嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第60話「横浜に続々と集合だゾ」

 10月30日。全国高校生魔法学論文コンペティション開催当日。

 達也と深雪、そしてしんのすけの一行は、道中これといったトラブルも無く予定通りの時刻に会場に到着した。舞台装置を乗せたトレーラーもすでに到着して荷台を下ろした後であり、五十里や花音、そして紗耶香と一緒にいる桐原の姿も見える。

 そして彼らの中に、よく知る人物達で構成されたグループの姿も確認できた。

 

「やぁやぁ皆様お揃いで。オラ達が最後?」

「おはよう、しんのすけくん。それに達也と司波さんも。――ほとんど差は無いし時間には間に合ってるから、あまり気にするほどじゃないと思うよ」

 

 最初に口を開いた幹比古を筆頭に、美月・ほのか・雫の3人も揃って頭を下げて挨拶した。

 

「随分と早く来たんだな。他のクラスメイト達は、確か午後に来るとか聞いてたが」

「そりゃ僕達は警備を手伝わせてもらうために来たからね。光井さんと北山さんにうっかりそれを話したら、連れてってくれって言われちゃって」

「エリカ達だけでそんな面白そうなことさせられない」

「わ、私はあまり役に立てないかもしれないですけど、精一杯頑張ります!」

 

 幹比古の言葉に、雫はいつもの無表情ながらどこか得意気に、ほのかも気合い充分といった感じに拳を握り締めていた。ほのかの言葉はこの場にいる全員に向けて言っているようだが、そして本人もそのつもりなのだが、その視線はチラチラと達也の方へ向いていた。

 

「ところで、一番張り切っていたエリカとレオの姿が見えないんだが」

 

 達也がそう尋ねると、幹比古達は気まずそうな苦い顔をして、先程五十里達を見掛けた辺りを指差した。

 その集団の中心に、エリカとレオの姿があった。

 花音とエリカが険悪な顔で睨み合い、レオが傍で所在悪そうに佇んでいる光景つきで。

 

「達也くん、出番だゾ」

「……俺が止めなきゃいけないのか?」

「そういうの、達也くん得意でしょ?」

 

 深雪の仲裁では花音が耳を貸さないし、五十里では本人の意思に拘わらず中立ではいられない。他の面々は花音と親交が無いため割って入ることはできないし、しんのすけはご覧の通り自分で動く気は更々無い。

 達也は溜息を堪えながら、睨み合っている2人の間に割って入った。

 

「どうしたんですか?」

「あ、達也くん! おはよー!」

 

 達也の登場に、エリカは目の前の相手を無視して笑顔で挨拶をした。その態度が、花音の神経をますます逆撫でさせる。

 

「……司波くん。この聞き分けの無いお嬢さんに、あなたから何か言ってくれない?」

 

 ――あなたから“も”じゃなくて、か……。

 

 本人が意識しているかどうかはともかく、彼女は達也にこの事態の収拾を丸投げするつもりらしい。とはいえ達也としても、誰かの介入があるよりは自分1人で仕切った方が手っ取り早い。

 なので達也は、すべて自分に任せるという条件付きでそれを引き受けた。花音は一瞬嫌な顔をするが、隣にいる五十里が何も言わないことで渋々同意した。

 

「2人共、何してんの?」

 

 その場を離れて開口一番、しんのすけのシンプルな問い掛けがレオとエリカの心を抉った。本人としては責め立てる意図は無く純粋な疑問だったのだが、迷惑を掛けてしまった気まずさを自覚していたためにそう受け取ってしまったのだろう。

 

「……ごめん、達也くんの手を患わせちゃって」

「まぁ、事情はだいたい察したよ。何も真正面からぶつかることは無いだろうに」

「だってあの女、()()()()が警備の手伝いに来たって言ったら『部外者は大人しくしてなさい』って言うのよ!」

 

 そのときの怒りがぶり返してきたのか、エリカが眉を吊り上げて力強く主張した。

 そんな彼女に達也は先程堪えた溜息を吐いて、反論しようと――

 

「そりゃ言うでしょう。向こうからしたら、僕が部外者なのは間違いない事実なんだから」

「――――!」

 

 突如背後から聞こえてきたその反論に、達也たちが一斉にそちらへと振り返った。

 そこにいた少年は、全体的に体の線が細く身長も男子の平均より少し下、濃いブラウンの髪はオシャレに整えられ、その相貌は爽やかながら中性的だった。もしその肩に竹刀袋を携えていなかったら、どこぞのアイドルかと思っていたかもしれない。

 そしてそんな彼に真っ先に反応したのは、しんのすけだった。

 

「おぉっ、よよよぎくん! お久しブリブリ~」

「久し振りだね、野原くん。名前についてはもう諦めたよ」

 

 おそらく100年もの間に散々呼ばれたのであろうその呼び名に、コージローは苦笑いを浮かべていた。達也と深雪、そしてレオとエリカ以外の面々は初めて見る顔に首を傾げていたが、しんのすけが親しくしていることで彼の旧友なのだと推察する。

 むしろ彼らの場合、その興味はコージローの後ろに隠れるようにして立つ平河姉妹に向けられていた。その視線に気づいた千秋が気まずそうに顔を伏せ、姉の小春が頭を下げて挨拶をする。

 ほのかと雫の2人が、姉妹に近づいて声を掛けた。

 

「初めまして、事情はエリカから聞いてるよ。えっと……」

「平河先輩、本番頑張ってください。応援してます。――千秋さんも、私達と一緒に先輩の発表を観ようね。分からないところがあったら教えてくれると嬉しいな」

 

 早々に言葉が詰まり始めたほのかに代わり、雫がそれぞれに対して声を掛ける。小春は先輩らしく余裕のある微笑みと共に「ありがとう」と返し、千秋はほとんど消え入りそうな声ながらも「よろしく……」と俯きがちに頷いた。

 そんな遣り取りの横で、達也の存在に気づいたコージローが歩み寄る。ニコニコと笑みを浮かべているが、それを迎える達也にはどうにも芝居がかった胡散臭さが含まれているように感じた。

 

「初めまして。ひょっとして君が司波達也くんかな? 千葉さん達から色々と話は聞かせてもらったよ」

「どんな話か気になるところだな。こちらこそ初めまして、代々木コージロー。中学の剣道大会でのしんのすけとの試合、動画で観させてもらった」

 

 互いに挨拶を交わして、握手を交わす。ガッシリと力強く握り合うが、握力勝負を始めたり不意討ちでの組み手を始めたりすることなく、あっさりとその手は解かれた。

 

「あぁ、あの試合か。恥ずかしいな、魔法師からしたらそう大したものじゃないでしょ?」

「そんなことはない、大変参考にさせてもらった。次はぜひとも、審判や観客に配慮しない()()()剣技を見てみたいものだ」

「――あぁ、やっぱり分かるかい? 僕も野原くんも本気でやり合ったら審判が判定できないからさ、審判の目にも見えるスピードに抑えなきゃいけなかったんだよ。それでも手を抜いたつもりは無いし、僕としても久々に楽しい試合だったよ」

「成程、それだけの腕があるのなら、百家本流の剣術道場を潰すのも頷ける」

「……言っておくけど、僕は“人間主義者”ではないからね?」

「大丈夫だ、それは分かっている」

 

 なら良かった、とコージローはニコリと苦笑した。この部分だけは、演技ではない素の部分が見えたように思えた。

 そうして挨拶を済ませた達也が、エリカへと視線を向けた。

 

「それにしても、彼も警備に参加させると言ったのか。そりゃ突っ返されて当然だな」

「部外者なのは分かってるのよ? でもさ、彼の実力を知って何もさせないってのも……ねぇ?」

「というか、本人はそのことを了承しているのか?」

「いやいや、僕はただ平河さんの付き添いと、単純にこのイベントに興味があって来ただけで、会場の警備に参加するつもりなんて全然無いよ」

 

 キッパリと否定するコージローに、エリカが「話が違う」とばかりに彼を睨みつけていた。

 しかしその後すぐ、彼はこう続けた。

 

「僕はただ客席で、()()()()()()()()()()()だけだから。万が一会場で何か事件が起こったら、そのときは()()()()()()()()()協力するつもりではあるけどね」

「……そうか、それなら問題ねぇよな」

「そうね。代々木くんはただ、その場に居合わせただけなんだから」

 

 エリカもレオも彼の言葉にピンときたようで、いかにも悪巧みしているような不敵な笑みを浮かべていた。先程までのしおらしい態度が嘘のようである。

 そんな2人の態度に達也は肩を竦め、そして口を開く。

 

「せっかく来たんだ、レオもエリカも暇だったら楽屋まで()()()来れば良い。()()()()()()()遠慮はいらないさ」

「……そうよね。友達なんだから、当たり前よね?」

「そうだな、達也。後で邪魔させてもらうぜ」

 

 声をたてずに笑う2人に、達也も同じような笑みを浮かべていた。

 

「よよよぎくんもみんなも、何だか回りくどいゾ。素直に手伝うって言えば良いのに」

「回りくどい方が上手く回るときもあるんだよ、野原くん」

 

 しんのすけのツッコミに、コージローが苦笑いでそう言った。

 

 

 *         *         *

 

 

 開幕時間が近づいてくるにつれて、どの学校の控え室も賑やかになってきた。順番が後ろになるほど長く待たされることになるが、論文コンペに参加するような生徒は代表もサポーターも他校の発表に強い関心を持っているものだ。なのでロビーでは、他校の生徒同士で談笑する光景もよく見受けられている。

 そんなロビーの片隅に、遥の姿があった。生徒達の喧騒に紛れてコーヒーを飲む彼女の視線の先には、達也たち第一高校の控え室へと繋がるドアがある。

 

 4月の事件以来、彼女の所属する公安の部署では達也やしんのすけの正体について深い関心を寄せていた。彼女の上司の話によると、身辺調査をしようとした矢先に上から圧力が掛かったらしい。やるなと言われると却ってやりたくなるのが人間というもので、かといって正規の調査員を動かすわけにもいかず、彼らの通う第一高校に潜入している遥に自然とその役目が回ってきた。

 不本意とはいえ組織の人間である遥がそれを断れるわけもなく、仕方なく引き受けたものの結果は芳しくなかった。カウンセリングと称して様々な情報を聞き出すことを得意とする彼女だが、しんのすけはカウンセリングそっちのけでナンパしてくるし、達也に至ってはそもそもカウンセリングを受けたことが無い。よって彼女は遠巻きに彼らの動向に目を光らせるという、何ともアナログで効果も疑わしい消極的な方法しか採ることができなかった。

 しかし今回に限って言えば、それも一応の成果があった。

 

「あの人、まさか……」

 

 一高の控え室に足を運んだ1人の女性に、遥は思わず独り言を漏らしていた。おそらく自分と同世代であろう彼女に見覚えのあった遥は、公安御用達の隠しカメラで撮影した映像を端末に読み込ませて画像検索を掛けた。

 

「やっぱり……、“電子の魔女”(エレクトロン・ソーサリス)……」

 

 遥が学生のとき、第二高校を九校戦優勝に導いた彼女はまさにヒーローだった。魔法科高校の入学試験に落ちたことで魔法師としての夢を絶たれた遥にとって、藤林響子というのは嫉妬と憧れの的だった。

 そんな彼女が母校である二高ではなく、達也たちのいる一高の控え室へとやって来た。もしかしたら九校戦で活躍した彼らを青田買いに来たのかもしれないし、単に司波兄妹としんのすけ以外は部屋にいないことを知らずに来たのかもしれない。

 しかし遥の直感は、達也たちとの密接な関係を疑わずにはいられなかった。

 それにしても、

 

「彼女と一緒に部屋に入った女性は、何者なのかしら……?」

 

 

 

 

「やっほー、達也くんにしんちゃん」

「おぉっ、よねちゃん」

 

 部屋のドアを開けて顔を覗かせるよねに、しんのすけが真っ先に反応した。達也は少しだけ意外そうな表情を浮かべ、そして深雪は見覚えの無い彼女が兄の名を呼ぶことに首を傾げている。

 挨拶もそこそこに部屋に入ってきたその女性・よねは、黒いタンクトップの上から緑色のフライトジャケットを羽織り、ショートパンツから少し日焼けした長い脚を惜しげも無く剥き出しにしたワイルドな出で立ちという普段通りの格好をしていた。魔法学や魔法工学の研究成果を発表するイベントの聴衆には似つかわしくないであろうその姿に、深雪がますます不思議そうに彼女の正体を推し量ろうとしている。

 しかし結局答えは出ず、素直に兄に尋ねることとした。

 

「お兄様、この方は……?」

「この間の産業スパイ事件の捜査を個人的に頼んでいた、千葉県警の東松山よねさんだ。しんのすけとは昔からの知り合いなんだそうだ」

「お兄様……ってことは、この子、達也くんの妹? ふへー、随分と美人さんじゃない」

「んで、なんでここに来たの?」

 

 不躾と思われても仕方ないほどに深雪をまじまじと眺め回すよねだったが、しんのすけの一言で我に返ったのか慌てて身を引いた。

 

「いや、せっかく事件も解決したことだし、せっかくだから観ていこうかと思って」

「観たってどうせ分からないのに?」

「べ、別に良いじゃねぇか! そりゃ、若干場違いだなって思うけど!」

「それで、わざわざ挨拶に来てくれたというわけですか?」

「あぁ、そうそう。それもあるんだけど、達也くんに会いたいって人がいてさ」

「俺に?」

 

 達也が首を傾げていると、よねが後ろを振り返って「響子さん」とドアの向こうに呼び掛けた。その名前に司波兄妹が、観察力のある者がよく目を凝らしてようやく違和感を覚える程度に小さく反応する。

 そうして部屋に入ってきたのは、よねと違って露出の少ない落ち着いた平服姿の女性だった。

 

「司波達也くんね? ()()()()()、防衛省技術本部兵器開発部所属で技術士官をやっている、藤林響子といいます」

「……初めまして、司波達也といいます」

「妹の、司波深雪と申します」

 

 もちろん達也も深雪も藤林とは初対面ではないが、彼女が『初めまして』と言ったからには“そういう設定”で接してほしいということを意味している。よねやしんのすけという事情を知らない人間がいる以上妥当な判断だろう、と2人は即座にそれを察して初対面の振りをした。

 ちなみに彼女が口にした“防衛省技術本部兵器開発部所属の技術士官”というのは偽造ではなく、正式に拝命されている本物の肩書である。

 そうして藤林が口を開き――

 

「おぉっ! お姉さん、オラのこと憶えてる!?」

 

 司波兄妹の背後にいたはずのしんのすけが、一瞬で2人を通り過ぎて藤林へと詰め寄った。彼女の両手を握り締めて目をキラキラさせる彼の姿に、出来る女の雰囲気を醸し出していた彼女が思わず顔を引き攣らせる。

 

「どうしたの、しんちゃん? 響子さんと知り合い?」

「九校戦でオラの試合を観に来てくれたお姉さんだゾ! お姉さんが応援してくれたから、オラは優勝できたんだゾ!」

「え、えぇ、そういった場所から有望な人材を探すのも、私の仕事の1つだから」

「成程。ひょっとして自分に用事というのは……」

 

 達也の助け船もあって、藤林は目の前のしんのすけから彼へと視線を移した。

 

「えぇ、その通り。九校戦で類稀なる活躍をしたエンジニア兼選手であるあなたと、ぜひともお近づきになりたかったの。産業スパイ事件を一緒に捜査したよねさんがあなたを知ってるって聞いたから、ここまで連れて来てもらったの」

「綺麗なお姉さん。オラも一緒に如何ですか?」

「えっと……、あなたはまたの機会ということで」

 

 しんのすけの誘いを愛想笑いで断って、達也へと向き直る。

 

「できれば色々と説明したいところだけど、本番前にそんな時間を取らせるのも忍びないし……。詳しいことについてはこれに書いてあるから、後で時間のあるときにでも見てちょうだい」

「分かりました。拝見させていただきます」

 

 達也は軽く頷いて、藤林が差し出したデータカードを受け取った。おそらくこの中には、今回の一連の騒動について早急に達也に報告したい事柄が記載されているのだろう。

 

「それじゃ、私はこれで失礼させてもらうわ。本番頑張ってね、達也くん」

「んじゃ、しんちゃんも警備頑張りな」

「よねちゃんも、客席でイビキを掻かないように頑張ってね」

「うっせ」

 

 藤林は達也に軽く手を振って、よねはしんのすけに軽く悪態を吐いて楽屋を出ていった。

 

「お兄様、警察の方に捜査を依頼してらしたのですね」

「あぁ、成り行きだけどな」

「そうそう。達也くんと一緒にオカマバーに行ったときに――」

「――――はっ?」

 

 達也が思わず「馬鹿」と言いかけ、しかしそれよりも前に深雪が耳聡く拾い上げた。

 とても美しく、だからこそ底冷えするような恐ろしい声と共に。

 

「……しんのすけ、どうしてくれるんだ」

「とっくに説明してると思ったゾ……」

 

 

 *         *         *

 

 

 時刻は8時45分。そろそろ客席も埋まりかけているであろう頃。

 エリカとレオを筆頭とするそのグループは、ロビーの自動販売機前に置かれたベンチに腰を下ろし、ロビーを行き交う大勢の人々に目を光らせていた。とはいえその真剣具合には個人差があり、エリカとレオが最も熱量が高く、幹比古と雫が次点、見張るといっても何を基準にすれば良いか分からない美月とほのかがその後に続き、そしてコージローと千秋は飲み物片手に完全にリラックスしていた。

 そんな中、美月がロビーを眺めながら口を開く。

 

「それにしても、九校戦を観た後だからかな、結構知ってる顔が多く感じるね」

「確かに。特に警備スタッフの中には、九校戦にも代表選手として参加していた生徒も多くいるからね」

 

 美月の言葉に同意した幹比古の言う通り、実力が物を言う警備スタッフと九校戦の代表選手は被っていることが多い。そもそも会場内の警備を担う“九校共同会場警備隊”のリーダー自体が、モノリス・コードの優勝チームから選ばれるという不文律がある。同じ高校生を主体とした大会である以上、密接な繋がりが生まれるのは必然だろう。

 しかし中には、九校戦の代表選手でなかった生徒が警備スタッフに選ばれることもある。

 例えば、言わずと知れた第三高校の一条将輝のパートナーとして一緒に会場を見回っていた、第一高校の生徒とか。

 

「あの人は確か、1年B組の十三束鋼(とみつかはがね)だっけ」

「違うクラスなのによく知ってんな、エリカ」

「そりゃあ、彼の“レンジ・ゼロ”は有名だもの。というか、レオも少しくらいはそういう知識を入れておきなさいよ」

 

 エリカの言葉に、美月・ほのか・雫の3人が人知れず気まずそうな表情を浮かべていた。ちなみにコージローもその情報は知らなかったが、そもそも彼は魔法関係の人間ではないため特にダメージは無い。

 そんな遣り取りも終わって互いに会話が無くなった後も、エリカ達は自主的なロビーの看視を続けていた。途中、警備スタッフの証である腕章を付けた森崎がやたら張り切った様子でロビーを横切ったが、彼女達は特にそれを気に留めることなく看視を続ける。

 しかし彼女達のそんな態度は、1人の少年が話し掛けてきたことで崩された。

 

「何してるの、みんな?」

「えっ? ――あれっ? ボーちゃんじゃないの!」

 

 思わぬところで顔を合わせた思わぬ顔見知り・ボーが目の前に現れたことで、エリカ達は破顔してベンチから立ち上がった。10日間一緒に九校戦を観て回った記憶は未だ色濃く残り、2ヶ月半ほど顔を合わせなかったとしても褪せることは無い。

 逆に言えば、その記憶が無いコージローと千秋は座ったままだった。

 

「ボーちゃんだけ? 他のみんなは?」

「今日は僕だけ。他のみんなは都合がつかなかったり、そもそも興味無かったり。僕はこういうの好きだから、毎年観に行ってる」

「へぇ、そうなんだ。せっかくだから、アタシ達と一緒に観ない?」

「ごめん。先約があるから」

「そっかぁ、残念。――先約っていうのは、あそこにいる彼女のこと?」

 

 エリカがニンマリと笑って視線を向けたのは、彼女達から少し離れたところでこちらの様子を窺っていた1人の少女。

 年齢は自分達と同じくらいで、紫色の長い髪をサイドテールに縛り、その反対側に黒いリボン、そして髪と同じ紫色のオーバーオールという恰好だからか幼い印象を受ける。一斉に視線を向けられて驚いたのかビクッと肩を跳ねさせ、おっかなびっくり近づいてくる様子から、ネネとは対照的に大人しく引っ込み思案な性格のようだ。

 

「ボーちゃん、この人達知り合い……?」

「九校戦のときに知り合った、しんちゃんと同じ学校の人達。――1人だけ違うけど」

「そっか。――えっと、貫庭玉(ぬばたま)サキっていいます」

 

 ペコッと頭を下げるその少女・サキに、エリカ達が一斉に挨拶を返した。そんな彼女達の反応に、サキは再び体をビクつかせる。

 

「んで、サキちゃんってボーちゃんのカノジョ?」

「違う。幼稚園の頃からの幼馴染」

「へぇ、そうなんだ。もしかして、しんちゃんを探してる? 達也くんと深雪と一緒に楽屋にいるけど、会ってくれば?」

「いや、僕達も客席に戻る。――あいちゃんを1人にさせておくのも可哀想だし」

 

 突然出てきた新たな名前にエリカ達は一瞬首を傾げるも、すぐにそれがしんのすけ達の幼馴染である酢乙女あいのことだと思い至った。

 

「彼女も来てるの? って、そりゃそうか。優秀な人材を探すのには打ってつけだもんね。それでボーちゃんもサキちゃんも、彼女の付き添いってわけか」

「そう。下手に表に出ると混乱するから、裏から入ってVIP席に座ってる」

「成程ね。じゃあ、あんまり引き留めるのもアレか。論文コンペ、楽しんできてね」

「うん、そっちも。――代々木くんも、またね」

「うん、またね」

 

 エリカ達の後ろに立っていたコージローに一言声を掛けて、ボーはその場を去っていった。サキも皆に会釈してから、早足で彼の後を追い掛ける。

 

「コージローは、あの2人と話さなくて良いのか?」

「基本的に、野原くんを介しての付き合いだからね。友達の友達って、顔を合わせたときの反応に困らない?」

 

 コージローの言葉に皆が共感していると、ロビーのスピーカーから女性の声でアナウンスが流れ出した。そろそろ開会式が始まることを知らせるものであり、それを境にロビーに(たむろ)していた人々が一斉に客席へと流れていく。

 その流れに乗って、エリカ達も客席へと向かっていった。

 

 

 

 

 九校戦が華やかな雰囲気で行われるのに対し、論文コンペは厳粛な空気で執り行われる。これは論文コンペが大学や企業や研究機関など“大人を相手にした発表会”であり、審査員や観客としてやって来る魔法学の権威を意識しているためだ。

 そしてそれ以外の観客も、そのことはよく理解していた。開会式が近づくにつれ席に着く人の数が多くなり、それに比例して騒がしくなってくるホール内ではあるが、九校戦のようなお祭り騒ぎとはまた違った、言うなれば“秩序ある騒がしさ”と表現できる程度のものに抑えられている。

 

 そんなホールの2階席、周りの観客席から切り離されて入口も別に作られたVIP席には、厳粛な空気を作り出す要因である“魔法学の権威”が顔を並べていた。審査員ではない魔法大学の教授や国立研究機関の重鎮、さらには日本でも有数の魔法工学メーカーの関係者など多種多様である。

 そしてそんなVIP席の最前列に堂々と座るのが、酢乙女ホールディングス社長の1人娘にして実質的な次期社長、そして対外的には“社長代理”という肩書を持つ酢乙女あいだった。アナウンスがあるまでは周りの者達との挨拶回りや世間話で忙しかった彼女も、今は座席に腰を落ち着け開会式を待ち構えている。

 と、こちらに近づいてくる気配に、あいは視線をそちらに向けた。

 ボーと、サキだった。

 

「あら、2人共お帰りなさい。しん様には会えたのかしら?」

「会えなかった。その代わり、代々木くんが千葉さん達と一緒にいるのを見た」

「代々木くんが? いつの間に彼女達と知り合ったのかしら?」

 

 あいが首を傾げている間に、ボーが彼女の右に、サキが彼女の左に座った。その際ボーは、座席に置かれたスーツケースをどかして足元に置き直している。

 

「怪しい奴がいないか、ロビーを見張ってる感じだった」

「見張ってる? 少し前に色んな企業で産業スパイ騒ぎがあったようだけど、それ絡みかしら? ――まぁ、私達は私達で発表を楽しみましょう。今年はどんな優秀な人材がいるかしらねぇ」

「凄く、楽しみ」

「どうしよう、既に眠気が……」

 

 値踏みする視線で見下ろすあいに、無表情ながら目をキラキラさせるボー、そしてアクビを噛み殺すサキ。

 そんな三者三様の反応をする彼女達の見守る中、ついに論文コンペが幕を開けた。




「レリックを狙う奴らが俺に追撃を仕掛ける可能性を考慮して、仕方なくしんのすけの知人の店でやり過ごさせてもらっただけだ。そういう形態の店だというのは、店に着いて初めて知ったんだ。だからその店に行ったのは不可抗力であって、断じて疚しいことなど1つも無い」
「おぉっ、達也くんの言い訳、浮気を疑われた父ちゃんみたいだゾ」
「お兄様の仰ることはよく分かりました。しかし疚しいことが無いというのなら、なぜその事実を私に黙っていたのですか?」
「おぉっ、深雪ちゃんの切り返し、まさしくそのときの母ちゃんみたいだゾ」

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