嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第57話「超能力者のお出ましだゾ」

 月曜日。

 現代における電車事情についてだが、地方を跨ぐほどの長距離移動を除けば2~4人乗りのキャビネットでの移動が一般的となり“満員電車”という言葉は死語となった。性質上渋滞が発生しないので到着時刻が大幅に遅れることはほぼ無いが、早く着く分には結構な時間差が生じることも多い。入学して間も無い頃は一高の最寄り駅で待ち合わせしてから学校に向かっていた達也たちも、程なくしてそれを取り止めるようになったくらいだ。

 なので友人と駅で鉢合わせる機会は意外と少なく、しかもそれが登校や出勤の時間と照らし合わせれば“早朝”と表現されてもおかしくない時間帯となれば相当珍しい。達也が深雪と共にプラットフォームに降り立った際に、2つ後ろのキャビネットからレオとエリカの姿を見掛けて若干目を見開いたのも無理はなかった。

 向こうも駅に到着した段階で達也たちの存在に気づき、2人はぎこちない愛想笑いを浮かべながらキャビネットを降りた。

 

「よ、よう達也……。随分と早いな……。論文コンペの準備か?」

「そんなところだ。レオ達はどうしたんだ? いつもはもっと遅いじゃないか」

「い、いや、それはだな……」

「や、やだなぁ達也くん! アタシは大抵早起きだけどぉ!」

 

 レオは明後日の方に視線を飛ばして言い淀み、エリカは不自然に明るい声と引き攣った笑みを浮かべて答えた。

 

「そう? じゃあ、今朝は西城くんの方が早起きだったのかしら?」

「ちょっと、深雪! その言い方は止めて! 何か、まるでアタシが毎朝コイツを起こしてるみたいじゃない!」

「そうだぜ! どっちかというと、今日は俺の方が早かったんだからな!」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 レオのせいで変な空気が流れ出し、エリカは無言でレオを睨みつける。

 そんな2人を前に、達也と深雪はポーカーフェイスを貫いていた。もしもしんのすけがこの場にいたら、おそらく嬉々としてツッコミを入れていただろう。むしろそうしてくれた方が有難かった、という場面かもしれないが。

 

「……ちょっと2人共、何黙ってるのよ?」

 

 恥ずかしいような恨めしいような居た堪れないような表情で顔を真っ赤にするエリカに、これ以上からかうのは可哀想かと思った達也がフッと笑みを浮かべた。そしてエリカはそれを勘違いし、ますます目つきを鋭くしていた。

 

「大丈夫だ、変な誤解はしちゃいないよ。大方、レオに何か新しい魔法を教えるためにエリカがしごいていた、といったところだろ?」

「えっ、なんで分かるの!? もしかして千里眼!?」

遠隔視(クレアボヤンス)のスキルは無いよ。レオの気力が消耗していて、その反面魔力が活性化しているようだったからな」

「いや、気力とか魔力とか、そっちも大概だから」

「まぁ、達也にとっちゃ今更だけどな」

 

 そう言って笑うエリカの様子に、どうやら機嫌はそれなりに回復したようだ、と達也は軽く息を吐いた。

 と、そんなエリカがニィッと口角を上げた。

 

「だけど達也くん、さっきの予想はちょっと惜しかったね。正確には、レオをしごいているのはアタシだけじゃないの」

「ということは、千葉家の門下生も参加しているってことか?」

「そうじゃなくて。――実は、あの“代々木コージロー”も一緒なのよ!」

 

 エリカの言葉に、達也も深雪も驚きを隠せず目を丸くした。

 普段は色々と驚かされてばかりの自分が彼らを驚かせたことに、エリカは満足そうに胸を張っている。

 

「いやぁ、ひょんなことから代々木くんと知り合ってさぁ、向こうも剣術に興味があったみたいでアタシ達の鍛錬に協力してくれることになったのよ。それで昨日は泊まり掛けで、アタシと代々木くんの2人でコイツをしごいてたってわけ」

「そう言うエリカだって、アイツとの鍛錬で結構やられてたじゃねぇか」

「元々才能があるうえに100年鍛錬してるのよ、所詮10年足らずのアタシじゃ無理だって! それでも、最後の方は結構粘れるようになってきたんだから」

 

 負けん気の強いエリカが自然と相手を上に立てていることに、達也は内心とても驚いていた。つまりそれだけ代々木コージローのことを認めており、何なら師として仰いでいるということの表れだろう。

 と、そんな彼女の横でレオが、何か思い出したようにハッとした表情になる。

 

「そうだ、達也。そのコージローなんだけどよ、昨日の昼に千葉家の道場に来たとき、達也の邪魔をしようとした例の女子生徒とその姉ちゃんと一緒だったんだよ。事情を訊いたら、“変質者”に襲われそうになったのを助けたんだってよ!」

「――変質者?」

「そう! タイミング的に考えて、達也くんの妨害に失敗したことでの口封じっぽくない? 昨日達也くんを襲った関本先輩の件もあるし、これは間違いなく大きな組織が裏で動いてるでしょ!」

「もう知ってるのか。随分と耳が早いな」

「幹比古から電話で聞いたからな」

 

 確かに幹比古は昨日も学校に来て模擬戦に参加していたため、達也の件を知っていても不思議ではない。

 

「その変質者について、平河千秋は何か言っていなかったか?」

「そいつとは会ったことも無いって。あの機械を渡してきたのは20代前半くらいに見える若い男だけど、自分のことはほとんど話さなかったから詳しいことは分からないみたい」

「そんな調子だから、仮に関本先輩に事情を聞けたとしても無駄骨かもしれねぇな」

「でも、聞いてみる価値はあるでしょ? 確か今は特殊鑑別所にぶち込まれてるのよね。ようし、こっそり忍び込んでみようじゃないの」

 

 いつの間にか関本と面会する気マンマン(しかもかなり物騒な方法で)のエリカに、さすがに達也も「おいおい」とツッコミを入れざるを得なかった。

 

「そんなことをしなくても、学校の委任状があれば普通に面会できるぞ。関本先輩も、今はまだ一高生なんだからな」

「その委任状って、実質的には風紀委員が管理してるんだよね?」

 

 エリカの問い掛けに、達也は首肯した。社会的に希少な逸材である魔法師の卵は、魔法犯の実行犯にでもならない限り、そう簡単には退学にならない。関本のような未遂犯の場合は特殊鑑別所に送られ、改心の度合いを見て処分を決定する。その度合いを確認するための代理人として、風紀委員がよく面会に訪れるのである。

 

「……まぁ、確かに達也くんとしんちゃんがいるし、忍び込むよりは簡単か」

 

 渋々、といった感じだがエリカが自身の提案を取り下げ、レオも納得したように頷いた。

 

 

 *         *         *

 

 

 そして時間は一気に飛んで、放課後の風紀委員本部。

 

「駄目」

 

 関本への面会申請に訪れた達也、そして面白半分で彼についてきたしんのすけに対し、風紀委員長である花音の答えは実にシンプルだった。

 

「なぜですか?」

「駄目なものは駄目よ」

「んもう、ちゃんと理由を言ってくれなきゃ駄目でしょ、花音ちゃん」

「しんのすけの言う通りです。鑑別所の面会申請は風紀委員長や生徒会長を通すとはいえ、最終的な決定権は学校にあるはずです。理由も無しに門前払いでは納得できません」

 

 冷静な口調で詰め寄る達也に、花音はあからさまに嫌な顔をして眉を顰める。しばらくはそうして突っぱねようとしていたが、達也が一向に引き下がらないのを見て諦めたように溜息を吐いた。

 

「……だって、どう考えても面倒なことになるでしょ」

「そんなことありません。関本先輩から話を聞くだけです」

「司波くん自身はそうかもしれないけど、君はいつもトラブルに巻き込まれてるでしょ! 司波くんはトラブルに愛されてる体質なんだから、ただでさえ忙しいこの時期に仕事を増やさないで!」

 

 確かに普段の活動でも、他の委員と比べても達也が事件に遭遇する確率は極めて高い。それはもはや何かしらの作為を感じるレベルであり、花音がそんな考えに至っても不思議でないのかもしれない。

 しかし達也からしたら、それは普段ほぼ一緒に行動しているしんのすけのせいだと思っていた。自分は彼の“主人公補正”に巻き込まれているだけの、謂わば被害者なのだと主張したかった。

 ところが、思わぬところから花音を擁護する者がいた。

 

「仕方ないゾ、達也くん。諦めよ」

 

 しんのすけの言葉に、達也も花音も意外そうに目を丸くした。彼はただ達也について来ただけであり、せいぜい先程のような茶々を入れるくらいで静観の態度を貫くと思っていたからだ。

 

「ほら、ほらね! しんちゃんもこう言ってることだし、司波くんも今回は大人しくしててちょうだい!」

「……しんのすけは、関本先輩がなぜ自分達を襲ったのか疑問に思わないのか?」

「うーん、オラとしてはどっちでも良いかなぁって感じだゾ。それに花音ちゃんもこんなに嫌がってるし」

「やっぱり持つべきは、物分かりの良い可愛い後輩ね! というわけで司波くんも諦めて――」

「だから達也くん、あずさちゃんに頼めば?」

「――はぇ?」

 

 花音は変な声を漏らし、達也は即座に理解した。

 先程達也自身が言ったように、鑑別所の面会申請は風紀委員長だけでなく生徒会長も窓口となっている。だったら許可を出し渋る花音を説得するより、生徒会長であるあずさを説得する方が早いだろう。彼女ならば、多少強引に押せば許可を出すだろうし。

 

「確かにそれでも構わないか。――というわけで委員長、失礼します」

「え? あっ、ちょっと待って」

「あっはっはっ、残念ながらしんちゃん達の方が一枚上手だったようだな」

 

 笑い声と共に部屋に入ってきたのは、引退した身のはずなのに頻繁に顔を出す摩利だった。

 

「何せ達也くんもしんちゃんも当事者だ、自分の耳で事情を聞きたいという気持ちも分かる」

「でも、摩利さん!」

「まぁまぁ。ちょうど明日、アタシと真由美で関本の面会に行く予定にしていたからな。それに同行する、という形でなら良いんじゃないか? このままだと、彼らは2人きりで鑑別所に行くことになるぞ?」

「……まぁ、摩利さんと一緒なら」

 

 特別仲の良い先輩からの提案に、さすがの花音も頑固な姿勢は貫けなかったようだ。

 

「2人も、それで良いね? もっとも、そんなに大人数は申請できないから、我々と君達の4人だけということになるが」

「はい、構いません」

「……あれ? オラも行くことになってる?」

「せっかくだ、一緒に来い。生徒自治を担う者として、これも勉強の内だ」

 

 摩利の言葉に、しんのすけは渋々ながらも頷いた。

 こういうときは素直に言うことを聞くんだな、と達也は思った。できればいつものように面倒臭がって拒否してくれれば良かったのだが、とも達也は思った。

 どうやら風紀委員長の持論を補強することになりそうだ、と達也は心の中で溜息を吐いた。

 

 

 *         *         *

 

 

 そして次の日、10月25日火曜日の放課後。

 真由美と摩利、そして達也としんのすけの4人は、関本が拘留されている八王子特殊鑑別所に向かった。入口でこそ色々な手続きがあったが、一旦中に入ると拍子抜けするほどにフリーだった。案内用のLPS端末を渡されただけで職員の同行すらなかったのは、おそらく真由美が“七草”の名前を使ったからだろう。

 “拘留”と表現されているものの、彼がいるのは牢屋ではなかった。隣の部屋からマジックミラー越しに中の様子を窺い知ることのできるその部屋は、少々狭いビジネスホテルのようである。関本自身も拘束されている様子は無いが、病院の検査着のような格好からして、当然ながら武器やCADの類は持っていないようだ。

 関本には摩利1人で相対し、他の3人は隣の部屋でそれを観察する。関本程度の腕ならば万が一にも摩利には敵わないし、それに彼女には“あれ”がある。

 

「……渡辺、何しに来た?」

 

 ベッドに座っていた関本は、摩利が部屋に入ってきた途端に驚愕の表情を浮かべ、そして不審と警戒を顕わにして睨みつけた。無意識に左手首をさすっているのは、没収されたCADを探っているのだろう。

 そんな彼に、摩利はニヤリと不敵な笑みを浮かべて、

 

「もちろん、事情を聞かせてもらいに来た」

「――こ、ここでは魔法は使えないぞ!」

 

 焦るように声をあげる関本の言葉通り、ここには魔法の使用を探知する装置が至る所に設置されており、一度魔法が発動されれば無効化ガスが噴射されたりゴム弾の銃座が形成されたり、アンティナイトを身につけた警備員が駆けつける手筈となっている。

 ただし、それはあくまでも“通常の場合”である。

 

「正直に話した方が身のためだぞ? ――真由美も見ていることだしな」

「――――」

 

 その瞬間、関本は自分の意識が遠くなるのを感じた。咄嗟に呼吸を止めるも既に手遅れで、彼の意識は霞が掛かったように曖昧になっていき、やがて彼は焦点の合ってない目を俯かせた。

 

「あまり時間は無いからな。要点だけ聞かせてもらおう」

 

 彼をじっと見つめながら、摩利は彼に話し掛けて――いるように見える独り言を呟いた。

 

 

 

 

「匂いを使った意識操作ですか」

 

 摩利が何をしているのか、達也には一目で分かった。匂いが情緒や記憶に密接に関係することは前世紀から知られていること(アロマテラピーが最も分かりやすい例だろう)であり、現在摩利が行っているのは、複数の香料を強制的に嗅がせて心理的抵抗を薄れさせることで自白剤と同じ効果を生み出す魔法である。

 

「2人共、見るのは初めて?」

「はい。大っぴらに使われるとこちらが困りますが」

「何でも喋っちゃうなんて、何だか怖い魔法だゾ」

 

 2人が初めて見た魔法の感想を述べていると、関本の“自白”が始まった。

 

『それで関本、何が目的でデモ機にハッキングを仕掛けたんだ? わざわざ催眠ガスまで使って』

『デ、デモ機のデータを吸い上げるため……』

『それだけか?』

『……司波の、アイツの私物も調べるつもりだった……!』

「――――!」

 

 その言葉に、真由美と達也が揃って反応した。摩利も真相に近づく重大な秘密だと悟ったのか、彼に顔を寄せて先程よりも強い口調で尋ねる。

 

『達也くんの私物に何があるんだ! 答えろ!』

 

 すると関本はベッドに体を倒して、まるで窒息でもしているかのように苦しい表情を見せた。僅かに残っている自我と摩利の魔法との板挟みでもがき、そして最終的に自我が敗北し口を開いた。

 

『……宝玉の聖遺物(レリック)、だ……!』

「レリック!? 達也くん、そんな物を持ってるの!?」

 

 真由美が目を丸くして問い掛けるも、達也は平然としていた。

 

「いえ、持ってません」

「でも――」

「少し前から“賢者の石”絡みでレリックのことを調べてたので、それを勘違いしたんじゃないでしょうか?」

「……勘違いって、それにしては随分と大胆じゃない? 催眠ガスまで使うなんて、まるで達也くんが持ってるのを確信しているような行動だと思うんだけど」

「そう言われましても、俺には関本先輩の考えは分からないので」

 

 真剣な表情でじっと達也を見つめる真由美の目は、もはや“睨んでいる”と表現しても差し支えないほどにまでなっていた。そしてそんな視線を、腕を伸ばせば普通に届く至近距離から受けている達也は、それでも表情を一切変えずに平然としている。

 真由美は早々に追及を諦め、矛先を変えた。

 

「――しんちゃん、何か知らない?」

「し、知らないゾ! レリックなんて、見たことも聞いたことも無いゾ!」

「…………」

「…………」

 

 しんのすけのせいで変な空気が流れ出し、達也は無言で彼を睨みつける。

 そんな2人を前に、真由美は1周回ってポーカーフェイスとなっていた。

 

 そして真由美が再び口を開きかけたそのとき、鑑別所中に警報が鳴り響いた。

 摩利は咄嗟に意識が朦朧としている関本をベッドに倒して部屋を飛び出し、それと同時に3人も隣の部屋から出て天井のメッセージボードへと視線を遣る。

 

「侵入者ですね」

「……一体、どこの命知らずだ……?」

 

 摩利が戦慄を含む呆れ声をあげても無理はない。犯罪を犯した魔法師が一時的に拘留される施設だけあって、その警備体制は普通の鑑別所の比ではない。そんな場所に白昼堂々襲撃を掛けるなど、よほどの馬鹿か、あるいはそれほど実力に自信のある者だけだ。

 達也はLPS端末を操作し、避難経路を立体地図で表示した。このルートを逆算することで、侵入者の現在位置を割り出すことができる。

 

「屋上から侵入したようですね。今は東階段の3階付近、といったところでしょうか」

「――さすがね、達也くん。大当たり」

 

 焦点の合ってない目を虚空に向けていた真由美が、達也に賞賛の言葉を向けた。知覚系魔法“マルチスコープ”を発動し、彼の示した場所を実際に見て確認したのだろう。

 

「侵入者は全部で4人、対物魔法障壁に対抗してハイパワーライフルを使っているわ。警備員が階段の踊り場でバリケードを作って応戦してるところ」

「ハイパワーライフルなんて、そこら辺のテロリストが用意できる代物じゃないぞ」

「確かに。でも警備員が応援に駆けつけてるし、だんだん侵入者が圧されてるようね。これなら鎮圧するのも時間の問題ね」

 

 4人が今いるのは、中央階段寄りの2階。廊下の出入口が隔壁で閉鎖されているとのことなので、このままジッとしている方が下手に戦闘に巻き込まれないだろう。

 

「良かった良かった。これで安心ですな」

 

 しかし、なぜだろうか。しんのすけが腕を組んでウンウンと頷いている姿に、なぜか他の3人は不安な気持ちに駆られた。

 その直感に素直に従った達也が、周囲に視線を遣り、

 

「こちらが“本命”のようですね」

「――――えっ?」

 

 中央階段を鋭い目つきで見据える達也の言葉に、摩利としんのすけが1拍遅れてそちらに目を向け、そしてそんな3人の様子に真由美が戸惑いながらその後に続く。

 そして真由美の表情に、緊張が走った。

 

 警報が鳴る鑑別所を堂々と歩いてくるのは、高身長ながら筋肉量がそこまであるわけではないため細身に見える男だった。浅黒い肌と金髪碧眼という一目で純日本人ではないと分かる外見をしており、しかしそれ以上に抜き身の刀をそのままちらつかせているような剣呑とした雰囲気を纏っているのが印象的だ。

 そんな男に、真由美・摩利・達也の3人は揃って臨戦態勢に入った。本来は逃げるのが正解なのだろうが、既にその男はこちらに狙いを定めるように視線を固定させている。生憎とその正体に心当たりは無いが、3人共がその雰囲気だけで只者ではないことを悟っていた。

 そしてその瞬間、その男が口を開いた。

 

「司波達也、七草真由美、渡辺摩利、悪いが手出しは無用で頼みたい」

「――真由美はともかく、アタシ達のことも知っているのか!?」

()()()()。私がここに来たのは、そこにいる野原しんのすけに会うためだ」

「――――!」

 

 3人が即座に、しんのすけへと視線を向けた。

 その男をじっと見つめる彼の両目は、驚きで大きく見開かれていた。

 

「おまえ、まさか――」

「知っているのか、しんちゃん!」

「……………………………………………………誰だっけ!?」

 

 臨戦態勢だった真由美と摩利が、思わずズッコケた。達也はそういうキャラではないので体勢を崩すことは無かったが、心の中では呆れ果てて大きな溜息を吐いていた。

 そして相対する男も特にズッコケたりはしなかったが、心なしかその剣呑とした雰囲気は少しだけ鳴りを潜めていた。

 

「……ヘクソンだ」

「おぉっ! そうそう、そんな名前だった気がするゾ!」

「こんなときに気の抜けるボケをするな!」

「だって100年振りなんだゾ! 名前を忘れてても仕方ないゾ! そう言う摩利ちゃんは、100年前に会った人の名前を憶えてるの!?」

「アタシはまだ18歳だ! そんなの知るか!」

「摩利! しんちゃん! 敵が目の前にいるから止めなさい!」

 

 真由美の一喝により、しんのすけも摩利も渋々といった感じで言い争いを止めた。

 何ともグダグダな雰囲気だったが、ここで達也が雰囲気を引き締めに掛かる。

 

「ヘクソンと言ったか。しんのすけと因縁があるようだが、何の用でここに来た」

「一応はその部屋にいる関本勲を始末するために来たが、私としてはそれはあくまでついでだ。私にとって興味があるのは、野原しんのすけただ1人だ」

「いやぁ、そう言われましても、オラは綺麗なお姉さん一筋なので――」

「しんちゃん、お願いだから少し黙っててね」

「なぜ、しんのすけにこだわる? 以前に戦って負けたことへの復讐か?」

 

 その男・ヘクソンと対峙してから達也の脳裏に浮かんでいたのは、八雲から聞いた『かつて野原しんのすけと対立した“珠黄泉”の一族の子孫である強力な超能力者』のことだった。具体的な容姿は何も聞いていないが、雰囲気からしてコイツに間違いないだろう。

 するとヘクソンはそんな達也に対し、挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「成程、九重八雲という男から少しは私のことを聞いているのか」

「……おまえ、どこまで調べ上げている?」

「達也くん、そいつ、人の心を読むみたいだから気をつけてね」

 

 まるでゲームを攻略するときの注意点を教えるかのような気軽さでそう言うしんのすけだったが、その感覚で齎された情報は達也たち3人にとってかなり衝撃的なものだった。

 

「人の心を読むって……! まさか“超能力者”なのか!?」

「その通りだ、渡辺摩利。だから今の私には、七草真由美が“魔弾の射手”で私を狙い撃とうとしていることも、渡辺摩利が“ドウジ斬り”で私の隙を突けないか考えていることも、司波達也が分解魔法で私の体に穴を空けようとしていることも筒抜けだ」

「――――!」

 

 まさに今考えていたことを言い当てられた3人が、ギリッと奥歯を噛み締めた。しかし達也にとってそれ以上に脅威なのは、どれだけ自分がひた隠しにしていることも、この男の前では息をするように簡単に暴かれてしまうことだろう。

 とはいえ、それ以上余計なことを口にされる前に攻撃に出る、なんて迂闊な真似はできない。おそらくそれを狙ったうえでの先程の発言であり、下手に前に出たところで心を読む能力でカウンターを食らうのが目に見えている。

 

「ちなみに野原しんのすけは、今日の夕飯は久し振りにココヒャクのカレーを食べようかと考えている」

「おぉっ! 大当たりだゾ!」

「お願いしんちゃん! 戦いに集中して!」

「んもう、何言ってるの真由美ちゃん。戦いに集中するからアイツに心を読まれるんだゾ」

「悔しいがしんちゃんの言う通りだ、真由美。――参ったな、さすがにこれは想定外だ」

 

 不敵な笑みを浮かべて摩利はそう言うが、その心境としては大分追い込まれているように見えた。達也も先程から攻撃の手段を幾つも頭の中に思い浮かべているが、その瞬間にヘクソンにそれが伝わっているのかと思うと決断に踏み込めない。

 と、そんな中、1歩足を踏み出した者がいた。

 しんのすけだった。

 

「やれやれ、仕方ありませんな」

「ま、待てしんちゃん! ここはアタシが――」

「渡辺先輩、この中ではしんのすけが最も奴との戦い方を心得ています。我々が後衛の方が合理的でしょう」

「……分かった」

 

 真由美と摩利は、悔しそうに顔をしかめた。いくらしんのすけがサザエさん時空に巻き込まれていようと、彼が自分達の後輩であることに変わりない。そんな後輩を矢面に立たせてしまうのは先輩として情けないが、一度ヘクソンと戦ったことのある彼が前に出るのが一番確実だというのも理解できる。

 渋々ながらも納得した様子の摩利が、自身のスカートを叩くように振り上げた。普段は生地の形状保持機能で隠されたサイドの三角プリーツが広がってスカートが大きく捲れ上がり、焦げ茶のレギンスに包まれた形の良い脚が付け根近くまで露わになる。

 そうして露出した太腿のホルスターからすかさず引き抜かれたのは、長さ20センチほどの短い角棒だった。剣道で使われる竹刀とは比べるまでもなく短い得物だが、彼女は迷うことなくそれを構える。

 

「それでは、始めよう」

「ほいほい」

 

 互いに軽い口調で言葉を交わし、戦いの火蓋が切って落とされた。

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