嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第97話「ヘンダー城の決戦、決着だゾ」

 普段は老若男女様々な人々で賑わうテーマパーク・ヘンダーランド。時刻はとっくに営業時間が終了している深夜だが、突如謎の結界によって内外の往来が不可能となり、多くの来園者が取り残される異常事態となっている。

 その犯人は、異世界の魔法使い・マカオとジョマ。世界をも滅ぼし得る力を有する2人だが、封印の影響で本来の力を失っていたため、魔力収集装置であるヘンダー城を狙って一連の吸血鬼事件を引き起こしていた。そんな2人の野望を防ぐべくしんのすけ達はヘンダーランドに乗り込み、人知れず世界の命運を懸けた勝負へと挑んでいく。

 そしてその勝負は、他ならぬヘンダー城にて佳境を迎えていた。

 

「ひぃっ! ちょ、どれだけいるのコレ!?」

「ほのかちゃん、舌嚙むゾ」

 

 先程まで激闘を繰り広げていたエントランスの奥にある階段を駆け足で上りながら、ほのかが顔を引き攣らせて叫び声をあげ、隣を並走するしんのすけが冷静にツッコミを入れた。

 しかし今の2人の背後に広がる光景を目にすれば、彼女を責めることはできないだろう。

 

『●▲■★◆▼~!』

『●▲■★◆▼~!』

『●▲■★◆▼~!』

『●▲■★◆▼~!』

 

 その階段は2人が腕を伸ばしても届かないほどの幅があったが、その階段をみっちりと埋め尽くすほどに大人数のマスコットキャラ達が、意味のある言葉には聞き取れない声を叫びながら2人の背中を追い掛けていた。それはお世辞にもメルヘンチックな光景とは言えず、むしろホラー感満載だった。

 それはヘンダータウンでの光景を再現しているように見えるが、違うところを挙げるならば、奴らは魔法を一切使用していないことだろう。ヘンダー城内では敵味方問わず魔法が使えない、という事実がここからも窺える。

 そして違うところは、もう1つ。

 

「待ちなさい、2人共!」

「絶対に逃がさないわよ!」

 

 マスコットキャラ達に紛れて、マカオとジョマがその追い掛けっこに参加していた。2人も例に漏れず魔法が使えないが、バレエで鍛えた強靭な肉体によって軽やかに階段を駆け上がっていく。魔法使いは非力で打たれ弱い、という創作あるあるは2人には通用しないようだ。

 

「と、とにかくしんちゃん! 早いところ出口を探さないと!」

「ほいほ~い! 多分こっちだったと思うゾ!」

 

 階段を上りきって左右に廊下が伸びる場所に差し掛かり、しんのすけが迷うことなく右へと進路を変えた。突然のことでほのかがバランスを崩しながらもそれを追い、そして多数のマスコットキャラとそれらに混じるマカオとジョマが大きくドリフトしながら強引に右へと旋回していく。

 

「オラァ! 逃がすかぁ!」

『●▲■!?』

 

 マカオが一番近くにいたヘンダーくんの頭を鷲掴み、先を走るしんのすけ達に向けて投げつけた。隣を走るジョマも同じようにヘンナちゃん達を投げ始め、何体ものマスコットキャラが悲鳴をあげて2人へと(本人の意思とは無関係に)襲い掛かる。

 

「うわぁ! 何かアイツら、仲間を投げてきたんだけ――ぶへぇ!」

「とりあえず、あの部屋に避難するゾ!」

 

 ほのかが振り返りざまにヘンダーくんを顔面に思いっきり食らいながらも、2人は足を止めることなく廊下の突き当たりにあったドアを開けて勢いよく中に逃げ込んだ。

 

「馬鹿ね! その部屋は行き止まりよ!」

「任せなさい、ジョマ! アタシが片を付けてくるわ!」

 

 ドアを突き破るかのような勢いでマカオが部屋の中に入り、ジョマとその他マスコットキャラ達は部屋の前で待機となった。これで万が一しんのすけ達が部屋の外に出ようとしても、奴らでそれを迎え撃つ布陣となる。

 ジョマの言葉通りその部屋には窓の類は無く、出入口はマカオが使ったドア1つのみだ。その部屋は所謂“衣裳部屋”であり、マカオとジョマが着ているようなプリマドンナの衣装が部屋を横切るように置かれたハンガーラックにビッシリと並べられ、一番奥に人間が余裕で入れるほどに大きな箪笥(色はショッキングピンク)が鎮座している。

 確かに行き止まりではあるが視界は悪く、箪笥の中や衣装に紛れて身を隠すことも可能だろう。部屋に入ったときこそ勢いの良かったマカオも、ドアを閉めて部屋中を見渡してからはゆっくりとした足取りで衣装の隙間などに目を凝らしていく。

 

「…………」

 

 しかし2人の姿は見当たらず、残るは重厚な作りをした箪笥だけだ。

 マカオはニヤリと笑みを浮かべ、箪笥の取っ手へとその手を伸ばし――

 

 カランッ――。

 

「――そこねっ!?」

 

 背後から、つまり唯一の出入口であるドア付近で微かに聞こえたその音に、マカオは即座に反応して振り返った。ハンガーラックに掛けられた衣装を手でどかしながら、そのドアへと一直線に早足で向かっていく。

 そうしてもう少しでドアへと差し掛かろうかという、まさにそのとき、

 

「――――ん?」

 

 後ろに引っ張られるような感覚に違和感を覚えたマカオが、ふと後ろを、つまり先程まで自分がいた箪笥の方へと振り返る。

 箪笥の傍にいたのは、自分が追い掛けていたしんのすけ。

 そんな彼は、箪笥の取っ手に紐状の何かを縛り付けていた。

 その紐状の何かの正体は、自分が今まさに着ている衣装の一部である、肩から股間に掛けて繋がっているサスペンダーだった。その状態でマカオが出入口まで移動したことで、伸縮性の高いサスペンダーがキリキリと引っ張られている。

 

「えっ――」

 

 マカオがそれに気づいた次の瞬間、ガタリと音を立てて箪笥が動き出した。

 そして、

 

「ぐはぁっ!」

「えっ、ちょっと何があったの――ぐえぇっ!」

『●▲■★◆▼~!』

『●▲■★◆▼~!』

 

 伸びきったサスペンダーが一気に元に戻ろうとして箪笥を引っ張り、サスペンダーを身につけていたマカオに箪笥が激突、それでも勢いが止まらない箪笥がマカオを巻き込んで出入口のドアと周辺の壁を破壊して廊下へと飛び出していき、部屋前で待機していたジョマとマスコットキャラ達をも巻き込んでそのまま吹っ飛んでいった。

 

「いやいや、見事に作戦大成功だゾ」

 

 箪笥の下敷きとなったマカオとジョマ、そして大勢のマスコットキャラ達を眺めながら、しんのすけが悠々とした足取りでドアごと壁が破壊されて出来たトンネルを潜る。

 それではもう1人のほのかがどこにいたのかというと、

 

「……いや、ちょっと待ってよしんちゃん! 私、下手したら大怪我だったんだけど!?」

 

 マカオとジョマ達を巻き込んで廊下に吹っ飛んでいた箪笥の中にいた。扉を勢いよく開けてマスコットキャラ達を踏みつけながら床へと下り立ち、怒りを表すかのようにズンズンと力強い足取りでしんのすけへと詰め寄っていく。

 

「まぁまぁ、怪我しなかったんだから良いじゃない。というか、早く逃げないと――」

「逃がさないわよ、2人共ぉ!」

「散々虚仮にしてくれちゃってぇ!」

「ひいいぃぃぃっ!」

 

 箪笥を押し退けて勢いよく起き上がったマカオとジョマに驚くほのかの手を引っ張って、しんのすけは再び城の中を走り出した。マスコットキャラがいなくなったことで数こそ少なくなったが、マカオとジョマが怒りまくっているためか威圧感は相当増したような気がする。

 と、そのとき、

 

「あっ、しんちゃん! アレ! もしかして外に繋がってない!?」

 

 両隣の壁にドアが並ぶ狭い廊下を抜けた先に、天井から床まで壁一面を占めるほどに大きな窓が現れた。窓の向こうには満天の星が発する天然の光と、おそらくアトラクションが発しているであろう人工の光が入り混じって夜の闇に浮かび上がっている。

 

「アクショーン、キーック!」

 

 しんのすけが走る勢いのまま床を蹴って跳び上がり、そしてそのまま窓に飛び蹴りを食らわせた。ちなみに彼が使う魔法の名前を叫んではいるが、城の効果によって魔法は発動しないため普通の飛び蹴りのままである。

 しかしそれによって窓は大きく開かれ、2人は半円状の足場と胸ほどの高さのある手摺りに囲まれたバルコニーへと躍り出た。真冬の冷たい空気に晒され、2人はようやく外に出られたことを知覚する。

 

「おぉっ! 外に出たゾ!」

「良かった! これで――」

 

 しんのすけが感慨の声をあげ、ほのかが反射的にCADに手を伸ばした。しかし建物の外とはいえ城の範疇であるためか魔法が構築される感覚は無く、密かに溜息を吐く結果に終わる。

 

「あっ、2人共出てきた!」

「オイおまえら! 早く降りてこい!」

 

 と、そんな彼女の耳に聞き覚えのある声が届いた。ほのかがハッとして手摺りに駆け寄ると、湖を挟んだ向こう岸に達也たちが一堂に会しているのが見えた。

 先程声をあげたエリカとレオが大きく手を振り、深雪や美月もこちらに向かって何やら叫んでいる。彼らの大きさからして、バルコニーの高さはビル4階から5階ほどだろうか。

 

「お、降りてこいって言われても――」

「分かったゾ!」

「えっ? ちょっと待って――ひぃっ!」

 

 ほのかが戸惑いを口にする暇も無く、しんのすけがほのかの肩と膝裏に腕を回してヒョイと軽々担ぎ上げてしまった。所謂“お姫様抱っこ”の姿勢なのだが、今のほのかはそれをされたことに対するドキドキよりも、そのまま彼が手摺りの上に一跳びで上ってしまったことに対するドキドキの方が遥かに勝っていた。

 そしてしんのすけは不安定な手摺りの上で、グッと膝を屈んで脚に力を込めた。

 

「ちょっ、しんちゃん! まさかこのまま――」

「ジャーンプっ!」

「やっぱりねえええええええ――!」

 

 手摺りを思いっきり蹴り飛ばし、しんのすけ(&お姫様抱っこされたほのか)がバルコニーから勢いよく飛び出した。しかし達也たちの待つ向こう岸には届かず、このままではビル4階から5階ほどの高さから真冬の夜の湖に叩きつけられることになるだろう。

 もちろん、それを黙って見ている彼らではない。

 

「まったく、危ないわね……」

 

 真由美による重力操作魔法により、重力加速度に従って自由落下をしていた2人の体が急激にそのスピードを緩めていった。更に本来有り得ない水平方向への移動も始まり、2人の体が地上で待つ達也たちの下へと吸い寄せられていく。

 

「おぉっ! 何だか面白いゾ!」

「変な姿勢で引っ張られてるせいで気分が……!」

 

 遊園地のアトラクションかのようにはしゃぐしんのすけに、顔を青ざめて体調を軽く崩しかけるほのか。

 両極端な反応を見せながら2人がもう少しで岸に辿り着く、まさにそのとき、

 

「させないわ!」

「逃がさないわよ!」

 

 マカオとジョマが、しんのすけ達と同じようにバルコニーの手摺りから飛び出した。バレエのグラン・ジュテのように股を180度に開いた2人の動きは、まるで鏡映しかのように寸分違わず揃っている。

 そしてヘンダー城による魔法の制限区域から外れた途端、右のマカオが右手を、左のジョマが左手をそれぞれ合わせた。すると2人がピッタリ貼りつけた掌の隙間に膨大な魔力が集まり、そして凝縮されたそれがレーザーのように放たれた。

 そのレーザーの向かう先には、しんのすけの背中があった。

 

「――――おっ?」

「しんちゃん!」

「マズい!」

 

 それを地上で見ていた達也たちが、一斉に表情を強張らせた。しかし遠距離での魔法への対抗手段を持たないエリカ達は咄嗟に動けず、普段ならば頼りになる深雪やリーナも先の戦闘での消耗が祟って魔法を上手く発動できない。

 そして達也も分解魔法を試みるが、現代魔法とは違うメカニズムで構成される異世界の魔法に、魔法式に相当する箇所をその一瞬で見定めることができなかった。

 万事休すか、と達也が顔をしかめ、

 

「――“アクション・シールド”!」

 

 真由美の腕から飛び出したトッペマが両腕をしんのすけ達へと掲げ、特撮ヒーローの名を冠した魔法の名前を叫んだ。

 その瞬間、しんのすけの背後に薄ら緑色をした半透明の魔法障壁が現れた。その障壁はあと少しで彼の背中に届いていた膨大な魔力の行く手を阻み、そしてその衝撃に揺らぐことなく耐え抜き、先にレーザー光線の方が消えていった。

 

「はあっ!? なんでアイツがあんな強力な魔法使えるのよ!?」

「よく見たら、あのボウヤと魔力的に繋がってるじゃないの! まさかあの子と魔法を共有してるってこと!?」

 

 マカオとジョマが空中で驚きの声をあげる中、しんのすけとほのかが地上へと下り立った。

 

「ほっほーい! 達也く~ん、みんな~! おまた~!」

「よ、良かった……! あそこから脱出できて本当に良かった……!」

 

 呑気に手を振るしんのすけと、今にも泣きそうになっているほのか。対照的な反応を見せる2人は達也たちのいる方へと駆けていき、同じタイミングで2人の方へと駆け出した彼らとちょうど中間地点の辺りで合流した。

 

「やぁやぁ皆の衆、出迎えご苦労――」

「話は後だ、しんのすけ! ヘンダー城を徹底的に破壊しろ!」

「えぇっ!?」

 

 労いの言葉の1つでも掛けようかと思っていたしんのすけだったが、達也から開口一番飛び出したテーマパークのシンボルをぶっ壊せ発言に、さすがの彼も戸惑わざるを得なかった。

 

「でも、そんなことしたら――」

「責任は俺が取る! 手段は問わない、全力で行け!」

「ほ、ほい! 分かったゾ!」

 

 説明も何も無く達也に急かされるまま、しんのすけはクルリと半回転してつい先程までいたヘンダー城へと向き直った。

 

「――――“変身”!」

 

 右腕をピンと伸ばして斜めに挙げて左手は胸の前で固く握り締める、特撮ヒーローが決めのシーンでやるようなポーズと共に、しんのすけのベルト型CADが一瞬だけ青白い光を放ち、そしてすぐに消える。1年近く彼の友人をやってきた達也たちにとって、それが彼の戦闘準備であることは周知の事実だ。

 

「――――“必殺”!」

 

 しかしその後のキーワードは、今まで達也たちが一度として聞いたことの無いものだった。これから何が起こるのか、事の成り行きを見守る彼らの表情が自然と緊張を帯びていく。

 変化は、しんのすけのベルト型CADの中で起きていた。彼の声を合図として設定されていたプログラムが発動し、数々の起動式に紛れていた意味を成さないデータが一瞬で修復されていき、そして1つの起動式を作り出していく。それは彼の魔法演算領域を介して魔法式へと変換され、現実世界を改変するための力を得た。

 

「な、何――!?」

 

 その瞬間、しんのすけから圧倒的な魔力を感じ取ったエリカ達が驚きで声を漏らした。その姿は20世紀の傑作バトル漫画に出てくる、パワーアップ時に金髪になる某何とか人を想起させるが、漫画に詳しくない達也たちはただ大きく目を見開くのみだ。

 それだけの魔力を携えたしんのすけが、拳を顎の近くまで引き上げて脇を締める、ボクシングのファイティングポーズによく似た構えを取る。

 

「ヤバい! 来るわよ!」

「こうなったら――アンタ達、あの子を止めなさい!」

 

 しんのすけ目指して未だ宙を飛ぶマカオとジョマが、彼のその姿を見て顔を引き攣らせた。

 それと同時に、マカオがサスペンダーと繋がっている股間のポケットに手を突っ込んで3体の人形を取り出すと、それに魔力を込めながら彼目掛けて思いっきり投げつけた。3体の人形は空中でウネウネと蠢きながら急激に体積を大きくし、やがて2人の人間と1体の雪ダルマを形作った。

 

「承知しました、マカオ様、ジョマ様!」

「悪いけど消えてもらうわよ、しんちゃん!」

「オラァ! 死にさらせ、クソボーズ!」

 

 それはつい先程までヘンダーランドのあちこちでエリカ達が戦っていた、クレイ・G・マッド、チョキリーヌ・ベスタ、ス・ノーマン・パーの三幹部だった。自分達が苦労して倒した敵があっさりと復活した事実に、ギャラリー達の中から「あっ、アイツら!」と声があがる。

 三幹部がしんのすけに向かって飛び掛かり、そして地上に下り立ったマカオとジョマが魔力を込め始めた、まさにそのとき、

 

 

「――“アクション・ビーム”!」

 

 

 しんのすけの勇ましい掛け声と共に、その魔法が発動された。

 彼の腕から放たれたそれは、まるで稲妻が何重にもなって水平方向に撃ち出されたかのような強烈な光を周囲に撒き散らした。ビームの軌道から僅かに漏れた魔力だけでも達也たちの体をビリビリと震わせるほどであり、本能的に身を守るかのように彼らは腕で顔を覆って目線を逸らした。

 

「ぐへぇっ!」

「ぎゃっ!」

「ぶべらっ!」

 

 そしてそんなビームの直撃を食らった三幹部は一斉に悲鳴をあげ、そのままビームに押し返されて後ろへと大きく吹っ飛ばされた。それでもビームの勢いは止まらず、膨大な魔力を伴ったビームが一直線に、攻撃の構えを取っていたマカオとジョマへと襲い掛かる。

 

「えっ、ちょ――」

「待っ――」

 

 そして三幹部と同じように2人も一緒にビームの餌食となり、そのまま魔力の物量攻撃を食らいながらビームと同じスピードで吹っ飛ばされ、そしてヘンダー城を包み込む結界に無抵抗のまま叩きつけられた。

 結界とビームに挟まれて空中で固定されたまま動けなくなる、マカオとジョマと三幹部。

 しかし数秒後、ビシッ! と何かに亀裂が入ったかのような音と共に結界が破られ、5人はそのままヘンダー城の城門へと叩きつけられた。そして今度は1秒も掛からずに城門が大きくヒビ割れて決壊、ビームは城の正面に大きな穴を空けて城内を蹂躙し、反対側の壁も同じように突き破って夜の湖へと飛んで行った。

 しかしビームはそのまま湖の向こうの森まで進むことは無く、湖の中腹辺りでビームは闇夜に紛れるようにしてその姿を消していった。

 

 地上のアトラクションのどれよりも強烈な光が無くなり、辺りはほんの十数秒前までの静けさを取り戻した。あまりにも突然の出来事に、先程の光景は幻覚か何かだと思ってしまうほどだ。

 しかしそれが幻覚などではないことは、自分達の目の前にあるヘンダー城に空けられた大きな穴が証明していた。

 

「あっ」

 

 それが誰の声だったのか。そんなことを考える余裕も無い内に、ヘンダー城に空いた大きな穴を起点として、蜘蛛の巣のように細かい亀裂が城壁を這うように駆け巡った。

 複数の建物を無理矢理継ぎ合わせたような奇抜な形をしていたその建物が強固な土台を失えば、自重に耐えることすらできずに自然崩壊するのは自明の理。

 それを表すかのように、ヘンダー城は大きな音と地響きを携えて、まるでジグソーパズルをひっくり返したかのようにバラバラに崩れ落ちていった。時折火花が散っているのは、城内に張り巡らされた電気配線が引き千切られたからだろうか。

 

 そうしてしんのすけと達也たちが見守る中、ヘンダーランドのシンボルマークであるヘンダー城は、ただの瓦礫の山と化した。

 

「Fooooo! 最高にcoolだったわよ、シンちゃん!」

「いやぁ、それほどでも~」

「あれがアクション仮面の必殺技なのね! 特撮の技を現実に再現しちゃうなんて、日本人の技術力の高さには感服だわ!」

「いやぁ、オラ()としてはもう少し忠実に再現したいんだけど――」

 

 なぜかテンションが最高潮に達しているリーナとビームを放ったしんのすけ本人を除いて、残りの面々は瓦礫の山から目を離すこともできずに口をポカンと開けたまま固まっていた。

 そんな中で比較的早く我に返ったエリカが、それでも戸惑いを隠せずに固まった表情で達也に問い掛ける。

 

「ねぇ達也くん、今のしんちゃんの魔法って……」

「……トッペマの発言を信じるのなら、間違いなく“戦略級魔法”に分類されるだろうな」

 

 達也の答えに、彼らを包む沈黙に更なる重みが増した。

 

 

 *         *         *

 

 

 ヘンダー城の崩落は、テーマパーク内の様々な場所で観測可能だった。パーク内で一番高い建物であるために崩落の様子は鬱蒼とした“おとぎの森”以外の至る場所で直接見ることができるし、そうでなくても崩落の音と地響きは相当なものだった。地下シェルターに避難していたスタッフや来場者もそれを感知できたほどであり、何者かによるテロ攻撃かと一時期パニック状態になっていたほどだ。

 なのでヘンダー城から少し離れたアトラクション“地底超特急”入口付近に佇んでいた黒服の一団も、その光景を確認することは容易だった。その集団の中心にいる、積み重ねた歳月を表す深い皺を刻みながらもピンと姿勢の伸びた老人も、その光景を楽しそうな微笑を携えて眺めていた。

 と、その老人が、ふと何かに気づいたかのように視線を移して向き直った。先程の楽しそうな雰囲気は鳴りを潜めるが、その口元は変わらず弧を描いている。

 

「九島閣下、お目に掛かれまして光栄に存じます」

 

 その老人・九島烈に話し掛けたのは、豪奢な黒のワンピースに身を包む可憐な少女。彼女の周りに老人のそれと同じような黒服の集団がいなければ、遊園地に遊びに来た一般客が紛れ込んだかのような出で立ちだ。いや、それを含めたとしても、どこぞのお嬢様がお忍びで遊びに来たのかと思うだろう。

 

「私は黒羽亜夜子と申します。四葉の本家に連なり、当主・真夜の使いを務めさせていただいてる者ですわ」

 

 膝を折ってニッコリと微笑む少女・亜夜子の仕草は、優雅ではあっても貞淑ではなかった。そう評価するには、瞳に宿る力が強すぎる。

 挑発的でありながら引き込まれる妖しい笑みだが、さすがに烈は動じない。

 

「四葉殿の代理の方か。道理でその若さにも拘わらずしっかりしている。私のことは知っているようだね。それとも名乗った方が良いかな?」

「いえ、そのように畏れ多いことは申しません。ですが閣下、1つお尋ねしたいことが」

「言ってみなさい」

「ありがとうございます」

 

 鷹揚に頷いた烈に芝居掛かったお辞儀で返し、亜夜子は尋ねる。

 

「本日はなぜ、このような場所にいらっしゃったのでしょうか?」

「何、理由は()()()()だよ。偶には童心に帰ってみたくなってね、久し振りにこのような場所に足を運ばせてもらった。すると何やら妙な事件に巻き込まれてしまってね、このままどうしようか途方に暮れていたところだよ」

「まぁ! 閣下のようなお方でも、そのようなことが?」

「恥ずかしいことだがね。しかしどうやらそれも解決したようだし、私もそろそろ帰ることにしよう。なかなか()()()()()も見られたことだしね。――それでは黒羽亜夜子くん、弟くんとその部下の少女にも宜しく伝えておいてくれたまえ」

「……畏まりました。お気をつけて」

 

 亜夜子が深々と頭を下げ、烈は彼女に見送られる形で黒服の一団を伴ってその場を後にした。

 小さくなっていく彼の背中を視界に捉えながら、亜夜子は表情を変えず内心ホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 *         *         *

 

 

「…………」

 

 四葉本家、一般的に言う“執務室”に相当する部屋にて、四葉真夜は目を覆うシェード型のモニター装置を外してデスクに置くと、背もたれに体重を掛けてゆっくりと目を閉じた。

 しばらくそうしていた真夜だったが、やがてゆっくりと目を開けて起き上がると、モニターをデスクの引き出しにしまって脇に置かれたハンドベルを鳴らした。

 程なくして、真夜の執事であり腹心でもある葉山が部屋の扉を開けて入ってくる。

 

「お呼びでしょうか、奥様」

 

 真夜の前まで歩み寄った葉山が、恭しく頭を下げた。真夜は結婚歴が無いので“奥様”と呼ぶのは本来そぐわないのだが、その辺りについては便宜上といった感じだろう。

 

「貢さんが戻りましたら、こちらに来るように言ってください」

「了解しました」

 

 葉山は深々と一礼して答え、そして顔を上げたときに彼女の座るデスクへと視線を遣った。もちろん彼が気を向けているのはデスクそのものではなく、先程しまったばかりのモニターに対してだろう。

 しかし葉山は口を開くことなく、その視線を自身の背後にあるソファーの方へと移した。すると“そこに座っている人物”は目敏くそれに気づき、彼の意向に気づいたことを示すように軽く手を振る。そして葉山もそれに応えて小さく一礼する。

 その遣り取りの後、葉山は部屋を出ていった。

 

「……あんまり葉山さんを困らせるものではないわ、真夜」

 

 するとその直後、部屋のソファーに座っている人物――四葉深夜が、微笑みを携えながら真夜にそう声を掛けた。

 

「困らせる? 確かにこんな時間に起こしてしまうのは、少し悪い気が――」

「分かってて言ってるでしょう? 葉山さんが言いたいのは、そこにしまってる装置のことよ。――最近のあなた、“フリズスキャルヴ”の情報収集能力に頼り過ぎていないかしら?」

 

 真夜にとってはあまり愉快ではない話題に、普段から余り本心を表に出すことのない彼女には珍しく眉を潜めた。とはいえ、怒りを見せる、とまではいかなかった。

 

「アレの使用がメリットばかりではないことくらい、オペレーターである私は理解しているつもりよ。それにアレは純然たる科学技術の産物であって、未だにブラックボックスの部分が少なくない魔法よりはよっぽど――」

「そういうことを言っているんじゃないの。それにブラックボックスで言うのなら、フリズスキャルヴは本体の設置場所すら分かっていないものでしょう。今まで嘘を吐かなかったからって、これからも嘘を吐かないなんて保障がどこにあるの?」

 

 屁理屈を正論で切り捨てられ、真夜はバツの悪そうな表情を浮かべた。もっとも彼女の場合、ただ単に“拗ねている”と受け取れなくもないが。

 

「いっそのこと、その装置の在処も達也さんに突き止めてもらったらどう? 本体に直接アクセスできれば、独占的に支配することも可能じゃなくて?」

「まだ早いわ」

 

 いったい何が早いのか。適切なタイミングとはいつなのか。

 解釈の余地を残した曖昧な回答ではあったが、深夜はそれ以上追及はしなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 アメリカの西海岸に建つ、とあるマンション。そこはまさしく“可もなく不可もなく”といった評価が相応しい、単身者向けとしては実に中流的で特徴に乏しい建物だった。

 

「…………」

 

 そんなマンションの一室にて、1人の少年がシェード型のモニター装置で目を覆いながら、ベッドに腰掛けていた。西海岸では今時珍しい生粋のアングロサクソンであり、実際の年齢よりも幼く見える貴公子然としたルックスをしている。

 ふいに彼はモニター装置を外すと、それをベッドに無造作に放り投げた。そして天井を見上げながら、深い深い溜息を吐く。

 そしてその姿勢のまま、ぽつりと呟いた。

 

「……実に面白かった」

 

 その少年――レイモンド・S・クラークが発したその声には、静かな興奮がありありと滲み出ていた。それを示すかのように彼の頬は紅く上気し、心臓はバクバクと大きく脈動している。もしも事情を知らない者が彼の姿を見れば、生中継されていたスポーツの試合でも熱心に観戦していたんだろう、と思うかもしれない。

 確かに“それ”を観ていたときの彼の心境は、それと非常に似通っていた。

 実際にはスポーツの試合などではなく、USNAと日本の両国で大きな騒ぎとなっていた“吸血鬼”が、1人の少年が放つ魔法の前に敗れ去る映像だったのだが。

 

「それにしても、今頃ジード・へイグは悔しがっているだろうね。まるで狙い澄ましたかのように、自分の企みを潰されているんだから」

 

 ジード・へイグ。またの名を顧傑(グ・ジー)

 無国籍の華僑であり、国際テロ組織“ブランシュ”の総帥。達也たちが昨年の春に捕まえたブランシュ日本支部のリーダー・司一(つかさはじめ)の親分であり、国際犯罪シンジケート“無頭竜”(ノー・ヘッド・ドラゴン)の前首領・リチャード=孫の兄貴分でもある。

 マカオとジョマが人間世界に現れたのはUSNAの実験によるものだが、2人が日本に上陸したのには彼が大きく関わっていた。ブランシュ日本支部と無頭竜の日本拠点を立て続けに失ったことによって日本に干渉する手段を無くした彼が、吸血鬼事件の騒ぎに乗じて日本での工作拠点を再建することが目的だった。

 

 しかしその企みも、結局のところ失敗に終わった。

 他ならぬ、野原しんのすけ達によって。

 

「だけど今回の場合、単なる失敗には終わらなかった。マカオとジョマは野原しんのすけに敗れたものの、その生死は不明で今後姿を現すかは未知数。そして奴らを退ける際に放った野原しんのすけの魔法は、少なく見積もっても戦略級に属するであろう絶大な威力。つまり今回の一件で、野原しんのすけが魔法師としても強大な戦闘力を有していることが明らかになったわけだ」

 

 レイモンドが先程まで観ていた映像は、遠く離れた日本のテーマパークに張り巡らされている監視システムによるものだ。当然ながらそう易々と覗き見できるものではないが、彼のように“フリズスキャルヴ”を使えば見ることは可能だろう。

 しかも今回の一件は、野原しんのすけが動いていたということで自分以外のオペレーターも注目していた。つまり先程の映像は、非常に局地的な範囲で注目度が高いものだったのである。

 そこまで頭を巡らせたところで、レイモンドはハァッと大きく息を吐いた。その表情は歓喜を通り越して“陶酔”の域にまで達している。

 

「あぁ、凄くワクワクするよ……。おそらくこれから数年の間で、世界情勢は大きなうねりと共に移り変わっていくだろう……。もしかしたら第四次世界大戦の幕開けになるかもしれない大事件が、手を伸ばせば届く距離にまで迫っているのを感じるよ……」

 

 弾むような足取りで部屋中を歩き回るレイモンドの姿は、まるでゲームを買ってもらう約束を貰った子供がその日を待ち侘びているかのような、あまりにも純粋な“期待”に満ちたものだった。

 

「うーん……、こんなビッグウェーブ、乗らなきゃ勿体ないって感じだなぁ……。でも今までのような、フリズスキャルヴを振りかざして“賢者(セイジ)”を名乗るのとは危険度が段違いだし……。あぁ、でもこんな面白そうなこと、そうそう無いに違いないし……」

 

 悩ましげな、それでいて実に楽しげな声は、しばらく止みそうになかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 ヘンダーランドの開園によって人々の往来が格段に増え、最寄り駅とその周辺はホテルが建つなど再開発が活発に行われた。しかしそれはあくまでヘンダーランドの正面部分のみに限定したものであり、裏手に位置する湖周辺は未だに鬱蒼とした森が広がる自然豊かな場所となっている。

 当然そのような場所に人工的な明かりなど存在せず、今は空に浮かぶ月と星がその役目を担うだけだ。なので少しでも森の中に入れば黒の絵の具で塗り潰したかのような闇に覆われ、木々が比較的少ない湖の畔も常に薄暗い。

 そんな湖の畔で、小さくパシャパシャと音を立てながら湖から姿を現す者達がいた。

 

「あぁ、ひどい目に遭ったわ……」

「あの3人も、結局一瞬で消えちゃったものね……」

 

 それは、随分とボロボロな見た目に変わり果てたマカオとジョマの2人だった。しかしボロボロなのは服だけで、その体には先程しんのすけの魔法を食らった跡は見受けられない。

 とはいえ、けっして無傷だったわけではない。2人の体が無事なのは傷ついた体を魔力で回復したからであり、そのせいで残存する魔力は心許ないほどにまで減ってしまっていた。おまけに自分達の存在を気づかれないよう、今の今まで冷え切った夜の湖を自力で泳いでいたため体力もかなり消耗している。

 畔に座り込んだマカオとジョマが、湖の方へと目を凝らす。ヘンダーランドの人工的な明かりによってここからでもぼんやりとシルエットが確認できるのだが、そこには一番目立つ奇抜な形をしていたヘンダー城はどこにも見当たらなくなっていた。

 

 と、微かに聞こえてきた音に2人が後ろを振り返った。

 すぐ後ろは相変わらず闇に包まれた森であり、今の季節を考えれば小動物も活発に活動していないためとても静かなはずだ。しかし闇の奥から聞こえるその音は自然界では有り得ないエンジン音であり、そしてそれは徐々に大きくなっていく。

 やがて2人の前に姿を現したのは、ヘッドライトも点けていない乗用車だった。しかもそれはかなりの高級品で、森の中よりも都会の方が似合っているような代物だ。

 

「お2人共、お疲れ様でございました」

 

 そうして運転席から降りてきたのは、如何にも貴公子然とした見目麗しい外見をした二十代半ばほどの青年・周公瑾(しゅうこうきん)だった。おそらく2人の好みど真ん中の見た目をしている彼の登場に、しかし2人は特にテンションが上がることも無くゆっくりとした動きで立ち上がる。

 それは魔力・体力共に著しく消耗しているからでもあるが、どうやらそれだけが理由ではないようだ。

 

「ちょっとアンタ、結局城も壊されちゃったけど、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「えぇ、もちろん想定内です。お2人が()()()()()()()手を緩めてくださったおかげです」

「あの子相手にあそこまで警戒しなきゃいけないとは思えないのだけれど」

「確かにお2人が本来の実力を発揮できれば、お2人の敵ではないかと思います。しかし相手は、そういった“既定路線”を根本から塗り替える野原しんのすけですので」

 

 笑みを携えてつらつらと考えを述べる周に、マカオとジョマは小さく鼻を鳴らした。

 

「まぁ良いわ。とりあえず魔力がそれなりに回復するまで厄介になるわね」

「新しい魔力収集装置についても、本当に協力してくれるんでしょうね」

「もちろんです。お2人をお迎えするに相応しい場所をご用意しておりますので」

 

 自身が乗ってきた車に案内する周に、マカオとジョマは互いに顔を見合わせて肩を竦めると、車に向かって歩き出した。

 2人の乗客を乗せた車は、周の運転によってその場を静かに離れていった。




「それにしても、トッペマが戻ってきてから怒涛の1日だったわね」
「うんうん。まるで11ヶ月くらい掛かったような感覚だゾ」
「しんちゃん、数字がやたら具体的なんだけど」

「ところで達也くん」
「どうした、しんのすけ?」
「さっきお城を壊すとき、責任は達也くんが取るって言ったよね?」
「あぁ、確かに言ったが」
「それじゃ、潮おじさんにお城を壊しちゃったことについて説明してくれる?」
「…………」
「もし損害賠償なんてことになったら、達也くんが代わりに払ってくれる?」
「…………」

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