嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第70話「横浜事変が終わったゾ」

「それでは、我々はこれで失礼します」

 

 スタジアムに軍服姿の男達がやって来たのは、戦闘が終結して数分が経過した頃だった。或る程度の事情は聞いているのか、それとも任務最優先で不干渉を貫いているのか、魔法科高校の制服姿の深雪達、そしてアクション仮面の格好をしているしんのすけには目もくれず、地面に転がる(チェン)とヘクソンを抱えると最低限の挨拶を残して足早にその場を去っていった。

 そうして彼らがグラウンドを出ていくまでの間、しんのすけはヘクソンのことをただ黙ってジッと見つめるのみだった。その表情からは感情が窺えず、彼が何を思ってそうしていたのかは分からない。

 しかし全員がそれを見ていたわけではなく、コージローはヘリから下りてきたエリカとレオと会話を交わしていた。その右手には、(リュウ)との戦闘でグニャリとひしゃげた刀が握られている。

 

「ごめん、千葉さん。千葉さんから借りた武器なんだけど、使ってたら壊れちゃったんだよね」

「あぁ、うん。貸したというかあげたようなものだから、それは別に大丈夫よ。……普通は曲がるどころか、刃毀(はこぼ)れもしない代物のはずなんだけど」

「つーか、ヘリからチラッと見えたんだけど、大の大人を漫画みたいに特大アーチでブッ飛ばしてなかったか? おまえ、本当に魔法師じゃないんだよな?」

「何を言ってるの、西城くん。当たり前じゃないか」

 

 と、会話に花が咲きそうなそのタイミングで、達也が「みんな」と呼び掛けた。

 全員の視線が、ムーバル・スーツとヘルメットで全身黒ずくめの達也へと集中する。

 

「しんのすけ達とも合流したことだし、皆はこのままヘリで横浜を脱出してくれ」

「おっ? 達也くんは?」

 

 真っ先にそう問い掛けたのは、やはりというべきか、しんのすけだった。

 

「俺はまだ“用事”がある。――何、心配はいらないさ。上空から見た通り、この街での戦闘はほとんど終結している。ちょっとした“野暮用”みたいなものだ」

「行きましょう、しんちゃん。みんなが横浜を無事に脱出してくれた方が、お兄様もきっとご安心なさると思うわよ」

 

 達也の言葉に続いて、まるで小さな子供を説得するような口調で深雪がそう呼び掛けた。

 しんのすけは少しの間、トレードマークである太い眉を寄せて考え込む素振りを見せていたが、やがて決心したように表情を引き締めて達也へと向き直る。

 

「達也くん、ちゃんと帰ってくるんだゾ」

「あぁ、分かっているさ。――レオとエリカも、またな」

「おう! しんのすけは俺達が責任持って連れていくから安心しろ」

「じゃあね、達也くん。また学校でね」

 

 しんのすけの言葉に達也が軽い口調で返し、レオとエリカもそれに合わせて笑顔で声を掛ける。それはまさしく、普段学校の最寄り駅で友人達と別れるときの遣り取りに酷似していた。

 そんな彼らの後ろで、深雪は無言で兄に向けて深々と腰を折って頭を下げ、そして上空を見上げると軽く右手を挙げて合図を出した。

 それに合わせて、何も無い(ように見える)空からロープが下りてきた。ロープの端は空中で途切れており、その辺りで陽炎が揺らめいている。深雪・レオ・エリカは既に体験したことだが、初めてそれを見るしんのすけとコージローは小さく「おぉっ」と感嘆の声を漏らした。

 

「よし、さっさとヘリに上がろうぜ」

「ほっほーい。――ところで、何か忘れているような……」

「野原くんも? 僕もさっきから、何かモヤモヤしてる感覚なんだよね」

 

 しんのすけとコージローが揃って首を傾げていた、そのとき、

 

「ちょ、ちょっとお待ちください!」

 

 バンッ、とグラウンドのドアが勢いよく開かれ、そこから黒髪黒スーツ黒サングラスの大柄な男性・黒磯が姿を現した。彼の体はあちこちが土埃で汚れ、スーツも所々がほつれて草臥(くたび)れているのが分かった。

 そして何より、普段は冷静沈着で感情をほとんど表に出さない彼が、しんのすけを見るや心底安心したという様子で表情を崩し、ほとんど泣きそうになりながら駆け寄ってきていた。

 

「ご無事で何よりです……! 論文コンペの会場で逃げられ、ゲリラ兵に追い回されながら街中を探していたときはどうなるかと……!」

「あぁ、ごめん黒磯さん、コッテリ忘れてたゾ」

「それを言うなら“すっかり”だよ、野原くん」

「わ、忘れ――!?」

 

 必死の思いでここまで辿り着いた自分に対してあんまりな一言に、黒磯はドシャリとその場に膝から崩れ落ちていった。

 それを後ろから眺めていたエリカ達は、同情を隠すことができなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 克人が指揮官としての役割を果たす義勇軍は、既に戦闘状態と呼べる状況ではなくなっていた。先程まで矛を交えていた敵は一部の足止め要員を除いて逃げてしまっており、そしてその足止め要員も生き残りは全て降伏している。

 と、そんな状況下で、克人の隣に侍る伝令役の青年(おそらく年齢は克人とそう変わらない)が、魔法協会支部を経由した情報を口にした。

 

「敵戦闘艦が離岸した模様です!」

 

 その報告に、克人は意外感で軽く眉を上げた。こうして視界に収まる範囲内でさえ、敵兵の撤退は完了していないように見えたからだ。

 しかし現在この横浜は、北からは鶴見の大隊、南からはようやく到着した藤沢の部隊、西からは保土ヶ谷の駐留部隊とこれに合流した藤沢の支隊と、3方向から一斉に攻撃を仕掛けられている。さすがにこの猛攻には耐えきれなかったようで、敵艦は上陸部隊の収容を途中で切り上げ、慌てた様子で出港しているとのことだった。

 

「敵は残存兵力の収容を諦めたようです。掃討戦に移りますか?」

 

 そう問い掛ける伝令の目は、明らかに期待で輝いていた。苦戦を強いられ、少なくない仲間を犠牲にした直後とあっては、復讐に心を滾らせたとしても無理はないだろう。

 だからこそ克人は、力強く首を横に振って答えた。

 

「それは我々の為すべきことではない。後は国防軍に任せるとしよう」

「――分かりました!」

 

 その青年の口から、義勇軍全体に戦闘停止が触れられた。

 たとえその行動が、心から納得したわけではなかったとしても。

 

 

 

 

 敵艦が出港しようとするその光景は、瑞穂埠頭に向かう途中のエリアで侵略軍の迎撃に当たっていた柳大尉も確認していた。

 当然、それを見逃す彼ではない。逃げ遅れた敵兵を後詰めの部隊に任せ、自分達は直接敵艦を攻撃、航行能力を破壊する、と即座に周りの部下に指示を出した。とはいえ敵艦に直接乗り込んで内部から制圧することはせず、指向性気化爆弾のミサイルや貫通力増幅ライフルなどで遠距離から攻撃するのが狙いである。

 しかし彼らが今まさに飛び立とうとしたそのとき、通信機から制止の声が掛かった。

 

『柳大尉、敵艦に対する直接攻撃は控えてください』

「……どういうことだ、藤林?」

『敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させては、水産物に対する影響が大きすぎます』

 

 それを聞いた柳は、小さく舌打ちをした。

 なぜそんなことが分かる、とは問わない。1キロ以上の距離を置いて微弱な脳波パターンの違いから普通の魔法師とジェネレーターを見分けられる藤林にとって、放射性隔壁も無い容器に大量蓄積された燃料の分子構造を特定するのはそれほど難しくない。

 と、ここで通信の相手が藤林から風間隊長に変わった。

 

『退け、柳。敵残存兵力の掃討は鶴見と藤沢の部隊に任せ、一旦帰投しろ』

「了解です」

 

 “一旦”ということは、隊長の命令は作戦終了を意味するものではない。

 情報の少ない文章からそれを読み取った柳は、迷う素振りも見せずに移動本部への帰投を部下に命じた。

 

 

 *         *         *

 

 

 東京湾を脱出し、相模灘(さがみなだ)を南下中の大亜連合所属偽装揚陸艦の艦内は、安堵感に包まれていた。

 

「やはり日本軍は攻撃してきませんでしたね」

「ふん、奴らにそんな度胸があるものか」

「ヒドラジンの流出を恐れたのでは?」

「同じことだ。今更環境保護などという偽善に囚われているから、みすみす敵の撤退を許すことになる」

 

 艦長とその直属の部下が、そのような会話を交わしていた。自分達の状況を“敗走”と言わない辺りに、彼らの軍人としての心理が見え隠れしている。

 彼らは、たとえ人工衛星や成層圏プラットホームなど何らかの監視手段で追跡されていたとしても、自分達が攻撃を受けるなどとは微塵も考えていなかった。それはけっして油断などではなく、その気があるならとうに仕掛けているのがセオリーであるし、十キロ四方に敵の影も形も無く艦艇や航空機による追跡も行われていないことからも当然の結論だった。

 

「――憶えておれよ。この屈辱は倍にして返してやる」

 

 だからこそ、帰還を既定の事実として報復を誓う気の早い士官も、1人や2人ではなかった。

 そうした剣呑な雰囲気に包まれながら、揚陸艦は大島の東を通過しようとしていた。

 

 そしてその瞬間、艦内に警報が鳴り響いた。

 CADの照準補助システムにロックオンされたことを知らせるものだった。

 

「何事――」

 

 艦長の問い掛けは、最後まで紡がれることは無かった。

 甲板上に生じた灼熱の光球が、空気を加熱して衝撃波を発生させ、甲板を溶かして金属蒸気の噴流を生み出し、ヒドラジンを含めた全ての可燃物を一瞬で完全燃焼させ、巨大な炎の塊と化して艦を呑み込んだ。

 そしてそこには、何も残らなかった。

 

 

 

 

 ベイヒルズタワーの屋上には、現在4人の姿があった。

 独立魔装大隊隊長である風間少佐、そしてその部下である真田大尉と藤林少尉。

 そしてムーバル・スーツに身を包んだ、達也だった。

 

「撃沈しました」

 

 バイザーにリンクさせた成層圏監視カメラからの映像を確認し、達也が短くそう言い放った。先程まで構えていた大型ライフルの形状をしたCADの銃身を下ろし、知らず緊張していた体を弛緩させるように小さく息を吐いた。

 

 そのCADの名は、“サード・アイ”。長距離微細精密照準補助機能を強化しており、成層圏プラットホームや低軌道衛星とリンクして映像を受信する機能も備わっている、達也の“戦略魔法兵器”には欠かせないアイテムだ。

 そうして敵艦に向かって撃ち出されたその魔法の名は、“マテリアル・バースト”。

 達也が得意とする分解魔法の究極形であり、その効果は『質量をエネルギーに分解する』という単純明快なもの。しかしその威力は絶大で、質量を直接エネルギーに変換するため対消滅反応のようにニュートリノ発生によるエネルギーロスが起こることも無く、アインシュタイン公式の通りに質量を光速定数の二乗の倍率でエネルギーに変換される。

 今回、質量を分解するターゲットに選んだのは、船体のヒドラジン燃料タンクの直上にある甲板に付着した水滴だった。せいぜい50ミリグラム程度のごく微量の物体だが、これを質量分解することによって発生する熱量は、TNT換算にしておよそ1キロトン。

 揚陸艦を撃沈するには、あまりにも充分すぎる威力である。

 

「モニターを確認。津波の心配はありません」

「約80キロの距離で50立方ミリメートルの水滴を精密照準、“サード・アイ”は所定の性能を発揮しました」

 

 藤林が現場の状況を伝え、真田が(若干得意げな表情を隠せずに)風間に報告する。今回が“マテリアル・バースト”を実戦で使用する()()()()()()だったが、何ら滞りなく状況は終了した。

 

「ご苦労だった」

「ハッ」

 

 風間の労いに、達也は敬礼で応えた。

 その目には、揚陸艦を丸々呑み込む大爆発を引き起こしたことへの気負いは一切無かった。

 

 

 *         *         *

 

 

 戦闘終了が宣言され、国防軍の兵士達によって入口の瓦礫が撤去されたことで、駅の地下シェルターに閉じ込められた避難者がようやく救出された。日もとっくに暮れた夜遅くの出来事であり、その頃にはサキの魔法によって眠っていた人々もほとんど起きた後だったため、結果的にサキが国防軍に目をつけられる事態は避けられた。

 中に潜入していたゲリラ兵が国防軍によって連行され、疲れ果てた様子の市民達が国防軍に先導されて地下通路を歩いていく。その中には魔法科高校の生徒や教師、さらには魔法大学の教授や有力企業の重役といった顔触れも並んでいる。

 そしてそんな行列の最後尾に、あい・ボー・サキの3人が並んで歩いていた。

 

「何だかとっても長く寝ていた気分ですわね。具体的には2ヶ月くらい」

「あいちゃん、そういう発言はいけない」

「ごめんね、2人共。私のせいで……」

「サキちゃんは悪くありませんわ。下手に刺激したゲリラ兵達が悪いのです」

 

 肩を落としてしょげているサキを慰めるあいの横で、ボーが携帯端末の画面を覗き込んでいた。普段の彼の言動からは想像もできないほどに指を忙しなく動かし、恐ろしいスピードで自分達が閉じ込められていた間の情報を収集しているようだった。

 そしてその結果、例の騒動が彼らの知るところとなった。

 

「あいちゃん、これ見て」

「何かしら、ボーちゃん? ――『各地でゲリラ兵が暴れる非常事態の中で、特撮ヒーローを名乗る人物が防災無線を乗っ取ってゲリラ兵を挑発する悪質な悪戯が発生』……」

「えっ!? これって、もしかして――」

「おそらく、そうでしょうね」

 

 驚愕で目を丸くするサキに対し、あいは軽く肩を竦めるだけで反応がいまいち薄かった。

 

「あいちゃん、もしかして予想してた?」

「……しん様の性格と“主人公補正”を考えれば、こちらの思惑通り素直に横浜を脱出してくれるとは思ってませんでしたわ。さすがにアクション仮面を自称してゲリラ兵に呼び掛けるなんて派手な真似をするのは予想外でしたけど」

「でも、黒磯さんも一緒にいたんでしょ? 止めなかったのかな?」

「逃げられたんでしょうね。――黒磯の処遇については、追々決めることにしましょ」

 

 溜息混じりでそう答えるあいの声色には、明らかに黒磯に対する怒りが滲み出ていた。しんのすけ単体でも大変なのにコージローも加わってしまっては、さすがに黒磯といえども相手が悪かったと言わざるを得ないのだが、長年彼を秘書兼運転手として扱き使ってきたあいには関係無かった。

 と、ここであいがパンと手を叩いて話題を変えた。

 

「さてと、せっかくですから論文コンペの話をしましょうか。そのために今日は横浜まで来たのですから」

「そういえば、結局第三高校は発表できなかったんだよね。カーディナル・ジョージの発表が気になるけど、それを抜きにして考えたらやっぱり第一高校が最有力じゃない?」

「僕もそう思う。あの核融合炉のシステムは画期的、実現性も高いと思う」

「そうね。確かに私が見ても、第一高校の発表は頭1つ抜けてたと思うわ。――もっとも、司波達也はまだ何か隠し持っていそうでしたけど」

 

 あいが付け加えたその台詞に、サキが「えっ?」と疑問の声をあげる。

 一方ボーは、平時の無表情のままだった。

 

「あの発表で提唱された核融合炉のシステムは、確かに実現性は高いですが安定性という点ではどうしても未知数なところがありますわ。そうなると仮にアレを建設するとしたら、安全を考慮して住民の少ない場所、例えば離島とか海上に造るのが一番反対が少ないでしょうね」

「……それで?」

「遠隔地に送電するロスを考えれば、核融合炉で得たエネルギーを直接送るよりも、別の燃料に変換するスキームを採用する方が効率的でしょう。つまりあの核融合炉はそれ単体の完成が目標ではなく、それを組み込んだシステム全体の完成が最終目標だと考えられるの」

「高校生の論文コンペだよ? そこまで現実的なことを考えるとは思えないけど」

「代表の3人はともかくとして、司波達也はそういうことも含めて考えるでしょうね。彼はそういう人物ですもの。――ボーちゃん、あなたもそう思うでしょ?」

 

 ふいに話を振ったあいに対し、ボーは間髪入れずに頷いて答えた。

 

「第一高校の発表を聞いてて、僕は『市原さん達はこの研究を通して、魔法師の社会的立場を向上させようとしている』と感じた。だとしたら、単純に核融合炉を造るだけじゃなくて、それを実際に運用する方法まで視野に入っているはず」

「魔法師の社会的立場、かぁ……。私はよく分からなかったなぁ」

 

 サキの正直な感想に、あいが思わず笑みを漏らし、そしてこう続けた。

 

「ふふ、ボーちゃんだからこそ分かることがあるのでしょう。――“汎用的飛行魔法”の魔法式を、完成まで後1歩のところでトーラス・シルバーにかっ攫われたボーちゃんだからこそ、ね」

「…………」

 

 ボーはあいの言葉に答えず、鋭い視線を彼女に向けるのみに留めた。

 そんな彼の、珍しく感情を露わにするような行動に、あいはますますその笑みを深くした。

 

「そんなに怒らないでくださいな。ちゃんと私は、ボーちゃんが優秀な技術者だと知ってますから。まぁ、しん様が使うCADの魔法とか、さっきしん様に渡した魔法補助スーツとか、多少趣味に走り過ぎるところがある気はしますが――」

「特撮ヒーローは男のロマン。再現したいと思うのが人情」

「……まぁ、“好きこそ物の上手なれ”という言葉もありますしね」

 

 半ば諦めるような口調で、あいはこの話題を切り上げた。

 多少思わないところも無いではないが、ボーにはこのまましんのすけを裏から支える立場でいてもらいたいのは彼女の本心だった。

 おそらくこれから、しんのすけを取り巻く“物語”は大きく動いていくことになるのだから。

 

 

 *         *         *

 

 

 時刻は午後12時を回り、日付は10月31日となった。世間ではハロウィンを連想させるこの日だが、キリスト教徒ではない達也にとっては特にこれといった感想は無い。

 彼が今いるのは、対馬要塞だ。今から35年前の第三次世界大戦の後期、大亜連合高麗自治区軍の襲撃を受け、住民の7割が殺されるという痛ましい事件が起きた。相手国を無闇に刺激しないためという理由で国境付近にも拘わらず最低限の守備隊しか置かなかったためであり、それを補うかのように政府は対馬奪還後この島を要塞化した。

 大規模な軍港、堅固な防壁、最新鋭の対空対艦兵装を備えたその基地に、達也を始めとした独立魔装大隊の面々が揃っていた。

 

「予想通り、敵海軍が出撃準備に入っている。――これを見てくれ」

 

 風間の言葉と共に壁一面の大型ディスプレイが映し出したのは、衛星から撮ったと思われる写真だった。そこには2桁に上る大型艦船と、その2倍にはなるであろう駆逐艦や水雷艇の艦隊が出撃準備に取り掛かっている。

 

「今から5分前の写真だ。おそらく、遅くとも2時間後には出撃するだろう。動員規模から見て一時的な攻撃ではなく、北部九州、山陰、北陸のいずれかを占領する意図があると思われる」

「本格的に戦争を始めるつもりでしょうか?」

 

 おそらくここに配属されたばかりであろう若い少尉から疑問の声があがるが、彼がそう解釈しても仕方のないことだった。

 大規模な海軍兵力の動員は、それが非戦闘目的であれば、たとえ領海内だけのものであっても周辺国に通告あるいは国際的に公表するのが慣例となっている。ましてや今回は、横浜に侵攻を仕掛けて数時間後というタイミングだ。そんな状況で相手が出撃(と見なされても仕方のない行動)の準備をしているのを、ただ黙って成り行きを見守るだけなどというのは有り得ない。

 

「既に動員を完了している敵艦隊に対し、残念ながら我が海軍は昨日より動員を開始したところだ。現状では敵の海上兵力に、陸と空の兵力で対抗するしかない」

 

 このままでは、苦戦は免れない。

 言外に示されたその意図に、反論する者はいなかった。

 

「そこでこれを打破すべく、我が独立魔装大隊は“戦略魔法兵器”を投入する。本件はすでに統合幕僚会議の認可を受けている作戦である」

 

 風間の言葉に要塞のスタッフが期待を込めた目を彼へと向け、独立魔装大隊のメンバーは心配そうな目を達也へと向ける。

 しかし当の本人――ムーバル・スーツとヘルメットとマスクという出で立ちをしている達也は、周りの人間に一切の感情を読み取らせない平然とした佇まいで、風間の説明する作戦内容を半分聞き流していた。

 けっして、達也が不真面目だからではない。

 彼の役目は“戦略魔法兵器”による攻撃だけであり、そしてそれだけ理解していれば充分だった。

 

 

 

 

 達也はムーバル・スーツを身につけたまま、第一観測室の全天スクリーンの真ん中に立った。これは衛星の映像を三次元処理することで、任意の角度から敵陣の様子を観察することができるようにしたものだ。今は達也の希望により、水平距離100メートル、海面上30メートルの高さから見下ろした映像を映し出している。

 そんな彼の手には、数時間前にも使用した“サード・アイ”が握られていた。

 

「大黒特尉、準備は良いですか?」

『準備完了。衛星とのリンクも良好です』

 

 真田からの問い掛けに、ヘルメットによって変調された声で達也が答える。

 

「“マテリアル・バースト”、発動準備」

 

 風間の声に、達也はサード・アイを構えた。

 その銃口の先にあるのは、鎮海軍港にある巨済島(コジェト)要塞の向こう側に集結した大亜連合艦隊。3次元処理された衛星映像を手掛かりに、艦隊の中央に位置する戦艦の旗艦に翻る戦闘旗に照準を合わせ、情報体(エイドス)へとアクセスする。

 

『準備完了』

「マテリアル・バースト、発動」

『マテリアル・バースト、発動します』

 

 風間の命令を復唱し、達也はサード・アイの引き金を引いた。

 対馬要塞の中から海峡を越えて、鎮海軍港へ。

 今回のターゲットは、軍港の奥に停泊する旗艦になびく戦闘旗。

 その質量、目算でおよそ1キロ。

 アインシュタイン公式に基づいて変換されるその熱量は、TNT換算で約20メガトン。

 

 その瞬間、旗艦の上に、太陽が生まれた。

 計測不能の高熱が船体の金属を蒸発させて重金属の蒸気をばら撒き、急激に膨張した空気は音速を超え、熱線と衝撃波と金属蒸気の噴流が、艦隊と港湾施設に容赦無く襲い掛かった。

 近くのものは人と物の区別無く蒸発し、少し離れた人や物は爆発して焼失し、海面は高熱に焙られて水蒸気爆発を引き起こした。竜巻と津波が生じて、対岸の巨済島要塞を呑み込んだ。巨済島が堤防の役割を果たさなければ、対馬や北部九州沿岸も津波の被害を免れなかっただろう。

 破壊は鎮海軍港に留まらず、衝撃波は周りの軍事施設に及んだ。不幸中の幸いだったのは、鎮海軍港周辺に民間人の居住する都市が存在しなかったことだろうか。

 

 灼熱の暴虐が収まった頃、そこには何も残っていなかった。

 

「敵の状況は?」

「……敵艦隊は全滅、いや、消滅しました。攻勢を掛けますか?」

「不要だ。以降の作戦を省略し、作戦行動を終了する」

「全員、帰投準備に入れ!」

 

 衛星からの映像に、対馬要塞のスタッフは1人残らず息を呑んだ。若い士官の中にはトイレに駆け込んで吐く者もいたが、誰もそれを咎めることはしなかった。独立魔装大隊の面々ですら、その青ざめた顔を隠すことができなかったのだから。

 

『…………』

 

 ただ1人、マテリアル・バーストを発動した張本人である達也だけが、一切の動揺を見せることのない冷めた目で、その映像に広がる地獄絵図を眺めていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 2095年10月31日。

 この日に起こった出来事は、後に“灼熱のハロウィン”と呼ばれるようになる。

 軍事史の、そして歴史の転換点と位置づけられているこの日は、魔法師という“種族”の栄光と苦難の歴史の、真の始まりの日であった。

 

 そして“2つの物語”が本格的に交わっていく、象徴的な出来事でもあった。

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