「……ふう」
アレキサンドルの霊から必要な話を聞き終えた瑠螺は、ひとつ深呼吸をして心を落ち着けた。
そこへ、外の方にいる村人たちの声が飛ぶ。
「騎士さま、まだ終わらねえんで?」
「早えとこ、そのバケモノどもを始末してくだせえ!」
瑠螺は少し顔をしかめて、ちらりとそちらの方に目をやった。
「てめえら! バケモノじゃねえっていってンだろうが!」
それから、白々しくも憤慨したような怒鳴り声を上げるグールの方に注意を戻す。
この場で皆に目の前のグールの正体を伝えた上で斬り倒し、その後に先に聞き出した吸血鬼の元へ赴いて血祭りにあげることは容易にできるだろうし、それがごく真っ当な対応の仕方というものかもしれない。
瑠螺自身、今すぐにそうやって哀れな傀儡とそれを生み出した外道とを片付けてやりたいという強い衝動を感じていた。
だが、しかし……。
「おお、おおおお……っ」
目の前には、恐怖のためにか病のためにか、小さくかたかたと震えながら布団で顔を覆ってうめいている老婆がいる。
傍にいる屍鬼をまだ自分の息子だと信じきっているのであろう、憐れな年老いた母親が。
「なにも不安がることはないのじゃ。決して、おぬしに悪いようにはさせぬからのう」
瑠螺はできる限り優しくそう言うと、老婆の小さな体を抱きしめるようにしながらそっと背中をさすってやった。
それから、もう一度『変化朋友』の術を使って、今度は別の友人、葎花女仙の力を借りることにする。
「……では、薬を進ぜよう」
そう言って、まずは恐怖を取り除くための『鎮心丹』を、くるりと手をひねるようにして空中からつまみ出した。
それを、飲めと言っても嫌がられるかもしれないので、指先で擦って煙状にしてから老婆の鼻先へふうっと吹きかけてやる。
「おおぉぉ……、んぅ……?」
ちらちらと瞬く白っぽいその煙に包まれた途端に、それまでは歪んでいた老婆の顔から力が抜けた。
彼女は不思議そうに瑠螺の顔を見ながら、二、三度目をしばたたかせる。
「少しは落ち着いたようじゃな。……ほれ、自分で飲めるかえ?」
瑠螺は、今度は『養命丹』を与えてやった。
その有難い丹を歯のない口をもぐもぐさせながら飲み込むと、連日投薬されていた毒素が体から抜けたマゼンダの顔色は、目に見えてよくなってきた。
「よしよし。後はこれを飲んで、ゆっくりお休み」
最後に差し出された『睡眠丹』を飲むと、老婆は安らいだ顔で目を閉じ、すうすうと寝息を立て始める。
「母君は、このまま寝かせておけばよい。……辛かろうが、いま少し辛抱しておくれ」
瑠螺はグール、ではなくその背後に引きずられているアレキサンドルの霊にそう呼びかけると、そっと席を立って戸口の方へ歩いていった。
皆の注目が、彼女に集まる。
「……で、どうだったんで?」
「あの二人はまだ生きてるようだが、ちゃんと取り調べてくれたんですかね」
村人たちの多くは、明らかに不服そうな顔をしていた。
それを、いつの間にか騒ぎを聞いて駆けつけてきていた村長が諫める。
「止めんか! お前たち、はるばる足を運んでくださった騎士さまに失礼なことをいうものではない! そもそも、証拠もないのに誰かを怪物と決めつけるなぞ、とんでもないことじゃ。こんな小さな村の中で、わしらが互いにいがみ合うような事態になることのほうが、吸血鬼よりももっと恐ろしいのじゃ!」
「でも、村長。あいつらが怪しいってのには、ちゃんと理由が……」
瑠螺はその様子を尻目に、口元を飛葉扇で隠すようにして、何事かを小さく呟いた。
それから急に大きく目を見開いて、鋭く叫ぶ。
「待て! あれは何じゃ!」
そう言って瑠螺が指し示した先に、全員の注目が集まった。
途端に、村人たちの間からいくつもの悲鳴が上がった。
村と森の境目あたりの木立の中に、いつの間にか一体の人影がたたずんで、こちらの方を窺っていたのである。
「……ひっ!?」
「な、なななんだ、あれはぁ!?」
そいつが尋常な人間でないことは、一目見ただけでわかった。
着衣はボロボロで原形をとどめておらず、ほとんど裸も同然で、たくましいが生気のない土気色で死体めいた体をしている。
しかも、両の手足には黒く禍々しい鉤爪が生えていた。
目を血走らせ、憎悪に歪んで牙をむき出したその顔はまるで犬のようで、口は異様なほどに大きく裂けている。
悲鳴を上げる者、呆然とする者、腰を抜かす者に、真っ青になって武器として手にしていた農具を取り落とす者もいた。
子狐の姿をしたシルフィードも、きゅうっと悲鳴を上げてぶるぶる震えている。
ただタバサだけがわずかに顔をしかめて、瑠螺から預かった剣の柄に手をかけていた。
『シャアァウッ!!』
その怪物はしかし、一声吠えるとすぐさま身を翻して、森の奥の方へ溶け込むように姿を消した。
「……あたりにはまだ日が差しておるゆえ、あれはグールとやらじゃな。やはり村長どのの見立て通り、主と共に森の中に潜んでおったか」
瑠螺はそう言いながら、ちらりと背後に目をやった。
そこでは本物のグールが家の戸口に立って、この騒ぎを無表情にじっと見つめていた。
森の方に姿を現したのは、瑠螺が用いた『仮現怪異』の仙術によるただの幻だ。
「き、騎士さま。追わなくていいんで……」
一人の村人が、青ざめた顔でそう尋ねた。
先ほどはアレキサンドル相手にすごんでいた樵だが、今は斧を取り落としてがたがた震えている。
他の村人たちも、程度の差こそあれ、概ね彼と似たようなものであった。
まだ、おぞましい怪物の姿を見た衝撃から立ち直れずにいるのだ。
唯一村長だけは代表者としての責任感からか、どうにか持ち直したようで、少し顔色は悪いもののしっかりと背を伸ばして震えずに立っている。
「今すぐにはの。わざわざ姿を現したのは、こちらを誘いだそうとしてのことだと見ねばなるまい。どこに敵が潜んでいるかもわからぬ日の差さぬ森の奥へ、不用意に踏み込んでいくのは危険じゃ。焦らずとも、夜になるまでは吸血鬼とやらの襲撃はなかろう」
瑠螺は落ち着き払った態度のままそう言うと、青ざめた顔の村人たちを順繰りに眺めやった。
「我らはこれから手筈を整えた上で敵を追うゆえ、おぬしらはもう戻って家の中に隠れておるがよい。自分たちの力で敵を探し出して村を守ろうという気概は立派じゃが、姿を見ただけでその有様では到底戦いにはならぬ」
その指示にあえて逆らおうとするものは、もう誰もいなかった。
村長はどこかほっとしたような顔で村人たちを解散させると、どうかよろしくお願いしますと瑠螺に幾度も頭を下げた後に、自身も家に向かって去っていく。
アレキサンドルの姿をしたグールも、黙って家の奥に引っ込むと、しっかりと戸を閉めた。
そうして誰もいなくなったのを確信すると、瑠螺は別になにがしかの準備をするでもなく、ゆっくりと森の方に向かって歩き始めた。
今なら森の方には誰もいないであろうから、仲間内の打ち合わせをするには最適だ。
「……どういうこと?」
タバサはそんな彼女の後に続きながら、ぽつりと呟くように問いかけた。
「きゅう?」
彼女の足元にいるシルフィードは、意味が解らず不思議そうな顔をして主人を見上げる。
瑠螺は、足を止めずに質問を質問で返した。
「どういうこととは。つまり、どういうことじゃ?」
「本に出ていた姿と違う、あれはグールじゃない。それに、あの場所には直前まで、絶対に誰もいなかった」
見張り役を任された彼女は、村人たちだけに限らずしっかりと周囲の様子には気を配っていたのである。
あんなおぞましい姿をした化物が木々の間からこちらを覗いていたら、見落としたはずはない。
「つまり、あなたが何かした。何のために?」
瑠螺は口元を扇で隠しながら、目を細めた。
「うむ、それはのう……」
・
・
・
「……と、いうことでな。敵の正体は、わかったのじゃが」
人気のない森の中で瑠螺がかいつまんだ事情の説明を終えると、タバサはぽつりと呟いた。
「霊に、話を聞く……」
昔、まだ幼かった頃には、お化けが怖くて仕方なかったこともある。
けれども、恐ろしい現実のバケモノや、もっと恐ろしい人間をたくさん見てきた今となっては、そんな『実在しないもの』をことさら怖がることなどなくなった。
「…………」
そう、思っていたのだが。
彼女によれば、霊、つまりお化けとやらは実在するらしい。
にわかには信じがたい話だった。
けれども、嘘をついているとも思われないし。
なんといっても先程は、わけのわからないマジックアイテム……いや仙宝とやらで、煙突に顔を書いて喋らせたくらいなのだ。
そんなことを平然とやってのけるこの女性なら、霊と話すくらいはどうということもないのかもしれない。
一方シルフィードは、それよりも別のことでショックを受けたようだった。
「きゅう……。まさか、あのかわいい子が吸血鬼だなんて……」
そう、瑠螺がアレキサンドルの霊から聞き出した吸血鬼の正体は、村長の家で出会ったあのエルザという少女だったのである。
タバサにとっては、それ自体はそこまで驚くことではなかった。
吸血鬼は外見上人間に似てはいるが異種族であり、寿命もはるかに長く、その年齢は見た目では推し量れない。
(煙突を潜れる小柄な者で、生まれたときからこの村にいるわけではない者)
占い師の老婆もかなり小柄なので容疑者の一人だったが、あの少女ということも当然あり得るだろうとは考えていた。
それにしても、彼女が拾われたのは一年ほど前ということだったから、かなり長い間ただの少女のふりをして血を吸わずに潜伏し続け、養い親を欺き続けていたということになる。
やはり、吸血鬼というのは用心深く油断のならない種族であるようだ。
「わしも、あまり信じたくはないがのう……。しかし、霊の話ばかりではなく他の証拠もすべてあの娘を示しておるゆえ、もはや間違いはなかろう」
タバサも気付いていたいくつかの条件に加えて、瑠螺にはもうひとつ判断材料があった。
実は、最初に村長の家でエルザが姿を現したとき、瑠螺は彼女があまり怯えた様子だったので、扇で口元を隠しながら密かに『命金行鎮心 冷』の術をかけてやったのである。
ところが、その術によって心が落ち着くはずなのに、エルザの様子には何ら目に見える変化は起こらなかったのだ。
それは、明らかに異常な事態だった。
決して、術自体がかからなかったわけではない。
手応えで、そのことははっきりとわかる。
したがって、最初どんなに怯えていたにもせよ、術の力で間違いなく、少なくともかかった瞬間は冷静になったはずなのだ。
それは一体、どういうことなのか?
決まっている。
怯えたような姿は演技で、実際には最初から冷静そのものだから、術は効いたにもかかわらず目に見えるような変化を及ぼさなかったのだ。
つまり、目の前の少女がおそらく見た目通りの存在ではないことに、瑠螺はその時点で気が付いていた。
しかし、だからといって、吸血鬼かグールであると決めつけるのも早計というものだろう。
シエスタのような無害な妖物が偶然この村にまぎれていて、メイジの一行がやってきたので自分に害を及ぼすようなものではないかどうか念のため様子を見に来ただけというようなことも、可能性は低いだろうが絶対にありえなくはない。
あるいはたまたま、エルザが非常に早熟で計算高い子供で、同情を買って何か利益を得ようというような狙いがあって自分たちに近づいてきたのだとも考えられる。
早まった行動に出て取り返しのつかない結果を招くわけにもいかないので、その時点ではなにもせず、さらに情報を集めて回った。
しかるに、そうして集まった情報もすべて、エルザが吸血鬼であるという結論と矛盾しないものだったのである。
「それなら、すぐに片付けにいけばいい」
なのにどうして、グールがアレキサンドルではないと村人に思わせたりするのだろうか。
もう犯人が分かったというのに、どうしてすぐに行動しないのか。
もたもたしていると、夜になってしまう。
怪訝そうな顔をするタバサを、瑠螺は何か言いたげな様子でじっと見下ろした。
「……何?」
「これは元々、おぬしに任された任務。なれば、わらわの思うようにしてよいものかどうか、意見を聞かねばなるまい」
瑠螺はそう前置きをしてから、自分の考えを話し始めた。
「わらわはのう。彼奴らを始末した、その後のことが心配なのじゃ」
ただでさえ年老いて病と毒とで弱り切っているあのマゼンダという老婆は、自分の息子が既に怪物と化していると言われ、目の前で斬り殺されたりすればどうなるだろうか。
「それが事実である以上は仕方ない。正直に伝えて、たとえ現実が非情なものであってもそれに向き合わせるしかないはず」
タバサは、きっぱりとそう言った。
過酷な現実から顔を背けて逃げるのではなく、それと向き合って戦わねばならないのだということを、彼女は最初の任務の時に恩人である狩人の女性から教わったのだ。
「それは確かに真実であろうな。わらわとて、自分のことならばそうする」
瑠螺は優しげな目をして、そんなタバサを見つめる。
「じゃがのう。それは、若者の考える真実というものではあるまいか」
「…………」
「つまるところは、辛いことがあっても乗り越えられるだけの活力と時間とが、まだ十分に残されておる者の論理じゃ。そうではないか?」
あの老婆には、そのどちらもない。
過酷な現実はおそらく彼女を圧し潰して、二度と再び立ち直れなくしてしまうだろう。
それに息子がグールであったとなれば、やはり思った通りだったかと早合点した村人たちがいきり立って、彼女を血祭りにあげかねない。
「わらわは、遠からず今生の終わりを迎えるであろうあの娘を、最期にそのような目には遭わせとうない」
吸血鬼についても、同じように悩ましい問題がある。
邑の指導者が村民を幾人も殺したバケモノを、それと気付かず養女として育てていたとなれば、村人たちや村長自身は一体そのことをどう感じるだろうか。
奇しくも村長自身が言っていた通り、仲間同士が互いにいがみ合うような事態こそが、吸血鬼それ自体よりも恐ろしい。
「……あなたは、一体どうしようというの」
なるほど彼女の言うことはもっともなことかもしれないが、しかし、だからといって、自分たちに何ができるだろうか。
吸血鬼については、正体を知らせずに密かに始末することもできるかもしれない。
しかし、占い師の老婆についてはどうにもなるまい。
たとえグールだと知らせずにおいたとしても息子を失うことは変わらないわけだし、あの年になってただ一人の身内を失い、よそ者扱いされて冷遇される村に病身で残されたのでは、幸福な最期など望みようもないだろう。
タバサがそう尋ねると、瑠螺は小さく頷いた。
「その通りじゃ。あまり無暗にしてはならぬことじゃが、あのアレキサンドルという息子を生き返らせてやるよりあるまい」
それを聞いて、タバサとシルフィードはきょとんとした顔になった。
次いで、まじまじと瑠螺の顔を見つめる。
「グールを生き返らせる? そんなこと、不可能なのね!」
タバサも頷いて、シルフィードの見解を肯定した。
いかに生きているようにしか見えなくても、グールは一度死んだ存在だ。
吸血鬼が牙を突き立てて全身の血を吸い尽くしたのちに、その傷口から自分の血をいくらか流し込んで、水の精霊力による偽りの命を吹き込むことで傀儡と成したもの。
一度に一体しか持てない理由は定かではないが、メイジにとっての使い魔のようなものではないかと考えられている。
「主の吸血鬼が死ねば、グールもじきに死ぬ。生き残ることはない」
それを聞いても、瑠螺は平然としていた。
「もちろん、まずは屍鬼の呪いから解き放つために、肉体を破壊せねばならぬ。しかる後に、巫蠱の仙人であれば、蘇生の丹を与えればそれで済むのじゃがな」
そのような丹は相応の実力がある仙人でなければまず作れないし、作成にはある程度時間もかかる。
短時間の簡易な変化術程度では、どうにかなるものではない。
しかし、瑠螺とて弟子を育てている身。
修行中の道士は、時として力及ばず敵に破れることもあるものだ。
そんなときに、屍となって運ばれてきた弟子を生き返らせてやるくらいのことができなくては困る。
そういった術に通じておらず、自力では生き返らせることができない仙人は、その都度巫蠱の知人に頼んで生き返らせてもらったり、蘇生の丹を分けてもらって備蓄しておいたりするものだが。
瑠螺の場合は、独自の仙術でもってある程度は自力でどうにかしてやれるように工夫していた。
「わしには、蘇生の丹は作れぬがな。生物の肉体は、五行より成るもの。ゆえに、それを操る五遁の仙術をもって、既に死んでしまった肉体の代わりとなる新しい生きた体を作り、魂をそちらに移らせればよい道理じゃ」
央華では通常、生き物の魂は化生して幽鬼になったりする場合を除けば、死ねばさして時間を置かずに冥界に下り、冥王の裁きを受けることとなる。
そうなってしまえば、もはや蘇生は不可能で、転生するしかなくなるのだ。
しかし仙人の魂は、かなり長い間地上に留まっていることができるから、その間に肉体を生き返らせるなり新たに用意するなりすれば、魂はそこに戻って生き返ることができる。
アレキサンドルは仙人ではないが、彼の魂は元の体に引きずられる形で、まだ地上に残っている。
この世界のワルキューレとやらがどのくらいの早さで死者の魂を運んでいくのかは知らないが、まさか死んだ直後にものの数秒で現れるというわけでもあるまい。
だから、屍鬼と化した元の肉体を破壊したのちに素早く新たな肉体に移らせれば、おそらくは蘇生することができるだろう。
とはいえ、央華の世界においても、可能だからといってむやみやたらにそのようなことをしてよいものではない。
生物の生き死には、本来厳格なものである。
情だけで蘇らせてやりたいと願っても、生前にそれに相応しい振る舞いをしていた者でなければ、仙境を取り仕切る大仙人や冥官、天僚たちによって咎められる。
しかし、彼は天の定めた寿命ではなく、災いによって命を落としたのであるし。
それになんといっても、己の身を屍鬼と変えられてもなお母のことを慮って、肉体に引きずられながらも必死にこちらに呼び掛け続けていた孝行息子なのだから……。
(その果報として、せめて母親が息を引き取るまでの間くらいは、地上に長らえることが許されてもよいというものであろう?)
もちろん、まだよく知りもせぬこの世界においては本当にそのようなことが許されるものかどうか、そもそも可能であるかどうかについても、何も確証はない。
だがたとえそうであっても、瑠螺としては、とにかくやってはみるつもりだった。
変化・幻術の洞統における戒律には、『真偽を問わず、ただ是非だけを問うべし』とある。
人々を喜ばせられるのならば、それが実体のない幻であっても良い。
嘆き悲しませ、その心をさらに荒ませることになるだけなのであれば、たとえ真実であっても拒否する。
仙人が為すべきことは善行であり、善行とはとどのつまりは、一人でも多くの人々に喜ばれ、感謝されるような行為を行うことなのだから。
「論より証拠じゃ、まずはやってみようではないか。もしもうまくいったら、おぬしらはグールの方を何とかしておくれ。わらわはその間に、吸血鬼とやらと対峙することにしよう」
葎花女仙(りつかにょせん):
道士時代から瑠螺が頻繁に旅を共にしている仙人仲間の一人。
現在は妙喜山紅椿洞の洞主を務める巫蠱の達人であり、厭魅・厭勝の仙術もある程度嗜んでいる。
外見は十四歳かそこらほどの小柄な少女であるが、実年齢は瑠螺よりもかなり上で面倒見がよく、莫迦丁寧な口調と母親めいた言動で知られている。
彼女はまた趣味である料理の腕前でも有名であり、仙人仲間を集めての宴会をたびたび催す。
道士時代には白鳶の蕎、緑蛇の苓、獲猿の萇、猫の茗という四匹の使役獣を母親として愛情を注いで育てていたが、現在では最年長の茗以外は独り立ちして、仙人となるべくそれぞれの師匠の下で修行を積んでいる。
また、仲間の秀弦生は葎花の師であり遠い祖先でもある葎光大仙がこぼした仙薬の効果で昇仙した存在であり、そのためか道士時代には頻繁に彼女のお供をしていた。
鎮心丹(心を鎮める丹):
使用者の精神を安定させ、怒りや悲しみなどの感情を鎮めて正気を取り戻させる丹。
なお、これに限らず巫蠱の術者が作り出す丹は原則としてすべて飲み薬の形状をしているが、膏薬や香薬の形状に変えることもできる。
ただし、そうするためには飲み薬を作るよりもやや高い実力が要求される。
養命丹(命を養う丹):
丸一日休息したに等しい効果を与え、不眠による疲労や継続している麻痺、毒などを消し去ることもできる丹。
ただし、影響を受けた者は6面体ダイスを3回振らなくてはならない。
その出目がすべて1だった場合には使用者は1年の年齢ダメージを受け、丹を作り出した巫蠱の術者は濁業値が1点増加してしまう。
睡眠丹(睡眠の丹):
使用者にはげしい睡魔を起こさせ、抵抗に失敗すると眠りこけさせてしまう丹。
普通の眠りと同じで、大きな物音や衝撃で目を覚ます可能性はある。
仮現怪異(幻覚により、怪異を現す):
幻覚によって、空間におぞましい化物の姿を一瞬だけ現して見せる幻術の一種。
この姿を直視したものは、精神点にダメージを受ける。
通常は術者がこれまでに見たことのある最も恐ろしい怪物の姿が現れるため、より恐ろしい敵に出会ったことがあるほど術の効果も強まる。
本作中での瑠螺は、この術を応用してあえて恐怖値の低い『野狗屍』と呼ばれる屍鬼の幻を生み出すことで、精神ダメージによって村人たちの士気を喪失させつつ、グールはアレキサンドルとは別にいるのだと思い込ませたのである。
野狗屍(やくし):
生前に人肉を食べた人間や犬が、死後に堕ちてなるといわれる央華世界の屍鬼の一種。
生者への憎悪と新鮮な生肉への渇望に突き動かされて死体を漁るという。
中には通常の個体よりも賢く、仙術を使いこなす者もいる。