デルフリンガーを購入した後、瑠螺は食事を済ませてから、最初は見つけた財宝をそっくりそのままルイズに渡そうかとした。
しかし彼女は、いくら自分の使い魔が見つけたものでもとてもそんなものは受け取れない、と言って固辞したのである。
別に、拾い物だからというわけではない。
地下十メイルかそこらの深いところに埋まっていた宝なんて、瑠螺も言うように現実的に考えて現在の持ち主がいるはずもないし、トリステインにはたとえ持ち主がいない拾得物であっても必ず届け出なくてはならないというような法はない。
たとえば、もしも遠い昔に放棄されているのが明らかな廃屋や遺跡を探索して財宝を見つけ出したなら、それは自分の物にして構わないのである。
実際、そういった宝の在り処を示していると称する怪しげな地図を販売することで生計を立てている、商人とも山師ともつかない輩もしばしば見かけられるほどだ。
そうではなく、額があまりにも大きすぎるのが問題であった。
瑠螺はルイズが支払ってくれた代金の埋め合わせのためにと思ってそれを見つけてきたわけだが、素人目に見てもその財宝の値打ちは新金貨百枚なんてものじゃない。
その数十倍か、あるいは数百倍か、それ以上か。
主のためにさまざまな物を見つけてくるのが使い魔の役目とはいえ、当然のように受け取るにはあまりにも高額に過ぎた。
とはいえ、これが財宝なんて持っていても使い道のない巨大モグラかなにかが見つけてきたものだったなら、ルイズも降ってわいた幸運を素直に受け容れたかもしれない。
しかし、瑠螺は人間と同じように店で金を使えるのだ。
いくら本人が必要ないといっても、じゃあ自分が全部もらうわなんて言うのはあまりにも図々しすぎるように思えて、ルイズのプライドが許さなかったのである。
仕方ないので元の場所に埋めてこようかと瑠螺が提案するも、そんな勿体ない、とキュルケをはじめ皆に止められてしまい。
やむなくしばらく話し合った後に、ルイズの支払ってくれた金額の補填といくらかのお裾分けを皆にした後に、残りはひとまず瑠螺の袖の奥深くに収めておくということになった。
(……軽率だったかのう?)
瑠螺は、軽く後悔していた。
あまりルイズに負担をかけたくないという気持ちからよかれと思って探してきた品だったが、そこまで高価な物だとは思わなかったのである。
仙人は金など必要ならどうとでもなるので世俗での物の価値については疎いし、まして異世界となれば致し方ないことではあろうが、これでは自分たちの気遣いはなんだったのかと、せっかく贈り物をしてくれようとしたタバサやルイズの心をかえって傷つける結果になったのではあるまいか。
やはり、不用意に仙術で金儲けなどをしようとするべきではなかっただろうか。
しかし、やってしまったものは今更どうしようもない。
休日の残りを楽しく過ごして、お互いに気分転換をするしかあるまい。
そうでなくても、少なくともキュルケは、大いに興奮して喜んでくれているようだし。
よってその後は、今度はルイズらの買い物に付き合うということで、いろいろと洋服や何かの店を見て回ったり。
タバサに付き合って、書店めぐりをしたりして過ごした。
たびたび擬狐(シルフィード)がせがむので、あちこちの露店で食べ歩きをさせてやったりもした。
「あっ、貴族さま!」
そんな店のひとつで、偶然にもこの間賊どもから助け出した少女たちに出会った。
そうなると、彼女らにその後の様子を尋ねたり、食事をおごったり、本人たちやその身内から大いに感謝されてぜひうちにと誘われたり、あれやこれやとお土産をもらったり……。
そんなわけで、忙しくも楽しくて充実した一日を過ごした彼女らがようやく学院への帰路についたのは、もうすっかり暗くなり出してからのことだったのである。
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ハルケギニアの空に輝く大きな二つの月の光が、トリステイン魔法学院の本塔を照らしている。
そこに、壁に垂直に立つ二つの奇妙な人影があった。
その一方は、頭からすっぽりと黒いローブをかぶっているために判別がつきにくいが、緑色の髪を長く伸ばして眼鏡をかけた妙齢の女性、学院長秘書のミス・ロングビルである。
さらに言うならば、彼女の正体は現在トリステイン中の貴族を恐怖に陥れている盗賊、『土くれ』のフーケであった。
利き手には、細い短杖を握っている。
魔法学院本塔の五階には、さまざまな秘宝が収められた宝物庫がある。
フーケはそこにあるというさる名高いお宝を狙って学院長に近づき、秘書として雇われることでこの学院に潜り込んで、今日まで機会を窺っていたのだ。
ある時には材質を変化させる『錬金』の魔法を用いて扉や壁を土くれに変え、またある時には巨大な土ゴーレムを用いて力任せに打ち砕くといったやり方で、彼女はこれまでのところ、狙った財宝はどんなものでも見事に奪い取ってきた。
だが、今回ばかりは一筋縄ではいきそうにない。
「さすがは魔法学院本塔の壁ね……。相当な腕前のメイジが『固定化』をかけてて『錬金』は効きやしないし、えらく分厚いから私のゴーレムに殴らせても、短時間のうちに打ち壊すのはまず無理だろうね」
優秀な土メイジらしく壁面にぴたりとくっついて素足の裏に伝わる感覚で壁の厚さを正しく測りながら、フーケはそう呟いた。
それから、もう一方の人影に視線を向ける。
「……で。あんたならこの壁を、なんとかできるのかい?」
こちらもローブで全身を覆ってはいるが、どうやら小柄で目の大きい金髪碧眼の女性で、髪型は少し長めのショートヘア。
手には何も持っておらず、頭には大きな白いリボンを結んでいる。
年のころは、十四、五歳ほどだろうか。
外見からは幼げで活発な印象を受けるが、大事を前に緊張でもしているのか、その表情はやや固かった。
「まだわかんないよ、そんなこと」
少女は、肩をすくめてそう答えた。
それから、何か決意を秘めたような目で、じっと足元の石壁を見つめる。
「でも、やってみる。……やってみせる。だから……」
「わかってるさ。うまくいったらその時は、あんたが欲しがってるものは何でも好きに持っていったらいいんだよ」
そう言われて、少女は小さく首を振る。
「わたしが欲しいものはひとつだけだよ、マチルダ」
本名で呼ばれたフーケは、目を細めてにやっと笑い返す。
「私だってそうさ、
「そうだったね。……それじゃ、始めるよ?」
少女はそう言ってひとつ深呼吸をすると、体を折り曲げるようにして、両掌を壁面に押し当てた。
「ぅん、……っ!」
少女が目を閉じてぐっと体に力を込めると、なんと。
その掌から壁面に、彼女の肌と同じ色合いの木の根のようなものが張り出していくではないか。
いや、よく見れば、掌だけではない。
彼女の足からも同じような根が僅かに飛び出して、壁面に食いついていた。
先ほどからメイジでもないこの少女が壁に垂直に立っていられるのは、どうやらその根のはたらきによるものであるらしい。
察するに、この少女は木行の存在なのである。
央華の理によれば『木克土』、すなわち木は土を吸い尽くす。
土系統の『固定化』の魔法は化学変化や腐敗をほぼ完璧に防ぐのだが、それによって守られた石壁にも植物の根は僅かずつ、だが確実に食い込んでいった。
少女はしばらくぐっと目を閉じて、歯を食いしばって頑張っていたが、やがて荒い息を吐きながらその場にへたり込んだ。
全身には、じっとりと汗がにじんでいる。
「……ごめん。これ以上は、無理……」
「いや、十分さ」
フーケは少女の背を労わるように撫でながら、唇の端を吊り上げた。
彼女の張った根は僅かながらも確かに壁面に食い込み、小さなひび割れのような傷跡を、確かにそこに残してくれていたのである。
「これだけの綻びがあれば、問題なく砕けるよ」
フーケはそう言うと、少女の体を抱えてとんと壁を蹴り、地面に向かって落下した。
地面にぶつかる前に『レビテーション』の呪文を唱えて勢いを殺し、羽毛のようにふわりと着地すると、彼女を中庭の植え込みのあたりに下ろしてやる。
「さ。あとは私に任せて、少し休んでおきな」
それから杖を持ち上げて長い詠唱を始め、完成すると地面に向けて杖を振った。
杖の向けられたあたりの土が、音を立てて盛り上がっていく。
それを見た少女は、疲れ切った顔にかすかに安堵したような笑みを浮かべると、ぽつりと呟いた。
「……もうすぐ。もうすぐ会える……」
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ちょうどそのとき、瑠螺らは学院のすぐ近くまで戻ってきていた。
身の丈三十メイルもあろうかという土ゴーレムが学院の敷地内に突然姿を現したのを見て、ルイズは目を丸くする。
「な、なによ、あのゴーレムは?」
「休日のうちに何かの土木作業……な、わけがないわよね。こんな夜中に……」
一行がなんだなんだと思っているうちに、ゴーレムはぐうんと腕を持ち上げ、ひびの入った壁に向かって振り下ろした。
ゴーレムの肩に飛び乗ったフーケが命中の直前に杖を振って、その拳を鉄に変える。
ばかん! という鈍い大きな音とともに、壁が崩れた。
「……もしかしたら、噂の『土くれ』かもしれない」
タバサがぽつりと呟くと、キュルケははっとした顔になった。
「そうだわ。あのあたりは確か宝物庫……」
「大変じゃないの! どうにかしないと!」
ルイズがそう叫んであわてふためくが、キュルケとタバサは顔を見合わせた。
「なんとかっていっても、ちょっと敵が大きすぎるわね」
「危険」
現行犯で捕まえたいのは山々だが、あのゴーレムを見る限りではリスクが大きいだろう。
たまたま居合わせたからといって、学生がそのような身の危険を冒してまで賊を捕縛しなくてはならないという義務はない。
ましてやキュルケとタバサはこの国の貴族というわけでもなく留学生なのだから、なおさらのことである。
「当直の教師がいるはず。報告を」
「そうね。この騒ぎですもの、もう気が付いているかもしれないけど」
とはいえ……。
「……」
タバサは、ちらりと瑠螺のほうに視線を走らせる。
街巡りを終えて元の服装に戻った彼女は、案の定、既に飛葉扇を広げていた。
「つまり、あれは賊で間違いないということなのじゃな?」
そう確認をしながら、シルフィードの背からひらりと扇に飛び移る。
「え、ちょっと。何をするつもり?」
ルイズは、言わずもがなの質問をした。
「ひとまず、わらわが何とかしてみよう。その間に、おぬしたちは師父らにこの事態を知らせてくるがよい」
「な、何とかするって……。あんなのを、本当に?」
懐疑的な表情でなおも何か言おうとするルイズの袖を、タバサが引っ張った。
「何よ?」
「この人に任せておけば大丈夫。たぶん」
「そうね。別に無理しようって感じじゃないし、何か勝算があるんでしょう?」
瑠螺は、こくりと頷いた。
「あのゴーレムとやらは確か生物ではなく、ただの操り人形なのであろう? ならば、割にやりやすいかと思うでな」
最近身につけた知識を元に、気負った様子もなくそう言う瑠螺を見て、ルイズもしぶしぶ引き下がった。
「……でも。それなら、わたしも連れて行きなさい。使い魔だけを戦わせるなんて、メイジのすることじゃないわ!」
それで話がまとまって、タバサとキュルケは一旦二人と別れ、シルフィードに乗って衛兵と当直がいるはずの詰所に向かった。
どちらも、横目ではじっと瑠螺の方を窺っていたが。
フーケは巨大な土ゴーレムの肩の上に乗って、薄い笑みを浮かべていた。
上空を舞うウィンドドラゴンの姿は彼女にも見えていたが、ほとんど気にもかけなかった。
魔法衛士どもの一団でさえ蹴散らしたことのある自分のゴーレムを、腕はそこそこ立つだろうが戦闘が本分ではない教師どもやまだ幼生のドラゴンや、まして未熟な学生メイジなどが、あのような少人数でどうともできるものではない。
ただ一つ懸念すべき事項があるとすれば正体を知られることだが、こうした場合に備えてちゃんと頭からローブを着込んでいるから、遠目に姿を見たくらいで自分が何者か知られる恐れなどあるまい。
(これでやっと、お宝の姿が拝めるってわけだ)
あのジジイのセクハラを我慢しながら、ここで働いた甲斐があったというものだ。
達成感を噛み締めながら、フーケはゴーレムに命じて、植え込みのあたりからリンという名の少女を自分の隣まで運ばせてやった。
「本当に、あんたに出会えたのは幸運だったね」
「いいから、早く中に入ろう!」
一刻も早く目的を達したくて落ち着かない様子の少女は、成功の余韻に浸るでもなく、ゴーレムの腕伝いにせわしなく宝物庫の中へ駆け込んでいった。
フーケは、肩をすくめて苦笑しながらもその後に続く。
さて、中には様々な宝物があった。
しかし、フーケの狙いはただ一つ、『破壊の札』と呼ばれる品だけである。
ここに勤める教師から聞き出した話によると、なんでもサンクやホイストなどのテーブルゲームに使うカードよりも少し大きい程度のサイズの、奇妙な文字か紋様のようなものがびっしりと書き込まれた札だということだったが……。
(こう物が多いんじゃあ、そんな小さなものはどこにあるやら……)
きょろきょろと周囲を見回すフーケとは対照的に、少女は自分の探している物の場所がはっきりとわかっているかのように、急ぎ足で宝物庫の奥の方へ進んでいく。
じきに、一つの展示ケースの前で足を止めた。
「ここ! この中に閉じ込められてる!」
助けを求めるようにフーケの方を見てそう言いながら、少女は自分でも展示ケースをこじ開けようとした。
しかし、彼女の細腕ではなかなか思うようにいかない。
先ほど堅固な石壁を侵食した植物の根も、ガラス製のケースには通じないようだ。
「どれどれ、……!」
仕方ないので自分の捜し物を後回しにして手伝ってやろうかとそちらに向かったフーケは、ケースを見て驚いた。
なんと、その中には自分が探していた当の『破壊の札』が収められているではないか。
ケースの外に付けられた鉄製のプレートに、名称と『持ち出し禁止』の注意書きが書かれているので、間違いはなかった。
「……どういうことだい。あんたが探してるのは、この札じゃないんだろ?」
いささか困惑して、そう尋ねる。
少女の様子からすると、自分のために探してくれたというわけでもなさそうだし。
「違うよ、その下! 服の中!」
「え? ……ああ」
言われてみると、確かにケースの中に飾られた何枚かの札の下に、畳まれた服のようなものが置いてあるようだ。
展示品を傷めないために敷かれた布か何かだと思って、よく見もしなかったのだが。
「その中にいるの! ねえ!」
「わ、わかったよ。すぐに取り出してあげるから、そう急かさないで……」
切羽詰まったような顔で必死にしがみついてくる少女に腕を揺さぶられ、いささか困惑したような面持ちをしながらフーケは杖を振った。
ガラスのケースは、一瞬であっけなく砂に変わる。
少女はすぐさま畳まれた服に飛びつくと、すごい勢いで広げて懐や袖の中をまさぐり始めた。
床に散らばった『破壊の札』を、フーケがあわてて拾い集める。
「……いた!」
ついに、袖のかなり奥の方まで突っ込まれた少女の腕が、探し求めるものをつかみ出した。
それはさほど大きくない少年の姿をした木彫りの人形だったが、それにしても敷かれていたときにはぺちゃんこに見えた服の一体どこにしまわれていたのかと、フーケは疑問をもった。
(平民が着るような質素な服だけど、ちょっと見慣れないデザインだし……。こいつも、何かのマジックアイテムかね?)
しかし、少女の方はそんなことを不思議がるでもなく。
感極まったように目を潤ませ、表情をふにゃっと崩して床にへたり込んで、その人形を二度と離すまいと強く強く抱きしめていた。
「よかったぁ。また会えたよぉ、
フーケはその様子を、なんとも言いがたい、微笑ましげなような困っているような目で見守っていた。
しかし、いつまでもそうしているわけにも行かない。
「……あー、悪いんだけどさ。続きは、ここを出てからにしなよ」
そう言って少女を促すと、壁の穴から外に戻ろうとする。
が、ゴーレムの腕に戻ろうとしたあたりで、上空から何か奇妙な板か敷物のような物体に乗った人影が近づいてきているのに気がついた。
「ふん、ここのメイジかい?」
学生であれ教師であれ、たった一人や二人の素人なぞ取るに足らない。
ゴーレムを狙おうが自分たちを狙おうが、適当にいなして夜闇にまぎれながら逃げることは容易かろうし、あまり面倒そうなら始末してもよいのだ。
実際、近づいてきたうちの一人が杖を何度か振り、その度にゴーレムの表面で小規模な爆発が起こったが、土が少々飛び散るだけでろくにダメージも与えられない。
火球や何かを飛ばすのではなく直接物を爆発させる魔法など見たことがないので不思議ではあったが、いずれにせよ効果がないのなら恐れることはなかった。
しかし、ようやく見つけた人形を大切そうに抱えながら宝物庫の外に顔を出した少女は、空に浮かぶその奇妙な乗騎を見上げるとはっと目を見開いた。
「……え。あ、あれってまさか、仙人?」
どうして、仙人がこんなところに。
もしかしたら、自分たちのしたことを咎めに来たのだろうか。
そんな疑念を抱いた少女がフーケに呼びかけようとするより先に、上空の飛葉扇から杖を振っていたのとは別の人影がゴーレムに向かって飛び降りた。
「ち、ちょっと、何をするのよ!?」
いきなり巨大ゴーレムに向かって飛び降りた瑠螺を見て、ルイズが半ば悲鳴のような声を上げる。
彼女の自信ありげな様子を見て、ルイズは当然、自分の使い魔はセンジュツだかを使ってゴーレムを攻撃するつもりなのだと思った。
ところが、ゴーレムの真上で乗騎を止めるや否や袖から剣を引き抜いて、そしてこの行動である。
どう見てもその手に持った剣でゴーレムに斬りつけるつもりなのだとしか思えないが、そんなものが身の丈三十メイルはあろうかというゴーレムに効くはずがないではないか。
手にしているのはつい先ほど購入したデルフリンガーではない……刀身がほのかに輝いているところからすれば魔剣の類なのだろうが、どうあれ、多少魔力が籠っていようが達人級の腕前があろうが、とても剣などでどうにかなるような大きさの相手ではない。
もはや無謀の域を通り越して狂気の沙汰であり、決死の特攻なんてものですらない単なる飛び降り自殺に等しかった。
離れた場所でその様子を見ていたキュルケやタバサも、そして敵方のフーケでさえも、あまりにも予想外なその行動に目を瞠る。
ただ一人、フーケの連れである少女だけが違う反応を示した。
「マチルダ、危ない! 離れて!」
その叫びとほぼ同時に、上空の瑠螺が刀身に左手の指を滑らせながら、小さく口訣を呟いた。
応じて、仙鋼に宿っているほのかな輝きがさらに眩く、力強いものに変わる。
瑠螺はそれを確認すると、素早く剣を両手持ちに持ち替えた。
「砕けい、土くれっ!」
びょうっと空を裂いて、刃が振り下ろされる。
迎撃しようとさえしないゴーレムの頭頂に刃が食い込み、顔面、首、そして胴体と斬り進む。
にもかかわらず、まるで手応えのない豆腐でも切っているかのように、瑠螺の降下する勢いは少しも衰えなかった。
五遁金行の技を駆使することで金属に秘められた力を最大限に引き出した斬岩剣の刃は、その真価を発揮したとき、山をも断つのだ。
「はっ!」
股下まで完全に斬り抜けたところで、瑠螺は足の裏から火を噴いてゴーレムからやや離れながら落下する勢いを殺し、くるんと一回転して着地した。
そして、剣を袖に収める。
直後に、背後でゴーレムの体が縦に真っ二つに割れ、周囲にまるで滝のような土の雨を降らせながら音を立てて崩れ落ちていった……。
斬岩剣(ざんがんけん):
いかに固いものでも易々と斬り裂き、その真価を発揮すれば山をも断ち割るという五遁金行の仙宝の一種で、瑠螺公主が道士時代から愛用している武器。
道士がこの仙宝を師匠から授けてもらうためには、9年間の洞奉仕が必要である。
見た目はよく磨かれた鉄剣であるが、刀身にはほのかな光が宿っていて通常の鉄剣よりも攻撃/受けに与えられるボーナスが大きく、しかも固い身体などによってダメージを軽減する効果を無視できる。
それに加えて、振るう際に口訣を唱えれば、どんなに巨大な岩や壁であってもそれが生物でさえなければ一撃の下に斬り裂いてしまうことができる。
ただしこの最後の能力を使うと、斬岩剣は9日の間その力を失って、ただの鉄剣になってしまう。