央華封神・異界伝~はるけぎにあ~   作:ローレンシウ

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第十三話 三姉妹赴討伐

 

 瑠螺とタバサがシルフィードを救出して学院へ戻り、それから何やら好奇心をうずかせた様子で出先でのことをしきりに訪ねてくるキュルケ・ルイズ・シエスタらの質問を困惑しながらも適当にいなして一夜明けた、その次の日のこと。

 朝起きて着替えを済ませ、さて朝食に行こうかとしていたタバサは、そこで自室の窓に向かって書簡を咥えた一羽の鴉が飛んできたことに気が付いた。

 

「…………」

 

 かすかに顔をしかめてその書簡を開くと、案の定、ガリア本国にいる形式上の上司、従姉妹のイザベラからの呼び出しであった。

 

 しかも、いつもならば用件も告げずにただ呼び出すことが多いのに、今回は珍しく仕事の内容が記されている。

 その危険度の高さから見て、おそらくは自分を怯えさせてやろうという悪意からであろう。

 

『ガリア領内の村落を脅かす吸血鬼を始末すること。詳細は出頭後に伝える』

 

 ハルケギニアに住む怪物や妖魔の中で、およそ吸血鬼ほどに手強い相手はいないと考えられていた。

 その理由は、『人と見分けがつかない』という一事に尽きる。

 彼らは血を吸うための鋭い犬歯をもつが、普段は引っ込めて隠しておくことができる。

 そうすると外見上では人間との明白な差異がなく、『ディテクト・マジック』をはじめとするあらゆる呪文を駆使してもその正体を暴けないのだ。

 おまけに狡猾で、容易にその正体を現さない。

 

 エルフが『最強の妖魔』ならば、吸血鬼は『最悪の妖魔』であるとよく言われる。

 その危険極まりない相手が、今回の討伐対象だというのだ。

 

(……どうする?)

 

 タバサ自身は、どんなに危険な相手でも恐れることはなかった。

 悩ましいのは、昨日したばかりの瑠螺との約束のこと。

 

 はたして、約束通りに彼女に伝えるべきだろうか……。

 

 

 その後、いつもよりも少し遅い時間に食堂に姿を現したタバサは、あたりを見回してルイズの姿を見つけると、真っ直ぐに彼女の元へ歩いて行った。

 それから黙ってくいくいと、その袖を引っ張る。

 

「なによ、タバサ」

「リュウラは」

「え?」

「あなたの使い魔は、どこ?」

 

 ルイズは、じっとこちらを見つめながらそんなことを尋ねてくるタバサにやや困惑しながらも、瑠螺なら厨房で食事を摂っているはずだと教えてやった。

 

「ありがとう。少しの間、彼女を貸してほしい」

 

 タバサはそう言うと、席につくでもなく、くるりときびすを返して厨房に向かっていく。

 

「へえ?」

 

 キュルケはその後ろ姿を興味深そうに見送ると、自分たちもこっそり見に行ってみよう、とルイズを促した。

 

「な、なんでわたしが」

「昨日の今日で、あの子がまたリュウラに用があるっていうのよ? どう考えても面白そうじゃないの、様子を窺わない手はないわ!」

 

 ルイズは、そんな覗き魔みたいな、とかなんとかぶつくさ文句を言ったが、自分も興味があることは否定できないので、結局彼女と共にタバサの後を追うことになった。

 

 

 

 タバサは厨房で瑠螺を見つけると、その場で話をしようとはせず、内密な用があるからと言って外へ連れ出した。

 近くで働いていてその様子を見ていたシエスタも、気になって密かに彼女らの後を追った結果、途中でキュルケ、ルイズと合流する。

 

「また、例のお相手と逢引きをなさるんでしょうか?」

 

 シエスタが、きらきらと目を輝かせている。

 

「そ、そうとは限らないでしょ! ていうか昨日だって、リュウラは別に、変わったことは何もなかったって」

「お馬鹿さんねえ。そりゃあ大人のレディですもの、初心なあの子のことを気遣って、本当のことは言わなかったに決まってるじゃないの!」

 

 めいめい勝手な解釈を言い合いながらも、三人はそうっと後をつけてみる。

 タバサは、瑠螺をそのまま自分の部屋へ連れ込んだ。

 

「……ふうん。自分の部屋で?」

 

 タバサの様子からして、部屋の中にあらかじめ男を引っ張り込んで待たせているとかいうふうでもないし。

 何だか知らないけど、よっぽど他の人に聞かれたくない話みたいね、とキュルケはひとりごちた。

 

「そういうことなら、聞くのは止めておきましょ」

「何よ、いまさら」

「え。今日は、昨日みたいなことはされないんですか……?」

 

 ルイズのじとっとした視線やシエスタの物欲しげな視線を、キュルケはさも当然といった顔で受け流した。

 

「あら、立ち話を『たまたま』聞いちゃうのと、わざわざ部屋に場所を変えてまで隠したがるような話を盗み聞ぎするのとは別だわ」

 

 友人として、ちょっとした野次馬根性で聞いていい話とそうでない話の区別くらいはつく。

 人が本気で聞かれたくないと思っている話を詮索するほど、自分は無粋ではない。

 

 それにそもそも、タバサがそれだけ他人に聞かれてることを警戒しているのであれば、たぶん『サイレンス』を使って外に声を漏れなくするとかするだろうし。

 そうでなくても、感覚の鋭い優秀な風メイジである彼女がきちんと警戒している時に、盗み聞きの素人三人が扉のすぐ外で聞き耳を立てようなどとしていれば、おそらく気付かれる。

 

 キュルケはそう言うと、まだ未練ありげな二人を引っ張るようにしながら、さっさと食堂へ戻っていった。

 

 

 

 それからしばらくして、瑠螺はタバサと共に食堂に姿を現すと、しばらく彼女と共に外出させてほしいとルイズに願い出た。

 

「もしかすると、何日かかかるやもしれんのじゃが」

「わたしからも、お願いする」

 

 二人はそう言って頭を下げたものの、ルイズはなんでそんなことを、と文句を言った。

 

 いたって当然の反応である。

 なんだって、召喚されたばかりで主人である自分ともまだろくに一緒の時間を過ごしてない使い魔を、特に親しいわけでもない級友に何日間も貸し出さなくてはならないのか。

 

「せめて、理由を言いなさいよ!」

「うむ。それはもちろん、説明いたすが。しかし、タバサはあまり詮索をされたくないそうなので、できれば人のおらぬところで話したいのじゃ」

 

 瑠螺はそう言って、食堂からルイズの部屋に場所を移してもらった。

 

 当然の権利のように、キュルケも上がり込む。

 シエスタは、さすがに来なかった。

 

「さてさて。何から話したものかのう……」

 

 瑠螺は席に落ち着くと、やや慎重に、タバサと共に先ほど打ち合わせて取り決めておいた説明を始めた。

 といっても、伏せたのはせいぜいシルフィードに関することと、それから瑠螺自身もまだ知らないタバサの詳しい素性に関することくらいで、概ね正直に事実を伝えていく。

 

 すなわち、タバサがガリア本国で功績を上げ、シュヴァリエの爵位を与えられた騎士であること。

 そのために腕を見込まれていて、本国からたびたび任務の通達が来ること。

 瑠螺はメイジではなく異郷の地から来た仙人というものであって、仙人は人助けの機会があれば力を貸すのがその在り方なので、そのような話があればぜひとも行きたいと昨日伝えていたこと。

 そして今朝、さっそくその通達が来たそうなので、彼女に協力するために出掛けたいのだということ、などを。

 

 昨日は何か適当に嘘の話をしてごまかそうかなどと言ってはみたものの、いざ考えてみると、主人をほったらかして何日も他の生徒と一緒に出掛ける理由として説得力のある作り話などはどうにも思い浮かばなかった。

 やはりどうしても伏せたい部分以外は正直に話して許可を取るのが一番であろうと瑠螺が提案し、結局タバサもそれを受け容れることになったのである。

 誠心誠意話せば、わかってくれないような相手ではないはずだから。

 

「あなたが『シュヴァリエ』だなんて、初耳だけど?」

「言ってないから」

 

 騎士爵は王室から与えられる爵位としては最下級で、領地を持たないこともあり、身分としては男爵や子爵よりも劣る。

 しかし、領地を買うことでは手に入れられず世襲もできない、純粋に本人の功績に対して与えられる一代限りの称号であるがゆえに、確かな実力の証明と見なされるのだ。

 弱冠十五歳で既にそれを得ている者など、滅多にいるものではない。

 

 そんなわけで、ルイズはもちろん脇の方で傍聴していたキュルケも少し驚いた様子だったが、同時に納得もしていた。

 

「男と付き合ってる様子でもないのに、たまに授業をサボってどこかに出掛けるなと思ったら。お国の方でそんなことをしてたってわけね」

 

 元より口数の少ない子であるし、お互いに話したくないことは無理に詮索しないで済ませていた。

 だから、そのことを友人の自分もこれまで知らなかったということ自体は、そう不思議でもないのだが……。

 

(それを、会ったばかりのリュウラには話すだなんて……ねえ?)

 

 昨日は男絡みで何か、密かな恋の橋渡し役でも務めたのかくらいに思っていたが、これはどうもそういうのとは違うような気がしてきた。

 じゃあ何なのかと言われても、いまいち想像がつかないのだが。

 

 それに任務云々についても、タバサがこれですべてを明かしたなどとは思っていない。

 

 いくら『シュヴァリエ』だからといって、大国ガリアともあろうものが、普通は海外に留学している学生をいちいち呼び戻してまで危険な任務にあたらせねばならぬはずがないのだ。

 タバサという名前にしても、まるでペットにでもつけるようなおかしなもので、あからさまな偽名である。

 もっと何か、深刻な事情があるに違いない。

 

(リュウラには、そのことももう話して聞かせたのかしら?)

 

 この寡黙な友人にそれほど心を許せる相手ができたのかと思うと、とても嬉しい半面、なんだか少し胸に引っかかるような気持ちも覚える。

 キュルケにはそれが何なのか、いまひとつよくわからなかったけれど。

 欲しいものは物でも男でもすぐに手に入れてすぐに飽きる彼女にとっては、嫉妬なんて感情はおおよそ無縁のものだったから。

 

(……ま。そのうちに、あたしにも話してくれるでしょ)

 

 とにかく、本気で聞かれたくないことは無理に詮索しない、詮索させないを旨としているキュルケは、そんな些細な引っかかりをすぐに頭の外へ追いやった。

 一方ルイズは、なんだか疑わしげなような、困ったような顔をしている。

 

「まあ、話は分かったけど……」

 

 仙人がどうだとか、人助けで徳がどうのこうのとか、まるで実感がわかない。

 どうにも釈然としないというか、雲を掴むような話だというか。

 そんな話は聞いたこともないし、自分も貴族として困っている民がいれば助けるべきものだとは思うが、何も他国まで行ってろくに関わりもない他人の問題に首を突っ込まなくてもという気はする。

 

 それとも、それはメイジとしてとか貴族としてといった職業倫理のようなものというよりは、彼女の種族としてのやり方なのだろうか。

 瑠螺の正体が、狐に似た珍しい韻獣であることは知っている。

 あるいは仙人の在り方だとかいうのは、先住魔法の使い手が重視しているという『大いなる意思』がどうとかいった話を、彼女の種族流に解釈したものなのではあるまいか……。

 

 ルイズは、そんなことを取り留めもなく考えてみていた。

 

(だとしても、やたらにご主人様をほっぱって、あちこち出かけて。まるで、使い魔の仕事なんて二の次みたいじゃないの!)

 

 もちろんそうはいっても、タバサがこれから危険な仕事をしに行くので手伝いたいと言われて、いや駄目だそんな子はほっといて自分の元で雑用を続けろなどと要求するわけにはいかないが。

 それでも、不服なものは不服なのである。

 

 瑠螺はそんなルイズの様子を見て、宥めるような声をかけた。

 

「ご主人や、どうかそう不服そうな顔をせんでおくれ。留守にしておる間もなるべくおぬしに不便をかけぬよう、備えてからゆくつもりじゃから」

 

 

「まったく……」

 

 午前中の授業を受け終えたルイズは、食堂で小さなカブト虫にデザートの桃りんごを与えてやりながら、ぶつぶつとぼやいていた。

 カブト虫は小皿にのったその果物の切れ端にとりついて、うまそうに啜っている。

 

「何をぼやいてるのよ、ルイズ。自分の使い魔が置いていってくれた代役に不満なのかしら?」

 

 そんなにかわいいのに、などと言いながら、キュルケも自分の使い魔であるサラマンダーのフレイムに、肉の切れ端を放ってやっている。

 フレイムは上手に口でキャッチすると、肉の焼ける香ばしい匂いをさせながら咀嚼しては、熱い喉の奥へ送り込んでいた。

 

「そんなことは、ないけど……」

 

 瑠螺は、自分がいない間もルイズが困らないようにと、自分の代役として仙宝と乗騎をひとつずつ袖から出して置いていったのである。

 

 ひとつは『土偶使』とかいう陶器製の人形で、どうやらガーゴイルのようなものらしく、小さいがいろいろな雑用をこなせるということだった。

 今も、ルイズの部屋で掃除だのをやってくれている。

 

 そしてもうひとつが、目の前にいるこの『大カブト虫』である。

 こうしているとごく普通のカブト虫にしか見えないが、実は命令ひとつで巨大化し、人間を背中に乗せて空を飛んだり荷運びや護衛などの仕事を行ったりしてくれるのだ。

 大きいからそれなりに強さもあるだろうし、知能も見た目の割に高いようで口頭での命令も通るから、こうして小さなサイズにしておけば偵察の仕事もある程度はこなせそうだった。

 瑠螺はセンニンであってメイジではないとのことだったが、まあ彼女の使い魔のようなものなのだろう。

 

 どちらも十分有用で、一般的な使い魔に求められるような役割は概ねこなしてくれそうだから、別に不満などない。

 ない、はず、なのだが……。

 

(でも……)

 

 使い魔が危ないことしてるかもしれないのに、主人が同行しないなんて。

 それに、今頃一体、タバサと何をしているのか。

 主人である自分よりも先に、なんだかあの子とずいぶん親しくなったようで……。

 

 そんなとりとめもないことが次々頭に浮かんできて、やきもきしてしまって落ち着かないのである。

 

「……やっぱり、わたしもついて行けばよかった」

「あら、余計危ないわよ。タバサとリュウラが。シュヴァリエが動員されるような仕事に『ゼロ』のあなたが行ったところで、足手まといじゃないの?」

「ぐっ!?」

 

 遠慮も何もなくストレートにそう言われて、胸がぐさっとなった。

 

「あたしだって、そりゃあ行きたかったけど……ねえ?」

 

 キュルケはそう呟くと、彼女には珍しく、軽く憂鬱そうに溜息を吐いた。

 

 タバサが明らかに来てほしくないと思っているのがわかった以上、強いて詮索する気はないのだが。

 行動派の彼女としては、こんな状況でただ待っているだけというのは、どうにもストレスが溜まるのだった。

 

 

 

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「なるほどのう。その吸血鬼とやらは一見して人間にしか見えず、先住の魔法とやらを使い、一人だけなら血を吸った人間を屍人鬼(グール)とやらに変えて操ることができる……と」

 

 シルフィードの背に乗ってガリアへ向かう途上で、瑠螺は今回の討伐対象とされる妖魔について彼女とタバサから説明を受けていた。

 

「そうなのね。太陽の光には弱いけど、それだけじゃ安心できないくらい恐ろしい相手ですわ! きゅいきゅい、怖い!」

 

 興奮してまくしたてるシルフィードとは対照的に、タバサは淡々と説明を終えた後は、黙って本を読んでいる。

 しかし、決して相手を甘く見ているというわけではない。

 その本のタイトルは『ハルケギニアの多種多様な吸血鬼について』であるらしく(瑠螺には読めなかったが、本人から聞いた)、任務に備えて前知識の収集に努めているわけだ。

 

「屍を操る……とはいえ、その吸血鬼とやら自身は、動く屍の類ではないのじゃな?」

「そう。吸血鬼は、生まれつきそういう種族」

「ふむ」

 

 してみると、グールとやらは央華の分類でいえば、まあ『屍鬼』の仲間なのであろうが。

 それを操る吸血鬼自体はそうではない、ということか。

 

(屍鬼使いとは厄介なことじゃが。まあ、尸解仙を相手にするよりはましであろうか)

 

 タバサの話を聞く限りでは、こちらの妖魔だの亜人だのというのは屍鬼の類ではなく、また年を経た動物や器物が知恵をつけた、いわゆる『妖物』の類とも違うようだ。

 央華の分類でいうと、おそらくは『五生百怪』にあたるものか。

 神話の時代から伝説の時代へと移り変わり、地上から神仙や妖精妖物の類が姿を消しても、そのような存在はまだ残っているようだ。

 

「なんにせよ、事に取り掛かる前から相手の正体がわかっておるというのはありがたいがのう」

 

 仙人が異変の解決に乗り出す場合、大抵は相手の正体が何なのかなど最初はわからないから、その辺りから手探りしていくことになる。

 祀られなくなって祟りをなすようになった土地神の仕業なのか、年経て妖物と化した道具の仕業なのか、それともどこかに潜む妖怪や邪仙の仕業なのか。

 正体を量り間違えてしまい、事前に用意してきた対処法がまるで役に立たず、窮地に陥るということもしばしばあるのだ。

 

 それに比べれば、最初から相手の正体や能力がわかっているというのは結構なことである。

 

(……とはいえ、飛翔兄上であれば。『事前の情報を鵜呑みにするな。どこの誰ともしれんやつが確認したのを又聞きして書いたものだろう、本当に正しいとは限らん!』とでも言われるじゃろうな)

 

 そう考えて瑠螺が気を引き締めたあたりで、タバサは目的の場所に着いたと告げた。

 

 下を見れば、明らかに人の手で手入れされた美しく広大な土地に立つ、大きな石造りの建物群があった。

 おそらく、このあたりの城なのであろう。

 実際タバサに尋ねてみると、これらの建物はガリアの宮殿で、ヴェルサルテイルという名称だということだった。

 

「任務の詳細を聞いてくる。できれば、あなたにはここで待っていてほしい」

 

 タバサはそう言って、瑠螺に自分が戻ってくるまでの間、飛葉扇に乗り移って上空で待機しておいてほしいと頼み込んだ。

 瑠螺がそれに従うと、軽く詫びるように頭を下げた後に、自分はシルフィードとともに下へ降りていく。

 

 そうして待っている間、瑠螺はこの扱いについて、一体どういう事情なのであろうかと思いをめぐらせてみた。

 もしも字が読めれば、この機会にタバサが持っていた本を貸してもらって、自分も目を通してみたのだろうが。

 

「ふうむ……」

 

 詳しいことまではわからないものの、タバサの妙に秘密主義で深刻そうな様子からすると、単に自分の仕える国から仕事を命じられているというだけではなく、何か訳ありなのであろうということくらいは察せられた。

 人質でも取られているとか、弱みでも握られているとか。

 そうであれば、これ以上付け込ませる隙を与えないために、また同行者たちの身の安全のためにも、できる限り相手方に情報を知らせずにおきたいと考えるのは不思議ではない。

 

 おそらく、彼女がルイズはまだしも友人であるはずのキュルケでさえも同行させまいとしたのは、ただ単に危険に巻き込みたくないという以外に、そのあたりの事情もあったのかもしれない。

 この世界の貴族社会などには疎い自分と違って、同じ貴族であれば何か、彼女が伏せておきたいと思っている事情をより詳しく察してしまうこともあるだろうから。

 

(何であれ、問題があるのならば相談してくれればいいものを)

 

 とはいえもちろん、人にはそれぞれ己の信念にあったやり方があるのだということも知ってはいた。

 

 彼女の大切な仲間であり、兄と慕う遙飛翔も、できる限り情報を伏せて物事を運ぶのを好んでいる。

 彼は、時には仲間たちにさえ、何も教えないこともあった。

 何もかもあからさまにしては知恵を働かせ、物事の隠された意味を読み取ることを忘れてしまうから、というのだ。

 

 もっともそれは、何も彼個人の信念というわけではなく、彼が属する風水・卜占の洞統においてはごく一般的な戒律であってその修行法の基礎でもあるのだが……。

 

「……まあ、手の内を知られておらぬ方が有利になるという考え方は、間違いではなかろうがなあ」

 

 先ほどの話からすれば、今回戦うことになる吸血鬼とやらも、手の内を隠すからこそ強いものなのであろうし。

 

 それでも、むやみやたらとこそこそせずにもっと単刀直入なやり方をする方が自分は好きではあるが、なんといってもこれは本来タバサの仕事なのである。

 ここはひとつ、彼女のやり方を尊重せねばなるまい。

 なんにせよ、自分とは違う物の見方をできる仲間がいるというのは頼もしいことだ。

 

 そんな風にあれこれと考えたり、周囲の景色を楽しんだりしているうちに、タバサらが戻ってきた。

 

 どうやらシルフィードは待っている間に侍従たちから食べ物を用意してもらったらしく、たらふく食べて旅の疲れを癒したことでご満悦であった。

 タバサは瑠螺にもと言って、おそらくは用件を済ます間に頼んで用意してもらったのであろう、弁当と水筒の入った包みを差し出す。

 

「おお、気が利くのう」

 

 仙人である瑠螺はもちろん、別に飲み食いなどはしなくても大丈夫なのであるが、せっかく用意してくれたものなので礼を言って受け取った。

 その時に頭を少し撫でてやると、タバサは少しだけくすぐったそうな顔をする。

 

 さて弁当箱を開けてみると、ずいぶんとおいしそうな匂いが鼻腔をくすぐった。

 中身は、まだ温かい。

 

(ほう?)

 

 もちろん、ここらあたりの王宮で出されるような料理などに詳しいわけではないが、見た感じではなかなか高価そうなものに見えるし、盛り付けも丁寧である。

 適当にそこらにあったあまりものを詰めただけというような感じではなく、明らかにちゃんと料理したものだ。

 

 瑠螺は少しばかりほっとしたような気分で、タバサの境遇に関する先ほどの自分の憶測はいささか悲観的に過ぎたかもしれないと考え直した。

 少なくとも、この料理を用意したのであろう使用人たちからは、彼女は丁重な扱いを受けているように思える。

 

「ふうむ。……ほれ、あーんせい」

 

 瑠螺はまず、そこに入っていたいい香りのする肉をつまむと、そう言って自分ではなくタバサの口元へ差し出してやった。

 

「別にいらない」

 

 ぷい、と顔を背ける彼女を、瑠螺は優しく説き伏せた。

 

 瑠螺はまだほんの幼子の頃に拾った弟子を親代わりになって育てたり、道士時代にも手のかかる妹分の面倒をよくみてやっていたりと、割と世話焼きなほうなのだ。

 まして相手は、つい先日義姉妹の契りを交わしたばかりの妹分なのだから、なおさらのことである。

 

「戻ってくるまでの時間やその顔色からすると、おぬしは食べてきておらんのであろう。ここへ来るまでもずいぶんかかったことじゃ。大事にとりかかる前に、少しは腹に入れておかねばならん」

 

 それにの、と言って付け加える。

 

「おぬしはわしのことを、下の者たちに話してはおらんはずじゃ。これはきっと、これから大変な仕事に出掛けねばならぬおぬしのためにと思うて、あそこで働いておる誰かが作ってくれたものなのではないか?」

「…………」

「そうなのであろう。なれば、一口なりともおぬしが食べて、その者の気持ちに報いてやるべきではないかの?」

 

 そうでなくても、実のところ彼女は、普段からこういう人間の手で調理された肉は食べないことにしているのだ。

 それは仙人としての戒律の関係ではなくて、自分が狐の出身で家族全員を狩り殺された経験があるからという、個人的な感情の問題であるが。

 

「……。わかった」

 

 タバサは瑠螺の優しげな目をちらちらと見ながら、ほんの少し躊躇したものの、結局は小さく口を開けて肉をほおばった。

 もぐもぐと動くその頬が、かすかに色付いている。

 

「……向こうへ着いた後の、打ち合わせをしておきたい」

 

 彼女はそんな調子で大人しく何口か餌付けをされた後、恥ずかしいのをごまかすかのようにぷいと顔を背けながらそう提案した。

 もちろんそれは、いずれにせよしておかねばならなかったことではあろうが。

 

 しかし、そのまま真面目な話へ移行しようにも、今度はシルフィードが黙っていない。

 

「きゅい! タバサ姉さまばっかり食べさせてもらって終わりなんて、ずるいのね。リュウラ姉さま、わたしもわたしも! あーん!」

「これこれ、おぬしはもう食べてきたのであろ?」

 

「うるさい」

 

 そんな調子で、ほんの一時のことにもせよ、三人はこれからハルケギニア最悪の妖魔と目される存在を相手取ろうかという一行には見えないくらいにほのぼのしていた。

 





土偶使(どぐうし):
 五遁土行に属する仙宝の一種で、外見は高さ1尺(約30cm)ほどの素焼きの陶器製人形である。
この人形は術者が声に出さずとも、火を焚いて料理を作ったりつくろいものをするなど、さまざまな日常の用を果たしてくれる。
ただし会話はできず、偵察などの任務をこなせるほどの知能はない。
 土偶使はごく普通の陶器よりは丈夫で、それによって壊れてしまうことを覚悟の上でなら、敵の攻撃に割り込ませて術者やその味方を庇わせることもできる。

大カブト虫:
 央華では外骨格をもつ昆虫は金行に属する生き物であるとされているため、主として五遁金行の洞統で用いられる乗騎の一種である。
会話はできないものの言葉を理解し、口頭での命令に従えるだけの知能はある。
体が大きく力も強いため、人間10人かそれに相当するだけの荷物を一度に乗せて運ぶことができ、飛行する速度は普通の虫と同程度である。
その体格のわりに戦闘力はさほど高くないが、それでも平凡な人間の兵士くらいなら退けられるだろう。
なお、仙人の用いる乗騎の餌は清浄な気だけで十分であるので、特に飲食物などは与えずともよい(娯楽として摂取することはできる)。
この乗騎はまた、必要に応じて拳の中に隠せるほどの大きさにまで縮めておくこともできる。
 ちなみに飼い主の好み次第では、カブト虫ではなくクワガタやカナブンであることにしてもよい。

屍鬼(しき):
 肉体を持たず魂魄だけがこの世にとどまっている『鬼』に対して、既に死んだ魂のない屍が何らかの理由で再び動き出した、西洋ファンタジーで言うところのいわゆるアンデッド。
おそらく最も広く知られているであろう代表的な屍鬼が、僵尸(キョンシー)である。
尸解仙(しかいせん)は仙人(邪仙)の一種で、一旦は死を迎えた肉体に留まることで転生の流れを外れて不老不死を得ようとする、最も高位の屍鬼である。
西洋ファンタジーでいえば、リッチとかノーライフキングと呼ばれるような存在に相当する。

妖物(ようぶつ):
 元はごく普通の動植物や器物だったものが、長い年月を経ることで知性と妖力を備え、人に似た姿をとれるようになった存在。
より正確に言えば下級のものから順に、妖精(まだ完全な人型をとれない)、妖ゲツ(一時的にだが完全な人型をとれる)、妖怪(恒久的に人型をとり続けられる)となる。
妖怪はその出自を除けば仙人と同等に扱われ、実際に修行をして仙人としての道を志す者もいる。
瑠螺公主も、元は普通の狐だったものが知性を備えるようになった妖狐であり、生物としての分類はこれにあたる。

五生百怪(ごしょうひゃっかい):
 央華世界における最初の生命である五祖五凶から生じて、通常の動植物とは一線を画する超常の力を備えた生き物たち。
ただ単に、人里離れたところに出没する異種族を指す場合もある。
西洋ファンタジーでいうところのいわゆるゴブリンやオークのような立ち位置にあたる、猩々(しょうじょう)や狒々(ひひ)などがこの分類に属する。
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