嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第47話「生徒会長選挙をするゾ その2」

 その日の校内は、朝から地に足がついていないような空気に包まれていた。それもそのはず、今日は午後の授業を潰して、生徒総会・立会演説会・投票まで行われるからである。

 クラス単位の集会さえほとんど無くなった現代では“集会”というだけで非日常イベントだというのに、今回の生徒総会では生徒自治制度に大きくメスを入れる提案がなされることもあって、生徒達の間では「何か嫌なことでも起こるのでは……」と緊張感に包まれている。

 現生徒会長・七草真由美の人気、建前上反対のしにくい提案、そして新人戦モノリス・コードでの二科生2人の活躍もあって、数の上では賛成派が圧倒している。それでも頑なに反対派であり続けるという点に、現在の状況を察している人間の目には危ういものに映るのだろう。

 

「全員揃ったな? それでは、配置の最終確認を行う」

 

 その“察している人間”の筆頭である風紀委員のメンバーは、委員会本部にて真剣な表情で風紀委員長・摩利の言葉に耳を傾けていた。基本的にバラバラで行動することの多い風紀委員が一堂に会する、数少ないイベントの1つが生徒総会である。

 

「我々の持ち回りは講堂内だ。外はシステム監視になっていて、そちらは自治委員会がサポートする。大扉に私と千代田、通用口に辰巳と森崎――」

 

 摩利の言葉を聞きながら、達也は秘かに「気合いが入っているな」という感想を抱いていた。

 

「演壇の上手(かみて)が野原、下手(しもて)が司波。以上だ」

 

 達也としんのすけが配置されたのは、舞台袖。もし壇上の役員に襲い掛かろうとする跳ね返りが現れた場合、ここが最終防衛線となる。普通ならば1年生に任せられるようなポジションではないように思えるが、この2人は普段の活動における検挙数のトップ2人(ついでに事件の遭遇数もトップ2人)であるため、咄嗟の動きが重要となるここを任されることとなった。

 とはいえ、今回はそのような事態になることは無いだろう。昨日真由美を護衛していた道中、実は3回ほど襲われかけたのだが、その矛先はむしろ彼女と一緒にいた達也やしんのすけの方だった。そうでなくとも常に自分達に対する嫉妬の視線を感じていた状況であり、そんな彼らの目を掻い潜って彼女に闇討ちを仕掛けるなんてとても不可能だ。おそらく真由美にCADを向けた時点で、彼らによって袋叩きに遭うだろう。

 

 というわけで実際に配置に立った現在も、達也のやる気はほとんど上がらなかった。

 そもそも今回の提案は生徒会入りに当たっての“選任資格”に関する問題であり、“生徒会長”ならいざ知らず“副会長”や“書記”にさして意味など無い。その証拠に副会長や書記の人数は会長の匙加減でどうとでもなり、副会長が2人いたとしても何ら不思議は無い。要は二科生を生徒会役員にしたところで、全体的にはほとんど影響など無いのである。

 そんな“些細な問題”を理性的な話し合いで大真面目に説得しようとしている真由美と、それを自身のプライドというひどくちっぽけな理由で潰そうとしている連中との攻防を、達也はどこか非現実的な映画でも観ているような心地で眺めていた。

 

「――以上の理由を以て、生徒会役員の選任資格に関する制限の撤廃を提案します」

 

 真由美の説明が終わった途端、一科生の1人が手を挙げた。九校戦には出場していない3年生の女子が質問席に立つ。現代の集音マイクは日常会話レベルの音を50メートルの距離から拾い上げるほどの性能なので、そもそも質問席を設けること自体が形式的な意味合いしか持たない。その事実が、ますます達也から現実感を奪っていく。

 

「……建前としては、正論だと思います。しかし現実問題として、制度を変更する必要があるのですか? もしかして、二科生の中に役員に採用したい人物がいるのですか?」

 

 随分と意図が見え見えの質問だったが、真由美は真正面からその質問に立ち向かう。

 

「私は今日で生徒会長の座を退きます。よって私が新たな役員を任命することはありませんし、そのようなことは考えてもいません」

「ですが、次の生徒会長に“意中の”二科生を任命するよう働きかけることはできるのでは?」

「私は院政を敷くつもりはありませんよ」

 

 少しおどけたような真由美の口調に、会場のあちこちから笑い声が漏れた。

 

「次の生徒会長の任命は、次期生徒会長の専権事項です。一切介入するつもりはありません」

「ということは、次期生徒会長に傍で囲っておきたい二科生がいて、その意向を受けて今回の制度変更を言い出した、ということですね?」

 

 おいおい、と達也はさすがに呆れ果てた。他の生徒達もそう思ったのか、会場のあちこちでざわめきが起こる。

 

「その質問に対する答えは“いいえ”です。今回私がこの提案を行ったのは、対立の火種を後輩に残さないことが生徒会長の責務であると考えたからです」

「実際に役員へ任命すべき二科生がいなければ、そもそもその制度に意味が無いのでは?」

「候補者のいる・いないの問題ではありません。制度というのは、その組織の方針を表すものです。二科生は生徒会役員になれないということは、二科生には生徒会役員になる資格は無いという意思表明となります。そのような“選民思想”が、許されるはずがありません」

 

 随分と思い切った表現に達也はヒヤッとしたが、会場は大きな拍手に包まれていた。それは必ずしも二科生だけから起こったものではなく、一科生の中からも一定数の支持者がいた。

 

「……そんなの、詭弁です!」

 

 形勢が不利であることを自覚したのか、一科生の少女は見るからに焦っていた。そのせいか、口調もヒステリックなものとなる。

 

「会長は生徒会に入れたい二科生がいるから、資格制限を撤廃したいんでしょう! 本当の動機は依怙贔屓(えこひいき)なんじゃないですか!」

 

 女子生徒の言葉に乗っかるように「そうだ!」と叫ぶ生徒もいたが、その声はたちまちブーイングによって潰された。しかし彼らの引き起こした混乱は、着実に会場全体へと波及していく。

 

「七草会長! あなたの本当の目的は、そこの1年生を生徒会に入れることじゃないの!」

 

 女子生徒の指差した先には、達也の姿があった。

 

「私、知ってるんです! その1年生は、会長の“お気に入り”なんでしょう! いつも昼休みに生徒会室に連れ込んでるのは分かってるんですよ! 昨日だってソイツと駅まで一緒だったのも知ってるのよ!」

 

 女子生徒にとっては破れかぶれの発言だったのかもしれないが、ブーイングの嵐が一気に静まり返るほどには効果があった。

 全校生徒の視線が、達也へと集中する。彼にとってはいい迷惑だが、注目の的となっているこの状況で不用意な言動はできない。

 このまま女子生徒が勢いで押しきるか、と思われたそのとき、

 

「仰りたいことは、それだけですか?」

 

 真由美が発したその言葉は、台詞だけ見れば特におかしいところの無い普通のものだった。しかしそれを紡いだときの声色は、普段の彼女を知る者ほどそのギャップに戸惑うほどに低く平坦で、感情に乏しいものだった。

 それと同時に、それを聞いた者に身の危険を本能的に感じさせるほどの威圧感があった。

 

 達也に注目していた生徒達の視線が、真由美へと向けられる。

 彼女は、今にも周りを炎で焼き尽くしそうなほどに怒りを顕わにしていた。

 

「確かに私は、この学校の生徒会長です。その立場を鑑みれば、私の言動1つ1つがあらぬ憶測を招いてしまうとしても仕方の無いことなのかもしれません。人の考えをむりやり止めることなどできない以上、私がそれに関してとやかく言うことは致しません」

 

 しかし、と言葉を区切ってから、真由美の目はまっすぐ質問席の女子生徒に向けられた。

 蛇に睨まれた蛙のごとく、彼女の体がビクンッ! と硬直した。

 

「そういった客観的根拠の無い憶測を事実と決めつけて公の場で口にすることが、どれだけ相手のことを傷つけるのか理解できない年齢ではないはずです。それとも今の発言には、それを裏付けるような客観的事実がおありなのでしょうか? もしあるとするならば、遠慮無くこの場で仰ってください」

「えっ……? えっと、その……」

「ちなみに先の発言に対して私から付け加えるとするならば、昼休みに生徒会役員以外で食事を共にしているのは、風紀委員長の渡辺摩利、そして風紀委員の野原しんのすけくんも同様です。更に先程の発言ではあたかも駅まで2人きりで帰ったように聞こえますが、その場には彼の妹である司波深雪さん、そして野原しんのすけくんもいました。なぜ司波達也くんのみを名指しして非難したのか、その理由も併せてお話しください」

「…………」

 

 自分の体が見えないナイフで貫かれる幻視すら覚えるほどの鋭い視線に、女子生徒は完全に押し黙ってしまった。社会経験が無く、権威や序列や階級といったものに疎い高校生ですら、“威厳”というものがどういったものに対して使われるのかを本能的に感じ取ってしまう光景だった。

 そんな中、司会進行役の服部が慌てたようにマイクに口を近づける。

 

『これ以上発言が無いのであれば、打ち切らせていただきます。席にお戻りください』

 

 女子生徒をつき離すような、しかしその実彼女に助け船を出したその言葉をきっかけに、女子生徒はギクシャクとした動きで戻っていった。

 結局反対派の妨害は不発に終わり、気軽に野次も飛ばせない雰囲気に包まれた会場中を覆い、なし崩し的に電子投票が行われ、真由美の提案は賛成多数で可決されることとなった。

 

 

 

 

 生徒総会に続いて、あずさによる選挙演説の時間となった。立候補者が1人しかいないので実質所信表明みたいなものだが、形式上とはいえ投票が行われる。

 やる気と緊張の入り混じった表情のあずさが演台へ上がり、ぴょこんと一礼したところで、会場中から大きな拍手が沸き起こった。真由美とは違うベクトルで、彼女もかなりの人気者らしい。

 それもそのはず、実技・理論共にトップクラスの成績を打ち立てながら、それをまったく鼻に掛けず謙虚で人当たりの良い彼女は、小さく可愛らしい容姿も相まって“親しみやすいアイドル”としての地位を校内で築き上げているのである。

 だからなのか、まるでアイドルのライブにでも参加しているかのような口笛と歓声が、拍手に紛れて聞こえてきていた。しかしそれも、あずさが演説を始めることでぴたりと止む。

 

 意外と言っては失礼かもしれないが、あずさはスラスラと“政見”と“政策”を発表していた。基本は現生徒会のスタンスを継承したものであり、高校生らしく観念論に傾いているきらいがあるものの、概ね無難に進んでいた。時々「頑張れー」とか「しっかりー」などといった妙な応援が入るのは、まぁご愛嬌ということで許されるだろう。

 しかしその空気が一変したのは、次期生徒会役員に言及したときだった。

 

「――本日の決定を尊重し、次期生徒会役員には一科生・二科生の枠に囚われることなく、優秀な人材を登用していきたいと思います」

「優秀な人材って、そこの二科生のことー?」

「あずさちゃんは、ワイルドな年下が好みなのー?」

 

 それは、実にレベルの低い野次だった。頭から抑えつけられて不完全燃焼のまま燻っていた反対派の不満が、最も低劣な形で噴出してしまった。おそらく彼らの頭には、真由美ならともかくあずさなら反論せずにスルーしてくれるだろうという期待があったのかもしれない。

 確かに期待通り、あずさはその野次に対して何も言わなかった。

 

「誰だ、今のは!」

「中条さんにふざけた真似を!」

「言いたいことがあるなら、前に出て言いなさい!」

「卑怯者を吊し上げろ!」

 

 会場のあちこちで声があがり、あっという間に大騒ぎへと発展してしまったために、あずさが口を挟む暇すら無かっただけだが。

 

「お静かに願います! ご着席ください!」

「静粛に! 静粛に!」

「落ち着いてください、皆さん!」

 

 深雪や服部や真由美が必死に声を張り上げるも、生徒達は大人しくなるどころかどんどん騒ぎを大きくしていく。野次は聞くに堪えないものとなり、あちこちで掴み合いの喧嘩まで起こっている。最初はあずさを想って反対派を糾弾していた生徒達も、あずさ本人の言葉すらそっちのけで喧嘩に没頭している始末だった。

 怪我をさせても構わないなら簡単だが、と事態収拾の困難さに頭痛を覚えながら、同じ風紀委員である沢木や辰巳とアイコンタクトを取り、そして自分と反対側に立つしんのすけへと視線を向けようとする。

 達也とあずさの仲を邪推する、極めて下品で文章に起こすのも躊躇われる野次がどこかから聞こえてきたのは、その直後だった。

 

「――静まりなさい!」

 

 ハウリングが生じなかったのが不思議なほどの大音声、というのは錯覚だ。怒鳴り合う生徒達の喧騒にも打ち消されないほどに彼女の声が強かった、とするのが正しい。

 反射的に壇上を見上げた生徒達が目にしたのは、激しい怒りを露わにする深雪と、そんな彼女の激情を視覚化するかのように荒れ狂う想子(サイオン)光の吹雪だった。

 現代魔法は偽りの現象を表す情報体を組み上げ投射することで世界を改変するものであり、組織化されていない意思が魔法として発動することは有り得ないはずだ。しかし深雪の持つ桁違いの干渉力の強さがその定説を覆し、荒れ狂う感情のままに世界を混沌に引き摺り込もうとしている。

 

 このままでは、講堂が氷漬けになってしまう。

 真由美が、服部が、鈴音が、あずさが、“氷の女王”と化している深雪を制止しようと一斉にCADへと手を伸ばす。兄である達也だけは彼女に向かって駆け出すという行動に出たが、それも真由美達と同じように深雪を止めるためのものであることに変わりない。

 そうして“生徒会役員同士による魔法大戦”という最悪の事態に発展しかけた、まさにそのとき、

 

「――ケツだけ星人、ブリブリ~!」

 

 しんのすけが高らかにそう叫んで、壇上の端から端まで猛スピードで往復しながら、前屈の要領で尻を天井に向けて突き出して腰を振りまくっていた。聞く人が聞けばそのフレーズだけで想像ができる踊りだか何だかよく分からない代物だが、5歳児のときとは違ってさすがにズボンは脱いでいなかった。尻を丸出しにして許されるのは幼稚園児までである。

 突如壇上で繰り広げられた珍妙なダンスに、講堂の誰もが視線を(本人の意思とは無関係で)釘付けにされた。特に自分の目の前で尻が行ったり来たりしている深雪など、おそらく人生で初めてであろうショッキングな光景に体を震わせ、その場に崩れ落ちるほどだった。

 当然ながら壇上に吹き荒れていたサイオンの吹雪は消え失せ、それと呼応するようにあれだけ騒がしかった生徒達もみるみる静かになっていった。気の弱い女子生徒などは、しんのすけの人間とは思えない奇怪な動きに気分を悪くし、口を手で押さえて椅子に座り込む始末である。

 

「――し、しんちゃん! その変な動きを止めてくださいっ!」

 

 誰もがしんのすけの動きにドン引きし、しかしそれに反して目を離せないで見つめるしかない状況の中、真っ先に我に返って壇上のマイクを使って呼び掛けたのは(本人には失礼だが)意外なことにあずさだった。

 そしてその呼び掛けに彼は「おっ?」と即座に反応してピタリと止まり、静まり返る生徒達を一通り見渡してから、なぜか満足げに頷いて元の舞台袖まで戻っていった。

 

 その後、まるで憑き物が落ちたように会場は完全な秩序を取り戻した。

 野次を飛ばす者もコンサート気分の声援を送る者も現れず、演説会は粛々と予定を消化し、生徒達は飼い慣らされた羊のように列を作って投票箱に票を投じた。

 生徒会費で雇った第三者の手によって即日開票され、翌日の朝にその結果が発表される。

 その結果――

 

 

 *         *         *

 

 

「おめでとう、あーちゃん」

「おめでとう、中条」

「おめでとうございます、中条さん」

 

 朝一番に生徒会室に飛び交った真由美・摩利・鈴音による祝福の声と拍手に、あずさは頬を紅く染めて遠慮がちに頭を下げて応えた。

 

 投票数、554票。

 有効投票数、554票。

 内、中条あずさの信任投票、554票。

 

 つまりあずさは、全生徒の信任を得て生徒会長に選ばれたことになる。いくら候補者が1人しかおらず事実上彼女でほぼ決まっていたとはいえ、100%の信任率を得るとまでは誰も想定していなかった。おそらく、彼女自身が一番想定していなかっただろう。

 しかし今となっては、誰もがその結果に納得であった。

 

「しんちゃんの、あの……何というか、その、“奇行”としか表現できないアレに対して、誰よりも早く中条が止めるよう呼び掛けられたのが、おそらく決め手だろうな」

「彼のあの動きは、もはや“精神干渉魔法”か何かかと思うほどでしたからね……。アレに対して行動を起こせるのですから、中条さんが生徒会長を務めるに相応しいと感じた生徒が多かったのでしょう」

「あーちゃんには例の“固有魔法”があるものね、やっぱりそれのおかげで精神干渉魔法に対する耐性があったりするのかしら?」

「いや、皆さん、いくら何でもそれは……」

 

 否定の言葉を口にするあずさだったが、最後まで紡がれることなく消えていった。先輩に意見するのを遠慮した彼女の気弱な性格によるもの、というだけではなさそうだった。

 と、生徒会室に来客を知らせるインターホンが鳴った。それは普段ほとんど生徒会室に来ることのない克人によるもので、唯一の下級生としてあずさが動こうとするよりも早く鈴音がドアへと歩き、それを開けた。

 

「どうしたんだ、十文字? 随分と珍しいじゃないか」

「中条の新生徒会長就任を祝いに来た」

「あ、ありがとうございます! 十文字会頭!」

 

 慌てた様子で頭を下げるあずさに対し、真由美と摩利がニンマリとからかうような笑みを克人に向けた。もっともそれで動揺する彼ではなく、堂々とした佇まいでそれを受け流したのだが。

 そして克人は、唐突とも言えるタイミングで話題を転換した。

 

「それにしても、昨日の野原には驚かされたな」

「そ、そうね。いくらしんちゃんが普通の高校生とは違うと分かっていても、まさかあんな奇妙な動きをするとは思わなかったわ……」

「まったくだ。というか、しんちゃんは何を考えてあんな行動を取ったんだ?」

「本人には訊かなかったのか?」

「正直、怖くて訊けなかったよ……」

 

 風紀委員長として全生徒から恐れられている摩利らしくもない気弱な発言だが、他の女子生徒3人も同じなのかそれを責めたりしなかった。

 それほどまでに彼女達を震え上がらせたしんのすけの“ケツだけ星人”を思い浮かべ、克人は――実に感心した様子で腕を組んでいた。

 

「まさかあんな場所で、幻とも言われていた“ぷにぷに拳”を見られるとは思わなかった」

「……ぷにぷに、何だって?」

 

 おおよそ克人の口から出てきたとは思えない響きの単語に、摩利は思わず自分の耳を疑った。

 

「“ぷにぷに拳”。功夫(カンフー)の一種で古い文献でしか記されていない伝説の拳法で、それを極めた者は世界を平和にすると謳われている。全部で10の奥義があり、野原が昨日見せたあの動きは9番目の“戦意尻失(せんいしりしつ)”と呼ばれるものだ。その効果は俺達が体感した通り、それを見た者の戦意を喪失させるというものだ」

「……ええと、十文字くん? 何かの漫画かしら?」

「確かにその存在を疑問視する者も多いが、現にアレを見た俺達は精神干渉魔法に掛かったかのように動くことができなかった。それに古式魔法の中には、体術の中に魔法を発動する結印の動作を混ぜたものも存在している。おそらく“ぷにぷに拳”もその類なのだろう」

 

 大真面目な表情で子供の妄想としか思えない拳法について流暢に喋る克人に、真由美達は唖然とし、普段は冷静沈着な鈴音でさえ困惑を隠せずにいた。しかし彼の堂々たる振る舞いのせいか、妙に説得力があるように聞こえてしまうのだから(たち)が悪い。

 

「それで十文字くんは、なんでそれを知ってるのかしら?」

「我々十文字家は“一騎当千”を信条としているからな。少しでも自身の戦闘力を上げるため、そういった文献にも広く目を通すことにしているんだ。俺も昔、独学でぷにぷに拳を習得しようと試みたことがある」

「習得しようとしたのか!? ぷにぷに拳を!?」

「9つの奥義を全て試してみたのだが、残念ながら3つ目の“猫手反発(ねこてはんぱつ)”しか習得できなくてな」

「習得できたの!? ぷにぷに拳を!?」

「というか、試したのか!? “戦意尻失”を!?」

 

 摩利と真由美のツッコミを気にする素振りも無く、克人は「野原にコツを尋ねてみるか……」とぷにぷに拳に思いを馳せていた。

 そんな彼の姿を見て、彼女達は思った。

 

 ――前から思ってたけど、やっぱり彼って“天然”だわ……。


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