嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第94話「ヘンダーランドで戦うゾ その3」

「美月、この道をまっすぐで合ってる?」

「う、うん……。大丈夫、このまま進んで」

 

 エリカを先頭とし、そのすぐ背後に美月とレオ、そしてその後ろに幹比古と克人という陣形を組んで、エリカ達は“おとぎの森”で見つけた道を突き進んでいく。

 道といっても草木が僅かに禿げていることでようやく識別できる、謂わば“獣道”と称されるものであるが、テーマパーク内にある人工の森でそれが見つかるということは、最近人間がそこを通ったという証明になる。美月の特殊な眼だけが捉えることのできる“道標”も併せて考えれば、それが彼女達の目的の人物である可能性は大いにあるだろう。

 と、そんな中、とうとう耐えきれないといった感じでレオが口を開いた。

 

「……なぁエリカ、よく平気でいられるな」

「はっ? どういう意味よ、レオ?」

 

 その問い掛けに最初は意味が分からない様子だったエリカだが、レオの視線の先を目で追ってその意味を察すると、ハンッと鼻で笑うように顔をしかめた。

 

「どれだけ姿形が似てようと、所詮コイツは本物じゃないでしょ」

「いや、そりゃそうなんだろうけど……」

 

 それ以上言葉を紡ぐことができず、レオはエリカから顔を逸らした。煮え切らない様子の彼に苛立ちを覚えるエリカだったが、それを横で聞いていた美月と幹比古はむしろレオの方に同意するように苦笑いを浮かべている。

 

 現在彼女達は、美月は修次の姿をした人形から霊子(プシオン)に似た光が紐状に出ているのを見つけたため、それを辿ることで本物の修次を見つけ出そうとしている。最初は光を辿れば良いのだから人形はその場に捨て置こうとしたのだが、その隙に人形が破壊されてしまうかもしれないと危惧したエリカが人形も一緒に持って行くことを提案した。

 しかし人形は基本的に首の後ろにあるチップを剥がさない限り、たとえ体が欠損しても動き続けようとする。なので余計な抵抗をしないよう、案内役に選んだ人形の首から下を切り落とし、発案者であるエリカがそれを持つことにした。

 つまり今の彼女は、どう見ても自分の兄にしか見えない奴の生首を、髪の部分を握り締めて提灯のように持っているという光景になる。しかも人形にはまだ意識があり、無表情ながらも目や口を動かしている状態だ。ハッキリ言って、ホラー以外の何物でもない。

 

「そんな馬鹿なこと言ってる内に、ほら、もしかしてアレじゃない?」

 

 エリカがそう言って、手に持つ修次の姿をした人形の生首で前方を指し示した。

 森が開けてちょっとした広場となっているその場所に建つそれは、メルヘンチックなおとぎの森の中には似つかわしくない現代的なプレハブの建物だった。自分達とは反対側に細い道が延びているその建物は、おそらくスタッフルームの役割を果たしているのだろう。

 

「うん、間違いない……! あの建物から光が伸びてるよ」

「つまりあの中に、アタシの兄貴がいるってことね」

「そして、その兄貴を見張ってる奴もな」

 

 美月の言葉にエリカが不敵な笑みを浮かべ、レオが同じ類の笑顔で情報を補足する。

 とはいえ、このまま闇雲に突っ込めば良いというわけではない。

 

「十文字先輩、どうしますか? おそらくここのスタッフが人質に取られている状況だと思われますが」

「ふむ、そうだな……。まずは中の状況を知ることが先決ではあるが」

 

 幹比古の問い掛けに、克人も顎に手を当てて思案顔になる。

 このまま作戦を練る時間になるかと思われた、そのとき、

 

「待って! 誰か出てくる!」

 

 エリカの呼び掛けに、全員が建物へと注目する。彼女の言葉通り、スタッフルームの建物のドアが開かれ、中から1人の男が姿を現した。

 シルクハットにタキシード、そして左目にモノクルを掛けたその出で立ちは、サーカスの団長辺りにでもいそうな風貌だ。スタッフルームから出てきたところを見れば、それこそヘンダーランドのスタッフの一員だと考えることもできるだろう。

 

「……あの人に、光が繋がってる」

 

 美月の一言が無ければ。

 

 

「――皆さん、そこにいるのは分かってますよ。出てきたら如何です?」

 

 

「――――!」

 

 明らかにこちらに顔を向けて話し掛けてくる男に、レオ・幹比古・美月の3人が息を呑む。

 それに対し、エリカと克人は尚も表情を崩さない。

 

「ここは本当の森じゃなくテーマパークよ、監視カメラの1つや2つは普通にあるでしょ」

「俺が前に出よう」

 

 有無を言わさない威圧感と共に、最後尾にいた克人が前へと躍り出た。そしてそのまま森を抜けて広場に足を踏み入れたことで、男が肉眼でも克人を認識する。

 

「十文字克人という。名前を窺いたい」

「これはこれはご親切に。(わたくし)、マカオ様とジョマ様に仕える幹部の1人、クレイ・G・マッドと申します」

 

 その姿と違わない紳士的な立ち振る舞いで、その男――クレイ・Gは口元に笑みを携えながら頭を下げてそう名乗った。

 

「テーマパークのスタッフが中にいると思うが、今はどうなっている?」

「我々の魔法で眠らせております。体に害は無いのでご安心を」

「おまえ達の狙いは何だ?」

「全てはマカオ様とジョマ様のご意志の儘に。私はただ、それを手伝うのみでございます」

「100年前はいざ知らず、ここは既におまえ達のような異界の者が住む場所ではない。早々に立ち去ってもらおうか」

「ご冗談を。ならば私からも申し上げましょう。――ここは既に我々の場所だ、今すぐここから消えろ」

 

 それまでずっと閉じていた左目を開けて、クレイ・Gはそう答えた。左目は義眼となっており、よく見れば瞳の部分に握り拳のイラストが描かれている。おそらく、ジャンケンのグーを表しているのだろう。

 そしてそれが合図だったかのように、周辺の森に紛れていた修次の姿をした人形が一斉に飛び出してきた。その数、およそ4体。

 

「っしゃあ! 行くぜオラァ!」

 

 そしてそれと同時に、レオとエリカが獰猛な笑みと共に飛び出してきた。レオは拳を握り締め、エリカは武装デバイスを握り締め、それぞれ手近な人形へと突っ込んでいく。

 そんな2人に克人は視線を遣ることもなく、スタンバイ状態で待機させていたCADから起動式を読み込んで魔法を発動した。克人が、もとい十文字家が最も得意とする多重障壁魔法であり、それが一瞬でクレイ・Gを取り囲むように前後左右4枚に張られた。

 

「何っ――!?」

 

 驚きの声をあげるクレイ・Gに対し、克人が更に障壁を追加した。無色透明なそれは奴の頭上に突然現れ、対戦車携行ミサイルを物ともしない強度に任せて押し潰そうと襲い掛かる。克人の得意とする魔法“ファランクス”であり、横浜事変の際はこの魔法で敵を戦車ごと叩き潰した、シンプルで力任せだからこそ絶大な効果を発揮する代物だ。

 これによってクレイ・Gが無力化される――と思われた。

 

「嘗めるな、クソガキィ!」

 

 先程までの紳士的な振る舞いから一転、粗野で獰猛な言葉遣いでそう叫んだ次の瞬間、クレイ・Gの体が一気に膨れ上がってタキシードを引き裂いた。散り散りになった衣服は炎で焼かれたかのようにその場から消え失せ、“N”と描かれたタンクトップ一丁の姿となる。

 しかしそれ以上に変わったのは、見た目の“種族”だった。全身から青みがかった体毛がビッシリと生え、頭頂部から三角形の耳が伸び、口元が前に伸びて鋭い牙が生え揃う。どこからどう見てもそれは二本足で立つ狼であり、まさしくフィクションの中でしか見たことの無い“狼男”だった。

 

「うらぁっ!」

 

 狼の姿となったクレイ・Gが、上から落ちてくる魔法障壁を雄叫びと共に受け止めた。傍目には奴が独りで重量挙げのジェスチャーでもしているようにしか見えないが、戦車すら耐えきれなかった押し潰しを受け止める怪力に克人が目を僅かに見開いた。

 ならば更に重量を上げようと、克人が起動式の変数を変更しようとして、

 

「十文字先輩!」

「――――!」

 

 レオが相手していた人形の1体が彼の攻撃を逃れ、克人へと攻撃を仕掛けてきた。間隔が未だに離れている状況で刀を水平に構えて振り抜こうとする人形に、克人は咄嗟に障壁を自身の横に立て掛けるように形成する。

 次の瞬間、魔法で擬似的に刃渡りを伸ばした人形の一撃が、克人の障壁に阻まれた。そして人形はその隙に、背後からのレオの攻撃によって大きく吹っ飛ばされていった。

 克人はそれを、僅かに視線を動かすことで見届ける。

 

 バリィンッ――!

 

 そして次の瞬間、今度は別の方向からガラスのような物が割れる音が響いた。

 克人がそちらに目を向けると、クレイ・Gが魔法障壁で囲まれたエリアの外側にいるのを見つけた。先程の音は奴が魔法障壁を打ち破った音なのだろうが、対戦車携行ミサイルを物ともしない強度にも勝るその力は改めて克人を驚かせるものだった。

 

 交差する、2人の視線。

 

 クレイ・Gがニヤリと不敵な笑みを浮かべた瞬間、その強靱な脚力によって生み出された推進力によって克人との距離を一気に詰めた。突然目の前に現れた敵に克人の表情に明らかな動揺が生まれ、クレイ・Gは刃物のように鋭利な爪を携えた右腕を大きく振りかぶる。

 しかし克人にその爪が届くまであと1歩というところで、ふいにクレイ・Gが地面を強く踏み締めて大きく後ろに跳び退いた。

 そしてその瞬間、一瞬前まで奴がいた場所に雷が落ちた。もちろんそれは自然発生したものではなく、魔法で制御されているためすぐ近くにいる克人には火花の1つも届かない。

 

「チッ! 嘗めた真似してくれるじゃねぇか! ――おい、人形共! 森の中にいるガキを探し出してブッ殺せ!」

「させるわけないでしょ、狼男!」

 

 クレイ・Gの指示を受けて森へと駆け込もうとした人形達の進路を、武装デバイスを構えたエリカが先回りして塞いだ。そうして踏鞴(たたら)を踏む人形達の隙を突いて、エリカが距離を一気に詰めて腰の辺りで一刀両断していく。

 

「良い気になるなよ、ガキ! ――オイおまえら、出てこい!」

 

 クレイ・Gの呼び掛けに応えて建物から出てきたのは、先程エリカが切り捨てたのと同じ、修次の姿をした人形だった。戦闘不能になった2体の人形が即座に補充されたことで、ほぼ一瞬で形勢が元に戻る。

 

「この……! 人の兄貴を消耗品扱いすんじゃないわよ!」

 

 エリカの叫びは、この場にいる全員の偽らざる本音だった。

 

 

 *         *         *

 

 

 正面ゲートから数えて3つ目のエリアである“プレイランド”は、絶叫マシーンからメリーゴーラウンドまで揃う一般的な遊園地の役割を担う場所だ。100年前と同じデザインに造られているが、当時の近未来的なコンセプトは100年後の現在でも充分通用し、子供だけでなく大人達も童心に戻って楽しむことができる。

 

「えっ? 狼男?」

「そっ。ガオーって吠えたら服がバリバリバリーって破れて、普通のおじさんだったのに狼男に変身するんだゾ」

「……今日は満月じゃないから、大丈夫かしら?」

『あぁ、満月とかは関係ないのよ』

 

 そんなエリアを歩く間、ほのかと真由美はしんのすけとピクシーからマカオとジョマの部下である三幹部について教えてもらっていた。そしてその1人であるクレイ・G・マッドのファンタジー感溢れる情報に、彼女達はさっそく首を傾げている。

 

『今更、狼男くらい何てことないでしょ。喋る雪ダルマに比べたら遥かにマシなんだから』

「んもう、ほのかちゃんも真由美ちゃんも頭が固いですなぁ」

『そうそう。しんちゃんと1年くらい一緒にいるんでしょ? こういうこと、今まで1回も無かったの?』

「いや、せいぜい学校がテロリストに襲われたり、魔法競技大会で変な奴らに狙われたり、論文の発表会をしてたら会場だった街が外国人に攻められるくらいだったから……」

『あなた達、呪われてるんじゃないの?』

 

 ピクシーが目を丸くして問い掛け、ほのかも「そうかも……」と気落ちして目を伏せる。

 と、そんな場合じゃないと真由美が代わりに口を開く。

 

「えっと、その狼男がクレイジー・マッドで――」

『真由美ちゃん、“クレイ・G・マッド”だから』

「あっ、そうだった。それで喋る雪ダルマが、えっと、スノーマン・パーで――」

「真由美ちゃん、“ス・ノーマン・パー”だゾ」

「ややこしいわね! とにかく、その2人が“グー”と“パー”ってことは、もしかして最後の1人が“チョキ”ってこと?」

『さすがね、その通りよ』

 

 ピクシーに褒められた真由美ではあるが、至極簡単な言葉遊びのため特に嬉しいとかは無かった。とはいえそれを素直に表すわけにもいかず、無難に愛想笑いを浮かべておく。

 

「オラ、よく憶えてるゾ! チョキのお姉さん、すっごく美人だったな~」

『フルネームは“チョキリーヌ・ベスタ”。三幹部の中では扱える魔法の数が最も多くて、しかも飛行魔法も得意だから空中戦もお手の物。できればあまり相手にしたくないわね』

「すっごく美人だけど、すっごく性格も悪いんだゾ。トッペマからトランプを奪うために、5歳だったオラを人質にしたんだから」

『それはコロッと騙されるしんちゃんにも問題があるんじゃ――!』

 

 苦笑い混じりでツッコミを入れている最中だったピクシーだが、途端に口を閉ざして真剣な顔つきになると、素早く体を反転させて右腕を正面にかざした。

 

『“トッペマ・マペット”!』

 

 自身の名を冠する呪文を口にしたその瞬間、自分としんのすけ達の正面に半透明のバリアが現れた。緑色に黄色の星マークがあしらわれたバリアによって、背後から自分達へと襲い掛かっていたビームがその行く手を阻まれる。

 

「おっ!? 何だぁ!?」

「みんな! あそこを見て!」

 

 しんのすけが驚きの声をあげ、真由美が空を指差して呼び掛ける。

 地面から10メートルほどの高さに、白い長髪にチョキを象った髪飾りを身につけ、褐色肌で豊満の体を惜しみなく見せつける露出の多い黄色い衣服に身を包む美女が浮かんでいた。それは比喩表現などではなく、背中に翼も無いのに足場も何も無いその空間で直立のままフワフワと漂っているのである。

 

「トッペマ! もしかしてあの人が、さっき言ってた――」

『そう。アイツがそのチョキリーヌ・ベスタよ』

「ハァイ、トッペマ。随分とイメチェンしたじゃない。そっちの方が可愛らしくて良いわよ」

 

 ピクシーが顔をしかめて「余計なお世話よ」と返すが、チョキリーヌはそれを無視して彼女の隣に立つしんのすけへと視線を向けた。

 

「しんちゃんも久し振り。すっかりイケメンになっちゃって、お姉さん惚れ直しちゃうかも」

「ホント!? いやぁ、照れますなぁ」

「ちょっとしんちゃん! 早速絆されないで!」

 

 フラフラとチョキリーヌへと歩いていきそうになるしんのすけを、ほのかが襟首を掴んで懸命に引き戻した。

 その遣り取りに頭を抱える真由美に、ピクシーが小声で話し掛ける。

 

『私がアイツの相手をするから、しんちゃんをお願い』

「……あなた1人でどうにかなる相手なの?」

『アイツの空中戦に対応できるのは、この中では私だけでしょ』

「空は飛べないけど、私だってサポートくらいはできるわよ」

『……期待して良いのね?』

 

 若干不安を隠し切れないピクシーの問い掛けに、真由美は自信たっぷりに胸を張って頷いた。

 と、そのとき、

 

「あらぁ、何2人でコソコソ話してるのかしら?」

 

 ピクシーと真由美に向けて、チョキリーヌが右手をかざした。魔力が右手に集まるのを感じ取ったほのかが、顔をギョッと引き攣らせてそちらへと目を向ける。

 ピクシーも真由美も、未だチョキリーヌには視線を向けていない。

 ほのかが危険を知らせようと口を開き――

 

「きゃっ!」

 

 チョキリーヌが悲鳴をあげ、魔法の発動をキャンセルして体を仰け反らせた。

 ほんの一瞬前まで彼女がいた空間に、高速で“何か”が横切った。

 それはマスコットキャラ達を追い払うときにも役に立った、ドライアイスだった。

 

『しんちゃん、ほのかちゃん! ここは私達が引き受ける!』

「えっ! でも、トッペマ――」

「大丈夫よ、しんちゃん! トッペマさんには私が付いてるから!」

「行こう、しんちゃん! 七草先輩とトッペマなら大丈夫だから!」

「――分かったゾ!」

 

 真由美とほのかの説得に、そしてピクシーの力強い笑みに、しんのすけは踵を返して駆け出していった。そして一瞬遅れて、ほのかもその後をついていく。

 

『悪いけど、アンタはここで足止めさせてもらうわ』

「言うようになったじゃない、お人形ちゃん?」

 

 睨み合うピクシーとチョキリーヌの会話と共に、開戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 *         *         *

 

 

「このっ!」

 

 リーナが掛け声混じりで発動したのは、高速道路での攻防で深雪が披露した領域魔法“ムスペルスヘイム”。雪ダルマならば溶かしてしまえば良いという安直な理由によるものだが、実際に効いている様子なので彼女は迷わずそれを選択した。

 しかしその瞬間、ス・ノーマンの周囲で白い煙のようなものが発生して、途端に奴の姿を覆い隠してしまった。目を丸くするリーナだが、それは有毒性のある煙などではなく単なる水蒸気であり、おそらく奴が発動した冷却魔法と相殺されたことによる現象だと瞬時に理解する。

 

 ブオンッ――!

 

 そしてその直後、水蒸気に覆われた空間からス・ノーマンが飛び出した。足元の靴はローラーブレードに変形しており、高速道路を走る車にも引けを取らないスピードでリーナの正面から側面へと回り込む。

 リーナがそれを目で追う中、ス・ノーマンがパーを象った右手を彼女に向けて掲げ、そこから氷の槍が勢いよく飛び出してきた。

 

「くっ!」

 

 リーナが顔をしかめて半歩後退り、その僅かに稼いだ距離の合間で防壁魔法を発動させる。氷の槍は彼女に届く寸前で現れた対物防壁に阻まれ、粉々に砕けながらその場へと崩れ落ちていく。

 しかし、リーナが胸を撫で下ろすことは無い。

 

「オラオラァッ!」

 

 ス・ノーマンが雄叫びをあげながら、リーナへと突っ込んできたからである。

 背丈だけでも2メートルを超え、雪ダルマだけあって横幅もそれなりにある奴の体格はそれこそ相撲取りに例えられるほどであり、そんな奴が時速100キロ以上のスピードでぶつかってくるとなれば、その衝撃はどれほどのものか計り知れない。リーナは対物障壁を重ね掛けしてそれを迎え撃つが、真正面から放たれる衝突音と衝撃に彼女は苦悶の表情を浮かべた。

 

「――――!」

 

 そしてその瞬間、“違和感”を覚えたリーナは自己加速術式を発動、対物障壁を置き去りにして数メートル後方へと跳び退いた。

 

「……成程、あまりあなたを近寄らせない方が良さそうね」

「おっ、気づいたか。俺の体温はマイナス100度の超低温状態だからな、下手に触るとその瞬間にヤベェことになるぜ」

 

 ス・ノーマンはおそらく表情があればニヤリと笑みを浮かべてそうな声色でそう言うと、その瞬間にブオンッ! とエンジンのような音を鳴らしてリーナとの距離を詰めてきた。

 リーナは即座に後ろに跳び退きながら、懐から素早く取り出した5本のスローイングダガーを一振りで投げる。奴の周囲にはバリアが張られているのか、ダガーは奴の体に当たる直前に進路を阻まれて地面へと落ちていく。ス・ノーマンもダガーには一切目もくれず、彼女へとまっすぐ突っ込んでいく。

 

「アクティベイト、“ダンシング・ブレイズ”!」

 

 しかしリーナがそう叫んだ瞬間、ダガーは上から糸で吊られたようにフワリと宙に浮き上がり、再びス・ノーマンへと襲い掛かった。さすがにこれは奴も「何っ!?」とダガーに一瞬視線を向けたが、即座に視線を外してリーナへと向き直った。

 

「何度やっても同じだバーカ! 俺にはバリアがあるんだか――ぶべっ!」

 

 威勢良く啖呵を切っていたス・ノーマンだったが、見えない壁に思いっきり体を叩きつけたことで無理矢理中断された。おそらく先程ダガーに気を取られたほんの一瞬の内に、進路上に障壁魔法を施したのだろう。

 激突によるダメージはほとんど無かったが、ス・ノーマンを激昂させるには充分だった。

 

「テメェ、虚仮にしやがって許さねぇ――」

 

 ズドォンッ――!

 

 しかしその台詞も、突然の横槍によって中断された。

 障壁魔法によって行く手を阻まれたス・ノーマンに向けて、強力な雷が落ちたのである。爆発音にも似た強烈な破裂音と共に周囲が昼間のように明るく照らされ、飛び散った火花が引火してあちこちで火の手が上がっている。

 空には満天の星が煌めいており、雷を落とすような雲などどこにも見当たらない。仮にそんなものがあったとしても、敵が立ち止まって自分が障壁魔法で守られている絶好のタイミングで敵目掛けて雷が落ちるような奇跡が都合良く起こるとも思えない。

 

「手助けはいらなかったかしら、リーナ?」

「一応礼は言っとくわね、――ミユキ」

 

 リーナが視線を向けた先には、ブレスレット型CADを構える深雪がいた。背筋を伸ばして敵を見据えるその姿は、レイピアを掲げる男装の麗人を彷彿とさせる凛々しさを思わせる。

 

「わざわざ戻ってきてくれたの? 愛しのお兄様と一緒に、シンちゃんのサポートに回ってると思ってたけど」

「リーナ、お喋りは後よ。――奴はまだ、倒れていないのだから」

 

 深雪の言葉に、リーナが魔法障壁の向こう側へと目を向ける。

 雷の直撃を受けたス・ノーマンは、怪我を負った様子も無くそこにいた。

 

「おいおい、可愛い子ちゃんがもう1人やって来るとは、こりゃ人生最大のモテ期到来かぁ!?」

 

 楽しそうに声を張り上げるス・ノーマンに、リーナと深雪が肩を並べて相対する。

 ヘンダータウンでの戦いは、新たな局面へと突入した。

 

 

 *         *         *

 

 

「おぉっ、やっと着いたゾ」

「し、しんちゃん、足、早いね……」

 

 ゼェゼェと息を切らすほのかを連れたしんのすけが立っているのは、“ヘンダー城入口”と書かれた看板が立てられた湖沿いの一画だった。色取り取りにライトアップされた城が真っ黒に塗り潰された湖の上に浮かび上がって見え、まさしく幻想的な空間を作り出している。

 

「いやぁ、綺麗なものですなぁ」

「でもこれが、ヘンダーランドを包み込む結界の源なんだよね? どうすれば良いのかな……」

 

 2人は湖越しに、ヘンダー城の観察を始めた。営業時間内ならば城門の跳ね橋が下ろされてプレイランドとの架け橋になっているのだが、今は橋が引き上げられて完全に閉じているため蟻の入る隙間も無い。城は特に魔法的なもので守られている様子は無いが、異世界の魔法に関する知識など持ち合わせていない2人が気づかない細工が施されていたとしても不思議ではない。

 

「うーん、よく分かんないからさ、とりあえず壊しちゃってみない?」

「えっ!? だ、大丈夫かな……? どんな魔法で守られてるか分からないし、下手に攻撃して何かあったらマズくない……?」

「えぇ? それじゃほのかちゃんは、トッペマがここに来るまで待ってろって言うの? せっかくトッペマと真由美ちゃんが足止めしてくれてるのに意味無いゾ」

「た、確かにそうだけど……」

 

 腕を組んで考え込むしんのすけとほのかだが、悩んだところで答えが出る気配は無い。

 やがて悩むのにも疲れたのか、しんのすけは大きく息を吐いて腕組みを解いた。

 

「まぁ良いや、とりあえず撃ってから考えるゾ」

 

 しんのすけはそう言うと、ベルト型のCADを弄り始めた。

 

「えっ? しんちゃん、撃つって何を?」

「オラの取って置きの“必殺技”だゾ。いざってときじゃないと撃っちゃダメってボーちゃんに言われてるけど、まぁ今は“いざってとき”に入るでしょ」

「えっ!? そ、そんなの撃って平気!? もしお城のバリアが反射系の効果があったら、そっくりそのまま返ってくることになるんじゃないの!?」

「ダイジョーブ。もしそうなったら、そのときはそのときだゾ」

「全然大丈夫じゃない!」

 

 慌てふためくほのかを気にすることなく、しんのすけはCADの操作を続け、

 

「おっ?」

 

 キュラキュラと鎖が伸ばされる音に合わせて、閉じられていたヘンダー城の跳ね橋がゆっくりと動き出した。思わず動きを止める2人が見守る中、その橋がプレイランドとヘンダー城の間を繋ぐ道となる。

 それと同時に、橋に塞がれていたヘンダー城の入口も開放された。

 

「ほうほう。――んじゃ、お邪魔しま~す」

「えっ!? ちょっと、しんちゃん!?」

 

 先程と違って特に悩む素振りも無く、しんのすけは足早にその橋を渡り始めた。ほのかが慌てて引き留めようとするが叶わず、彼の後をついていく形となっている。

 そして2人が城の中へと足を踏み入れてその姿を消した頃、キュラキュラと鎖を引き戻して跳ね橋が上げられ、ヘンダー城は再びその入口を閉ざしていった。

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