最近、オリジナルを書いているんですが、執筆活動が滞っているので、息抜きにこれを投稿します。
人間にとって刺激とは生きる上での極上のスパイスだ。
刺激の無い人生ほど、退屈で面白みのないモノは無いだろう。
平凡な日常は人を停滞させ、代り映えの無い一日は人の本能を退化させ、目的の無い人生は人を堕落させる。
それは人でなくても変わらない。
例え野生を生きてきた百獣の王でも、人に飼われ、餌を与えられ続ければ叛骨の牙は抜け落ち、本能は衰え、今までの生活は忘れ、これが日常であると認識し、生きる上で大切なモノを失う。
そう、目的の無い、刺激の無い人生は生きているとは言えない。
生きる屍、これが正しいだろう。
それは人を超越した存在であっても変わらない。
これは超越者のおはなし。
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月曜日、この日が来なければいいのにと考える人も少なくはないだろう。
かという彼も、また平凡な日常が始まることに憂鬱な気分を隠しきれなかった。
ありきたりで代り映えがな無くてくて刺激も無い、そんなありふれた日常こそ、彼は最も嫌っている。
赤羽蔵人は実に気まぐれで気分屋であり、冷酷で自分の興味のあることしか関心を持たない自分本位な男だ。
本来なら、何の益も無い学校になど行きたくはないが、そうはいかなかった。
蔵人の両親は医者であり、赤羽病院の経営者でもある。
昔は戦場医などをしていたが、それも今は過去の話。
普段通り、チャイムが鳴るギリギリに到着し、悠々と席に座ると、蔵人の姿に気づいたのか、一人の女生徒が挨拶を交わしてくる。
「おはよう、蔵人。相変わらずギリギリにくるのね」
「おはようございます、八重樫さん。今日も元気そうで何より」
「そう言うあなたは今日は一段と退屈そうにしてるけど?」
随分と的を射た問いに、わかります?、と微笑を浮かべながら返す。
それに当然と言った様子で雫は頷く。
彼女の名前は八重樫雫。
二人は両親の付き合いで知り合い、蔵人が息抜きとして彼女の両親が開いている道場で剣道を始めてからの付き合いだ。
身長は蔵人より少し低い百七十二センチという女子高生の平均身長よりも高く、凛とした容姿は男女問わず人気が高い。
実家が道場を開いていることもあり、雫自身も剣道を嗜んでいる剣道美少女。
切れ長の目は鋭いが柔らかさも感じられ、凛とした雰囲気も相まって可愛いより格好いいという印象を与える。
雫は小さく溜息を吐きながら、不満げに唇を尖らせる。
「また医者の真似事してたの?いくら院長の息子だからって、限度ってのもあるわよ?」
「真似事とは心外ですね。私は資格こそは取得していませんが、藪医者よりマシな腕はある自信があります」
「いや、資格を持ってないことが問題だって言うことに気づきなさいよ」
「ご安心を、レントゲンやカルテを覗いて助言をしている程度です。流石に両親の病院をマスコミでいっぱいにするつもりはありませんから」
蔵人の言葉に疑念の籠った視線を向ける雫だが、本人はそれに応えた様子はなく、それどころかクスリと笑みを零す始末だ。
そんな彼の様子にこれ以上の詮索は無駄だと諦めたのか、空気を換えるために話題を変える。
「蔵人は、もう来ないの?」
それが何を指しているのか、端から聞いただけでは何を意味しているのかさっぱりだが、蔵人には通じたのか、ええと短く答える。
予想していた反応に、一段と深い溜息を雫は吐く。
「蔵人なら、全国優勝なんて夢じゃないと思うけど、そう言っても意味はないんでしょうね」
「興味がありませんから」
「父も残念がってたわよ?あなたになら八重樫流の全てを教えられたって」
「その節はご迷惑をおかけしました。ですが、あそこは私のような異物がいてもいい場所ではない」
「まったく、久しぶりに打ち合ってみたいって言う私の我儘を聞いてくれてもいいじゃない」
そうむくれながら本音を漏らす彼女に、蔵人は相変わらず微笑を浮かべるだけだ。
互いにしょうもない世間話に花を咲かせていたが、そんな花を散らすような無粋な輩が現れた。
「赤羽、あまり雫を困らせるようなことはやめてくれないか?雫が面倒見がいいからって、甘えるのは良くないぞ」
他愛のない会話とはいえ、良く知りもしない相手に話を遮られたことに蔵人は不快な表情を見せる。
良くない顔をしている蔵人を視界の端で捉えた雫は、空気を読まない幼馴染に苦笑いをする。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、教師からの覚えもいい彼こそ、八重樫雫の幼馴染の一人である天ノ河光輝。蔵人がもっと嫌悪する人物。
その後ろにいるのが、天ノ河の取り巻きの一人、熱血漢の空手家、豪快な性格で短慮なことから脳筋と蔵人から覚えられている坂上龍太郎。
「聞いているのか?雫だって暇じゃないんだ。毎回遅刻ギリギリに登校してきて、雫に心配をかけるのはやめろ」
「ふぅ、天ノ河君、人と人が話している最中に割り込むのはマナー違反だってことを理解していますか?」
光輝の勘違いも甚だしい横やりに、できるだけ冷静に勤めて返す蔵人だったが、そんな気遣いに気づくことなく、彼は自分の言い分が正しいと言わんばかりに責め立てる。
「そんなことはどうでもいい。俺はこれ以上雫に迷惑をかけるなって言っているんだ」
「おや、可笑しな話ですね。私がいつ誰に迷惑をかけましたか?」
「惚けるな。雫に迷惑をかけているじゃないか」
「ではお聞きしますが、八重樫さん、私は貴方に迷惑をおかけしましたか?」
蔵人の意地の悪い質問に雫は困った表情をしながら首を振る。
「まあ、迷惑はかけていないわね」
「だそうですよ?」
雫の返答が予期する者でなかったからか、呆気にとられる光輝だったが、数瞬もしないうちに再起動を果たし、愛想笑いをしながら頷く。
「え?……ああ、雫は本当にお節介焼きだな」
どうやら光輝の中では、蔵人を気遣っての言葉だと解釈したらしい。
これが蔵人が光輝を嫌悪している最大の理由だ。
別に自身に突っかかってくることに嫌悪している訳ではない。
あたかも自分の考えは間違っていない、正しいのは何時だって自分だと疑わない、善意を押し付けるだけ押し付け他者を顧みないその精神を嫌悪している。
蔵人も他者を顧みるような行動はしないが、それでもいつだって自身が正しいなんて無知蒙昧な考えはしていない。
状況によっては最善が最悪に変わり、最悪が最善に変わることだってある。
蔵人はそれをこの場の誰よりも知っている。
そうしているうちに、このクラス最後の生徒が教室の扉を開く。
その瞬間、今まで蔵人と光輝に集まっていた視線が彼に集中する。
しかしそれは彼がクラスの人気者だからではない。
むしろその逆、彼―――――南雲ハジメがクラスの厄介者だからだ。
男子生徒の大半から舌打ちやら睨み屋らを頂戴するが、ハジメはそんな事を気に留める様子も無く、自分の席につき机の上でぐだぁ~っとだらける。
そんな態度が気にくわなかったのか、檜山大介率いる斎藤、近藤、中野の子悪党四人組がいびり始めた。
檜山はハジメのことをキモオタがどうとか気持ち悪いだとかいって嘲笑しているが、蔵人からしたらそれの何処が気持ち悪いと言うのか理解できない。
確かにハジメはオタクだ。
と言ってもキモオタと罵られるほど身だしなみが乱れている訳でも、言動が見苦しいという訳ではない。
髪も無造作に伸びきっているようなことも無く、短く切り揃えてあり、最低限とはいえ清潔感もある。
単にアニメや漫画が好きなだけでこれほどいじめられるのかと聞かれれば、そう言う訳でもない。
原因は―――――
「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」
ニコニコと微笑みながら一人南雲のもとに歩み寄る女性徒、彼女こそがハジメがやっかみを受ける事態に発展した原因。
学校では二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇るクラスのマドンナ的存在、それが八重樫雫のもう一人の幼馴染である白崎香織だ。
色恋沙汰に関心の無い蔵人は香織に興味は無く、精々雫の友人という認識程度しかない。
そんな学園の女神がハジメに話しかけることで、今まで蔵人に向けていた光輝の矛先がハジメへと切り替わる。
暴走気味の幼馴染を諫めるため、雫は本日二度目の溜息を吐きながら光輝の後を追う。
さて、本来ならここで蔵人はゆっくりとした時間を過ごせるのだが、生憎とハジメとは小さいとはいえ縁がある。
このまま見過ごすのも虫が悪い。
少しばかり介入させてもらおう。
「おはようございます、南雲君。ご両親は壮健ですか?」
光輝が蔵人にも言った、ためにもならない説教を口にするより前に、蔵人はハジメに挨拶を交わす。
まさか割って入ってくるとは思っていなかった光輝たちは驚愕した表情で蔵人を見る。
その中で、いち早く復帰したハジメは挨拶を返す。
「あ、うん。おはよう赤羽さん。その節は両親がお世話になりました」
「いえいえ、南雲君の御両親は生活リズムの崩れやすい職業ですから。見たところ睡眠不足、いえ徹夜明けですか。御両親の手伝いもほどほどにした方がよろしいですよ?御両親ではなく、今度は南雲君が倒れて救急車に運ばれるのはおいやでしょう?」
「あ、あはは~……。善処します」
ぐうの音も出ない正論の刃に、ハジメは乾いた声を上げずにはいられなかったが、クラスメイトからしたらそれどころではない。
特に雫と香織の驚き具合は他の比ではない程だ。
もっとも、両者の心境は全くもって違うものだが。
雫は蔵人が自分以外のクラスメイトとプライベートの話をしていることに驚きを隠せず、香織は自分以上にハジメと親し気にしている蔵人に驚きを隠せなかった。
クラスメイトらもオタクな話では無く、いたって真面目な会話をしているハジメと蔵人に耳は正常なのか疑うほどだ。
赤羽蔵人と南雲ハジメ、彼らに接点など皆無に等しいが、これまたお互いの両親の繋がりで面識はあった。
ハジメの両親は父がゲームクリエイター、母が漫画家の世間では珍しい組み合わせの夫婦だ。
何年か前のことだが、過労で倒れたハジメの母が運ばれた搬送先が蔵人の父が院長を務める赤羽病院だった。
その時、ちょうどタイミング悪くハジメの父の仕事が立て込み、病院へ行けなかった父の代わりに病院へ来たのが息子であるハジメで、その時に蔵人が赤羽病院の院長の息子であることを知り、以来友人とまではいかないが、それなりの付き合いをして今に至る。
そんな背景を知らない周囲の反応など意に介さず、蔵人はマイペースに話を続ける。
「よろしければ軽い点滴でもどうです?翌日には疲れもだいぶ取れると思いますよ?」
「あー、うん。謹んでご遠慮させてもらっていい?」
「クスッ、そうですか。それは残念だ」
本気か冗談か判別の付かない蔵人の提案に 苦笑しながら辞退するハジメ。
ハジメがここまで気楽に会話することのできる相手は、両親を除けば蔵人ぐらいだろう。
そんな茶目っ気のある会話を交わしている二人に、堪らず光輝が割り込む。
「おい、赤羽。人の話を遮るな。俺の話はまだ終わってないぞ」
そんな事を言う光輝に、心底可笑しい者を見たような顔をする。
「可笑しなことを言いますね。いや、貴方の言葉を借りるならそんなことはどうでもいい、でしたか。自身の行いは棚に上げる厚顔さ、まるで駄々をこねる子供のようだ」
「何を意味の分からないことを言っている!人の話を遮るなんてマナーが悪いぞ!」
この発言には蔵人だけでなく、幼馴染の雫も呆れるしかなかった。
彼はブーメランと言うものを知っているのだろうか。
いや、きっと通じないだろう。
そんな会話をしている間に、始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。
光輝はまだ言いたいことがあったのか、不承不承ながら席に戻っていく。
その後、朝の連絡事項が終わり、授業が開始するとハジメは誰よりも速く夢の世界へと船を漕ぎ始めた。
蔵人は蔵人で教本を盾に読書を始める。
■□■□
午前の授業も終わり、生徒たちがざわざわと騒ぎ始める。
未だに夢の世界から帰って来ないハジメを自動販売機に行くついでに軽く小突く。
「授業は終わりましたよ」
「あ~、ありがと。赤羽君」
まだ脳が覚醒していないのか、間延びした声で感謝するハジメに、お気遣いなくとだけ言い、蔵人は教室を後に―――――しようとして踏みとどまった。
それは財布を忘れたからとか、まだ教室に残っている愛子先生に用があるからとかではなく、なんとなくだ。
なんとなく、ここから遠のいてはいけない。
そう蔵人の直感が言っていた。
今の彼に教室の喧騒など聞こえない。
今朝の焼き回しのようにハジメが光輝に絡まれているが、それすらも眼中にない。
あるのはただ一つ、この
瞬間、純白に光り輝く円環と幾何学模様が教室に現れ、徐々に広がっていく。
いち早く正気に戻った愛子先生が何か叫んでいるようだが、蔵人の耳には届かない。
今の彼の胸中を支配している感情は有り余る好奇心のみ。
やはり自分の予感は正しかった。
普段見せている微笑よりも、一段と深い微笑を浮かべる蔵人に気づく者は誰もいなかった。
こうして、彼ら彼女らはこの世界から姿を消した。