央華封神・異界伝~はるけぎにあ~   作:ローレンシウ

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第三十三話 姫殿下 訪学院

 

「クロムウェル、ねえ?」

 

 学院の私室で瑠螺から相談を受けたミス・ロングビルこと『土くれ』のフーケ、本名マチルダ・オブ・サウスゴータは、訝しげな顔をしながら紅茶を傾けた。

 

「大して珍しくもない名前だね。いま故郷のほうで王族どもを相手にがんばってる誇大妄想狂も、確かそんな名前だっていうしさ」

「そうじゃな。その反乱軍の首魁とやらは、変わった力を使うというので噂になっておるとか聞いたが……」

「ああ、そうらしいね。なんでも始祖に選ばれて、失われし『虚無』の系統を授かったんだって豪語してるとかなんとか」

 

 タバサの実家を辞して学院に帰還してからというもの、瑠螺はこれまで通りルイズの世話をするかたわらで、暇を見ては精霊から頼まれた『アンドバリ』の指輪についての情報を集めようとしていた。

 その一環として、彼女にも話を聞いてみることにしたのである。

 アルビオンで現在王党派を相手に戦っている反乱軍の首魁はクロムウェルという名だということで候補の一人であったし、フーケはその地の出身らしいから。

 

「その力は、あるいは虚無とやらではなく、『水』の系統で説明がつくようなものなのではあるまいかのう?」

「そんなこと聞かれたって、あたしは何も知らないよ。盗賊が革命家のことなんか調べてみたって、金になるわけでもお宝が手に入るわけでもないだろ?」

 

 フーケはそう言って、肩をすくめた。

 

「いや、まあ。そりゃあ反乱軍から武器弾薬でも盗んで売り飛ばせば、結構な金にはなるだろうけどさあ……」

 

 自分はそんな危ない連中の恨みを買うのも、戦争屋の真似事をするのもごめんだからと、フーケは説明した。

 それから、なんで唐突にそんなことを聞いてきたのかと、瑠螺に探るような目を向ける。

 

「……ふむ」

 

 瑠螺は少し考えたものの、正直に事情を伝えることにした。

 彼女は貴族から盗む主義だと言っていたし、もう廃業したのだから、いまさら精霊の秘宝などに興味はないだろう。

 ならば、別に隠さねばならぬようなことではない。

 

「いや、実はのう。この間、ラグドリアン湖とやらの水かさが増しておるというので、そこに住まいおる水の精霊どのに会って話を聞いてみたのじゃが……」

 

 

「ふうん。なるほどねえ」

 

 瑠螺からざっとした話を聞いたフーケは、ほう、と溜息を吐いた。

 

「そんな面倒な問題に自分から首を突っ込むだなんて、どこまでもお人好しなことで」

 

 フーケは皮肉っぽくそう言って、唇を歪めたものの。

 そのお人好しに大きな恩義のある自分としては、できうる限りは力になってやらねばなるまい、とも思っていた。

 

「よし。そういうことなら、そのくらいは向こうに戻ったら調べて連絡してやるよ。後任の手配なんかも大体は済んだし、あとは荷物をまとめれば、数日の内にはアルビオンに向けて出立できるだろうからね」

「おお、よいのか? かたじけないのう」

 

 ならば、自分も帰るときには途中まで送っていこうと言って軽くお辞儀をすると、瑠螺は席を立った。

 その翌々日の出来事によって、予定は少しばかり変わることになったのだが……。

 

 

 

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「ほう。この国の姫君が、もうすぐここに?」

「そうだよ。なんでもゲルマニア訪問の帰りにここへ行幸するだとか、気まぐれを起こしたらしくてね。まったく、こちとら明日には退職しようかってのに……」

 

 フーケはぶつくさと文句を言いながらも、優秀な学院長秘書として急遽舞い込んできた歓迎式典手配の仕事をてきぱきとこなしている。

 今日の午前に知らせがあったらしく、本日の授業はすべて中止となって、生徒や教師らも自室で着飾ったり準備のために慌ただしく駆けまわったりしているようだった。

 瑠螺は授業には同行せずに他所で作業をしていたので、何やらあたりの様子が普段と違うことに気付いてたまたま見かけたフーケにこうして尋ねるまで、そんなことはさっぱり知らなかったのだが。

 

「お姫さまだって。ねえレン、わたしたちも一緒に見ようよ!」

「ええ? ぼくは別に……」

「そんなこと言わないでさ! 明日にはここを出るんだし、お姫さまなんて二度と見られないかもしれないよ?」

「いいけど、あんたたちも生徒と一緒に並ぶなら、正装するのを忘れないどくれよ。衣装は、誰かに用意してくれるように言っておくからさ」

 

 近くではしゃいでいるリンと、あまり気乗りしない様子でそんな片割れに手を引かれているレン、そんな二人に窘めるように声をかけるフーケ。

 瑠螺は、そんな彼女らの様子を微笑ましげに眺めやった。

 

「そうじゃのう。ひとつわらわも、ご主人と一緒に並んで出迎えるか……」

 

 央華では『王』というのは、そんなに大仰な存在ではない。

 それぞれの邑ごとに王(小さなところでは長と呼ばれていることも多いが)がおり、仙人が訪ねてきたと聞けば、自分から進んで挨拶に出向いて来たりする。

 だから、王の娘である姫君などに会うことは、瑠螺にとっては別段珍しくもなんともない。

 もちろん肩書は同じでも、権威や名誉のほどには大きな差があるのではあろうが。

 

 どうあれ瑠螺にとっては、人間の社会における肩書などどうでもよいこと。

 姫だろうが乞食だろうが人間は人間であって、その姿が見られると聞いたところで、何の感慨もなかった。

 ただ、友人たちもみんな見るのだし、せっかくだから自分も見ておこうか、くらいの感覚である。

 

 

 魔法学院の正門をくぐって王女の乗る豪奢な馬車が現れると、整列した生徒たちは一斉に杖を掲げた。

 

 王女のそれは、金の冠を御者台の隣につけた四頭立て。

 そのところどころには金と銀とプラチナでできた美しいレリーフ、無垢なる乙女だけにその背を許すと言われる聖獣ユニコーンと水晶の杖が組み合わさった王家の紋章がかたどられている。

 そして馬車を引いているのはただの馬ではなく、その紋章と同じ、頭に一本の角を生やしたユニコーンなのであった。

 すぐ後ろにはトリステインの政治を一手に握るマザリーニ枢機卿の馬車が続いており、王女の馬車は美しいが豪奢さなら枢機卿のそれのほうが勝るあたりが、現在のトリステインの権力の在り処を雄弁に物語っている。

 

 生徒らの前を通って学院本塔の玄関まで進んだ王女の一行を迎えるのは、学院長のオールド・オスマンの役目となっている。

 フーケは、学院長秘書ミス・ロングビルとして、彼から少し下がったあたりに恭しげな態度で控えていた。

 こうしてメイジとしての正装に身を包んで礼儀正しくしている姿を見ると、なるほど彼女の生まれは高貴な身分であるということが感じられる。

 

 やがて玄関の前で馬車が止まると、召使たちがさっと駆け寄って、美しい赤い絨毯を広げた。

 

「なんともまあ……。えらく艶やかで、大仰なことじゃのう……」

 

 ルイズらの少し後ろのほうからその様子を眺めていた瑠螺はほうっと溜息を吐くと、小さな声でぽつりとそう呟いた。

 

 その声は誰にも聞き取れないほど小さかったが、半ば感心したような、半ば呆れたような調子である。

 太上準天美麗貴公主を気取っていた頃の自分でも、あんな大袈裟な扱いは要求したことがない。

 まあ、まるきり人間の社会に疎く経験も浅い子狐だった頃の自分には、そもそもそんな発想がなかったということもあろうが。

 

 いよいよ馬車の扉が開き、最初にまず枢機卿のマザリーニがあらわれると、生徒たちは一斉に鼻を鳴らした。

 

 どうも、彼はあまり世間から人気がないらしい。

 一国の重鎮に対してあまりにもあからさまな、そんな不敬な振る舞いを気にした様子もなく、彼は馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女の手を取った。

 

 途端に、生徒の間から歓声があがる。

 

 なるほど噂に聞く通り、王女は美しかった。

 年のころは、歓声を上げている生徒たちとさほど変わりがないようだ。

 すらりとした気品のある顔立ちに宝石のように輝く薄いブルーの瞳、人目を引く形のよい高い鼻。

 そのほっそりとした手には、水晶のついた杖が握られていた。

 王女はにっこりと薔薇のような微笑を浮かべると、周囲の人々に向けて優雅に手を振った。

 

「あれがトリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃないの。枢機卿どのにしても、優秀なお方なんでしょうけど、まるで花がないわね……」

 

 キュルケはアンリエッタとマザリーニの両方ににちらりと視線を走らせると、それきり退屈そうにそっぽを向いた。

 ゲルマニアからの留学生である彼女には、他の生徒たちのような感慨はまるで沸かなかったようだ。

 

 ちなみに彼女の親友であるタバサはというと、最初から生徒らの列に加わらず、人目につかない物陰に座って本を広げていた。

 他の生徒に混じって整列などしていたら、さすがに終わるまで本を広げるわけにもいかなくなるので退屈であるし。

 万が一にも鮮やかな青髪に目を留められて、アンリエッタにガリア王族の関係者と気取られでもしたら、厄介なことになりかねないからだ。

 

 生徒らに混じって列に並んでいたリンは、自分から見たいと言って連れて来たくせに、レンが王女に見とれていると不機嫌そうな顔になり、彼の二の腕をつねってさっさと帰ろうなどと言ったりしていた。

 当事者にとってはまったくもって理不尽な話だろうが、端から見ている分には微笑ましい。

 

(さて、わらわはいつまでここにおればよいのかのう)

 

 いつまでもここにいても仕方ないが、あまり早く立ち去っても失礼になりそうだしと、瑠螺がルイズの方に目をやって様子を窺ってみると。

 

「……うん?」

 

 それまで真っ直ぐに王女の方を見つめて真面目な顔をしていた彼女が、急にはっとしたような表情になったのに気が付いた。

 それから、みるみる顔を赤らめていく。

 

 一体どうしたのかと訝しんで、彼女の視線の先を追ってみると。

 

「ほほう」

 

 瑠螺は、思わず小さな声を上げた。

 そこには、見事なつくりの羽帽子をかぶり、鷲の頭と獅子の胴体を持ったいかにも強そうな獣(グリフォン)に跨っている、凛々しい貴族の姿があったのである。

 顔立ちといい体つきといい、なかなかに精悍でたくましそうな、いかにも男前な感じだった。

 

 見ればキュルケまで、ルイズと同じようにぽーっと顔を赤らめている。

 

(なんじゃ二人とも、にわかに色気づきおったかや?)

 

 瑠螺は心の中でからかうようにそう言って、くすくすと笑った。

 少なくともルイズに関しては、どうもそんな軽い話ではなかったようだと彼女が気付いたのは、もう少し経ってからのことだった。

 

 

 

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 そして、その日の夜。

 

 ルイズは、激しく落ち着きがなかった。

 出し抜けに立ち上がったかと思ったらまたベッドに腰を落とし、枕を抱き締めては、ぼうっと宙を見つめる。

 

「……これ、ご主人。これ。ルイズや?」

 

 瑠螺は困ったような顔をしながらそう呼びかけつつ、ルイズの目の前で手をひらひらさせてみる。

 しかし、まるで反応がなかった。

 

 昼間に王女の護衛を務めていたあの羽帽子の貴族を見てからというもの、彼女はずっと部屋にこもったまま、この調子なのだ。

 瑠螺は怪訝に思いながらも、一度は彼女の傍を離れて自分の用事に戻ったのだが、再び戻ってきたときも前と状態が変わらなかったので、さすがに心配になった。

 耳を引っ張ってみても、鼻をつまんでみても、ルイズは動かない。

 

「むむう……」

 

 状況はよくわからないものの、やむなく最後の手段を使うことにして、導引を結んだ。

 

『命金行鎮心 冷(金行に命じて心を鎮める、冷めよ)』

 

 ルイズの背中に指先で文字のようなものを書きながらそう呟いて、術を完成させる。

 それから、前よりももう少し強めに、ルイズの耳を引っ張った。

 

「こりゃ、ルイズ!」

「あいたたた! 痛い!」

 

 ようやくルイズから反応があったので、瑠螺はほっとして手を離してやった。

 

「リュウラ! あんた、出し抜けに何するのよ!?」

「出し抜けに、ではなかろ。もう、三度は同じようなことをやっとるわいな」

 

 瑠螺は呆れた様子で肩をすくめると、一体どうしたのか、と尋ねた。

 ルイズがそれに答えようとした、ちょうどその時。

 

 コン……コン……。

 

「……うん?」

 

 突然、部屋のドアがノックされたのである。

 

「誰じゃろう、こんな夜更けに」

 

 ノックは、規則正しく繰り返し叩かれた。

 初めに長く二回、それから短く三回。

 

「え……、まさか?」

 

 ルイズは何かに気付いたようにはっと目を見開くと、急いでブラウスを身につけ、立ち上がってドアを開く。

 そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女だった。

 

「なんじゃ、おぬしは。その格好からすると、物取りの類かえ?」

 

 瑠螺は怪訝そうに顔をしかめてそう言ったものの、それならノックなどせぬであろうと思い直す。

 少女はその問いかけには答えず、首をめぐらせて周囲を窺った後にそそくさと部屋に入ってくると、後ろ手に扉を閉めた。

 

「あ、あなたは……」

 

 口元に指を立てて何か言いかけたルイズを制すると、少女はマントの隙間から杖を取り出し、短くルーンを呟いて軽く振った。

 光の粉が、ぱあっと部屋に舞う。

 

「これは……『ディテクト・マジック』?」

 

 ルイズの問いかけに、少女が小さく頷いた。

 その呪文に何の反応もなく、部屋のどこにも魔法の耳や覗き穴がないことを確かめると、少女はようやく頭巾を取った。

 

「わたくしのような立場の者には、常に用心が必要なのです。どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」

「なんと?」

 

 その顔を見て、さすがに瑠螺も驚いたように目を見開く。

 ルイズは、あわてて膝をついた。

 

「姫殿下!」

 

 アンリエッタはそんな二人の驚きを意に介した様子もなく、涼しげな、耳に心地よい声で挨拶をする。

 

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」

 

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