目を開くとそこは美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のような空間。
RPGゲームなどに出てきそうな現実離れした神殿のような場所に蔵人は立っていた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
と金色の派手な刺繍の入った衣装を身に纏う聖職者がクラスメイトら全員に語りかけてきた。
蔵人はクスリと笑みを零し、これから起きるであろうイベントに胸を躍らせながら成り行きを見守ることにした。
■□■□
場所は移り、社会人が会議で使うような大きなテーブルが幾つも並んだ大広間に蔵人たちは通されていた。
天之河光輝と幼馴染である雫たちと先生は前列に、蔵人はクラスメイト達全員の姿が見える一番後ろの席に、隣の席にはハジメがいる。
全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。
しかも全員が全員、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドばかり。
現実ではまずお眼にかかることのできない光景に、食い入るように目を剥く男子とは対照的に女子たちの視線は絶対零度のように冷たかった。
一通り飲み物を渡し終えると、イシュタルと名乗った男が説明を始める。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
そこから話された内容は、とてもじゃないが現実とは思えないファンタジーな専門用語のオンパレードだった。
まず、この世界はトータスと呼ばれている。
そしてトータスには大きく分けて三つの種族、人間族、魔人族、亜人族が存在する。
人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。
この時点で、この手の話に疎い者はちんぷんかんぷんだろう。
蔵人はハジメほどそう言った話に詳しくないが、そう言うものが存在するんだ程度に頭に書き留め、理解する。
この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。
魔人族は、数は人間に及ばないものの人間に比べて個々の実力が高く、その力の差に人間族は数で対抗していたが、その均衡が崩れかけているらしい。
なんでもこの世界には魔人族や亜人だけではなく魔物まで存在し、魔人族は魔物を使役することで、数の利を覆し優勢に立ち、逆に人間族は数のアドバンテージまで失ったことで危機に瀕することになった。
そこで人間族が信仰する神エヒトの手によって、上位世界と言われる蔵人たちが住む世界の住人をこの世界に召喚し、この窮地を乗り切るつもりのようだ。
大まかな説明が終わると、神エヒトの神託を下されたことを思い出しているのか、恍惚とした表情を浮かべるイシュタルに、蔵人は小さく狂信者ですか、と呟く。
この手の輩は厄介極まりない。
神エヒトのためなら、この男は平然と百万という人類すら生贄に捧げることも躊躇わないだろう。
これが神の信託だから、そう言って自身の行動を正当化し、免罪符を掲げながら残虐な行為に走ることも厭わない。
狂信者とは、そういうものだ。
まあ、自分には関係の無い話だ。
そう思考を打ち切ると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。
このクラスの担任である愛子先生だ。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
ぷりぷりと怒る愛子先生。
彼女は今年二十五歳になる社会科の教師である。
教師としての責務を果たそうとしているのだろうか、それは意味の無いことだ。
先程も言ったが、狂信者というのは厄介極まりない。
何故なら狂信者とそうでない者がまともに会話を成立させることが難しいからだ。
その理由は信仰心の有無、価値観の相違、神への依存性等もあるが、何より話している視点が違うからに他ならない。
百五十センチ程の低身長に童顔の教師とは思えない自分達の担任が勇敢に立ち向かっている姿を微笑ましく眺めている生徒達だったが、イシュタルの言葉に凍り付くことになった。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
その言葉に、今まで遠足気分だった生徒たちの表情が凍り付いた。
そんな事は信じられないと言った様子の生徒達に、追い打ちをかけるようにイシュタルは言葉を続ける。
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。
それがきっかけとなり、火のついたように周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。
癇癪を起した子供のように喚き叫ぶクラスメイトの様子を、どこか他人事の様に眺める蔵人はいたって冷静に話の収束を待っていた。
蔵人は召喚された時点で、自分達に選択権など無いことなど容易に想像できる。
状況、人数、情報、異世界特有の技能、どれをとっても自分達が勝っているモノが無い。
この時点で、自分達が叫ぼうが喚こうが意味の無いこと。
できる事と言えば、相手の機嫌を損なうことなく、表面上は相手の意に沿う行動をしながら、独自で情報を集めることぐらいだ。
下手に逆らえば、どういった目にあわされるかわかったものじゃない。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
このままでは収拾がつかなくなる、そう危惧していたところに普段は空気を読まずタイミングの悪い男が、お得意のカリスマ発言にてクラスメイト達を鎮静化させる。
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝に、この時ばかりは称賛の拍手を送る。
当然心の中での話だが。
世界を救う云々はまた世迷言を宣っていると失笑ものだが、光輝が考え無しにした判断はおかげで最悪の結果は免れた。
イシュタルの話通り、これから魔人族との戦争に駆り出させることになったとしても、ここは素直に従っておくべきだ。
出なければここにいない神エヒトが何をしてくるかわかったものじゃない。
世界の壁を越えて干渉してくる輩だ。
天罰と称して、雷を降らせてくるなんてことになっても不思議ではない。
いや、殺されるだけならまだマシだ。
最悪、上位世界の人間はどういった人体構造をしているのか解明しようと言いながら、モルモットにされる可能性もある。
女はよくて飢えた男の慰みものだ。
今も嫌悪感しかないが、偶にはこっちの都合の良い判断をしてくれるじゃないかと笑みが零れる。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」
「雫……」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
いつものメンバーが光輝に賛同したことで、クラスメイト達が次々に賛同していく。
愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが時すでに遅しと言うやつだ。
今更この流れを変えることはできない。
かくして勇者たちは魔人族の討伐の一歩を踏み出すのであった。
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あれからイシュタルに案内され、国王に会ったり、国王よりも教皇であるイシュタルの方が立場が上だという事を確認したり、国の重要な役職についている人物の説明があった後、晩餐会が開かれ激動の一日は終了した。
その夜、王宮の一室に案内された蔵人は外を歩いていた。
当然、衛兵が護衛につくと申し出てくれたが、蔵人にとってそれはありがた迷惑と言うやつで、夜風にあたるだけと言い丁重にお断りした。
心地のいい夜風にあたりながら周囲を見渡すと、今のご時世では見ることが難し建造物がずらりと並んでいる。
改めて自分は見知らぬ異世界に迷い込んでしまったことを自覚すると、おもむろに手を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。
召喚された時に光輝が口にしていたことだが、どうやらこの世界は自分達にとって都合がいいらしい。
蔵人は一人考えに瞑る。
時折流れる風が蔵人の長髪をなぎ、さわさわと草木が鳴く。
イシュタルが言うに、蔵人たちの世界はこの異世界よりも上位の世界になるらしい。
しかし、上位世界の人間が回世界には渡っただけで力が増す、そんなご都合主義のようなことがあっていいのか?
らしくも無いことを考えている自覚はある。
蔵人は、晩餐の時にくすねておいたナイフをぽっけから取り出し、おもむろに木へ向けて投擲する。
現実なら、ナイフが木に刺さるのが精々だろうが、投擲されたナイフは木に突き刺さるだけではなく、あろうことか木を貫通して更に奥にたつ木に突き刺さった。
改めててをぐっぱぐっぱと開いては閉じる動作を繰り返す。
先程の投擲は特に力を入れて投げた訳ではなく、本当に軽く腕を振るった程度の力しか出していない。
それでこれだ。
「やはり、現実とは勝手が違うようですね」
誰に向けて言った訳でもない蔵人の呟きが夜風に乗って消える。
軽く地面を蹴ってみると、一息で数メートルの距離を移動していた。
これが現実世界で出来たら、苦労することなくオリンピック優勝できるだろう。
普通なら驚愕するか恐れるべきことなのだろうが、蔵人はどこかこれこそが自分の正しい正体だと認識していた。
「クスッ、やはり直感に従ってよかった」
どのような思惑が神エヒトにあるのかは知らないし興味も無いが、蔵人は感謝した。
ありふれた日常から、退屈でしかなかった日常から連れ出してくれたことを。
赤羽蔵人にとって、自身がこれまで生きてきた中で、もっとも刺激を感じ、感情を曝け出したのは彼がまだ小学生だった頃だ。
あれ以来、蔵人の世界は刺激を失った。
もう二度とこのような刺激のある世界戻ってこれないと思っていたが、面白い。
やはり人生何が起きるかはどのような賢人であっても予想できないものだ。
蔵人は数年ぶりに高揚していた。
久しぶりに、殺気を漏らしてしまうほどに。
バサバサと周囲の木にとまっていた小鳥たちが一斉に飛び立つ。
およそ常人が発することはない狂った殺意の波動。
それを異世界に転移させられたとはいえ、高校生が放つのは異常でしかない。
「おや、こんな夜更けにどうかされましたか?」
蔵人はあたかも彼女の存在にたった今気づいたような反応を見せ、振り向く。
そこには、血の気の引いた顔面蒼白な友人、八重樫雫の姿があった。
長年付き合ってきたが、見たことも無い怯え切った様子の雫に、転移する前と同じ微笑を浮かべながら蔵人はゆっくりと近づいて行く。
普段通りの態度、それが怖くて、恐ろしくて、悍ましくて。
「クスッ」
忽然と、蔵人の姿が消失した。
突然の出来事に、思考と感情が停止する。
しかし次の瞬間
「後ろですよ」
耳元で囁かれた呟きに、雫は悲鳴の叫び声を上げながら、しかし身体は合理的に動き出し、いつの間にか背後に立っていた蔵人の頭を蹴り飛ばそうと動き出していた。
「おしい」
だが、蔵人が蹴り飛ばされることはなかった。
雫の足先は、蔵人の顔に触れる寸前、触れても可笑しくはない位置にて動きがとまっていた。
「足りませんね。一ナノメートル、十億分の一メートルほど踏み込みが」
「うるさい!黙って蹴られなさい!」
「お断りします♪」
ニッコリと極上の笑顔を浮かべる蔵人に、赤面を隠すこともせず、足刀、手刀を繰り出し、一泡吹かせようとする雫だったが、残念なことにあたることは愚か、掠る気配する感じない。
一通り暴れたことで疲れたのか、肩で息をする雫に、変わらぬ微笑で語り掛ける。
「存外、可愛らし声で鳴くのですね。少し意外でした」
「褒めてないわよね、それ?」
「クスッ、どうでしょう」
未だに羞恥で赤く染まった顔は激しく動いたことで火照り、いっそう愛らしい顔を赤く染め上げる。
彼女をからかうのは面白いが、これ以上は良くないと思ったのか、蔵人は踵を返し、去り際にこうつぶやいた。
「緊張で眠れないのはわかりますが、夜分に女性が一人で外を歩くのは感心しませんよ?」
ではさようなら、最後にそう締めくくり、今度こそ蔵人はその場から立ち去った。
残された雫は、釈然としない気持ちになりながら息を吐き、、蔵人に倣うように寝室へ足を向ける。
先程まで恐怖に震えていたことは、もう忘れていた。
あのラストバトルの言葉をここで使うことになるとは。
この作者の目をもってしても見抜けなんだ(笑)