嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第89話「クールなアイツがやって来たゾ」

 今から、数時間ほど前のこと。

 

(つぐ)兄上、エリカです」

 

 ドアの向こうから自分に呼び掛ける声が聞こえたとき、修次(なおつぐ)はベッドの上で横になっていた。眠っていたわけではなく監視(場合によっては護衛も含まれる)任務の緊張感で張り詰めた体を休めていただけなのだが、妹とはいえせっかくの休息を邪魔されたことへの不満は隠しきれない。

 とはいえ、用事が無い限り極力母屋へ来ることのない彼女がわざわざ来たとなれば、それなりの用事だと推察できる。修次は淀みない動きでベッドからデスクの前に置かれた椅子へと移動すると、努めて優しい声で「入りなさい」と答えた。

 そうして入ってきたエリカは、若干緊張した面持ちに見えた。そしてドアを閉めた際に視線がチラリとベッドへと向かれ、すぐさま戻された。おそらくそこで色々と察したのだろうが、彼女は敢えてそれには触れずに口を開く。

 

「このような時間にすみません。少し、お耳に入れておきたいことが」

「言ってごらん」

 

 何と無しに話を促した修次だが、そのときにエリカの服装に違和感を覚えた。

 防弾・防刃機能を持つ多機能合成ゴム製のアンダーウェア、そしてその上からフェイクレザーのライダースーツジャケットにショートパンツ、膝には動きを阻害しないプロテクター、両手には掌と指の内側部分が極薄になった合繊の手袋。

 部屋着にしても、不良少女よろしく繁華街に行くにしても仰々しいその出で立ちに、修次は自然とエリカの話を聞き入れる体勢を改めて整えていた。

 

「私はこれから()()()と、ヘンダーランドへ行ってまいります」

 

 しかしエリカの第一声は、クラスメイトとテーマパークに遊びに行くという、今時中学生でもいちいち報告しないような案件だった。そもそも今から行ったところで着いた頃には閉まってるだろうに、わざわざそんな物々しい格好で行くような場所では――

 

「――エリカ、その“友人達”というのは……」

「はい。次兄上の監視対象となっている野原しんのすけくんも一緒です」

 

 帰宅後に待ち合わせて遊びに行くような仲ではないんじゃなかったのか、と修次はツッコミを入れたくなったが、今の問題はそこではない。

 ここで考えるべきなのは、なぜ監視対象と共に外出するとわざわざ自分に伝えたのか、だ。

 

「エリカ達はなぜ、そこに行こうとしているんだ?」

「……申し訳ございません、それに関してはお答えすることはできません」

「なぜだい?」

 

 あくまで穏やかな口調と表情を崩すことなく尋ねる修次に、エリカは数秒ほど逡巡するような仕草を見せ、やがて覚悟を決めたように修次へと視線を向けた。

 

「今回の案件は、“第一〇一(イチマルイチ)旅団・独立魔装大隊”の管轄となっています」

「――なぜエリカがその名を知ってるんだ?」

 

 エリカの口から飛び出したその名称に、修次の問い掛ける声に自然と鋭さが含まれた。

 そのことに一瞬怖じ気づくエリカだったが、即座に持ち直してそれに答える。

 

「……横浜事変の折、私はその大隊の一員と行動を共にしていたことがあります。風間少佐と仰る方より固く口止めされていたため、今までお話することができませんでしたが――」

「風間少佐――“大天狗”風間玄信(はるのぶ)か!」

 

 相手を萎縮させる目的も兼ねて大仰になりがちなのが二つ名だが、“大天狗”はその中でも際だって異質だ。エリカがそう感じたのを察したのか、修次は風間についての説明を始めた。

 山岳戦・森林戦における世界的なエキスパートとして知られる古式魔法師であり、空挺部隊の運用においても国内屈指の名指揮官と言われている。20代前半の頃に参加した大越紛争において、インドシナ半島南進を目論む大亜連合を相手にゲリラ戦を繰り広げていたベトナム軍に加わり、大亜連合軍から悪魔か死神と恐れられるほどの活躍を見せたという。しかしそのせいで大亜連合との正面衝突を回避したかった当時の軍中枢部に睨まれることとなり、出世コースから外れて以降は目立った活躍は無かったという。

 

「噂の独立魔装大隊は、風間少佐が率いる部隊だったのか……。そんな部隊が関わっているとなると、余程の事情があると考えるべきか……」

 

 自分に言い聞かせるように独り言を呟く修次に、エリカはここぞとばかりに口を開く。

 

「私が禁を破ってまで兄上にそれをお伝えしたのも、まさにそのことを分かっていただきたかったからです」

「成程、事情は分かった。確認したいのだが、エリカ達がヘンダーランドに向かうのは、独立魔装大隊からそうするよう要請があったからか?」

「いいえ、私達が個人的にヘンダーランドへ向かう用事があり、それを知った独立魔装大隊が後から協力してきた形となります」

「その“個人的な用事”の内容については?」

「……申し訳ありませんが、お伝えすることはできません」

 

 緊張した面持ちで頭を下げるエリカに、修次はフムと顎に手をやって考え込む。

 そして数秒後、修次は顎から手を離した。

 

「伝えてくれて感謝するよ、エリカ。『可愛い妹の夜遊びが気になって後をつけていた』という名目なら、彼の後をつけていたことへの言い訳も立つだろう」

 

 修次の言葉に、エリカはその場で一礼した。

 “可愛い妹”の部分で頬が微かに紅く染まっているのを誤魔化すように。

 

 

 

 

 パーキングエリアの駐車場に車を停め、門下生を引き連れて車を降りる修次。軍からの正式な命令を受けての任務ではあるが、今はあくまでも『可愛い妹の夜遊びが気になって後をつけていた』という名目での行動だ、表面上はあくまで警戒心を見せず一般客と同等のリラックスした雰囲気を纏っている。

 しかし彼の周りを囲む門下生は、その誰もが真剣な表情を浮かべていた。彼らは千葉家の中でも中核を担うほどの実力者揃いであるが、同時に“エリカ親衛隊”を自称しエリカの手足として動いている。そんな彼らからすれば、たとえ名目通りだったとしても並々ならぬ熱意を抱いて当然といったところなのだろう。

 門下生からの人望も厚いようで一安心だな、と修次はどこかズレた思いを胸に抱きながらトイレへと歩いていた、そのとき、

 

「――――!」

 

 それは普通の人間には感知できない、ほんの僅かな気配の揺らぎ。ちらほら見受けられる一般の利用者は一切気づいてない様子だが、実戦的な鍛錬を積んでいる修次は誤魔化せない。

 その気配の発生源は、監視対象者であるしんのすけが先程入ったトイレだった。

 

「おいおい、マジか――!」

 

 思わずそんなことを呟きながら、修次は千葉家の十八番(おはこ)である自己加速術式を発動した。一瞬遅れてついてくる門下生の気配を背中に感じながら、彼は夜の闇を跳ね除けて煌々と輝く公衆トイレの入口へと飛び込んでいく。

 そうして見えたのは、怯えの混じった驚愕の表情を浮かべるしんのすけと、

 こちらに背を向けてしんのすけを見つめる、ごくごく平凡な見た目でありながら好戦的な雰囲気が滲み出ている少年だった。

 

「そこのおまえ! 彼から離れろ!」

 

 たとえどのような見た目だろうと、修次は相手の力量を見誤ることは無い。彼は懐から20センチほどの棒を取り出し、先端近くのボタンを押して刃渡り15センチほどの刃を飛び出させると、まだ太刀の間合いであるにも拘わらずその刃を勢いよく振り下ろした。

 一方その少年は、修次の呼び掛けに首を回して後ろを振り返った。そして修次の姿を認めるとニヤッと笑みを深くするが、迎撃も回避もすることなく棒立ちのまま彼の行動を見守っている。確かに傍目には刃が全然届かない場所で短刀を振り下ろしているだけなので、当たりはしないと高を括ってもおかしくないだろう。

 しかしこのとき、修次は既に魔法を発動していた。

 その名も“圧斬(へしき)り”。細い棒や針金に沿って極細の斥力場を形成し接触したものを割断する近接術式で、修次はこれを短刀を起点として空中に作り上げることで擬似的に刃渡りを伸ばしている。それをよく知る門下生達は、攻撃が決まったと内心笑みを浮かべた。

 

 バリィッ――!

 

 しかし修次の見えざる刀身は、少年に届く数センチ手前で突如その勢いを止められ、火花のような閃光と音を鳴らすのみに終わった。少年には傷1つ付いておらず、それどころか1歩もその場を動いていない。

 修次が僅かに目を見開くが、動きは止まらない。自ら魔法を無効化して圧斬りを短刀の空振りに()()と、何の抵抗も無く腰まで振り下ろされた刃を素早く斜めに切り上げた。しかし少年は棒立ちのまま刃の動きを目で追うだけで、そして再び見えざる刃が見えざる壁に阻まれて動きを止める。

 

「ス・ノーマン!」

 

 しかしここで、突如少年が謎の言葉を発した。すると次の瞬間、見えざる壁から突然電撃のような火花がバチバチと散り始めた。

 しかしそれ自体に痺れなどを感じさせる効果は無く、しかしその代わり見えざる壁に接していた見えざる刃が勢いよく跳ね返され、その衝撃が本体の短刀に伝わったためか修次がたたらを踏んで数歩後退った。

 自身が得意とする間合いから離れ、しかもバランスを崩して咄嗟に反撃できない状況。それらを感じ取った周りの門下生の数人が、即座に修次と入れ替わるように少年へと向かっていった。

 

「止め――」

「ス・ノーマン!」

 

 修次の制止と被せて発せられた少年の声に、果敢にも攻めていった門下生達が一斉に後ろへと弾き飛ばされた。それはまるで少年のいる場所で起こった爆発に巻き込まれたかのような光景で、彼らは体を壁などに叩きつけられて苦悶の表情を浮かべている。そしてその中の1人が洗面台に激突し、蛇口が壊れたのか水が噴き出して床を濡らしていく。

 少年を観察してもCADらしき物は見受けられず、魔法発動の直前に発する呪文のような言葉からしても、エリカが事前に話した“魔法使い”の印象と一致する。今まで戦ったことのないタイプの敵に、修次はこれまでの任務の中でもトップクラスの緊張感を覚えた。

 しかしそんな状況でも、修次は優先すべきことを見誤ったりはしない。

 

「しんのすけくん! ここは僕が引き受けるから、君は早くここから脱出を――」

「あの小僧なら、とっくにここから逃げてるぞ」

「えっ? ――あれっ? いつの間に!?」

 

 よりによって敵である少年から教えられた事実に、修次は驚きと共に辺りを見渡した。確かに天井近くにある明かり取り用の窓が開いており、しんのすけの姿はどこにも見当たらない。別に共闘を期待していたわけではないし、そもそも彼を逃がすことが目的なのだから全然構わないのだが、修次はどうにも胸の奥がモヤモヤする感覚に陥った。

 とはいえ、今は目の前にいる少年だ。コイツが何者なのかを突き止められれば、世間を騒がせている吸血鬼事件と併せて事件の全容が見えてくる――

 

「――――! 何だ、これは……!?」

 

 少年を見据えていた修次の視界が、突如周りに現れた白い(もや)によってモザイクのように覆い隠されていく。それと同時に肌を刺すように鮮烈な寒気を覚え、足元から聞こえてくるパキパキと何かが軋む音に目を遣れば、壊れた蛇口から溢れる床の水がみるみる真っ白に染まりながら凍りついていく。

 防寒も兼ねた装備すら突き抜けて襲い掛かる寒気に、修次は目の前の少年へと視線を戻して強く睨みつけた。

 

「冷却魔法、なのか……?」

「悪いなぁ、旦那。俺にとっちゃ、こっちの方が快適なんでね」

 

 ニタッと不敵な笑みを浮かべてそう言い放つ少年に、修次を始めとした門下生の面々が一斉に武器を構えた。

 千葉家の中でも精鋭揃いの彼らを相手に、それでも少年の表情が揺らぐことはない。

 

「俺を捕まえてぇんだろ? 手抜きのアニメみたいに、ボーッと突っ立ってんじゃねぇぞ」

 

 

 *         *         *

 

 

 パーキングエリアの中でもトイレというのは、それだけのために立ち寄る者もいるほどに利用者が多い施設だ。そんな男子トイレで突如始まった魔法師同士(一方は厳密には違うのだが、一般人からしたら違いなど分からない)の戦闘に、トイレの周辺では困惑と恐怖の入り混じった表情で立ち尽くす人々でちょっとした人垣ができていた。

 そんな人垣の端っこで忙しなく辺りを見渡していたレオとエリカだったが、ふと視界の隅に1人の少年を見つけたことで即座にそちらへと走り出した。

 

「良かった! しんちゃん、無事だったのね!」

「おぉっ、エリカちゃんとレオくん! いやぁ、トイレで急に襲われて――」

「話は後だ! とにかく今はここを脱出するぞ!」

 

 会話する時間も惜しいとばかりに、3人は駐車場へと駆け出した。しんのすけは車をまっすぐ見据えて突き進み、レオとエリカは彼の後を追いながらもチラチラと周辺に視線を遣っている。やがて車まで5メートルほどまで近づいたところで助手席と後部座席のドアが開かれ、しんのすけは助手席に、レオとエリカが後部座席にそれぞれ体を滑り込ませると、ドアが閉まるかギリギリのタイミングで車が勢いよく走り出した。

 車が少ないのを良いことに白線を無視してまっすぐ出口へと突き進む中、エリカが後ろを振り返って最後部の窓から外を覗いた。しかし見えたのはせいぜい建物とトイレ周辺に群がる人々くらいで、その中で何が起こっているかまでは判別できない。一瞬だけ彼女の表情に不安が過ぎるが、直後に1回小さく深呼吸をしたときには不安の色は無くなっていた。

 

「どうやら他の仲間はいないみてぇだな」

「単独で仕掛けてきたってことかい? それはまた、何とも大胆不敵な奴だね」

「それだけ実力に自信があるってことでしょうか……」

 

 車に乗り込んでからずっと窓の外を睨んでいたレオの言葉に、幹比古と美月が素直な感想を口にする。

 

「しんちゃん、襲ってきた奴の特徴ってどんなだった?」

 

 一方、感想よりも情報収集を優先したのは、襲われた張本人であるしんのすけの隣に座る藤林だった。そしてその後ろでは、タッチの差で先を越された達也が静かに口を閉ざす。

 藤林の問いに、しんのすけは眉間に皺を寄せて「うーん」と唸り声をあげてから、

 

「見た目は知らない奴だったゾ。オラと同じくらいの歳の男の子」

「吸血鬼だとしたら、見た目の情報は当てにならない。言動で何か気づいたことはあるか?」

「ゲンドー? うーん、そうですなぁ……」

 

 腕を組んでしばらく考え込むしんのすけに、自然と全員の視線が集まる。運転手である藤林も顔こそ正面に固定しているが、チラチラと視線を彼に向けて次の言葉を待つ。

 そうして皆が待ち構える中、しんのすけが口を開いた。

 

「そういえば、雪ダルマの奴にフインキがそっくりだったゾ」

「……ゆ、雪ダルマ?」

 

 襲撃してきた人間への感想を求めた結果出てきたとは思えない単語に、車の中は張り詰めた空気が弛緩するような雰囲気に包まれた。

 ただ1人、ピクシーを除いて。

 

『――まさかそれって、“ス・ノーマン・パー”って奴のこと!?』

「知ってるのか、トッペマ?」

『知ってるも何も、マカオとジョマが認めた幹部の1人よ。新参だったから私はよく知らなかったけど、しんちゃんの話を聞く限り相当厄介な相手よ』

「そんな……。エリカちゃんのお兄さん、大丈夫でしょうか……?」

 

 意図せずに口から漏れたような独り言に、実際に口にした美月本人がハッとした表情になって口元を手で押さえた。そして恐る恐る、エリカの方へと視線を向ける。

 しかし予想に反して、エリカの表情に不安は無かった。むしろ美月の視線を迎えるようにまっすぐ彼女を見つめ、彼女の心配を消し去るように柔らかな笑みを浮かべている。

 

「大丈夫よ、美月。ウチの兄貴は相当な実力者、ちょっとやそっとの奴らに後れを取るなんてことは――」

「ね、ねぇ! 後ろから何か追い掛けてきてない!?」

 

 エリカの台詞を遮るようなほのかの悲痛な叫びに、運転手である藤林を除いた全員が一斉に後ろを振り返った。

 木曜の夜ということもあり車の通りは疎らであり、仮に猛スピードで走ってくる車やバイクがいれば即座に気づけるほどには目立つだろう。ほのかの声に反応した面々も、そのような乗り物がこちらを追い掛けてくる光景を思い描いていた。

 しかし彼らの目に飛び込んできたのは、まさにそんな“常識”をぶち破る光景だった。

 

「おぉっ! アイツだゾ、トイレでオラを襲ってきた奴!」

 

 達也たちの乗る車から50メートルほど後方にいたのは、紛れもなくあの少年だった。睨みつけるように鋭い視線をまっすぐこちらに向け、しかし口元は不敵な笑みを浮かべている。

 

「ってか、何だアイツ! 生身のまんま俺達を追い掛けてきやがるぜ!」

 

 だがその“移動手段”が尋常ではなかった。一切の乗り物を使わず、まさしく()()()()()()時速100キロほどのスピードを出すこちらに食らいついていた。

 とはいえ、それは自分の足で走っているという意味ではない。よく見ると足元にはローラーが付いており、ジェット噴射の要領で時速100キロの推進力を生み出しているようだ。しかし足元にエンジンなどを搭載しているようには見えず、何らかの魔法的要因によるものと考えられる。

 

「何してんの、次兄上……!」

 

 エリカの口から漏れたその言葉は少年を足止めしていたはずの兄を責め立てるが、その声色や表情は兄の身を案ずる弱々しいものだった。

 一方、達也は自身の傍にある窓を開けて身を乗り出すと、CADをホルスターから抜いて後ろに銃口を向けた。

 

「おっ、達也くん、シートベルト外して危ないなぁ。コンプライアンスに引っ掛かるゾ」

「言ってる場合か」

 

 しんのすけの言葉に冷静なツッコミを入れながら、達也はCADの引き金を引いた。

 次の瞬間、少年の眼前でバチッと火花が散った。

 達也が一瞬目を見開き、続けざまに3回引き金を引く。それに合わせて、少年の眼前で3回火花が散る。

 それを見届けてから、達也は体を戻して再び席に腰を下ろした。

 

「どうしたの、達也くん?」

「魔法を防がれました。多重障壁です。仕組みは十文字家の“ファランクス”と似たようなものでしょうか」

「成程。対象物に直接作用するからバリアを貫通できない達也くんじゃ相性悪いか」

 

 特に残念がることも無く平静を保っているように聞こえる藤林の言葉に、達也もまた特に悔しがることも無く軽く肩を竦めて応えた。とはいえ2人のそんな遣り取りに、達也なら何とかしれくれるのではないか、という想いを無意識に抱いていたほのか・美月・幹比古辺りが顔を青くする。

 と、次の瞬間、突然パラパラと何かが車体を叩きつける軽い音が彼らの周囲で鳴り響いた。

 

「これは……、雨?」

 

 ぐっしょりと濡れたフロントガラスを見た藤林の独り言に、窓際に座っていた全員が一斉にガラス越しの空を見上げた。雲1つ無いとまではいかないものの星空の割合が圧倒的に大きく、雨を降らせるような雲はどこにも見当たらない。

 しかし現に車体は濡れており、そして暗くてよく見えないが車の前方、少なくともヘッドライトの届く道路上も通り雨でも降ったかのように濡れているようだった。

 突然の雨、濡れた路面、雪ダルマ。

 断片的なワードが、達也の頭の中で急速に繋がっていく。

 

「藤林さん! 今すぐブレーキを――」

 

 パキパキパキ――!

 

 達也が声をあげた次の瞬間、フロントガラスが絵具をぶちまけたかのように真っ白に染まり、一気に視界が遮られて何も見えなくなった。咄嗟の判断で藤林がブレーキを掛けるが、自分達の足元からキュイキュイとゴムが擦れる音が聞こえるだけでスピードが緩まっているようには思えない。

 そんな中、更に追い打ちを掛けるような事態が発生する。

 

 パンッ――!

 

 何かが破裂する音、そしてその瞬間に車体が傾いて重力に引っ張られるような感覚に、誰もが車のタイヤがパンクしたことを悟った。もちろん、それが単なる不運な事故ではないことも。

 路面凍結に加え車体のバランスを崩したことでハンドルを持ってかれそうになる藤林だが、腕だけでなく体全体を使って支えることで何とか進行方向をまっすぐに保てていた。しかしそれもいつまで続くか分からず、しかも先程から前回まで踏んでいるブレーキもほとんど作用していない。

 

「レオ!」

「あぁ、分かってる! ――パンツァーッ!」

 

 レオの叫び声と共に音声認識のCADが発動し、彼が最も得意とする硬化魔法が車体全体を包み込むように発動した。

 そしてその数秒後、車はカーブしていた高速道路の壁面に衝突し、ガリガリと火花を散らしながらそのスピードを緩めていき、やがて止まった。薄い金属でできた壁面には事故の様子が思い起こせるほどに直線状の傷が刻まれていたが、車体の方には特に傷らしきものは見当たらず、車体の凹みや潰れなども見られない。

 一斉に車のドアが開かれ、中から達也たちが続々と降りてくる。しかし全員がそうしているわけではなく、最後部に座る美月とほのか、そしてその間に挟まれて座るピクシーはそのまま車内に残っていた。

 

 車を降りて後方に目を向けたとき、真っ先に彼らの目を惹いたのは、片側3車線に渡る高速道路を横断する氷の壁だった。大型のトラックでさえすっぽりと隠すほどの高さを誇るそれに、行く手を遮られたのだろう後続の車がクラクションを鳴らすのが聞こえてくる。

 そしてそんな壁の前で、生身の状態で自分達を追い掛けていた例の少年が、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま悠然とこちらに向かって歩いていた。

 

「やぁ皆さんお揃いで! 良かった良かったぁ!」

 

 待ち合わせの相手にようやく会えたかのような爽やかな笑みでそう呼び掛ける少年に、しんのすけ・達也・深雪・レオ・エリカ・幹比古・藤林の7人が車に背を向けた横並びの陣形で迎え撃つ。

 そんな彼らを見渡しながら、少年は笑みをフッと消してこう言った。

 

「――まとめてあの世へ行ってもらおうか」




「『クレヨンしんちゃん「オラと博士の夏休み」~おわらない七日間の旅~』は、この夏発売!」
「どうしたの、達也くん? 急に変な独り言いって」
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
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