嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第64話「みんなで出来ることをするゾ その1」

 第三高校の代表団とその応援団は、来たときに利用したバスで避難する方針を固めて駐車場まで移動している最中だった。

 

「まったく、なんでこんな離れた所に……」

「そういう街の構造なんだから仕方ないでしょ。日帰りのつもりで運転手を待機させてただけでも幸運だったんだから、文句言わないの」

 

 国際会議場から離れた大型車両専用の駐車場までは、避難の船が到着する予定の埠頭よりも近いとはいえ、結構な距離を歩かなければいけない。つい愚痴を零してしまった将輝を、真紅郎が真剣な表情で叱りつけた。

 とはいえ、真紅郎としても不安はあった。駐車場は会場の南側、つまり偽装戦闘艦が接岸している埠頭に近いのである。しかし尚武の気風が強い第三高校の生徒にとっては『卑劣な侵略者など蹴散らしてしまえ』とばかりに却って気勢を上げている。

 真紅郎はそんな彼らに対し、どうにも楽観的という印象を拭えなかった。いくら第三高校のカリキュラムが実戦向きとはいえ、実際に人を殺すような戦闘を経験した生徒などごく少数だ。今回引率している教師もイベントの性質上学者肌の人間ばかりで、いざというときに動けるかどうかは疑問が残る。

 

 そんなことを考えている内に、ようやく自分達の乗ってきたバスが姿を現した。耐熱耐衝撃の軍事車両と同じ装甲板を取りつけているあのバスならば、一旦乗ってしまえば余程の集中攻撃を受けない限り街からの脱出は可能だ。

 将輝と真紅郎がホッと一息吐いた、その瞬間、

 

「あ」「あ」

 

 2人の目の前で、バスがロケット砲の爆撃を受けた。幸いにも着弾地点は最後尾付近だったので、運転手は即座に脱出して無事だったし、車体も若干焼け焦げているが穴の空いた様子は無い。

 その代わり、タイヤは無惨なことになっているが。

 

「――この野郎!」

 

 一瞬で臨界点に達した将輝を真紅郎は落ち着かせようとし、すぐに放っておくことにした。タイヤを交換するまでの間、敵をバスに近づけさせてはいけない。だったら将輝を好きに暴れさせておいた方が都合が良い。

 

「先生、敵は将輝に任せてタイヤの交換をしましょう」

「き、吉祥寺。そうは言っても――」

「ここは大型車両や特殊車両専用の駐車場です。簡単な整備をするための施設も併設されているので、タイヤのストックくらいは常備しているはずですよ」

「そ、そうか! ――よし、手の空いてる者は交換用のタイヤを探してきてくれ!」

 

 教師の呼び掛ける声と共に、その場にいたほとんどの生徒が動き出した。上級生も教師も、皆が1年生の真紅郎を中心に動き始める。

 そして彼らの声を背後で聞きながら、将輝はホルスターからCADを取り出した。

 

 

 *         *         *

 

 

 藤林が引き連れている部隊は、オフロード車2台に本人も含めて8人という分隊にも満たない小規模なものだった。しかし彼らの姿を見た真由美達の目に不安は無く、人数を補って余りあるほどの手練れであることが雰囲気からして疑う余地のないものだと確信していた。

 

「真由美さん、残念ですが全員は乗れません」

「いえ、大丈夫です。最初から徒歩で向かうつもりでしたので」

「しかしそれでは、あまり長距離は進めません。どちらへ向かう予定ですか?」

 

 藤林が克人ではなく真由美に話し掛けたのは、単純に彼女が顔見知りだからだろう。しかし真由美としては、明らかに自分よりこういうシチュエーションに慣れているだろう克人に相談してほしかった。

 

「保土ヶ谷の部隊は野毛山を本陣として、小隊単位でゲリラの掃討に当たっています。山下埠頭の敵偽装艦に今のところ動きは見られませんが、じきに機動部隊を上陸させてくるでしょう。そうなれば海岸地区は戦火の真っ只中に置かれることになりますから、やはり内陸へ避難した方が良いでしょうね」

「えっと……、それじゃ、予定通り駅のシェルターに避難する……?」

 

 真由美は不安そうな表情で克人へと視線を向け、彼が力強く頷いたことでホッと胸を撫で下ろした。その遣り取りを見ていた藤林が、前と後ろを車で固めながらゆっくりと移動することを提案、真由美はそれを了承して全員で駅へと向かおうとした、

 まさにそのときだった。

 

「藤林少尉」

「何でしょうか、十文字さん?」

 

 克人の呼び掛けに、藤林はタイムラグ無しで振り返った。反応が早いというよりも、声を掛けられることを予期していたといった感じだった。

 

「誠に勝手ではありますが、車を1台貸していただけますか?」

「どこへ行かれるのですか?」

「魔法協会支部へ行き、戦闘に参加します」

 

 聞く者の体にズッシリとのし掛かるような重い声には、年若い少年が抱きがちな薄っぺらいヒロイズムとは一線を画す、いわば“覚悟”が滲み出ていた。

 しかしながら、摩利は声をあげずにはいられなかった。

 

「なぜだ、十文字! アタシ達と一緒にシェルターに行けば良いじゃないか!」

「俺は代理とはいえ、師族会議の一員として魔法協会に対する責務を果たさなければならない」

「しかし、十文字はまだ――」

 

 なおも食い下がろうとする摩利を止めたのは、真由美だった。普段はニコニコと無邪気な笑みを浮かべる彼女が口を引き結んで黙って首を横に振る姿に、摩利は彼女の制止を振り払うことができなかった。

 

「――分かりました。楯岡軍曹、音羽伍長。十文字さんを護衛なさい」

 

 藤林の命令に部下2人が敬礼で返すと、2台しかない貴重な車の内1台を克人に分け与えた。それは実にあっさりとしたもので、提案した克人の方が却って戸惑うほどだった。

 そんな彼の反応をよそに、藤林はもう1台の車に乗り込み、その荷台に立って真由美達へと呼び掛ける。

 

「さて、行きましょう。無駄にできる時間はありませんよ」

 

 

 *         *         *

 

 

 あずさが率いてきた(という表現が正しいかはともかくとして)一高の生徒と教職員+αの集団は、他校に少し遅れて地下シェルターの入口にようやく到着した。60人規模の集団を1人の取り零しも無く、いつやって来るか分からないゲリラ兵の警戒をしながらの移動は想像以上の困難さであった。

 災害時ならば自由に出入りできるドアも、敵の勢力が跋扈(ばっこ)する現在ではそうもいかない。あずさが代表してドアを開けるように説得し、その間によねや沢木達が脱落者の有無を確認する点呼を行う。遥もカウンセリングの知識を駆使して、不安で押し潰されそうになっている生徒のケアに当たっている。

 

「大丈夫、千秋?」

「……うん、私は平気だよ、お姉ちゃん」

 

 姉の小春にそう答える千秋だったが、台詞とは裏腹にその表情は明らかに不安を滲ませたものだった。当然小春もそれは分かっていたが、彼女にはそれを指摘するのは躊躇われた。その言葉がそっくり自分に返ってくるような気がしたからだ。

 一方千秋も、自分が大きな不安を抱えていることは充分に理解していた。そして姉がそれに気づき、敢えて指摘しないでいることも気づいていた。彼女は心の中で姉に謝罪しながら、頭の中にとある人物を思い浮かべる。

 

 その人物とは、コージローだった。

 自分の命が狙われたあの日から、おそらく自分が最も一緒に時間を過ごしたのが彼だった。いつ来るか分からない襲撃者に備えてボディーガードの役割を果たし、気分転換に剣道を自分に教えてくれ、そして何てことない内容でも一緒に話してくれた。

 だからだろうか。今こうして()()()()()()()()()()()()()()ことが、彼女を何よりも不安たらしめていた。如何に自分の中で彼の存在が大きくなっていたのか、彼女は今更になってまざまざと思い知っていた。

 まさかこれが、自分が今まで経験したことの無い、所謂“恋”というものでは――

 

「皆さん! 頭を庇って伏せてください!」

 

 突然の呼び掛けに、千秋はむりやり現実へと引き戻された。それは一高代表選手の校内選考責任者であり、その縁で今日観覧に来ていた廿楽(つづら)の叫びだったのだが、千秋はそれに気づく余裕も無く咄嗟に顔を上げた。

 そんな彼女の視界に、みるみるヒビ割れていく天井が飛び込んできた。コンクリートの軋む音があちこちから聞こえ、照明が突然消えて地下通路が闇に包まれる。

 その瞬間、皆の反応は様々だった。悲鳴をあげる者、ただしゃがみ込む者、落ちてくる鉄とコンクリートを土砂に変えようと魔法を試みる者――。それら全員が、天井が崩壊する轟音と共に土埃に巻き込まれてその姿を隠していった。

 千秋も、その中の1人だった。姉の体にしがみつき、悲鳴をあげることもできずに目を瞑ってしゃがみ込むことしかできなかった。

 しかし、彼女達は生き埋めにならなかった。

 

「えっ――」

 

 千秋が恐る恐る目を開けると、鉄筋とコンクリートの破片がジグソーパズルのように複雑に重なり合い、円弧状のトンネルを作り出していた。それぞれが絶妙なバランスで互いの重量を支え合い、人が中腰で立てるほどの空間を形成している。

 まるで奇跡のような偶然に、千秋は自分が置かれている状況も忘れてその光景に見入っていた。

 

 もちろん、これは単なる偶然ではなかった。

 廿楽の専攻は魔法幾何学、その中でも多面体理論と呼ばれる分野を研究している。マクロ現象を三角錐や四角柱などの単純な多面体の集合で捉え、仮想多面体の運動で現象の変動を把握し、仮想多面体の運動を制御する魔法式で事象を改変する理論である。

 つまり廿楽は1つの出来事を多数の要素によって成立する結果として捉え、その要素の一部を改変することで、通常よりも少ない魔法力で事象を改変させることができる。地下通路の崩壊を避けられないと悟った彼の手により、土砂の圧力によってアーチが形成されるように破片をビリヤードのようにコントロールしたのだろう。

 

 しかしこの魔法は、破片そのものの耐久力が上がったわけではない。地下通路の崩壊に生じる圧力を利用しているだけであり、破片そのものが壊れてしまえばどうしようもない。

 だからこそ今すぐにでもその場から動かなければいけないのだが、一度は死を覚悟したところからそれを免れるという緊張と緩和の落差が大きいせいで、千秋の思考は未だに混乱状態から抜け出せずにいた。姉の小春もそれは同じで、互いの温もりが唯一の命綱かのように縋り合っている。

 と、トンネルを形成する瓦礫に、再び亀裂が走った。

 

「何してんの! 早く逃げなきゃ!」

「――――!」

 

 我に返った平河姉妹の目に飛び込んできたのは、1人の少女だった。年齢は自分達と同じくらいで、紫色の長い髪をサイドテールに縛り、その反対側に黒いリボン、そして髪と同じ紫色のオーバーオールという恰好だからか幼い印象を受ける。

 そんな彼女が必死の形相で、こちらに腕を伸ばしていた。

 2人が反射的にそれを手に取ると、少女は力任せに2人を引っ張り上げて立ち上がらせると、そのまま2人を引っ張って走り始めた。前方には弱い光がこちらに差し込んでおり、おそらく瓦礫のトンネルを抜けた人がライトを照らしているようだった。

 

 2人はとにかく、その少女と無我夢中で走った。

 頭上から、ギシリ、と嫌な音が聞こえた。

 瓦礫の一部が重みに耐えきれず、崩れていく。

 出口にいた一高生徒が、CADをこちらに向けて魔法を発動した。

 がくん、と少女を含めた3人の体が見えざる手に引っ張られる。

 そうして3人の体がシェルターに続く通路へと文字通り飛び込んだ瞬間、地下通路は崩壊した。先程まで自分達がいた場所がコンクリートの破片や土砂によって埋め尽くされていく様子が、振り返る3人の眼前でスローモーションのようにゆっくりと展開されていく。

 

「サキちゃん、お手柄」

「運動は苦手なのに、無茶しますわね」

 

 背の高い少年・ボーと、臙脂色の高級服を着た少女・あいが、平川姉妹を引っ張ってきた少女・サキを出迎えた。ボーは無表情ながらその声は力強く、あいはサキを咎める台詞ながら優雅な笑みを浮かべていた。

 

「あ、ありがとう……」

「あなたのおかげで助かったわ、ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 そして平河姉妹の礼に、サキが頬を紅く染めて消え入りそうな声で返した。そんな彼女の健気な姿に、遠巻きにそれを眺めていた人々も思わず頬を緩めていた。 

 サキ達5人が、シェルターへと足を踏み入れた。既に避難していた人々と合わせて100人は超えているが、部屋自体が広々としているので狭い印象は無い。壁や天井に固定された棚が幾つかあり、そこに数日分の食料や水が入った段ボール箱が積まれている。

 そんなシェルターの様子を、サキは興味深そうに眺めていた。そんな状況ではないと分かってはいるが、滅多に入ることの無い場所に来たことでの好奇心はそうそう止められない。そしてそれは他の4人も、大なり小なり同じだった。

 だからこそ彼女達は、背後から近づく男の存在に気づかなかった。

 

「オマエら、全員動くな!」

「きゃっ――!」

「――――!」

 

 背後から突然サキの首に右腕を回した男が、左手に持つコンバットナイフを彼女の顔へと突きつけた。

 沢木達が真っ先に反応してCADを構えるが、それとは別に数人の男達が一斉に動き出し、それぞれが手榴弾を持った手を彼らに見せつけた。いざとなったらこの場で爆発させるという言外の脅しに、彼らは息を呑んで動けなくなる。

 そんな中で真っ先に口を開いたのは、友人を人質に取られた形となるあいだった。

 

「あなた、地上で暴れてるゲリラ兵の仲間ね?」

「あぁ、その通りだ。さすがに頭の回転が早いな」

「予想はしていました。一般人の振りをしてシェルター内部に入り込み、避難してきた人々を人質に取る真似をしてくるのは充分考えられたので。そのために魔法師の皆さんを一緒に連れてきたのですが……、まさか()()狙ってくるとは思いませんでしたわ」

 

 つらつらと言葉を並べる様子は落ち着いているように思えるが、そう話すあいの表情はとても緊迫したものだった。街がゲリラ兵の侵攻を受けていると聞いたときも落ち着き払っていた様子だった彼女だが、さすがにこの状況ではその余裕も無いようである。

 そして彼女の隣に立つボーも、いつも以上に目つきを鋭くして、サキを人質に取るゲリラ兵を睨みつけていた。

 

「そこのあなた、要求を言ってごらんなさい」

「俺達の要求は、酢乙女あい、オマエだ」

「分かりました。それでは私が彼女の代わりに人質となりますので、彼女を離してください」

「断る。コイツはオマエの友人だな? オマエ自身を人質にするよりも、コイツを人質にした方が色々と都合が良さそうだ。――動くなと言った!」

 

 後ろ手にCADを操作しようとしていた魔法師の1人を一喝し、男はサキを拘束する腕に力を込めた。その弾みで左手に持つナイフが揺れ、刃の側面が彼女の頬にピタリと触れた。

 

「ひっ――!」

「その子を離しなさい。私が狙いなのでしょう?」

「やはりな。オマエは自分の命よりも、自分の大切な者の命が脅かされることを嫌う。コイツを選んだ俺の目に狂いは無かった」

「いいえ、違うわ。ハッキリ言って、あなたの選択は考え得る限りで“最悪”よ。今すぐその子を離しなさい」

「そんな見え透いた嘘には動じない。シェルターの入口は塞がれてしまったが、じきに仲間がここにやって来るだろう。そのときには酢乙女あい、オマエも一緒に来てもらうぞ」

「いや――いや――」

 

 目の前にナイフを突きつけられる死の恐怖と、自分のせいでそんな恐怖を友人が肩代わりしようとしているという恐怖。そんな二重の恐怖に晒されたサキは、目に涙を浮かべて小刻みに体を震わせていた。

 そんな彼女の反応に、CADを構える魔法師達の顔に緊張が走った。人質が錯乱状態に陥ってしまえば、どんな行動を取るか分からない。それが犯人を刺激し、最悪の結末となる可能性だって充分に考えられる。今すぐにでも助けてやりたいが、自分達を見据えながら手榴弾をちらつかせる他の男達の存在がそれを邪魔している。

 そしてあいも魔法師達と同じように、かなり切迫した焦りの表情を浮かべていた。

 しかしその内容は、彼らとは少し違っていた。

 

「大丈夫よ、サキちゃん。彼らにとってもあなたは大切な存在、だからあなたに危害を加えることは彼らだって極力避けたいことなの。だから落ち着いてちょうだい」

「でも、でもあいちゃんが――」

「私は大丈夫だから。あなたが心配することじゃないわ」

「でも――でも――」

「大丈夫よ。それにきっと、しん様が助けに来て――」

「さっきからゴチャゴチャとうるせぇ! 無駄なお喋りができないように黙らせてやろうか!?」

「――――!」

 

 あいの口が『馬鹿』という言葉を紡ぐよりも早く、

 サキの“能力”が発動した。

 

 

 

 

 サキは現在、酢乙女ホールディングスが支援する研究所で父親と共に、人々の夢から抽出できる未知のエネルギーである“ユメルギー”の研究を行っている。

 元々は研究中に起こった爆発事故によって母親を失い、その原因が自分にあると思い込んだサキが悪夢にうなされるようになったことで、父親が彼女を悪夢から救うために目をつけたのがユメルギーだった。その一件については5歳のときに知り合ったしんのすけ達によって解決し、今度はそのユメルギーを平和利用しようと親子で研究を始めるようになった。

 ユメルギーを化石燃料や再生可能エネルギーに続く新たなエネルギーとする動きもあったが、供給源である人間の健康への影響を鑑みて現在はほとんど下火となっている。その代わりユメルギーを解析することで夢のメカニズム、それが人間に与える影響、さらには特定の夢を見せる方法など、過去の定説を覆す新事実を次々と明らかにし、睡眠に由来する症状で悩む人々への画期的な治療法を確立した。今やその分野において、貫庭玉親子を知らぬ者は無学扱いされるほどだ。

 

 しかしサキには、世間には知られていない“もう1つの顔”があった。

 いつの頃からか、彼女には魔法による再現が困難な“能力”が身についていた。しかし普通の魔法は使うことができず、その点だけを見れば遥と同じ“先天的特異能力者”、つまり“BS魔法師”と呼ばれる者達と同じように思える。しかし彼女は元々その能力が使えたわけではなく、“先天的”の定義からは外れる。

 

 彼女が身につけたその能力とは実に単純明快、『任意の相手を眠らせる』というものだった。

 その効果からユメルギーが関係しているように思えるが、共同研究者である父親にはそのような傾向は見られない。ユメルギーの研究と平行して2人で原因を調べてはいるものの、結果は芳しくなかった。もっと頭数を増やせば分かるかもしれないが、2人はこの件をごく一部の親しい者以外に話す気は一切無い。後天的にBS魔法師を増産できるかもしれないとなれば、彼女を人体実験の材料にしようと画策する者が現れてもおかしくないからである。

 

 能力の説明に戻ろう。この能力の最たる特徴は、眠らせることそのものよりも“狙った相手を選べる”ことにある。しかもホールの中から建物の入口にいる敵を眠らせたことからも分かる通り、視界の届かない場所にまでその能力の効果が及ぶ。

 だからこそ、地下通路のように視界の遮られた場所においてその能力の効果は絶大だ。シェルターまでの道中でゲリラ兵と思われる者達が眠っているところが発見されているが、実際には周辺の経路にもゲリラ兵は潜んでいて、そして誰にも(それこそ本人にすら)知られることなくその全員がサキによって無力化されている。

 なぜ遠くの敵の位置が分かるのか、それはサキ自身にも分からない。彼女としては“敵の姿を視認する”というよりは“人間が発する感情を読み取る”とする方が感覚的に近いらしく、父親は『元々自分に向ける感情に対して敏感だった性格に起因するのでは』という仮説を立てている。

 

 そんなサキの能力だが、当然ながら欠点も存在する。

 1つは、能力の発動に或る程度の集中力を必要とすること。自分に敵意を向ける者に対して常に発動する類のものではないため、先程のように不意討ちには対応できないのである。

 そしてもう1つの、最大の欠点と呼ばれるものが、術者であるサキが精神的に追い詰められてパニックになってしまうと、能力が“暴走”してしまうことだった。

 

「…………」

 

 つい先程まで、入口の地下通路崩落、そして突然のゲリラ兵の登場に大騒ぎとなっていた地下シェルター内部であったが、今は一転してとても静かなものだった。100人を超える避難者の誰1人として声をあげず、せいぜい息遣い程度しか聞こえない。

 それもそのはず。子供も、大人も、老人も、男性も、女性も、魔法師も、非魔法師も、敵も、味方も、そこにいるほぼ全員が一切の区別無く床に倒れ伏し、深い眠りに就いていた。

 サキを人質に選んだゲリラ兵も、奴らに攻撃する隙を伺っていた一高の生徒やプロの魔法師達も、彼女の代わりに人質となろうとしていた酢乙女あいも、その様子を注視していたボーも、その遣り取りを見守っていた他の人々も、今や全員が仲良く夢の中である。

 

「…………」

 

 そんな集団の中で、ただ1人、サキだけがその場に立っていた。辺りを見渡し、自分を害そうとする輩が眠っているのを確認すると、彼女は大きく息を吐いてゆっくりとその場に座り込んだ。友人達も眠ってしまっているが、眠っているだけなので特に問題は無い。

 当然の危機から脱することができたサキは、ただただホッと胸を撫で下ろしていた。

 自分達を誘導していた女刑事がシェルターの中にいないことなど、気づきもしなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 藤林達に先導されてシェルターが地下に設置されている駅前広場に辿り着いた真由美達は、その“惨状”に息を呑んだ。

 特に彼女達の目を惹いたのが、大きく陥没した広場に君臨する巨大な金属塊だった。

 

「直立戦車……、一体どこから……?」

 

 藤林としても予想外な敵だったのか、呻くような声が零れた。

 複合装甲板で覆われた人型の移動砲塔であるそれは、太く短い2本の脚に無限軌道のローラースケートを履かせたようなフォルムの下部構造と、1人乗りの小型自走車に様々な種類の火器がセットされた長い両腕と首の無い頭部をつけた上部構造で構成されている。全高約3メートル半、肩高約3メートル、横幅約2メートル半、長さ約2メートル半という、人間からしたら巨大だが兵器としてはそれほど大きくはないそれは、市街地で歩兵を掃討することを想定して東欧で開発されたものだ。

 弾薬フル搭載、兵員搭乗時の総重量は約8トン、広場には2機いるので合計で16トンとなるが、それだけで舗装された路面が陥没するものではない。シェルターや地下通路に向けて攻撃が加えられたことは明白だ。

 そんな兵器を目の前にした彼女達の反応は、――困惑だった。

 

「直立戦車が、動かない……?」

「響子さん! あそこで大勢の市民が意識を失っています!」

 

 真由美が指差す先には駅があり、おそらく先程の崩落によってシェルターに逃げることができずに取り残された市民が集まっていた。しかし彼らは取り残された絶望からパニックになることもなく、むしろ戦火のど真ん中で穏やかな眠りに就いていた。

 深雪達にとってその光景は、ひどく既視感のあるものだった。

 ホールで、会場の入口で、まさにそんな風に眠るゲリラ兵を目撃した彼女達にとって。

 

「あぁもう、ホント訳わかんないわよ! 何が起こってるの!?」

 

 ガシガシと頭を掻いて苛立ちを露わにするエリカの横で、幹比古が目を閉じたまま、心の一部をどこか別の場所に置いてきたような表情で口を開いた。

 

「……精霊を飛ばして確認してみたけど、現時点ではこの周辺で魔法は確認されなかった。少なくとも、今すぐに僕達が眠りに就くことは無さそうだよ。――それと、地下道を通っていたみんなは全員無事だ。誰かが生き埋めになった様子も無い」

「吉田家の方がそう仰るなら確かでしょうね。ご苦労様でした」

「それで、これからどうすんだ?」

 

 レオの問い掛けに、藤林は広場に立ち尽くす直立戦車に目を向けて、

 

「こんな所にまで直立戦車が入り込んでいることからして、事態は想像以上に急展開しているようですね。私としては、野毛山の陣内に避難することをお勧めしますが」

「しかしそれでは、敵軍の攻撃目標になるのでは?」

「摩利、相手は戦闘員とそれ以外の区別はつけていないわ。軍と別行動したって危険は少しも減らないし、むしろ危ないと思う」

 

 真由美のその言葉は戦場における原則論とは外れているが、最初に国際会議場を占拠しようとしたり、今のように地下シェルターに攻撃を加えているところから考えても、真由美の言葉が正しいことが分かるだろう。

 

「それでは七草先輩は、野毛山に向かうべきだと?」

 

 五十里の質問に真由美は小さく首を横に振り、視線を駅の方へ向けた。

 

「私は逃げ遅れた市民のために、輸送ヘリを呼ぶつもりです」

「な――! おまえも避難せずに残ると言うのか!」

 

 すかさず摩利が、それこそ克人のときと同じように声を荒らげるが、真由美の決意は固かった。

 

「私達十師族は様々な便宜を享受し、そして時には法律の束縛すら受けずに自由な振る舞いをすることが許されている。だけどそれは、こういうときに自分の力を役立てることを対価として得られる権利なの。私がここで避難せずに残ることは、いわば十師族としての義務なのよ」

「そんな……」

 

 普段の生活ではほとんど感じることはないが、真由美は十師族の直系である。その立場がどれほど重いものかを改めて思い知った摩利は、真由美の覚悟に呑まれて口を閉ざすしかなかった。

 そんな中、五十里が真っ先に手を挙げて口を開いた。

 

「ならば、僕もここに残りますよ。数字を持つ百家の一員として、政府から色々な便宜を受けていますから」

 

 彼のその言葉に、他の生徒達も次々と手を挙げる。

 

「啓が残るんならアタシも! アタシだって“千代田”っていう百家の一員なんだから!」

「なら、アタシもそうね。これでも一応“千葉”の娘だから」

「私も残ります! お兄様が戦っているのに、私だけが何もしないわけにはいきません!」

「わ、私だって!」

「会社のヘリをよこすよう、私も父に連絡します」

「俺は十師族でも何でもないけど、これだけ名乗りを上げてる中で俺だけ尻尾撒いて逃げるなんて真似、出来るわけがないですよ!」

「僕も残ります。“吉田家”は百家ではありませんが、政府から便宜を受けている立場は一緒です」

「下級生が全員残ると言っているのに、アタシ達だけが避難するわけにはいかないよな、市原?」

「ええ、そうですね。それに真由美さんは意外と抜けたところがありますし、真由美さん1人では不安です」

「あなた達……、みんな馬鹿ね」

 

 結局その場にいた全員が残ると言い出した事態に、真由美は嘆きの台詞を漏らした。しかし口元に笑みを浮かべていては、本気で受け取る者は1人もいないだろう。

 

「申し訳ございません、藤林さん。せっかくのご厚意ですが……」

「いいえ、皆さん頼もしいですね。それでは、私の部下を置いていきますので――」

「それには及びませんよ、藤林少尉!」

 

 その言葉は目の前の一高生達ではなく、藤林の背後から掛けられたものだった。

 

「あら、警部さん」

「か、和兄貴(かずあにき)!」

 

 その声の主を見て、藤林は含みのある笑みを、エリカは心の底からの驚愕を浮かべた。

 

「軍の仕事は敵の排除です! 市民の保護は、我々警察にお任せを!」

「了解しました。我々は本隊と合流しますので、後はよろしくお願いします」

 

 あまりにもタイミングの良すぎる登場に、まるでリハーサルでもしていたかのような決め台詞を口にする千葉寿和だが、藤林はそれを意に介する様子も無く敬礼をして颯爽とこの場を去っていった。彼女の部下達も、それに続く。

 そしてその後ろ姿を、寿和はジッと見つめていた。

 

「和兄貴、あの人は兄貴の手に負える人じゃないから諦めなって」

「……いや、そういうんじゃない」

「…………?」

 

 エリカからしたら随分と珍しい兄のシリアスな表情に、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 

 

 *         *          *

 

 

 天井や壁が崩落し、照明も落ちてしまったためにほとんど暗闇に包まれた地下通路。

 シェルターへと続く道を塞ぐ瓦礫の山を前に、よねは途方に暮れていた。

 

「……しまったな、完全に取り残された」

 

 状況に反して、彼女の声色は呑気なものだった。

 天井が最初に崩落したとき、よねは集団の最後方にいた。警察官たる自分が市民より先にシェルターに入るなど言語道断という意識が働いたのか、避難者の安全を確認してから最後にシェルターに入ろうと思っていたのである。

 なので廿楽によって一時的にトンネルが作られた後も彼女は後ろから避難者の誘導を続け、そして再び崩落が始まったとき、シェルターには間に合わないと判断したために後ろへと走り出したのである。

 つまりこの状況は彼女自身が選択した結果であり、だからこその呑気な態度なのかもしれない。それに(寿和の心配とは裏腹に)彼女にとってこの程度のピンチは何度も経験しており、今まで無事だったのだから今回も何とかなるだろう、と根拠も無く楽観視していたのも要因だろう。

 なのでよねは、すぐに意識を切り替えた。

 

「……仕方ない、とりあえず他の出口から地上に出るか」

 

 よねはそう独りごちると、踵を返して地下通路の奥へと走り出した。

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