嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第90話「クールなアイツと戦うゾ」

 異世界からの侵略者、マカオとジョマ。単独でも世界を圧倒するほどに強大な力を持ち、“命を与える魔法”によって魔力の続く限り部下を自在に増やすこともできる2人だが、基本的には少数精鋭を好む傾向にあり、テーマパークに擬態したアジトを運営するために頭数が必要な場合などを除いては、自分達の命を直接受ける幹部ですら片手で数えるほどしかいない。

 マカオとジョマを支える幹部は、現在3人。

 

 1人は、クレイ・G・マッド。本来の姿はシルクハットにタキシードというサーカスの団長然とした中年男だが、その正体は狼男である。魔法もある程度は使えるが、フィジカルを活かして相手を圧倒する戦い方を得意とする。

 1人は、チョキリーヌ・ベスタ。本来の姿は露出の多い水着のような衣服に身を包む褐色肌の女性であり、しんのすけ好みの所謂“綺麗なお姉さん”である。しかしその見た目に反して性格の悪さは手下の中でも随一で、卓越した魔法の腕も相まって相手にするには相当厄介だ。

 そして最後の1人が、ス・ノーマン・パー。幹部の中では最も新参であり、本来の姿は間抜け面の雪ダルマそのもの。しかしその戦闘力は折り紙付きで、それは人間に寄生せざるを得ない今もなお健在だ。

 

「ねぇトッペマ! アイツとは前にも戦ったんじゃないの!? 何か弱点とか無い!?」

 

 車の中に残ったほのかがピクシーに問い掛けると、彼女は念動力でロボットの表情を深刻なものに変えながら考え込み、やがて小さく溜息を吐いて(ピクシーに呼吸器は無いためあくまで素振りである)首を横に振った。

 

『残念だけど、アイツとはほとんど面識は無いわ。人形の体に封印されていたときは一度も会わなかったし、本来の姿に戻った後にしんちゃん達を襲おうとしてたアイツを倒したときくらいよ』

「で、でも倒したってことは――」

『本来の姿で、しかもマカオとジョマが封印されて弱体化していたときを狙って、だけどね。正直今の私だと、アイツの一撃を凌ぐのも至難の業でしょうね』

 

 あくまでも冷静に自己と他者の力量差を分析するピクシーに、襲撃者の弱点を問うたほのか、そしてその遣り取りを聞いていた美月がゴクリと息を呑んだ。

 そんな2人の視線を受けながら、ピクシーが窓の外へと視線を飛ばす。

 その視線の先にいるのは、100年もの間けっして忘れることのなかった恩人がいた。記憶にある姿よりも随分と成長しているが、その中身についてはほとんど変化が無く、100年の空白を埋めるのにさほど時間が掛からなかったほどだ。

 

『しんちゃん……』

 

 ぽつりと、ピクシーの口から言葉が漏れた。

 

 

 *         *         *

 

 

 生身で高速道路を駆け抜けて自分達を追い掛けてきた少年1人に対し、こちらは車を降りた人員のみを数えても、しんのすけ・達也・深雪・レオ・エリカ・幹比古・藤林の7人。単純に頭数が多いだけでなく、遠距離攻撃から近接戦闘まで幅広くカバーできる手数の多さがある。単純に考えれば、皆で協力すれば少年1人抑え込むなど訳無いように思えるだろう。

 しかしその場にいたほとんどの者が考えていたであろうその思惑は、戦闘開始の瞬間にあっさりと崩れ去ることになる。

 実力未知数の少年によって――ではなく、味方である深雪の“一手”によって。

 

「ちょっ、深雪!?」

「おいおい、いきなりかよ!」

 

 今にも少年へと飛び掛かろうとしていたエリカとレオだったが、隣で急激に想子(サイオン)を活性化させる深雪に嫌な予感がして踏み留まった次の瞬間、指揮者のように優雅な所作で差し出された深雪の手が示す先――少年が立つ周辺の空間に変化が生じた。

 

「何だ何だ、見た目より随分喧嘩っ早いな!」

 

 そして少年はむしろ楽しそうに笑みを浮かべながら、深雪と同じように右手を彼女に差し向けた。こちらは特に見た目に何かしらの変化が表れる様子も無く、ほとんど“瞬時”と表現して差し支えないタイムラグで空間に変化が生じる。

 そうして2人のちょうど中間辺りで、2人が作り出す偽りの世界が激突した。

 

 深雪が繰り出したのは、気体分子をプラズマに分解し、さらに陽イオンと電子を強制的に分離させることで高エネルギーの電磁場を作り出す領域魔法“ムスペルスヘイム”。

 一方少年が繰り出したのは、空間内の水蒸気や二酸化炭素を凍結させるだけでなく窒素までをも液体化させるほどの冷却魔法。現代魔法に照らし合わせると、高難度の領域魔法“ニブルヘイム”に相当するほどの大技だ。

 雷光瞬く雷炎の世界と晶光煌めく氷雪の世界が激突することで、冷気が熱プラズマを気体に戻し、熱プラズマが凍結した空気を気体に戻す。それによって地上にはオーロラの(とばり)が下ろされ、まるで光が舞っているかのような幻想的な光景を生み出していた。それこそ、死と隣り合わせであることを忘れてしまうそうなほどに。

 

「おぉっ、綺麗ですなぁ」

「な、何よ、この光景……!」

 

 目の前に突如現れたその光景に、しんのすけは呑気な口調で正直な感想を漏らし、藤林はその危険性と魔法をぶつけ合う深雪と少年の実力に唖然となり、

 

「……やべぇな、早々に俺らの出番が無くなったぞ」

「仕方ないわよ、アタシ達は所詮殴る斬るしかできないんだから」

 

 そして近接戦闘専門のレオとエリカは、昂っていた戦意にニブルヘイムをぶっ掛けられたような心地になって半分いじけていた。

 しかしそんな中でも、遠距離攻撃の手段を持つ達也と幹比古は尚もCADと呪符を構えていた。

 達也が放ったのは、先程少年が追い掛けてきたときにも使用した分解魔法。しかしその矛先は少年だけではなく、少年が放つ魔法そのものに対しても向けられていた。しかし現代魔法とは構造が違うからか魔法式に相当する箇所は見つけられず、ならば深雪への対応に追われる今ならばと少年に分解魔法を仕掛けるも、残念ながらそちらも先程と同じくバリアに阻まれてしまった。

 一方幹比古も、精霊を介して少年への攻撃を試みる。地面の表層を振動させる古式魔法“地鳴り”や雷を起こす“雷童子”を用いるも、達也と同じくバリアに阻まれて効果はさほど見られない。用途に応じて様々な種類の障壁魔法を使い分ける必要があるという常識に則って複数の魔法を発動させた幹比古だが、その光景に彼はチッと無意識に舌を鳴らした。

 

「こちら藤林。奴らの一味と思われる少年と交戦中、増援を要請します――」

 

 とはいえ、現在彼らの背後では藤林が携帯端末にて味方に増援を要請している。このまま時間稼ぎをして増援を待つというのも、彼らからしたら立派な作戦の1つだろう。

 

「うーん、やっぱ退屈だよなぁ」

「――――!」

 

 しかしそのとき、少年が唐突に口を開いた。

 当然ながら、達也たちが一気に警戒心を膨れ上がらせる。

 

「魔法のぶつけ合いが魔法使い同士の戦いの醍醐味ってのは分かるんだが、やっぱ景色が変わらねぇってのはつまんねぇよなぁ」

「おっ? だったらどうするの? 降参してくれる?」

「おいおい、それこそつまんねぇだろ、元ジャガイモ小僧。そうだな――」

 

 少年はそこで1呼吸分だけ間を空け、そして続きの台詞を口にした。

 

「――ここで意外なゲストが登場、ってのはどうだ?」

 

 その瞬間を見計らったかのように、少年のすぐ隣に1人の男が姿を現した。とはいえそれは突然湧いて出たのではなく、高い所から跳んで地面へと舞い下りたと表現するのが正しい。おそらく少年の背後にある氷の壁を登ってそこから飛び降りたのだろう。

 そしてその男は、少年の言う通りまさしく“意外”だった。

 

「――次兄上!?」

 

 エリカが驚きの声をあげた通り、それはまさに先程パーキングエリアで少年を足止めしていた修次だった。

 なぜ彼がここにいるのか。

 捕り逃がした敵を追い掛けてきたのか。

 少年と戦ったはずなのに怪我をした様子が無いのはなぜか。

 少年を追い掛けてきたのなら、なぜ今まさに隣にいる少年を狙わないのか。

 むしろ、こちらを睨みつけているのはなぜなのか。

 

 様々な疑問が頭を駆け巡るが、その修次がその手に持つ短刀を大きく横に振りかぶったところで、それらの疑問は塗り潰された。

 

「――――みんな、伏せて!」

「――――全員、伏せろ!」

 

 エリカと達也が同時に声を張り上げ、そしてそれを聞いた全員がほぼ反射的に膝を折ってその場に身を伏せた。

 その瞬間、全員の頭上に何かが通り過ぎるような感覚が過ぎった。視線だけを上へと向けるが、頭上には空が広がっているだけで何かあるわけではない。正面にいる修次を確認しても、彼は着地した場所から1歩も動かず、両手で柄を握り締める短刀がその切っ先を横に向けているだけだ。

 しかし先程声をあげたエリカと達也は真っ先に後ろへと振り返り、驚愕に目を見開いた。

 

 自分達がここまで乗ってきた車が、ちょうど半分の高さで真っ二つになっていた。

 そして車が衝突した薄い金属製のフェンスも、車とまったく同じ高さで真っ二つに切り裂かれていた。

 

「おぉっ!? 何だコレ!」

 

 ワンテンポ遅れて2人の視線を追ったしんのすけ達も次々と驚きを見せ、そして同時に何が起こったのか、というよりも修次が何をしたのか思い至った。

 それによって起こり得る“最悪の結末”と同時に。

 

「美月! ほのか!」

「トッペマ!?」

 

 車の中にいたはずの3人(傍目には2人と1体だろうが)に呼び掛けるレオとしんのすけの声にも、無意識に悲痛の色が浮かぶ。

 

『――――あっぶな! もう少しで真っ二つだったわ!』

 

 しかしそんな2人の声に応えたのは、半分になった車からニョキッと姿を表したピクシーだった。もはやロボットとは思えないほどに焦りの感情を露わにするピクシーの両脇で、同じようにニョキッと頭を生やすのは恐怖で顔を青く染める美月とほのかだった。

 3人の無事を確認し、ホッと胸を撫で下ろすレオ達。

 しかしそんな彼らの気の緩みを、達也の叱咤が断ち切った。

 

「気を緩めるな! まだ来るぞ!」

「その通りだぜ、ガキンチョ共!」

 

 達也の言葉に応えたのは、あろう事か敵である少年だった。

 そうして不敵な笑みを浮かべる彼の周りには、鋭い切っ先を持つ氷の槍が糸で吊られているかのように宙を浮いていた。ザッと数えただけで数十は優にある氷の槍が、1つ残らずこちらへと向けられている。

 そして次の瞬間、氷の槍が見えない力に押されて一斉に射出された。

 達也が舌打ちをしてCADを構える――

 

「みんな! オラの近くに集まって!」

 

 その横でしんのすけがそう叫び、そして返事を聞く前に想子(サイオン)の活性化を始めた。

 

「“アクション・ローリング・ハリケーン”!」

 

 必殺技らしき名前を叫んだ直後、しんのすけの周囲に突然竜巻のような突風が発生した。その竜巻は術者とその近くにいる友人達を守る盾となり、彼らに向かって一直線に飛んできた氷の槍を物の見事に弾き飛ばしていく。

 自分の攻撃を防がれた少年だが、悔しがるどころかむしろ楽しそうに破顔した。

 

「へぇ! やるじゃねぇか、元ジャガイモ小僧」

「いやぁ、それほどでも~」

「野原くん、なに敵に褒められて照れてるんだい……」

 

 魔法の行使中に頭を掻いて照れる様子を見せるしんのすけに、幹比古が呆れを多分に含む声で呟くようにツッコんだ。完全に余談だが、彼の周りには様々なタイプのツッコミ要員が揃っているように思える。

 

「よーし、だったらもっと数多くしてやってみようか」

 

 あくまで軽口を崩さない口調で少年はそう告げて、宣言通り氷の槍を更に増やして突撃させた。その濃密さたるや、まるでマシンガンを携帯した兵士を並列させて一斉射撃でもさせるかのようだが、それでもしんのすけの起こす竜巻は内側への侵入を許さず、氷の槍は突風に衝突しては粉々に砕け散っていく。

 しかし彼らは無傷でも、竜巻に守られていない周囲はそうもいかない。少年が繰り出す氷の槍はその全てが彼らへと特攻しているわけではなく、路面は所々ヒビ割れて小さなクレーターを作り、修次の攻撃を逃れたフェンスも氷の槍による猛攻を受けてボコボコに凹んでいる。

 

 そうして竜巻を逃れた氷の槍の中には、しんのすけ達の後ろへと飛んでいくものもあった。

 修次によって背丈が半分となった、ほのか達が身を隠す車へと。

 

「――くっ!」

 

 達也が顔をしかめながら後ろを振り返り、CADのトリガーを引いて魔法を発動した。しんのすけが攻撃を防いでくれていることもあり同時照準を36にまで増やせる達也だが、空中で粉々に砕け散る氷の煌めきに混じり、その鋭い先端をそのままに車へと突っ込む氷の槍が幾つも見られる。

 迫り来る氷の槍に美月は咄嗟に座席へと身を伏せるが、ほのかは恐怖のあまり体が凍りついたように動かない。

 

『ほのかちゃん、危ないっ!』

 

 そしてすぐ隣にいたピクシーがほのかの体を引き寄せ、そのまま体を捻って自身を盾にするように背中を氷の槍へと晒した。

 

「ヤバい! トッペマが――」

「えっ――」

 

 エリカの叫びに、しんのすけが反応して後ろを振り返る。

 竜巻越しに見えるのは、迫り来る氷の槍から身を挺して友人を守ろうとするピクシーの姿。

 咄嗟にピクシーの下へと飛び出そうとするが、自分が動けば周りの友人達に危害が及ぶ。

 

「――トッペマ!」

 

 しんのすけにできることは、彼女の身を案じてその名前を呼ぶことくらいだった。

 

 そしてその瞬間、達也は確かに感じた。

 魔法よりももっと直接的な思念の干渉とも言うべき、サイオン波の急激な高まりを。

 

 

『“アクション・ローリング・ハリケーン”!』

 

 

 それは現在しんのすけが展開している、竜巻を発生させる魔法の名称。

 しかしそれを口にしたのは彼ではなく、今の技術で可能な限り人間に近づけた人工音声。

 そしてそれを示すように、ピクシー達の乗る車を取り囲むように突然竜巻が発生した。

 

「あれって、まさか……!」

「しんちゃん! 一度に2つも竜巻出せるの!?」

「知らないゾ! オラは何もやってないゾ!」

「……何だ何だ? 何がどうなってやがる?」

 

 レオ達が驚愕し、少年が怪訝の表情を浮かべる中、ピクシー達を守る竜巻は氷の槍を弾き飛ばし、粉々に砕けた氷の粒が周辺に撒き散らされた。その威力はまさしく、しんのすけが繰り出したそれとほとんど遜色無いように見える。

 少年が魔法を解いたことで氷の槍による猛攻も止み、それと同時に2つの竜巻が同時に掻き消えた。それによってピクシー達の様子も明らかとなるが、3人共がキョトンとした表情を浮かべたまま固まっており、つまりそれは(魔法を行使したピクシーも含めて)誰1人状況を理解していないことを意味している。

 それをレオ達が理解する、ほんの1呼吸ほどの合間。

 

「“アクション・ミサイル”!」

 

 しんのすけが高らかに技の名前を叫び、その瞬間に反応した彼のベルト型CADが構成した魔法式によって魔法が発動した。硬化魔法・加速魔法・移動魔法を併用して弾丸となったしんのすけが、最短距離でまっすぐ少年へと突っ込んでいく。

 そしてそれに反応したのが、短刀を構えてしんのすけと少年の軌道上へと向かう修次。

 そして更にそれに反応した達也が、修次へとCADの銃口を向けてトリガーを引いた。

 

「なっ――!」

 

 そうして修次の右腕が根本から切り離されてボトリと地面に落ち、それを見たエリカが思わず声を漏らし、

 

「げふぅっ!」

 

 しんのすけの頭が腹にめり込んだ少年は間抜けな声をあげて、技の名前よろしくミサイルのように突っ込んだスピードそのままに吹っ飛び、通行を妨げている氷の壁へと激突した。しかしすぐさま両脚で地面を踏み締めて立ち上がる様子から、おそらくバリアを張っていたためにダメージはさほど無かったと思われる。

 それを示すように、少年は腹の辺りを撫でながら達也へ視線を向けてニヤリと笑う。

 

「おいおい、友達の兄貴だってのに随分と容赦無いんだな」

「兄貴? ――エリカ、奴はエリカの兄上だったのか?」

 

 達也が平然とした表情で、それこそ開き直っているとも取れる態度でエリカに問い掛ける。

 その問いに対してエリカは――笑顔でこう答えた。

 

「コレが兄貴? そんなわけないじゃない。剣の振り方が素人みたいに隙だらけだし、何よりこんだけ切り刻まれて血の1滴も流さないなんて普通じゃないでしょ」

 

 エリカがそう言い放って見下ろした自身の足元には、四肢を根本から切り落とされ、首も真っ二つに切断されたことで6つのパーツに分かれた修次が、それこそ感情を無くしたように無表情のまま平然としていた。更にはそんな状況にも拘わらず絶命する様子は無く、それぞれのパーツが陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと蠢いている。

 確かにこんな光景を前にして、奴を普通の人間だと思う者はいないだろう。それこそ、何らかの理由で動くマネキンか何かだとする方が自然なくらいだ。

 

「何だ、すぐにバレちまったか。もうちょい動揺すると思ったんだけどな」

 

 吐き捨てるように少年がそう言って、達也たちに向き直った。分かりやすい再戦の合図に、彼らも無言でCADや呪符を構えて応対する。

 ふとしたタイミングで激しい戦闘が始まりそうな、まさしく一触即発の雰囲気。

 そしてこの場にいる誰がその雰囲気を崩すのか、と無言の心理戦が行われていた、

 まさにそのとき、

 

 

 達也たちと少年のちょうど中間の辺りに、金色の天使が舞い下りた。

 

 

 その少女は小さな仮面で目元を覆っているが、その程度では隠し切れないほどの美貌を携えている。まるで自ら輝いているのかと錯覚するほどに艶のある金色の長い髪は後ろで纏められ、蒼穹の瞳は青空を閉じ込めたかのように澄み渡っている。

 そしてその少女は、全体の3分の2が細く、残りの3分の1が太くなっており、大小の境目に箱状の棒が十字に取りつけられた全長1.2メートルほどの、魔法使いの“杖”と呼ぶにはあまりに奇妙な形をした物を握り締めていた。

 

「あれっ? リーナちゃん、なんで――」

 

 急に見知った顔が目の前に現れ、しんのすけが素直な疑問の声をあげる。

 しかしその少女・リーナは彼の言葉に応えず、後ろをクルリと振り返って少年へと向き直り、

 

「――――はっ?」

 

 かっ――。

 

 まるでサーチライトのような強烈な光が、まっすぐに少年を貫いた。その光はあまりに太くて眩しく、光に呑み込まれた彼の姿がまったく見えないほどだった。

 そして光が消えて元の夜闇と高速道路の照明が入り混じる薄暗さを取り戻したとき、少年の姿はどこにも見当たらなくなっていた。少年が立っていた場所には小さく炎が上がっており、燃えカスのような黒い何かが転がっているのが見える。しかしその後ろにある氷の壁には一切傷がついておらず、おそらくその直前で先程のビームが消えたのだと思われる。

 

「あれっ? リーナちゃん、アイツはどこ行ったの?」

「アイツ? あぁ、アイツは……、どこ行ったのかしらね?」

 

 1人だけ状況がよく分かっていないしんのすけの問い掛けに、リーナはキョトンとした表情で首を傾げながらそんな答えを返した。傍から見れば明らかに演技であることは丸分かりだし、現にエリカ辺りは「うわぁ……」とでも言いたげに顔をしかめているが、しんのすけは「ほほう、そうですかぁ」と彼女の答えに納得した様子で頷いていた。

 しかし達也としてはさすがに看過できないのか、眉間に手を遣って頭痛を訴えるようなジェスチャーをしながらリーナに近づいていった。ちなみに彼の隣には当然のように深雪の姿もあり、そして彼女もリーナに対して呆れたように目を細めている。

 

「リーナ、おまえ……」

「あら、タツヤ。随分なリアクションじゃない。せっかくピンチのところを助けてあげたのに」

「それについては感謝する。だが知っての通り、アイツはパラサイトと似た性質を持っている。宿主を殺したところで、奴はまた別の人間の体を乗っ取るだけで根本的な解決にはならないんだが」

 

 達也の言葉に、リーナはそれでも悪びれる様子も無く答える。

 

「だとしても、アイツがシンちゃんと因縁のある奴だとしたら、相当厄介な相手だっていうのはタツヤだって分かるでしょ?」

「……それは奴の能力という意味だけでなく、しんのすけの“主人公補正”も関係しているという意味でだろ?」

「その通りよ、タツヤ。だからこそワタシは、奴に対して全力で攻撃を仕掛けたのよ。生け捕りのために手を緩めるなんて真似はできないわ」

「いや、だからって……」

 

 達也の視線はリーナが未だに持っている、魔法使いの“杖”と呼ぶにはあまりに奇妙な形をした魔法兵器へと向けられた。いや、その魔法兵器を用いて発動された“魔法”を思い起こした、の方が正確か。

 

 ――おそらくさっきの魔法が、戦略級魔法“ヘビィ・メタル・バースト”だな。

 

 重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅して広範囲にばら撒く、という原理で繰り出されるこの魔法は、本来は高エネルギープラズマを爆心地点から全方位に放射するものだ。しかし先程の魔法は指向性を持つビームとなっていたし、おそらくその有効射程もコントロールされていた。

 そしてそれを実現しているのが、リーナの持つ“杖”なのだろう。普段の達也ならば賞賛を惜しまなかったところだが、生憎と今は素直にそれを表現できる気分ではない。まさか戦略級魔法をこんな往来で、しかも人の目がある場所でぶっ放すなどとは夢にも思わなかった。

 

「まぁまぁ達也くん、そんなに怒らないの。せっかくリーナちゃんが助けてくれたんだから」

 

 と、しんのすけがリーナを擁護する言葉を口にしたからか、彼女が勝ち誇ったようにニヤリと笑って胸を張った。

 

「シンちゃんの言う通りよ、タツヤ。少しは素直に感謝したらどう?」

「おまえ達、何を呑気なことを……」

 

 呆れて物も言えないといった感じに大きく溜息を吐く達也に、隣で聞いていた深雪もさすがに兄を不憫に思ったのか2人に向けて口を開き――

 

「そうだぜ、おまえら。まだ戦いは終わってねぇんだからよ」

 

「――――!」

 

 突如聞こえてきたその声に、その場にいた全員が一斉に目を見開いて辺りを見渡した。声色は初めて聞くものだったが、その語り口調が、そして何より声が纏う“空気”が、先程リーナが消し飛ばしたはずの少年そのものであると誰もが確信する。

 そうして達也たちが反応した次の瞬間、彼らの周りに青白い光の粒がポツポツと現れ始めた。最初は数えるほどだったそれも数秒経たない内にその数を急激に増やし、夜空の星が地面に下りたような幻想的な景色へと変貌を遂げる。

 そしてその光が風に乗って流されるように移動を始め、彼らから少し距離を置いた箇所に集まりだした。光の粒はやがて1つの大きな光の塊となり、そしてその光の塊がグネグネと動き出してシルエットを形成する。

 

「……雪ダルマ?」

 

 そのシルエットを見ていた誰かがポツリとそんな言葉を呟いたとき、光が弱まって“奴”が姿を表した。

 絵本の中から飛び出したかのような、まさしく“生きた雪ダルマ”としか表現できない外見。

 その姿を見ただけで、そいつが“外の世界”から来た存在であることが理解できた。

 

「初めまして、とでも言うべきか? スノーマン」

「スノーマンじゃなくて、ス・ノーマンな。“ス”で区切るのが俺のこだわりなのよ」

 

 達也の言葉に、その雪ダルマ――ス・ノーマンは眉を動かしてそう答えた。眉の角度くらいしか変化する箇所が無いからか、少年だったときよりも感情表現が希薄に見える。

 

「それが本来の姿か」

「さっきのガキから貰った魔力で、ようやく必要な量まで溜まったからな。そこのお嬢ちゃんには感謝しないとなぁ」

 

 ほぼ無表情ながら小馬鹿にしているのがよく分かるス・ノーマンに、悔しそうに口元を歪めるリーナ。

 しかし達也はそれを気にする素振りも無く、話を続ける。

 

「それで、こうして姿を見せたということは、本気で俺達を殺そうというのか?」

「おいおい、そんな喧嘩腰じゃいけないよ達也く~ん。別に俺はそこまで君達と争う気は無いんだから~。だって――

 

 ――おまえらの目を惹くって任務は、もう達成してるんだからな」

 

 プルルルルル――。

 

 突然鳴り響いた飾り気の無いデフォルメ設定の着信音に、本体が同時に震えているため真っ先に反応した藤林がポケットから携帯端末を取り出した。

 自然と周りの面々がス・ノーマンを警戒するように藤林を守る陣形を取り、そして彼女自身も奴から目を離さずに画面をタップして耳に当てた。

 

「はい、藤林です」

『風間だ。――やられたよ』

「――――!」

 

 電話口の相手――直属の上司である風間大佐の簡潔な言葉に、藤林は大きく目を見開いた。

 ピクシーからもたらされた情報は達也を通して独立魔装大隊にも伝えられ、任務遂行のために大隊は人知れずバックアップ体制を構築していた。しかしそれはそれは藤林と乗り物を派遣し、ピクシー用の服を提供するだけでなく、閉園後のヘンダーランド入口で待機して秘密裏にしんのすけ達の後方支援を担うチームも存在していたのである。

 そして隊長である風間は、まさにその後方支援チームを担当していた。

 そんな彼から、そのような報告があったということは――

 

『未確認の高速飛行物体が我々の頭上を通過し、そのままヘンダーランド内へと侵入した。方向からして、おそらくそのまま城の中に突入したと思われる。なお、園内にいる従業員には今のところ人的被害は無い模様』

「高速飛行物体? まさか――」

『映像班に解析を急がせているが、どうやら人間に似た姿をした複数の生物らしいとのことだ。確認はできていないが、十中八九マカオとジョマ達だろう』

 

 と、風間の報告が終わったタイミングで幹比古が「あっ!」と声をあげ、すかさず藤林も会話を中断してス・ノーマンへと目を向ける。

 その瞬間、ブオンッ! とエンジンのような音を鳴らし、ス・ノーマンが勢いよく飛び出して自分達の脇を通り過ぎた。その足元をよく見ると、車を追い掛けてきたときのローラーブレードのような物に変形しているのが分かった。

 

「じゃあな、おまえら! 先にヘンダーランドで待ってるぜ~!」

 

 そうしてス・ノーマンは軽い口調でそう言い残し、手でも振っていそうな軽やかさでそのまま高速道路を走り去っていった。車とフェンスが切り裂かれ、路面のあちこちがクレーターとなっている高速道路のど真ん中で、達也たちはただ小さくなっていく奴の背中を眺めているしかなかった。

 

「いやぁ、まんまとやられてしまいましたなぁ」

 

 まるで他人事のように呑気にそんなことを言うしんのすけにツッコミを入れる余裕は、その場の誰にも無かった。




「どうかしたんですか、先輩? 何だか疲れてるみたいッスけど」
「そりゃ疲れもするだろ。グループの総帥が懇意にする元バイトが園を貸切にして遊ぶから、その間面倒見てやれって言うんだぞ? 時間外労働だし気ぃ遣いっ放しだしでやってらんねぇよ」
「でも大丈夫ッスかね? 万が一のことがあったら……」
「遊園地だぞ? 確かに夏に魔法師が暴れたことはあったけど、他に客もいない中で何かあるなんて――」
「あれ? 何か電話ッスね」

『突然の連絡で申し訳ない。私は国防軍所属の風間玄信という者です。緊急事態につき、我々への協力を要請したい』

「…………」
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