嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第71話「家族会議と悪巧みだゾ」

 11月6日。

 後世に“灼熱のハロウィン”として知られる日から、今日で1週間。

 

 大きめの武家屋敷調日本家屋。これが、門の外から見た四葉本家の特徴だった。一般家庭に比べたら確かに広く、“お屋敷”という表現をしてもしっくり来る。しかし七草家や一条家といった大邸宅と比べたら、質素でこじんまりとしている印象は拭えない。

 しかしそれは、四葉家の“秘密主義”が大きく関係していた。普通なら様々な要人を招く機会の多い十師族だが、四葉家ではそのようなことは無い。つまり普段から住む者とその親類くらいしか訪れる人がおらず、大邸宅ではかえって持て余すと考えているのかもしれない。

 他人事のようにそんなことを思いながら、達也と深雪は重厚な門を潜って四葉本家へと足を踏み入れた。

 

 外から見たら武家屋敷だが、中は近代的な洋風のデザインとなっている。2人は屋敷の執事によって、充分すぎるほどに広い応接室へと案内された。プライベートに使用される小さな部屋ではなく“謁見室”と呼ばれる公的な場に招かれたということは、今回2人を呼び出した四葉真夜(まや)は、叔母としてではなく“四葉家当主”として呼び出したことを意味する。

 深雪の記憶にある限り、今まで真夜は親族一同が揃う慶弔の場を除いて達也と顔を合わせることをしなかった。しかしこのタイミングで、深雪が同席しているとはいえ間近で顔を突き合わせるという事実に、深雪は不安と緊張で胸が詰まる想いを抱いていた。

 

「おや」

 

 と、中庭に面した窓を眺める達也がふと声を漏らし、深雪の意識が兄へと向けられる。

 

「お兄様?」

「黒羽の姉弟だ」

 

 即座に、そして僅かに驚きを含ませた声色で答える達也に、深雪も半端に腰を浮かせて窓へと目を向けた。

 2人が出てきた離れには、2人の祖母であり、司波兄妹の祖父の妹であり、現当主である真夜の叔母に当たる人物が住んでいる。弟の文弥が次期当主候補2番手であることを考えれば、祖母の住まいへご機嫌伺いに来たとしても不思議は無い。

 

「偶然でしょうか?」

「それは分からないが、俺達がここにいるのを知って素通りする2人じゃないとは思う」

 

 文弥は歳の近い兄貴分として、亜夜子は共に魔法の修行を乗り越えた戦友として達也を慕っている。さらに亜夜子は深雪に対して並々ならぬ対抗意識を有していることを考えると、確かに兄の言う通りだと深雪は納得した。

 しかし深雪が見たところ、離れを出たときの2人の表情は、単純に祖母に顔を見せた程度では説明できないほどに緊迫したもののように感じられた。遠くから見ただけなので勘違いの可能性も否めないが、深雪はどうにも胸のざわめきを抑えることができなかった。

 何となくそれを吐露したい気持ちのあってか、深雪は隣の達也へ顔を向けて口を開きかけ、

 

「――――!」

 

 達也がふいにドアへと向き直ったことで、深雪はハッとした表情で口を閉じた。表情にも背筋にも緊張が見える達也と同じように、ソファーから立ち上がってドアへと向き直る。

 やがて、

 

「失礼致します」

 

 形式的なノック、そして2人の返事も待たずにドアを開けたのは、如何にも執事然とした見た目初老の男性だった。その人物はこの家に勤める使用人の中でも1番の地位を持つ“執事長”の葉山であるが、彼は部屋に入ったもののそれ以上の口上は無かった。

 ただドアを開けるだけの役目なら、葉山ほどの人間がいちいち行うようなものではない。

 しかし兄妹のどちらもが、葉山のその行動に疑問を持つことは無かった。

 

「お待たせしました」

 

 果たして葉山に続いて部屋に入ってきたのは、この家の主人であり現四葉家当主・四葉真夜だった。ほとんど黒に近い色合いのロングドレスを身に纏い、異性を妖しく惹きつけずにおかない妖艶な魅力と、思春期の少女を連想させるような可愛らしさという相反した印象を同居させている。実年齢は40歳を超えているはずなのに、どう上に見積もっても三十代前半くらいにしか見えない。

 

「東京からわざわざ来てもらって、ごめんなさいね。どうぞお掛けになって」

「……失礼します」

 

 真夜が促し、深雪が彼女の正面にゆっくりと腰を下ろした。しかし達也は動かず、故に深雪の隣に立ったままとなっている。その光景はまさしく、真夜の隣に控える葉山と鏡合わせであるかのようだ。

 しかし誰もそれに触れることなく、ソファーに座る2人の前に白磁のティーカップが置かれる。

 真夜が話を切り出したのは、深雪に紅茶を勧め、自身もそれに口をつけた後だった。

 

「本日来てもらったのは、横浜事変に端を発する一連の軍事行動について、お知らせしたいことがありましたからですの」

「……お知らせしたいこと、ですか?」

 

 ソファーに座る座らないという遣り取りからでも分かる通り、この場では達也が真夜の許可無く発言することはできない。なので必然的に会話を促すのは深雪の役目となり、それに気づくのが遅れた深雪は返事をするのに1拍遅れた。

 そんな深雪に真夜は意味ありげな笑みを浮かべてから、こう言った。

 

「今回の軍事行動につきまして、国際魔法協会に“懲罰動議”が提出されました」

「えっ!」

 

 深雪は思わず大きな声をあげて驚き、対して達也はその表情をまるで崩さなかった。

 そんな達也に、真夜は視線を向けて尋ねる。

 

「あら、達也さんはあまり驚かないのですね」

「懲罰動議が出されていたとは知りませんでしたが、そのように落ち着いていらっしゃるところを見るに、すぐに棄却されたのでしょう?」

 

 達也の(ほとんど確信しており形式上での意味しか持たない)問い掛けに、真夜は面白そうに笑みを深くして頷いた。

 

「懲罰動議の内容は『1週間前に行われた鎮海軍港を消滅させた爆発が、憲章に抵触する“放射能汚染兵器”によるものではないか』というものでした。当然そのような事実は無く、あの魔法にもそのような効果は無いので国際魔法協会によってすぐにそれは否定され、よって懲罰動議も棄却されました」

 

 “放射能汚染兵器”とはその名の通り、放射能による環境汚染の恐れのある兵器を指す。兵器に限らずそのような効果を引き起こす魔法の使用も処罰の対象であり、そのような兵器の使用の疑いが強いと判断されれば、協会の手によって実行部隊となる多国籍チームを編成することになる。そうなればこれ幸いと各国が強力な魔法師をチームに推薦し、日本に送り込んでいたことだろう。

 しかし達也が使用した“マテリアル・バースト”は、放射性物質の残留が観測されるような魔法ではない。達也本人がそれを知らないはずも無く、故に彼のポーカーフェイスはそのような事態に発展することが無いと確信してのことだった。

 

「では、その爆発によって消滅した敵艦隊の搭乗員に“震天(しんてん)将軍”が含まれていて、戦死が確実視されていることはご存知ですか?」

劉雲徳(りゅううんとく)が、ですか?」

 

 しかし次に真夜からもたらされた情報は、思わず達也が表情を崩すほどのインパクトがあった。

 劉雲徳とは、それぞれの国が国威発揚を目的として公表している13人の“戦略級魔法師”の内の1人であり、大亜連合の威信を背負っていると言っても過言ではない重要人物である。“戦略級”と称されるだけあってその人物1人だけで戦局を大きく左右するほどの実力を持ち、だからこそ各国は彼ら(もしくは彼女ら)の動向に細心の注意を払っている。

 

「大亜連合は随分と厳重な情報管制を敷いていますけどね。でもまぁ、こうして“十三使徒”は“十二使徒”となりました」

 

 軍事バランス的にはかなりの重大ニュースを、真夜はいとも簡単に纏めてみせた。

 しかし真夜の話は、これでは終わらない。

 

「日本はこれに乗じて、大亜連合に対して大きな譲歩を引き出したいと考えているのでしょう。参謀長より五輪(いつわ)家に出動要請があり、佐世保に集結した艦隊に澪さんが同行しています」

「あの方が、軍艦に乗船されているのですか? お体に障るのでは……」

「それほどの奇貨だと考えているのでしょうね」

 

 驚きで思わず問い掛けた深雪に、真夜はあっけらかんとした様子でそう答えた。

 五輪澪。若干26歳でありながら、現時点で日本が公表している唯一の戦略級魔法師、いわば日本にとっての切り札的存在だ。しかしその強大な魔法とは裏腹に肉体面はかなり虚弱であり、20歳を過ぎた頃から少しでも体力の消耗を抑えるために車椅子での生活を余儀なくされ、大学を卒業後は実家の屋敷から出ることすらほとんど無い。

 

「こちらが劉雲徳の情報を掴んでいるように、向こうも澪さんの動向を掴んでいることでしょう。また未確定の情報ながら、ベゾブラゾフ博士がウラジオストク入りしたとの情報もあります」

 

 真夜のその言葉に、達也が再び驚きを顕わにした。

 “イグナイター”イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ。彼はソビエト科学アカデミーに所属する科学者であると同時に、新ソ連が擁する戦略級魔法師でもある。

 今までは示威にのみ使われ実戦に投入されることのなかった戦略級魔法師だが、ここに来て4人(達也は存在を秘匿されているので公には3人)が一気に動員されたことになる。

 

「ですが、これもおそらく大亜連合が掴んでいるでしょう。近日中に講和条約が締結される可能性が高い、と私は考えております。――大亜連合が後先考えない馬鹿である可能性を除けば、ですけどね」

 

 最後に付け足されたその言葉に、今まで仮面を被るかのように本音を隠していた真夜の素の感情が見えたような気がした。

 しかしそれも一瞬のことで、真夜は即座に若々しくも大人の可愛らしさと色気を兼ね備えた魅力的な笑顔で再びその感情を隠してしまった。

 

「しかし今回の鎮海軍港消滅は、多数の国が関心を寄せています。あの攻撃が戦略級魔法師の仕業だと当たりをつけ、術者の正体に探りを入れている国も1つや2つではないでしょう。――達也さん、あなたの正体を知られることは私達にとって大変好ましくない事態です」

「重々、承知しております」

 

 達也へと視線を向けながらそう話す真夜に、達也は深々と頭を下げてそう答えた。

 そしてそれを見て、真夜は演技とは分からないくらいに自然に顔を綻ばせた。いや、もしかしたら本心から満足して笑ったのかもしれないが。

 

「ご理解いただけて嬉しく思います。――それでは念のために、しばらく国防軍の方々との接触は控えるように。向こうとも既に話はつけていますので」

「……かしこまりました」

 

 横浜事変のように何かあれば達也の力を借りることに躊躇いが無い独立魔装大隊ではあるが、達也も達也で何かあれば彼らの力を遠慮無く利用している。なので彼らと接触できないのは色々と不便に感じる達也だが、四葉家当主である真夜から接触禁止を言い渡されてしまえば従わざるを得なかった。

 おそらくだが、わざわざ電話などではなく直接本家に呼び出したのも、これを伝えたかったためだろう。それを示すかのように、真夜は満足げにニッコリと笑って『四葉家としての話はこれで終わりだ』とでも言わんばかりに手を叩いた。

 

「さてと、久し振りに会うのだし、積もる話もあるでしょう。葉山さん、深雪さんをサンルームに案内してあげて」

「はい、かしこまりました」

 

 葉山は恭しく礼をすると、深雪へと歩み寄って「こちらへ」と促した。

 しかし深雪としては、ここで「そうですか」と素直に立ち上がれなかった。達也がそれに呼ばれないということは、真夜と達也がこの部屋で2人きりで対峙することを意味している。

 しかし深雪の不安そうな表情を敏感に悟った達也が、努めて柔らかい笑みを彼女へ向けた。

 

「心配するな、深雪」

「……かしこまりました」

 

 兄が自分の退出を望むのならば、深雪がそれに従わない選択肢は無い。深雪は真夜に向かって深く一礼すると、葉山と共に応接室を後にした。

 そして部屋には、達也と真夜のみが残された。

 

 すると今までソファーに座らず立ったままだった達也が、無言で真夜の正面に腰を下ろした。

 無言で。つまり、断りも無く。

 さらに背もたれに体を預けるその姿は、緊張や畏怖とは程遠いものだった。

 しかしそれを見る真夜の目に、達也の不遜を咎める色合いは無い。

 

「こうして向かい合うのは、随分と久し振りね」

「高校入学前が最後ですから、半年ほどになりますか。“随分”という表現を使うには、些か期間が短いのでは?」

「あら、私にとってはそれでも充分に長いのよ?」

 

 先程までと比べて随分と砕けた口調になっている真夜に、冗談めかしたように言葉を返す達也。

 そんな2人の姿は、甥をソファーにも座らせず立たせたまま話を聞かせていた先程までと比べると相当大きなギャップのある、しかし甥と叔母という関係で見れば実に健全なものだった。

 それこそ、その辺にいる普通の家族と同じかのように。

 

「せっかくですから、お茶でも如何?」

「自分にお茶など出しては、取り巻きの方々にうるさいことを言われませんか?」

「周りを気にする必要なんて無いわ。言いたい人には言わせておきなさい」

 

 達也が反論しようと口を開くのも待たず、真夜はテーブルの呼び鈴を手に取って鳴らした。

 防音対策が施されているであろう部屋の中で鳴らしたにも拘わらず、1分も掛からずドアがノックされて葉山が入室してきた。何らかの方法でこの部屋がモニターされていることに他ならないが、達也は慌てることなく座ったまま彼を出迎える。

 そしてそれを見た葉山も、血相を変えて達也を怒鳴りつけるなんて真似はしなかった。

 

「葉山さん、私にお茶のお代わりを。それから達也さんにも同じ物をお持ちして」

「かしこまりました」

 

 葉山が2人分の紅茶を持ってきて退室するまで、2人は一切会話を交わさなかった。部屋を重苦しい無言の空気が包み込むが、どちらも居心地の悪さを覚えている様子は無い。

 カップの紅茶に口をつけて、真夜はようやく本題を切り出した。

 

「今回はご活躍だったわね、達也さん」

「いえ、そのようなことは」

「でも()()()()()()()、困ったことをしてくれたものだわ」

「申し訳ありません」

 

 芝居染みた溜息と共にそう言う真夜に、これまた達也も形式的な謝罪を示した。僅かながら頭を下げるのみで、土下座とかテーブルに額をこすりつけるなんてことはしなかった。

 そしてそんな彼の態度に、それでも真夜は難色を示さなかった。

 いや、むしろ楽しそうに微笑んでいた。

 

「達也さんが気に病む必要は無いわ。()()()()()、今回の結果には非常に満足しています。あれだけ派手にやられたのだから、大亜連合もしばらくは“彼”に対して何かしようなどとは考えないでしょう」

「やはり大亜連合の目的は、しんのすけを拉致することが第一だったということですか?」

「そうなるわね。子供1人拉致するのに工作部隊を投入して大々的に侵攻するだなんて、大亜連合も随分とめちゃくちゃなことを考えるものだわ」

 

 溜息混じりでそう吐き捨てる真夜の言動には、普段は自身の感情を巧妙に隠す彼女にしては珍しいほどに侮蔑の感情が透けて見えた。

 そんな彼女に、達也が背もたれから身を乗り出して問い掛ける。

 

「2つほど、訊きたいことがあるのですが」

「答えられることでしたら、答えましょう」

 

 真夜の厚意に、達也は遠慮なく1つ目の質問をぶつけた。

 

「なぜ叔母上は、奴らの“真の目的”を知ることができたのですか? 大亜連合が横浜に侵攻するという動き自体もそうですが、実働部隊のほとんどが表向きの目的のみを聞かされており、真の目的については情報管理が徹底されていたはずです。そんな中で正確な情報を探り出せるとは、スパイでも潜り込ませているのですか?」

「生憎だけど、達也さんでも教えられないわ」

 

 さっそく“回答拒否”という結果となったが、達也は食い下がることなくあっさりと退いた。彼としても、真夜が馬鹿正直に教えてくれるとは思っていなかったのだろう。むしろペラペラと喋り出される方が困惑したに違いない。

 なので達也は、即座に2つ目の質問に切り替えた。

 

「奴らはなぜ、横浜事変を起こしてまでしんのすけを拉致しようとしたのでしょうか?」

「それだけのリスクを冒してでも手に入れたい、と考えたのでしょう」

「いえ、しんのすけを狙うこと自体は理解できるのです。俺が気になっているのは『なぜ穏便な方法を取らず、今回のような強引な手段に出たのか』ということです。“主人公補正”によって自身に危害が及ぶ可能性を考えれば、少しでも穏便な方法を取ろうと考えるのが自然なはずですが」

「そんなの、本人達に聞かなければ分からないでしょう?」

「確かにその通りです。そのうえで、叔母上の意見を頂ければ」

 

 そのまま突っぱねられる可能性も考えられたが、真夜は「そうねぇ」と顎に指を当てて考え込むジェスチャーをした。

 そうして真夜は、クスリと笑った。いや、嗤った。

 

「彼を刺激しないように穏便な方法を取るということは、自分達が彼の力に屈して怯えていることになる。奴らからしたらそんなの、それこそ死んでも認めることができないんじゃないかしら?」

「つまり、自尊心を優先した結果、ということですか?」

「あら、納得できない? 人間が常に合理的な判断ができるわけじゃない、というのはさすがにあなたも理解できるでしょう?」

「まぁ、確かにそうですが……」

 

 口ではそう言いながらも、達也はなおも首を傾げたままだった。

 そんな彼に、真夜はクスリと笑った。今度は侮蔑の感情は微塵も無く、それこそ何の事情も知らなければ愛しい我が子を見つめるかのような慈愛さえ見出せるかもしれない。

 しかし真夜はサッと表情を切り替えると、パンと小さく手を叩いた。

 

「さてと、今日達也さんに伝えたかったのは、そんなどうでもいいことではありません。――先の一件で達也さんがしたことについて『四葉にとっては困ったことをしてくれた』と言ったことは憶えていますか?」

「はい。何か具体的な問題が生じているのですか?」

 

 達也の問い掛けに、真夜は身を乗り出して彼の目をジッと見つめた。

 それに対抗するわけではないが、達也も同じように彼女の目をジッと見つめる。いくら彼女が絶世の美貌を携えていたとしても、彼が(深雪以外で)女性の美貌に心を動かされることは無い。

 そうして互いに見つめ合う中、真夜が口を開いた。

 

「“スターズ”が動き出しています」

 

 そうして彼女の口から飛び出したその言葉は、達也を一瞬硬直させるだけの威力を持っていた。

 

「それはつまり、アメリカ自体が動き出したということですか?」

「今はまだ、スターズが独自に調査を開始した段階です。しかし彼らは既に、あの魔法が質量をエネルギーに変換する魔法によって引き起こされたものであると掴んでいます。そして術者の正体についても、かなりの段階まで絞り込んでいます。――達也さんと深雪さんを容疑者の1人として特定するほどに」

 

 なんでそれを知っている、とは今更問わない。達也が不思議がるほどの真夜の“情報収集力”をもってすれば、世界最強の魔法部隊を自認するUSNA軍スターズの諜報活動の成果を、ほぼリアルタイムで探り出すことも可能なのだろう。

 

「とにかく、身の回りには気をつけなさい。アメリカの覇権を揺るがすと判断されれば、実力で排除に掛かってくる可能性もありますよ」

「それが四葉にも飛び火する可能性が出てくれば、更に別のところから刺客が送り込まれる、ということですね。肝に銘じます」

 

 達也の答えに、真夜は満足そうに笑みを浮かべた。

 そしてその笑みのまま、口を開く。

 

「あなたを退学させてしばらくここに謹慎させる、というのも考えたけど、せっかく“彼”とお友達になったのに離ればなれになるのは寂しいでしょ?」

「寂しいかどうかはともかく、今このタイミングで辞めれば自分がその犯人だと自白するようなものですし、第一深雪の護衛にも支障が生じますから現状維持が適当でしょう」

「そこはどうにでもなると思いますが……、まぁ良いでしょう。あなたは私の可愛い甥ですし、これくらいのワガママは認めてあげます。分家の皆様には私から説明しましょう」

 

 四葉の分家当主は(程度の差こそあれ)達也を本家の中心から遠ざけたいという考えで基本的に一致しており、その理由付けとなる失態を常に狙っている節がある。おそらく今回の件もそういった動きがあったのだろう、と達也は真夜のどことなくうんざりした表情で察した。

 と、真夜がその表情を固定したまま、その視線を達也へと向けた。

 

「もっとも私としては、スターズ以上に厄介なことになりそうな案件があるのだけれど」

「スターズ以上に、ですか? それはいったい……」

 

 スターズだけでも達也にとっては充分脅威だというのに、まだこれ以上の出来事があるというのか。達也としてはこのまま聞かなかったことにしたいところだが、他ならぬ真夜がここで話題に出した以上聞かないわけにもいかない。

 そんな感情を極力表に出さないように注意していた達也の耳に、こんな台詞が飛び込んできた。

 

 

「あなた達が頑張って捕まえてくれたヘクソンだけど、どうやら逃げられたみたいよ」

 

 

 *         *         *

 

 

『いやいや、横浜の件を聞いたときは心配だったんだが、周先生が無事で良かった良かった!』

「わざわざお電話も頂きまして、真にありがとうございます。お店の方は残念ながらしばらく営業できませんが――」

『あぁ、分かっておるとも! 営業再開が決まったら、真っ先に電話してくれたまえ! 我が社の宴会でパーッと派手にお祝いしてやろうじゃないか!』

「ありがとうございます。その際はぜひとも」

 

 工事の音と作業員の掛け声が微かに聞こえる、横浜中華街の中でも人気を誇る店の奥の事務スペースにて、店のオーナーである周公瑾が電話の相手と談笑していた。相手の大きな声に時折顔をしかめることはあっても、基本的に周の表情はにこやかな笑みで彩られている。

 それから数分会話は続き、やがて相手が『次のスケジュールがあるから』という理由で会話を切り上げ、電話を切った。周は携帯端末をポケットにしまうと、軽く溜息を吐いて高級ソファーの背もたれに深く体重を預ける。

 と、電話が終わったそのタイミングを狙い澄ましたかのように、部屋のドアがガチャリと開いた。しかしそれは店舗スペースへと繋がる表のドアではなく、さらに建物の奥へと続くもう1つのドアだった。

 

 そのドアから姿を現したのは、浅黒い肌と金髪碧眼という一目で純日本人ではないと分かる外見をしており、しかしそれ以上に抜き身の刀をそのままちらつかせているような剣呑とした雰囲気を纏っているのが印象的な男。

 先週の横浜事変にて、野球スタジアムで達也としんのすけを相手取り、そして深雪にやられたことで国防軍に拘束されたはずのヘクソンだった。

 

「お疲れ様でした、ヘクソンさん。何か軽く摘みますか?」

「いや、結構だ」

 

 周の問い掛けにもヘクソンは素っ気なく返し、彼が座っていたソファーの対面にどっかりと腰を下ろした。

 

「あなたが逃げ出したことで、奴らは今頃大騒ぎで捜索していることでしょうね。もっとも、100年前と同じように箝口令を敷いているようなので、大っぴらには動いていないようですが」

「一緒に捕まった(チェン)(リュウ)とかは、解放しなくても良かったんだな?」

「えぇ、構いません。――所詮彼らも、他の奴らと同じく“捨て駒”ですので」

 

 ハッキリとそう言い放つ周の表情は、彼らを“閣下”や“大人(たいじん)”と呼んでいたときとは比べ物にならないほどに冷たいものだった。

 

「それにしても、ヘクソンさんならばもしや行けるかも、と思っておりましたが、まさか魔法科高校の女子生徒にやられるとは……。やはり野原しんのすけの“主人公補正”は侮れませんね」

「忌々しいことだが、あの女に関しては私の力が完全に裏目に出た形となったな。あの女をあのスタジアムに近づけてしまったことが、今回の最大の敗因だ」

「ですがそれ以外に関しては、私の想像通りの結果となりました。――あなたがこうして、私の前に再び戻ってきたことも含めてね」

 

 周の言葉に、ヘクソンが彼へと視線を向けた。抜き身の刀のような鋭い目が彼を捉えるが、それを真正面から間近に浴びながらも周の顔は平然としたままだ。

 

「今回の一件で、朧気ながら見えてきました。やはり私の睨んだ通り、“主人公補正”は野原しんのすけだけが持つ固有の能力というわけではなく、正確には彼に近しい存在である様々な者達によって発揮されるものである。――そしてその“彼に近しい存在”というのは、かつて彼と敵対したことのある者達も含まれている」

「…………」

「奴を出し抜くためには、こちらも手駒を揃える必要がありそうですね。かつて彼と敵対したことのある者達、さらにはかつて仲間だった者も場合によってはこちらに引き込めるかもしれません」

「さっき電話していた相手も、その工作活動の一環というわけか?」

「いえいえ、あれは単にこの店のお得意様だというだけですよ。“金有電機”の社長なのですが、よく宴会でここを利用してくださるのです。まぁ、この間の九校戦のときには、あちらとの利害も一致したので少々協力させていただきましたが――」

「…………」

 

 どうにも周の話を聞き流している印象のあるヘクソンだが、当の周はそれを気にした様子も無く話し続けていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 真夜との話を終えた達也は、深雪が待つサンルームへと向かった。

 高級なカーペットが敷かれた廊下を静かに歩く達也に対し、時折擦れ違う女中はほんの少し会釈するだけで足も止めずに素通りする。仮にも現当主の甥への態度とは思えないが、分家を含めたほとんどの人間が達也を冷遇する雰囲気が使用人にも伝わり、自然とそれに倣う風潮が出来上がっていた。人によっては、会釈すらせずに完全無視を決め込むこともあるくらいだ。

 しかし達也はそんな彼女達に対しても、眉1つ動かすことは無い。彼女達の自分への態度など彼にとっては(強がりなどではなく本心から)どうでもいいと思っており、よって改めさせようという気すら起きない。

 現に、今の彼の関心事といえば、おそらくサンルームで自分の到着を待っているであろう深雪のことだけだ。

 

 そうして達也がやって来たのは、綺麗に手入れされた庭園に迫り出した部分が透明なガラスに囲まれた空間だった。太陽の光によって発生する熱を蓄えて冬場でも心地良い暖かさで空間を満たすことも、逆に夏場には光だけを通して外気の熱を遮断することもできるそこは、真夜もよく入り浸っているお気に入りの場所である。

 廊下を繋ぐドアが開いていたためそのまま部屋に足を踏み入れた達也は、自然の光を照明代わりにテーブルで紅茶を嗜む深雪をすぐに見つけ、

 

「あら、達也くん。お久し振りですね」

「ご無沙汰してます、――――桜井さん」

 

 空いた深雪のカップに紅茶を注ぐのは、実年齢は30歳を過ぎているはずなのにどう見ても20歳過ぎにしか見えない顔立ちをした女性・桜井穂波。全面的な遺伝子操作を受けた魔法師の受精卵から誕生した調整体魔法師“桜”シリーズの第一世代であり、生まれる前から四葉家に買われることが決まっていたという数奇な運命を持つ彼女だが、悲壮感などまるで無い優しい笑みを浮かべて達也を出迎えた。

 達也と彼女は、同じガーディアン同士ということもあって昔から良好な関係を築いていた。彼にとって敵の多い四葉家の中でも、彼女は完全に味方として分類される。

 そんな彼女がガーディアンとして仕えている人物というのが、

 

「久し振りね、達也」

「ご無沙汰しております、――――母上」

 

 現当主・真夜の双子の妹にして、達也と深雪の実母。20歳までの短い活動において数々の伝説を生み出し、様々な国家機関にて“忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)”の名で恐れられていたが、その後を境にパッタリと表舞台から姿を消し、現在の魔法師界では結婚・出産どころか生死すら不明となっている伝説の女性魔法師。

 一時期は“司波”の姓を名乗っていたその女性・四葉深夜(みや)が、サンルーム内の暖かな空気に包まれて紅茶を口にしていた。

 

「真夜との話は終わったのかしら?」

「はい。ですが、少ししたらこちらに窺うと仰っていましたので、まもなくやって来るかと」

「そう。別に来なくても良いのに」

 

 辛辣な深夜の言葉に達也が反応に困っていると、深夜が隣の椅子を引いて達也を見上げた。

 

「いつまで立ってるの。早く座りなさい」

「しかし――」

「良いじゃないですか、達也くん。せっかく顔を合わせたんですから、紅茶の1杯くらい」

「……分かりました」

 

 最終的には桜井の笑顔に折れる形となり、達也は深夜が引いた椅子に腰を下ろした。

 一連の流れを戸惑いながら眺めていた深雪だったが、兄と一緒に紅茶を飲めることが嬉しいのか結局はニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 そして彼をここに招き入れた深夜は、終始無表情で一切感情が見えなかった。

 

 “灼熱のハロウィン”から1週間経った、午後の出来事であった。




【作者メモ】
 原作ではこの後に“追憶編”となりますが、物語の都合上そちらをすっ飛ばし、次回から“来訪者編”へと入ります。
 けっして、テレビアニメの放映に間に合わせたかったわけではありません。けっして。
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