央華封神・異界伝~はるけぎにあ~   作:ローレンシウ

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第三十五話 獅子身中

 

 アンリエッタがルイズの私室を訪れた、その翌日。

 早朝の朝もやの中で、魔法学院の裏門近くにいくつかの人影が集まっていた。

 

「本当なら、こんなに朝早くから出発する予定じゃなかったんだけどねえ……」

 

 その中の一人であるフーケが、ふああ、とあくびを噛み殺しながら、そうぼやいた。

 昨日は王女の訪問であわただしくて疲れていたというのに、その翌日の朝早くに起きて出立となれば、眠そうなのも無理はあるまい。

 

 元より今日で離職するつもりではあったものの、言うまでもなく当初の予定としては早朝に裏門からこそこそと去るのではなく、学院の職員らにちゃんと挨拶を済ませてから出立するはずだったし。

 学院の側でも、王女が予定外の滞在中で立て込んでいるとはいえ、当日の朝には簡単な離任式典を設けて、正門からきちんと彼女を送り出す予定であったのだが……。

 姫君から与えられた大切な任務のためということで、やむなく予定を変更し、ルイズらとともに早朝のうちに学院を発つことになったのである。

 極秘ゆえに教職員のうちで事情を通達されたのは学院長のオールド・オスマンだけだったので、もちろん見送りもない。

 

「すまぬ。無理を申したのう」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる瑠螺に対して、フーケは軽く肩をすくめると、手をひらひらと振ってみせた。

 

「別にいいさ。確かにちょっとあわただしくはなったけど、よくよく考えたらこの方が気が楽だから」

 

 自分が盗賊とは知らないここの連中にあんまり盛大に送り出されても、かえって後ろめたい思いをすることになるだけだ。

 面倒な式典や見送りなどなしで、さっさと立ち去るほうが気が楽だというのは事実だった。

 一緒にアルビオンへ向かう予定のリンとレンにしても、その快活な子供のような外見に相応しく、早朝だろうがお構いなしにわくわくした様子でいることだし。

 

「……でも、昨夜も言ったとおり、あたしは王党派のところまでは一緒に行かないからね。船がスカボローの港に着いたら、あんたらとはそこで別れるよ。現地までの地図は書いてあげるけどさ」

「それで十分じゃ。かたじけない」

 

 その表情からすると、単に戦場で危険だから行きたくない、というだけではない理由があるようだった。

 まあ、元アルビオン貴族でその地位を失ったという経緯からして、かつて仕えていた王党派に対してはいろいろと思うところがあるのは無理もないだろう。

 瑠螺としても、同行を無理強いしたりする気はなかった。

 

 フーケはまた、一刻も早く着かねばと気が急いているルイズに対して、人目を避けるために早朝に出立するのは仕方がないが、アルビオン行きの飛行船が出る港町までの道中では急ぐ必要はない、とも助言した。

 

「緊急の要件なのはわかるけど、いま急いでみたって仕方ないよ。どうせ、ラ・ロシェールからの船は、今日明日は出ないんだからね」

「どういうこと?」

 

 怪訝そうな顔をするルイズの方を見て、フーケが答える。

 

「いいかい、アルビオン行きの船は毎日出るわけじゃないんだよ。大抵は数日に一回さ。で、明日は『スヴェル』の夜で、月が重なるだろ?」

「それで?」

「その翌日の朝が、アルビオンが一番ラ・ロシェールに近づく時なのさ。その時に合わせて出港すれば『風石』を節約できるから、その日は必ず出ることになってる」

 

 言い換えると、その前後の一、二日は、船が出ることはまずないということになる。

 

「だから、あたしらは馬でのんびり行って、道中で一泊、ラ・ロシェールで一泊してから、アルビオン行きの船に乗る予定だったんだよ」

「急ぎの任務なのに……」

 

 説明を聞いたルイズは、不服そうにしていた。

 が、そうしていくら口をとがらせてみたところで、船が出ないというのではどうしようもない。

 

「なるほどのう。なら、ゆっくり行くとしようか」

 

 瑠螺は頷くと、懐から飛葉扇を取り出した。

 急ぐ必要がないなら、全員でこれに乗ってゆるゆると飛んで行けば楽であろう。

 アルビオン行きのメンバーはルイズ、瑠螺、フーケ、リン、レンの五人だが、そのくらいまでなら乗せることができる。

 

「えー、馬に乗れないの?」

 

 リンは乗馬を楽しみにしていたらしく、不満そうにしている。

 

「道中は長いんだ。あんたがいくら馬が好きでも途中でくたびれちまうから、楽できるならそのほうがいいよ。馬だって疲れるしね」

「うー。……そうだね、馬さんに迷惑かけるのも良くないか」

 

 保護者代わりのフーケに諭されると、そう言ってしぶしぶ頷いた。

 

「よし。それでは、行くとするかのう」

 

 瑠螺がそう言って、袖口から飛葉扇を取り出そうとしたところで。

 

「待ちたまえ。僕も一緒に行かせてもらうよ」

「む?」

 

 声と気配に一行が振り向くと、朝もやの中から一人の長身の貴族が現れた。

 

 羽帽子をかぶっており、その下で光る目つきは鋭い。

 年のころは、おそらく二十代の半ばほどか。

 長身で逞しい体つきをしており、精悍な面立ちをした顔には形のいい口ひげを蓄えていて、それが威厳と男らしさを感じさせる。

 

 瑠螺は、その男に見覚えがあった。

 

「おぬしは……」

「僕は女王陛下にお仕えする魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ」

 

 長身の貴族は帽子をとって一礼し、そう名乗った。

 

「姫殿下は、きみたちだけではやはり心もとないと思われたらしい。しかし、お忍びの任務である以上は、一部隊つけるというわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたというわけだ」

 

 この男は確か、昨日アンリエッタ王女の来訪した折に、ルイズとキュルケが揃って見とれていた美丈夫ではないか。

 瑠螺がそう思ってルイズの方に目をやると、彼女は呆然とした面持ちで、その男のことを凝視していた。

 

「ワルドさま……」

 

 ややあって、ルイズが震える声でそう呟く。

 その男は彼女を見つめ返して人なつっこい笑みを浮かべると、近くに駆け寄り、抱え上げた。

 

「久しぶりだな、僕のルイズ! はは、相変わらず軽いなきみは。まるで羽のようだよ!」

「お、お久しぶりでございます。……お恥ずかしいですわ」

 

 ルイズは恥じらうように頬を染めて、されるがままになっている。

 彼女ら以外の一行は事情が分からず、きょとんとしていた。

 

 ややあって、ワルドはルイズを下ろすと帽子を目深にかぶり直し、他の面々を紹介してくれるように言った。

 

「あ、はい。ええと……こちらはミス・ロングビル、学院長の秘書を務めておられる方で、アルビオンが故郷なので案内役を。そちらの二人はリンとレン、彼女の身内です。それから、……使い魔、の、リュウラです」

 

 ルイズは同行者たちを交互に示しながら紹介していった。

 ミス・ロングビルことフーケは、紹介されるとつんと澄ました顔で丁重に一礼し、リンとレンも見様見真似でそれに倣った。

 瑠螺は、袖口を合わせて軽く頭を下げる。

 

「レディー、あなたがルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな」

 

 ワルドは朗らかな笑みを浮かべ、気さくな感じで会釈を返した。

 瑠螺は、軽く肩をすくめる。

 

「ここらでは、よくそう言われるがな」

「婚約者がお世話になっているよ」

 

 ワルドが何気なく言ったその言葉に、瑠螺の眉がぴくりと動く。

 ルイズの方に目をやると、彼女は頬を染め、落ち着きなくそわそわしている。

 

「ほう、婚約者? ……許嫁か、なるほど」

 

 瑠螺は、得心がいったように頷いた。

 

 とりたてて、不審がるような要素のある話ではない。

 央華の大抵の地方では十二歳を越えれば大人とほとんど同じに扱われるし、十五歳になれば結婚だってできる。

 ルイズくらいの年齢の女性であれば、とうに結婚していても、それどころか子供の一人くらいは既に産んでいたとしても、何らおかしなことはないのだ。

 

(まあ、許嫁どのとは、ちと年は離れておるようじゃがな……)

 

 その辺りからすると、おそらく自分で選んだのではなく、親の決めた相手であろうか。

 しかし、たとえそうであったとしてもルイズの様子からすれば憎からず思っているようだし、問題はないだろう。

 

「ご主人も、なかなか隅に置けんのう?」

 

 そう言って目を細め、口元を袖で覆いながらくすくすと笑ってみせると、ルイズの顔がさらに赤くなった。

 リンは婚約者という言葉に目を輝かせながら、片割れのレンにくっついてなにやら話しかけたり手を引っ張ったり、じゃれ合っている様子だ。

 

 そんな同行者たちをよそに、ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中から鷲の翼と上半身、そして獅子の下半身をもつ幻獣が姿をあらわした。

 

「おお、これがグリフォンとやらか」

 

 瑠螺がいささか感心した様子で、その姿を見上げる。

 さまざまな使役獣や仙人の乗騎を見慣れている彼女からしてみれば取り立てて驚くようなものでもないが、とはいえ初めて見るその姿は新鮮だったし、美しく勇壮に思えた。

 リンやレンの反応も、おおむね彼女と同じようなものだった。

 

「おいで、ルイズ」

 

 ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズを手招きした。

 ルイズはやや躊躇った様子で瑠螺のほうに視線を向けたが、彼女が目を細めて頷いたのを見ると、もじもじしながらもワルドに抱えられて、自分もグリフォンに跨った。

 瑠螺もあらためて袖口から取り出した飛葉扇を広げると、他の同行者たちを乗せていく。

 幸い、先ほどは馬に乗れないと聞いて不満そうにしていたリンも、いざ飛葉扇に乗り込むと空を飛ぶというのも気に入ったものか、楽しげな様子になった。

 

 ワルドはその様子を興味深そうに見ていたが、何かのマジックアイテムの一種だろうということで納得したものか、特に何も質問はせずにグリフォンの手綱を取り、杖を掲げて号令をかける。

 

「では諸君! 出撃だ!」

 

 

「まったく。なんだって、あいつはあんなに急ぐんだい……」

 

 フーケが、ぶつくさと文句を言った。

 

「こっちは急ごうにも急げないんだから、もうちょっとペースを落として合わせようって気はないのかね!」

 

 自分たちが乗っているこの『ヒヨウセン』とかいうマジックアイテムは風に乗って飛ぶらしく、速度は不定で、お世辞にも速いとは言えない。

 それに、先ほど自分が説明した、急ぐ必要はないという話くらいは、同乗するルイズがちゃんと伝えたはずなのだ。

 なのに前を行くあの男は、明らかにこちらよりも速いペースでグリフォンを飛ばせ続けているではないか。

 そのために魔法学院を出発して以来、先頭のワルドらと後続の自分たちとの間の距離は徐々に開き、今ではグリフォンの姿は遠くで豆粒のようになっていた。

 

「あの男は、ご主人の許嫁なのであろ? それも、久々に再会したとか……。であれば、二人きりになりたくもなるのではないかえ?」

「そうそう。邪魔しちゃかわいそうだよ」

 

 瑠螺とリンとがなだめるようにそう言ったけれど、フーケは相変わらず不機嫌そうなままだった。

 

「はっ。軍人が、それもエリートの魔法衛士隊隊長どのともあろうお方が、大事な任務の真っ最中に同行者を置いてけぼりにしてまで婚約者といちゃつくのを優先してるって? 本気でそうだとしたら、大したタマだよ!」

 

 まあ、彼女としても普段ならもう少し寛大な見方をしたかもしれないが、いまは事情が違う。

 こちとらは、姫君から直々に依頼を受けた身だ。

 それで急遽予定を変更して、眠いのを我慢してまで早朝に出立してるのだ。

 なのに、その姫君の部下であるはずの男が自分たちのことを一顧だにせず、置いてきぼりをくらわすなんて蔑ろな扱いをするとは。

 

 大体、ルイズたちだけでは心もとないから同行しろと姫君に命じられたというのであれば、役目は護衛のはずだろう。

 だったら、婚約者だけを抱えていちゃつきながら後続を引き離しかねないような速さで先頭を突っ走るのではなく、仲間全員を守れるような位置取りで周囲を警戒しながらついてくるべきではないか。

 確かにまだ戦火の只中であるアルビオンには入ってないのだから、現時点では襲われる可能性などほとんどないだろうが、それにしたって無責任な話である。

 いったい、まともに仕事をする気があるのか。

 

 フーケはそんな調子で、ぐちぐちとワルドに対する皮肉や文句を並べ続けた。

 

「まあまあ、おぬしの言い分にも一理あるがのう……。そうは言ってもまだ戦地へは着いておらぬのだし、気を楽にできるときはしておいた方がかえって良いという考えなのかもしれぬぞ? わらわの故郷の仲間にも、そういう主義の者はわりとおるから」

 

 瑠螺は苦笑しながら、諭すようにそう言った。

 あの男のことはよく知らないが、ルイズの許嫁だというのだから、ここはなるべく好意的に解釈して庇ってやらねばなるまい。

 

「それに、なかなかの色男ではないか。初対面の印象は悪かったかもしれんが、もしも出会い方が少々違っておったならあるいはおぬしも、存外あの男のことが気に入っておったかも」

 

 瑠螺が冗談めかしてそう言ってやると、フーケはふん、と鼻を鳴らした。

 

「はっ、あたしが? 冗談だろ? ありえないね、あんな男はタイプじゃないよ!」

 

 きっぱりとそう断言してから、肩をすくめる。

 

「とにかく、あの男の性格云々を置いといてもだ。盗賊としてのあたしの経験からいうと、こう急に予定がくるくる変わるってのは、往々にして不穏な事態の前触れだったりするもんさ。油断しない方がいいよ」

 

 実際のところはフーケとしても、現状本気でワルドのことを疑っているというわけではなく、ただ見てくれは立派だが中身は存外ちゃらんぽらんで無神経な男なのではないかと思っている程度ではあったが、理屈と膏薬はどこにでもつく。

 要するに、結局のところは嫌な相手のあら探しをしたい、楽しげなのが気に入らないから邪魔してやりたいという、意地悪心から出た言葉なのだが。

 

「万が一ってこともある。あの男があんたのご主人さまや大事な手紙に何かしないか、見張っといた方がいいんじゃないかい?」

 

 フーケは、にやっと口元を歪めてそう提案した。

 

 まあ、恩人の一人であるルイズにとっても迷惑になるかもしれないが……。

 ああいう胡散臭い男とは結婚しない方がいい。

 だから彼女のためにもなることなのである、そうに決まった。

 

「……むむ」

 

 そう言われて、ごく素直で真正直な気性の瑠螺は考え込んでしまう。

 

 ワルドのことを特に疑っているわけではないし、念のためルイズには麗麗虫をつけてあるから、見えなくなっても位置はちゃんとわかる。

 だから、滅多なことはないとは思うのだが。

 しかし、考えてみれば危険があるかもしれない旅の途上で主人からあまり離れているというのも、確かに仲間として使い魔として好ましいことではないだろう。

 二人の会話を邪魔しないまでも、せめてその姿が常にちゃんと見えているくらいの距離を保ってついて行くべきか。

 

 そうなると、これ以上グリフォンに引き離されるわけにはいかない。

 

「そうじゃのう……。ではこちらも、乗り換えて少し急ぐか」

 

 瑠螺はそう言うと、別の乗騎である大カブト虫を懐から取り出して大型化させた。

 これならば安定した速度が出るので、飛葉扇よりはましだろう。

 

 しかし、リンはその大カブト虫への乗り換えを非常に嫌がった。

 

 今度はフーケが諭しても頑として首を縦に振らず、これに乗るくらいなら歩いて学院へ帰る、とまで言い張った。

 単に年頃の少女だから虫が嫌いで、ましてやこんなに馬鹿でかい虫なんて冗談じゃない、ということなのかもしれないが……。

 彼女の片割れであるレンも、口には出さないものの、かなり嫌そうな顔をしている。

 

(やはり、この子らが木彫り人形の化生だからかのう?)

 

 金行に属する虫類は本質的に木行を克す存在であり、木をかじったり樹液を啜ったりする。

 木彫り人形、すなわち元を辿れば樹木であって、そうした虫害に遭った経験もあるであろう彼女らが大カブト虫を忌避するのは、まあ無理もないことか。

 なんにせよ、本気で嫌がる相手に無理強いするわけにもいくまい。

 

 瑠螺は頷くと、大カブト虫を縮めて袖に戻す。

 

「わかった。……では、致し方ない。少し疲れるかとは思うが、この際下の道に降りて、歩いて行くということでどうじゃ」

 

 

「……どういうことだ? あれは……」

 

 背後に目をやりながら、ワルドが困惑したような声を漏らした。

 

 そこには、道を歩いて自分たちについてくる同行者たちの姿があったのである。

 彼女らは特に急いでいる様子もなく、談笑などしながらゆったりと歩いているように見えるのだが、それでいて距離の差は、先ほど空飛ぶ扇のようなものに乗っていた時よりもかなり縮まっている。

 全力ではないにせよ、それなりのペースで飛んでいるグリフォンに徒歩で余裕をもってついてくることなど、人間にできるはずがない。

 

 ルイズも同じように困惑してはいたものの、彼女の方には心当たりがあった。

 

「たぶん、リュウラのセンジュツなんだと思うけど」

「『センジュツ』? それは、一体?」

「わたしも、よくは知らないの。リュウラの故郷の、……魔法、みたいなものよ、たぶん」

 

(『虚無』の使い魔、『ガンダールヴ』……。これも、その能力のうちなのか?)

 

 わけあって、ワルドはルイズの天性の素質がいまは失われた伝説の系統、『虚無』であるとほぼ確信している。

 そこから考えていくと、リュウラは虚無の使い魔ということになり、左手にルーンがあることも併せて考えれば、神の盾『ガンダールヴ』だということになるはずであった。

 

 伝説によれば、始祖ブリミルは今は失われた虚無の系統の呪文を用いたが、虚無はその強大なる力のゆえに詠唱に要する時間が非常に長かったという。

 その間に主の身を守る役目を務めたのが、全部で4体いたという始祖の使い魔の一角、勇猛果敢な神の盾たるガンダールヴなのだ。

 ありとあらゆる武器を使いこなし、並みのメイジではまるで歯が立たなかった。

 風よりも速く戦場を駆け抜け、千人もの軍隊を単身で壊滅させることができた……と、謳われている。

 

(確かに、風よりも速く駆けたという伝説に合致する能力だ。自分だけでなく他人を速くすることもできたとしても、おかしくはないだろう)

 

 もっとも、並みの『風』よりは速いにせよ、『閃光』たる自分が後れを取ることはない、とは自負しているのだが。

 

「頼もしいね。いい使い魔を呼んだじゃないか!」

 

 ワルドは、その腕の中でいささか居心地の悪い思いをしながら、自分も一緒に歩きたかったと物欲しげな様子で地上の瑠螺たちを見つめている婚約者の様子に気付くこともなく、朗らかに笑いながらそう言った。

 胸中では、いずれは彼女と共に自分のものになるはずのそのお手並みを、まずは軽く拝見させてもらおうか、とほくそ笑みながら……。

 





我知空理進道(我、空の理を知り、道を進む):
 風水・卜占の仙術の一種で、空間短縮術のひとつ。
義兄である遥飛翔がこの術を習得しているため、変化術で彼の姿を借りれば瑠螺にも使うことができる。
この術をかけられた者は一歩で「天命数×10歩分」の距離を進むことができるようになる。
つまり、ごく普通の天命数1の人間が時速4kmで無理なく歩くだけでも時速40kmの速度を出しているのと同じペースで旅をすることができ、持久走並みの時速20kmで走れば時速200kmのペースとなるわけである。
天命数6の瑠螺であればその6倍の距離を進めるので、全力疾走すれば音よりも遥かに早く移動できるだろう。
ある程度の広さをもち整備された「道」を進んでいる限り、この術の効果は丸一日の間持続する。
途中に邪魔物があるとその直前で術が解けてしまい、また、山道や洞窟、屋内などではわずか一瞬、一歩分だけしか術の効果が持続しない。
しかし、戦闘時に離れた敵の懐に即座に斬り込んでいく(もしくは逆に逃走する)といった、一歩分だけで必要十分なケースで用いられることもある。

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