嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第5話「生徒会長にお呼ばれしたゾ」

 次の日、昼休み。

 生徒会室のドアの前に、司波兄妹としんのすけの3人の姿があった。

 

「1-Aの司波深雪と野原しんのすけ、1-Eの司波達也です」

『どうぞ』

 

 3人を代表して深雪が生徒会室入口に設置されたインターホンに呼び掛けると、機械のフィルターが掛かった少女の声が返ってきた。生徒会は機密情報を取り扱うこともあるため、他の部屋よりもセキュリティが数段厳しく設定されている。見た目には分からないが、入口には様々な仕掛けが施されていることだろう。

 部屋に入ってきた3人を待ち受けていたのは、昨日顔を合わせた七草真由美と渡辺摩利に加え、長い黒髪と切れ長の目が特徴の女子生徒と、ふわふわの髪を持ち気弱な小動物のような印象を受ける女子生徒の姿もあった。

 

「ようこそ、生徒会室へ。遠慮せずにどうぞ」

「――はい、失礼します」

 

 ニコニコと手招きする真由美に対し、深雪は手を揃え、目を伏せ、無駄の一切無い所作で深々と頭を下げた。どれほど格式高いパーティーで披露してもまったく恥ずかしくない完璧な立ち振る舞いに、部屋にいた先輩方はすっかりその雰囲気に呑まれてたじろいでしまった。

 

「まぁまぁ、狭苦しい所ですがどうぞどうぞ」

「……あのぅ、それって私達が言うことだと思うんですけど」

 

 そんな空気の中で、しんのすけだけが深雪の脇を擦り抜けてズカズカと部屋の奥へ進んでいった。小動物のような女子生徒にやんわりとツッコまれた彼が向かう先には、壁際に据え付けられた和箪笥ほどの大きさの機械があった。

 

「おぉっ! これが“タイ人の鯖”ですかぁ! オラ初めて見たぞ!」

「それを言うなら“自動配膳機(ダイニングサーバー)”だ。しんのすけは今まで見たことが無かったのか?」

「おおっ、初めてだゾ! ねぇねぇ、本当にここからお料理が出てくるの?」

「えぇ、そうよ。お肉とお魚と精進から選べるから、好きな物を食べると良いわ」

 

 あらかじめ設定されたメニューを自動的に配膳するその機械は、空港の無人食堂や長距離列車の食堂車両にも置かれている代物であり、普通は学校の生徒会室に置くような代物ではない。しかもメニューが複数あるという凝りように、達也が秘かに呆れていた。おそらくここで食事を摂らなければいけないほど、生徒会の仕事が忙しくなるときがあるのだろう。

 初めての機械に興味津々のしんのすけが肉料理、そして慣れた手つきの司波兄妹が精進料理を持ってそれぞれ席に着いたことで、昼食会は始まった。ちなみに席順としては、一番奥が会長である真由美、そこから向かって右側が達也たち、向かって左側が摩利達となっている。

 

「それじゃ、改めて自己紹介するわね。私が今期の生徒会長、七草真由美。そして長い髪の女の子が会計の市原鈴音、通称リンちゃん。小さな女の子が書記の中条あずさ、通称あーちゃん。それから今はいないけど、副会長の服部くんを入れた4人が、今期の生徒会のメンバーです。それからこちらは生徒会メンバーではないけれど、風紀委員長の渡辺摩利」

「会長、私をリンちゃんなんて呼ぶのは会長だけです」

「そ、そうですよぉ! 私のことをあーちゃんって呼ぶのはやめてください! 下級生の前なんですからぁ!」

 

 紹介された鈴音とあずさがそんな不平を漏らしていたが、本人は「まぁ、今日は鰆なのね!」と聞く耳を持っていなかった。

 

「よろしくね、リンちゃん、あーちゃん!」

 

 そして目敏く反応したしんのすけが、さっそくその呼び方を実践する。

 

「良かったわね、リンちゃん。私以外にもリンちゃんって呼んでくれる人ができて」

「……まったく嬉しくありません」

「あ、あの、野原くん……? 年上に対してちゃん付けというのは、えーっと――」

「さてと、ご飯を食べながらで良いから聞いてちょうだいね」

 

 あずさの言葉を無慈悲に遮った真由美が、第一高校における生徒会について説明を始めた。

 第一高校では生徒の自治を重視しており、生徒会は他の普通科の高校と比べて大きな権利が与えられている。生徒会は全体的に生徒会長に権限が集中しており、生徒会長自体は選挙で選ばれるものの、役員だけでなく各委員会の委員長も一部を除いて会長によって任命されている。

 しかしながら、摩利が長を務める風紀委員はその例外の1つだ。風紀委員の場合は、生徒会、部活連、教職員連がそれぞれ3名ずつを風紀委員として選抜、その9人による選挙によって風紀委員長が決定する。いわば摩利は、ある意味では真由美と同等の権限を持っているといえる。

 

「説明した通り、生徒会長は期間中自由に役員を任免することができます。――深雪さん、私はあなた達の生徒会入りを希望します」

「……私が、ですか」

 

 深雪はチラリと達也へ目を遣った。それに気づいた彼は、『おまえの好きにすると良い』という意味合いで小さく頷いた。

 それを受けて深雪は真由美へと向き直り、口を開いた。

 

「会長は、兄の入試成績をご存知ですか?」

「――――!」

 

 突然の質問、しかも自分の話題が飛び出してきたことに、達也は驚きの表情を深雪に向けた。彼女は至って真剣な表情で、真由美をまっすぐ見据えている。

 一方真由美は突然の質問に多少驚いた様子だったが、すぐに気を取り直して深雪の質問に答えてあげる。

 

「7教科平均で96点、筆記試験はダントツの1位。凄いわよね」

「おっ? そうなの、達也くん?」

「そう。しかも、魔法理論と魔法工学の科目では合格者の平均点が70点未満に対して、どちらも小論文を含めて文句無しの満点。前代未聞の高得点だって、先生達の間でも持ちきりだったわ」

 

 しんのすけが疑問の声をあげると、苦い顔をする達也の代わりに真由美が補足した。

 そして真由美の言葉が、深雪にとって後押しとなった。

 

「優秀な人材を生徒会に迎えたいと仰るのでしたら、私よりも兄の方が相応しいと思います!」

「おい、深雪――」

「デスクワークに魔法は関係無いと思います。むしろ重要なのは、知識や判断力ではないでしょうか? 私を生徒会に迎えてくださるという話は大変光栄に思っております。喜んでお引き受けしたいと思っております。しかし――」

「深雪、これ以上は――」

「兄も一緒に、生徒会に入るわけにはいかないでしょうか!」

 

 凛とした表情で言い放ったその言葉に、達也は頭を抱えたい気分だった。

 

 ――まさかここまで悪影響を与えていたとは……。過ぎる身贔屓は不快にしか思われないぞ? それが分からないおまえじゃないだろ?

 

「残念ながら、それはできません」

 

 しかし深雪の願いは、鈴音によってバッサリと切り捨てられた。

 理由は明白だった。二科生は生徒会の役員になることができないと、明確に規則で定められているのである。これは生徒会長の任免権に課せられる唯一の制限であり、これを覆すには全校生徒参加の総会で3分の2以上の賛同を得る必要がある。一科と二科が半数ずつの現状では、ほぼ無理と言って良いだろう。

 

「……差し出がましい真似をして、申し訳ございませんでした」

 

 規則ならば仕方ないと諦めたのか、それでも明らかに落ち込んだ様子で深雪は頭を下げた。とりあえず事態が沈静化したことで、達也もホッと胸を撫で下ろした。

 

「えっと……。それじゃ深雪さんには書記として、今期の生徒会に加わっていただくということで宜しいでしょうか?」

「はい、精一杯務めさせていただきます」

 

 控えめに頭を下げた深雪に、真由美は満足そうに頷いた。

 そして真由美はその満足そうな表情のままチラリと摩利に視線を向け、そしてしんのすけの方へと向き直った。

 

「――さて、野原しんのすけくん」

「おっ? 何?」

 

 メイン料理のハンバーグを口いっぱいに頬張っていたしんのすけは、モグモグとそれを咀嚼しながら真由美へと視線を向ける。仮にも上級生に対する態度ではないのだが、彼女にそれを気にする様子は無い。

 

「私はあなたを、生徒会枠にて風紀委員に推薦したいと思っています」

「風紀委員? オラが?」

「私が真由美に頼んだんだ。君ならば、風紀委員の仕事を見事に全うしてくれると思ってね」

 

 ハンバーグを飲み込みながら首を傾げるしんのすけに、今まで静観を貫いていた摩利が口を開いた。そしてそのまま、風紀委員会の説明に移っていった。

 風紀委員の主な仕事は、魔法使用に関する校則違反者の摘発と、魔法を使用した騒乱行為の取り締まり。摩利が務める風紀委員長の場合、違反者に対する罰則の決定にあたり、生徒側の代表として懲罰委員会に出席して意見を述べる役目もある。いわば警察と検察を兼ねた、非常に強大な権力を有する組織となる。

 早い話、実力と公平な視点が無ければ務まらない仕事だ。

 

「その点で言えば、君の実力は既に証明されていると言っても良い。実技の成績は2位、そしてそれを抜きにしても剣道の中学大会で優勝したという輝かしい経歴がある。もちろん試合と実戦は違うだろうが、それについてはアタシ達もフォローしていくつもりだ。どうだ、興味は無いか?」

「おぉっ! 何だか格好良さそうだゾ!」

「ふふっ、やっぱりしんちゃんも“健全な男の子”だったということね。乗り気になってくれたようだし、生徒会長としてあなたを新しい風紀委員に推薦するわ。頑張ってね」

「ほっほーい」

 

 特に何か問題も無くしんのすけの風紀委員入りが決まったことに、真由美と摩利は実に満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

 と、そんな真由美の表情が僅かに崩れた。

 

「さてと、しんちゃんのおかげで生徒会枠が1つ埋まったのは良いとして、あと1人はどうしようかしらねぇ」

「アタシとしては、新入生勧誘期間までに見つけてくれると有難いのだが」

「分かってるわよ、摩利。そっちでも相応しい人材を探してちょうだいね?」

「おっ? どうしたの、2人共?」

 

 2人の遣り取りにしんのすけが尋ねると、真由美が「あぁ、ごめんね」と前置きして、

 

「風紀委員の説明をしたとき、生徒会が3人の推薦枠を持ってるって言ったのは憶えてる? 実はしんちゃんとは別にもう1つ枠が空いていて、早いところもう1人見つけなきゃいけないのよ」

「ただ実力があるってだけでは駄目だ。生徒を取り締まるという大きな権力を持つ以上、それを無闇に乱用しない自制心と責任感を持つ人物が望ましい」

「ふーん。――あっ」

 

 しんのすけが何かを思いついたように声をあげ、そして隣の達也へと顔を向けた。

 

「せっかくだから、達也くんが風紀委員やれば?」

「――――は?」

 

 あまりにも突然の提案に、達也は一瞬だけ反応が遅れた。

 そして、何を言ってるんだおまえは、と達也がそれを否定しようとして、

 

「成程……。確かに一科生の縛りがあるのは“生徒会役員”のみの話だ、風紀委員には二科生への任命に対する制限は存在しない」

「つまり達也くんがその気になれば、生徒会(わたし)の選任枠を使って風紀委員に推薦することもできるってことね。というわけで達也くん、どうかしら?」

 

 真由美が乗り気になってきたことで、達也は明らかに焦りの表情を浮かべた。

 

「待ってください。しんのすけはともかく、自分は二科生です。違反者を実力で捻じ伏せる必要がある以上、自分に務まるような仕事ではありません」

「とはいえ、筆記試験で学校創設以来の高得点を叩き出した君をそのままにしておく、というのも勿体ない話だ。それに風紀委員だからといって、全員が矢面に立って取り締まる必要は無い。むしろ参謀的な人間が1人いた方が、取り締まりも捗るってものだ」

「ご心配には及びません、渡辺先輩! お兄様はその知識量だけでなく、実戦においても誰にも負けないと私は確信しております!」

「ほほう、新入生総代にそこまで言わしめるとは、なかなか興味があるな。ぜひとも風紀委員として、その力を十全に発揮してもらいたいものだな」

「おぉっ! 良いじゃん、達也くん! YOU、風紀委員になっちゃいなよ!」

 

 本人を置いてけぼりにしてどんどん話が進んでいき、そして皆が期待の視線を向けてくるのを、達也は何もできずにただ呆然と他人事のように眺めていることしかできなかった。

 やがて達也は、ギギギ、とまるで壊れかけの人形みたいにぎこちない動作で首を動かしてしんのすけへと顔を向けた。

 

 ――成程、これが“嵐を呼ぶ”と呼ばれる所以か……。

 

 達也は頭の中で独りごちると、それはそれは大きな溜息を吐いた。

 これですらまだ“序章”に過ぎない、と知る由もなく。

 

 

 *         *        *

 

 

 そして放課後、再び生徒会室にやってきた司波兄妹としんのすけの3人は、入口のインターホンに声を掛けて部屋の中へと入っていった。

 3人を出迎えたのは、パソコンの前で何やら作業をしている真由美ら昼間の面々に加え、じっと窓の外を眺める1人の男子生徒だった。その人物は、入学初日に真由美が深雪と一緒に達也の所へやって来たときに、彼女の隣に付き従っていた男子生徒だった。

 そして、達也は悟った。おそらくこの人物が、昼間に不在だったもう1人の生徒会メンバーである服部副会長なのだと。

 

「妹の深雪の生徒会入りと、自分と野原しんのすけの風紀委員入りの件で伺いました」

「…………」

 

 達也の言葉に、服部は何も答えずにツカツカとこちらに歩み寄っていく。

 そして達也の脇を通り過ぎると、その後ろにいる深雪へと話し掛けた。

 

「ようこそ、司波深雪さん。副会長の服部刑部(ぎょうぶ)です」

 

 その露骨な態度に、深雪は眉を僅かに寄せた。服部はそれに構うことなく、隣にいるしんのすけへと話し掛け――ようとして、彼の姿が見えなくなっていることに気づいた。

 

「ねぇねぇ摩利ちゃん、あそこのドアってどこに繋がってるの?」

「あぁ、あれか。風紀委員本部はちょうどこの部屋の真下でな、あのドアの向こうにある専用階段で互いの部屋が繋がってるんだ。変わった造りだろ?」

「おい、おまえ! 先輩に対してその口の利き方は何だ!」

 

 顔を真っ赤にしてしんのすけに詰め寄る服部だが、自分が無視されたことよりも摩利に対する態度で怒ってる辺り、性格はかなり生真面目なようだ。

 しんのすけにとってそんな彼の姿は、100年以上もの付き合いになる幼馴染を思い起こさせるものだった。主に“弄り甲斐のある人物”という意味で。

 

「んもう、そんなに怒っちゃ駄目だゾ、服部刑部少丞範蔵くん」

「ちょ……、フルネームは止めろ! というか、なんで私のフルネームを知っている!」

「えっ? 摩利ちゃんが教えてくれたゾ」

「――渡辺先輩! 私の名前は服部刑部です!」

「それはおまえの家の官職名だろ?」

「今は官職なんてありません!」

「じゃあ、服部範蔵くん」

「歴史上の人物と一緒にされたくありません!」

 

 摩利の言葉にいちいち大真面目に反論する彼は、おそらく普段からこうしてからかわれているのだろう。あれだけ大きな反応を見せてくれるのだから、そうなってしまうのも自業自得、というのはさすがに言い過ぎだろうか。

 と、その遣り取りを聞いていた真由美が苦笑しながら声を掛ける。

 

「まぁまぁ、摩利。はんぞーくんにもいろいろ譲れないことがあるんでしょ?」

「はん……まぁ、はい」

「おっ、ハンゾーくん、真由美ちゃんには何も言わないの?」

「余計なことを――って、その呼び方だけは絶対に止めろ!」

 

 ニヤニヤと笑うしんのすけに服部は一喝すると、摩利に詰め寄る勢いで声をあげた。

 

「渡辺先輩! 私はコイツの風紀委員入りに反対です! こんな軟派な奴に、校内の風紀を取り締まるなんてできるはずが無い! ――ついでに言わせてもらうと、そこの二科生(ウィード)の風紀委員入りにも反対です!」

 

 ――俺のことは、あくまで“ついで”なのか……。

 

 あれだけ露骨な態度を取ってたはずなんだが、と達也が些かズレた感想を抱いていると、さすがの摩利も今の発言は許容できなかったのかスッと目つきを鋭くした。

 

「それは禁止用語だぞ、服部」

「今更取り繕っても、仕方のないことでしょう。過去に一度もウィードが風紀委員入りしていないのは、それだけブルームとウィードの差が明白だからです。実力で劣るウィードがブルームを取り締まるなど、不可能に決まっています」

「しかし、一科生のみで構成されている風紀委員が二科生も取り締まるのは、それぞれの溝を深める一因となっている。私が指揮する風紀委員には、差別の助長があってはならない」

「兄の実力不足を心配していらっしゃるのでしたら、それは必要ありません。実技の成績が芳しくないのは採点基準が兄と合っていないだけであり、実戦ならば誰にも負けることはありません」

 

 摩利の言葉に付け加えるように深雪が力説するが、それを聞いた服部はフッと笑みを浮かべて深雪へと向き直る。

 

「深雪さん、僕達はいずれ魔法師になるんだ、いつも冷静を心掛けなさい。身贔屓に目を曇らせてはいけませんよ」

「な――!」

 

 その瞬間、深雪が目の色を変えた。先程までは何があっても表面上は取り繕っていたが、今はそれすらもせずに大きく目を見開いて憤りを露わにし、拳を握りしめて小さく震わせている。

 そして彼女のすぐ傍にいる達也は、彼女の体内の魔力がにわかに活性化しているのを感じた。

 

 ――まずいな……。

 

 深雪は主に感情が高ぶったときに、魔法を暴走させる癖がある。元々CADを使わずに高精度の魔法を行使することのできる彼女ではあるが、その体に宿す魔力が莫大すぎてそれを制御することが少し不得手なのである。実は魔力の制御が苦手な理由はもう1つあるのだが、ここではその説明を割愛させてもらおう。

 とにかく、このままでは生徒会室で魔法の暴走が起こってしまう。

 何とかそれを止めようと、達也が口を開き――

 

「だったら、試してみれば良いんじゃない?」

 

 突然のその言葉に、この部屋にいた全員が声のした方へ顔を向けた。

 そこにいたのは、しんのすけだった。

 

「達也くんが強かったら、服部くんだって納得するでしょ? だったら実際に戦ってみて、強いかどうか確かめたら良いんじゃない?」

「ナイスアイディアよ、しんちゃん! 採用!」

 

 しんのすけの提案に即座に反応したのは、やはりというべきか真由美だった。一方しんのすけも、そんな彼女に対して「いやぁ、それほどでもー」と照れたような反応を見せる。

 

「あの、ちょっと待って――」

「良いだろう! 身の程知らずの二科生に、魔法師の厳しさを教えてやろうじゃないか! そこの一科生も、軟弱者では風紀委員は務まらないことを示してやる!」

「分かりました。では生徒会権限により、模擬戦の実施を正式に許可します。時間はこれより30分後、双方共にCADの使用を許可します」

「おぉっ! 頑張ってね、達也くん!」

「しんちゃん、あなたも頑張るのよ」

「おぉっ、そうだった。ちゃっかりしてたゾ」

「それを言うなら“うっかり”だ」

 

 達也本人の意見を完全に無視しながらトントン拍子で模擬戦の準備が整えられていくのを眺めながら、彼はいますぐここから逃げ出したい衝動に駆られた。

 

「お兄様……、私はお兄様を信じております」

 

 とはいえ、全幅の信頼を携えた深雪の視線を向けられた彼に、既に退路など残されていなかったのだが。




「ねぇねぇ、服部くん」
「先輩に対する口の利き方には気をつけろ。……で、何の用だ?」
「オラ達が部屋に来たときさ、服部くん窓を眺めてたでしょ?」
「それが何だ?」
「あれって、オラ達が来るまでずっとああしてスタンバってたの?」
「……は?」
「格好良い登場シーンを演出したくて、ああしてスタンバってたの?」
「何を言ってる。そんなわけ――」
「真由美ちゃん達が仕事をしてたのに、服部くんは仕事をサボってスタンバってたの?」
「おまえ、模擬戦のときはマジで覚悟しろよ」

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