嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第92話「ヘンダーランドで戦うゾ その1」

 ヘンダーランドは大きな湖に浮かぶ複数の島で構成されており、正面ゲートから伸びる橋以外に入口は存在しない。ゲートを潜った来園者は橋の上を通る線路を走る汽車に乗るか、橋の下を通る湖底トンネルを歩くことで最初のエリアである“おとぎの森”に入ることができる。

 どちらにしても逃げ場の無い一本道であり、もし敵が待ち伏せしていたら正面からぶつかり合うことになる。相手は未知の魔法を使うだけに、なるべく早く通り抜けてしまいたいところだ。

 

「ねぇねぇ達也くん、せっかくだから汽車に乗って行こうよ」

「何が“せっかくだから”なのか知らんが、そもそも動かせるのか?」

「ダイジョーブ! ここでバイトしてたときに動かし方は教わったから!」

 

 スキップ混じりで走っていくしんのすけに達也たちがついて行くと、子供の玩具のように原色に塗られた蒸気機関車が彼らを出迎えた。もっとも本当に蒸気で動いているのではなく、あくまでそう見えるように作られただけで実際には電動らしい。

 蒸気機関車の後ろにはトロッコに屋根が付いたような客席が3つ連結されているが、柵の無い開放的なシートに乗れるのは背の低い子供のみで、大人は最後尾の鉄格子に囲まれたシートに纏めて押し込められる形となる。とはいえ今の状況で律儀に檻の中に入る者はおらず、しんのすけに倣うように身長制限のバーを次々乗り越えていく。

 そうしてしんのすけが運転席へと突き進んでいくと、

 

「ウキッ?」

 

 運転席から猿が顔を出し、しんのすけを見るや睨みつけるような顔でゆっくりと降りてきた。服を着て帽子を被り、口に咥えた煙草からは煙が一筋立ち上っている。

 

「えっ? まさか猿が運転してんのか?」

「本物に見えるけど、精巧に作られたロボットなんだって」

「やぁやぁお猿さん、緊急事態だからちょっと借りるね」

 

 驚くレオにほのかがパンフレットから得た知識を披露する中、しんのすけが猿の脇を通り抜けて運転席へと乗り込もうとして、

 

 バンッ――!

 

 猿が運転席のドアを足で勢いよく閉め、そのまま()め上げるようにしんのすけへと詰め寄っていく。それはまさしくヤンキーが喧嘩を売っているようであり、その迫力にしんのすけは「おっ? おっ?」と戸惑いながら後ろへと追いやられていく。

 

「なぁ。アレって本当にロボットか?」

「きっと凄いAIを使ってるんだろうね」

 

 ほのかが感心したように頷く横で、エリカが「仕方ないわね」とばかりに猿としんのすけの間に割って入った。

 

「ごめんね、お猿さん。アタシ達はこのテーマパークから悪い奴らを追い出すために、ヘンダー城に向かわなきゃいけないの。この汽車を借りても良いかしら?」

 

 ニッコリと人当たりの良い笑みを浮かべるエリカに対し、猿は彼女の顔に視線を向け、そこからゆっくりと足先まで下ろし、そして再び胸の辺りまで視線を戻し、

 

「――――ヘッ」

「おい今どこ見て鼻で笑った? 首を切り落として本当にロボットか確かめてやろうか?」

「止めろエリカ! 猿相手にムキになるな!」

 

 武装デバイスを振り回すエリカをレオが後ろから羽交い締めにして止める横で、今度は深雪が猿の前に躍り出た。

 

「お願いします、お猿さん。汽車を貸してもらえませんか?」

 

 体の前で手を揃え腰を折って頭を下げる深雪に対し、猿は彼女の顔に視線を向け、そこからゆっくりと足先まで下ろし、そして再び胸の辺りまで視線を戻し、

 

「ウッキイイイイ!」

 

 鼻の穴を大きく膨らませて蒸気機関車顔負けの煙を吐き出すと、そのまま深雪の手を引っ張って運転席に連れ込んでしまった。

 

「えっ? えっ?」

「おぉっ、さすが深雪ちゃん! お猿さんもメロメロにするなんて凄いゾ!」

「良くやったわ、ミユキ! そのままその猿に運転してもらって!」

「へぇ、本当に良く出来たロボットだね」

「まだ言うか?」

 

 深雪を隣に座らせた猿がやる気に満ちた顔と慣れた手つきでテキパキと準備を進める間に、しんのすけ達は後ろのシート席に素早く乗り込んでいく。

 ちなみに席順は、1つめのトロッコにしんのすけ・達也・リーナ・ほのか・ピクシーが、2つめのトロッコにエリカ・レオ・幹比古・美月といった感じだ。

 

「それじゃ、出発おしんこー!」

「ウッキィ!」

 

 煙突からもうもうと白い煙を吐き出しながら、しんのすけ達を乗せた汽車が駅を出発した。そして程なくして、湖を突っ切る一本橋へと差し掛かる。

 元々は子供が座る客席だけあって、トロッコの壁面は腰ほどの高さしかない。湖面の一本橋を走るためシートの端に座るとなかなか恐怖を感じるが、壁面に手を遣るなどしてバランスを取ればやり過ごせる程度だ。

 そうして周囲に目を光らせる達也たちだったが、特に敵の姿も無ければ汽車の進路を妨害されることも無かった。せいぜい途中で数字が大きく描かれたゲートが行く手を阻むくらいであり、それもセンサーが仕込んであるのか汽車が近づくと自動的に開き、特に何事も無く通り過ぎていく

 結局汽車はそのまま一本橋を渡りきり、最初のエリアである“おとぎの森”に入っていった。先程までの開放的な湖上と一変して、木々が生い茂る見通しの悪い景色へと変貌を遂げる。

 

「おぉっ! 達也くん、あそこにリスが並んでるゾ!」

「しんのすけ、頼むからもっと集中してくれ」

 

 本当にテーマパークに来たかのようにはしゃぐしんのすけに、達也を始めとした魔法科高校の面々が呆れやら苦笑いといった反応を見せる。

 しかしただ1人、ピクシーだけが彼の指差すリスを見て目つきを鋭くした。

 

『……今のリス、感覚共有の魔法が掛けられてた』

「感覚共有? あのリスを通して誰かが俺達を見てたということか?」

『そういうこと。みんな、注意して』

 

 ピクシーの呼び掛けに、皆が表情を険しくして今まで以上に周囲に意識を向ける。

 そうして最初に気づいたのは、先頭の運転席に猿と一緒に座る深雪だった。

 

「――お兄様! 前方から何か音がします!」

 

 深雪の言葉に、名前を呼ばれた達也だけでなく全員が身を乗り出して前に注目した。

 森を真っ二つに切り裂くように作られた線路が伸び、汽車がそれに沿って進んでいく景色が見える。それまでは大きな樹を避けるように細かく左右に振られていたが、ここからしばらくは長い直線が続く、正面の景色に限っては見晴らしの良い景色となっている。

 そんな線路の先から、自分達が乗っているのと同じ汽車がこちらに迫ってくるのが見えた。

 しかもその汽車が走る線路は、自分達のそれと同じである。

 

「ウッキィィィ!?」

「やべぇぞ! このままじゃ正面衝突する!」

「みんな、伏せろ!」

 

 達也の叫びに皆が(運転手の猿も一緒に)その場に伏せたのを確認した達也は、腰のホルスターから拳銃型のCADを抜き、銃口を前方の汽車に向けてトリガーを引いた。

 その瞬間、達也お得意の分解魔法によって汽車が分解された。汽車のように数多のパーツによって構成された機械の類は達也にとって分解しやすい物であり、汽車だったときの加速度をそのままに切り離されたそれぞれのパーツが、地面に落下した衝撃でさらに細かく壊れたり明後日の方向へ吹っ飛んだりする。それでも自分達へと迫ってくる、ある程度重量も強度もあるパーツについても、達也の分解魔法によってそれ以上に細かい粉末状へと変貌を遂げる。

 そうしてほとんど破壊力を伴わない物体に成り果てた元・汽車のごく一部が、達也たちの乗る汽車へと襲い掛かった。とはいえ、せいぜい砂混じりの風を浴びた程度のものでしかなく、腕で顔などを覆う程度で充分に防御できるほどだ。

 

「さすが達也くん! これくらい何てこと――」

「みんな! 森の中に誰かいる!」

 

 達也を褒め称える言葉を口にしようとしたエリカを止めたのは、彼女のすぐ隣で体を起こしたばかりの美月だった。周囲を警戒している最中だったからか、いつも掛けているトレードマークの眼鏡を外している。

 前方を指し示す彼女に皆がそちらへと目を凝らす中、ほのかがCADに手を伸ばして光波振動系魔法を発動した。要は強烈なスポットライトのようなものであり、月明かりがあまり届かない鬱蒼とした森の中が彼女によって明るく照らされる。

 そこにいたのは、高速道路でも自分達に襲い掛かってきた修次だった。いや、正確には修次の姿をした人形だ。仮にそいつが本物だとしたら、無表情を通り越して感情が欠落しているとしか思えない彼の表情に対する説明がつかない。

 そんな修次の姿をした人形が、抜き身の刀を思いっきり振り上げていた。

 

「まさか――」

 

 誰かが何かを口にしようとした瞬間、そして達也たちを乗せた汽車が人形の正面に差し掛かった瞬間、人形がその刀を振り下ろした。

 本来の刀身ならば、線路から数メートル離れた場所に立つ人形が振り下ろしたところで、何かがあるわけではない。しかしその刀は高速道路で相対したときにも見せた魔法により、擬似的に刀身が伸ばされていた。

 それによって、汽車が引っ張っていたトロッコの1つ目と2つ目を繋ぐ連結部分の金具が、ものの見事に切断された。

 

「やばっ――!」

 

 2つ目のトロッコに乗るエリカ・レオ・幹比古・美月の4人が血相を変えた。

 自分達の乗るトロッコが推進力を失ったことでみるみるスピードを落としていく中、エリカ達は大急ぎで前方へと走り始めた。しかし10列ほど設置されたシート席が横幅を占めるトロッコの中では、走るというよりも“乗り越える”と表現した方が良いだろう。

 普段から体を鍛えているエリカ・レオ・幹比古は順調に進んでいくものの、魔法を除けば普通の少女並の運動能力しか持ち合わせていない美月はどうしても遅れてしまう。最初に幹比古が彼女のサポートをするために遅れ始め、それに釣られてレオとエリカも2人の様子を確かめるためにどうしても足を止めてしまう。

 と、そんな4人に更なる妨害の手が降り掛かる。

 

 がさっ――。

 

 ほんの微かな葉擦れの音と共に、修次の姿をした人形がレオ達の頭上へと躍り出た。ギラリと光る刀を中段に構え、最も近くにいたレオへと狙いを定めている。

 

面白(おもしれ)ぇ! 本当にエリカの兄貴くらいの実力があるのか確かめてやる!」

 

 そしてレオは、足場の悪さもあってか回避ではなく防御の選択を採った。自分が得意とする硬化魔法の力を信じ、「パンツァー!」と叫んで音声認識のCADを発動させた。

 

「駄目レオ、避けて!」

「伏せろ、レオ!」

 

 しかしエリカと達也が同時に叫び、それに驚いたレオはほとんど意識を挟まず反射的にその場にしゃがみ込んだ。

 そしてその直後に刀がレオの頭上を通り過ぎ、そして達也の魔法によって人形が四肢と首と胴体の6つに分けられた。近くで見ても本物としか思えない修次の姿をした人形がシート席にボトボトと落ちる様に、美月が思わず「ひぃっ!」と悲鳴をあげる。

 と、そんな攻防を挟んだせいで、レオ達のトロッコは達也たちのそれとかなり離れてしまった。少し前までならば飛び移れなくもない距離だったが、今では魔法でも使わない限り到底届かないだろう。

 

「お猿さん、汽車を止めて! エリカちゃん達が――」

「駄目よ、しんちゃん! みんなはそのまま行って!」

 

 運転席の猿に呼び掛けるしんのすけを、エリカが大声をあげて止めた。驚愕の表情で振り返る彼に対し、エリカだけでなくレオ・幹比古・美月の3人も彼を安心させるように口元に笑みを浮かべている。

 

「心配すんな、しんのすけ! すぐに追いつくから先に行って待ってろ!」

「大丈夫だよ、野原くん! 視界の悪い森の中は、むしろ古式魔法師の独擅場(どくせんじょう)だ!」

「しんちゃん達が結界を解けば閉じ込められた人達が出られるし、外から応援が来られるようになるから!」

 

 そうしている間にも遠くなっていくレオ達の言葉に、しんのすけが助けを求める目を達也へと向ける。

 

「緊急事態だ、俺達だけでも先に向かう。――あの4人なら、そう簡単にやられはしないさ」

 

 達也がそう言ったタイミングで、線路が大きくカーブした。遠心力を感じながらしんのすけが振り返るが、4人を乗せたトロッコは既に見えなくなってしまった。

 しばらく後方の景色を見つめるしんのすけだったが、やがて覚悟を決めたかのようにキリッとした表情で前へと向き直った。

 

「――アジトに向かう途中で仲間とはぐれるなんて、随分と“物語的”じゃない?」

「……とにかく今は、しんのすけの“主人公補正”を信じるしかないな」

 

 小声で交わしたリーナと達也の会話は、2人以外には聞こえなかった。

 

 

 

 

 トロッコがある程度のスピードにまで落ちると、エリカ達4人は早々に地面へと降り立った。

 

「そういやエリカ、なんでさっきは止めたんだよ? いくら偽物とはいえ、エリカの兄貴の剣を受け止めるのは無理って判断したのか?」

「魔法で刃渡りを伸ばして殺傷力を上げたとしても、あの人形の腕ならレオでも止められたでしょうね。――でもあのとき、アイツは“(へし)斬り”を使ってた」

 

 “圧斬り”は加重系の系統魔法で、細い棒や針金に沿って極細の斥力場を形成して接触したものを割断する近接術式である。早い話が刀の切れ味を物凄く高める魔法であり、光に干渉するほどの強度があるため正面から見ると切先が黒い線になるのが特徴だ。

 

「もしかしたら止められたかもしれないけど、ぶっつけ本番で賭けるほど切羽詰まった状況じゃないでしょ。というか、初見の相手に硬化魔法でゴリ押すの止めなさいよ」

「おぉ……、悪い」

 

 普段ならば反論の1つでもしただろうが、彼女の言うことはもっともだったためかレオは素直に謝罪の言葉を口にした。そんな2人の遣り取りに、幹比古と美月が微笑ましそうに笑みを漏らす。

 

「それでエリカ、これからどうする? 野原くん達を追う?」

「そうね……。普通ならばそうするんだけど――」

 

 幹比古の問い掛けに答えている最中、エリカは唐突に発言を止めて体を反転させた。

 それと同時に振り抜いた武装デバイスが、エリカの背後から猛スピードで迫っていた修次の姿をした人形の腹を切断した。短距離であれば時速120キロに達すると言われる修次のスピードを忠実に再現したそのスピードそのままに、人形の上半分と下半分が森の中へと吹っ飛んでいった。

 

「どうやら、向こうはそれを許してくれないみたいよ」

 

 森の中から続々と現れる修次の姿をした人形達に、エリカは武装デバイスを構えながら回答の続きを口にした。

 

 

 *         *         *

 

 

 ヘンダーランドのシンボルであるヘンダー城は、エリアの最奥部分に位置する湖面に建つ巡回型アトラクションである。普段は城門の跳ね橋が下りて“プレイランド”とを繋いでいるのだが、閉園時間だからか現在は橋が上げられて中に入ることができなくなっている。

 そんなヘンダー城だが、客が入れる場所はもちろんのこと、スタッフですら滅多に入らないような場所ですらかなり作り込まれている。各部屋には家具が揃えられ、水道などのライフラインも完備しており、それこそ今すぐにでも人が住めるほどだ。

 いくら“神は細部に宿る”とはいえ、ここまで作り込むのはハッキリ言えば無駄だろう。現・ヘンダーランドの創設者である北山潮が特に拘った建物らしいが、当時のスタッフによると、いざ完成した城を見た潮が「さすがにやりすぎたかもしれない」と小さく呟いたのだという。

 

 とはいえ、まさにその拘りのおかげで、現在城を乗っ取っているマカオとジョマは優雅な一時を過ごしていた。煌びやかな夜のヘンダーランドを眼下に望む城の窓を眺めながら、2人は互いに肩を寄せ合って芳醇な香りを漂わせる紅茶を口にする。

 丸刈り頭の金髪でダイヤのマークが入ったバレエ衣装を身に纏うマカオと、団子に結った紺色の髪とハートのマークが入ったバレエ衣装を身に纏うジョマ。一目見れば確実に記憶に刻まれるであろう特徴的な外見は間違いなく2人オリジナルのそれであり、つまりそれは2人がこの世界の人間に寄生しなくても存在を保てるようになったことの表れである。

 

「失礼します、マカオ様、ジョマ様」

 

 ドアをノックして部屋に入ってきたのは、白い長髪にチョキを象った髪飾りを身につけ、褐色肌で豊満の体を惜しみなく見せつける露出の多い黄色い衣服に身を包む美女。その名もチョキリーヌ・ベスタ、マカオとジョマの直属の部下である三幹部の1人であり、2人と同様にオリジナルの姿でこの世界に存在している。

 

「野原しんのすけ一行と例の剣士を模した人形の部隊が交戦、4人ほど切り離しに成功しました」

「そう。そしたら残りは次の“ヘンダータウン”に行ったかしらね」

「人形の部隊を率いてるのは()()()だったわね。油断してヘマやらかさなきゃ良いけど」

 

 チョキリーヌの報告を受けて、マカオとジョマはそんな感想を口にした。侵攻を受けているというのに、その口調はあくまで穏やかだ。

 

「私も奴らの排除に向かいましょうか?」

「いいえ、あなたはこの城周辺の警備に専念してちょうだい。あなたが幹部の中で最も空中戦に向いているもの」

「“ヘンダータウン”といえば、丁度良いのがいるじゃない。それで奴らが全滅したらそれで良し、奴らの攻撃を掻い潜って“プレイランド”に来たなら、そのときにアンタが出迎えれば良いわ」

 

 2人の指示に、チョキリーヌは「畏まりました」と礼儀正しく一礼した。

 

 

 *         *         *

 

 

 乗客が10人から6人に減った汽車は、“おとぎの森”を抜けて2つ目のエリアである“ヘンダータウン”に入った。ヘンダーランドの様々なキャラクターが住む中世のヨーロッパを模した街並みが広がるエリアであり、大小様々な建物の隙間を縫うように線路が組まれている。

 普段ならば線路から見える建物からキャラクター達が生活を営む様子が見えるのだが、今は閉園時間だからか姿が見当たらない。しかしそれ自体が今はキャラクター達が寝静まっているという演出にも感じられるのは、それだけ街が細部にわたって作り込まれているからだろう。

 

「ほのか、パンフレットを見せてくれるか?」

「は、はい!」

 

 力強く返事をしてパンフレットを渡すほのかにリーナとピクシーが野次馬根性丸出しな視線を向ける中、達也は今時珍しい紙のパンフレットを軽く広げて現在地を確認する。

 

「深雪、次のカーブを曲がった先にあるちょっとした広場で汽車を止めるよう指示してくれ」

「分かりました、お兄様」

 

 運転席の隣に座る深雪は即座に返事して隣の猿に話し掛けるが、しんのすけは不思議そうに首を傾げて達也に問い掛ける。

 

「おっ? このまま汽車でヘンダー城まで行かないの?」

「さすがにこれ以上はな。森の中だと方向感覚が狂うリスクがあるから降りられなかったが、街中ならばその可能性も少ないだろ」

 

 達也の答えにしんのすけが納得の表情で頷いている間に、達也の指定した場所に汽車が到着した。徐々にスピードが緩やかになっていき、小走りと同じくらいになったところで皆が壁面を跳び越えて続々と降りていく。

 

「ウッキィ」

「えっと、お猿さん……。このメモは……、えっ? 連絡先?」

「なんで猿がケータイ持ってんのよ。てか言葉通じないでしょ」

 

 猿から受け取った紙片を困った顔でポケットにしまう深雪達を残して、猿が運転する汽車はそのまま線路を進んでその場を去っていった。

 達也たちは近くの建物の軒下に身を潜め、先程ほのかから受け取ったパンフレットを地面に広げて作戦会議を開始する。

 

「俺達が今いる場所はここ、最終目的地であるヘンダー城はここだ。――トッペマ、城の魔力収集機能は城自体を破壊すれば止まるんだな?」

『おそらくね。とはいえ向こうもそれは承知の上だろうから、ガチガチに防御を固めてるだろうけど。誰か、超強力な魔法とか持ってない?』

 

 ピクシーの質問に、皆の視線が自然とリーナに集まる。

 正確には、彼女の持っている“杖”に。

 

「……まぁ、多分ワタシの“ヘビィ・メタル・バースト”が一番威力があるでしょうね。もっとも、去年のハロウィンで誰かさんが発動した質量・エネルギー変換魔法の方が威力は上でしょうけど」

 

 意味ありげな視線を達也に向けてそう話すリーナに、達也は軽く肩を竦めてみせる。

 

「“無い物ねだり”をしたところで意味は無いし、仮に発動できたとしても周りに甚大な被害が及ぶ可能性のある魔法を使うわけにもいかないだろう」

「ふーん、無い物ねだりねぇ……」

「ねぇねぇ、その“ヘビィ・メタル・バンド”ってどんな魔法なの?」

 

 何やら不穏な雰囲気が漂い始めた2人の会話だが、しんのすけが割り込んで質問したことでそれは打ち切られた。

 “バンド”じゃなくて“バースト”ね、とリーナはツッコミを前置きにして説明する。

 

「元々は重金属をプラズマ化して周囲に撒き散らすって魔法だったんだけど、この“ブリオネイク”っていう魔法兵器を使えば収束ビームとして放つことができるの」

「ビーム!? それってアクション仮面みたいな!?」

「そう! 実はこの魔法、まさにアクション仮面の“アクションビーム”を目指して作られたのよ! もちろん、安全面も考慮済よ! ビームを放つときに軌道を設定するから周りに余計な被害を及ぼさないの! “正義の味方”は、余計な破壊はしないものなのよ!」

 

 拳を握り締めて熱弁するリーナにしんのすけがパチパチと賞賛の拍手を贈る一方、達也は彼女の持つ“ブリオネイク”へと意識を向ける。

 

 ――ブリオネイク……Brionake……ブリューナク(Brionac)……。ケルト神話の光明神・ルーが持つ武器の名称だが、それを再現したということか?

 

 人は名前に意味を持たせたがる生き物だ。ブリューナクは相手を貫く光の穂先を発生させる槍とも、自在に飛び回る槍あるいは光弾とも伝えられている。おそらく後者の“自在に”という部分が肝なのだろう、と達也は予想を立てる。

 高速道路で実際に発動してみせたときの光景と相まって、達也の中で徐々にパズルのピースが組み上がっていく。

 

「リーナちゃんのビーム、見てみたいゾ! ここから城に向かって撃っちゃえば?」

「そう? よーし、やってみようかしら?」

「待て待て待て! 攻撃をするのは城周辺の安全性とか諸々確認してからだ!」

 

 しかし達也の考察も、2人の会話が何やら物騒な方向に進み始めたことで中断せざるを得なくなった。普段冷静な彼が目を丸くして止めに入る姿に、さすがのリーナも「じょ、冗談よ……」と先程の発言を取り下げる。

 

「それではお兄様、如何なさるおつもりで?」

「できる限り城に近づいて、トッペマに直接城を見てもらって確認してもらうしかないな。異世界由来の魔法が仕込まれていても、俺達では気づかない可能性がある」

「よーし! みんなでトッペマをお守りするゾ!」

 

 しんのすけが拳を掲げて呼び掛けると、各々が各々のテンションで同じように拳を掲げた。最もテンションが高いリーナ、若干達也を意識しながら恥ずかしげにする深雪とほのか、そして肩を竦めて小さい動きながらも付き合ってあげる達也と様々だ。

 そうして当面の作戦も決まったところで全員が腰を上げて、

 

「――――!」

 

 達也・リーナの2人がほぼ同時に拳銃型CADを取り出し、自分達が身を潜めていた建物の向かいにある集合住宅風の建物の屋根へとその銃口を向けた。

 

「おぉっ! ヘンダーくんだ!」

 

 しんのすけが喜びの声をあげた通り、屋根の上から達也たちを見下ろしていたのは、ヘンダーランドのマスコットキャラであるヘンダーくんだった。しかし遊園地によくいるような着ぐるみではなく、身長はおそらく達也たちの腰くらいで、本当にイラストが立体化したと思える自然な“生き物感”がある。

 しかしそれはあくまで動きだけの話であり、表情が歯を見せて笑うそれに固定されている辺りに、先程の修次の姿をした人形のような“作り物感”も同居していて何とも不気味だ。

 

「トッペマ、こいつらもマカオとジョマの手下か?」

『おそらくはね。でもこんな奴、100年前にはいなかったはずだけど』

 

 ヘンダーくんから目を離さずに達也とピクシーが会話を交わす中、ヘンダーくんが達也たちに向けて腕を伸ばして人差し指を向けた。

 そして次の瞬間、人差し指の先端から野球ボールほどの大きさの火炎球が何も無い空間から生み出された。

 

「――魔法!?」

「みんな避けろ!」

 

 達也が呼び掛けるまでもなく、全員が即座にその場から跳び退いた。彼らが(たむろ)していた場所の丁度ど真ん中に火炎球が飛び込み、爆発するように激しく燃え上がったのはその直後だった。

 それを視界の端で確認した達也が、再びヘンダーくんへと目を向ける。

 そんな彼が見たのは、ヘンダーくんと似たデザインをしたマスコットキャラが十数体、ヘンダーくんと同じように屋根の上からこちらを見下ろしている光景だった。


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