央華封神・異界伝~はるけぎにあ~   作:ローレンシウ

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第二十五話 仙不対神

 

「ああ、そういえば……」

 

 シルフィードの背にまたがってガリアへ向かうタバサに同行した瑠螺は、その途上で思い出したように尋ねた。

 

「先ほどおぬしが話そうとしていたことは、何だったのかのう?」

 

 ちなみにタバサは、瑠螺がルイズに出かける旨を伝えに行った間の時間を利用して、既に普段の制服姿に着替えている。

 瑠螺の方は『変幻衣』の外観を変化させていただけなので、それを元に戻すだけで着替えは完了だ。

 

「……」

 

 酒の勢いが抜けた(これから仕事なのに酔っていたりしてはまずいので、瑠螺が『禁酒則不能酔(酒を禁ずれば、すなわち酔うことあたわず)』の術をかけた)タバサは、少し躊躇したが。

 

 もうここまで来てしまった以上は、今さら何でもない、忘れてくれというわけにもいかないだろうし。

 ガリアへ向かう今は、この話をする上では都合のいいタイミングだともいえる。

 

「あなたに、聞きたいことがあった。……いくつか」

 

 タバサはそう言って瑠螺の方へ向き直ると、姿勢を正してかしこまった。

 

「何じゃ、改まって」

「まず一つ。あなたは――」

 

 瑠螺の顔を、じっと見つめる。

 

 聞いてどうなる、というものでもあるまいが。

 それでも、どうしても気になった。

 

「――神さま?」

 

 そんな唐突な、普通に考えれば突拍子もないように思える質問に面食らうでもなく。

 瑠螺は真顔のままで、首を横に振った。

 

「いいや。前にも言うたとおり、わらわは仙人であって神ではない。人間からすればどちらも似たようなものと思えるのかもしれぬが、しかし、仙と神とは違う」

「でも……」

 

 それならどうして、魂だの戦乙女だのの姿を見せたり、死者を生き返らせたり。

 巨大なゴーレムを剣で斬り倒したりなどといった、およそ人の身で成せるとは思えない御業を成すことができるのか。

 タバサがそんな疑問を口にする前に、瑠螺が言葉を続けた。

 

「わらわは今のところ、天帝どのから官位を授かったりはしておらぬ。それなのに神と名乗ったりすれば、詐称にあたるであろうし」

 

 それを聞いて、タバサは小さく首をかしげる。

 

「天帝……?」

「わらわの住む央華の世界で、天界を治めておられる方じゃ。正しくは、玉皇上帝というて……まあ、天神の長じゃな」

 

 何でもないことのようにさらっとそう言った瑠螺の顔を、タバサはいっそうまじまじと見つめた。

 

「……あなたは、その天界に行ったことが……?」

「うむ、あるぞ」

 

 瑠螺は、あっさりと肯定する。

 天界や冥界に行ったことがある程度は、仙人にとっては珍しくもなんともないのだ。

 

「天帝どのから、何度か短期間の仕事を任されたこともあるが……。わらわは正式な身分を与えられねばならぬような長期の仕事を請けたことは未だないゆえ、神とは名乗れまいよ」

 

 央華の世界では、天界で働く数多くの武官・文官のみならず、地上の各地に封じられた祖霊などの土地神の類も、さまざまな気象を引き起こす雨伯や風伯といった下級の天候神たちも、本来はすべて、天界から職務を与えられた役人なのである。

 そして仙人もまた、時折天界から頼み込まれて長期的な職務に従事することを承諾し、それと引き換えに天の官位を授けられることがある。

 

「わらわの師母などは、もうずいぶん長いこと天帝どのから頼まれたお役目を請け負っておられるから、女神をあらわす称号で呼ばれておるがな」

 

 瑠螺の師である紫目娘々は、天帝から雲龍の卵を守り育てるという職務を引き受けている。

 だからこそ、天界の役人として娘々(女神)の称号を与えられているのだ。

 妹弟子の里羚も、少し前からちょっとした天界のお役目を引き受けていて、里羚娘々と呼ばれるようになった。

 

 しかし、瑠螺自身はいまのところ、そういった天界の特定の役職に就いてはいないので……まあ、神のふりをして貢物を騙し取っていた、太上準天美麗貴公主時代のことはさておいて……神と名乗ったことはない。

 力不足とかではなくて、単に興味と機会がなかったからである。

 

「それなら、あなたは神でないにしても、そうなってもおかしくないような人ということ」

 

 なんだか眩しいものでも見るような、憧れるような目を向けてくるタバサに、瑠螺はちょっと苦笑して肩をすくめた。

 

「まあ、それはその通りじゃが……」

 

 確かに間違ってはいないので否定はしないし、人間からそんな目で見られることには慣れてもいるのだが。

 彼女のようなメイジとて超常の力を持つ存在であろうに、反応がちょっと大げさ過ぎるように思えた。

 そういえば、こちらでは央華と違って、人々はあまり日常的に神と接することがないのであったか。

 

「しかしのう。神というのは、おそらくおぬしが考えておるであろうほどに並外れた、大層な存在ではないぞ?」

 

 あるいは、こちらの世界ではまた違うのかもしれないが、少なくとも央華の世界では、仙人にとっては、そうなのである。

 

 一人前の仙人にとっては、それに伴う職務が名誉とやりがいのあるものかどうかといったことはまた別としても、神の称号それ自体は特段ありがたがるようなものではない。

 ある程度腕の立つ仙人が正式な神の称号が欲しいと思うのならば、天界を直接訪問して仕事を与えてくれとでもいえば、おそらく向こうは大喜びですぐに何らかの官位を用意して雇ってくれることだろう。

 天界の者たちから見れば、仙人とは安易に介入するわけにはいかない下界の懸念事項を自分たちに代わって解決してくれる、腕利きの便利屋なのである。

 それゆえ、まだ駆け出しの道士のうちはしばしば天の使いに半強制的に仕事を命じられ、一人前となった後は頭を下げられて頼まれる。

 

 それどころか仙人や邪仙の中には、神々を概して自分たちよりも格下の存在と考え、同一視されることを嫌う者も少なくない。

 それは志半ばにして倒れたものの、再び輪廻の道に戻るには辛い修行途上の仙人が、死後に任じられて神となることもよくあるからだ。

 おおよそ千年に一度ほどの割合で行われる仙人と邪仙との間の大戦が『封神戦争』と呼ばれるのは、それによって力の劣る者たちが命を落とし、神として封じられるからに他ならない。

 そのような神々は、冷淡な見方をする者たちからしてみれば、仙の道からの落伍者なのである。

 

 要するに、瑠螺が神と言われて思い浮かべるような存在の大半は、タバサのイメージするほどに大いなる存在ではないのだ。

 

 央華の土地神は、ハルケギニアでいえばヴァルハラの神々よりも、むしろ精霊あたりに近いだろう。

 気象を司る雨伯や風伯、天界や冥界の役人である護法・冥官たちにしてみても、一般的な土地神と比べてそんなに強大な力を持つ存在というわけではない。

 もちろん、天界の長である玉皇上帝や冥界の管理者である東岳大帝をはじめとする高位の神々については、また話が違うのだが……。

 

「そう? ……わかった」

 

 タバサとしては完全に理解したわけでも納得したわけでもなかったが、いずれにせよ彼女が現在最も知りたい本命の情報は、そのあたりの真偽如何ではなかった。

 ゆえに、この場でこれ以上、強いて問いただそうとすることは見合わせる。

 

「もう一つ。あなたはこの間、死んだ人を生き返らせていた」

「ああ……。あれは、魂がまだ冥界に落ちておらなんだゆえな。あれならばきっと手遅れではなかろう、蘇らせてもよかろうと思うたのじゃ」

 

 扇で口元を隠しつつ、軽く目を逸らしてそう答える瑠螺の話しぶりは、少しばかり言い訳がましく感じられた。

 

 あの場ではそれが最善と判断したのだし、そのこと自体が間違っていたとは思わないが。

 この世界の理の下では本当にあの男を生き返らせてよいものなのかどうかということについて、確信は持っていなかったからである。

 央華においても、相応しくない者をみだりに生き返らせることは許容されない。

 

 もしかしたら、後日この世界の冥官……ワルキューレとやらが、苦情を言ってくるかもしれない。

 その場合はハルケギニアの天界なり冥界なりに赴いて謝罪をし、何らかの償いをするとかで、許しを求めなくてはなるまい。

 

(あるいは、向こうから何か言ってくる前に、こちらから赴くか……)

 

 そうして少し思い悩んでいる瑠螺の心の内など知る由もないタバサが、言葉を続ける。

 彼女もまた、常と変わらぬその無表情な顔とは裏腹に、心の内が期待と不安で千々に乱れていた。

 

「あなたは、死んだ人でも生き返らせる力を持っている。まだ生きている人を健康に戻すことは……できる?」

 

 最後のあたりで、少し声が震えた。

 

「うん? ……」

 

 瑠螺もタバサの様子が常とは違うことに気が付いたが、おそらく身内なり友人なりに病か何かに侵された者がいるのだろうと判断した。

 少し考え込んだ後に、曖昧に頷く。

 

「その者が既に寿命だというのでないならば、あるいは力になれるかもしれぬ。実際に診てみなくては、何とも言えんが」

 

 天から授かった寿命が尽きようとしている者に対しては、何もできることはない。

 どのような薬丹を飲ませようとも、あらかじめ定められた寿命を延ばすことはできないのだ。

 

 そうでなければ、病の治療は専門分野ではないものの、『変化朋友』で巫蠱の術を借りるなどすることでどうにかできるかもしれない。

 仮にそれでどうにもならなかったとしても、何か他の解決策を探してみるということはできるだろう。

 すぐに解決できないことだと見るやお手上げだといって十分な努力もせずに投げだすようでは、仙人の名が廃る。

 

「…………」

 

 タバサは、俯いてしばらく考え込んでいるようだったが。

 ややあって顔を上げると、真剣な表情で、瑠螺の顔をじっと見つめた。

 

「その人のところへ連れて行ったら、診てくれる?」

「無論じゃ。それについては、別に何の問題もなかろう」

 

 既に死んだ者を生き返らせることはともかく、まだ死んでいない者の病を癒してやることは、何ら問題のない行為である。

 少なくとも、央華では。

 

「……お願いします。今回の仕事が、終わったら」

 

 タバサはそう言って、深々と頭を下げた。

 

「これ、そんなにかしこまらなくてもよかろう、面を上げるがよいぞ。妹の頼みを聞くのは、姉として当然のことではないか……のう?」

 

 瑠螺がそう言って頭を撫でてやると、タバサの頬がかすかに色付く。

 彼女はそれから、わずかながらはにかんだように表情を崩して、小さく頷いた……。

 

 

 例によって、タバサが宮殿でイザベラ王女から指示を受ける間は外で待機していた瑠螺は、戻ってきた彼女から今回の任務の内容を聞いて首を傾げた。

 

「はて。『かじの』とは、なんのことじゃ?」

「ギャンブルをするところ」

「『ぎゃんぶる』……?」

「賭博。賭け事。ゲームをして、お金を取り合う」

「……ああ。博奕、というやつか」

 

 瑠螺はそう言って、軽く肩をすくめた。

 

 仙人の中にも、おそらくは昇仙前の習慣からか、博奕が趣味という者はたまにいるが……。

 狐生まれの彼女には、正直言って何が楽しいのやら、さっぱりわからない。

 ただの運任せの賽の目が奇数だったとか、偶数だったとか。

 人間というのは一体なんでまた、そんな心底どうでもいいようなことであんなに盛り上がれるのだろうか。

 

「それで。その博奕だかギャンブルだかをしておるカジノという場所へ行って、何をするのじゃ?」

「その賭博場を潰す。大勢の貴族から荒稼ぎをして、苦情が出ている」

「なに? ……負けたからというて、商売の邪魔をするのかえ?」

「真っ当な商売じゃない。おそらくは何かイカサマ……不正行為をしているはず。それを暴く」

 

 つまり、ベルクートというガリア王国内の街に、最近賭博場ができて。

 そこで連日ギャンブルにのめり込んでいる貴族たちが、派手に大金を巻き上げられている。

 あまりに勝ち過ぎるので店側の不正が疑われるし、何かと問題になるのでこのまま放置しておくわけにはいかない。

 とはいえ、表立って軍警が介入すれば、利用者の貴族たちに恥をかかせることにもなりかねない。

 ゆえに、客として潜り込んで内部から店の不正を暴くことで、閉業に追い込むように……という命令らしい。

 

 瑠螺は顔をしかめて、小さく首を傾げた。

 

「……ううむ……。それではわらわは、あまり役に立てそうもないかもしれぬのう……」

 

 不正行為と言われても、自分はそもそも博奕でどんなことをしたら不正になるのかといったことさえよく知らないのだ。

 商売なのだから、普通に勝負しても店の側が儲かるようになっていること自体は、おそらく正当な権利だろうと思うのだが。

 偏りがあまりにも度を超しているとか、客には使いようのない店の側限定の必勝法があるとか、だろうか?

 

 いずれにせよ、そんな場所に入り浸っている方もあまり感心しないし、多分に自業自得なのではないかという気もする。

 清徳を積むという観点から見ても、いまひとつ乗り気になれるような仕事内容ではなかった。

 

「万が一ということもあろうし、もちろん同行はいたすが」

「それでいい。大丈夫、わたしが何とかする」

「とにかく、今回は怪我をするような危ないことをしなくてもいいのね? よかったのね!」

 

 シルフィードは、うきうきと楽しげにはしゃいだ。

 

「まあ、確かにのう」

 

 いろいろと面倒なことはあろうが、確かに吸血鬼などを相手にすることに比べたら、気楽なものかもしれない……。

 

 

 ガリアの首都、リュティス。

 

 中州を挟んだ街の北東側には、リュティス市立劇場を中心に、四方に繁華街が延びている。

 その繁華街の通りのひとつであるベルクート街は、東西に伸びていて、貴族や上級市民たちがやってくる高級店が立ち並んでいた。

 宝石店に高級服飾店、小洒落た飲食店に、豪奢な宿泊施設。

 

 昼前のこの時間に通りをゆく有閑の貴婦人たちに混じって、タバサらも歩いている。

 

「タバサお姉さま、今日はとってもかわいい! リュウラお姉さまも、今日はとくにかっこいいのね!」

 

 白いお仕着せを着込んで革靴を履いたシルフィードが、楽しげにきゅいきゅいとはしゃぐ。

 日傘をタバサに掲げて、言い付けられた通り半歩ほど後ろに下がって彼女について行く姿は、貴族令嬢お付きの侍女といった感じである。

 今回のような任務では彼女が役に立つとも思えないので、タバサは最初、外で待機させておこうかとも考えたのだが……。

 そうは言っても何があるかはわからないし、イカサマを暴くには目が多い方がいいかもしれないと考え直して、やはり同行させることにしたのだった。

 まあ、待っていても退屈だの、危なくないのなら面白そうだから連れていけだの、街で美味しいものを食べさせろだのと、しつこくわめかれて面倒だったから、というのもあるが。

 

「うるさい」

 

 そのタバサはというと、青い乗馬服に膝丈までのブーツを着込み、大きなシルクハットをかぶって手にはステッキを持つという、まるで少年のような装いをしていた。

 最近は、このような男装ルックが貴婦人たちの間で流行しているらしい。

 子供のような体つきのタバサがそんな格好をすると、中性的な美少年のように見える。

 

「まあ、風変わりじゃが。たまには、このような装いもよいかのう」

 

 瑠螺はといえば、こちらも服装だけ見ると、男性が着ていてもおかしくないようなものである。

 もちろん、タバサと違ってあちらこちらの豊かな彼女では、実際に男と間違われるようなことはないだろうが。

 体にぴったりした動きやすそうな黒い上下のスーツを着て、腰には剣を下げている。

 タバサの助言を元に、そこらの服飾店で見た服装を参考にして『変幻衣』を変化させたものだ。

 彼女からわずかに離れてついて行くその姿は、貴族令嬢の女護衛といった風情であった。

 

「して、その賭博場とやらはどこにあるのじゃ?」

「あそこ」

 

 そう言ってタバサが示したのは、一軒の宝石店であった。

 

 硝子製の窓を取り付けた豪奢な飾り棚が、店の玄関の左右に作られている。

 棚の中では各種の宝石が貴金属の台座に収まって宝飾品となり、きらきらと眩く輝いて、覗き込む者を魅了しようとがんばっていた。

 

「うわあ、きれいなのね! シルフィもほしい!」

 

 さっそく魅了されたシルフィードが、硝子に張り付いて大はしゃぎし始める。

 瑠螺もその隣で、心から感心した様子で、まじまじとそれらを見つめていた。

 

「おお、なんと見事な細工じゃ」

 

 央華の世界では、このようなものは仙人以外には到底作ることができないだろう。

 これほどまでに美しく光り輝くように原石をカットする技術も、細緻な金属細工を施す技術も、央華の人間社会ではまだまだ発展していない。

 こちらの社会の高度な技術力には、驚かされるばかりである。

 

 これほどの技術力をもっている人々なら、神々を日常的に祀らなくなったというのも頷けるように思う。

 そのくせ先刻のタバサの反応などを見る限りでは、神という存在への憧れめいた感情は強く残っているようで、なんとも不思議な感じだが。

 

 あの星晶の故郷は、ここよりもさらに技術的に進んでいるのだろうか。

 今の自分には、想像もできないが……。

 

「……おっと、いかぬ」

 

 そうしてとりとめのないことを考えていた瑠螺がふと我に返ると、自分たちが夢中になっている間にタバサはさっさと店の中に入って、店員と何やらやり取りをしている様子であった。

 シルフィードの手を引っ張って、いそいそとそちらの方に向かう。

 

「確かに頂きました。では、こちらへどうぞ」

 

 どうやら彼女は、瑠螺らが離れていた間にカジノへ案内してもらうための段取りをつけていたらしい。

 タバサから何枚かの銅貨を手渡された目つきの鋭い壮年の店員は、大きな棚の後ろに隠された扉を開いて、一行にその奥へ進むよう促した。

 

「なんともまあ、秘密主義じゃのう……」

「非合法だから」

 

 ガリアではカジノの営業自体は合法なのだが、掛け金に上限が定められており、ここはその制限を守っていない。

 だからこそ、表立って手入れをされてそのような場所に入り浸っていたことが知られては困る貴族が多いのだろうが。

 

 扉の奥の階段を下りていくと、突き当たりには大きな鉄の扉があり、横には小さなカウンターがあった。

 その向こうに、秘密の地下カジノがあるらしい。

 待ち受けていた執事姿の従業員が、恭しい態度でタバサに一礼する。

 

「貴族のお客さまですね。ご入場に際しまして、こちらで杖をお預かりいたします。そちらの方も、剣はここへ置いていってください」

 

 要するに、大負けしたり他の客とトラブルになったりしたときに興奮して暴れられては困るから、ということだろう。

 タバサと瑠螺は、素直にその指示に従った。

 とはいえ、タバサが預けたステッキ状の杖はここへ来る前に適当に調達しておいた偽物で、本物は瑠螺が預かって袖の中にしまい込んでいるのだが。

 瑠螺が預けたのもただの鉄剣であり、仙宝の類はすべて袖の中に収めてある。

 

 そんなことはつゆ知らず、執事は受け取った杖と剣とを別々に、丁重に羅紗の布で包むと、ドアマンに命じて重い鉄の扉を開けさせた。

 

「それでは、お嬢様。都会のオアシス、地下の社交場……。“天国”へ、ようこそおいでくださいました。どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」

 





禁酒則不能酔(酒を禁ずれば、すなわち酔うことあたわず):
 禁呪系統のごく初歩的な仙術の一種で、対象となった者の体内にある酒に酔わせることを禁じ、アルコール分を一瞬にして消し去る。
対象はその時点でどんなに酩酊していようとも、たちどころに素面に戻る。
瑠螺は禁呪系統の仙術を習得していないので、例によって『変化朋友』でコピーして使用した。

土地神(とちがみ):
 央華の土地神は、大抵の場合はその地に住む王の祖先の霊である。
しかし、山の神なら獣、河の神(河伯)なら魚などが年を経て、妖怪となったものが土地神を務めている場合もある。
土地神は中道の存在で、祀る者に利益を授けることもあるが、必ず反動が伴うし、祀られなくなれば祟ることもある。
能力的には千差万別で、中には非常に強力な者もいるが、大抵は腕利きの仙人と比べれば大した強さではない。
そのため、自分の守護する土地に何か問題が起こっても自力では解決できず、仙人に助けを求める(それがTRPGのシナリオソースになる)ことが多い。

紫目娘々(しもくにゃんにゃん):
 瑠螺公主の師母。元は鷹の生まれで鋭い目つきをしており、五遁火行を極めた、方丈島に属する仙人の中でも有数の実力者。
気性の激しさと弟子の躾に厳しいことでも有名で、瑠螺も道士時代にはこの師を恐れている様子がよく見られた。
天帝から雲龍(二千年の修行を積んだ蛇が転生した龍で、誕生直後でも胴の太さが家ほどもあり、一山を水浸しにするくらいの雨を降らせることができる)の成育を任されているため、方丈島ではなく北岳恒山近くの高峰に単独の洞府を構えている。

里羚娘々(りれいにゃんにゃん):
 瑠螺公主の妹弟子。元は鹿の生まれで小柄で幼げな外見をしており、五遁土行に通じている。
彼女が仙人を目指したのは空を飛んでみたいという憧れからで、師母の元で数多くの乗騎の世話をし、それらに跨って空を飛ぶことを楽しんでおり、姉弟子とは違ってまだ自分の洞府を開いてはいない。

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