嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第6話「模擬戦でいざ勝負! だゾ」

「校門前での乱闘未遂に、風紀委員入りを賭けた模擬戦か……。今年の新入生は、随分と面白い人達が集まっているみたいね」

 

 艶のある黒いおかっぱ頭に同色の大きな瞳、そしてそれを囲む赤縁の眼鏡という出で立ちの少女が、学校内にある建物の屋上でクスリと漏らした笑みと共にそう呟いた。第一高校の制服を身に纏う彼女だが、その左胸と両肩にエンブレムが存在しないことから二科生であることが分かる。

 そしてそんな彼女の右手首には、赤青白(トリコロール)のリストバンドが巻かれていた。

 彼女は誰もいない屋上にて柵の傍まで歩み寄り、背中に背負っていた学生用鞄を足元に置いた。そして中から掌サイズの双眼鏡のような物を取り出すと、柵の向こうを覗き込みながら手元のメモリやボタンを何やら弄くり始める。

 

「よし、調節オッケー。ピントも完璧、集音にも問題無し。――とはいっても、あの部屋を包む結界魔法のせいで映像も音も碌に期待できないのよねぇ。それでも“リーダー”の命令だから仕方ないんだけど」

 

 少女はおどけたようにそう呟きながら、双眼鏡を左目にだけ当てた。右目をそのままにしているのは、観察に夢中になる余り周りの変化に気づかない、というのを防ぐためである。

 普通の双眼鏡ならば、覗き込んだところで隣の建物の外壁しか見えない。しかし彼女の双眼鏡ならば、三次元解析も可能な超高性能サーモグラフィーによって、たとえ建物の中にいる人間だろうとその動きを細かく知ることができる。しかも壁の微妙な振動を解析することで、中にいる人物の会話も傍受できるという優れ物だ。

 もちろん、魔法科高校とはいえ一介の高校生が所持するものではない。

 

「さてと、何か面白いものは見られるかなぁ……?」

 

 

 *         *         *

 

 

 模擬戦の場として選ばれた第3演習室は、四方を壁に囲まれた広い部屋だった。見るからに分かる分厚いその壁には、見ただけでは分からない結界魔法で耐久性を補強されている。確かにここならば、ちょっとやそっとの魔法じゃビクともしないだろう。

 試合の準備を着々と進める達也に、含みのある笑みを浮かべた摩利が近づいてきた。

 

「ところで、達也くんには勝算があるのか? 服部は第一高校でも5本の指に入る実力者、試合に関しては入学以来1年間負け知らずだ」

 

 それを聞いて、達也は服部へと目を向けた。彼はこちらなど気にする様子も無く、左手首に装着しているCADの調整に余念がない。

 すると達也も、持っていたスーツケースのような鞄を床に置き、その蓋を開けた。拳銃の形をしたCADが2丁、弾倉のような形をしたストレージが6つ収められている。

 

「いつも複数のストレージを持ち歩いているのか?」

「ええ、自分の能力ではそうしないと魔法の使い分けができないので」

 

 達也はそう言いながら、ストレージをCADに装着した。それが準備完了の合図だったかのように、模擬戦を行う2人以外の面々が壁際へと移動する。

 

「それではルールを説明する。相手を死に至らしめる、あるいは回復不能の怪我を負わせることは禁止。直接攻撃は、相手に捻挫以上の負傷を与えない範囲で行うこと。武器の使用は禁止、素手による攻撃は許可する。勝敗は相手が負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合に決する。――なお、ルール違反はアタシが力ずくで止めるから覚悟しておけ。以上だ」

 

 摩利がルールを説明している間、服部は試合運びをシミュレーションしていた。

 魔法師同士の勝負では、先に魔法を当てた方が勝つ。そして一科生と二科生とでは、CADによる魔法発動速度において一科生に完全に分がある。

 まず試合開始直後に、スピード重視の単純な起動式で相手より早く展開を完了させる。魔法は基礎単一系の移動魔法であり、これで相手を10メートル後ろへ吹き飛ばし、壁に激突した衝撃で意識を消失させる。たったこれだけで、服部の勝利は確定する。

 

 ――というのがセオリーだが、はたして達也くんはどう出るかな……。

 

 摩利は頭の中でそんなことを考えながら、大きく息を吸い込んだ。

 

「――それじゃ、始め!」

 

 摩利の合図と共に、服部は起動式の展開を――

 

「――――!」

 

 その瞬間、達也が一瞬の内に服部との距離を詰めた。一瞬驚きの表情を見せる服部だったが、すぐさま後ろに飛び退いて魔法の座標を修正、達也を捉えようと前を見据え――

 

「え――」

 

 そこには、達也の姿が無かった。

 そして次の瞬間、後ろから押されるような衝撃と共に、刃物で金属を擦るような甲高い音が頭の中に直接鳴り響き、強烈な吐き気に襲われて立つことすらままならなくなる。やがて耐えきれなくなった服部は床に倒れ伏し、そのまま意識を失ってしまった。

 達也は服部の“後ろ”から、じっとそれを眺めていた。

 

「しょ、勝者! 司波達也!」

 

 ほとんど一瞬で起きた一連の出来事に、やがて我に返った摩利が、思い出したように模擬戦終了の宣言をした。

 

「おぉっ! 凄いゾ、達也くん!」

 

 しかし拍手をしながら大きな声で称賛の言葉を掛けたのはしんのすけだけで、真由美ら他のギャラリーは唖然とした表情で床に倒れる服部を見つめるのみだった。ちなみに深雪はまるで恋する乙女か何かのようにうっとりとした表情で、愛しき兄の勇姿をその目に焼き付けていた。

 

「……達也くん、今の高速移動は魔法か? 自己加速術式のように見えたが……」

「いいえ、魔法ではありません。そんなことをしたら、試合前にCADを発動させたことになってルール違反じゃないですか。あれは純粋な身体的技術です」

「純粋な……? にわかには信じられん……。しかし古流魔法の1つの“忍術”は、確かそのような技術があると聞いたな……」

「じゃあ、あの攻撃魔法も忍術なの? 私の目には、“想子”(サイオン)の波動そのものを放ったように見えたんだけど」

 

 真由美の口から飛び出したサイオンというのは、今まで何回か出てきた“魔力”とほぼ同義のものだ。現代魔法はこのサイオンをCADに送り込み、あらかじめインストールしておいた“起動式”を出力し、それを使用者の肉体に吸収して自身の脳内に有する精神機構“魔法演算領域”へ送り込み、それを“魔法式”に変換することでようやく発動される。

 そしてそんな真由美の質問に、達也は小さく頷いた。

 

「その通り、サイオンの波動です。振動の基礎単一系統で作ったサイオンの波動で、服部副会長を“酔わせた”んです」

「酔わせた?」

 

 魔法師はサイオンによる光や音を、一般のそれと同じように知覚する。それは魔法師になるのに必須の技術なのだが、予期せぬサイオン波に晒された魔法師は、揺さぶられたように錯覚し船酔いに似た症状を引き起こすことがある。

 

「でも、私達は普段からサイオン波には慣れてるわ。そんな私達が倒れるほど強力なサイオン波なんて……」

 

 そのとき、今まで無言だった鈴音がふいに口を開いた。

 

「波の合成、ですね?」

 

 鈴音の見解はこうだ。振動数の異なるサイオン波を3連続で撃ち出し、その波がちょうど服部のいる位置で合成するように調整、三角波のような強い振動を生み出したというのである。

 しかしそうなると、ここで1つの疑問が生まれる。あの短時間で3回の振動魔法を発動できるというのは、かなりの処理速度だ。それだけの技術を有しているとなると、試験での評価が低いのは納得がいかない。

 しかしそれは、思わぬところから解決の糸口が発見される。

 

「あ、あの! 達也くんの持ってるCADって、“シルバー・ホーン”じゃありませんか! しかも銃身が長い限定モデル!」

 

 今にも達也に飛び掛かりそうな勢いで彼に駆け寄ってきたのは、大人しそうな小動物のような印象のあずさだった。彼女は鼻息を荒くしながら、達也の持つCADを目を輝かせて見つめている。

 

「あーっと、あずさ、その“シルバー・ホーン”っていうのはどういうものなんだ?」

「渡辺先輩、ご存じないのですか! “ループ・キャスト・システム”を完成させた、本名・姿・年齢がすべて非公開の奇跡のCADエンジニアであるトーラス・シルバーが、“ループ・キャスト”向けに最適化したフルカスタマイズCADがこの“シルバー・ホーン”なんですよ! あ、ちなみに“ループ・キャスト・システム”というのは、一度の展開で同じ魔法を何度も連続して発動できる起動式のことで――」

「あーちゃん、分かったからちょっと落ち着きなさい……」

「あのう、もっと近くで見せてもらえませんか!」

「いや、中条先輩、もうしまうんですけど……」

 

 一気に騒がしくなった演習場内で、鈴音が1人考え込んでいた。

 

「ですが、それだとおかしいですね。そのシステムは“まったく同じ魔法を連続発動する”ためのもの。それでは波の合成に必要な“振動数の異なる複数の波動”は作れないはずです。振動数を変数化しておけば可能ですが、座標・強度・魔法の持続時間に加えて4つも変数化しておくのは――」

 

 そこまで言ったところで、鈴音はハッとして達也へ顔を向けた。

 まさか、そのすべてをあの短時間で行っていたというのだろうか。

 

「……多数変化は、学校では評価されない項目ですからね」

 

 どこか自嘲的な笑みを浮かべてそう言った達也に、誰も言葉を返すことができなかった。

 確かに達也の言う通り、学校での魔法の評価項目は“魔法発動速度”と“魔法式の規模”と“対象物の情報を書き換える強度”の3つだけである。達也の場合、幾つもの変数を処理する能力は優れているが、先の3つに関してはせいぜい凡人の域を出ない程度のものだ。

 深雪が生徒会室で服部に言った“採点基準が兄と合っていない”というのは、このことだったのである。

 

「……ぐ、成程、そういうことか……」

 

 と、そのとき、今まで気を失っていた服部が目を覚ました。まだ気分が悪いのか、その顔色は優れない。

 

「大丈夫、はんぞーくん?」

「だ、大丈夫です! ご心配なく!」

 

 思わず大声となってしまい顔を紅くした服部だったが、すぐに気を取り直すと深雪のもとへと歩み寄る。

 

「司波さん、目が曇っていたのは私の方でした。どうか、許してほしい」

「いいえ、私の方こそ生意気を申しました。お許しください」

 

 2人が互いに頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。

 つまりそれは、達也が風紀委員入りを正式に認められたことを意味している。

 そしてその間、先程からやけに口数の少ないしんのすけはというと、

 

「いやぁ、みんなの言ってることがサッパリ分からないゾ……」

 

 部屋の端っこで、真剣な表情で頭を抱えていた。

 

 

 *         *         *

 

 

「さて、次はしんちゃんの番なんだが……。服部、出られそうか?」

「……申し訳ありません、渡辺先輩。まだ体調が戻らず……」

 

 申し訳ないというよりも悔しそうにそう言った服部だが、未だに顔色の優れない彼がそのような返事をするのは分かり切っていたことなので、摩利もそれを咎めるつもりは無かった。

 だからなのか、彼女の決断も早かった。

 

「よし。しんちゃんの模擬戦は、アタシが相手をしよう」

「えっ――!」

 

 それに対して驚きを露わにしたのは、深雪とあずさだった。達也も表面上は無表情であるが、内心ではそれなりに大きな驚きに襲われている。

 

「ちょっと摩利、いくら何でもハードル高すぎじゃない?」

「大丈夫だ、真由美。何もアタシに勝たなければ風紀委員入りを認めないわけじゃない。彼の実力が分かれば、それこそ最後までする必要は無いんだからな。――そうだろう、服部?」

「はい、もちろんです」

 

 この模擬戦が行われる遠因でもある服部がそれを認めたことで、真由美もそれ以上は何も言わなかった。

 しかしその遣り取りを眺めていたしんのすけが、何やら表情を曇らせる。

 

「えぇっ、摩利ちゃんが相手?」

「どうした、しんちゃん。あまり乗り気じゃないようだな」

「『女性を傷つける奴は最低の屑野郎だ』って、父ちゃんが言ってたゾ」

「……ふふふっ、随分と紳士的なお父上のようだな。別に魔法師に性差などほとんど無いのだから、特に気にしなくて良いんだが……」

 

 そんなことを言いながら、摩利は上機嫌に口元を緩ませていた。何だかんだ、“女性”として見てもらっていることが嬉しいのかもしれない。

 

「しかしアタシが相手では、しんちゃんもあまり乗り気でないようだ。服部はこの調子だし、誰か良い奴はいないだろうか……」

 

 摩利はそう言いながら、チラチラと達也の方を見遣っていた。“目は口程に物を言う”とはいうが、ここまであからさまな態度では目も口もないだろう。

 達也は最近癖になりつつある溜息を吐いて、1歩前に躍り出た。

 

「良いでしょう。俺が相手になります」

「さっき戦ったばかりでしょう? 大丈夫?」

「体力も魔力もあまり消耗していないので、特に問題はありません」

 

 達也の回答に服部が若干悔しそうに奥歯を噛んでいたが、皆は敢えてそれに触れることなく、2人の試合を進める運びとなった。

 先程の試合と同じようにデバイスの調子を確かめる達也に対し、しんのすけは一足先に定位置に着き、退屈そうに大きなあくびをしていた。

 

「しんちゃん、CADの準備をしなくて良いの?」

「おっ? ダイジョブダイジョブ、全然ヘーキだゾ」

 

 両手をプラプラさせてそう答えるしんのすけに、達也は若干の意外感を覚えた。去年の中等部剣道大会の全国チャンピオンと聞いていたので、得物の1つくらいは使うと思っていたのだが。あるいは急な模擬戦だったせいで、用意が間に合わなかったのか。

 やがて用意を終えた達也が、先程と同じスタート位置に立ってしんのすけを見据えた。

 

 ――さてと、しんのすけがどれほどの実力なのか、この目で確かめさせてもらおうか。

 

「ルールは先程と同じだから省略する。――2人共、準備は良いか?」

 

 摩利の問い掛けに達也は黙って頷き、しんのすけは「ほっほーい」と手を振った。

 そしてしんのすけはその手を胸の前に持ってくると、おもむろに制服の上着のボタンを外し始めた。突然の行動に、正面に立つ達也だけでなく、試合開始の合図を出そうとしていた摩利もその動きを止めて彼に注目する。

 そうしてボタンが全部外されたことで、今まで上着で隠れていた部分が露わとなった。その下に着ているシャツやネクタイ、そして彼の腰辺りにきっちりと巻き付かれたズボンのベルトが見て取れる。

 と、達也の視線がそのベルトに向いた、その瞬間、

 

「――――!」

 

 驚愕の表情で目を見開き、ピクリと体を震わせて息を呑んだ。傍目にはごくごく小さな動きであり、しかもほとんどの視線がしんのすけに向いていたため、それに気づいたのは彼を常に(熱い視線で)見守っている深雪だけだった。

 特にあずさなんて達也の方など見向きもせずに、しんのすけのベルトを前のめりで見つめながら興奮気味に口を開いた。

 

「し、しんちゃん! そのベルトのバックル部分、もしかしてCADですか!」

「おぉっ! さすがあずさちゃん、よく気づいたゾ!」

 

 あずさの質問に釣られて、真由美や摩利も同じようにベルトを注視する。確かに彼のベルトのバックル部分は通常のそれとは違い、名刺入れほどの大きさをした金属の箱が取り付けられたような見た目になっている。

 しかし通常のCADで見られるようなセンサーなどが露出していないため、見ただけでCADだと見破ることはなかなか難しい。達也のデバイスに対する先程の反応からも見るに、やはり彼女は相当なデバイスオタクと言えるだろう。

 

「ほう、かなり珍しいタイプだな。普通は携帯端末型とかブレスレット型、あるいは拳銃型が一般的なんだが……」

「摩利、そんなに興味があるのなら、実際に使うところを見せてもらいましょう」

 

 真由美のその言葉は、言外に『さっさと試合開始の合図を出せ』とアピールするものだった。それを悟った摩利は、コホンと小さく咳払いをして気を取り直すと大きく息を吸って、

 

「――それでは、始め!」

 

 摩利の合図と共に、達也は気を引き締めてしんのすけを見据えた。今回の試合は先程とは違ってしんのすけがどこまで戦えるのか見極めるものなので、先程のように開始直後に仕掛けるような真似はしない。

 そうして達也だけでなく部屋にいるギャラリー全員が見守る中、しんのすけは右腕をピンと伸ばして斜めに挙げ、左手は胸の前で固く握り締めるポーズを取った。まさしくそれは特撮ヒーローが決めのシーンでやるようなポーズだったのだが、残念ながらしんのすけ以外の面々は特撮物に疎いようで不思議そうに首を傾げるだけだった。

 だがしんのすけはそれを気にする様子も無く、高らかにこう叫んだ。

 

「――――“変身”!」

 

 その瞬間、しんのすけの声に反応してベルトのCADが一瞬だけ青白い光を放ち、そしてすぐに消え去った。その光は魔法師にしか見えないサイオンのそれであるため、普通の人の目にはただ単に彼がポーズを取って叫んだようにしか見えなかっただろう。

 音声認識で操作するというレア仕様にあずさが「ふおぉ」と興奮で変な声を出したものの、“変身”という単語に反して彼の見た目にはまったく変化が表れなかった。ギャラリー達はますます不思議そうに、しかし興味津々な顔つきで彼の動向を見守っている。明らかな警戒の色を浮かべているのは、正面で対峙している達也だけだった。

 そして次の瞬間、そんな達也の眼前にしんのすけの姿が現れた。

 

「――――!」

 

 けっして油断していたわけではない、むしろ注意深く観察していたにも拘わらず、達也が気づいたときには、しんのすけは右腕を大きく振りかぶり、今まさに固く握りしめた拳を彼へと叩き付けようとしていた。

 しかし達也は持ち前の反射神経と運動神経で後ろに跳び退いてそれを避けると、床に足を付けた途端に勢いよく前へと飛び出して反転攻勢に出た。審判の摩利が「ほう」と感嘆の声を漏らす中、達也は未だに拳を突き出した前傾姿勢のままでいるしんのすけの左頬へと殴り掛かる。

 

「おっとと」

 

 しかし、しんのすけは言葉ほど焦った様子も無く、上半身を大きく仰け反らせてそれを避けた。無理な姿勢で体重を支えている下半身めがけて達也が足払いを繰り出すも、しんのすけはその場で最小限のジャンプをすることでそれも難なく避けた。

 そこからしばらくは、達也の猛攻をしんのすけが避けまくる展開が続いた。しんのすけの体はまるでコンニャクか何かのようにグネグネと不規則な動きをしており、ギャラリーの女性陣はその不気味な動きに思わず表情を引き攣らせていた。しかし体術の訓練を受けている達也ですらまったく読めないその動きのせいで、達也は有効打どころか掠らせることすらできないでいる。

 

 一旦仕切り直すつもりで、達也が後ろに飛び退いてしんのすけとの距離を取る。

 と、そのタイミングで、避け一辺倒だったしんのすけが突如床を蹴って前へと飛び出してきた。一瞬その姿を見失いそうになるほどの素早さで、せっかく達也が空けた距離を即座に詰めて懐へと潜り込んだ。

 そうして繰り出してきたしんのすけの拳を、達也は両脇を締めた防御の構えで迎え撃つ。達也へと駆け寄る勢いに乗せたその一撃は通常よりも威力が上乗せされていると思われるが、最初の一撃を参考に防御可能だと判断した故の行動である。

 

「“アクショーン――」

「――――!」

 

 と、突然しんのすけが口を開き、その瞬間、薄いベールのように青白い光が彼の体を一瞬だけ包み込み、そしてすぐに消えた。

 嫌な予感が達也の脳裏を駆け巡ったが、既に手遅れだった。

 

「――パンチ”!」

 

 ずどぉんっ! と、まるで爆発でも起こったかのような大きな音に、そしてそれと同時に達也の体が勢いよく後ろに吹っ飛んだことに、ギャラリー達が肩を跳ね上げて驚愕の反応を見せた。

 数メートルほど吹っ飛ばされた達也は、それでも空中で姿勢を崩すことなく両足でしっかりと着地した。しかしその表情は苦悶で歪み、攻撃を受け止めた両腕も鈍い痺れが走るせいで先程よりも力を込めることができない。最初の攻撃よりも明らかに増大しているその威力は、直前に発動した魔法が原因と見て間違いない。

 だからこそ、達也は内心で舌打ちしたい衝動に駆られていた。

 

「“アクション・キック”!」

 

 しかし、達也のそんな心情を余所に、空中で右脚を突き出したしんのすけがミサイルのような勢いで迫ってくる。しかし先程のパンチに比べれば動きも大きく事前の情報もあるため、達也は落ち着いて、しかし素早い動きで横に飛び退いて射線上から外れた。

 そして入れ替わるようにしんのすけがその場所に着地した瞬間を狙って、達也はホルスターからCADを抜いてサイオン波を連続で3発撃ち出した。先程の服部戦でも見せた、振動数の異なるサイオン波の合成で彼を酔わせる作戦である。

 しかし一瞬だけ達也に目を遣ってそれを感じ取ったしんのすけは、即座にその場を離脱して距離を取った。サイオンの合成波が空振りに終わったのを知るや、達也は即座に追撃を行うべく彼に向かって走り出そうと脚に力を込める。

 

「終了! そこまで!」

 

 しかしそれを止めたのは、審判役の摩利による一言だった。まさにこれから、というタイミングでの中断に、達也は無意識の内に不満の色を込めた視線を彼女へと向けた。

 そして摩利は、彼のそんな視線に小さく笑みを漏らした。

 

「今の遣り取りで、彼が風紀委員として充分やっていけることは分かった。さっきも言っただろう、彼の実力が分かれば良いんだから、何も決着を付けるまでやる必要は無いんだ。――それに、彼もそれほど乗り気じゃないようだからな」

 

 摩利の言葉に達也がしんのすけへと目を向けると、彼はすっかりいつものおちゃらけた雰囲気に戻っており、ギャラリーの集う壁際へと歩いていく最中だった。

 既に対戦相手が模擬戦の決着に執着していない状況で駄々をこねるのも恥ずかしいと思い、達也も小さな溜息と共に、手に構えていたCADをホルスターへと収めた。そして彼も同じようにギャラリーの下へと歩いていくと、若干早足で駆け寄る深雪が真っ先に彼を出迎えた。

 

「お疲れ様でした、お兄様。――あ、あの、両腕の具合は……」

「あぁ、大した怪我じゃないさ。今日の夜にも自然に治っているだろう」

 

 達也の返事にホッと胸を撫で下ろした深雪だが、その表情からは不安の色は消えていなかった。

 

「あの、お兄様……。模擬戦が始まる前、しんちゃんのCADをご覧になった途端、とても驚いた表情を浮かべたように見受けられましたが……」

「――あぁ、あれか」

 

 達也はそこで一旦言葉を区切ると、ギャラリーの方へと目を向けた。

 皆がしんのすけに注目してアレコレ質問をしているのを確認すると、それでも達也は心持ち声を小さくして深雪の質問に答える。

 

「しんのすけが使っていたCADは……、俺の記憶違いでなければ、まさしく()()()()()()()()()()()だ」

「――――!」

 

 深雪は驚きのあまり大声を出しそうになり、咄嗟に両手で口を塞いでそれを止めた。それでも大きく見開かれた彼女の両目が、その衝撃の大きさを物語っている。

 周りをチラチラと見渡して、他の者が自分のリアクションに気づいていないことを確認すると、深雪はほんの僅かに達也へと身を乗り出して小声で尋ねた。

 

「……特注ということは、お兄様が過去にしんちゃんから直接依頼を受けて作った、ということですか?」

「いや、違う。依頼したのは別の人間で、そのときにもしんのすけの名前は一切出なかった。依頼者は“トーラス・シルバー”を指名しただけで、俺とは一度も顔を合わせていない」

「成程、そうだったのですね……。しかしそう考えれば、先程の光景にも納得がいきます」

「うん? どういうことだ?」

 

 達也が首を傾げてそう尋ねると、深雪はほんの少しだけ胸を張ってその質問に答え始めた。

 それはまるで、尊敬する教師に褒められたくて勉強の成果を披露する生徒のようだった。

 

「試合が始まってすぐにしんちゃんが『変身』と口にしてから、しんちゃんの動きが普段と比べて明らかに速くなりました。おそらくその発言が、自己加速術式を発動させるトリガーだったと思われます」

「あぁ、その通りだ。しかしその魔法は、俺の予想よりもかなり速度が上に設定されていた。並の術者ならばそのスピードに翻弄されてまともに動けないはずだが、しんのすけは見事に使いこなしているように見えた。おそらく、元々の運動神経や動体視力がとても優れているんだろう」

 

 達也の言葉に、深雪も頷いた。自身の魔法による加速についていけず壁や障害物に激突するというのは、未熟な魔法師がやらかす失敗の中では割とポピュラーなものである。

 しかし、注目すべきはそこではない。

 しんのすけが達也に襲い掛かり、達也がそれに防御の構えを取った瞬間、しんのすけが何やら技の名前のようなものを叫んだ。直後に彼の攻撃力が格段に跳ね上がったのを見るに、おそらくそういう効果をもたらす魔法を発動させるためのものだったのだろうが、驚くべきはそれを発動させるまでの速さだ。

 1つのCADで複数の魔法を同時に使うことが不可能な以上、別の魔法を使うためにはそれまで使っていた魔法を一度終了させる必要がある。元々あの瞬間に自己加速術式の魔法が終了する設定になっていたのなら話は別だが、達也の動きを見てから行動に移したところを見るにあの場で魔法を終了させたと思われる。

 しかしその魔法の切り替えが、あまりにもスムーズだった。観戦していた深雪はもちろん、達也でさえ魔法が切り替わっていることに気づくのが遅れ、結果腕に鈍い痛みを残すこととなってしまったほどだ。

 

「もちろん、しんちゃんの魔法技術が優れていることもありますが、あれだけのスピードを実現させるにはCAD自体の性能が高くなければいけません。――しかしお兄様がお作りになったというのであれば、その性能の高さにも納得がいきます」

「……あのパフォーマンスは、ハード部分の性能によるところが大きいけどな。俺が担当したのはあくまで、言葉1つであらかじめ登録した魔法を発動させるソフト部分だ。魔法式だってしんのすけ自身か、あるいは別の人間が担当しただろうしな」

 

 達也は苦笑いしながら、未だに騒がしいしんのすけ周辺へと視線を向けた。どうやらCADの性能の高さに気づいたのは2人だけではないようで、あずさが齧りつきそうな勢いでしんのすけのベルトへと迫っていた。かなり危ない光景だったためか、真由美と摩利の2人掛かりで取り押さえられている。

 そんな喧騒を眺めながら、達也はスッと目を細めた。

 考えるのは、そのCADを達也が作る原因ともなった依頼を持ってきた人物だ。色々と特殊な案件だったために、その人物の名は今でもよく憶えている。

 

「なぜライバル会社に特注でCADを作らせたのか不思議だったが、まさかしんのすけにプレゼントするためだったとはな。――酢乙女あい」




「さてと! 達也くんもしんちゃんも、これから風紀委員として頑張ってちょうだいね!」
「ところで真由美ちゃん、昨日約束したチョコビは?」
「…………」
「ねぇ、チョコビは?」
「…………」


「権力者って奴は何て汚いんだ。達也くんも、そう思わない?」
「……ノーコメントで」
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