嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第78話「レオくんをお見舞いするゾ」

 レオの入院をメールで知り合いに一斉送信したエリカは、そのまま彼が入院している中野の警察病院へと向かった。学校を休むこと自体はそのメールに書かれているし、学校にも連絡を入れているため問題は無い。

 しかし、エリカの目的はレオの見舞いではなかった。いや、一応顔を合わせたのでその目的も無いわけではないのだが、彼女の主たる目的は違っていた。

 

「…………」

 

 エリカは現在、レオが入院している個室の前に置かれた長椅子に腰掛けていた。その表情はとても険しく、まるで部屋に怪しい人物が入ってこないか看視しているようだった。

 事実、彼女は看視していた。

 レオは“吸血鬼”と思われる存在に襲われた。そして生き残った。ならばその仲間が報復のために、あるいは自分達の正体に辿り着く恐れのある者を排除するために、レオを襲撃する可能性があった。それを迎撃するために、エリカはこうして朝から看視を続けているのである。

 

「…………」

 

 看視を始めて数時間が経った頃、レオの個室に2人の人間が訪ねてきた。エリカがその姿を見掛けたとき、ほんの僅かに目を見開き、直後に鋭く細められた。

 彼の病室にやって来たのは、七草真由美と十文字克人。成程、元生徒会長と元部活連会頭が見舞いに来たとなれば、自校の生徒が襲われて心配だったからという名目は立つ。彼らはもう自由登校なので、授業時間中にここへ来るのも問題無い。

 しかしレオは、生徒会にも部活連にも関わっていない。そんな生徒を、既に役職を退いている2人が揃って見舞いに来るのは少々不自然だ。まだ現役の生徒会長や部活連会頭が見舞いに来る方が自然だろう。

 克人は入口脇に座るエリカをチラリと見遣り、すぐに関心が失せたようにドアへと向き直った。真由美も愛想笑いの見本のような笑顔で会釈をして、すぐにドアへと向き直った。そのままドアをノックして入っていく2人を、エリカは止めなかった。

 

 2人が部屋に入ったところで、エリカは立ち上がってその場を去った。

 彼女が向かうのは、先程の個室から程近い場所にある事務室。ノックもせずに入ってきた彼女を、部屋の中にいた2人は気まずそうな表情で出迎えた。

 その人物とは、エリカの兄・千葉寿和と、彼の腹心・稲垣。寿和の頬が少し赤く腫れているのを見て、エリカはもっと殴ってやれば良かったと思った。この“馬鹿兄貴”が何の抵抗も無く殴られる機会なんてそうそう無い、積もり積もった恨みを少しでも晴らす機会を無駄にするべきでは――

 

「えっと、お嬢さん? 何か物騒なことを考えていませんか?」

 

 エリカの思考を遮って話し掛けてきた稲垣だが、エリカが冷たい刀のような鋭い目を彼に向けると、彼は即座に口を引き結んで視線を泳がせていた。

 明るい性格とコケティッシュな美少女ぶり、そして父や兄2人ですら使えない秘剣“山津波(やまつなみ)”を実戦で使いこなす実力によって、エリカは門下生の間でアイドル的人気を掴み取っている。そんな彼女に睨まれれば門下生の1人である稲垣は色々立場が悪くなるし、実質免許皆伝の腕前を持つ彼女に稽古の相手にでも指名されれば遊び感覚で小突き回されるに違いない。

 

「兄貴。あいつの所に、七草の直系と十文字の直系が来てるんだけど」

 

 何の用事か知ってるんでしょ、とエリカは無言の圧力を込めて寿和を睨みつけた。隣にいる稲垣はすっかり萎縮してしまっているが、寿和はそこまで妹に畏れ入るつもりは無い。

 

「西城くんと一緒に救出された女性が、七草家の家人(けにん)だったらしい」

「それだけ?」

「それ以上は詮索するな、と上からのお達しでね」

「霞ヶ関ならともかく、桜田門はこっちのフィールドでしょ」

「残念、俺達は霞ヶ関の人間なもんでね」

「ほんっと、使えない」

 

 舌打ち混じりで吐き捨てるエリカだったが、それ以上八つ当たりじみた真似はしなかった。

 

「盗聴器は?」

「部屋に入ってきた途端に壊された。“妖精姫”のマルチスコープが、ここまで高性能だとはね」

「部屋の外に仕掛けてたのは?」

「そっちは十文字家の音波遮断で無効化されました」

 

 寿和と稲垣の答えに、エリカはもはや文句すら口にしなかった。

 

「じゃあ推測で良いわ。心当たり、あるんでしょ?」

「……本当に推測でしかないぞ? どうやら七草は、被害者を隠匿しているようだな」

「隠匿? 死体を隠してるってこと?」

 

 いくら十師族が超法規的な権利を有しているとはいえ、大量殺人の捜査を邪魔するような真似をすることに、エリカは疑問を禁じ得なかった。

 しかしエリカも頭が回る方だ。すぐに裏の意図に思い至った。

 

「……今回の事件に、魔法師が絡んでるってこと?」

「多分ね。加害者か被害者かは分からないが」

「被害者? 加害者だったら秘密裏に処理しようとするのも分かるけど、被害者が魔法師だからってなんで隠す必要があるのよ?」

「そこなんだよな。今回の事件、どうも一筋縄ではいかない気がするんだよなぁ」

 

 エリカの質問に、寿和がニヤリと不敵な笑みを浮かべて答えた。

 と、そのとき、

 

「――ん?」

 

 寿和の隣で会話の成り行きを見守っていた稲垣が、耳を押さえて疑問の声をあげた。

 

「どうした?」

「いえ、どうやら彼の病室に来客があったようで」

「来客?」

 

 稲垣の答えに、エリカと寿和が揃って首を傾げた。

 

 

 

 

「――成程。訊きたいことは以上よ。ごめんね、体調が辛いときに」

「いえ、別に良いッスよ。2人が最初に来たときは結構ビビりましたけど。――ところで、なんで2人が一緒にこの事件を捜査してるんですか?」

「悪いが西城、それについては答えられない」

「そッスか。まぁ、そうですよね」

 

 病室のベッドで上半身を起こすレオの傍には、真由美と克人が並んで椅子に座っていた。真由美に見舞いに来てもらえたとなれば健全な男子は大なり小なり喜ぶものだが、克人が横にいるだけでその喜びも相殺されてしまうだろう。もっとも、レオの場合はそんな感情とは無縁だが。

 

「それじゃ、私達はそろそろお暇するわね。いつまでも居座るのも悪いし」

「そうだな。邪魔したな、西城」

 

 そう言って2人が立ち上がろうとしたそのとき、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。部屋に入ったときに克人が施した音波遮断は指向性を持つ魔法であり、外からの音は聞こえるようになっている。

 しかし中から外の音は聞こえないようになっている。レオは外に呼び掛けようとして、それに気づいたのか動きを止めた。それを見た真由美が、代わりにドアへと歩み寄ってそれを開けた。

 すると、そこにいたのは、

 

「やっほーレオくん、お見舞いに来たゾ~」

「しんちゃん!」

 

 授業時間中には友人達は来ないだろうと踏んでいた真由美が、第一高校の制服姿で手提げ袋を持ったしんのすけに驚きの声をあげた。レオも克人も声こそあげなかったものの、同じように驚きの表情を浮かべている。

 一方しんのすけも、レオの病室にいる上級生2人に意外そうな表情を向けた。

 

「おっ? 真由美ちゃんに克人くん、なんでここにいるの? サボり?」

「しんちゃん、自由登校の私達と違って、あなたの方がよっぽどサボりだからね」

「オラはサボりじゃないゾ、ちゃんと1回学校に寄ってから来たんだゾ」

「いや、授業に出なきゃ意味無いから!」

 

 真由美のツッコミを軽く聞き流し、しんのすけはレオのベッドへと駆け寄って袋の中身を取り出していく。

 

「レオくん、病室に飾るお花を買ってきたゾ。ほい、シクラメンと菊と紫陽花(あじさい)と椿」

「ことごとく見舞いに持って来ちゃ駄目なヤツじゃねぇか!」

「それと入院中は暇だろうから、アクション仮面のDVDボックスもドーゾ」

「おまえ、自分の趣味を押しつけるのも嵩張るのも、見舞い品には適さないヤツだからな! ってか、絶対に分かっててやってるだろ!」

「いやぁ、何というかネタ振りされてる気がしまして」

「してねぇよ! ――あぁもう、こう見えても結構ダメージ大きいんだよ、あんまり大きな声出させないでくれよ」

 

 レオはそう言うと、ボスンと音をたてて上半身をベッドに倒した。顔色が悪く呼吸も荒いその様子は確かに辛そうで、それを見た真由美が自分達の質問に答えてたときは割と平気そうだった彼とのギャップに驚いているほどだ。

 

「おぉっ、本当に辛そうだゾ。見た感じ、全然ケガしてないのに」

「そう簡単にやられて堪るかよ。俺だって無抵抗だったわけじゃないんだぜ」

「ふーん、じゃあなんでやられたの?」

「それがよう、よく分かんねぇんだよなぁ……」

 

 落ち込むでも負け惜しみでもなく、心底納得いかないといった表情でレオが首を捻った。

 そんな2人の遣り取りを、そろそろ帰ると言ったはずの真由美と克人が黙って眺めていた。

 

「殴り合ってるときに急に相手が腕を掴んできたらよ、ヘドロだか何だかよく分かんねぇモンが飛び出してきて、俺の腕に絡みついてきたんだよ。自分の家来にするとか言ってくるし、さすがにヤベェって思って気合いで1発良いのを入れたら逃げてったけど、こっちも立ってられなくて道路に寝転がってる所をエリカの兄貴の警部さんに見つけてもらってな」

「ふーん、毒でやられたってこと?」

「いや、そうじゃねぇんだ。体中調べてもらったけど切り傷も刺し傷も無かったし、血液検査もシロだった」

 

 レオの説明に、しんのすけは「ほーほー」といつもの調子で相槌を打つ。

 

「吸血鬼って、どんなだった? やっぱり牙とかあった?」

「牙は分かんねぇな、白い覆面してたし。目深に帽子を被って、ロングコートの下にハードタイプのボディアーマーだから、人相も体つきもよく分からんかったよ」

「なーんだ、綺麗なお姉さんだったら会いたかったのに」

「会ってどうすんだよ……。それに多分、男だと思うぞ。女言葉だったけど、声は明らかに男だったからな」

「オカマの吸血鬼とか、まったく興味がありませんな!」

「あぁ、おまえはそうだろうよ」

 

 腕を組んで堂々と言い放つしんのすけに、レオは色々と諦めたような口調で吐き捨てた。どんな状況でもブレない彼に、真由美が思わず苦笑いを浮かべる。

 と、ふいにしんのすけがこんなことを尋ねてきた。

 

「そういえばレオくん、リーナちゃんってここに来た?」

「は? リーナ? 別に来ちゃいねぇけど、なんで急に?」

「う~ん、何となく」

 

 何とも要領を得ない返事に、レオだけでなく真由美や克人も疑問符を浮かべる。

 そしてそんな空気の中、

 

「んじゃ、オラそろそろ帰るね。レオくんも元気そうだし」

「いや、俺入院してんだけど」

「じゃあねレオくん、お大事に~」

 

 散々掻き回すだけ掻き回して、まさしく嵐のようにしんのすけが病室を後にした。

 残されたのは病室の主であるレオ、そして一度「帰る」と言いながら何となくその場に居続けていた真由美と克人は、疲労を露わにした表情で互いに見合った。

 

「……西城くん、とにかく今はゆっくり休みなさい」

「……はい、そうします」

 

 レオは力無く答え、枕に頭をズブズブと沈めていった。

 

 

 

 

「しんちゃん、わざわざ学校休んで来てくれたのね」

「おぉっ、エリカちゃん」

 

 しんのすけが病室を後にして少し歩くと、エリカと寿和と稲垣の3人が揃って彼を出迎えた。3人の表情はそれぞれ、エリカが喜色と驚愕、寿和は興味と緊張、そして稲垣は興味と警戒といったところか。

 寿和も稲垣も彼がエリカのクラスメイトであることは知っているが、彼自身を知ったのはそれよりも前、具体的には中学の剣道大会で代々木コージローと戦ったときである。当時から(大人と戦っても)敵無しと思われていたコージローを打ち負かした逸材にいつかは出会いたいと、そして願わくば手合わせしたいと考えるのは剣を嗜む者としては当然のことだろう。

 

 しかし現在はそれ以上に、彼らにとってしんのすけは警戒すべき相手となっていた。

 先の横浜事変の際、彼はコージローと共に戦乱の横浜を動き回り、横浜市中区役所の防災無線基地に忍び込んでゲリラ兵に架空の特撮ヒーローを名乗って挑発する、という悪戯では済まされないことをしでかしている。どのような意図があってそんなことをしたのか、そもそも何かしらの意図があったのか、それすら分からない状態では警戒せざるを得ないだろう。

 しかも寿和の場合、自分の父(つまり千葉家現当主)が弟の修次(なおつぐ)を九校戦へ赴かせ、しんのすけの戦い振りをその目で確かめさせたことも関係している。それを知ったときに父親に問い質し、彼の口からその“狙い”を聞いた者からすれば、もはやしんのすけのことを純粋な好奇心で見ることはできない。

 と、そんなしんのすけが寿和と稲垣を見て首を傾げた。

 

「エリカちゃん、その2人誰?」

「こっちはアタシの兄の千葉寿和で、こっちがその部下の稲垣さん。2人共警察省に務めてる警察官で、――今回の事件にレオを巻き込んだ張本人」

「ちょっ、エリカ――」

「ほーほー、エリカちゃんのメールに書いてあった人達ですな」

 

 しんのすけは納得したように頷くと、ゆっくりとした足取りで歩き出した。2人共それに対して警戒心を覗かせるが、あくまで妹のクラスメイトに接するのだからと即座に笑顔を取り繕って彼を迎える。

 やがてしんのすけは手を伸ばせば届くほどの距離で足を止めると、値踏みするようにジロジロと寿和を観察し始めた。その目には特にこれといった感情は見られないが、状況が状況なだけに寿和の顔が僅かに緊張で強張る。

 そうして一通り観察を終えてから、しんのすけが口を開いた。

 

「エリカちゃんのお兄さん、首筋が赤くポチッと腫れてるけど、虫に刺されたの?」

「はっ? そんなはずは無い、昨日は痕が残るような真似はさせなかった――あっ」

 

 寿和は首筋を手で隠しながら何やら口走り、そしてそれが失言だと気づいたのかピタリと動きを止めた。

 ギギギギ、と古いブリキ人形のようにぎこちない動きで横を向く。

 顔を真っ赤に染めて小刻みに震えているエリカが、自分を睨みつけていた。

 

「――最っ低! このエロ兄!」

「んぐっ――!」

「け、警部!」

 

 エリカが叫び声と共に寿和の股間を蹴り上げ、彼は苦悶の表情を浮かべてその場に崩れ落ちた。間近でそれを目の当たりにした稲垣が驚愕の表情で彼に駆け寄り、そしてしんのすけはエリカの見事な蹴りに感心した様子だった。

 そして何事も無かったかのように、しんのすけはエリカに向き直る。

 

「そうだエリカちゃん、リーナちゃんってここに来た?」

「へっ? 朝からここにいるけど、別に来てないわよ」

「そっか。――じゃ、そういうことで」

 

 しんのすけはヒラヒラと手を振ると、未だに床に寝転がって悶絶している寿和を跨いでその場を去っていく。

 その背中をしばらく見送っていたエリカだったが、ふと何かに気づいた。

 

「ちょっと待って、しんちゃん! なんでリーナを探してるの!?」

 

 エリカはここが病院であることも忘れて大声を出しながら、未だに床に寝転がって悶絶している寿和を跨いでしんのすけの後を追っていった。

 稲垣は2人が去っていった方向を見つめながら、その表情に警戒心を露わにしていた。

 足元から聞こえる苦悶の声は、しばらく止みそうになかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 第一高校にて全ての授業が終わって少し経った頃、リーナはマクシミリアン・デバイス東京支社を訪れていた。CADメーカーを魔法科高校生が見学するのは珍しいことではなく、大使館の用意した紹介状と一高制服が持つ信用で受付を通過した彼女は、タイトスカートのスーツを纏う2人の女性社員に会議室に案内された。

 しかしリーナがここに来たのは、社会見学のためではない。ここは彼女の隣人である本郷未亜ことミカエラ・ホンゴウの勤務先であり、今回の脱走兵追跡部隊の秘密拠点にもなっている。彼女を出迎えた女性社員も、昨晩彼女が助けたスターダストの隊員だ。

 

「少佐、昨晩は危ういところをありがとうございました」

 

 並んで敬礼をする2人に手振りで楽にするよう指示し、リーナもソファーに腰を下ろす。

 ちなみに現在のリーナは、赤い髪に金色の瞳、そして顔つきもまったく別人となっていた。しかし2人共戸惑う素振りも無く、感情の伴わない無表情でリーナの向かいに座り報告を開始する。

 

「デーモス・セカンドを捕捉した我々は、事前に与えられたデータに従いキャスト・ジャマーを使用しました。ですがキャスト・ジャマーは奴に対して有効ではありませんでした」

「作動が妨げられたのですか?」

「いえ、キャスト・ジャマーは正常に作動していました。奴の弁によればCADを必要としなくなったようでした」

「CADを必要としない……サリバン軍曹がサイキック化したということですか?」

 

 リーナの問い掛けは疑わしげなものであり、現に2人は答えに詰まる。

 しかしそれは、肯定も否定もできない、ということだ。

 

「――我々は昨晩の奴の言動から、デーモス・セカンドが何者かに意識を乗っ取られている可能性を提示します」

「――何ですって!」

 

 思いがけない報告に、リーナは思わず大声をあげて立ち上がった。

 しかし即座に座り直し、2人に報告の続きを促す。

 

「奴はデーモス・セカンドを“この子”と呼称していました。また事前のデータではデーモス・セカンドにセクシャル・マイノリティの傾向は見られませんでしたが、昨晩の奴は女性の口調で話していました」

「また、奴は我々のことを“この世界の人間”と呼称していました。仮にデーモス・セカンドが何者かに意識を乗っ取られていると仮定すると、その何者かは“別の世界”から来たと解釈できます」

「別の世界……? サリバン軍曹が我々を攪乱するためにそのような言動を取った可能性は?」

「否定できません。奴は我々に関する知識を有しており、デーモス・セカンドが元々得意としていた軌道屈折術式を使用していました。――しかしCADは使わず、かつ事前のデータよりも強力になっています」

「また、奴の身体能力は強化を受けた我々を上回っておりました」

 

 脱走兵のサイキック化については前から推察されていたことだが、身体能力の向上については新しくもたらされた情報だ。リーナは少し考え込み、そして2人に尋ねる。

 

「サリバン軍曹の想子(サイオン)波特性は変わっていなかったのですね?」

「少なくとも、我々に識別可能なものでした」

「私はサリバン軍曹を追跡中、彼の仲間と思しき者と接触しました。そちらについては観測できましたか?」

「……申し訳ございません。少佐とデーモス・セカンド以外は、認識できませんでした」

 

 頭を下げる2人に、リーナは目を閉じて再び考え込む。

 

「……その何者かについては何とも言えませんが、少なくとも戦闘面においては過去のデータは当てにならないようです。今後、脱走者を捕捉した場合は追跡に留め、直接手を出すことの無いように。私が、直接対応します」

「イエス・マム」

 

 立ち上がったスターダストの2人に敬礼を返し、リーナは会議室を後にした。

 

 

 *         *         *

 

 

 それと同じ時刻、達也たちがレオの病院に見舞いにやって来ていた。

 メンバーは達也・深雪・ほのか・美月・幹比古の5人。彼らは午前中にしんのすけが見舞いにやって来て、彼と一緒のタイミングでエリカも帰っていったことをレオに聞いてから、彼を襲った吸血鬼に関する検証を始めていた。

 しんのすけに話したのと同じ内容を彼らに説明すると、幹比古が意を決したようにレオへと問い掛けてきた。

 

「レオ、君の“幽体”を調べさせてもらっても良いかな?」

「ユータイ? 何じゃそりゃ」

「幽体というのは僕達古式魔法師の間で使われている言葉で、精神と肉体を繋ぐ霊質で作られた、肉体と同じ形をした情報体のことだよ」

「それを調べると、何が分かるんだ?」

 

 興味があるのか、若干目を輝かせた達也が尋ねてきた。

 

「レオが脱力して意識を失ったのは、ひょっとしたら幽体を吸い取られたからかもしれない。幽体は精気、つまり生命力の塊で、古来より人の血肉を食らう“魔物”はそれを通じて精気を糧としていると考えられているんだ」

「もし俺のユータイが減っていたら、俺が出会ったその“吸血鬼”はそれが狙いだったってことか。良いぜ幹比古、存分に調べてくれ」

 

 レオの許しを得たところで、幹比古は様々な道具を取り出して測定を開始した。紙に墨で書かれた由緒正しい札から、達也でさえ初めて見るような伝統呪法具を駆使してレオの幽体の測定する。

 やがて測定を終えた幹比古は、結果を知った瞬間にその表情を驚愕の色に染めた。

 

「……レオ、君は本当に人間かい?」

「おいおい、随分なご挨拶だな」

 

 冗談に聞こえないほどにしみじみと呟かれたせいで、さすがのレオも笑い飛ばすことができなかった。とはいえ、幹比古自身も冗談で言ったつもりは微塵も無いのだろうが。

 

「レオの失った幽体の量からしたら、普通の人間は起きているどころか意識も保てないほどなんだ。そんな状態で体を起こして話ができるなんて、よっぽど()()()()()()()()んだろうね」

「……おうよ。俺の体は特別製だぜ?」

 

 悪意の無い言葉だとは分かっているが、性能アップのための改造を施された遺伝子を持つレオにとって、先程の言葉はどのように聞こえたのだろうか。それでもレオは八つ当たりすることなく、冗談めかしてそれを受け流した。

 

「んで、俺のユータイが減ってるってことは、やっぱ“吸血鬼”はそれが狙いだったってことか。だとしたら、そいつはただの人間じゃなさそうだな」

「……いや、もしかしたら()()()ただの人間だったのかもしれない」

 

 幹比古の言葉を聞いた全員が、眉を寄せて首を傾げた。

 代表して尋ねたのは、達也だった。

 

「幹比古、さっきから随分と含んだ言い方だな。犯人に心当たりがあるのか?」

「……多分、レオが遭遇した“吸血鬼”の正体は、“パラサイト”だと思う」

 

 躊躇いがちに口を開いた幹比古だったが、その口調はどこか自信を覗かせるものだった。

 

寄生虫(パラサイト)? そのままの意味じゃないよね?」

PARANORMAL PARASITE(超常的な寄生物)、略してパラサイトと、僕ら古式魔法師の間では呼ばれている」

 

 魔法の存在と威力が明らかになって国際的な連携が図られたのは、何も現代魔法だけの話ではない。古式魔法も従来の殻に籠もって停滞することは許されず、国際化の流れは避けられないものだった。古式魔法の伝道者達による国際会議がイギリスを中心に何度も開催され、用語や概念の共通化並びに精緻化が図られていった。国際的な連携に関しては、むしろ現代魔法よりも活発だったらしい。

 パラサイトも、そうして定義されたものの1つである。妖魔、悪霊、ジン、デーモン――。それぞれの国でそう呼ばれていたモノ達の内、人に寄生して人間以外の存在に作り替える魔性のことをそう呼ぶ。

 

「国際化が図られたとはいえ、基本的に古式魔法は秘密主義だからね。みんなが知らないのも無理はないよ」

「妖魔とか悪霊とかが実在するなんて……」

「それを言うなら、魔法だって実在すると思われていなかった。だが俺達がこうして魔法を使っている以上、未知の存在だからといって無闇に怯える必要は無い」

 

 恐怖に震えるほのかに対し、達也は彼女の肩に手を置いて宥めるようにそう言った。天然でそういう振る舞いをしているのではなく、自分が彼女に対して大きな影響力を持っていることを認識したうえでの行動だ。

 そうしてほのかが落ち着きを取り戻した頃、幹比古が自身の疑問を口にする。

 

「だけど、変だよね? レオの話だと、わざわざ血を奪わなくても精気を吸い取れることになる。傷痕を残さず血を奪う方法も分からないけど、なんで血を奪うなんて余分な手間を掛けているんだろう?」

「こうは考えられないか? ――血を奪うのは、精気を奪うのが目的ではない」

 

 幹比古の疑問に真っ先に答えたのは、達也だった。

 当然、皆の視線が達也に集まる。

 

「レオの話によれば、その“吸血鬼”はレオを自身の“眷属”にするつもりだった。それを狙って行使した魔法によってレオの精気が奪われたわけだが、逆に今回レオは血を奪われていない」

「だから血を奪うことと精気を奪うことは、そもそも因果関係が無いということか」

「あくまで推論だ。――幹比古、パラサイト関連から奴らの狙いを推察することはできるか?」

「残念ながら“本物の魔性”に出会うこと自体が稀だから、魔性に対する研究はほとんど進んでいないんだ。経験則に伴う定説で推論を導き出すしかないのは、結局のところ同じだよ」

「そうなんですね。頻繁に出現してるんだったらどうしよう、って思いました」

 

 美月がホッとした口調で胸を撫で下ろす。

 それを見た幹比古は、安心させるためか柔らかな笑みを浮かべて説明する。

 

「そんな滅多に出現するものじゃないよ。少なくとも僕ら古式魔法師が把握している内では、本物の魔性による仕業は少なくて、魔性による仕業を装った人間の術者であることがほとんどだ。例えば有名な大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)だって、その正体は西域(さいいき)から流れてきた呪術師だった、っていうのが僕達の間では定説になってるし」

「本物の魔性に出会う可能性は、どのくらいのものなんだ?」

「そうだな……、1つの流派で10世代に1世代、といったところかな。それだって偶然この世界に迷い込んだ個体を見つける場合がほとんどで、本物の魔性が人間に害を成して術者がそれを退治するなんて、世界的に見ても100年に1回有るかどうかってレベルだよ」

 

 それを聞いた達也は、日本で本物の魔性を退治した記録は900年前の安倍泰成(あべのやすなり)による妖狐退治が最後だ、と以前幹比古が言っていたのを思い出した。

 

「でも今回の事件の犯人は、本物の魔性なんだよな? 偶然だと思うか?」

 

 達也の問いに対する幹比古の答えは、ひどく慎重なものだった。

 

「歴史が現代に近づくにつれて、間違いなく魔性の観測例は減少している。偶然という可能性もゼロではないけど、何の原因も無く起こったとは考えられない」

「つまり今回の事件は人為的な原因で魔性がこの世界に引き摺り込まれたか、何者かによって手引きされた可能性が高いというわけか」

「どこの誰か知らねぇが、おかげで俺がこんな目に遭わされるとはな。見つけたら1発ぶん殴ってやる」

 

 拳をもう片方の掌に叩きつけて、レオが獰猛な笑みを浮かべてそう言った。

 それを聞いた達也たち全員が、レオの場合は自分から事件に関わっていったんだろう、と思ったが、全員が空気を読んで口にはしなかった。

 

 そんな中、達也は1人思考を巡らせていた。

 先程の会話にて思い出した、安倍泰成による妖狐退治。それが日本で本物の魔性を退治した最近の記録であるというのが幹比古を始めとした古式魔法師の認識だが、しんのすけ関連の出来事を考慮すればおそらくそれは誤りだ。彼は自分達の知らないところでそういった奴らとも対峙し、そしてその度に何らかの方法でそれを切り抜けていると思われる。

 ぜひともその知識を借りたいものだが、と達也は秘かに考えていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 しかし、それから数日後。

 しんのすけは学校を休むようになり、常に寝不足気味のエリカと幹比古を学校で見掛けるようになった。


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