嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第95話「ヘンダーランドで戦うゾ その4」

 異世界の結界魔法に阻まれてヘンダーランドの中に入れない独立魔装大隊の面々であるが、何もしないで手をこまねいているわけではない。通信手段は絶たれていないことを確認した彼らは、ヘンダーランドのスタッフに連絡して幾つか指示を出していた。

 その内の1つが、中に残っている一般人の避難指示だった。ヘンダーランドに限らず多くの人が集まる場所では天災・人災問わず大勢の人々が一度に避難できるシェルターが地下に設置されており、来園者をそこまで迅速かつ安全に誘導するためのマニュアルが存在している。

 今回の場合、結界魔法は普通の人間には認識できず、何者かがヘンダー城を占拠したこともほとんど知られていない。なので来園者は訳も分からずシェルターに案内された形となるが、それでも多少の混乱はあれど特に滞りなく避難が完了したのは日本人の気質によるものかもしれない。

 

「ねぇちょっと、私達いつまでこの中にいれば良いの?」

「大変申し訳ございません。只今園内の安全を確認しておりまして、それが終わり次第ご案内致しますので――」

「お腹空いた~! 何か食べたい~!」

「ごめんね、お嬢ちゃん。もう少しだけ待っててね」

 

 しかし地下に閉じ込められてしばらく経つとさすがに不満が溜まり始め、スタッフ達はそれへの対処に追われていた。ちなみにその不満の中に「帰りたい」の類が存在しないことは、不満を口にする本人達もスタッフも気づいていない。

 

「いやぁ先輩、これっていつまで続くんスかね?」

「そんなの知るかよ。ったく、国防軍だか何だか知らねぇけど、よりによってあの元バイトが貸切にして遊ぶ日にこんなことになるなんて……」

 

 そんな中、警備担当のスタッフである先輩後輩コンビの2人が、避難所の端っこでそんな会話を交わしていた。

 

「あぁ、そういやそれって結局どうなったんスかね?」

「こんなことになってんだぞ、中止に決まってんだろ。ここに来る途中で事情を聞いて、そのままUターンしてるだろうよ。まぁ、巻き込まれずに済んだって点ではラッキーだったかもな」

 

 先輩の男はそう言って、手元の携帯端末に目を落とした。その端末は警備スタッフ用に配られている物で、園内の監視カメラが映し出す映像を確認することができる。

 その画面が、ヘンダータウンからプレイランドを望むアングルに切り替えられたとき、

 

「――――ん?」

 

 先輩の男が、眉間に皺を寄せて首を傾げた。

 

「どうしたんスか、先輩?」

「いや、空で花火みたいに何か爆発したように見えたんだが……。気のせいか?」

 

 

 

 

 旧群馬県の山間にある湖の真ん中に浮かぶヘンダーランドは、夜になると闇に包まれる周辺に対して人工的な明かりを迸らせるようになる。それはまるで夜空を地上に再現しているかのようであり、ロマンチックな雰囲気を求めるカップルなどには好評の景色でもある。

 しかしそれでも、充分な視界を確保できるのはせいぜい地上十数メートルほどまで。それより上空となると、本物の夜空と併せて“闇”と称する程までではないものの視界不良はやはり否めない。

 

「“チョキリーヌ・ベスタ”!」

 

 魔法発動の呪文として自身の名を口にしたチョキリーヌも、その視界不良に実力を十全に発揮できずにいた。高速飛行魔法によって空を飛び回る彼女の右手から飛び出したレーザーは、彼女に両足を向けて前方を飛ぶピクシーが僅かに体を傾けたことで空振りとなる。

 チッと舌を鳴らすチョキリーヌだが、続けざまに「チョキリーヌ・ベスタ!」と魔法を発動した。今度は彼女の周辺に小さな電気の球が発生し、バチバチと火花を散らしながらピクシーへと襲い掛かる。

 ピクシーは暗がりの空中を舞いながら、一瞬だけ後ろへと視線を向けた。チョキリーヌの魔法は、というよりヘンダーランド由来の魔法は音声発動でありながら呪文が統一されているため、いちいち見て確認しなければ魔法を断定できないのである。

 

「“アクション・シールド”!」

 

 そしてそれに対してピクシーが発動したのは、本来彼女が使えるはずのない、人間の手によって発明された魔法だった。彼女を包み込むように現れた薄ら緑色をした半透明の魔法障壁が、襲い掛かる雷を(ことごと)く無力化する。

 その結果に顔をしかめるチョキリーヌが、再び魔法を発動しようと口を開き――

 

「――――!」

 

 その瞬間、チョキリーヌは突如反転して後ろに飛んだ。慣性が体に掛かり表情を歪ませるチョキリーヌの体ギリギリを、何も無い空間に現れた亜音速のドライアイスが掠めていった。

 

 ――くそっ、あのガキか! 忌々しい!

 

 心中で悪態を吐いたチョキリーヌの脳裏に浮かぶのは、早々に空中戦に移行したために地上に置き去りにした1人の少女。ザッと地上を見渡してみるが、所々塗り潰されたかのような暗がりが彼女の姿を覆い隠している。

 

 ――魔法の発動箇所も方向も自在に操れるとして、ここまで正確にアタシを狙い撃てるってことは視界も飛ばせるのか!? ったく、先にアイツを叩いておくべきだったか!

 

 本来まともにやり合えばピクシーなどチョキリーヌにとって大した敵ではない。それでも今尚彼女を仕留められていないのは、真由美の狙撃によって攻撃を妨害されているからだった。所詮空を飛べないからと彼女を放っておいたのだが、そんな少女の存在がむしろ眼前のピクシー以上にチョキリーヌを苛立たせた。

 今すぐ地上に戻って探し出してやろうか、などと物騒なことを考えながら、チョキリーヌは再び前方へと視線を向けた。

 ピクシーの姿が、どこにも見当たらなかった。

 

「――しまった!」

 

 チョキリーヌは目を見開き、そしてすぐさま頭上へと向き直る。

 こちらに向かって落下しながら腕を振りかぶるピクシーと目が合った。

 

「“アクション・パン――」

 

 ピクシーが呪文を呟き、外部から魔力を注ぎ込まれる心地を味わいながら、その魔力を右手へと集中させる。

 チョキリーヌは避けきれないと判断したのか、両手を掲げてバリアを張った。

 そうしてピクシーが右手を振り下ろす、まさにその直前、

 

「――――!」

 

 供給されていた魔力、そして構築していた魔法式が、突如として絶たれた。

 ピクシーは唖然とした表情を浮かべて、ヘンダー城へと視線を向ける。

 入口の跳ね橋が下りているのを見つけ、何が起こったのかその瞬間に察した。

 

 ――しんちゃんが、城の中に入った!?

 

「あらあら、どうしたのかしらぁ?」

 

 そしてそれと同時にチョキリーヌも同じ結論に至ったようで、先程までの動揺などおくびにも出さずに挑発的な笑みを向け、その長い右脚を見せつけるようにピクシーの腹部へと叩きつけた。

 その衝撃に苦しむピクシーに対し、チョキリーヌは距離を取るように後ろへと飛び退いた。

 直前まで彼女がいた空間を、ドライアイスが貫いていく。

 それを確認しながら、彼女は両手をピクシーへと向けた。

 

「“チョキリーヌ・ベスタ”!」

 

 その瞬間、彼女の服と同じ色の閃光が走り、アニメで見るビームのようなエフェクトと共にピクシーへと襲い掛かった。

 

「ぐっ――!」

 

 ピクシーはまともに防御の構えを取ることもできず、まともにそのビームを食らってそのままの勢いで吹っ飛ばされていった。同時に彼女が発動していた飛行魔法の効果も途切れ、力尽きたかのようにピクシーはそのまま地上へと落下していく。

 彼女が落下する先には、黄色とピンクに塗られた2つの大きなテントが繋がった見た目の建物があった。

 

 

 *         *         *

 

 

 ヘンダー城へと足を踏み入れたしんのすけとほのかが最初にやって来たのは、学校の体育館を優に超える広さをもつエントランスだった。内装自体は中世ヨーロッパの宮殿にも似ているが、その色彩は童話に出てくるようなカラフルなものであり、まさにメルヘンの世界からやって来たと表現するに相応しい印象を受ける。

 そんなエントランスを、ほのかは興味深そうに、しかし敵の本拠地だけあっておっかなびっくりといった様子で歩いていく。ちなみに彼女の数歩先を行くしんのすけは、前回を含めても2回目の来訪であるにも拘わらず、既に勝手知ったる感じで悠々としたものだった。

 と、2人が真ん中辺りまで進んだところで、唐突に部屋の照明が消されて真っ暗となった。

 

「な、何!?」

「おっ? 停電かな?」

「ちょ、ちょっと待ってねしんちゃん! 今魔法で明かりを――あれっ!? なんで魔法が使えないの!?」

 

 突然の停電と魔法を発動できない事態に、ほのかが半ばパニック状態となる。

 と、そのとき、

 

「何よアンタ、電気を消しただけなんだから少しは落ち着きなさい」

「最後まで連れて来た子だからどんな隠し球かと思ったら、随分と期待外れじゃない?」

 

 女性口調を抜きにしても癖のある特徴的な男性の声が2人分、ほのかの耳に飛び込んできた。しかもその声はすぐ傍で発せられたかのようにハッキリとしたもので、彼女は顔を引き攣らせて懸命に周りへと目を凝らす。

 次の瞬間、2人の前方10メートルほどの場所に向かってスポットライトが当てられた。

 

 丸刈り頭の金髪でダイヤのマークが入ったバレエ衣装を身に纏うマカオ。

 団子に結った紺色の髪とハートのマークが入ったバレエ衣装を身に纏うジョマ。

 

 吸血鬼事件に端を発する一連の事件の首謀者である2人が、2人の前に姿を現した。

 なぜか、バレエの演技をしながら。

 

「…………」

 

 ピルエット(pirouette)、アラベスク(arabesque)、グラン・フェッテ・アン・トールナン(grand fouetté en tournant)、グラン・ジュテ(grand jeté)と次々に技を披露しながら徐々に近づいてくる2人を、ほのかは唖然とした表情で、しんのすけは腕を組んで眺めていた。

 そうして彼らの目の前までやって来たところで、見事にポーズを決めた2人が口を開く。

 

「初めまして、そしてお久し振り。アタシはマカオ」

「アタシ、ジョマ」

「「仲良くしましょ」」

 

 奇天烈な格好をしたオカマ2人に最初は呆然としたまま固まっていたほのかだが、ハッと我に返って震えながらも2人を睨み返した。

 

「そ、そんな! 仲良くするなんて、できるわけないでしょ!」

「あら反抗的。そういうの、嫌いじゃないわ」

「でもやっぱり男の子が良いわよね。それもクールな男の子」

「ねぇしんちゃん。一番よく話してた男の子いたじゃない、シバタツヤだっけ?」

「あの子は一緒じゃないの? あの子、凄くアタシ達の好みなんだけど」

「達也くん、オカマさんにモテモテですなぁ。達也くんなら多分今――」

「ちょ、しんちゃん! 何を仲良く話してるの!?」

 

 ほのかがしんのすけの服を掴んで、マカオとジョマから引き剥がして距離を取る。

 

「おぉっ! そうだったそうだった」

「んもう、真面目ちゃんね」

「せっかくの再会なんだから、少しくらい会話しても良いじゃない」

「なんで私、責められてるの……? おかしくない……?」

 

 唖然とした表情でブツブツ独り言を呟くほのかの横で、しんのすけがシレッとした顔で本題に入った。

 

「2人共。みんなが迷惑してるし、ヘンダーランドから出てってくれない?」

「そう言われても、アタシ達だって遊びで来てるわけじゃないしねぇ」

「そうそう。せっかくリベンジの機会を得られたことだし、今度こそこの世界を乗っ取ろうかなと思って」

「何でも無い感じで世界征服を企まないで! そんなの、私達が許さない!」

 

 威勢の良いほのかの台詞に、しかしマカオもジョマも怯む様子は微塵も無く、むしろ微笑ましげに口角を上げるのみだった。

 

「あらあら、随分と主人公っぽい言葉を吐くじゃない」

「でも残念。あなたのお友達は今、アタシ達の部下達が相手してるから。無事で済めば良いけど、うっかり殺しちゃったらごめんなさいね」

「た、達也さんたちが負けるはずがない!」

「へぇ、そんなにあの子達を信頼してるのね」

「そんなに信じてるなら、戦ってるところを一緒に観てみる? しんちゃん達だって、お友達がどうなってるか心配でしょ?」

 

 マカオとジョマがそんな提案をしている間にも、どこからか現れたヘンダーくん達がいそいそと準備を始めていた。何も無かった場所に巨大なモニターを運び込み、その正面にカーペットを敷いてソファーを置き、なぜか花を生けた花瓶をインテリアとして飾り付ける凝りっぷりである。

 

「あ、あなた達と仲良く観戦なんてできるわけないでしょ! そうでしょ、しんちゃん!?」

「ねぇねぇ、ポテチとコーラは無いの?」

「もう座ってる! しかも寛ぐ気満々だ!」

 

 ソファーのど真ん中を陣取って飲み物とおやつを催促するしんのすけに、勢いのあるツッコミを入れるほのか。

 そんな2人の様子を眺めながら、マカオとジョマは何やら納得したように頷いていた。

 

「成程、その子はツッコミ要員なのね」

「それじゃしんちゃん、誰から観たい?」

「うーん。それじゃ、最初に逸れちゃったエリカちゃん達からで」

「オッケー。アンタ達、映像寄越して」

 

 マカオの命令にヘンダーくんが頷き、モニターを弄る。ほのかも最初は困惑しきりだったが、やがて恐々とした様子でしんのすけの隣に腰を下ろした。

 エリカ達の映像が表示されたのは、それからすぐのことだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 ヘンダーランドに入って最初のエリア“おとぎの森”。

 その森の中にひっそりと建つスタッフルームの前で繰り広げられるクレイ・G戦は、今まさに最終局面を迎えていた。

 

「ハァ――ハァ――」

「ったく、ようやく偽者の在庫が尽きたようね……」

 

 四肢をバラバラにされた状態で、それでも意識が途切れず微かに蠢く修次の偽者を前に、エリカが悪態混じりでそんな言葉を吐き捨てた。彼女と一緒に偽者の対処をしていたレオ・幹比古・克人の3人も、言葉少なに同意を見せる。

 4人の顔には隠し切れないほどの疲労が滲み出ているが、無理もない。正面の地面に転がっている偽者の数は1体や2体などではなく、ザッと数えただけでも10体以上は確実にいる。その1体1体が、技量はともかく魔法自体は『近接戦闘では世界で十指に入る』とまで言われる修次と同じ代物を使うため、特に魔法だけでなく実際に動きまくっていたエリカやレオなど肩で息を切らすほどだった。

 とはいえ、勝ったのはこちら側だ。4人が見据える先には、もはや偽者を手下に動かしていた狼男のクレイ・Gのみ。周りの茂みから偽者が飛び出してくる様子も無く、もはや万策尽きたとさえ思える。

 

「フン! 人間の割には、なかなかやるようだな」

 

 だが、奴の口は相変わらず笑みを浮かべていた。人間である自分達を見下す姿勢も変わらず、自身の勝利を信じて疑わないといったところだ。

 

「……ミキ、どう思う? まだ何か隠し玉があるとか?」

「考えたくないけど、可能性としては有り得る――」

 

 エリカの呼び方にツッコミを入れる余裕も無く、幹比古が彼女の問いに答えていた、まさにそのとき、

 

「キャッ――!」

「――――!」

 

 後ろから突如聞こえてきた悲鳴に、全員がバッと後ろを振り返る。

 彼女達の中で唯一戦闘に参加していなかった美月が、おそらく大きく回り込んでいたであろう修次の偽者に羽交い絞めにされ、その刀を首筋に添えられていた。美月は恐怖で顔を青ざめているが、どちらかというと仲間に迷惑を掛けたことへの居たたまれなさも多分に含まれているように思える。

 

「しまった! 美月が!」

「ガハハハハッ! 勝ちが見えて油断したなぁ! オイおまえら、仲間を殺されたくなかったら、どうすれば良いか分かるよなぁ!?」

 

 クレイ・Gの脅迫に、エリカ達が揃って悔しそうに歯噛みする。美月が非戦闘員であることは、先程の戦闘を見ればすぐに分かることだ。だとすれば彼女が狙われることも充分視野に入れるべきであり、修次の偽者に対処するために全員が戦闘に引きずり出されたことは完全に自分達の落ち度といえる。

 不甲斐なさに腹を立てながら、エリカとレオがクレイ・Gを睨みつける。たった1手で圧倒的優位に立った喜びからか、奴は鋭い牙の生えた大きな口をガパリと開けて自身の勝ちを確信したかのような笑い声をあげた。

 

「ガハハハッ! 安心しろ、すぐには殺さねぇよ! マカオ様とジョマ様の命令だからなぁ! おまえらは元・ジャガイモ小僧をぶっ潰すための餌だ! ――もっとも、その後は本当の意味で俺様の餌になるかもしれねぇがな!」

 

 自分で自分の言ったギャグが面白かったのか、クレイ・Gは更に高らかな笑い声をあげた。辺りに奴の笑い声が響き渡り、それに比例してエリカ達の表情も険しくなっていく。

 

 だがその表情が、突如呆気に取られるものへと変化した。

 全身や顔を黒いローブで覆い隠す如何にも怪しい人物が、クレイ・Gの背後の空中に突如出現したことによって。

 

「なん――」

 

 何だおまえ、とクレイ・Gが疑問を投げ掛ける暇も無く、謎の人物は重力に引っ張られて地面に降り立つまでの間で、その手に持っていたナイフを奴の首元に突き立てた。

 

「がっ――!」

 

 小さな悲鳴をあげるクレイ・Gに対し、謎の人物は地面に降り立った直後に奴の背中を思いっきり蹴りつけた。魔法で身体強化でも施しているのか、どちらかというと小柄な体格にも拘わらず、人間よりもだいぶ大柄な狼男はたたらを踏んで前のめりに吹っ飛ばされる。

 吹っ飛ばされた先にいたのは、武装デバイスを構えたエリカだった。

 

「エリカちゃん! そいつを倒せばこの偽者も止まるよ!」

「オッケー、美月!」

「オイ人形! あの女をこ――」

 

 クレイ・Gの命令は、エリカが奴の左胸に刀剣型のデバイスを突き立てたことで無理矢理中断された。

 

「ぐぅ――!」

「千葉! そいつから離れろ!」

 

 克人の呼び掛けにエリカは即座に反応し、クレイ・Gの左胸からデバイスを引き抜きながら飛び退いた。奴は苦悶の表情を浮かべるが、穴の開いた左胸から普通の生物なら噴き出すであろう血液の類が1滴も流れない。

 そしてエリカが離れた次の瞬間、奴は目に見えない何かによって地面へと叩き潰された。まるで見えない巨人に上から叩かれたかのような光景だが、ここにいる全員が克人が多重障壁魔法によって対象を叩き潰したのだと瞬時に理解する。

 

「美月さん、大丈夫!?」

 

 描写に堪えない姿になったクレイ・Gから目を背けて、幹比古が美月に呼び掛ける。

 

「だ、大丈夫……。魔法の繋がりが無くなったから、多分動かなくなったと思う……」

 

 美月は修次の偽者に羽交い絞めにされた状態のままだったが、当の偽者の方はまるで動く気配を見せなかった。目の焦点は合っておらず、無表情どころか生気の抜け落ちたその姿はまさしく精巧な作りの人形そのものだ。

 美月が首筋の刀に気をつけてソッと腕から抜け出し、ほんの少しだけ力を込めて偽者を押した。すると偽者は一切の抵抗も無くグラリとバランスを崩し、そのまま地面に倒れこんでしまった。その衝撃で腕が1本外れるが、動く様子は微塵も無い。

 と、次の瞬間、

 

「――――!」

 

 修次の姿をした偽者が風船の空気が抜けるようにシュルシュルと縮んでいき、片手で持てるほどの大きさをした、デッサン人形のようにシンプルなデザインの人形となった。

 もちろん、首の後ろに付いていたチップには手を触れていない。しかし独りでにそのような変化を見せた人形に、エリカ達は一斉にクレイ・Gへと視線を遣る。

 潰されたクレイ・Gは、いつの間にか掌サイズの犬の人形へと変化していた。そしてその人形の横には、奴が狼男になった後も着ていたタンクトップが落ちている。

 すると、

 

 ボフンッ!

 

「――次兄上!」

 

 タンクトップから煙が破裂したように立ち上ったかと思ったら、それはエリカの兄である千葉修次へとその姿を変えていた。いや、状況から察するに“姿を戻した”と表現する方が適切か。

 エリカが血相を変えて、地面に横たわる修次へと駆け寄った。背中に手を回して上半身を起こしてあげると、修次は意識を取り戻してゆっくりと目を開けた。

 

「次兄上! 私のことが分かりますか!?」

「……あぁ、エリカか。サービスエリアで少年と戦って、その後の記憶が無いんだが――」

「詳しい話は後で! とにかく、無事で何よりです!」

 

 兄妹の再会劇に割り込むほど、レオ達も無粋ではない。彼らは2人をそのままに、その傍に落ちている犬の人形へと注目した。

 

「……まさかこれが、アイツの正体だって言うんじゃないだろうな?」

「信じられないけど、そう考えるしか無さそうだね」

「魔法の繋がりも見られないから、とりあえずは安心だね」

 

 レオ・幹比古・美月の3人がそのような会話を交わす中、

 

「…………」

 

 唯一の上級生である克人が、険しい表情で夜の闇に包まれた森の向こうへと目を凝らしていた。

 突然乱入した黒ずくめの人物は、とっくに姿を消していた。

 

 

 

 

「ターゲットは始末された。これから戻る」

『お疲れ様でした。気をつけてこちらに戻ってきてください』

「了解」

 

 夜の森の中では、黒いローブに身を包んだその人物はまるで闇に溶け込んだかのようにその姿を隠す。そうして身を潜めながら、謎の人物は短い遣り取りを終えて携帯端末をポケットにしまい込んだ。

 そして、小さく感嘆の溜息を吐いた。

 

「いくら人質に気を取られてたとはいえ、あそこにいる誰1人にも気取られずに“疑似瞬間移動”を成立させるとはな……」

 

 謎の人物があの場に突然現れたのは、自身の魔法によるものではない。

 “疑似瞬間移動”は、加重・収束・収束・移動の4工程からなる系統魔法だ。物体の慣性を消して空気の繭で包み、真空のチューブ内を高速移動するのだが、その過程で周囲の空気を押し退ける気流が発生するため、移動先が事前に察知されてしまう欠点がある。

 しかし今回の術者は、見事に移動先の誰にも魔法の発露を気取らせることは無かった。その技量の高さに、謎の人物は改めて舌を巻いた。

 と、携帯端末が再び震えた。電話の主は、先程話した“疑似瞬間移動”の術者の弟だった。

 

『ナッツ、すぐに戻ってください。ちょっと問題が発生しました』

「……はいよ」

 

 通話を切って、ナッツと呼ばれたその人物は、今度は呆れるように溜息を吐いた。

 

「ったく、本当に人使いが荒いな……」

 

 

 *         *         *

 

 

 “プレイランド”のメインストリートから少し外れた場所にある、黄色とピンクに塗られた2つの大きなテントが繋がった見た目の建物。

 そのアトラクションは人形劇とサーカスが融合したショーが観られるとして、園内でも屈指の人気を誇っている。まるで本当に命があるかのように活き活きと動く人形の演技がとても可愛らしく、しかしどこか切なげで、また近未来をモチーフとした“プレイランド”の中でもどこか懐かしさを覚えるサーカスという演目に、子供だけでなく大人も夢中になること請け合いだ。

 しかし今は閉園時間ということもあり、普段は小さな子供を中心に多くの観客で埋め尽くされる客席に人の姿は無く、照明も消されているため薄暗くなっている。それでも真っ暗ではないのは、先程上から落ちてきた“物体”によって天井に大きな穴が空き、そこから月明かりが差し込んでいるためである。

 

「…………」

 

 チョキリーヌが周りに注意深く目を遣りながら建物の中へ足を踏み入れ、月明かりに照らされたステージへと上がっていく。

 そしてステージの中央に転がっているそれを、感情の読み取れない無表情で見下ろした。

 

 膝上10センチのバルーンスリーブワンピースに、フリルのついた白いエプロン、白のストッキングに黒のローファー、そして頭にはフリルのついたホワイトブリム――長々と描写したが早い話がメイド服を着た十代後半くらいに見える少女。

 しかしその少女が人間でないことは、今の彼女の状態を見れば一目瞭然だった。

 なぜならその少女は、高所から叩きつけられた衝撃で四肢と胴体が千切れ、そこからネジやら配線やら機械的な部品が零れていたからである。当然動力部分もひどく損傷しており、ピクリとも動く気配を見せない。

 焦点の定まらない目を開いたまま動かない少女の姿は、それこそ本当に人間が死んでいるかのような雰囲気を漂わせていた。

 

 ガガガガガ――!

 

 するとチョキリーヌの背後で、硬い物同士がぶつかり合う音が響いた。しかし彼女は驚くことなく、むしろうんざりしたように溜息を吐いて後ろを振り返る。

 床に落ちていたドライアイスの破片に、チョキリーヌは真由美からの攻撃を受けたと確信した。それはここにやって来るまでに何回も起きたことであり、そしてその度に周囲に展開しているバリアに阻まれている。空中戦の最中ならともかく、地上で誰とも交戦していない状態でドライアイスの弾丸を防ぐことなど彼女にとっては容易いことだ。

 

「さーてと、このままトッペマが消滅してくれてたら楽なんだけど……」

 

 チョキリーヌは独りごちながら、ステージの奥にある関係者用スペースへと歩き出した。小さく呪文を唱えて小さな光の球を自身の周囲に漂わせ、様々な小道具や段ボール箱が積まれた狭い通路を照らしていく。

 おそらく公演で使うのであろう、デザインも大きさも多種多様な人形がズラリと並んでいる。前回ここを管理していたのはクレイ・Gだったため彼女は知らないことだが、その人形は百年前に運営していたときに揃えていた人形とまったく一緒だった。

 もし彼女がそれを知っていたら、おそらく彼女は気づいていたことだろう。

 

 現在その人形が、1体足りなくなっていることに。

 

 

「――“トッペマ・マペット”!」

 

 

 その声は3E特有の合成音声ではなく、かといって声帯を震わせて発せられたものでもなかった。それを耳にした瞬間、チョキリーヌが険しい表情となり反射的にそちらへと顔を向ける。

 

 それは、このアトラクションの中でも一番の人気を誇る人形だった。

 深緑を基調とした道化師風の衣装を身に纏い、左頬に星形のメイクを施されている。ぜんまいのネジを髪飾りのようにあしらい、腰まで届くほどに長い緑色のツインテールをしている――ように見えるが実はこれは帽子であり、それを脱ぐと癖のあるショートヘアをしている。

 そしてその姿はまさしく、100年前に当時5歳だったしんのすけが初めて出会った操り人形――トッペマ・マペットそのものだった。

 

 100年振りに見たその姿への感傷に浸る余裕も無く、チョキリーヌは自身の周囲に張っていたバリアに魔力を込めて強化する。

 次の瞬間、トッペマが差し出した両手から極太のビームが飛び出し、そのバリアへと襲い掛かった。バリア越しに衝撃が伝わったのか、チョキリーヌの表情に苦悶の色が浮かぶ。

 

「おまえ……! それだけの魔力を消費して、無事で済むと思ってんのかい!? さっきみたいに、あのガキンチョから魔力を貰ってないんだろ!?」

「こうでもしないと、あなたを止めるなんてできないでしょ!?」

 

 ビームから、そしてそのビームがバリアに衝突したときの衝撃で飛び散る魔力の光が、月明かりすら届かない建物の中を昼間以上に明るく照らしている。人によっては癲癇(てんかん)発作を引き起こしそうなほどに様々な色が激しく飛び交う空間にて、トッペマとチョキリーヌはそれぞれ苦しそうに顔をしかめながら睨み合っていた。

 しかし最初は互角で釣り合っていた形勢も、徐々にチョキリーヌへと傾きつつあった。ビームが徐々に細くなっていく光景に、バリアを張るチョキリーヌの口角がニヤリと上がる。

 

 勝利が見えてきて、チョキリーヌの心に油断があったことは否めない。

 このとき彼女の頭からは、この戦場に潜む“もう1人”の存在がすっかり抜け落ちていた。

 

 バキバキバキバキ――!

 

「な、何だ!?」

 

 突如頭上から何かが壊れる音が聞こえてきたのと当時に、チョキリーヌは目に見えない何者かによって地面へと引っ張られる感覚に囚われた。実際、彼女はその場に立っていられなくなるほどであり、徐々に体勢を低くしていき、ついには片膝を突くまでになってしまう。

 今にも地面に平伏しそうになるのを懸命に堪えて頭上を見上げると、ちょうど彼女の立っている場所の天井に大きな穴が空いており、おそらく元々そこにあったであろう建材が無理矢理もぎ取られたかのように分解していた。そしてその建材にも彼女を襲う力と同じものが働いているらしく、自然落下とは比べ物にならない速さで彼女へと迫っていく。

 更におまけと言わんばかりに、一瞬火花のような光が散ったかと思いきや、木材や天井の布テントの部品がいきなり燃え始めた。

 

「――ふざけんじゃないよ、おまえらぁ!」

 

 チョキリーヌはそんな叫びと共に、頭上から隕石のように燃えながら落下してきた建材の下敷きとなり、そしてトッペマの放つ渾身のビームに建材ごと貫かれた。

 ビーム自体に物理的な破壊能力は無いようで、天井から落ちた建材はそのまま地面に叩きつけられて更に細かく分解された。しかし建材に纏わり付いていた炎はビームによって掻き消され、故に建物内のどれにも引火することは無かった。

 

「……終わった、のかしら?」

 

 音も光もすっかり静まった建物内に、トッペマの独り言だけが天井から吹き込む風に乗る。ソロソロと元建材の瓦礫へと近づき、そしてその中に女性を象った人形を見つけるとホッと息を吐いてその場にへたり込んだ。

 

「トッペマ! 大丈夫!?」

 

 大きな足音をたてて真由美がその場に姿を現したのは、その直後のことだった。十代少女メイドロボから姿を変えたトッペマへとまっすぐ駆け寄っていき、地面に横たわっていた彼女の背中に手を回して上半身を起こしてあげる。

 トッペマは高熱の風邪を引いたかのようにグッタリとした様子だったが、真由美の問い掛けに弱々しい笑顔を浮かべて頷いてみせる。

 

「えぇ、大丈夫よ……。ちょっと魔力が足りなくて、思うように動けないだけ……。しんちゃんが城から出てくれば自動的に魔力が供給されるはずだから……」

「なら良いんだけど……。ひょっとして、あそこにある人形が?」

「そう。ああいう人形にマカオとジョマが魂を吹き込んだのが、チョキリーヌ達三幹部の正体ってわけ。――それにしても、あなたのその“マルチスコープ”って想像以上に便利そうね」

 

 現代魔法における射程距離とは物理的なものではなく、改変対象を認識できればそこに照準を合わせて発動することが可能となる。しかしそれは中継された映像を観るといった方法だけでは難しく、五感によって充分に場所を認識することが必要と考えられている。

 その点でいえば、真由美の“マルチスコープ”は視覚を飛ばして離れた場所を視認する魔法であるため、普通の魔法師よりもずっと離れた場所から、それこそ相手から視認されない場所から一方的に魔法を放つことができる。味方にとって、これほどまでに後方支援に向いた魔法も無いだろう。

 

「さすがにちょっと疲れたけどね……。トッペマ、悪いけど少しここで休ませてもらっても良いかしら?」

「構わないわ、私もしばらくまともに動けそうにないし」

「ありがと。――あっ、そうそう」

 

 思い出したように声をあげる真由美に、トッペマが首を傾げる。

 

「その姿、とてもよく似合ってるわよ」

「……私も、これが未だにここにあるとは思わなかったわ」

 

 

 *         *         *

 

 

 ヘンダーランドを3つに分けるエリアの1つである“ヘンダータウン”の一画は現在、記録的な大災害に見舞われていた。

 竜巻とも見紛う猛吹雪によって地面も建物も凍りつき、真っ白な雪が分厚く積み上がっている状況だった。例えるならば、豪雪地帯で車が立ち往生しているときの風景を想像してもらえれば分かりやすいだろうか。更には街の一部が崩れ落ちて瓦礫の山と化しており、廃墟が雪に覆い隠されていく有様となっている。

 

「おらおら、どうしたぁ! 格闘ゲームみたいにタイムアップでも狙ってんのかぁ!?」

 

 そんな大災害を生み出す元凶は、雪景色にこれ以上ないくらいマッチングしている雪ダルマの魔法使い、ス・ノーマン。

 

「くっ――!」

 

 そしてそんな大災害に真っ向から立ち向かうのは、携帯端末型のCADを構える深雪だった。彼女の周囲には物質の運動を静止させる魔法が働いており、(あられ)の入り混じる吹雪がその領域内に侵入した瞬間、急速にその動きが鈍くなって深雪に届く前に氷の結晶が地面へと落ちていく。

 しかし、それは完璧ではなかった。文字通り身も心も凍らせる吹雪が、隙間風のように時折深雪の肌を撫でていく。彼女の険しい表情にも苦悶の色が見え、けっして余裕で堰き止めているわけではないことは明白だ。

 このままではそう遠くない内に魔法を維持できなくなり、たちまち内部は周りの街と同じように雪と霰に蹂躙されるであろう。

 

 そんな状況でリーナは何をしているのかと言えば、深雪のすぐ傍で片膝を突いて激しい運動でもしたかのように大きく息を荒らげていた。

 深雪が防御に専念している間、リーナは魔法の領域外を発動点としてス・ノーマンへの攻撃を試みていた。炎や雷で焼き尽くそうとしたり、サイオンの弾丸を射出したり、建物を破壊して瓦礫を奴にぶつけてみたりと方法は様々だ。そう、吹雪自体はス・ノーマンの仕業だが、周りの建物が破壊されているのはリーナの仕業だったりする。

 しかし、そのどれもが芳しくない結果に終わった。ス・ノーマンの体を包み込むように自動展開されたバリアが、リーナのあらゆる物理的・魔法的な攻撃を防ぎきってしまった。

 

「リーナ、そろそろ限界かしら?」

「冗談! そういうミユキこそ、どうなのよ!?」

「私もまだ大丈夫だけど、正直このままってわけにもいかないわね」

 

 軽口を交わしながら、リーナは深雪へと視線を上げる。彼女の口元には笑みが浮かんでいるものの、ス・ノーマンを見つめるその目に余裕は見えず、逆に疲労が見て取れた。

 

「――――!」

 

 その瞬間、リーナはずっと手に持ったまま使わずにいた大きな杖を動かした。持ち手の部分を何回も押し引きして、その度にガシャガシャと音をたてている。

 

「……ミユキ、今の魔法を解除したうえでアイツの動きを止めてくれる?」

「どれくらい?」

「2秒……いや、1秒もあれば充分よ」

「……良いわ」

 

 その答えと共に、深雪の指がCADのタッチパネルへと伸びた。

 2人の周りを包み込むように発動していた減速魔法が、フッと消えた。

 

「魔法を消したな! 覚悟しやが――うおっ!?」

 

 さっそく攻撃魔法を試みたス・ノーマンに、強烈な突風が襲い掛かった。

 対象領域内の物質の運動を減速させる魔法自体は、非常に有り触れたポピュラーなもの。しかし深雪の場合はそれを、領域内の気体分子に発動させていた。もちろん、並の魔法師にできることではない。

 気体分子の運動速度と気体の圧力は、正比例の関係にある。つまり気体分子の速度が遅くなれば、その分だけ気体の圧力が弱くなる。そうして圧力の低くなった領域内の空気は、圧力の変わっていない領域外の空気に押されて体積を小さくし、それによって空いたスペースに領域外の空気が入り込んでいく。

 すると領域内には、本来有り得ないほどに量の多い空気が充満することになる。もしこの状態で減速魔法を解除すれば、領域内の気体分子が運動速度を取り戻すことによって気体の圧力も元に戻り、局地的に密度の大きくなった空気は本来の姿に戻ろうと一気に空気を膨張させる。

 そうして生まれた突風が、ス・ノーマンの動きを止めた。

 リーナが要求した1秒が、これで満たされた。

 

「覚悟するのはそっちよ、雪ダルマ!」

 

 リーナは“ブリオネイク”を構え、切り札である戦略級魔法を発動した。

 

 戦略級魔法。戦略兵器として扱われるほどの威力を有する魔法であり『一度の発動で人口5万人クラス以上の都市または一艦隊を壊滅させることができる魔法』がその定義とされる。

 リーナが扱う“ヘビィ・メタル・バースト”は、現時点で公開されている戦略級魔法の中では最高威力を誇るとされている。その威力は最大で戦艦の主砲に匹敵すると言われ、一度でも放たれれば戦局に大きな影響を及ぼすことは想像に難くない。

 しかしそれ以上に重要なのは、絶大な威力を有する魔法としては破格の“取り回しの良さ”だ。専用兵器“ブリオネイク”は機械的な機構が無いため、魔法師1人でも運べるうえにメンテナンスも容易だ。更には発動までのスピードも数秒で済むという圧倒的なスピードも、一撃離脱を基本とする戦略級魔法師の任務に大きく役立つ。つまり“ヘビィ・メタル・バースト”は、総合的な評価においても“戦略級魔法随一の性能”を誇るのである。

 

 まさに国の技術の結晶ともいえる戦略級魔法が、ス・ノーマンだけのために使われた。

 杖の先端に仕込んでいた顆粒状の接着剤を混ぜた重金属パウダーが充填され、突き棒で圧力を掛けて固めることで“弾”となる。その“弾”を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅してビームとして放出する。

 数えるのも馬鹿らしいほどに訓練を重ねた一連の動きを経て“ヘビィ・メタル・バースト”は発動した。深雪の魔法に守られながら残りのパウダーを全て注ぎ込んで作られた重金属の層1つ1つがプラズマの弾丸と化し、矢継ぎ早にス・ノーマンへとぶつけられていった。

 上下に圧縮する形で電子を水平方向へ円形に拡散させ、原子核を互いの電気的斥力と電子との間に働く電気的引力で高速拡散させる運動エネルギーを伴ったビームが、ス・ノーマンを狙うついでに巻き込んだ地面や瓦礫を破壊していく。

 

「これは……!」

 

 ビームが撒き散らす光に目を細めながら、深雪はその破壊力に息を呑んだ。リーナの正体についてはほぼ確信していたものの、それが持つ意味を改めて思い知った形となった。

 と、昼間かと見紛うほどに眩い光が消えていき、光が強すぎて逆に見えなくなっていたス・ノーマンの周辺が徐々に姿を現していく。

 ビームの軌道は魔法式で設定できるため、左右の瓦礫に変化は無かった。しかし地面は積もり積もっていた雪が完全に溶けて蒸発しており、石畳の舗装が抉れて中の土が露わになっている。ス・ノーマンの背後にあった瓦礫もビームの軌道上にあった物は細かく砕け、周辺に吹っ飛ばされたことで周囲の木々や建物に甚大な二次被害を生んでいる。

 そして、肝心のス・ノーマンはというと、

 

「――あっぶねぇ! こんなのヒトに向けるヤツじゃねぇだろ!」

 

 土砂が露出した地面の真ん中でただ1ヶ所だけ無事だった舗装の上で、焦りと喜びが入り混じった声色でそう叫んだ。

 ピンピンした様子のス・ノーマンに、リーナも深雪も信じられないと目を見開いた。

 

「うっそでしょ!? 戦艦ですら当たり所によっては一発で沈む魔法よ!?」

「切り札だけあって、確かに威力は凄まじかったさ。でもな! たかだか100年ぽっちのおまえらと違って、俺様の魔法は年季が違うんだよ、バーカ!」

 

 すっかり気を良くしたのか、ス・ノーマンはケラケラと体を震わせてそう力説した。

 そして、こう続ける。

 

「さすがに()()()()()()()()()けど、そんなの幾らでも張り直せば良いんだしな! おまえらの切り札が通用しない以上、俺様の勝ちは確定だ!」

 

 

「――そうか、それは良いことを聞いた」

 

 

「…………あぁ?」

 

 どこからともなく聞こえてきたその声に、ス・ノーマンは素っ頓狂な声をあげてそちらへと顔を向けた。

 ここから100メートル近く離れた場所に建つ、周りのそれよりも背の高い塔のようなデザインの建物の屋根の上に、拳銃型のCADの銃口をこちらに向けた達也の姿があった。

 それを確認した瞬間、腹部に違和感を覚えたス・ノーマンがゆっくりと視線を下に向ける。

 奴の真っ白で丸い胴体部分に、大砲でも撃ち込まれたかのように大きな穴が空いていた。

 

「終わりです、ス・ノーマン・パー」

 

 深雪が冷えきった声で死刑宣告を口にした、その瞬間、

 

「――ぐあああああぁぁぁっ!」

 

 突然ス・ノーマンがその場に崩れ落ち、体の奥底から絞り出すような悲鳴をあげた。あまりにも突然の変化に、無表情で見下ろす深雪の横でリーナがギョッと顔を引き攣らせている。

 胴体にぽっかりと空いた穴を起点として、奴の体にビシビシと小さな亀裂が生じ始めた。それに加えて奴の体のあちこちからシュウシュウと白い煙が立ち上り、綺麗な球体だった胴体や頭部もその形を崩していく。それはまさに雪ダルマが溶けていくかのようだが、奴の足元に水が滴り落ちる様子は無い。

 

「ぐっ! 何だこれ、体が崩れてきやがった! あのクソガキ、何をしやがっ――成程、これが()()()()が言ってた“分解魔法”ってヤツか!」

「アイツら……?」

 

 ス・ノーマンの体がみるみる崩れていくのをただ眺めるだけだった深雪が、捨て置けない単語に反応してオウム返しに言葉を紡いだ。

 

「ったく、あのガキも前回の姫様も何なんだよ! 全然出てこなかった癖に、最後の最後に美味しいところだけ持っていきやがってよ!」

「待ちなさい! あなた達、他に協力者がいるの!?」

「誰が教えるか、バーカ! それにおまえら、俺を倒したと思ってるんだろうが残念だったな! 俺も他の奴らも、マカオ様とジョマ様がその気になれば魔力1つで幾らでも復活できるんだよ! 次はこう上手くいかねぇから覚悟しやがれ!」

「待って――!」

 

 深雪が思わず手を伸ばすが、それを嘲笑うかのようなタイミングでス・ノーマンの体が完全に瓦解した。ボロボロと雪の塊が地面に広がり、そしてほぼ一瞬で跡形も無く消えていく。

 そうして最後に美術のデッサンで使うような簡素な人形だけが残り、そしてその人形も数秒しない内に煙となって消滅していった。

 

「ったく、厄介な相手だったわね……」

「…………」

 

 リーナの言葉に深雪は返事せず、既に誰もいなくなったその場所を見つめていた。

 

 

 

 

「撃退した……か」

 

 塔のような建物の屋根の上で戦闘の終了を確認した達也は、拳銃型のCADをホルスターにしまいながら溜息混じりに独りごちた。

 しかし台詞に反し、達也の表情に充足感は無かった。

 むしろそこにあるのは、後悔にも似た敗北感だった。

 

 ――今回はリーナが無理矢理バリアを破壊してくれたから何とかなったが、今後も分解魔法が通用しない相手が出てくることもあるだろう。その場合の対策を立てることが急務だな……。

 

 そのためには、と達也が視線を向けた先にいたのは、先程の思考にも出てきたリーナ。

 正確には、彼女が持つ“ブリオネイク”だった。

 

 ――FAE理論が、まさか実用化していたとは……。

 

 FAE(Free After Execution)理論はかつて日米共同で研究されていた仮説で、『魔法で改変された事象は本来存在しないはずの事象であり、故に改変直後は物理法則が作用するのに1ミリ秒以下のタイムラグが存在し、その間に新たな事象を定義できれば物理法則に抗うことなく定義を加えることができる』というものである。

 日本語では“後発事象改変理論”と呼ばれるそれは、1ミリ秒以下という極小時間に介入するなど現実的でないという理由で破棄されたはずだ。しかしブリオネイクの存在が、FAE理論が正しかったこと、そして実用化に成功したことを裏付けている。

 

 ――これを使えれば、あるいは……。

 

 達也の思考は、深雪の呼び掛ける声が耳に届くまで続けられた。

 

 

 *         *         *

 

 

「…………」

「…………」

 

 巨大なモニターにて園内各地で行われていた戦闘の一部始終を見守っていたヘンダー城にて、マカオとジョマが互いの手を取って身を寄せ合った姿勢のまま呆然と白目を剥いていた。

 

「いやぁ、頼りになる部下達が全員見事に負けてましたなぁ」

「良かったぁ! 一時はどうなることかと……!」

 

 そして2人の隣のソファーでは、しんのすけがからかうようにケラケラと笑い、観戦中気が気じゃなかったほのかがホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「いやいや! アンタ達、ちょっと待ちなさいよ!」

「どいつもこいつも、1人相手に大人数で寄ってたかって! しかも不意打ちで乱入とかしてくるし! ちょっとはフェアプレー精神ってものがないのかしら!?」

「えぇっ? 1対1で戦わなきゃいけない、なんてルールは無かったゾ」

「キーッ! 正論だからこそムカつくわぁ!」

「結構な魔力を込めて呼び出した幹部達もやられるし、本当やってられないわぁ」

 

 達也たちの予想外の活躍に困り果てた口振りのマカオとジョマだが、その表情にはどうにも真剣味が感じられなかった。幹部達がどうなろうと最終的に自分達の力でどうにでもできる、と言外に告げているように思えてならず、ほのかは警戒心を隠そうともしない目で2人を睨みつけている。

 そうしていると、一頻り不満を爆発させてスッキリしたのか、マカオとジョマがふいに冷静な表情となった。

 

「こうなったら、アタシ達が直々に出張らなきゃいけないようね」

「まったく、困ったものだわ」

「――――!」

 

 かつてヘンダーランドだけでなく幾つもの異世界を滅ぼしてきた強大な魔法使いが、いよいよ自ら動き出す。それを察したほのかが恐怖で震える体を必死に抑え込みながらCADを構え、そしてすぐに城の中では魔法が使えないことを思い出して顔を引き攣らせる。

 その隣ではしんのすけが、普段ほとんど見ることのない真剣な表情でマカオとジョマと対峙する。その姿が、ほのかの不安をより増幅させる。

 マカオとジョマが、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「さてと、2人共」

「仲良く遊びましょ」




「今の心境を例えるなら、RPGで装備やアイテムを整えてない状況でボス戦に入っちゃったときみたいな感じだゾ」
「……しんちゃん、私のこと不安に思ってる? いや、達也さんとか深雪と比べたら、そりゃ力不足なのは分かってるけどさ」

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