嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第54話「強くなるために修行するゾ」

 偶然(と呼ぶには些か出来すぎているが)エリカやレオと顔見知りとなったコージローは、これも何かの縁ということで2人を食事に誘ってきた。ほぼ即決でそれに応じるエリカに圧される形でレオもそれについていき、3人は第一高校の最寄り駅近くにあるファミレスに入っていった。

 

「でも良いの、代々木くん? しんちゃんに会おうとしてたんじゃないの?」

「不良に絡まれて足止めされて、そのうえで君達とこうして知り合ったんだ。『今日はそういう日じゃなかった』と思ってまた後日にするよ。滅多に会えないわけじゃないしね」

 

 コージローの言葉は2人にはよく分からなかったが、とにかく本人が良いと言うのなら、とそれ以上は何も言わなかった。3人はタッチパネルで手早く注文を済ませると、普通の高校生らしくドリンクバーから飲み物を取ってきて軽い自己紹介から会話を始める。

 エリカのように剣を学ぶ者の間では知らない者がいないほどの有名人であるコージローは、中学を卒業して東京の体育科高校に進学したのを機に上京し、現在は学校近くの単身者用アパートで1人暮らしをしているらしい。もちろんそこでも剣道を続けていて、専門的な勉強をしながら部活でその腕を磨き、国内外の大会を荒らしに荒らしているようだ。

 しかしレオにとってもっぱらの関心事は、そこではなかった。

 

「にしても、まさか魔法師(ウチ)らの間で話題沸騰中の“九十九里浜家を潰した非魔法師の少年剣士”ってのが、しんのすけの幼馴染とはなぁ。世間は狭いというか何というか」

「僕としては潰したつもりは無いんだけど、やっぱりそういう見方になっちゃうんだね」

「そりゃそうでしょ。面子と実績で成り立ってる“数字付き(ナンバーズ)”が、いくらあなたみたいな“イレギュラー”とはいえ非魔法師1人に正面からやられたんだから」

 

 とはいえ、話題の大きさの割にはあまり騒動になってない、というのがエリカの正直な感想だった。九十九里浜家が門下生を御せていないことは以前から問題視されており、それによる潜在的な悪感情がここに来て明らかになったというのが彼女の分析だ。

 一方コージローも魔法師界の内情に詳しいわけではないが、その辺りについては何となくだが察していた。最初彼は他の魔法師による報復も視野に入れていたのだが、せいぜいが先程のような元・門下生が“ちょっかい”を掛けてくるくらいで実に大人しいものだった。

 

「そもそもなんで、九十九里浜家の道場を?」

「別に最初からそうするつもりで道場に行ったわけじゃないんだ。たまたまそこの門下生が一般の人に絡んでいたから、そんな彼らを育てる立場の道場がどんな場所か気になっただけだよ。そうして当主の方と話している内に、()()()()()()()()()()()()()()というだけさ」

「……成程な。ってことは、一部の奴らが言ってる『魔法師の存在が気に食わなかったから』ってのは間違いだってことだな」

「もちろん、僕は魔法師に対して特別な感情は持ってないよ。――確かに、クラスメイトや教師の中には魔法をやたら敵視する人も多いから、そう思われても仕方ないのかもしれないけど」

 

 現代における“スポーツマン”と呼ばれるような人々は、魔法への忌避感が一般的な人よりも強い傾向があると言われている。自身の純粋な身体能力のみで道を切り開く彼らのような者にとって、魔法は“人間由来のものではない異物”という見方が強いのかもしれない。

 ちなみにこの考えをより過激にしたのが“人間主義”と呼ばれる反魔法主義思想である。

 

 と、そんな会話をしている内に3人が注文した料理がやって来た。レオはハンバーグ+唐揚げ定食(ライス大盛)と超ボリューミー、エリカはグリルチキンのサラダに雑穀米と栄養バランス重視、そしてコージローはシーザーサラダだけと高校男子にしたらかなり小食のメニューだった。

 

「随分と少なくねぇか? それで足りんのか?」

「今日は午後の練習を休んで来たから、そんなにお腹は減っていないんだ。といっても、普段から食べる方じゃないんだけどね」

「スポーツばかりしてるんだから、食わないと体力保たねぇと思うんだけどな」

「僕にとってはこれが適量なんだけどね。学校の食堂は体育科高校だけあって、やたら量が多いんだ。だから普段も食べきれない分を友人に食べてもらったりして――」

「んで、代々木くん。そろそろ本題に入らない?」

 

 コージローの言葉を遮って突如そう切り出すエリカに、レオは戸惑いの表情を浮かべ、コージローは気分を害した様子も無く彼女を見遣る。

 そしてコージローは、サラダを食べるのに使っていたフォークを静かに置いた。

 

「――君達を食事に誘ったのは、さっきの君達の会話が気になったからなんだ」

「結構距離があったはずなのに聞こえてたのかよ、地獄耳だな」

「聞こうと思って聞いたわけじゃないんだ。――ただ君達が、野原くんの名前を交えながらやたらと物騒なことを話してたものだから、つい気になってね」

「……やっぱり、“剣道”から見たらアタシ達ってそう見えるのかしら?」

 

 含みのあるエリカの問いに、コージローはフッと笑みを漏らす。

 

「そりゃまぁ、一般的には仕方ないよ。“剣道”だって元を辿れば真剣を使った戦いに備えた訓練、つまり実戦を想定したものだけど、今は心身を鍛えて己を律するための“武道”、あるいは競技性に特化した“スポーツ”の側面が強いから。ルールに則った大会とかならまだしも、君達みたいに本物の切った張ったを想定してるとなるとね」

「あなた自身はどう思うの?」

「別に君達は、誰でも良いから痛めつけたいとか自分の力を誇示したいとか思ってるわけじゃないんでしょ? だったら僕から言うことは何も無いよ」

 

 コージローはそう言うと、コップを手に取ってウーロン茶を一口飲んだ。

 そしてそれが合図だと示すように、話題を切り替える。

 

「ところで、西城くんだっけ? 何だか君を鍛えて技を伝授するみたいな話をしてたみたいだけど、それって僕もできるようになったりするのかな?」

 

 話題を振られたレオだが、彼自身もそれを聞く前に例の喧嘩騒ぎに移ってしまったのでまだ詳細を知らないままだ。なので彼の視線は、自然と隣のエリカに向けられる。

 そしてコージローの視線も彼女に向いたところで、エリカが口を開いた。

 

「これから彼に習得してもらうのは、千葉家が“薄羽蜻蛉(うすばかげろう)”と命名している魔法なの。だから非魔法師のあなたでは訓練しても使えない」

「そっか、残念。――そしたらさ、それを見せてもらうことはできないかな? その代わり、僕も彼の特訓に協力するからさ」

「……そりゃ、あなたみたいな凄腕が協力してくれるっていうなら願ってもないけど、なんで会ったばかりのアタシ達にそこまで?」

 

 当然と言える疑問をぶつけるエリカに、コージローはニコリと笑ってみせた。大抵の女子ならばそのイケメンぶりにクラッとしそうなものだが、彼女にはそれは通用せず表情に変化は微塵も無かった。

 

「理由は色々あるよ。君達が野原くんの友人だからというのもあるし、将来は指導者になりたいからその予行練習も兼ねて、というのもある。――だけど一番の理由は、単純に“魔法”というものに興味を持ったからなんだ」

「興味?」

「そう。野原くんが学んでるってことで元々興味はあったんだけど、魔法を併用した剣技というのがどんなものかこの目で見てみたくなったんだ。野原くんと練習や試合をするときはこっちに合わせて魔法を使わないから、実際に見たのは九十九里浜家の道場が初めてだったし」

 

 コージローの言葉を聞いて、レオがふとした疑問を何と無しに口にした。

 

「そういやコージローとしんのすけって、中学大会の全国決勝で試合したことあったんだっけか。実際のところ、しんのすけの強さってどんなもんなんだ? 俺は九校戦絡みでしか剣を使って戦うところを見たことが無いし、それだって純粋な剣技とは違うだろ?」

「そりゃアンタ、凄いってモンじゃないわよ。その決勝戦での試合は今でも語り草になってるほどの激闘だったし、アタシだって試合の映像を何回観たか分からないわ。本当、なんでアタシみたいに武装一体型のCADをメインにしないのか不思議なくらいよ」

「彼は僕とは違って、剣道に対してそこまで思い入れが深いわけではないからね。――でもそうだな、彼の強さを分かりやすく表すとするなら……」

 

 コージローはそう言って思案する素振りを見せると、ニタリと何かを企む不敵な笑みを浮かべて、頬杖を突いて2人へと身を乗り出した。

 彼の意図が分からず、2人は首を傾げている。

 すると、

 

「――――!」

「――――!」

 

 エリカとレオの体が、バラバラに切断された。

 しかし2人は瞬時に、それが単なる錯覚だと気づいた。とはいえ体にむりやり刻み込まれた死の恐怖はそう簡単に消えるものではなく、エリカは奥歯を噛みしめながらも何とか姿勢を保ち、レオは全身から汗を吹き出しながら腕をテーブルに突いて倒れそうな体を支えている。

 エリカは大きく息を吐き出しながら、2ヶ月ほど前の記憶を思い起こす。

 

「……今の、“剣気”ね?」

「そう。便利だよね、これ。街中で不良に喧嘩を売られることは時々あるんだけど、これを使えば余計な手間を掛けずに済む。――ちなみに野原くんだったら、汗1つ掻かずに涼しい顔して受け流してるよ」

「成程、こりゃ凄ぇや」

 

 まるで全力疾走でもしたかのように、レオは疲れ果てた様子で大きく息を荒らげていた。しかしそんなことをしているのは彼だけで、周りには夕食時もあって多くの客が訪れているが、それぞれ食事したり談笑したりで変わった様子はどこにも無い。

 そして彼よりも断然早く平常を取り戻したエリカは、震えていた。

 おそらくそれは、武者震いと表現できるものだった。

 

「さすがね、代々木くん! あなたの協力もあれば想定よりも早くコイツを鍛えることができるし、アタシも純粋な剣の腕を底上げできるかもしれない! ぜひとも協力してちょうだい!」

「こちらこそ、よろしく。あっ、でもこっちからお願いしといて何だけど、学校の授業は休めないから練習に参加できるのは放課後からってことになるけど」

「全然構わないわよ、そんなこと! むしろ部活の時間を削ってくれることに感謝ね!」

 

 トントン拍子に事が決まっていく2人に、未だに呼吸が落ち着かないレオはこう思った。

 

 ――もしかしたら俺、死ぬかもしれない。

 

 

 *         *         *

 

 

 魔法科高校は土曜日も実習込みでしっかりと授業が組まれているのだが、達也と深雪は土曜日の朝早くから八雲の寺を訪れていた。八雲から「“遠当て”用の練武場を改装したので試してみないか」と誘われたからであり、クラブに所属していないので学校の練習場をそれほど自由に使えない2人にとっては渡りに船だった。

 練武場は本堂の地下に広がっており、正方形の部屋の壁3面と天井に無数の穴が空いていた。その穴から標的が発射されるのだが、壁4面でないのは“敵に囲まれて孤立する”というシチュエーション自体が現実的ではないからである。

 内容は至ってシンプルで、穴から撃ち出された標的を狙い撃つだけである。ただし標的は一度に幾つも出現する上に、たった1秒でその姿を隠してしまう。そして撃ち漏らした数に応じて模擬弾が発射されるという、これを設計した奴は絶対に性格悪いだろ、と悪態を吐いてしまいそうなシステムだった。

 

「――はいっ、止め!」

 

 八雲の合図と共に装置が停止し、部屋の中にいた深雪は気が抜けたのかその場に座り込んでしまった。薄手のトレーニングシャツにスパッツという珍しい姿をした彼女は今、全身から汗をびっしょりと掻き大きく息を荒らげていた。

 元々深雪は点を狙うよりも面を塗り替える性質の魔法が得意であり、射撃に関しては(“彼女にしては”という注釈付きで)あまり得意とは言えなかった。撃ち漏らしも所々で見られ、模擬弾自体は魔法で全てブロックしているものの、攻撃と防御を同時に行うことで足元が疎かになり転倒する、という光景が何度も見られた。

 

「お疲れ様、深雪」

「……あっ、お兄様。申し訳ございません」

 

 達也からタオルを受け取り、深雪は謝罪の言葉と同時にそれで汗を拭った。そんな仕草だけでも妙な色っぽさを見せる彼女だが、今ここにいるのは彼女と付き合いの長い面々ばかりなので、特に見惚れるといったことはなかった。約1名鼻の下を伸ばしている僧侶がいるが、完全無視である。

 深雪に怪我が無いことを確認した達也は、言葉も無く部屋の中央へと移動した。愛用のCADを胸の前に掲げ、肘を折り曲げた待機姿勢のままじっと待つ。

 

 そして深雪が部屋から引いた途端、何の前触れも無く装置が動き出した。3面の壁から同時に12個のボールが飛び出し、そして一瞬の内に粒と化して消えていった。次の瞬間に倍の24個が飛び出し、一切のタイムラグも無く同時に霧散していった。

 原因は達也による分解魔法だが、彼はそれぞれ1回しか引き金を引いていない。そもそも彼は、どれか1つのボールに照準を合わせるといったことすらしていない。

 ボールの材料である合成樹脂の粉末を避けながら、達也はカチッ、カチッと引き金を引いていく。その頻度が徐々に狭まっていき、もはや部屋にボールが飛んでいない時間が無いくらいに次々とボールが撃ち込まれていくのだが、撃ち漏らしのペナルティである模擬弾が発射されることはなく、床に合成樹脂の粉末を雪のように薄く降り積もらせていくだけだった。

 

「――止めっ」

 

 深雪のときよりも悔しさの滲んだ声で八雲がそう言うと、装置は途端に静まり返った。ほぅ、と息を吐く達也に向かって、満面の笑みを浮かべた深雪が飛びつくような勢いで走り寄る。

 

「お兄様、素晴らしいです! いつの間に同時照準を36にまで増やされたのですか!」

「今回は相手が撃ち返すのを待っている設定だったからね、待った無しの実戦なら今でも24がせいぜいだよ」

「やれやれ、これでも完全クリアか……。少し難度を抑えすぎたかな?」

「いえ、これでも結構ギリギリでしたよ。あんな嫌らしいタイミングで攻めてくるアルゴリズムは、もしかして風間少佐が組んだものですか?」

「制御式は風間くんから貰ったものだけど、作ったのは真田くんだよ?」

「ああ、成程……」

 

 独立魔装大隊の中でもトップクラスに腹黒い素顔を人当たりの良い笑顔の裏に隠す技術士官の名前に、達也は納得したような表情を見せた。

 使い心地を一通り確かめたところで、達也と深雪は八雲の私的な居住空間である庫裏(くり)の縁側に案内された。練習後に八雲が茶を振る舞うことはよくあるが、そのときは庫裏ではなく本堂が常だ。いつもと違う彼の行動に、達也の表情も自然と緊張を帯びる。

 

「さて、学校もあることだし手短にいこう」

 

 3人分の湯呑みを持ってきた八雲が、達也の予感を裏付けるようにこう話を切り出した。

 

「達也くん、珍しい物を手に入れたようだね」

「……預かり物ですが」

 

 八雲の言う“珍しい物”が瓊勾玉のレリックであることは明白であり、達也は特に白を切ることもなくあっさりとそれを認めた。この程度の不意打ちでいちいち動揺していたら、八雲と付き合っていくことなどできないのである。

 

「だったら、なるべく早く返した方が良い。それができないのなら、少なくとも自宅ではない然るべき所へ移すべきだ」

 

 予想以上に真剣味を帯びた八雲の声色に、達也は意外感と共に緊張感を呼び起こされた。

 

「狙われているとは気づきませんでした。普段以上に気を配っていたはずなのですが」

「慎重に立ち回っているからね。それになかなかの手練れだ」

「何者か……と聞いても無駄なのでしょうね」

 

 八雲の口振りは相手の並々ならぬ技量を警告すると共に、自分がその尻尾を掴んでいると仄めかすものだった。しかしこういうとき、八雲は思わせぶりなヒントを出すだけで正体そのものを素直に教えることはまず無い。なので達也の半ば諦めた口調での問い掛けも無理はなかった。

 だがここで、彼の常とは違う言動が再び行われた。

 

「かつて野原しんのすけと対立した者が、今回の敵の中に潜んでいるようだよ」

「――何ですって?」

 

 八雲が素直に情報を教えたこと、そしてその内容そのものに対して、達也は二重の意味で驚愕を覚えた。それを彼の傍で聞いていた深雪も、手を口元に当てて驚きを露わにしている。

 

「“珠黄泉”の一族の子孫である、強力な超能力者。君のことだ、それだけ聞けば充分だろう?」

「成程、それは厄介そうですね」

「それとは別に、忠告をもう1つ。敵を前にしたら、方位を見失わないよう気をつけるんだよ」

「方位、ですか?」

「おっと、サービスはここまで。それ以上は高くつくよ」

 

 八雲の邪な笑みを前に、達也はこれ以上の詮索を止めた。

 

 

 *         *         *

 

 

 論文コンペまで、残り8日。校内は稀に見る喧騒に満ちており、プレゼンのバックアップは“学校一丸”という表現が誇張でない体制にまでなっている。

 発表に使う実験装置は一通り完成しているが、より効果的な演出と確実な動作を目指す技術系スタッフのこだわりは留まるところを知らず、再三に渡る駄目出しと見直し・改良・調整が続けられていた。九校戦では出番の無かったインドア派の生徒、さらには二科生の中にも、舞台上の演出をプランニングしたり客席の効果的な応援を指導したりといった役目が与えられていた。

 また女性生徒を中心として結成された炊き出し隊も、ここに来てフル稼働の様相を呈してきた。論文コンペに汗を流す生徒のため、お弁当作りにあちこち走り回っている。そしてその中には、美月の姿もあった。

 

 さらに体育会系の生徒も、論文コンペに向けて準備に余念が無かった。このような文化系のイベントで彼らの出番があるのか、と疑問に思うかもしれないが、おそらく彼らが一番汗を流していると言っても良いだろう。

 現在彼らがいるのは、学校に隣接された丘を改造した野外演習場。魔法科高校は軍や警察の予備校ではないのだが、そちらの方面に進む生徒も多いため、このような施設が屋内屋外問わず充実している。

 

 その人工林で息を潜めるのは、幹比古だった。訓練相手である上級生を窺い見ると、彼は木々が疎らになってできている空き地にその姿を晒していた。隠れる様子も無い堂々とした佇まいに、思わず幹比古の心臓も脈を早めていく。

 その人物とは、十文字克人だった。彼は今回の論文コンペにて、九校が合同で組織する会場警備隊の総隊長を務めることになっている。他校の代表と会合を持つ傍ら、こうして自ら訓練の矢面に立つことで同じく警備部隊に抜擢された生徒の士気を高めていくのである。

 幹比古が彼の練習相手に選ばれたのは、九校戦での活躍が認められたからである。しかし彼1人で克人の相手をしているわけではなく、幹比古の他にも9人の生徒が彼の練習相手を務めている。つまり現在は1対10の模擬戦闘を行っており、幹比古はその10人の内の1人だった。

 しかし最初は10人だった彼らも現在は3人にまで減っており、何回か遠距離攻撃を仕掛けただけで直接戦闘は1度も無いはずの幹比古は背中にびっしょりと冷や汗を掻き、克人から放たれるプレッシャーに押し潰されそうになっていた。

 

 ――早まったかもしれない……。

 

 最初に練習相手の話が来たとき、幹比古は二つ返事で了承した。十文字家の次期当主と手合わせできるなんてそうそう叶うものではないし、現代魔法との戦い方を貪欲に学び取ろうという意志でここにやって来た。

 しかし幹比古は先程から何回も、このまま殺されてしまうんじゃないか、という思念に駆られていた。倒された7人も気絶しているだけで大した怪我もしていないことからも、克人がちゃんと手加減していることがよく分かる。それが分かっていてなお、彼は本能から湧き上がってくる恐怖で今にも体が動いてしまいそうだった。知らず知らず呼吸が可聴域にまで大きくなり、幹比古は慌てて自分の口を押さえる。

 室内ですら1メートルも離れれば聞こえなくなるほどの大きさでしかなかったはずなのに、克人の体は幹比古の隠れている木に正確に向けられた。そのままゆっくりと歩を進める克人に、幹比古は止まっていた呼吸を無理矢理再開して、触覚と聴覚に神経を集中させる。居場所がバレていると分かってるのに、魔法的な探知も顔を覗かせることもできなかった。というより、する勇気が無かった。

 

 耳を澄ませて空気の流れを掴み、地面につけた膝から僅かな振動を感じ取り、目で気流の変化がもたらす僅かな光の屈折を見分け、鼻と舌で空気中の微量な化学物質の比率の変化を分析する。1つ1つは曖昧なデータであるそれを総動員することで、直接確認することなく克人の現在位置を割り出していく。

 そして克人が或る地点に到達した瞬間、幹比古は仕掛けていた魔法を発動させた。地中を介した実体の無い導火線にサイオンを流し、地面に仕掛けた条件発動型魔法がそれをトリガーに効果を発動する。

 

「――――!」

 

 克人を取り囲むように正方形に配置された土柱が噴き上がって姿を現し、克人の立つ地面がすり鉢状に陥没する。“土遁陥穽(どとんかんせい)”と呼ばれる古式魔法であり、敵に土砂を浴びせて穴に落とすことで目眩ましと足止めを行い、逃走の時間を確保する術式だ。レベルの低い相手ならこれだけで充分捕らえられるが、克人がこれで捕まるような人物ではないことは幹比古が一番よく分かっていた。

 発動した魔法の成果を確かめる暇も惜しんで幹比古が逃げた数秒後、土煙が晴れたその場所には、円形に押し潰された地面と円環状に降り積もった土砂と、土埃1つついていない克人の姿があった。

 彼の防壁魔法は幹比古の魔法を完璧に防いだものの、視界を遮られてまんまと逃げられてしまったのもまた事実。

 克人はニヤリと笑みを浮かべて、防壁魔法の反発力で僅かに浮き上がっていた体を地面に下ろし、再びゆっくりと足を踏み出した。

 

 

 

 

「達也くんとはまた違った種類の巧さがあるわね。今年の1年生は面白い子が多いわ」

「どちらかというと、二科生の方に見所のある奴が多い気がするが」

「それは誤解よ摩利、総合力で勝ってるのはやっぱり一科生だもの。個性的な能力を持つ子が多いから、そういう印象を受けるだけ」

 

 事故防止と事故発生時の救助活動を目的としたモニター要員として練習を見守っていた真由美と摩利が、先程の幹比古の魔法を見てそんな会話を交わしていた。

 彼が一科生・二科生の枠を超えて優秀であることは九校戦でも確認しているが、実際にこうして戦っているところを見ると、特異な魔法技能以上に運用技術の高さが際立っているのが分かる。そもそも1年生ながらここまで生き残っているだけで、彼の技量は賞賛に値する。

 

「間違いないのは、コイツが他の1年生と比べても使えるということだ。類は友を呼ぶ、といったヤツかな?」

「九校戦を通して急激に伸びた、って先生方も仰ってたわね。こういう良い影響はどんどん広がってほしいところだけど……」

「達也くんって、先頭に立って誰かを引っ張るタイプじゃありませんからなぁ」

 

 上級生2人の会話に平然と割って入り、しかもモニターを眺めながらチョコビを食べるという、まるでテレビでスポーツ中継でも観ているかのようなしんのすけに、真由美も摩利も彼に対して呆れの視線を向けずにはいられなかった。

 

「そう言うしんちゃんは、皆みたいに練習に参加したりしないの?」

「えぇっ? 嫌だゾ、めんどくさ~い」

「面倒臭いって……。しんちゃんだってたまには思いっきり体を動かさなきゃ、せっかくの実力が鈍っちゃうだろ」

「んもう、そもそもなんで皆そんなに張り切ってるの? 単なる高校生の発表会でしょ? そんな大事にはならないって」

 

 確かに普通に考えればしんのすけの言う通りなのだが、なぜだか真由美はそれを聞いて余計に不安な気持ちになった。

 

「何かあったときのために備えておくのが、我々魔法師のすべきことだ。――というわけで、しんちゃんにはアタシの練習に付き合ってもらうぞ」

「えぇっ!? いくら先輩だからってオーボーだゾ!」

「アタシも剣士の端くれとして、しんちゃんみたいな実力者と一度やり合ってみたいんだよ。後でチョコビでも何でも買ってやるから付き合え、な?」

「もう、仕方ないですなぁ」

「頑張ってね、2人共」

 

 真由美はヒラヒラと手を振って2人を見送ると、再びモニターへと視線を戻した。

 

「あら吉田くん、十文字くんに叩きのめされてるわ」

 

 

 *         *         *

 

 

 池袋の雑居ビルでも横浜の中華街でもない品川の料亭の個室にて、四十代の男性と二十代中頃の若者のコンビが待っていると、二十代過ぎの青年が頭を下げて入室してきた。

 

「申し訳ございません。お待たせしてしまいましたか?」

 

 青年は恐縮した体を見せるがその姿に卑屈さは感じられず、柔らかい物腰と整った容姿のおかげで貴族然とした雰囲気が漂っている。

 

「いえ、我々も先程来たところです」

 

 それに対して、最年長の男性は言葉こそ丁寧だったが態度が尊大で素っ気なかった。傍らに座る若者は何も言わず、ただ黙って顔を俯かせている。

 

「さっそくですが(チュウ)先生、例の少女がしくじったそうですな」

(チェン)閣下のご懸念は理解しているつもりです。ですが彼女にはこちらの素性は一切明かしておりませんので、情報漏洩の心配は無いと思われます」

「ほう。それでよく、協力者に仕立て上げましたな」

「あの年頃は純粋で情熱的ですから。多くを知るよりも、多くを語ることが重要だと考えているのですよ」

 

 傍目には男性――陳の質問に答えていないように聞こえる青年――周の回答だが、陳はそれだけで大体のことを理解したようだ。

 

「周先生がそう言うのなら、間違いは無いでしょう。しかし我々としては、“万が一”のことがないようにしてもらいたいですな」

「心得ております。近日中に、彼女の様子を見に行くことに致しましょう」

 

 周がそう言って深く一礼するのを満足げに眺めていた陳は、テーブルの呼び鈴を振った。このような高級料理店の場合、雰囲気重視のためにアナログのシステムを採用している店は根強く残っている。

 そして陳の隣に座っていた若者――呂剛虎(リュウ・カンフウ)は、周へ鋭い眼差しを向けていた。陳はそれに気づいていながら注意する様子は無く、周もその微笑みを崩すことなく平然と座っていた。




「今頃奴らは高級料亭で、子供にビクビクしながら悪巧みか……。滑稽だな」

「そして私はその間、碌な設備も無いビルのフロアで1人カップラーメンか……」

「……食事に関しては、“玉王”の方がよっぽど充実してたな」

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