央華封神・異界伝~はるけぎにあ~   作:ローレンシウ

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第十九話 公主会魔剣 得財宝

 

「武器屋? あたしはそんなもの、どこにあるかなんて知らないわよ?」

「確か、前にピエモンの秘薬屋の近くで見かけたけど……」

 

 キュルケとルイズが困ったような顔をしてそう言うのとは対照的に、タバサは頷いてすたすたと歩き出した。

 

「こっち」

 

 メイジとはいえ荒事に関わる機会が多いためか、武具の類を置いている店の場所もちゃんと知っているらしく、その足取りには迷いがない。

 

 キュルケやルイズとしては、本当はそんな貴族に似つかわしくない場所へはあまり足を運びたくはなかったのだが。

 瑠螺とシルフィードが彼女について裏路地の方へ向かったので、二人も仕方なくその後に続いた。

 

「もう! あんたが剣の達人なのは知ってるけど、武器ならもう持ってるみたいだし。それに先じゅ、……センジュツとかいうのだって、使えるんでしょ?」

 

 だったら何も、こんな汚いところに来てまで武器屋なんか見なくたって……と、ルイズはぶつぶつ文句を言った。

 道端に転がっているゴミや汚物から漂う悪臭に、キュルケも顔をしかめている。

 

「まあ、そう言ってくれるな。遠方から来たわらわにとっては、こちらの武具は珍しいものなのじゃ。であるからして、とにかく一度じっくりと見てみたくてのう……」

 

 瑠螺はそれから、嫌ならば表の通りで待っていてくれても構わないとも言ってみたが、そう言われても置いていかれるのも嫌なルイズはむっつりした顔で黙ってついてきた。

 キュルケも、一人で待っていてもつまらないと思ったのか、肩をすくめて皆に付き合う。

 

「ここ」

 

 しばらく歩いた後に四辻のあたりで立ち止まったタバサが、杖で一軒の店を指し示した。

 軒下に剣の形をした銅の看板がぶら下がっているあたりからして、確かに武器屋であるらしい。

 

「失礼いたす」

 

 瑠螺は案内の礼を言うと、石段を上り、羽扉を開けて、店の中に入った。

 他の者たちも、それに続く。

 

 店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りがともされていた。

 

「おお、なんとも大した品揃えじゃな」

 

 瑠螺は周囲を見回すと、感心した様子でそう言った。

 

 壁や棚には剣や槍などの武器が所狭しと乱雑に並べられており、概ねどれもこれもが鉄製のようだった。

 央華では木製や石製、よくて青銅製の武器が一般的で、鉄製の武器などを持っているのはかなり進んだ文化圏の者か、相当に裕福な者くらい。

 あるいは腕の立つ武人か、さもなければ仙人かといったところだ。

 

 さらには、板金製の甲冑までもが飾られている。

 央華では仙人が作る仙宝を除けば防具の技術はまだ未発達で、概ねお飾りか気休めくらいの意味しかないのだ。

 

「うん? ……」

 

 店の奥でパイプをくわえていた店主が、入ってきた客に気が付いて顔を上げた。

 年のほどは五十かそこらの、がっちりとした体格の男だ。

 

 こんな店にはいささか不似合いに思える美女を見てきょとんとした顔になった店主はしかし、その連れの少女らがマントと五芒星の印を身に付けているのに気が付くと、顔をしかめてパイプを口から離した。

 

「これは、貴族の若奥さま方。失礼ですが、うちはまっとうな商売をしてまして。お上に目をつけられるような覚えは、これっぽっちもありやせんのですがね?」

「客よ」

 

 ドスの利いた声を出す店主に対して、ルイズは腕組みをして胸を張りながらそう答えた。

 

「はあ? 貴族の方々が、剣なぞをお求めに?」

「わらわが見たいと頼んだのじゃ」

 

 瑠螺が横合いから口を挟む。

 

「何があるものか、少々見て回らせてもらってもかまわぬかえ?」

「ははあ、左様でしたか……。いえ、どうぞご自由に。何かあったらお知らせ下せえ」

 

 店主はしばらくじろじろと瑠螺の姿を眺めたが、そう言って頭を下げると、またパイプをくわえ直して視線を落とした。

 

(……確かに、女にしちゃ体格は良さそうだが……。この姉ちゃんはいいところのお嬢さま方にお付きの、護衛兼召し使いか何かかね?)

 

 内心ではそんなことを考えていたが、ややあって一人で納得する。

 

(ああ。そういや最近は『土くれ』とかいう賊が出るってんで、貴族の間でも下僕に剣を持たすのが流行ってるらしいが……、それか)

 

 そんな店主の思惑などはつゆ知らず、瑠螺は店内の武器防具の類をゆっくりと眺めて回った。

 

「ふうむ……」

 

 確かに央華の一般的な武器と比べればつくりは格段に良いし、見慣れぬ武器も多い。

 が、どうやら用途のほどは、あまり大差がないようだ。

 剣や槍、棍棒などの、接近戦で用いる斬撃・刺突・打撃武器に、投槍や弓矢などの遠隔で用いる投擲・射撃武器。

 

 材質は鉄が主流のようだが、中には見栄えを重視しているのか、不要な飾りがついていたりあまり実用的とは言い難いような種類の金属を刀身に用いていたりするものもあった。

 五遁金行の仙術である『命金行探在 明(金行に命じて在りかを探る、明かせ)』を用いれば、どの武器にどんな種類の金属がどれだけ含まれているかは、たちどころに把握することができる。

 

 特に上質なものには固定化なる品質の劣化を防ぐ魔法や、切れ味を高めたりする魔法が施されているとかで、仙宝に近いような品もあるようだが……。

 正直なところ、瑠螺が現在所有しているいくつかの宝剣と比べれば、どれも玩具のようなものだろう。

 

(まあ、態々買うほどのものでは……。おや、これは)

 

 瑠螺はそこで、展示棚の一角に飾られたマスケット銃に目をとめた。

 近くには拳銃も数丁並べられており、隣の棚には角製の火薬筒らしきものが詰め込まれている。

 

 いずれも瑠螺にとっては、外見からは用途がまるでわからない、武器なのかどうかさえ定かでないような代物だった。

 とはいえ以前にシルフィードを救出に向かった際、賊が手に携えていたのを見て、その構え方などからしておそらく飛び道具の類だろうというくらいのことは推察していたが。

 実際には一体どのようにして使う、どんな武器なのかが気になった。

 

「のう。これは何という武器で、どう使うものなのじゃ?」

 

 近くにいたタバサに、そう尋ねてみる。

 

「銃。引き金を引くと火薬が爆発して金属の弾を撃ち出す、飛び道具」

「火薬に、弾? ……ううむ」

 

 簡潔な説明だったが、瑠螺は困ったような顔で首を傾げた。

 央華では飛び道具といえば短槍か何かを投擲するか、もしくは貧相な弓矢を使うくらいが関の山であるのだから、言葉が通じないのは無理もない。

 

 タバサはそんな彼女の様子を見て取ると、実際に使ってみせたほうが早いと考えて、店主の方に顔を向ける。

 

「ここで試し打ちをしても?」

「え? ……へえ。火薬と弾のお代をいただけるんでしたら」

 

 店主の許可を得て、タバサが用意してもらった的に手順を説明しながら込めた銃弾を撃ち込んでみせると、瑠螺はいたく驚いた様子だった。

 二人に頼み込んで自分も同じように一発撃たせてもらってから、まじまじと手の中の銃を見つめる。

 

「……むむ」

 

 なるほど、この世界の技術水準は央華のそれよりも遙かに進んでいるらしいが。

 その進んだ技術をもって、より強力な武器を開発し続けることを、人間は怠らなかったということか。

 

 これだけの武器があればごく平凡な兵士でも、駆け出しの道士や大した力のない妖怪くらいの相手ならば、やりようによっては十分に倒しうるはずだ。

 多勢でかかれば、より力のある仙人や強力な妖怪が相手でもなんとかなるかもしれない。

 それだけの力があれば、当然ながら戦争も央華のそれよりも遙かに大規模なものとなり、大勢の人間が命を落とすのだろう。

 

(それに、狩猟にも用いられるのであろうなあ……)

 

 狩人どもが皆こんなものを手にしていれば、さぞや乱獲がはかどるに違いない。

 そう考えると、あまりいい気分はしなかった。

 

 彼女が銃をじっと眺めているのを見て、店主は揉み手をした。

 

「どうです、お気に召しましたか。そいつはゲルマニア製の新型マスケット銃で、扱いやすくて威力も確かって品でさあ。普段から往来で抱えて歩くのはちと物騒かもしれやせんが、まあ賊は寄り付かなくなるでしょうな」

「別段、このようなものを抱えて歩く気などはないがのう……」

 

 瑠螺はしれっとした顔でそう言ったものの、これにしたいとタバサに伝えた。

 

 とはいえ別に、自分が武器として使おうというわけではない。

 これだけの武器が人の手で作り出されて店で売られていることには驚いたものの、威力としては自前の仙術の方がずっと上であるし、戦力としては魅力はなかった。

 ただ、新しい仙宝を作り出すにあたって、参考にできるかもしれないと思ったのである。

 

「これ。あと、弾を一袋と火薬筒を一本」

 

 タバサはそう言うと、懐から取り出した皮袋から、何やら指の先ほどの大きさで同じような形をした金の円盤をたくさんとりだして店主の前に並べ始めた。

 

 なんでもこの世界で用いられている貨幣の一種で、『新金貨』というらしい。

 見ればずいぶんとたくさん……、何十枚か、それとも何百枚かを渡しているようだが、この世界における物や貨幣の価値に疎い瑠螺には、それが一体どの程度の大金であるのかはよくわからなかった。

 

「へい、毎度」

 

 店主はきちんと枚数を確かめると、布で包んで粗雑な木製の梱包ケースに収めた品物をタバサに差し出した。

 彼女からそれを受け取った瑠螺が礼を言って、到底そんな大きなものが入りそうもない袖の中にしまい込んだのを見ると、店主は驚いて目を丸くした。

 とはいえもちろん、そんなことは彼女らの知ったことではないのだが。

 

 さて買い物も済んだからと、一行が店を出ようとしたあたりで。

 

「……何の騒ぎかと思ったら。娘っ子どもがぞろぞろとまた、場違いなところに来やがって」

 

 店の中から突然、まるで寝ているところを起こされでもしたかのような、不平そうな低い男の声が聞こえてきた。

 何事かと一行の視線がそちらに集中し、店主が頭を抱える。

 

「店の中で銃なんざぶっ放して、うるさくてたまったもんじゃねえや。女が大勢寄ると姦しい、ってのは本当だね?」

「やいデル公! 失礼なことを言うんじゃねえ、大事なお客様だぞ!」

 

 店主がそう怒鳴り声をあげた。

 

「けっ。おハジキをいじくるくらいしかできそうにねえ、剣もまともに振れねえような女子供のなにがお客さまだ!」

「剣くらいは振れるがのう……」

 

 瑠螺はそう言って首を傾げると、すたすたと声のする方に歩み寄って、一本の剣を取り上げた。

 

「声を出しておるのは、おぬしじゃな?」

 

 もちろん、仙人にとっては意思を持つ武器など、大して珍しいものではない。

 眉目飛刀や二竜剣といった魂の込められた仙宝は自ら飛び回って使用者の敵に斬りかかるし、長い年月を過ごすことで妖物と化した武器もある。

 

「おうよ、デルフリンガーさまだ。女子供が無遠慮につかむんじゃねえぜ」

 

 その様子を見たキュルケが、やや感心したように呟く。

 

「ふうん。小さな店だと思ったけど、インテリジェンスソードなんて珍品も置いてあるのねえ」

「へえ、若奥さま。いったいどこの魔術師が剣をしゃべらせようなんて考えだしたんだか知りやせんが、ちと縁がありまして。商売の邪魔になるばかりで、とんだ貧乏くじなんですがね」

 

 そんなやり取りを小耳に挟みながら、瑠螺はその剣に自己紹介を返した。

 

「なるほど、おぬしはマジックアイテムとやらの一種なのじゃな。わらわは、瑠螺と申すものじゃ」

 

 それから、つかむなと言われたためかどうかはさておいて、その剣を床に横たえるとじっくりと検分してみる。

 

 長さは、五尺ほどもあろうか。

 薄い片刃の長剣だ。

 見たところ、表面には錆が浮いているようで、お世辞にも見栄えがいいとは言えない。

 

(しかし、作りはしっかりしておるようじゃな)

 

 金属を自在に扱う五遁金行術の達人であり、これまでにいくつもの宝剣を作り上げてきた瑠螺には、武器の出来の良し悪しくらいはある程度時間をかけて見れば概ね判断が付く。

 この武器は上面こそ錆びてはいるが、地は結構な業物だ。

 己の意思をもつ剣であることを考えれば、あるいは本当に錆びているのではなく、何らかの目的でそう装っているという可能性もあるかもしれない。

 

 いささか興味深いし、ここで会ったのも何かの縁であろうから、できることならこの剣も購入しておきたいところではあるのだが……。

 

「……まあ、おぬしがわらわを気に入らぬというのでは、仕方がないのう」

 

 自らの意思をもつ存在である以上、本人が嫌なのであればそれを無視して買い取るというわけにもいくまい。

 瑠螺は軽く肩をすくめると、デルフリンガーをつかんで元の場所に戻そうとした。

 

「まった」

 

 ところが、瑠螺に検分されている間じっと黙っていたデルフリンガーが、それを制止する。

 

「うん?」

 

 瑠螺がぴたりと手を止めると、剣は低い小さな声で呟いた。

 

「……おでれーた、見損なってたぜ。姉ちゃん、あんた只者じゃねえな。しかも、『使い手』か」

「『使い手』? 何のことじゃ?」

 

 首を傾げながら、もしやこれと関係があるのだろうかと、淡い光を放っている左手の甲のルーン文字を見つめる。

 しかし、剣から返ってきた答えは。

 

「知らん、忘れた」

「……なんじゃ、それは」

 

 瑠螺は思わずがっくりと態勢を崩しそうになって、あきれたような声を出した。

 

「まあいいじゃねえか、そのうち思い出したら教えるからよ。俺を買え」

「ふうむ……」

 

 こちらとしても欲しいと思っていたところなので、渡りに船の申し出ではあるのだが、さて。

 いざ買うとなると、どうしたものか。

 

「……ツケがきくなら、それも買ってもいい」

 

 考え込んでいる瑠螺の様子を見て取ったタバサが、そう助け舟を出した。

 武器はかなり値が張るものだから今残っている手持ちではおそらく足りないだろうが、瑠螺にはこの間からずいぶんと世話になっていることだし、彼女が欲しがっているのならばそのくらいの金額は融通するべきだろう。

 

 しかし、店主は渋い顔をした。

 

「ツケですかい」

 

 相手は貴族だし、既に銃一揃いを購入してもらっているしで断りにくいのだが、即金で支払ってくれないというのはありがたい話ではなかった。

 

 客に後で払うよを許すと支払いがズルズルと伸びていって、そのうちうやむやになって永久に払ってもらえないなどと言うことになってしまうのではないかと不安なのだ。

 特に、力も立場もこちらより上な貴族が相手となると、そんな事例は珍しくもないだろうし。

 

「いえ、ツケなんてみっともないことをしてもらってまで、そこまでお世話にはなれないわ。使い魔に必要なものは、主人が用意するのが当然よ」

 

 ルイズが、横合いからそう口を挟んだ。

 

 彼女としてはなにもそんな口の悪いボロ剣を買わなくてもとは思っているのだが、使い魔が欲しがっているのなら、主人として買い与えてやるのはやぶさかでない。

 タバサに対する、ちょっとした対抗意識のようなものもあった。

 

「おいくら?」

「はあ、そうですな……」

 

 店主は、さてどうしたものかと思案を巡らせた。

 せっかくの貴族の客だから吹っかけたいのは山々だが、あまり欲をかきすぎて破談になっても困る。

 

 やかましい上に錆びているあの剣を買いたいなんて客が、二度と再び現れるかどうか。

 しゃべるだけで何の役にも立たず、商売の邪魔になるばかりの面倒な不良在庫を厄介払いできるいいチャンスなのだ。

 この際、高値でなくても構うものか。

 

「……あれでしたら、お連れのお嬢さまには良い取引をさせていただいたことですし、大まけにおまけしやして。新金貨で百二十のところを、百で結構でさ」

「新金貨で百枚?」

 

 ルイズは、怪訝そうに顔をしかめた。

 新金貨で百枚と言ったら、領地をもたない下級の貴族が国から受け取れる一月あたりの給付金を優に超えるほどの金額ではないか。

 

「そんな錆びた剣一本で百って、高すぎるんじゃないの?」

「お言葉ですが、若奥さま。名のある剣は、城にも匹敵するほどの高値が付くものですぜ。そうでなくともこのくらいの長さの大剣でしたら、平凡な品でも二百はいたしやす。錆びておるとはいえ、仮にも魔剣ですからな。その半分なら大特価というもので」

「そ、そう? ……なら、仕方ないわね」

 

 剣がそんなに高いものとは知らなかったルイズは、少し顔を赤くしながら瑠螺に、出がけに預けておいた財布を出すように言った。

 

「ご主人……、無理に払わずともよいのじゃぞ?」

「おっほっほ。ルイズ、お金に困ってるのなら貸してあげましょうか?」

「馬鹿にしないでちょうだい! わたしは貴族よ、そのくらいのお金を払えないわけがないでしょ!」

 

 ルイズは気遣いの視線と小馬鹿にしたような視線とを向けられて、憤然とそう答えた。

 

 それから、瑠螺が袖から取り出した財布を店主に手渡して、そこから百枚数えて取るようにと伝える。

 自分で数えるような雑用はしようとせず、枚数をごまかされるのではないかなどという心配もせずに、取引相手に処理を委ねてしまうあたりは、いかにも育ちのいい貴族の令嬢らしい。

 

「へい、確かに」

 

 店主はやや雑に……より多く数え間違うことはあっても少なく数え間違うことはない程度の気を付け方で金貨を数えて袋から取り出すと、残りを瑠螺に返した。

 瑠螺はそれを受け取った際に、袋の重みと膨らみとが、先ほどよりもだいぶ減っていることに気が付く。

 

(悪いことをしたかのう)

 

 そう考えて、少しばつの悪い思いをした。

 

「毎度。どうしても煩わしいって時にゃあ、こうやって鞘に入れればおとなしくなりますんで」

 

 そんな彼女の思惑などつゆ知らず、店主は剣を鞘に納めると、そう言って瑠螺に差し出した。

 

 

「すまぬ、ご主人。どうやら、ずいぶんと予定外の金を使わせてしまったようじゃな」

 

 店から出て通りをゆっくりと引き返しながら、瑠螺は申し訳なさそうにそう言った。

 

「気にしなくていいのよ。あのくらい、どうってほどの額じゃないわ。さっきもそう言ったでしょう」

 

 胸を張ってそう強がりは言ったものの、実際のところこの予想外の出費は、彼女の財布には割と痛手である。

 ルイズの実家は名門で裕福だが、両親は厳しいので、まだ学生である娘に必要以上の金銭は持たせていないのであった。

 次の仕送りがあるまでしばらくの間は、少々節制(あくまでも貴族としては、だが)しなくてはなるまい。

 

「そうであっても、負担をかけた分の埋め合わせくらいはしなくてはのう……。どれ、主人の必要とするものを見つけてくるのも、使い魔の役目であったな?」

 

 仙術でみだりに金儲けをするのはあまり好ましいことではないが、まあ、彼女にかけた負担の埋め合わせをしてやるくらいのことは構うまい。

 瑠螺はそう判断すると、少しの間だけここで待っていてほしいといい残して、どこへともなく姿を消した。

 

「ねえ、リュウラはどこでなにをするつもりなのかしら?」

「そんなこと、わたしに聞いたってわからないわよ」

「……」

 

 三人は困惑しながらも、言われた通りそこで待っていた。

 そうするうちに、瑠螺が戻ってくる。

 

「待たせたのう」

 

 にこやかにそう言う彼女の姿を見て、三人は唖然として目を丸くした。

 その手には、燃え盛る炎のように眩く輝く首飾りをはじめとする金銀財宝がぎっしりと収められた、黄金の小箱が抱えられていたのである。

 

 

 

 当然のように、三人は彼女を質問責めにした。

 

 

 

「も、もしかして。その首飾りはあらゆる災いから身を守るという、伝説の『ブリーシンガメル』とかじゃないかしら!?」

「そのようなこと、わらわは知らぬ」

 

 

 

「いい、一体どこからそんなのを持ってきたのよ!? ……まさかとは思うけど、盗んだとかじゃ」

「そんなことを、わらわがするかやっ。人聞きの悪いことを言うでない!」

 

 

 

「……ワルキューレに運んできてもらった、とか?」

「いいや。この箱はここから少し離れた場所で、地下数丈ばかりのところに埋まっておったのじゃ。先ほどの武器屋で剣などを見ておったときに、ついでに地下に黄金があるのに気が付いてのう」

 

 武器屋で目の前の剣の材質を調べるために使った『命金行探在 明』の術だったが、この術は調べたい対象だけにとどまらず、周囲十数里にも及ぶ範囲にあるすべての金属の所在や種類を明らかにするのだ。

 別に探す気ではなかったのだが、さほど離れていない場所で地下に貴金属が埋まっていることにも、そのとき一緒に気が付いた。

 

 そのときは特に何とも思わず、単に浜辺でたまたまきれいな小石を見つけたくらいの感覚だったのだが、その後でルイズにかけた負担の埋め合わせに使えると思い至ったのである。

 そこで、見つけたものが埋まっている場所の近くまで行き、どんな形状のものかまではわからなかったがとりあえず『命金行呼鉱 来(金行に命じて鉱を呼ぶ、来よ)』の術を使って取り出してみたら、人工的に作られた財宝だったというわけだ。

 

「故意に埋めたものか事故で埋まったものかまでは知らぬが、いずれにせよ古い時代の人間に忘れ去られたものであろう。既に持ち主がおらぬそれを再び世に出して活用するのは、別に悪いことではあるまい?」

 

 

 

 瑠螺がそんな風に説明をしていたら、何かに服の裾を引っ張られた。

 

「きゅう……」

 

 見ると、シルフィードが化けた子狐が、恨めしげな顔をしながら彼女の服の端っこを咥えている。

 そんなどうでもいい話はいい加減にして、待ちくたびれたからそろそろご飯を食べさせろ、と催促しているのだった。

 

「おお、すまぬ。すっかり待たせてしまったのう、ぎこや。店についたら、いくらでも食べてよいぞ」

 

 おそらく金は足りるだろうと言ってころころと笑うと、財宝をひとまず袖にしまい込み。

 ゴルァァァ、と唸るシルフィードを抱き上げ、まだ驚きから冷めやらぬ皆を促しながら、瑠螺はすたすたと表通りの方に戻っていった……。

 





命金行探在 明(金行に命じて在りかを探る、明かせ):
 術者の周囲(仙術行使値×1里(300m)以内)に存在する金属の存在を感じ取れるようになる、五遁金行の仙術。
金属のある方角、距離、種類、量を知ることができる。
金行の達人である瑠螺が使用すれば、周囲5km以上の範囲(地中や空中も含む)に存在するあらゆる金属の所在、種類、量について、一瞬ですべて把握することが可能となる。

命金行呼鉱 来(金行に命じて鉱を呼ぶ、来よ):
 土中から術者の望む金属を引き寄せることができる、五遁金行の仙術。
引き寄せられた金属塊は、地面から浮き出るようにして術者のまわりに現れる。
成功難易度は対象とする金属の大きさによって異なるが、瑠螺ほどの術者ともなれば、小さな村や町ほどもある巨大な金属塊を引き寄せることさえ十分に可能である。

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