嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第50話「懐かしい人達がいっぱいいるゾ」

 達也は学生であると同時に国防軍に籍を置く非正規の軍人、そしてFLTのエンジニアとしての顔も持っているが、そういった場での飲み会というものに参加したことは一度も無い。彼自身が未成年だからという理由もあるが、どちらにおいてもその正体が厳重に秘匿されているために職場の仲間達と一緒にいるところを誰かに見られるわけにはいかないという事情があるからだ。

 なので他の学生と比べると圧倒的に人生経験が豊富な達也であるが、居酒屋やバーといった場所に行ったことはほとんど無い。あるとすれば、“実家の仕事”でそういった場所を根城にする人物がターゲットだったときくらいだろう。

 

「あらぁ、アタシ好みのイケメンじゃな~い! 食べちゃいたいわぁ!」

「しかもこの歳でかなり鍛えてるじゃないの~! ちょっと触らせなさいよ!」

「本当にしんちゃんと同じ高校生? 落ち着きっぷりが全然違うわぁ。学校ではさぞかし女の子にモテてるんじゃない?」

「ホントホント、滲み出るオーラが半端じゃないわ~」

「…………」

 

 ましてやニューハーフパブなど行こうと思うはずも無く、オカマ4人に囲まれて口説かれて体をベタベタ触られたことなど一度も無い。初めて訪れる未知の世界に、達也は情報処理が追いつかないのか遠い目をした無表情で動かなくなっていた。

 達也が店に入った途端に押し掛けてきたのは、大柄で口周りの髭が濃いスキンヘッドのオカマ、意外とスタイルが良く女性に見えなくもないスキンヘッドのオカマ、細い目と厚ぼったい唇をしたスキンヘッドのオカマ、そして紫の髪をラビット・スタイルに纏めたうえで巻き貝のように丸めるという実に個性的な髪型のオカマだった。その世界の中でもイロモノな彼ら、もとい彼女ら4人がこの店に籍を置く全コンパニオンである。

 しかしその4人が従業員の全てではなく、バーカウンターにてプロレスラーのように大柄で強面の男の姿も確認できる。ちなみに彼は入口の騒ぎは完全に無視し、我関せずといった表情で手際良くフライパンを振るっている。

 

「あらやだ! アタシ達ったら、自己紹介もしない内から盛り上がっちゃって! 達也くんが困ってるじゃないの!」

「本当、年甲斐も無くはしゃいじゃったわぁ! 達也くんみたいな年頃の男の子と話す機会なんてほとんど無いものねぇ!」

「えっ? オラは?」

「しんちゃんはノーカンよ。っていうか、しんちゃんは十代に数えて良いの?」

「そんなこと言ったら、アタシらなんてどうなんのよ!」

「いやぁ! 実年齢とか考えたくないわぁ!」

「えっと、とりあえず自己紹介するわね。アタシ達スキンヘッドの3人は兄弟で、名前は――」

「たけし、つよし、きよしだゾ」

「ちょっと、しんちゃん! アタシ達の本名を言わないでよぉ! 上からローズ、ラベンダー、レモンだからね! ちゃんと憶えてよ達也くん!」

「そんでアタシはジャークっていうの。よろしくね」

 

 自己紹介ですらやかましいオカマ達にむりやり引っ張られ、達也は店の一番奥にあるボックス席へと座らされた。5人が座っても余裕がある広さにも拘わらず、達也を中心として4人が彼に体重を掛けるように寄り添っている。

 ちなみに彼をここに連れて来た張本人であるしんのすけは、その隣にあるソファー席に1人で悠々と座っていた。そしてバーカウンターにいた男・サタケの作ったナポリタンとハンバーグを勢いよく食べ進めている。どちらも本来は店のメニューには無いものであり、彼が飲むオレンジジュースも普段は酒を割るために使われるものである。

 

「それにしても、しんちゃんが1人で来るなんて珍しいじゃない」

「オラん()のHARが壊れちゃってさぁ。ファミレスとかでも良かったんだけど、せっかくだから久し振りに来てみようかなって思って」

「あら、嬉しいわぁ! 月曜日ってほとんどお客さんも来なくて暇なのよぉ!」

「しかもこ~んな素敵なお友達も連れて来てくれるなんて気が利くわぁ!」

 

 ラベンダーがそう言って達也の体をベタベタと触り始め、他の3人もそれに対抗するようにベタベタと触ったり撫で回したりしてきた。個性的な見た目や化粧によって年齢不詳な4人のオカマに詰め寄られ、普段はポーカーフェイスな達也が明らかに迷惑そうな表情を浮かべていた。

 しかもこの4人、イロモノな見た目に反してやたら良い匂いがした。身嗜みには気を遣っているということなのだろうが、視覚情報とのギャップで頭がおかしくなりそうだった。

 

「すみません、トイレはどこでしょうか?」

「あぁ、奥行って右ね」

 

 達也は4人の手から逃れるように立ち上がり、ローズが指差した店の奥へと歩いていった。

 その途中、バーカウンターの一番奥で突っ伏して眠りこけている長髪でジャケット姿の女性を見掛けたが、すぐに彼女から視線を外してトイレへと向かっていった。

 

 

 

 

『随分と連絡が遅かったな、特尉』

「申し訳ありません、少佐。電話を掛けられる状況ではなかったもので」

 

 トイレのドアの前で達也が電話を掛けたのは、独立魔装大隊司令部の風間少佐だった。店に流れている音楽のおかげでフロアのしんのすけ達に声が漏れることは無いだろうが、こちらに近づく者がいないか警戒しながら会話を続ける。

 

『街路カメラの方は心配するな、既に処理は終わっている。――それにしても、随分と思い切りの良い相手だな。都心ではないとはいえ、都内でいきなりライフルをぶっ放すとは』

「油断していたことは否めませんが、恐るべき技量でした」

『魔法は使っていなかったのだな?』

「間違いありません」

 

 達也の知覚力をもってすれば、弾道を誘導する魔法の存在に気づかないはずがない。

 風間もそれをよく知っているため、それ以上追及することは無かった。

 

『ふむ、夜間に光学スコープのみで千メートル級の狙撃を成功させるか。それだけの腕を持つスナイパーを調達できる組織は、世界でも限られてくる。敵の正体は案外簡単に分かるかもしれんな。車の方も既に見つけているから、こちらで取り調べたうえで処分しようと思う。構わないな?』

「お手間を掛けます」

 

 逃した相手は自分の手で、というこだわりも特に無い達也は、風間の提案にあっさり頷いた。必要な情報の遣り取りも終えたため、特に世間話をすることも無く軽い挨拶だけで電話を切った。

 このまま席に戻っても良いが、トイレに行くという名目で席を立った以上トイレを使わないのは不自然か、と達也はトイレのドアノブに手を掛けた。

 

「…………」

 

 ぱたん、と達也はドアを閉めた。

 

 

 

 

 達也がトイレから戻ると、サタケがバーカウンターでパフェグラスにアイスやらクリームやらフルーツを盛りつけている最中だった。見た目に反してその飾り付けは華やかながら繊細で、酒の入ったサラリーマンにも好評なのだという。

 

「大丈夫か、ボウズ? 顔色が悪いみてぇだが」

「心配には及びません。……少し、気分が優れないだけですので」

「そうか。……まぁ、悲鳴をあげなかっただけでも大したモンだと思うぜ」

「……ありがとうございます」

 

 達也へと向けるサタケの目には、明らかに憐憫の色が浮かんでいた。達也もまさか、()()()()()()()に感謝する日が来るとは思わなかっただろう。

 と、そんな達也にオカマ4人が一斉に彼へと駆け寄ってきた。皆が彼を心配するように眉を寄せているが、ローズを目の前にして先程のトイレの光景がフラッシュバックしたのか、達也は顔をしかめて仰け反っている。

 しかしローズ達が心配しているのは、どうやらそれではないようだった。

 

「ちょっと達也くん! しんちゃんから聞いたわよ! 悪い奴に襲われたって本当!?」

「しかもどこかから狙撃されたっていうじゃない! この辺も物騒っちゃ物騒だけど、そんな事件は滅多に起きないわよ!?」

「というか、達也くんは平気なの!? 撃たれたって聞いたけど!」

「…………」

 

 矢継ぎ早にぶつけられる質問に事情を察した達也は、ローズ達ではなくその奥に座るしんのすけへと視線を向けた。

 

「しんのすけ、さっきのことを話したのか?」

「おっ? 話しちゃ駄目だった?」

「……まぁ良い、口止めしなかった俺にも非はあったということにしよう」

 

 純粋な眼差しを達也に向けて尋ねてくるしんのすけに、達也は大きな溜息混じりに諦めを多分に含んだ声色で吐き捨てた。それよりも今は、撃たれたはずなのに傷1つ無い理由をどう誤魔化すかの方が重要だ。再成魔法はおいそれと他人に話せるものではない機密事項だ。

 しかし達也のその心配も、オカマ3兄弟の末弟・レモンの一言によって掻き消された。

 

「ひょっとしてそいつが狙ってたのって、達也くんが今持ってる勾玉?」

「――しんのすけ、勾玉のことも話したのか?」

「ううん、それはまだ話してないゾ」

「あぁ、この子ね、昔からアタシ達の中では一番“能力”が高いのよ。だから何か不思議な力でも感じ取ったんじゃない?」

 

 だからそんなに警戒しないでちょうだい、と笑顔で話すローズだが、達也からしたら捨て置けない事実である。

 

「能力、というのは魔法のことですか?」

「いやいや、そんな大層なものじゃないわよ。何ていうか……霊力っていうの? アタシとラベンダーはほとんど無いんだけど、レモンは少しだけ霊力があって、そういう不思議なオーラを持つ物とか判別できるのよ」

「つまり皆さんは、そういった力を持つ家系の出身ということですか?」

「まぁ、一応ね。“珠由良(たまゆら)”っていう、古いことだけが自慢みたいな家よ」

 

 口元に手を当ててオホホと笑うローズに、達也は相槌を打ちながら頭の中で古式魔法に関する記憶を掘り起こした。魔法師の家系に関してはそれなりに知識を有している彼からしても、“珠由良”という名字は聞き覚えが無かった。

 

「でも、もしその勾玉が達也くんの襲われた原因だとしたら、また誰かが達也くんを狙ってくるなんてこと無いかしら?」

「というか、狙撃されたとか普通に事件じゃないのよ! 警察に相談とかした方が良いんじゃないの!?」

「ご心配には及びません。こういうときのための伝手はありますので」

「あらっ! 何よ、その含みのある感じ! 達也くんったら、ミステリアスぅ!」

「そういうの、アタシめっちゃタイプよぉ!」

 

 達也の受け答えが琴線に触れたのか興奮するオカマ達に、達也はあからさまに顔を引き攣らせていた。普段は冷静で自分の感情を隠す傾向のある彼にしては非常に珍しい反応である。

 そしてとうとう我慢が利かなくなったのか、オカマ達が一斉に達也へと跳び掛かろうとした、そのとき、

 

「あなた達、話は聞かせてもらったわ」

 

 凛とした声にその場の全員が振り向くと、1人の女性がこちらに近づいてくるのが見えた。

 黒いタンクトップの上から緑色のフライトジャケットを羽織り、ショートパンツから少し日焼けした長い脚を惜しげも無く剥き出しにしたワイルドな出で立ちをしている。癖のあるブラウンの長髪も相まって、それはまさしく古い洋画にでも出てきそうな女性刑事の姿そのものだ。

 確かトイレに行くときにバーカウンターで酔い潰れていた人か、と達也が彼女を見ながら記憶を掘り起こしていると、その女性は彼に視線を向けてニヤリと不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「そこの少年、アタシがここにいたことを幸運に思うことね。この日本きっての名刑事・グロリアの手に掛かれば、善良な市民を不安に陥れるどんな凶悪犯も一網打尽よ!」

「グロリアって、あんたの本名“東松山よね”でしょうが」

「しかも今のアンタ、刑事じゃなくてただの資料室の整理係でしょうが」

「アンタなんか、犯人に狙撃されて1発でお陀仏よ」

「うっせぇな、おまえら! 寄ってたかって何なんだよ!」

 

 せっかく(本人としては)格好良く決めたところなのにオカマ3兄弟のせいで色々と台無しにされ、グロリアもとい東松山よねは大声で怒鳴り散らした。

 しかしそんな彼女を、しんのすけが更に追い詰める。

 

「資料室? また? 今度は何やらかしたの?」

「下着泥棒相手に拳銃撃ったんだって」

「ちゃ、ちゃんと威嚇射撃だったからな!」

「だから何だっていうのよ、相手は丸腰だったんでしょ? よくそれでクビにならないわね」

「というか、本当に威嚇射撃だったの? ただ単に外したんじゃなくて?」

「俺に向かって撃ったときも、あんな近くにいて1発も当たらなかったしな」

 

 そしてオカマ3兄弟だけでなく同僚のオカマ、そしてバーテンダーも一緒によねへの集中攻撃を始めた。登場時はあんなにドヤ顔だった彼女も、今や顔を真っ赤にしてほとんど涙目だ。

 

「えぇっと、どちら様ですか?」

「司波達也くん、だったっけ? アタシはグロリ――」

「東松山よね」

「……名前なんて些細なことよ。アタシは千葉県警に所属する刑事、今は訳あって資料室にいるけど、普段は千葉を拠点にして色々な所を渡り歩いているわ。しんちゃんが困ってるのを助けてあげたことなんて、一度や二度じゃないんだから」

「何言ってんの。当たらない拳銃をバンバン撃ってただけで、ほとんど足手纏いだったじゃない」

「い、妹のひまわりちゃんを助けてあげただろうが!」

 

 都道府県制から広域行政区制にシフトして久しい現代ではあるが、未だに以前の名残は強く残っており、警察本部の管轄などはそのままだったりする。しかし以前よりは行政区内における人事交流が盛んに行われ、よねのように複数の本部を転々とする刑事も少なくない。

 しかしそういった人間というのは、複数の本部からお呼びが掛かるほどに優秀か、あるいは複数の本部で押し付け合うほどに問題児か、のどちらかに偏る。周りの反応からして目の前の女性は後者のようだな、と達也はけっして顔には出さずに納得した。

 普通ならばそんな人間を頼りにするはずも無く、何なら話を聞かれないよう即刻退散するのが常だ。しかし彼女が春日部の人間でないのに“サザエさん時空”に巻き込まれ、そしてしんのすけと縁浅からぬ関係にあるという点が、彼をこの場に留まらせる選択を採らせた。

 

「……捜査していただけるのは有難いのですが、1人で勝手に動いて大丈夫なんですか?」

「心配はいらないわ。こういうときのために、有給を貯めているんだから」

「少し休んだところで何の問題も無いわよ、資料室の整理係なんだから」

「やかましい。――それにこちとら100年も刑事やってんのよ、こういうのに詳しい情報屋の10人や20人は知ってるから、そいつらに聞けば何かしら分かるわよ」

 

 確かにそれは頼もしいが、風間少佐の方でも色々と調査を進めていることを考えると、いくら向こうからの提案とはいえ彼女に捜査してもらう必要があるかどうかは疑問がある。

 しかし達也は同時に、こう考えてもいる。

 しんのすけの“主人公補正”が既に発動しており、その結果が現状であるとするならば、自分がこの事件に大きく巻き込まれることはほぼ決定事項だ。ならば被害が自分に及ばないよう距離を取ろうとするよりも、むしろ彼女達と共に事件の渦中に飛び込んでしまった方が、結果的に被害が少なくすむのではないだろうか、と。

 

「……分かりました、それではお願いしようかと思います」

「了解! お姉さんに任せなさい!」

 

 ドンと胸を叩いて力強く答えるよねを見て、達也はどうにも不安を隠せない表情を浮かべる。

 

「事件を解決して、あわよくば刑事に戻してもらおうって魂胆ね」

「あの子、資料室に飛ばされる度に、しんちゃんに『何か困ってることは無いか』って泣きついてたものね」

「まぁ、その度に都合良く事件に巻き込まれてるしんちゃんもしんちゃんだけど」

「いやぁ、照れますなぁ」

「褒めてねーぞ、ボウズ。――ほれ、デザートだ」

「うっほほーい! これを待ってたんだゾ!」

 

 そしてそんな2人の横で、他の面々がそんな会話を交わしていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 達也が論文コンペにおける実質的な“4人目の代表”となったという事実は、翌日の朝には既に学校中に知れ渡っていた。いったい誰が流しているのか達也としても気になるところだが、遅くとも近日中には知れ渡っていることだったのだと犯人を追及することは無かった。

 教室でクラスメイトと挨拶を交わし、そのついでとばかりに告げられる実質代表入りへの謝辞に返事をしつつ、達也は自席の端末を立ち上げてから既に登校していた幹比古に声を掛けた。

 

「おはよう幹比古、相変わらず早いな」

「おはよう、達也。最近ようやく朝の勤行(ごんぎょう)に加えてもらえるようになったから、本当はもう少しゆっくりしても良いんだけど……習慣かな」

 

 “勤行”とは元々仏門修行を指す言葉だが、神仏混淆の影響か神道系である幹比古の実家でもこの言葉を使っている。幹比古は『加えてもらえるようになった』と表現したが、エリカや彼本人から聞いた話から『また参加できるようになった』の方が適切だということを達也は把握している。

 着実に力を取り戻し、更にそれを向上させている友人が、達也は嬉しくもあり羨ましくもあった。そもそもスランプさえ無ければ普通に一科生でもおかしくなかったことを考えると、もしかしたら二科から一科に転籍なんてことも有り得るかもしれない。

 などと取り留めの無いことを考える達也だったが“本来の目的”を思い出し、まだ本来の主が登校していないのを良いことに幹比古の隣の席に腰を下ろした。幹比古も、普段はそんな行動をしない達也に若干の緊張感を滲ませている。

 

「ところで幹比古、少し訊きたいことがあるんだが……」

「良いけど、何だい?」

「“珠由良”、という名字に聞き憶えは無いか?」

 

 その瞬間、幹比古は目を丸くして達也を見つめた。

 

「……よく知ってるね達也、現代魔法師の中ではほとんど知られていない一族なのに」

「まぁ、偶然にも小耳に挟んでな。どういった一族なんだ?」

「僕もそこまで詳しいわけじゃないんだけど……」

 

 幹比古はそう前置きしてから、自身の持つ知識を口にする。

 

「古式魔法を伝承する一族っていうのは多かれ少なかれ秘密主義なところがあるものだけど、“珠由良”はそれに輪を掛けて謎に包まれた一族だ。その一族と深い関係にあると言われる“珠黄泉(たまよみ)”というのもいるんだけど、どちらもルーツ自体がよく分かっていないんだよ」

「ルーツ? 術式の基となった宗派ということか?」

「そう。昔は寺社勢力が武家政権や朝廷に並ぶほどに強い権力を持っていたから、どこかの寺や神社の庇護を受けながら術式を発展させていったものなんだ。だから古式魔法の家系は、少なからずそういった場所に記録が残っている。――だけど“珠由良”も“珠黄泉”も、そういった記録が一切残っていない。おそらくどこにも属せずに独自で研究を続けてきたんだろうね」

「宗派を推測できる情報は何も無いのか?」

 

 達也の質問に、幹比古は首を横に振った。

 

「無いわけではないよ。どちらの一族も、青森の“あ、それ山”を拠点にしていたらしいから――」

「ちょっと待て。“あ、それ山”? “恐山”ではなく?」

「今は恐山の一部になってるけど、昔はそう呼ばれてたみたいだよ。でもまぁ、恐山の近くに拠点があったからか、曹洞宗の教えを彷彿とさせる部分が所々に見られたみたいだ。もっとも、恐山の菩提寺にそういった人物が在籍していた記録は存在しないけどね。――それと、」

 

 幹比古はそこで言葉を区切ると、周りを気にするようにチラチラと目を遣った。

 そして少しだけ達也へと身を乗り出し、小声でこう続けた。

 

「本当かどうか定かではないけど、今から数百年ほど前に2つの一族が協力して1体の“魔性”を退治したっていうんだ」

「魔性? 妖魔みたいなものか?」

「そう。もっとも、懐疑的な意見が大多数だけどね。僕ら古式魔法師の間では、日本で本物の魔性を退治したのは900年前の安倍泰成(あべのやすなり)による妖狐退治が最後だっていうのが定説だ」

 

 でも、と幹比古は1拍置いて、

 

「実際のところ、その魔性が出現したとされる時期にあの辺りで自然のものとは思えない異常気象が観測されている記録が残っているんだ。そしてそれを境に、“珠由良”と“珠黄泉”の一族は古式魔法の歴史から完全に姿を消している」

「異常気象というのは、魔性が発生するときによく見られるのか?」

「いや、そういった例はほとんど無い。もし本当に魔性の仕業だとすれば、そいつは相当大きな力を持っていたことになるね。――ちなみにその異常気象だけど、実は今から100年ほど前に、しかも東京都心で同じような現象がほんの一瞬だけど観測されている。だから魔性にしろそうでないにしろ、何かしらあるんじゃないかと僕個人は思ってるんだけどね」

 

 成程な、と達也は得心したように小さく頷いた。

 

「ちなみに“珠由良”や“珠黄泉”は、今でも残っているのか?」

「……いや、少なくとも僕はそんな話は聞かないな。たとえ子孫が生き残っていたとしても、術式の伝承は途絶えているんじゃないかな? もしくは、完全に裏の世界に隠れてしまっているとか」

「成程、よく分かった。色々教えてくれてありがとうな」

「いやいや、これくらいは何てこと無いよ。――ところでなんで、急にそんなことが気になったんだい?」

 

 珠由良の子孫を名乗るニューハーフと出会ったので、と素直に言う気は無かった。

 表向きにはそのように伝わっているんだな、という感想を抱きながら、達也は幹比古の質問を意図的に無視した。もっとも幹比古の方も素直に答えてくれるとは思ってなかったので、特に不満に感じている様子は無かった。




 ~“スウィングボール”から帰宅後~

「お帰りなさいませ、お兄様。すぐに夕食の準備を致しますね」
「あぁ、すまないな」
「――あの、お兄様」
「ん? どうした、深雪?」
「お兄様のお洋服から女性の香水の匂いがするのですが、どちらにいらっしゃったのですか?」
「…………」
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