嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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横浜騒乱編
第48話「怪しい人達と論文コンペだゾ」


 24時間体制を実現するための自動化が推し進められた港湾諸施設は、現代ではほぼ無人で運営されている。通関は日中にまとめて行われ、夜間は船舶の入港・荷揚げや積み込み・出港の作業が全自動化され、監視のための人員が僅かに配置されているのみである。

 よって人手を減らした分、密入国者対策として保税区域と市街地の遮断がより厳重に行われるようになり、保税区域での船舶乗組員の上陸が禁止されている。逆に港湾施設が自動化する深夜は、保税区域以外の接岸が禁止されている。

 

『5号物揚場に接岸した小型貨物船より、不法入国者が上陸しました。総員、5号物揚場へ急行してください』

 

 10月のある日、場所は横浜山下埠頭。

 そろそろ日付も変わろうとしていた頃、私服刑事である千葉寿和警部は部下の稲垣警部補を引き連れて、短距離無線の声に従ってフェンスやコンテナなどの障害物を跳び越えながら目的地へと走っていた。

 

「やれやれ、やはりあそこか」

「ぼやいてる場合じゃないですよ、警部! きりきり走る!」

「……稲垣くん、君は僕の部下だよね?」

「歳は自分の方が上です」

「……やれやれ」

 

 千葉は会話の通り呑気な表情で、稲垣は真面目一辺倒といった真剣な表情で、普通ならばどんなに全力疾走しても2分は掛かる道のりを30秒で駆け抜けた。常人には到底出せないスピードで走る2人は、もちろん常人ではなく魔法師だった。

 

「しかしまぁ、やはり人員不足だなぁ」

「仕方ないでしょう。魔法犯に対処できるのは魔法師の刑事だけなんですから」

「本当はそんなことないんだよ? 例えば最近特に話題になった“代々木コージロー”とか――」

「あんなの、イレギュラーに過ぎるでしょう」

「確かに彼ほどの実力者はそうそういないが、それでも実力のある非魔法師というのは案外いるもんだ――、よ!」

 

 不自然に会話を区切って気合いを入れた千葉は、魔法によって実現した驚異的な跳躍力で密入国者の人垣を軽々と跳び越えた。密入国者達は即座に3点バーストでサブマシンガンを乱射させるが、千葉の体は空中でグニャグニャと軌道を変えて銃弾を擦り抜けていく。そして着地と同時に彼らに肉迫、いつの間にか持っていた全長1メートルほどで反りの少ない木刀でたちまちの内に3人を打ち据えた。

 そして稲垣も挟撃の形で彼らに応戦、マシンガンの射手を拳銃で打ち倒していく。10人ほどはいた密入国者のグループはあっという間に制圧された。他の場所でも同じような小競り合いが起きているが、わざわざ助太刀する必要は無さそうだ。

 それよりも今は、

 

「稲垣くん、あの船を止めてくれ。多分あれが本命だ」

「……良いんですか? 自分だと、沈めますよ?」

「心配するな。責任は課長が取る」

「……せめて『自分が取る』と言ってくれると、締まるんですけどねぇ……」

 

 文句を言いつつも稲垣は拳銃を沖合いの船に照準を合わせ、引き金を引いた。グリップに仕込まれたCADによって発砲と同時に起動式を展開、移動と加重の複合魔法が銃弾の軌道を固定して貫通力を増大させる。

 そして銃弾は船尾を貫通、船の形状から予測しただけだというのに見事にスクリューのギアボックスを撃ち抜き、船の勢いは目に見えて弱くなっていく。

 

「お見事」

 

 言葉少なく部下を褒めながら、千葉も手に持っていた木刀の留め金を外し、冷たく光る白刃を外気に晒した。木刀に見えていたそれは、真剣を内に隠す仕込み杖だった。

 その瞬間、千葉の体は海の上にあった。惰性で漂い始めた船に一直線に向かい、着艇と同時に刀を振り下ろして鉄製の船室扉を真っ二つに切り裂いた。百家・千葉一門の秘剣“斬鉄”によるものであり、単一概念として定義された刀は単分子結晶のように折れることも曲がることも欠けることもなく、あらゆる物体を切り裂いていく。

 返す刀で進入路を確保した千葉は、単身船の中に乗り込んだ。

 

 

 

 

「お疲れ様です、警部」

「骨折り損だったけどね」

 

 白み始めた空を見上げながら、千葉は部下の労いの言葉に他人事のように答えた。稲垣が今にも吹き出しそうに笑いを堪えているのは、とりあえず今は黙っておいてやろう。

 千葉の言う通り、彼が侵入したときはすでにもぬけの殻だった。船底のハッチに穴を空けて脱出したようで、千葉が風通しを良くしたおかげもあって船はすぐに沈没していった。

 

「賊の行方は、まだ分かっていないようです」

「……そんなもん、分かりきってるじゃないか」

 

 千葉はそう呟くと、朝日を背に西へと視線を向けた。

 

 

 

 

 千葉が視線を向けた先、埠頭から程近い場所にある全国的に有名な繁華街の中、とある飲食店の裏側に人が入れそうなほどに大きな井戸があった。

 そしてその井戸の傍らに、こんな朝早くからスリーピースで身なりを整える青年が立っている。二十代半ばほどに見えるその青年は、いかにも貴公子然とした見目麗しい外見をしていた。

 と、そのとき、彼が見つめていた井戸の蓋が突然外れ、中からずぶ濡れになった男達が次々と姿を現した。最終的に16人となったところで、一番最後に出てきた中年の男が青年の前に立って挙手敬礼をした。青年もそれに応え、右手を左胸に当てて腰を折ることで返す。

 

「まずは皆様、着替えてお寛ぎを。朝食を用意させております」

(チュウ)先生、ご協力に感謝します」

 

 男のまったく感謝しているように聞こえないぞんざいな礼に気分を害した様子も無く、青年は16人の男達を先導して建物の中へと入っていった。

 

 

 *         *         *

 

 

「失礼します」

 

 達也が魔法幾何学準備室に入ったとき、最初に目が合ったのは正面の席に座る廿楽計夫(つづらかずお)だった。若干二十代で魔法大学の准教授に王手を掛けていた英才だが、あまりに自由すぎる発想と言動のために“教育者としての経験を積む”という名目で魔法科高校に飛ばされた変わり者である。

 

「よく来ましたね、司波くん。まぁ、座りなさい」

 

 変わり者だからか、この教師は第一高校の中では珍しく一科生と二科生とで態度を変えるようなことはしない。優秀な人材ならば一科二科を問わず、そして本人の都合も問わず関わってくる。

 そんな人物に呼ばれた達也も最初は警戒心を顕わにしていたが、同じ部屋の応接セットに鈴音と五十里、そして平河の姿を見つけてその表情を疑問に染めた。

 

「今月末に、魔法協会主催で論文コンペが行われるのは知ってますね?」

「はい、詳しくはありませんが」

「確かに九校戦と違って地味ですからね、1年生の君が知らなくても仕方がないでしょう。九校戦が52人の大選手団を編成するのに対して、こちらはたったの3人ですからね」

 

 その違いに達也も一瞬驚いたが、確かに論文を作成してプレゼンするだけの作業に大人数は必要無い。人を増やしたところで“船頭多くして~”となるのが関の山だ。

 

「では本題です。司波くん、第一高校代表チームの補佐として、論文コンペに参加してもらえませんか?」

 

 廿楽の突然の申し出に、さすがの達也も言葉に詰まった。先程の前置きで予測できるような話題ではなかったからである。

 

「……補佐というのは、代表の皆さんの手伝いをするということですか?」

「手伝いをしてくれる生徒は他にもいますが、彼ら彼女らはあくまで代表3人の指示を受けて作業を行います。それに対して司波くんは代表の3人を直接補佐する役割であるため、時には他の生徒達に指示を出すこともあるでしょう」

 

 つまり立ち位置としては、代表選手とその他生徒達の間といったところか。実質的な“4人目の代表”と表現して差し支えないかもしれない。

 

「……理由を、聞かせてもらえませんか?」

「彼女達3人から、人員の追加を打診されたのですよ。今回取り組んでいるテーマが難しく、補佐的な役割でも良いのでとにかく手を借りたいと」

「それは何となく理解できます。なぜ自分が選ばれたのか、という意味なのですが」

「それについては、君を補佐に推薦した市原くんに説明してもらいましょうか」

 

 廿楽の言葉に鈴音が軽く一礼して、達也への説明役を引き受けた。

 

「2学期が始まってすぐの頃、地下の資料庫で私と話したときのことを憶えていますか?」

「はい、もちろんです」

 

 達也はその返事と共に、頭の中からそのときの記憶を即座に呼び起こした。

 2人が話したという地下の資料庫とは、外部に持ち出し禁止となっている魔法科高校所蔵の文献の中でも特に管理の厳重なものが保管された場所だ。そんなものが普段の授業で必要になるはずも無く、生徒どころか教師ですらそこを出入りすることは滅多に無い。

 そんな場所で達也は何を調べていたのかというと、“賢者の石”についてだった。

 “エリクシール”と区別して定義する場合のそれには、卑金属を貴金属に変換する魔法に使用する触媒の役割がある。触媒なのでそれ自体が材料ではなく、物質変換魔法を発動させるための道具と見られている。つまり魔法的なプロセスも無く石だけで魔法が使えるのであれば、石そのものに魔法式が保存されていると見るのが自然だ、と達也は考えていた。

 そしてそれを聞いた鈴音は、真っ先に彼に尋ねた。

 仮にその魔法式保存機能があったとして、それを“重力制御”に応用することは可能か、と。

 

「我々が今回挑んでいるのは、“重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性”について。達也くんが個人的に研究している案件とも、部分的な違いこそありますが概ね一致します」

「だから自分を、皆さんの補佐に推薦したということですか? 自分はあくまで個人的に調べているだけのことでして、皆さんの期待に応えられるかどうかは――」

「それもありますが、一番の理由は私の目指す“目標”が司波くんのそれと一致していることです」

「…………」

 

 達也の言葉に被せるようにして発せられた鈴音の台詞に、彼は思わず口を閉ざした。呆然としたからではなく、納得がいったからである。

 先の地下資料庫で鈴音が語ったその“目標”とは、政治的圧力でなく経済的必要性によって魔法師の地位を向上させること。魔法を経済的に必要不可欠な要素とすることで、兵器として生み出された魔法師の宿命を本当の意味で解放できる、と彼女は考えていた。

 だからこそ、重力制御魔法式熱核融合炉に必要な核融合を維持するために魔法師が付きっきりで魔法を掛け続ける、というのは避けたかった。現実的ではないのは当然として、それでは魔法師が“兵器”から“部品”に変わっただけで根本的な解決にはならない。なので鈴音は、魔法式を保存する機能をシステムとして構築する方法を模索していたのである。

 

 達也がその考えを聞いたとき、自分と同じ考えを持つ者が身近にいたことに感動を禁じ得なかった。酢乙女あいを筆頭に一部の有力者が魔法の経済的有用性に注目してはいるものの、世間の大多数は未だに魔法師と軍事がイコールで結びついている。達也の喜びはまさに、アングラな趣味を理解されない者が偶然同じ趣味を持つ者を発見したときのそれと酷似していた。

 それを思い出した達也は、同時に理解した。

 

「最初に話を聞いたとき、先輩はなぜ他の応募者から選ばず、論文選考すらしていない自分を指名したのか疑問でしたが、そういうことだったのですね」

「こちらにいる2人も、私の考えに賛同して集まってくれました。いくら代表が3人とはいえ、3人がそれぞれ志がバラバラではいけません。議論を重ねることは大事ですが、そればかりで纏まらないと本末転倒なので」

「成程、確かにそうですね。例えばお三方の次点だった方とかを呼ばなかったのも――」

「関本くんは駄目です。彼は今回の作業には向いていません」

 

 今までは淡々と説明していた鈴音が、このときばかりは実に感情の籠もった力強い声でそう言い放った。あまりにも突然の変貌ぶりに達也は面食らい、五十里と平河は苦笑いを浮かべている。

 関本というのは風紀委員の関本勲先輩のことか、と達也が考えていると、鈴音を始めとした3人が立ち上がって一斉に頭を下げた。

 

「突然のお願いで、司波くんに迷惑を掛けることは重々承知しています。それに今回の仕事はあくまで補佐であり、正式な代表でない以上論文の作成者に名を連ねることもありません。なので司波くんからしたら、自分にまったく旨味の無い話だとは思いますが――」

「いいえ、そんなことはありません。正直なところ、先輩方がどのようなアプローチで研究に取り組んでいるのか純粋に興味がありますし、それを間近で見られるのであればこちらにとっても充分メリットと言えるでしょう」

「と、いうことは――」

「はい。その申し出、お引き受け致します」

 

 達也の言葉に、3人がホッと胸を撫で下ろすのが分かった。よっぽど手が足りなくて困っていたのだな、と達也は少なからぬ同情を覚えた。

 特に平河など、心の底から嬉しそうにニコニコと満面の笑みを浮かべている。

 

「いやぁ、ありがとね司波くん! よし! じゃあ論文コンペ初心者の司波くんのために、私が論文コンペとは何かってのを教えるね!」

 

 平河は妙なテンションで達也をソファーに座らせると、大判レポート用紙サイズのタブレットを彼へと渡した。

 

「論文コンペっていうのは、高校生が魔法学や魔法工学の研究成果を発表する場よ。学会とかの発表場所が無い高校生が、自分達の研究を世に問う場所でもあるわ。優秀な論文を発表すると魔法研究機関からスカウトされるだけじゃなく、そのまま魔法大全に収録されて大学や企業で利用されることもあるの」

 

 平河の説明を聞きながら、達也は手元のタブレットで案内書を眺める。

 

「開催日は毎年10月の最終日曜日、だから今年は10月30日ね。開催地は京都と横浜をローテーションしてるんだけど、これは日本魔法協会の本部が京都、副本部的な位置づけの関東支部が横浜にあるからみたいね。今年は横浜の国際会議場よ」

 

 達也は頭の中でスケジュール帳を引っ張り出した。幸いにも10月30日は何の予定も無い。

 

「参加資格は魔法科高校から推薦を受けた者、または予備選考を通過した高校生のグループってなってるけど、過去に推薦を受けてないグループが論文コンペに参加した例は無いわね」

「規定上はオープン参加のはずですよね? それはなぜですか?」

 

 達也が手を挙げて平河に質問すると、彼女は実に嬉しそうに笑みを深くして答える。

 

「普通の高校生にとっては、30分ものプレゼンに耐えられるだけの論文を書き上げるのは、モノリスやミラージに出ること以上に難しいことだからよ。学校から推薦を受けた私達でさえ、生徒会と部活連の協力が無かったらとても論文なんて出来なかっただろうし」

 

 そういうものか、と達也は他人事のように思った。FLTで新商品のプレゼンをする機会の多い彼にとっては、彼女の言葉にあまり実感が持てなかった。

 

「テーマは原則として自由。でも公序良俗に反していないことが条件ね。一昨年なんか、大量破壊兵器に替わる魔法の開発をテーマにした生徒がいてね、事前審査で跳ねられたの」

「それはまた、随分と突き抜けた生徒がいましたね。――ん? でも事前審査で跳ねられたってことは、当然その論文は非公開なんですよね? なんで平河先輩はそのことをご存知なのですか?」

 

 達也の質問に、平河は気まずそうな視線を鈴音へと向けた。達也がそれに倣うように鈴音へと標的を変えると、彼女は溜息混じりで呟くように答えた。

 

「……その論文を作成したのは、我が校の当時の生徒会長でした」

「……そうでしたか。――ちなみに、そのときの論文って残ってたりしますか?」

「確か地下の資料庫を漁れば出てくると思いますが……。まさか司波くん、それを再現してみようなんて考えてはいないでしょうね?」

「まさか。純粋に興味があるだけですよ。“怖いもの見たさ”ってヤツです」

 

 それに“大量破壊兵器”なら既に開発していますので、とはさすがに言えなかった。

 

「そんなわけで、論文の完成稿と機材や術式を含めた企画書を、事前に魔法大学に提出しなくちゃいけないの。期限は再来週の日曜日で、学校を通しての提出になるわ。廿楽先生にチェックしてもらう時間も考えると、来週の水曜日までには仕上げた方が良いわね」

「廿楽先生がチェックするんですか?」

「廿楽先生が今年の校内選考責任者だからね」

 

 五十里がそう言うと、廿楽は「面倒事を押しつけられただけですがね」と困ったように笑った。

 

「ですが、廿楽先生はとても優秀な方です。通常の指導よりも遥かに踏み込んだレベルで教えを受けられる私達は、むしろ幸運と言って良いでしょう」

 

 鈴音の言葉に五十里も平河も揃って頷いていたが、生憎教師からの通常の指導すら受けられない二科生の達也にとっては特に感慨深いものは無かった。

 そんなことを言えば部屋の雰囲気が気まずいものになることは間違いないので、けっして口にはしなかったが。

 

 

 *         *         *

 

 

「えっ? 達也、論文コンペの代表の補佐に選ばれたの?」

 

 学校近くにある、割と本格的な佇まいをしている喫茶店“アイネブリーゼ”。達也たちもよく通っており、マスターからもそこそこ常連扱いされている。その日の放課後もいつもの9人でそこに集まっており、話題は自然と魔法幾何学準備室に呼び出された達也のことになった。

 驚きの表情を浮かべる幹比古に対し、達也の反応は「まぁね」と何とも淡泊なものだった。

 

「どうしたの、達也くん? 感動薄すぎじゃない?」

「そりゃあ、達也からしたら正式な代表じゃなきゃ意味無いってことだろ」

「それでも実質的には“4人目の代表”みたいなことでしょ? 1年生でなんて、ほとんど前例の無いことじゃない?」

「皆無ではないだろ? それに学校も、インデックスに新しい魔法を書き足すような“天才”を無視できねぇって!」

「“天才”は止めてくれ」

 

 レオが口にしたその言葉に、達也は心底嫌そうな表情でそう言った。

 

「達也さん、本当に“天才”って呼ばれるのが嫌なんですね」

「都合の良い事後評価だからな。結果を出せなかった人間に対して“天才”とは言わないだろう?」

「んもう、達也くんは相変わらず捻くれ屋さんですなぁ。素直に喜べば良いのに」

「そうそう。しんのすけみたいに堂々と天才を自称しろ、とまでは言わねぇけどさ」

「いやぁ、照れますなぁ」

「別に褒めてるわけじゃ――いや、或る意味スゲェとは思ってるけどよ」

 

 レオとしんのすけの遣り取りに、皆がアハハッと笑い声をあげた。

 

「いや、それでもやっぱり凄いよ。あの大会で優勝したら“スーパーネイチャー”に論文が載るんでしょ? たとえ優勝しなくても、注目された論文が学会誌に載ることだって珍しくない」

「あれ? でも、期限まであまり時間が無いんじゃないの?」

「だいたい9日ってところだな。でも大した問題じゃないさ。俺はあくまで補佐だし、論文自体は夏休み前から進められてきたからな」

「ですが、急なお話であることに変わりありません。よほど難しいテーマなのでしょうね」

「おお、そういえば論文のテーマを聞いてなかったな。どんなのだ?」

 

 興味津々といった感じでレオが尋ねてくるが、隣にいたエリカが「あんた、そんなこと聞いて理解できるの?」と言っているのが聞こえた。もちろん、レオはそれをガン無視だ。

 

「“重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性”だ」

「成程成程。で、日本語で何て言うの?」

「最初から日本語だったんだが、しんのすけ?」

 

 達也がツッコミを入れる中、最初に反応できたのは幹比古だった。

 

「それって“加重系魔法の三大難問”じゃなかったっけ? 随分と壮大なテーマに踏み込んだね」

「達也さんが選ばれたから、てっきりCADに関連したものかと思ってました」

「あ、それアタシも思った。啓先輩もメンバーに入ってるんでしょ? そのテーマだったら、優勝間違いなしだと思うんだけど」

「どうせ達也のことだ、重力何たらってテーマでも、ものスゲーの書くに決まってんだろ!」

「……レオ、重力制御魔法式熱核融合炉ね」

「難しさも分かってないのに、テキトーなこと言わないの」

 

 調子の良いレオに、エリカがツッコんだ。その漫才のようなテンポの良さに、皆が再び笑い声をあげる。

 と、メロンソーダをストローでズゾゾゾと一気に飲み干したしんのすけが、ストローから口を離してこう言った。

 

「そっか達也くん、休みの日なのに大変だね。頑張ってね」

「何言ってるんだい、しんのすけくん。君も無関係じゃないんだよ」

「えっ、そうなの?」

「風紀委員は毎年、警備として会場に同行するのが習わしになっているんだから」

「そんなぁ! せっかくゴロゴロしようと思ってたのにぃ! 休日手当とか出ないの?」

「いや、出るわけないでしょ」

 

 テーブルに突っ伏して落ち込むしんのすけを中心として和気藹々とした会話が行われる中、達也だけは真剣な表情で思案に耽っていた。そんな彼の様子を見逃すはずも無い深雪も、チラチラとそれを見遣りながら心配そうに眉を寄せている。

 達也の考えていたことを端的に表すなら、まさにこれだった。

 

 ――今度の論文コンペ、まさか何か起きたりしないよな?

 

 

 *         *         *

 

 

 駅で友人達と別れて帰路についていた司波兄妹は、司波家の駐車場に車が止まっているのを見て顔を見合わせた。その車は“カー・シェアリング”という概念が一般化したことから街でよく見掛けるようになったシティコミューターで、達也の愛車である大型二輪とは似ても似つかない。

 つまりそれは、司波家の来客が乗ってきたものということになる。それも、司波家の駐車場に勝手に車を停められる人物が。

 

「…………」

 

 達也が先に立って玄関のドアを開けると、地味なデザインの見慣れないパンプスが揃え置かれていた。それを見た深雪の顔が強張り、立ち尽くしそうになったところを達也に優しく肩から抱き寄せられる。

 と、そのまま靴を脱いで(かまち)に足を掛けたところで、パタパタとスリッパを鳴らすような足音が奥から聞こえてきた。

 そうして姿を現したのは、

 

「お帰りなさい。相変わらず仲が良いのね」

 

 髪を後ろできつく縛ったパンツスーツ姿の小柄な女性に、達也は察した。

 どうやら今回もまた、厄介な事件に巻き込まれるのだと。




~一方その頃、しんのすけの自宅にて~

「さーてと、そろそろ夕飯作りますかぁ。いやぁ、勝手にお料理を作ってくれるなんて、便利な世の中になりましたなぁ」

 ぽちっ。

「…………」

 ぽちっ。ぽちぽちぽちっ。

「……あれ? なんで動かないの?」

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