嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第8話「新入生勧誘期間は大騒ぎだゾ その2」

 屋内で活動するクラブがデモンストレーションを行う場合は、限りあるスペースを平等に使えるように、一定時間ごとに使用できるクラブを変えるというスタイルを取っている。

 第2小体育館――通称“闘技場”もそれは変わらず、エリカ達がやってきたときはちょうど剣道部の順番だった。お馴染みの防具をつけて向かい合いながら竹刀を振り下ろすその光景は、何百年経っても変わることの無い、まさに“伝統”と呼ぶにふさわしいものだった。

 

「ふーん、魔法科高校なのに剣道部があるのね」

「剣道部って、どこの学校にもあるんじゃないのか?」

「魔法に携わる人は、ほとんど“剣術”に流れちゃうの。“剣術”は魔法を併用した剣技だからね。――っと、そういえばここに剣道のチャンピオンがいるじゃない!」

 

 そう言ってしんのすけへと向き直るエリカに、当の彼は「おっ?」と首を傾げた。

 そして達也はエリカのそんな仕草に、どことなく芝居臭さのようなものを感じていた。

 

「しんちゃんって、どうして中学になっても剣道を続けてたの? 小学校くらいまでなら剣技の基本を身に付けるために剣道をやる子は多いけど、将来魔法師になろうって子は中学になると大抵剣術に転向するものなんだけど」

 

 確かに、それは傍で聞いていた達也も気になるところだ。二科生レベルならば剣道を続けていても違和感は無いが、一科生、しかも実技の成績がトップクラスのしんのすけが、魔法を使わない純粋な剣技を競う剣道を続けるのはかなり珍しい。あるいは中学時代は、魔法の腕はそれほどでもなかったのだろうか。

 そんなことを考えながらしんのすけの答えを待っていると、彼はキョトンとしたような表情で口を開いた。

 

「オラ、別に剣道を続けてたわけじゃないゾ?」

「――えっ? そうなの?」

「うん。5歳のときにちょっとだけやったことあるけど、すぐに辞めちゃって。そしたら中学2年の秋くらいに“よよよぎくん”から電話があって、中学最後の大会でオラと戦いたいから剣道をまたやってくれって頼まれたからもう1回始めたの」

「よよよぎくん? ……って、まさかそれって、代々木コージロー!? 嘘っ、2人って知り合いだったの!」

 

 5歳のとき(具体的に西暦何年のことか疑問が残るが)を除けば実質1年ほどで全国制覇を成し遂げたことに達也は驚きを隠せず目を丸くしていたが、彼よりも既知の情報が多いエリカはむしろその話の中で出てきた人物の方にひどく反応していた。

 

「エリカ、その“代々木コージロー”っていうのは、そんなに有名な選手だったのか?」

「有名も何も、昨年の中等部剣道大会でしんちゃんに負けて準優勝だった選手よ! この選手がとにかく強くて、しんちゃんがいなかったら彼が中等部剣道大会で3連覇だったんだから!」

 

 かなり熱の籠もった様子で捲し立てるエリカに、達也だけでなくしんのすけですら圧倒されていた。やはり自身が剣術をやっているせいか、それ関連になると熱くなってしまうのかもしれない。

 とはいえここは闘技場であり、そして現在は新入生勧誘のためのデモンストレーションの真っ最中だ。けっして少なくない視線を集めていることに気づいたエリカが途端に声のボリュームを抑え、3人は逃げるようにして入口の2階席から1階の広いフロアへと下りていった。

 部活動を行っているのは中央のスペースであり、見学者は邪魔にならないよう壁際でそれを眺めている。

 達也たち3人も、彼らと同じように壁際へ行こうと――

 

「きゃあっ!」

 

 したそのとき、女子生徒の悲鳴と共に、剣道の防具をつけた1人の男子生徒が思いっきり吹っ飛んで尻餅をついた。単なる練習にしては穏やかではない雰囲気に、達也とエリカの顔つきも自然と真剣なものとなる。

 

「おいおい、防具の上から面を打っただけだろ? 仮にも剣道部のレギュラーが泡吹いてんじゃねぇよ」

 

 おそらく彼を吹っ飛ばした張本人であろう短い髪を立てた男子生徒が、にやにやと嫌味な笑みを浮かべてわざと周りに聞こえるようにそう言った。そんな彼の後ろには、おそらく彼の仲間であろう数人の男子生徒が同じような笑みを浮かべている。

 

「何をしてるの、桐原くん! 剣術部の時間まで、まだ1時間以上はあるわよ! どうして待てないの!」

 

 そのとき1人の女子生徒が、吹っ飛ばされた男子生徒を庇うように飛び出した。長い黒髪を後ろで縛った凛々しい顔つきの彼女は、防具を身につけていない剣道着の姿だった。

 

「心外だな、壬生。俺はただ、演舞に協力してやっただけだぜ?」

 

 闘技場の空気がピリピリと張り詰めていき、見学者達は興味半分恐怖半分といった感じでその様子を見守っている。

 そんな中、人垣を掻き分けて最前列でそれを眺めようとする女子生徒がいた。

 

「ごめん達也くん、しんちゃん。ちょっと面白くなってきた!」

 

 エリカだった。彼女に引っ張られる達也としんのすけは迷惑そうな顔をしていたが、風紀委員としてトラブルになりそうな場面を見過ごすわけにもいかないので、されるがままとなっている。

 

「こりゃ、なかなかの好カードね」

「2人を知ってるのか、エリカ?」

「面識は無いけどね。――あの女の子は、壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会の全国2位。あっちの男の子が、桐原武明。一昨年の関東剣術大会のチャンピオン」

「随分と詳しいな、エリカ」

「そう? ちょっと剣道とかに興味ある人だったら、普通に知ってる人達よ? しんちゃんだって2人のことは知ってるでしょ?」

「えっ? いや、知らないゾ」

「……まぁ、しんちゃんはそういう性格よね」

 

 エリカが何とも言い難い表情でそう独りごちている間にも状況は進行しており、桐原が竹刀を上段に構えて壬生に相対した。

 

「心配するなよ、壬生。魔法は使わないでいてやるからよ」

「剣技だけで、あたしに敵うと思ってるの?」

「言うねぇ、壬生。だが、その強がりがいつまで続くか――な!」

 

 その瞬間、桐原は紗耶香との距離を一気に詰め、怒濤の攻撃を彼女に浴びせた。しかし紗耶香は見事な竹刀捌きで、力の差があるであろう桐原の攻撃をいなしていた。

 バシバシと闘技場に響き渡る竹刀を打ち合う音に、ギャラリーは息を呑んで見守っていた。

 

「ほう、女子の剣道って、かなりレベルが高いんだな」

「違う、中学時代に見た彼女とはまるで別人。この2年で、あんなにレベルを上げるなんて……」

 

 エリカは困惑の言葉を口にしているものの、目の前の強者を前に今にも跳び掛かりそうな好戦的な目をしていた。

 達也はそれを見て、武道を嗜む者は強者と戦いたい欲求が根底にあるのだろうか、と考えた。先程の会話に出てきた代々木という選手も、自身の3連覇が掛かっている状況でしんのすけとの対決を望んでいたようであるし。

 

「ねぇねぇ達也くん、どっちが勝つと思う?」

「壬生先輩が有利だろう。桐原先輩は防具無しの相手に面を打つのを躊躇っている。初手の上段は、おそらくブラフだろう」

「そうね。技を制限して勝てるほど、2人の実力差は無いみたいだし」

 

 エリカと達也がそう話している間にも、桐原の顔はどんどん険しくなっていく。対する紗耶香は、未だに平然とした表情でしっかりと桐原を見据えている。

 やがて痺れを切らしたのか、桐原が大振りに竹刀を振り上げ、紗耶香へと全速力で迫っていった。しかし彼女は、それでも表情を崩さずに彼を迎え撃つ。

 一際大きな音が響き渡り、2人の動きが同時に止まった。

 紗耶香の竹刀は、完全に桐原の右肩を捉えていた。対する桐原の竹刀も彼女の腕に触れていたが、その角度は浅い。

 

「壬生先輩の勝ちね」

「ああ。完全に相打ちのタイミングだったが、桐原先輩は途中で剣先を変えた。やはり最初から面を打つ気は無かったようだ。非情になりきれなかったのが敗因だな」

 

 二科生の多い剣道部が、一科生の多い剣術部に勝った。この事実は、周りでこの試合を見ていた一科生を不機嫌にさせるのには充分だった。

 

「桐原くん、素直に負けを認めなさい。真剣だったら、その右腕はもう使い物にならないわよ」

「……はは、“真剣なら”だと?」

 

 それまで俯いていた桐原が、紗耶香の言葉を皮切りに不気味な声で笑い出した。

 

「俺の体は斬れてないぜぇ? なんだ壬生、真剣勝負がお望みかぁ……」

 

 だったら、と桐原は小手の形をしたCADに触れると、起動式を展開した。

 その瞬間、魔法特有のサイオンの光が彼の持つ竹刀を覆い、それと同時にガラスを引っ掻いたような甲高い音が辺りに鳴り響いた。あまりの不快感に、ギャラリー達は一斉に耳を塞いで蹲ってしまう。

 

「だったらお望み通り、真剣で勝負してやるよ!」

 

 そう叫んで迫ってくる桐原を、紗耶香は先程と同じように竹刀を構えて迎え撃とうとした。しかし直前で何かを察したのか、大きく後ろへ跳んで彼の竹刀を回避した。

 と、思ったのだが、

 

「――――!」

 

 着地した瞬間、彼女の着ていた胴衣が胸の辺りで横一文字に切れ、はらりと下に垂れた。あと少し回避するのが遅れていたら、と思い彼女の顔が青くなる。

 

 ――竹刀なのにあの切れ味、そしてこの音……。振動系・接近戦闘用魔法の“高周波ブレード”か!

 

 達也が桐原の使う魔法を見極めている間にも、彼は不敵な笑みを浮かべて紗耶香へと迫る。

 

「どうだ、壬生。これが“真剣”だ。そしてこれが、剣道と剣術の差だ!」

 

 桐原の言う通り、もはや真剣と変わらないその竹刀を彼は大振りに振り上げ、今まさに紗耶香へ振り下ろそうとしていた。闘技場の緊張感が一気に高まり、女子生徒が思わず悲鳴をあげる。

 しかし次の瞬間、紗耶香を背中に庇うようにして桐原の前に躍り出る1人の男子生徒がいた。

 

「な――!」

 

 桐原が怯んでいる隙に、その男子生徒――しんのすけは、いつの間にかその手に持つ竹刀を桐原のそれに小刻みに何回も叩きつけた。ダダダダダ、と細かい音が連続して1つの音に聞こえるほどに密度の濃い連続攻撃に、桐原の竹刀を持つ手が崩され、その結果彼の竹刀は大きく上空へと吹っ飛ばされた。

 何が起こったのか咄嗟には理解できず、桐原はしばらく呆然と何も持っていない自分の手を見つめていた。そして魔法の支配下から逃れて切れ味を失った彼の竹刀が、彼のすぐ後ろで大きな音をたてて床に落ちた。

 その音で桐原はハッと我に返り、そこで初めて目の前にいるしんのすけの存在に気づいたように彼へと視線を向けた。

 

「今の、まさか……」

 

 しんのすけの背後で佇む紗耶香の呟きが消えることなく広がるくらいに、今の闘技場は静寂に包まれていた。いつの間にか桐原の竹刀が弾き飛ばされている光景に、ギャラリー達はただただ唖然とするしかなかった。

 

「……まさか今の、“刃崩し”?」

「刃崩し? 今のはそういう技なのか?」

 

 そんな中、いち早く混乱から復活したエリカの呟きに、彼女のすぐ隣にいた達也が反応した。ちなみに彼も紗耶香を守ろうと飛び出そうとしていたのだが、1歩早くしんのすけが飛び出したためその場に踏み留まった、という経緯がある。

 

「えぇ。さっきも言った代々木コージローって選手がよく使っていた技で、上下左右小刻みに素早く相手の竹刀を叩きつけて、その衝撃で相手の手をむりやり崩して竹刀を弾き飛ばすの。かなりの手首の力がないとできない技なんだけど……、まさかしんちゃんもそれを使えたなんて……」

 

 エリカが呆気に取られるのも無理はない、と達也は思った。剣道の試合で相手の竹刀を意図的に弾き飛ばすなんて芸当は普通できないし、ましてやそれを一切魔法を使わずに成し遂げるなんてまず有り得ない。しかもそんな技が中学生の大会で使われたというのだから驚きの一言に尽きる。もっとも、代々木は小学生になるよりも前に既に体得していたのだが。

 と、達也がそんなことを頭の中で巡らせている間に、しんのすけは自分の持つ竹刀を近くの剣道部員に差し出していた。どうやら彼が使ったその竹刀は、その生徒から借りた物のようだ。

 そして竹刀が元の持ち主に戻ったタイミングで、しんのすけが困ったような顔を達也に向けた。

 

「ねぇ達也くん、あの人、どうしよっか?」

「ん? あぁ、そうだな……。――桐原先輩、魔法の不正使用により同行を願います」

 

 達也が桐原へそう呼び掛けると、彼は未だに先程の光景が信じられないのか、呆然とした表情で「お、おう……」と言葉少なく了承の返事をした。

 むしろ彼の後ろにいた剣術部員の生徒達の方が、達也に対する反応が大きかった。

 

「あの腕章、もしかして風紀委員か!」

「いや、それよりもあいつのエンブレムを見てみろよ! まさか……二科生の風紀委員だと!」

「なんで桐原だけ同行なんだよ! 剣道部の壬生だって同罪だろ!」

 

 部員の1人の言葉に、達也は桐原へと向けていたその顔を彼らへ移し、

 

「『魔法の不正使用により』……と、申し上げましたが」

「……何だぁ、その言い方は!」

 

 結果的に彼らの神経を逆撫でしてしまった達也の返事に、「悪気は無いんだろうけどなぁ……」とエリカが呆れたように呟いた。

 

「ふざけんじゃねぇぞ、補欠の分際で!」

 

 すると周りにいた剣術部の部員達が、一斉に達也へと襲い掛かってきた。実際に桐原の邪魔をしたのはしんのすけなのだが、誰1人として彼に挑もうとはせず、怒号にも似た叫び声をあげながら二科生である達也に向かっていく。

 その数は、10人といったところか。

 

「危ない、たつ――」

 

 さすがの達也も10人相手では分が悪いと思い、エリカが助太刀に駆けつけようとするが、結果から言えばその必要はまったく無かった。

 いくら武道を嗜んでいるとはいえ、あくまでそれは剣と魔法を用いたものであり、徒手格闘は彼らの専門ではない。しかも逆上しているせいもあって動きが雑であり、力任せに腕を大きく振り下ろすだけの単純なものだ。

 よって達也は彼らの動きをよく読み、まるで闘牛士のようにヒラリと彼らの拳を避け続けた。軽やかなステップで距離を取り、クルリと体を回転させて相手との位置取りを変化させ、逆に不意に相手との距離を詰めることで怯ませる。

 そんな彼の姿に剣術部員はますます頭に血を上らせ、形振り構わず達也に突っ込んでいった。そしてそれを達也に避けられ、それでも勢いが止まらない彼らは、互いに体を衝突させてその場に崩れ落ちていく。

 そして気がついたときには、10人ほどいた剣術部員全員が、床に倒れ伏したまま息も絶え絶えになっていた。そしてそれを見下ろす達也は、息が上がるどころか汗1つ掻いていなかった。

 

「おぉっ! 凄いゾ、達也くん!」

 

 そんな光景を目の当たりにして再び唖然とするギャラリーの中で、しんのすけだけが見事なショーでも観たかのように大きな拍手で達也を褒め称えていた。

 もっとも達也はそれで嬉しがるどころか、ほんの少しだけ迷惑そうに目を細めていたのだが。

 

 

 

 

「ほう。面白いな、あの1年達……」

 

 闘技場の入口で先程の騒動を眺めていた1人の男子生徒が、眼鏡を指で上げながら不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 *         *         *

 

 

「――以上が、剣道部の新歓演舞中に剣術部が乱入した事件の顛末です」

 

 闘技場での捕り物騒ぎから2時間ほど後。達也としんのすけの姿は、部活連の本部として使われている広い部屋にあった。数十人は座れるようにテーブルや椅子が用意されているが、2人が立つ部屋の中央は椅子もテーブルも取り払われており、妙にだだっ広く感じるのが正直な印象だった。

 そんな2人の報告を聞くのは、3人の生徒。

 生徒会長である七草真由美、風紀委員長である渡辺摩利。

 そして、部活連会頭である十文字克人だった。分厚い胸板に広い肩幅、制服越しでも分かる隆起した筋肉は、肉体だけでなく彼を構成するすべての要素が桁外れに濃い存在感を放つ、まるで巌のような人物である。

 つまり現在この部屋は、生徒自治の象徴である生徒会・風紀委員・部活連の長が揃い踏みとなっている。ちなみにこの3人は、第一高校で最も有名な生徒であると同時に校内随一の実力者ということで、他の生徒達から“三巨頭”と呼ばれている。

 

「2人共、10人を相手によく無事だったわね。特にしんちゃんなんて、高周波ブレードを相手に特に魔法で強化したわけではない竹刀で立ち向かったんでしょ? 本当に怪我してない?」

「ヘーキヘーキ、そんなに心配いらないゾ、真由美ちゃん」

 

 世話焼きな一面を発揮する真由美に対してしんのすけは、仮にもこの学院で最も有名であろう最上級生3人を目の前にしているとは思えない、極めて自然体な振る舞いでそう答えた。

 むしろ真由美のことを“ちゃん付け”で呼んだ辺りで、当の真由美本人が若干気まずそうに克人へチラリと視線を遣っていた。しかし克人はジッとしんのすけを見据えて話を聞いているだけで、特にこれといったリアクションを見せる様子は無い。それを確認し、真由美はホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「さすがといったところだな。ところで2人共、当初の経緯は見ていないんだな?」

 

 摩利の質問に、達也が「はい」と答え、しんのすけが「ほい」と答えた。

 

「最初に手を出さなかったのは、そのせいなのか?」

「“魔法を使った不正行為”を取り締まるのが、風紀委員の仕事ですので」

「確かに。それで、桐原は?」

「当人が非を認めており、報復の意思も感じられなかったので、それ以上の追及は必要無いと判断しました」

「ふむ。他の剣術部の部員についてはどうだ? 桐原を連行するとき、司波に襲い掛かろうとしたそうだが?」

「魔法は使っていませんし、特に被害も無いので問題無いと判断しております」

 

 摩利の質問に、達也が淀みなくつらつらと答えていく。先程の説明もほとんど達也1人で済ませたし、彼女も彼女で達也の方だけを見て問い掛けている。そしてその間、特に何もすることの無いしんのすけはとても暇そうに突っ立っているだけである。

 

「そうか、分かった。――聞いての通り、風紀委員は懲罰委員会に持ち込むつもりはないが……、どうだ?」

 

 摩利はそう言って、隣にいる克人に話を振った。

 そして克人はゆっくりとした動きで彼女へ顔を向け、口を開いた。

 

「寛大な決定に感謝する。殺傷ランクBの魔法をあんな所で使ったのだ、本来ならば停学処分もやむを得ないところだった。後はこちらで引き取らせてもらおう」

「分かった。ご苦労だったな、司波、野原」

「はい」

「おっ、終わった? じゃ、そゆことでー」

 

 摩利の労いに達也は小さく頭を下げ、しんのすけはヘラヘラと笑いながら手を振って答えた。達也が一瞬だけしんのすけを睨みつけるが、諦めたように小さく溜息を吐いた。

 そうして2人は部屋を出ていき、残ったのは最上級生3人だけとなった。

 

「野原の七草に対する呼称は、七草がそうするように言ったのか?」

「そ、そんなわけないじゃない! 私だけじゃなくて、摩利とかに対してもちゃん付けよ! ……やっぱり十文字くんは、下級生が上級生をそういう風に呼ぶのは許容できないかしら?」

「いや、双方がそれで良いというのなら、俺が口を挟むようなことではない。――それで()()()距離が縮まるというのなら、な」

 

 克人のその言葉には、真由美にのみ伝わる含みがあった。

 その証拠に、真由美は何やら決意を秘めたような表情で小さく頷き、摩利は特に取り上げることもなく「ところで」と自身の疑問を口にする。

 

「今回の件、具体的にはどうするつもりなんだ?」

「部活連会頭として剣術部に“指導”を行い、再発防止策を検討する。しかしそれよりもまずは、桐原本人と剣術部部長、そして剣道部部長と壬生を同席させて謝罪の場を作ることだな」

「大丈夫なのか? 今の剣道部と言えば――」

「今回の件に関しては、全面的にこちら側に非がある。()()()とは切り離して考えるべきだ」

「……確かに、その通りだな」

 

 納得したように何度も頷く摩利だが、唐突に「それにしても」と話題を切り替えた。

 

「昨年の中等部剣道大会全国覇者だとは知っていたが、まさか高周波ブレードを発動している竹刀をただの竹刀で弾き飛ばすほどの腕前だとはな……」

「そりゃそうよ。だってあの子は、()()代々木コージローを退けた選手なのよ。――春日部市を中心とした局所的・限定的な時間のループによって、実に100年以上にわたって剣道の腕を磨き続けてきた彼を、ね」

 

 例の時間ループは同じ時間を繰り返しているのではなく、時間が経過しているにも拘わらず人々が歳を取らないというものだ。その間に経験したことは人々の記憶に残るし、習得した技術は血肉となって蓄積されていく。

 つまり代々木コージローは、他の人間ではけっして積み重ねることのできない練習量をこなしていることになる。肉体的な成長が無いという欠点こそあるものの、元々才能のあった彼にとってそれは些細なことであり、肉体的な成長が技術に追いついてきた現在では、たとえ大人が相手であってもまるで問題にしない、まさに“剣豪”と呼んで差し支えない領域にまで至っている。

 

「それにしても、そんな選手が他の子に紛れて全国大会に出るってのも変な話よねぇ。何というか、他の人から見たら卑怯だって思われてもおかしくないじゃない?」

「だからといって参加資格を認めないわけにはいかないだろう。少なくとも本人の意思でループに巻き込まれたのではないし、同じようにループに巻き込まれた人間が必ずしも才能を発揮しているわけでもない。そもそもそれだけの時間、努力を続けられる人間の方が稀だ。結局は本人次第であることは、他の選手と何ら変わりない」

「そんな選手を相手に、野原は全国制覇を成し遂げたというわけか……。彼はこの100年もの間、どのような人生を歩んできたんだろうな」

 

 2人に言っているような、それでいて独り言のような摩利の言葉に、

 

「――本当、彼は()()なのかしら?」

 

 真由美は、克人にのみ伝わる含みを込めた言葉を零した。




「それにしても、しんちゃんの剣技は見事なものよね。千葉家(ウチ)の道場に一度来てみない? 面白い刀とかいっぱいあるから、何か気に入る物があるかもよ?」
「面白い刀? “アクションソード”みたいなヤツとかある?」
「アクションソード……ってのが何なのか分かんないけど、とにかく“斬る”ことに関してはお墨付きよ」
「うーん……、やっぱりいいや、別に興味無いし」
「あら残念」

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