嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第65話「みんなで出来ることをするゾ その2」

 国際会議場から魔法協会支部が入っている横浜ベイヒルズタワーへ向かうには海岸沿いに進む方が近いが、内陸寄りの道を使ってもそれほど遠回りになるわけではない。敵の主力は国籍不明艦が吐き出す上陸部隊であり、市内に潜伏していた兵力も海岸沿いで活発に活動している状況だ。

 藤林の命で克人を乗せたオフロード用車両を運転する音羽伍長は、後部座席に座る克人に「迂回しますか?」と尋ねた。対する克人の回答は「ノー」であり、故に車両は砲火の飛び交う海寄りの道路を最短経路で突っ切っていた。

 ベイヒルズに、そして山下埠頭に近づくにつれて、敵は重武装化していく。侵攻軍の機動兵器(つまり直立戦車)を見掛ける頻度も少しずつ上昇し、脇道に待機する多連装ミサイルランチャーを担いだ小集団の姿も散見される。

 

 と、その小部隊から克人の乗る車両めがけて、対戦車ミサイルと思しき4発の携行ミサイルが発射された。

 いくら初速の遅いミサイルといえど、オフロード用車両で躱せる状況ではない。しかしハンドルを握る音羽伍長に動揺は無く、助手席の楯岡軍曹も風防越しにオートライフルを携える。

 ミサイルは、車両前方5メートルの空中で爆発した。爆炎が容赦無く車両に襲い掛かるが、炎は車両と一定の距離に近づいたところで急激にその矛先を変え、まるで意思を持ったように炎は車両を避けて後方へと流れていく。

 そうして炎は消え去り、透明な防壁に守られた車両が無傷で姿を表した。

 すると今度は、車両側から銃弾の雨が横殴りに撃ち出された。こちらは透明な防壁を難なく通り過ぎ、国籍を明らかにする紋章は無いものの統一されたデザインの野戦服を身につける敵兵を薙ぎ払っていく。

 

 外からの攻撃は通さず、中からの攻撃は妨げない。

 指向性を有するこの防壁は、言うまでもなく克人が作り出したものだ。自分を中心とした半球面状の薄い空間を、一定量以上の熱量と酸素分子より大きな物質の侵入を許さない性質へと改変する魔法技術は、たとえ高速で移動する車両の上でもまったく揺らがなかった。

 十文字家の持つ異名は“鉄壁”。

 音羽も楯岡も、この短い時間でそれが持つ意味を実感していた。

 

 

 *         *         *

 

 

「……で、なんで和兄貴がここにいるわけ?」

「おいおい、随分な言い草だな。愛する妹の窮地に駆けつけるのは、心優しい兄としては当然のことだろう?」

「心優しい? どの面下げてそんな空々しい台詞を」

「こらこら、エリカ。女の子が“どの面”なんて汚い言葉を使ってはいけないよ」

「アンタが! 今更! このアタシに! お嬢様らしく振る舞えなんて言えた義理!?」

「やれやれ、悲しいなぁ……。俺はこんなに妹のことを愛しているのに」

 

 駅前広場の片隅で、千葉兄妹による心温まるとは程遠い会話が繰り広げられていた。ちなみに現在、駅前広場では直立戦車をどかしてヘリの発着スペースを確保、ついでに直立戦車のパイロットを引っ張り出して尋問する作業をしているのだが、2人はそのどちらにも向いていなかったのであぶれてしまっていた。現役警官が尋問に向いていない、というのは些かどうかと思うが。

 エリカの表情がいよいよ冷たいを通り越して氷のようになってきた辺りで、寿和はフゥッと大きな溜息を吐いて彼女を見遣った。ニヤニヤと含みを持たせた笑みと共に。

 

「良いのかエリカ、そんな態度で? せっかく良い物を持ってきたというのに」

「いらないわよ、そんなの」

「まぁまぁ、そう言うな。今のおまえには必要なものだ」

 

 寿和はそう言って、自分が乗ってきたワゴン車から何かを取り出した。細長い袋に入った緩やかなカーブを描く長い得物に、胡散臭げに彼を眺めていたエリカの目が見開かれる。

 袋から取り出したそれは、エリカの身長を軽々上回る全長180センチの大太刀だった。刃渡りだけで140センチもするそれは、太刀にしては極端に反りが少ない。

 

大蛇丸(オロチマル)……! なんで――」

「愚問だぞ、エリカ。大蛇丸は“山津波”を生み出すための刀だ。だったら“山津波”を使える奴が持つのが道理だ。そして“山津波”を使えるのは、親父でも修次でも、ましてや俺でもない。今の千葉家で“山津波”を使えるのは、エリカ1人だけだ。――故に大蛇丸は、おまえのための刀だ」

 

 寿和から説明されながら渡されたその刀を、エリカは震える手で受け止めた。白兵専用の武器を製造している千葉家が、雷丸(イカヅチマル)と並んで刀剣型武器デバイスの最高傑作と自負するほどの秘密兵器。たとえほんの一時だとしても自由に振るうことが許されたことに、エリカは心奪われたように刀に魅入っていた。

 

「自分の分身である愛刀を手にしてそんなに嬉しいか、エリカ? たとえ親父がどう思おうと、修次が何を考えていようとも、やっぱりおまえは“千葉家”の娘だよ」

「……今回は礼を言ってやるわ」

 

 そんな捨て台詞を残して足取り軽く去っていく妹の姿に、寿和は楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 一方その頃、パイロットを引きずり出した直立戦車のコックピットには、上半身を突っ込んだ五十里が敵の正体を特定するものが無いか確認していた。

 

「五十里くん、何か分かった?」

 

 真由美の問い掛けに、五十里は上半身を引き抜いて首を横に振った。

 

「駄目ですね。僕もこういった兵器に詳しいわけではありませんが、中古市場に出回っている旧型機だと思います。国籍を特定するのは難しいでしょう」

「兵器にも中古市場があるの?」

「ありますよ。局地戦や途上国の内戦では、大戦期の兵器が今でも現役です。――とはいえ、同盟国の兵器の方が中古でも手に入りやすい、という事情もあります。この兵器は東欧製なので、大亜連合の工作員である可能性は高いでしょうが……、やはりパイロットから直接聞き出すのが確実でしょうね」

「やっぱりそうよね……。――あ、摩利が戻ってきたわ」

 

 パイロットの尋問を担当していた摩利がこちらに戻ってくるのに気づいた真由美が、五十里(と彼にピッタリ貼りついている花音)と別れてそちらへと向かった。

 

「どうだった?」

 

 その質問に、摩利は悔しそうに首を横に振った。

 

「だんまりだ。こうなることが分かってたら、もっと強い香水を持ってくるんだったな」

「仕方ないわ。薬を使わない、というのが関本くんを尋問する条件だったから」

「……いっそのこと、拷問でもしてみるか」

「ちょっと、それはいくら何でも――」

「分かっている。ちょっとした冗談だ」

 

 それにしては目つきが随分と真剣に感じたのか、真由美はまっすぐ疑いの眼差しを摩利に向けている。

 居心地の悪さを感じた(その時点で白状しているようなものだが)摩利は、逃げるようにその場を離れ、少し離れたベンチで携帯端末を見つめる鈴音の下へと向かった。もちろん彼女は1人でサボっているわけではなく、端末に周辺の地図を映し出して今の状況を確認しているのである。

 そしてそんな彼女の隣にほのかが座り、光を屈折させる魔法で足元の地面にその地図を投影していた。縦3メートル、横4メートルの大きさのそれは低高度偵察機並みに鮮明で、桜木町から山下町までの海岸通り地区の詳細を俯瞰で把握できる。これだけの映像を光の屈折だけで再現するなど摩利でも記憶に無く、もはや別種の魔法と考えた方が良いくらいだ。

 

「鈴音、そっちは何か分かったか?」

「はい。――光井さん、お願いします」

 

 鈴音がほのかに指示を出すと、彼女は「はい!」と返事をして自身が投影する地図に赤い点を打ち始めた。

 それを見ていた摩利は即座に、それが現在戦闘が行われている地点を意味していると悟った。

 

「戦線が派手に広がっている割には、兵力が少ないように見えるな」

「現在、戦線と呼べるものは存在していません。内陸部で行われている戦闘は、全て点で展開されています。おそらく潜入したゲリラ兵が交通や通信を麻痺させ、上陸部隊が直線的に目標を制圧するスタイルだと思われます」

「リンちゃんの言う通りだとして、敵の目標って何かしら?」

「1つは真由美さんの推測通り、魔法協会支部のデータベースでしょう。もう1つは脱出を試みている市民を狙っているようですが、こちらはおそらく人質を目的としたものでしょう」

「人質、か……」

「もし市民の殺傷を目的とするならば、揚陸艦ではなく砲撃艦で侵入するでしょう。人質交換か身代金か、目的は不明ですが……」

「ということは、少なくともいきなり砲弾やミサイルが飛んでくることはないということか?」

「おそらくは。しかし人質が目的なら、おそらくここも標的になる可能性が高いですね」

 

 そう言って鈴音が視線を遣ったのは、改札前に集まった市民だった。最初にここに来たときに集まっていた市民は未だに眠っているが、こうしている間にもシェルターに逃げ遅れた市民が次々と集まり、その数を増やしていく。

 

「さっきの響子さんの話からすると、鶴見の援軍はそろそろ到着するはずだわ。ルートからして瑞穂埠頭に集まった人達を保護して余った戦力で掃討戦、という手順になるはず」

「はい、私もそう思います」

「となると、守りの薄いここに流れてくることになるな」

 

 摩利の言葉に、真由美も鈴音も力強く頷いた。

 

「よし、分かった。――集合!」

 

 摩利が広場中に響き渡るほどの大声で呼び掛けると、その場にいた全員が作業を中断して摩利の下に集まってくる。

 

「敵はおそらく、ここに集まってくる市民を人質に取ることが予想される! 真由美と北山が輸送ヘリを用意してくれたから、それが到着するまで敵をここに寄せ付けてはいけない! 今から幾つかのグループに分かれて、ここを守り通すぞ!」

「――――はいっ!」

 

 摩利の呼び掛けに、全員が戦意を顕わにする強い眼差しで返事をした。

 

 

 *         *         *

 

 

 国際会議場の大型特殊車両専用駐車場は現在、第三高校の生徒とゲリラ兵が衝突していた。激しい戦闘の末、三高の生徒のほとんどが戦闘不能に陥っている。

 しかしそれは、ゲリラ兵にやられたからではなく、

 

「ちょ、一条! 少しは手加減してくれ!」

「先輩こそ、下がっていてください!」

 

 将輝の攻撃によって繰り広げられている光景に、皆が吐き気を催していたからである。

 彼の得意とする魔法は“爆裂”。対象物内部の水分を瞬時に気化する魔法である。もしそれを人体に対して使えば、血漿が瞬時に気化して、その圧力で筋肉と皮膚が弾け飛ぶ。

 先程から駐車場では、ゲリラ兵による真っ赤な花火が地上で次々と咲き誇っていた。彼が敵を1人屠る度に、敵も味方もどんどん戦意が下がっていく。将輝としては『この程度で気分が悪くなるようなら、最初から戦場に立とうと考えるなよ』と言いたい気分だが、いくら歴戦の兵士だとしても人間が破裂して鮮血を撒き散らす光景を見て平然としていられるだろうか。

 そうやって敵を片づけてきた将輝だが、ふいに敵軍の攻撃が途絶えたことに気がついた。彼には情報を手に入れる手段が無いので、戦線と呼ばれるものが存在しないほどに敵陣が薄いことが分からないのである。

 

「……もう終わりか?」

「終わりかどうかなんて、僕達には分からないよ。でも、脱出するなら今だ」

 

 将輝の独り言に答えたのは、いつの間にか彼の背後にいた真紅郎だった。ちなみに彼以外の三高生徒は、すでにタイヤの交換を終えたバスの近くに集まっていた。将輝を放っておいて。

 

「行こう。できるだけ早く出発した方が良い」

 

 真紅郎のその誘いに、将輝はCADをホルスターにしまって振り返り、首を横に振った。

 

「……いや、俺はこのまま魔法協会支部に向かう」

「そんな、無茶だ! そもそも、何のために!」

「もちろん、援軍に加わるためだ。協会の魔法師がこの状況を黙って見ているはずがない。義勇軍を組織して防衛戦に参加しているだろう」

「だからって――」

 

 将輝が参加する必要は無い、と続けようとした真紅郎は、

 

「俺は“一条”だからな」

 

 当たり前のように放たれた将輝の言葉に、それ以上続けることができなかった。

 

「俺達十師族の人間は、魔法協会に対する責任がある。一条家の長男として、この状況で自分だけ逃げ出すわけにはいかないんだよ」

「……だったら、せめて僕も――」

「ジョージは、みんなを無事に脱出させてくれ。先生や先輩達だけでは、戦場となったこの街から無事に脱出できるかどうか心配でならない」

 

 そう言って、将輝は真紅郎に背中を向けた。これ以上何も言うことは無い、と言いたげに。

 

「……分かったよ。その代わり、将輝も必ず戻ってきてよ」

 

 将輝は僕にとってたった1人の“将”なんだから、と真紅郎は心の中で付け加えた。

 それを知ってか知らずか、将輝は振り返らずに片手を挙げて応え、1人戦場の奥地へと突き進んでいった。

 

 

 *         *         *

 

 

 独立魔装大隊は、独立した作戦単位として名前こそ“大隊”となっているが、構成人数はせいぜい2個中隊の規模でしかない。それに今回は元々魔法技術を利用した新装備の運用テストのために出動準備を行っていたため、導入された人員は50名ほどであり、その人数分の装備だけがトレーラーに搭載されている。

 

「どうだい、特尉! 防弾・耐熱・緩衝・対BC兵器はもとより、簡単なパワーアシスト機能も設計通りに組み込んでいる! 飛行ユニットはベルトに搭載、緩衝機能と組み合わせて射撃時の反動相殺としても機能するように作ったから、空中での射撃も思いのままだ!」

 

 まるで深夜のテレビショッピングのような真田大尉の説明を聞きながら、彼が開発した新装備である“ムーバルスーツ”に身を包んだ達也が自身の体を見つめていた。プロテクター付きのライダースーツのような外観にフルフェイスのヘルメットという、すべて着用すると全身が黒で包まれるデザインとなっている。

 

「お見事としか言い様がありません。自分が設計した以上の性能です」

「いやいや、僕としても良い仕事をさせてもらったよ」

 

 そのままガッシリと握手を交わす2人に風間少佐が近づいて咳払いをすると、真田は我に返ったように手を離して上官に敬礼をした。

 

「さてと、特尉にはさっそく任務を言い渡す。瑞穂埠頭へ通じる橋の手前で、敵部隊の足止めをしている柳の部隊と合流してくれ」

「柳大尉の現在位置は、バイザーに表示可能だよ」

「了解しました」

 

 マスクの情報から柳隊との相対位置を確認し、達也はトレーラーの外へと勢いよく飛び出した。その勢いが消えない内にベルトのバックルを叩き、飛行魔法用のCADを作動させる。

 軽く地面を蹴った達也の体は、そのまま空へと駆け上がっていった。

 

 

 

 

 瑞穂埠頭へと向かうその部隊は、機動性を重視した装輪式装甲戦闘車両6台から成る2列縦隊だった。彼らが目指しているのは、海路による街からの脱出を図る民間人が必ず通るであろう大きな橋だった。ちょっとした障害物などいとも容易く踏みつぶすそのパワーは、市街地においてはまさに脅威といえるだろう。

 そんな装甲車の行く手を阻むように現れたのは、アーマースーツとヘルメットを着用した1人の兵士だった。他に仲間も武器も見当たらないことから、装甲車は砲塔から火を噴くこともなくキュラキュラと突き進んでいく。おそらくその巨大な車輪で踏み潰すつもりなのだろう。

 

 しかし、何の勝算も無く彼が1人でやって来るはずはない。その男・柳連(やなぎむらじ)は獰猛な笑みをヘルメットの裏に隠しながら、銃剣付きのライフルを模したCADの引き金を引いて、すぐさま遮蔽物の陰へとその身を隠した。

 まっすぐに上がった土埃が道路を直線に刻んだ次の瞬間、その直線に触れた装甲車の車輪がフワリと地面から離れた。直線の東側を走っていた装甲車が西側を走る別の装甲車にのし掛かるように横転し、地面を揺るがすほどの轟音を辺りに響かせる。

 加重系魔法“千畳返し”。地球の重力を南北に走る“線上”で瞬間的に遮断することにより、対象物が地球自転の遠心力に引っ張られて横転するという魔法である。相手の運動ベクトルを利用して戦う白兵戦技術に優れた古式術者の柳が、CADという現代魔法の技術により大規模で高速な魔法を可能にしたことによって誕生したものだ。

 

 装甲車が横転した瞬間、空中に飛び出した別の魔法師がライフル形態のCADから銃弾を発射した。貫通力を向上させる魔法を付与された銃弾が、横転したことで晒される装甲車の底面部にある燃料タンクを撃ち抜き、装甲車は爆発して跳ね飛んだ。

 その衝撃によって、のし掛かられていた装甲車も押し潰された――かに思えたが、意外にもその姿には傷1つついていなかった。どうやら敵の中に反発の魔法を得意とする者がいるらしく、機銃砲塔が上を向いたかと思うと即座に大口径の機銃弾がばらまかれた。

 宙に浮いていた魔法師の内2人がその攻撃を食らい、体勢を崩して地上へと落下していく。アーマースーツのおかげで体が千切れるまでには至っていないが、一刻を争う大怪我であることに変わりは無い。

 

 と、ここで柳が再び遮蔽物から姿を現すと“千畳返し”を発動させた。敵も負けじと防御魔法を展開させるが、柳の魔法は地球の重力に働きかけるものであって対象物の情報に干渉するものではないので、敵の装甲車は激しく横転し、その衝撃で防御魔法も解除された。

 その隙を狙って空にいる魔法師が狙撃、装甲車の燃料タンクを貫いて残りの3台も最初の3台の後を追った。

 

 

 

 

 飛行魔法によって達也が空からやって来たのは、最初の戦闘が終結して柳が怪我人の応急処置に当たっていたときだった。本当ならば達也がその戦闘に助太刀で入ることも考えられたのだが、さすがは独立魔装大隊に選ばれるだけはある、といったところか。

 達也は柳の傍に下り立ってサッと敬礼をすると、スーツを脱がされて横たわっている負傷者を覗き込む。

 

「撃たれたんですか?」

「あ、ああ……。一応弾は抜いてあるが――」

「どいてもらえますか?」

 

 達也は柳の返事を聞かずに膝を折って負傷者に近寄ると、左腰から銀色のCADを取り出した。

 

「待ってくれ、特尉! その魔法は――」

 

 そして柳の言葉を無視して、達也はCADの引き金を引いた。負傷者の低い呻き声が安らかな吐息へと変化し、その代わり達也の閉ざされた口から奥歯の軋む微かな音が聞こえ、彼の額に脂汗が滲み出る。そして達也は小さく息を吐くと、もう1人の負傷者にも同じことを繰り返す。

 

「……大丈夫か、特尉?」

「ご心配には及びません」

 

 達也の語気を強めた返事は、柳の()()()を不要だと告げるものだった。そんな彼にいつまでも申し訳なさそうにするのは逆に失礼だと思った柳は、即座に気持ちを切り替えてその感情をスッと打ち消した。

 そしてそんな彼を敢えて無視して、達也は装甲車の残骸に登って中を漁り始めた。

 一辺30センチほどの立方体を発見したのは、それから程なくしてのことだった。

 

『どうやら“ソーサリー・ブースター”を見つけたようだね』

 

 カメラが取り付けられたディスプレイから聞こえる真田の声に、達也は九校戦で“無頭竜”の幹部を拘束したときに藤林から聞かされた話を思い出した。

 取っ手以外にこれといった装飾も無い箱に、達也は訝しげに眉を寄せる。

 

「ただの箱に見えますが」

『接続も操作も全て呪術的な回路で行われるから、機械的な端子は存在しないんだ』

「装甲車の対物防御魔法は、ブースターで増幅されていたということか?」

『その通り。憶測に過ぎないけど、間違いないだろうね』

 

 柳の推測に真田が同意を示すと、柳は口元に笑みを浮かべた。

 

「これで敵の正体がハッキリしたわけだ。まぁ、最初からそれ以外の可能性は無いが」

『証拠というには弱いけど、僕達は警官でも判事でもない。それに分かったからといっても、対応が変わるわけでもないしね』

「それで、港に停まってる大亜連合の偽装戦闘艦はどうする? 撃沈するか?」

『港内で撃沈するのはまずい。港湾機能に対する影響力が大きすぎる』

「では、乗り込んで制圧しますか?」

 

 真田を押し退けて画面に割り込んできた風間と柳が話す横で達也は、この少人数で敵艦に攻撃を仕掛けるのが規定事項になりつつあるな、と若干呆れ気味に思った。今更ながら達也は、彼らが冗談の通じない、というか冗談のような無茶を日常的に押し通している人種だということを改めて思い知った。

 しかし今回は、柳の問い掛けに風間が首を横に振った。

 

『それは後回しだ』

 

 もっとも、達也の考えが否定されたわけではなかったが。

 

『特尉。駅前広場にて、民間人が避難民脱出用のヘリを手配しているとの情報が入った。現在地点の監視を鶴見の先行部隊に引き継いだ後、駅へ向かい脱出を援護せよ』

「了解しました」

 

 柳と共に敬礼をしながら、随分と勇気のある民間人がいたものだ、と達也は秘かに感心していた。自分が脱出するついでとはいえ、この状況で他の民間人も一緒に連れて行こうと考えられる者はそうそういない。

 なので、

 

『ちなみにヘリを呼んだ民間人の氏名は、七草真由美と北山雫だ。両人から要請があった場合は、助力を惜しまぬよう全員に徹底してくれ』

 

 思わぬところで聞き覚えのあるどころではない名前が耳に入ってきたため、達也は思わず咳き込みそうになった。

 しかしすんでのところでそれを押し留め、達也は飛行魔法を展開して地面を強く蹴ろうと脚に力を加えて踏み込んだ。

 まさに、そのタイミングでのことだった。

 

『~♪』

「――――!」

 

 頭上から突如聞こえてきたのは、電子音で構成された軽快な音楽だった。街中の様々な場所から一斉に発信され、達也の耳に届くまでに時間差のあるそれらが、まるで輪唱でもしているかのようにズレて重なって聞こえてくる。

 おそらくこの音楽は、防災無線を通して流されている。正午や夕方など決まった時間になると音楽を流すことでお馴染みのアレだが、今はその定時ではなく、さらに思わず体がリズムを刻みたくなるようなノリの良い音楽を流すものではない。そもそもゲリラ兵に街を侵攻されている現状で、避難勧告を指示することはあってもこんな音楽を流す正当な理由はどこにも無い。

 

『……何だ、この音楽は?』

『分かりませんが、どこかで聞いたことあるような……』

 

 ディスプレイの向こう側で風間と真田が困惑している中、音楽が短い前奏を終えて歌唱パートに差し掛かった。1人の成人男性と多数の子供達による合唱団が歌うその歌詞は、特撮物や昔のアニメ主題歌によくある、主人公の生い立ちや勇姿を紹介するというものだった。

 そして、この歌が紹介している主人公とは――

 

『ワーッハッハッハッハッ! アクション仮面、参上!』

 

 流れ続ける歌をバックに、高らかな笑い声と共にその人物は名乗りをあげた。20世紀末からシリーズが続いており、同一俳優が主演を務める作品物としては世界最長ということでギネスにも登録されている人気特撮シリーズの主人公の名を。

 しかし当然ながら、達也はそれを本物のアクション仮面だとは微塵も考えていなかった。彼は架空の人物であるし、そもそも今聞こえているその声は前に達也が聞いたことのあるそれと似ても似つかない。

 達也にとってその声は、アクション仮面などよりも遥かに聞き覚えのあるものだった。

 

『この声……、まさか、野原しんのすけか!?』

 

 2人の驚きと困惑は、そっくりそのまま達也も感じていることだった。

 これが本当にしんのすけの声だとしたら、彼はこの非常時に防災無線の基地局に潜り込んでこれを流していることになる。彼は確かに常識外れの行動を起こすことはよくあるが、こんな悪戯の一言では済まされない悪質な悪ふざけをしでかすような性格ではないはずだった。

 と、無線から流れる“自称アクション仮面”の言葉が尚も続く。

 

『横浜の街の平和を脅かす悪党共め! おまえ達の悪行もここまでだ! ――横浜のみんな! このオラ……じゃなかった、私が来たからにはもう大丈夫! 泥舟に乗った気持ちで待っててくれたまえ!』

『泥舟だと沈んじゃうよ、大船に乗せないと』

 

 自称アクション仮面の台詞の裏で、少年のような声が冷静なツッコミを入れていた。やけに小声だったのはマイクに入らないよう注意してのことだったのだろうが、現代のマイクは性能が良いので普通に拾い上げてしまっている。

 そしてこの声も、達也には聞き覚えがあった。彼の優秀な頭脳が、一瞬の内に記憶を引っ張り出して照合を終える。

 

 ――今の声、まさか代々木コージローか?

 

『悪党共! この私を倒したければ、横浜公園にある野球スタジアムまで来るが良い! 私はそこで待ってるゾ! ワーッハッハッハッハッ!』

 

 自称アクション仮面はそう言い残し、高らかな笑い声と共に無線を切った。軽快な音楽がブツ切りで途絶え、辺りは遠くから砲火の音が微かに聞こえる先程までの状況に戻った。

 今の無線の内容は、優秀な頭脳を持つ達也でさえ悩ませるものだった。そもそも「悪党を許さない」とか言いながら自分から奴らを倒しに行かず、むしろ向こうが指定の場所に来いというのはおかしな話である。そんなことを言ったところで、単なる悪戯だとゲリラ兵が切り捨てれば無視されてお終いで――

 

 ――だが、それを無視しないでやって来る奴らがいるとしたら……?

 

「少佐」

『特尉の任務は先程と変わらず、避難民脱出用ヘリの援護だ。他の者達もそれぞれに任務があり、余力を割くことはできない』

「……了解しました」

 

 胸の奥に燻る焦燥感を自覚しながら、達也は風間の命令に頷いて答えた。


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