままお召しになっていただけないでしょうか?」

「おっ、なんで? そのまま持って帰るんじゃ駄目なの?」

「宣伝代わりにその辺を歩き回ってほしい、ということだよ」

 

 疑問符を浮かべるしんのすけに説明をする達也の傍で、店員が何とも気まずそうに頭を下げ、それでも笑顔は貼り付けたままでいた。

 

「如何でしょう? その分、お値段はお勉強させていただきますので」

「本当にそれだけですね? 撮影はNGですよ」

「もちろんです、お客様のプライバシーを損なう真似は一切致しません」

「店頭に出ている商品以外も見せていただけますか?」

 

 達也の質問を実質的なOKの返事と受け取った店員は、晴れやかな笑みを浮かべて「喜んで!」と即答した。そうして商品を見繕ってくると言い残し、やや早足気味にその場を離れて店の奥へと引っ込んでいった。

 残されたしんのすけと達也が、小声でこんな会話を交わす。

 

「こういうの、結構あるの?」

「これでも良心的な方だ。謝礼を払うから広告のモデルにさせてほしい、と言われたこともある」

「ほーほー、それは大変ですなぁ。まるで深雪ちゃんが芸能人で、達也くんがマネージャーみたいだゾ」

「……変な冗談は止めてくれ」

 

 おまえが言うと変なフラグが立ちそうだ、とはさすがに言わなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 店の奥から引っ張り出した服も合わせて合計21回にも及ぶ試着(という名目のファッションショー)が行われ、最終的に深雪が一番気に入った1着を達也が購入し、3人は店を後にした。

 今の深雪の装いは、ノースリーブワンピースとも称される膝丈のサマードレスだった。肩紐はフリルレースで縁取られた幅広の帯で、胸元や裾にもふんだんにレースが施されている。露出が多めの割にはエレガントな印象があり、細やかな虹色水玉模様が年相応の可愛らしさも演出している。

 

「ごめんなさい、しんちゃん。待たせちゃって」

「ゲームしてたから大丈夫だったゾ。それに深雪ちゃんがお着替えする度にお店に人がどんどん増えて、全然興味無いフリしながら深雪ちゃんの方をチラチラ見てるのも面白かったし」

 

 服選びに時間を掛けたおかげか、ランチには丁度良い時間となった。しかしせっかくの高級寿司をランチタイムで済ませるのは如何なものかという話になり、アクション仮面のヒーローショーを挟みつつ夕方までブラブラし、夕食に寿司を食べに行くということで3人の意見は一致した。

 ということで、3人は同じタワー内にあるパスタハウスへと入っていった。深雪と一緒に外食をする際、達也は彼女に集まる視線を気にして個室かテーブル間に仕切りのある店をよく選ぶ。しかし今回は女性向けの店が並ぶ場所であり、女性やカップルが多いためそれほど酷いことにはならないだろう、とこの店を選んだのである。

 しかし結論から言えば、その考えは甘かった。深雪が店に入ってきた途端に客の喧騒が一瞬で途切れ、ウエイターまでもが息を呑んで立ち竦んだほどである。しんのすけが呼び掛けることでようやく我に返ったウエイターは、大慌てで3人を席に案内した。

 

「いやぁ、さすが深雪ちゃん、略して“さすみゆ”ですな」

「もうしんちゃんったら、あんまりからかわないで」

 

 しんのすけが深雪と仲良く話している間も、達也は他の客からの視線を感じ取っていた。とはいえ兄妹にとっては慣れたもので、その視線に敵意や悪意が混じっていない限りは無視を貫くことにしている。

 と、達也はふと、周りの者には自分達がどう見えているのだろうかと気になった。年頃の男子2人と女子1人が一緒に行動するというのは、あまり一般的とはいえないだろう。もしかしたら男子2人が深雪を巡って互いに牽制しつつ猛アピールしている、あるいは深雪が男2人を手玉に取って侍らせているなんて勘違いをされているかもしれない。

 

 そんな心配を抱きながら、達也は深雪としんのすけに目を向けた。老若男女問わず魅了して止まない美貌を有する深雪と同じタッチパネルを眺めながら、それをまったく気にする素振りも無くスルーしてみせるしんのすけに、達也は他人事のように秘かに感心していた。

 そして深雪も、そんな彼に釣られてか自然体に振る舞っているように見えた。学校が始まればまた騒がしい日常が待っている、今はそれを忘れて素直に休日を楽しんでほしい、というのが達也の正直な想いだ。

 

「…………」

 

 だからこそ、彼女に対して不躾な視線を向ける男が気になって仕方がなかった。

 

 

 

 

 その男は、とある芸能プロダクションの3代目社長だった。社長とは言っても先代社長である親からその地位を譲り受けただけに過ぎず、エンタメ業界の厳しさというものをその身で感じたことなど1度も無い。彼にとって社長の椅子というのは、刹那的な虚栄心を満足させるための手段でしかなかった。

 そんな彼は現在、都内のショッピングタワーにあるパスタハウスにて、1人の女性と食事を共にしていた。他者に媚びることのない毅然とした美しさを見せつける彼女はデビュー15年を数える有名女優であり、本来ならこのようなカジュアルな店は似合わない。男が彼女をここに連れて来たのは、ひとえに彼女を庶民に見せびらかして羨む顔を見たいという下衆な欲求によるものだった。

 しかし周りの客達が彼女を見たときの反応は、有名人がそこにいるという驚き以上のものではなかった。想定よりも落ち着いた反応に男は最初内心で憤慨するが、その“原因”と言える少女の存在に気づくや、即座にそれも仕方ないと掌を返した。

 

 彼にとってタレント達とは、いわば“宝石”のようなものだった。磨き上げたりカットして付加価値を与えるのが自分の仕事だという意味でもあるし、たとえ他の職人が磨いたものでも金さえ積めば買い取れる“商品”でしかないという意味でもある。

 しかし、現在彼の脳内のほとんどを占めているその“少女”は、金を出せば買えるような代物ではないと直感で理解した。いわば“偉大なアフリカの星”(ザ・グレート・スター・オブ・アフリカ)のような値段のつけられない原石であり、だからこそ彼は少女を自分のコレクションに加えたいと強く熱望した。

 とはいえ、今目の前に座っている女優の機嫌を損なうのは好ましくない。お気に入りだった別の女優と最近別れたばかりだというのに、そのうえで目の前の女性との関係にヒビが入ってしまっては、自分の優越感を満たしてくれる存在がいなくなってしまう。

 さてどうするか、と男は女優へと視線を向け、

 

「そちらの綺麗なお姉さん、オラと一緒にパスタを食べながらイタリアの風を感じませんか?」

「えぇっと……」

「ちょっと君、何をしてるんだ!」

 

 高校生くらいの少年が自分の目の前で堂々と連れの女優をナンパしているという光景に、男は堪らず身を乗り出して2人を引き剥がした。

 するとその少年・しんのすけは、むしろ男に対して不満を露わにしてこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。

 

「んもう、邪魔しないでよおじさん。今良いところなんだから」

「いやいや、僕の連れなんだけど!? それに僕は、まだ“おじさん”と呼ばれる年齢じゃない!」

「ご心配無く、お姉さん。たとえあなたが過去にどんな男と付き合っていようとも、オラにとって重要なのはあなたの“今”と“未来”なのです。オラは、あなたの未来の男になりたい」

「僕を無視してナンパを続行するな――って、あぁっ! おまえ! 横浜のホテルにいた奴じゃないか!」

 

 突然指を差してそう声を荒らげる男に、しんのすけはその太い眉を寄せて首を傾げた。

 

「えっ? おじさん、どっかで会ったことあったっけ?」

「横浜のホテルのレストランに、若い女性と一緒に来てただろう! しかも何か拳銃を持った変な奴も連れて来て! おまえのせいで、僕は彼女と別れることになったんだぞ!」

「よく分かんないけど、それってオラ関係無いよね? おじさんがフラれたのは、おじさんの甲斐性が無かったからじゃないの?」

「何だと……! というか、君も君でなんで突っ撥ねないんだ!?」

 

 男の怒りの矛先は、しんのすけのナンパを受けても拒絶の反応を見せない女性へと向けられた。

 すると女性は、むしろ男に対して不満を露わにしてこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。

 

「だってあなたみたいな上辺だけの言葉じゃなくて、本心からそう言ってるのが伝わってくるもの。あなたの場合、心の中で私のことを見下してるのが丸分かりなのよ。あなたはバレてないと思っていたんでしょうけど」

「そ、そんなこと――」

 

 男が否定の言葉を口にしようとするが、どうやら火が点いたらしい女性の発言は止まらない。

 

「この際だからハッキリ言っておくわ。あなたは『自分が一から女優を育ててる』と思ってるんでしょうけど、今の私の地位は生活習慣から徹底して見た目を磨き上げ、必死になって美しく見える立ち振る舞いと演技力を学んできた私の努力によるものよ。あなたが貢献したことなんて何一つ無いわ」

「な、何を言ってるんだ! おまえの仕事を持ってきてるのは、誰だと――」

「えぇ、充分理解してるわよ。先代の社長が築き上げたコネによるものでしょ? もしくは事務所のマネージャーが必死に頭を下げて取ってくれたものね」

「ぼ、僕は社長だぞ! そんなことを言って、タダで済むと――」

「そうね、だから今までは渋々あなたに付き合ってあげたけれど、そろそろ良い頃合いかもしれないわ。あなたには黙ってたけど、実は他の事務所から声が掛かってるのよ。条件も良さそうだし、マネージャーと一緒にそっちに移籍するのも有りかしらね」

「な、何を言って――」

「あなたも今の地位を手放したくなければ、そろそろ身の振り方について考えた方が良いわよ。他の女の子と遊ぶのは勝手だけど、いつまでもそれが続くわけじゃないんだから」

 

 女性はそう言って、荷物を片手に立ち上がった。椅子の脚と床の擦れる音が小さく鳴った。

 

「それじゃ、私は帰るわね」

「待って、お姉さん! オラとのお食事は――」

「ごめんなさい、子供と付き合う趣味は無いの。それに、お連れのお嬢さんが可哀想でしょ?」

 

 女性はニッコリと優雅な笑みを浮かべ、堂々とした美しい振る舞いで店を出ていった。まさしくドラマのワンシーンでも観ているかのようで、他の客も目の前の出来事をどこか非現実的に眺めていた。

 そしてしんのすけはそんな彼女の背中を残念そうに見送り、男は椅子から立ち上がるどころか彼女に目を向けることもできずに呆然としていた。

 そんな重苦しい雰囲気の中、しんのすけが男に声を掛けた。

 

「ドンマイ。きっと良いことあるゾ」

「やかましいわ!」

 

 今にも泣きそうな男の心からの叫びが、店中に響き渡った。

 その姿は、男の値踏みするような視線に不快感を覚えていた司波兄妹ですら同情の念を禁じ得ないほどだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 周りの目を気にして逃げるように去っていったその男を見送った3人は、その後やって来た料理に舌鼓を打った。カジュアルな店構えに反してその味は達也も至極満足のいくものであり、店主の頑固でまっすぐな性格が窺える小細工無しの真っ向勝負な品々は、もっと高級な店でも充分勝負できるほどだ。

 ちなみにしんのすけの食事代は、先程の約束通り達也が奢った。とはいえ夕食の寿司屋には到底及ばない値段なので、その差額分については“貸し”ということになった。ちなみにこれは単純に食事を奢るだけでなく、何かしらの“頼み事”をする際にも適用される。

 

「しかし屋上で着ぐるみショーとは、それこそ20世紀後半にタイムスリップしたかのようだな」

「私達は昔の映像とかでしか知らないけど、しんちゃんはリアルタイムで観てたのかしら?」

「もちろんだゾ。戦争が起きる前まで、ヒーローショーって結構やってたからね。それに最近だって、こういうショーをまたやるようになったんだゾ」

 

 司波兄妹には馴染みの薄い分野なのであまり知らないが、例の“サザエさん時空”が消滅した影響でアクション仮面に改めて注目が集まったのをきっかけに、20世紀後半から第三次世界大戦までの娯楽文化が見直され、それらを現代に蘇らせるリバイバルブームが巻き起こっていた。

 ヒーローショーなどはその最たるもので、技術が発展してより迫力ある演出に進化したものもあれば、当時の雰囲気を忠実に再現したものなど様々だ。主なターゲットである子供や家族連れ、そして一部の大人にはどちらも好評であり、連日どこかのテーマパークや商業施設で大いに賑わっている。

 今回3人が観に行くのは当時の雰囲気を再現した後者の方で、芝生や幹の細い樹木が植えられた公園のような屋上の奥に特設ステージがあり、既に大勢の子供達とその親がステージ前に並べられた椅子に座り、どう見ても子供連れではない大人がその後ろにズラリと立っている。

 

「椅子は子供とその親が優先だから、オラ達は後ろの方で立ち見ね」

 

 しんのすけの言葉に司波兄妹は納得して頷き、他の立ち見客から更に離れた場所でショーの開始を待つことにした。ヒーローを待ち構える子供達の無邪気な笑顔が目に映り、深雪の口元にも自然と笑みが零れる。

 そんな彼女を眺めてフッと顔を綻ばせていた達也が、ふいにその表情を引き締めた。

 

「悪い2人共、ちょっとお手洗いに行ってくる」

「ほいほーい」

「……かしこまりました、お兄様」

 

 しんのすけはステージから目を離さず、深雪は何やら意味ありげな視線を向けて返事をした。達也はそれを受けてその場を離れ、屋上と建物の中を繋ぐ入口へと歩いていった。ちなみに屋上にもトイレは設置され、距離もわざわざ中に入るよりずっと近い。

 階下のフロアへと続く階段の踊り場に、そいつらはいた。

 

「さっきはよくも恥を掻かせてくれたな」

 

 先程の芸能プロダクション社長が、歪んだ笑みを浮かべて達也にそんな台詞を投げつけた。店で一緒だった女性の姿は無く、その代わり人相が悪く体格の良い男性が4人、お供として彼の周りに貼りついている。

 

「何をしたいのか知らんが、お引き取り願おうか」

「はっ! 土下座して詫びを入れるなら、今の内だぞ?」

「こんな所で騒ぎを起こすつもりか?」

「黙れ、人間もどきの魔法使いの分際で」

 

 随分と紋切り型(テンプレ)な台詞と態度に、達也はむしろ男の社会的な立場を心配してそう言ったつもりだったのだが、返ってきたのは達也の遠慮と躊躇いを消し去るに充分な暴言だった。

 

「どっかで見た憶えがあると思ったんだよ。九校何チャラだっけか。でっかい原石を見掛けたと思ったら、とんだイミテーションだったわけか」

 

 魔法師を取り巻く都市伝説の中に『魔法師は遺伝子操作で作り出された人造人間だ』というものがある。一時期よりも減ったとはいえ、そういうことを頑なに信じ込んでいる人間がいることは知っていたため、達也に意外感は無かった。

 

「嘘だな」

 

 なので達也は怒りを覚えることなく、男の言葉に見えた白々しさを指摘する。

 

「大方、そこの取り巻きにでも教えてもらったんだろう。おまえみたいな性格の人間があの中継で深雪を観たのなら、こうして喧嘩を吹っ掛けようと思うはずが無い」

「何だと――」

「もう一度言う、お引き取り願おうか」

 

 達也が男に向かって1歩足を踏み出すと、男の取り巻き達が緊張で力んだ。プロのボディーガードほどの練度は感じないが、街の喧嘩屋レベルでの場数は踏んでいるのだろう。もしかしたら暴力団の類かもしれない。

 そんな彼らに対し、男が声を荒らげる。

 

「おまえら、何をビビってんだ! 街中で魔法師は魔法を使えないようにできてんだ!」

 

 魔法師を取り巻く都市伝説の中に『魔法師は精神操作や機械制御によって街中での魔法の使用を制限されている』というものがある。魔法の使用を制限しているのはあくまで法律的な理由であり、必要とあれば普通に魔法が使用される。例えば、こうして襲われようとしているときなどは。

 取り巻き連中は男ほどその話を信用しているわけではなく、腰に手を当てて達也の出方を窺っている。おそらくそこに折り畳み式のナイフを仕込んでるんだろう、と達也は当たりをつける。

 そんな彼らに、達也は両手を肩の高さに掲げてヒラヒラと振ってみせた。

 まるで、おまえら相手に魔法など必要ない、とでも主張するように。

 

「貴様――!」

 

 取り巻き達は一瞬で激昂し、折り畳み式ナイフを抜いて達也へと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 今更説明するまでもないが、達也が深雪達の傍を離れてそいつらの所に向かったのは、彼女に対して害意を向ける存在を排除するためだ。

 4人の取り巻きを1人1発の拳で的確に沈め、慌てて逃げようとする男の首根っこを掴んで私服警官に引き渡した。相手がナイフを取り出して襲い掛かったということで、多少話を聞かされたくらいで署に連行される事態に発展することなく、達也は深雪達の所へと戻っていった。

 そして、そんな達也の目に飛び込んできたのは、

 

「ケッケッケ~! アクションビームを撃ってみろ、アクション仮面! その瞬間、こいつがどうなっても知らないけどな~!」

「くそっ、怪人ケータイ伯爵! 人質を取るなんて卑怯だぞ!」

 

 深雪がステージの上で頭が携帯端末のようなデザインをした紳士服姿の怪物に人質に取られ、アクション仮面がその怪人と睨み合っている光景だった。怪人の背後に立つ深雪は両手を胸の前で握り締めているが、その表情に恐怖の色は微塵も無く、むしろ困惑と羞恥に彩られていた。

 そしてそんな彼女を見遣る達也もまた、困惑していた。

 

「おっ、お帰り達也くん。長かったね。ウンコ?」

「……しんのすけ、これはどういう状況だ?」

「深雪ちゃんが怪人の人質になって、アクション仮面が今から助けようとしているところ」

「……あの怪人は?」

「怪人ケータイ伯爵。子供達を携帯端末のゲームやネットに夢中にさせて、意識を奪い去っていく悪い怪人だゾ」

「怪人というより、妖怪の類だな」

 

 達也の視線は、ステージ上の深雪に固定されていた。怪人とアクション仮面の激闘が繰り広げられているが、自分が完全に蚊帳の外になっている状況に居心地の悪さを感じているのか、頬を紅く染めて立ち尽くしていた。

 

 ――すまない深雪、俺が傍にいてやれなかったばっかりに……。

 

 そんな彼女を見守りながら、達也は心の中で彼女に謝罪した。

 

 

 *         *         *

 

 

 今回のヒーローショーは本編の劇だけでなく、その後にアクション仮面や怪人との撮影タイムが設けられていた。当然ながら子供達が最優先のイベントであるが、別に子供がいないグループの撮影が認められていないわけではない。

 なのでしんのすけは子供達の撮影が終わった後に、やんわりと拒絶の意思を示していた司波兄妹をむりやり引っ張って、自身の携帯端末にその思い出をしっかりと刻み込んだ。すっかり疲れ果てた様子の2人を後ろに従え、ずんずんと大股で屋上を後にするしんのすけは実に満足そうだった。

 

 そうして、時刻は午後5時半過ぎ。夕食には普段よりも早い時間帯であるが、3人は本日のメインイベントであるレストラン街の高級寿司店へとやって来た。

 暖簾を潜って1歩足を踏み入れると、まさしくそこは銀座にでもありそうな高級寿司店の店構えそのものの風景が広がっていた。木の香りが漂ってきそうな一枚板のカウンターが目を惹き、ショーケースには諸々の仕込みを終えたネタが最高の状態で並んでいる。そしてその向こう側にはこの店の主である、白い割烹着を身に纏う如何にも頑固そうな見た目の男性が立っている。

 しかしその見た目に反し、その店主は柔らかい笑顔で3人を出迎えた。そもそも彼がショッピングタワーに店を構えたのも、銀座の一等地にあるような高級店に対して敷居の高さを感じている人達に、少しでも最高級の寿司を味わう機会を与えたいという想いがあってのことだ。柔らかい笑顔も接客の物腰の低さも、その一環ということだろう。

 

「なかなか雰囲気のある店だな」

「そうですね、お兄様。このような施設に、ここまで本格的なお店があるとは驚きです」

 

 3人が店主の真正面に腰を下ろすと、しんのすけが早速懐から食事券を取り出した。

 

「予算はこれくらいなんだけど、これで3人分ダイジョーブ?」

「はい、大丈夫ですよ。何か苦手な物はありますか?」

「特に無いから、大将のお勧めちょーだい」

「かしこまりました」

 

 壁には本日のメニューが掲げられているが、全てが時価であるため金額が記入されていない。そういった場所で何も考えずに注文すると食事代が思わぬ高額になりかねないが、こうして最初に予算を提示して内容を店主に任せれば初めて来た店でも迷うことは無くなる。

 実家が実家なのでこういった店に来た経験のある司波兄妹は知っていることだったが、しんのすけが何の迷いも無くそれを実行してみせたことに(本人には失礼と思いながらも)驚きを隠せなかった。

 

「しんのすけ、こういった場所にはよく来るのか?」

「まさかぁ! あいちゃんから聞いたことがあるんだゾ」

 

 そんな会話を交わしている内に、最初のネタが3人の前に置かれた。見た目は普通の店でもよく出されるイカだが、1週間熟成させたうえで飾り包丁を入れて昆布で締めている。全体的に小振りなので深雪でも食べやすく、口に入れた瞬間にホロリと解れるシャリの絶妙な固さも相まって、舌の肥えた司波兄妹でさえ思わず唸る一品だ。

 

「――しんちゃん、今日はありがとうね。とても楽しかったわ」

「そうだな。ヒーローショー……は少し恥ずかしいこともあったが、それも含めて貴重な体験ではあったと思う。ありがとうな」

「良いって良いって、オラも楽しかったし。やっぱり1人よりみんながいた方が楽しいゾ」

 

 恥ずかしがる素振りを一切見せずにそう言うしんのすけに、達也はどうにも所在悪さを覚えて視線をさ迷わせた。

 その甲斐あって、と表現して良いか分からないが、店主とは別の店員が幾つもの寿司が並んだ寿司下駄を持ってカウンターを越え、店の奥へと歩いていくのに気がついた。

 

「奥に個室があるんですね」

「はい。店主と対面するのが苦手という方もいらっしゃいますし、気兼ねなく会話ができますので。個室ではタッチパネルで注文するようになっています」

「オラはカウンターの方が雰囲気あって好きだゾ」

 

 しんのすけはそう言って、立方体にカットされた出汁巻き卵を口の中に放り込んだ。シンプルだからこそ職人の腕が如実に表れるその一品に、しんのすけはご満悦の様子だった。

 それを見た司波兄妹も、その出汁巻き卵に箸を伸ばした。

 個室にいる客のことは、すっかり3人の頭から消え去っていた。

 

 

 

 

 その個室にいたのは、父と娘と息子の家族連れだった。テーブルの寿司はまだ少ししか手が付けられておらず、達也たちよりも少し前に食事を始めたばかりであることが分かる。

 父は全身黒で統一された服装に切れ長の目が特徴の若々しい見た目、娘は髪を巻いてリボンを結び服にもフリルをふんだんにあしらった派手な見た目、息子は可憐な顔立ちと中性的な服装のせいで男装した少女とも受け取れる見た目、となかなかに個性的な組み合わせをしていた。

 そしてそんな3人は現在、非常に困惑した様子だった。

 

「た、達也兄様たちがどうしてここに……?」

「達也さんのお食事は深雪姉様がご用意なさっていると聞いていたから、てっきり外食はなさらないと思っておりましたが……」

「しかも我々と時間と場所が被るなど、そんな“偶然”があるのか……?」

 

 父の名は、黒羽貢。娘の名は、黒羽亜夜子。息子の名は、黒羽文弥。

 彼らは達也と深雪の出身である四葉家の分家の1つ“黒羽家”の一員であり、四葉における諜報部門を統括している。魔法的な手段のみならず、通信傍受やハッキングなど情報を集める手段を豊富に有しており、裏仕事が多い四葉家の中でも更にその暗闇奥深くを担当している。

 そんな彼らは普段、旧愛知県の豊橋に居を構えている。東京に来たのは“仕事”のためで、それを片付けた後に親子水入らずで夕食を摂っていたところに達也たちがやって来たのである。

 しかし3人がそれ以上に困惑していたのは、

 

「……達也兄様、あんな柔らかい表情もなさるんですね」

「達也さんの隣に座る“彼”の影響が大きいのでしょうね」

「……とにかく、あの3人と顔を合わせるのは好ましくない。このままやり過ごすぞ」

 

 貢の言葉に文弥と亜夜子が頷き、3人は食事を再開した。

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