央華封神・異界伝~はるけぎにあ~   作:ローレンシウ

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第四十話 背双月起騒乱

 

 意識を取り戻したワルドは遅い朝食を取った後、部屋で一人悔しげに呻いていた。

 付き添いで看病をしていたルイズは、もう大丈夫だろうが大事をとってしばらく休んでおくようにと言いおいて退室し、今は瑠螺らと共に情報収集がてら街を見物して回っている。

 

「くそっ! 俺としたことが、とんだ不覚を……」

 

 正直に言って、最後に受けたのがどんな攻撃だったのか、いまだにわからない。

 覚えているのは、こちらが勝利を確信して呪文を放ったと思った直後に、がつんとぶん殴られたような強烈な衝撃を受けて、意識がなくなったことだけだ。

 

 何が起こったのかは、対戦した瑠螺本人か、あるいは周囲で見ていたルイズか他の同行者たちに聞いても教えてはもらえただろう。

 が、無様な負け方をした上に、自分がどうやられたのかさえも理解してないのだと白状するような、屈辱的かつルイズの幻滅を買いそうなことはしたくなかった。

 

「……油断した……、しかし、さすがは伝説といったところか。侮れんな……」

 

 自分自身に言い聞かせるようにそう呟きながら、グラスに注いだワインをぐっとあおる。

 

 その力を、いずれ主のそれと共に自分の手中に収められるかもしれぬという点では頼もしくもあるが、今は厄介な障害になりかねない。

 もしかするとルイズが現在心惹かれている相手なのではないかという疑念も、いまだに晴れてはいない。

 

(最低でも奴だけは、どうにかして始末するか……地上に残していくか、しなくてはなるまい)

 

 幸い、そのために使える手駒はまだ残っている。

 ワルドはにやりと笑ってもう一杯グラスを飲み干すと、頭の中で今後の算段を立て始めた……。

 

 

 その夜、瑠螺は部屋のベランダで夜空を眺めながら、ちびちびと酒杯を傾けていた。

 同室のフーケも相席している。

 

 一階には酒場もあって、最初は皆でそこで飲んでいたのだが。

 途中で煙草をふかす客が入ってきたものだから、煙いのが苦手な彼女はお先に失敬することにしたのだった。

 リンとレンも、子供が夜更かしは良くないということで既に自室に引き上げさせられていたので、保護者としてその場に残っている必要のなくなっていたフーケもついでに便乗して退出し、二人で自室で飲み直すことになったのである。

 

 しかし、このベランダがなかなかの場所で、外の新鮮な空気が吸えるし、眺めも素晴らしい。

 

「なんとも美しいのう……」

「ああ。今日は、『スヴェルの夜』だからね」

 

 そんな瑠螺の呟きに、数人の美男美女を侍らせてマッサージをさせたり、酒やつまみを給仕させたりして、心地よさそうにくつろいでいたフーケが頷く。

 

 ちなみにこの美男美女たちは、二人だけではいささか物足りないし、どうせ飲むのならもっと豪奢な気分で楽しもうということで、瑠螺が『仮現美女/美男(幻覚により、美女/美男を現わす)』の術で作り出してやったものである。

 要は幻覚なのだが、普通の人間ができる程度のことはすべて行えるし、五感すべてに働きかけるので、信じている者にとっては本物と変わらない。

 本当はなにもされてないのにやけに気持ちよさそうにしたり、給仕してもらっているつもりで自ら酒やつまみを口に運んだりしている、いわゆる『狐に化かされた』ような状態になっているわけだが、まあ悪意があるわけでもないのだし本人が楽しめていれば問題はあるまい。

 

「うむ。こちらへ来てから初めて見たが、きれいなものじゃな」

 

 瞬く星の海の中で、赤い月が青い月の後ろに隠れ、一つだけになった月が明るく白い輝きを放っていた。

 

 大道を司る二十八の星宿が煌めく央華の夜空もよいが、この世界のそれもまた格別だ。

 そういえば、今頃故郷の方では、皆どうしているだろうか。

 一番弟子の悠季は、修行を怠ってはいないか。

 二人目の弟子である双香珠は、元気にしているか……。

 

 そんなことを考えて少しばかりしみじみしていると、突然、空が暗くなる。

 

「……うん?」

 

 一体どうしたのかと顔を上げた瑠螺とフーケは、はっとして目を見開くと、素早く立ち上がった。

 巨大な何者かが、月を覆い隠していたのだ。

 

「こ、これは……!?」

 

 フーケには、たとえ姿はおぼろげにしか見えずとも、慣れ親しんだものであるがゆえに、その正体がすぐにわかった。

 そして夜目の利く瑠螺には、たとえ月明かりが遮られていようとも、その姿がはっきりと見えていた。

 

「あいつは、ゴーレムだよ!」

「それも、岩でできておるようじゃな!」

 

 その時、どこからか高らかな笑い声が響いた。

 

「ほーっほっほっほ!」

 

 よく見ると、巨大な岩ゴーレムの肩に誰かが立っている。

 

「見つけたよ! あんたたちがターゲットだね?」

 

 それは、長い茶色の髪を風にたなびかせた女だった。

 容姿はそれなりに整っていて、つり上がった勝気そうな目と酷薄そうな薄い唇とが、特に目を引く。

 髪の端の方だけが少し赤くなっているのは、以前に染めた名残だろうか。

 

 その少し後ろの方には、黒いマントを身に付けた、長身の貴族らしき男もいる。

 白い仮面をかぶっているので、顔はわからなかった。

 

「おぬしらは……?」

 

 瑠螺が怪訝そうに眉をひそめてにらみつけてやると、男は黙り込んだままだったが、女のほうはにやりとした笑みを返した。

 

「あたし? あたしはねえ、『土くれ』のフーケってものさ! 名前くらいは、聞いたことがあるんじゃないかい?」

 

 そんな名乗りを聞いた瑠螺は、目をしばたたかせると、本物のフーケの方に目をやった。

 当の彼女はというと、盛大に顔をしかめて溜息を吐いている。

 

「やれやれ、模倣犯かい……。そんな連中もいるらしいってのは、知ってたけどねえ……」

 

 犯罪者とはいえ名が知れ渡れば、その名声を利用しようとする者も出てくる。

 まだ自分が仕事をしていた頃には、その手口を半端に真似つつフーケの名を騙って、罪をこちらに押し付けようとする者が。

 廃業の宣言を出した後には、宣言は偽物の仕業であり、自分こそが本物のフーケであると偽ってその名声を横取りしようとする者が、いずれも一人ならず現れたという。

 

 とはいえ、所詮は人の名を騙らねば、ろくな仕事もできぬような小物ばかり。

 その大半はあっけなく捕らえられて、化けの皮が剥がれたらしいが……。

 

「おぬしの威を借りようというわけか、なるほどのう」

 

 してみると昨日オスマンが言っていた、チェルノボーグの監獄とやらから脱獄させられた罪人というのは、こいつのことだろうか。

 

「ま、多分ね」

 

 フーケはそう言って、肩をすくめた。

 

 ただ、ゴーレムの巨大さから見て、目の前の女のメイジとしてのランクはおそらく、本物のフーケである自分と同等のトライアングル・クラスのようだ。

 おそらく偽フーケの中では、かなり腕が立つほうなのに違いない。

 その腕前を見込まれて、逃がしてやるから引き換えに戦力として働け、とでも持ち掛けられたのか。

 

「何をごちゃごちゃ言ってるんだい。……とにかく、こっちはちょっとした事情で、結構な恩義のある相手がいてさあ……」

 

 偽のフーケは巨大ゴーレムをゆっくりと近づけながら、話を続ける。

 そうしながらちらりと背後の男のほうに視線を走らせたあたりからすると、そいつが恩人、つまりはこの女を脱獄させた張本人なのだろう。

 

 目を向けられたそいつは、にやっと唇の端を持ち上げると、初めて口を開いた。

 

「フーケ、こいつらのことはお前に任せよう。俺は先に、下の連中を始末してくるからな」

 

 わざとこちらに聞かせようとしているかのような、不自然に大きな声だった。

 しかも、魔法か何かでそうしているのか、変な具合に歪んで聞こえる。

 

 もっとも、そんな些細なことを深く考えている余裕はなかった。

 

 男は言い終えるや、巨大ゴーレムの肩から飛び降りる。

 その言葉と行動に二人が一瞬気をとられた、その隙に。

 

「……食らいなッ!」

 

 女はそう叫んで、巨大ゴーレムにいきなり下に垂らしていた腕を振り上げ、ベランダへ叩きつけさせた。

 まるでテナガザルのごとく体に比して長い腕で、しかも振るわれると蛇腹剣のごとく分割し、さらにリーチが延びる仕掛けになっている。

 ゴーレムの大きさからみてまだ間合いの外だろうと思わせて油断させておき、相手の注意が逸れた瞬間を見計らって、死角となる下方から不意討ち気味に仕掛けたというわけだ。

 

 だがもちろん、そんな子供騙しのような手口でやられる二人ではない。

 

 二人は揃って背後に跳ぶと、下から叩きつけられた腕を危なげなくかわす。

 岩でできたベランダの手すりが同じく岩でできたゴーレムの腕に打たれ、派手な音を立てて砕け散った。

 その場にとどまっていた幻覚の美男美女たちが攻撃に巻き込まれて、儚く消滅していく……。

 

 

 

 同じ頃、リンとレンもまた自分たちの部屋で、重なり合う月を見ていた。

 早く寝ろと言われてもなかなか寝付かないのは旅の興奮からか、子供によくあるささやかな反抗心のゆえか。

 

 けれど、二人ともいつになく切なげで、儚げな様子だった。

 

「……月はいいなあ、ひとつに重なり合えてさ」

「そうだね……」

 

 そう呟く二人は肩を寄せ合い、手を重ね合って、互いにぴったりと寄り添っている。

 でも決して、完全に重なり合うことはできないのだった。

 

 一本の木から作られた二つの木彫り人形は、ひとつの体、ひとつの魂を分け合って生まれてきた。

 どんなに遠くにいても気持ちはつながっている、心まで離れたことはない。

 けれど、心だけではだめなのだ。

 互いが近くにいないと、ひどい喪失感に苛まれ、己が体の半分が無くなってしまったかのように苦しくなる。

 自分が半ばここにいないかのように現実感がなくなり、世界のすべてが色あせて見えた。

 長い間離れ離れでいて、ようやく再会できた片割れと一瞬も離れたくないと思っても、二つにわかれてしまった体はどうしても、離れなくてはならなくなることがある。

 もう一度ひとつに戻りたいと願っても、もはやそれは叶わぬこと。

 

 いつも幸せで快活そうに見える二人だが、時折そうして離れ離れでいる時にはいつも沈み込んで、ほとんど笑うことがなかった。

 

 二人はその辛さを誰にも、たとえ心から親身になってくれるマチルダに対してであっても、打ち明けたことはない。

 そうした境遇に生まれることのない人間には決して理解の出来ぬ感覚であり、困らせるだけだということを分かっているからだ。

 

「……でも、わたしたちがこうして、二つに分かれて生まれてきたのは。きっと、離れたことを嘆くためじゃないよ?」

 

 そう言うリンに対して、レンは首をかしげる。

 

「出会うため、なんじゃないかな」

 

 リンはそう言って片割れを見つめ返すと、にっこりと笑った。

 

「わたし、レンにまた会えた時に、すっごくうれしかった。ずっと優しくしてくれて手伝ってくれたマチルダや、瑠螺さんにも、感謝してる。レンとひとつのままでいたら、そんな気持ちはわからなかった……」

「リン?」

 

 レンが、やや戸惑ったような顔つきになる。

 

 つい先日、ようやく人型をとれるようになったばかりのレンは、リンよりもずっと経験が浅く、人間の感情の機微にも疎い。

 普段はリンに合わせているが、かけがえのない片割れに関すること以外ではまだ強い感情を抱くことができず、自分の感じていることに自信が持てないでいる。

 ついこの間までのただの人形だった頃には、そんな感覚とはまったく無縁だったからだ。

 

 でも、同じ気持ちになれないのは嫌で、それを理解したいと思って。

 自分よりも早く成長した片割れの顔を、真っ直ぐに見つめた。

 

 リンは優しい目をしてそんな彼の手を握ると、真っ直ぐに見つめ返す。

 

「大丈夫だよ。レンにもいつか、そんなに遠くないうちに、きっとわかるようになるから」

 

 二人はそうして、間近で互いにじっと見つめ合って。

 やがて互いの瞳が潤み、自然な流れでその間の距離がさらに縮まろうとした、まさにその時。

 

「……!!」

「え、なにっ!?」

 

 そんな空気を吹き飛ばす無粋な爆音と衝撃とが、二人を揺さぶった。

 巨大ゴーレムが、別室の手すりを破壊したのである。

 

 

 

「あーあ。人がせっかくくつろいでたってのに邪魔すんじゃないよ、まったく」

 

 手すりを叩いたことで腕の動きが一瞬止まった、その隙を見計らって、フーケが杖を振った。

 途端にベランダから大きな岩の腕が生え出してくると、巨大ゴーレムのそれをがっちりと掴んで動きを封じる。

 

「生意気なっ!」

 

 偽のフーケが目をつり上げ、杖を振り上げて、ゴーレムに何か命令を下そうとした。

 しかし、それよりも早く瑠螺が導印を結び、口訣を唱えた。

 

『以金行為連針 刺(金行を以って連針と為す、刺せ)!』

 

 目の前の女が持つ杖へ向かって突き出した指先に、白い輝きが宿る。

 そこから、立て続けに二本の針が撃ち出された。

 

 偽フーケはあわててゴーレムへの命令を中断すると、自分の身を守るために呪文を唱える。

 間一髪で岩のドームが彼女の体を包み込み、飛来した針を防いだ。

 仙術は通常、一度放たれれば決して避けられることも迎撃されることもなく、自在に軌道を変えて妨害をかいくぐり、命中する。

 が、さすがに全身をくまなく覆われてしまってはそうもいかないようだ。

 

 しかし、命中した針は派手な音を立てて岩盤を砕き、ドームの二か所に大きな穴を穿った。

 

「う、ぐ……」

 

 予想以上のその威力に、偽フーケが冷や汗を垂らした。

 いま少し防壁の完成が遅いか、厚さが薄いかすれば、やられてしまっていただろう。

 また攻撃されたら、今度は防ぎきれるかどうか。

 

 目じりをつり上げてさらに術を紡ごうとする瑠螺を、フーケが押しとどめる。

 

「こいつはあたしが引き受けるから。あんたは先に下に行って、さっきのおかしな仮面男に付き合ってやりなよ。ご主人様のことが心配だろう?」

「しかし……」

 

 そう言われて、瑠螺はしばし躊躇した。

 

 確かに、一刻も早くルイズらの元へ向かい、仲間たちを守ってやらねばという思いもある。

 先ほどから下の方が騒がしくなってきている、どうやら目の前の偽フーケと先の仮面の男以外にも、まだ他に敵が襲撃してきているらしい。

 

 だが、この場にフーケを一人で残して行って、はたして大丈夫だろうか。

 仮面の男がわざとらしく下へ向かうことを大声で宣言したのは、あるいは自分たちを分断させて、各個撃破するのが狙いなのでは、という気もする。

 もう少し一緒に戦って、目の前の敵を倒してからのほうが……。

 

「なーに。あっさりと官憲に捕まって牢獄にぶち込まれてたような二流三流の猿真似野郎なんて、あたしの敵じゃないよ」

 

 フーケは自信たっぷりにそう言うと、不敵な笑みを浮かべて見せる。

 

 先日廃業したとはいえ、また決して人に誇れるような稼業ではなかったとはいえ。

 それでも、自分の二つ名を勝手に、こんな小物くさい女に借用されるのは、どうにも気に食わなかった。

 だからこいつは、自分の手で叩きのめしてやりたいのだ。

 

「……そうじゃのう。しかし、くれぐれも無理はせんようにの」

「ああ。お互いにね」

 

 最後に軽く笑い合うと、瑠螺はきびすを返して駆け出した。

 部屋を走り抜けて、一階へ向かう。

 

 フーケはそれを見送ると、あらためて偽物と向き合った。

 

「さあて。さっさと片付けるかね」

「なめるんじゃないよ! どこの馬の骨だかしらないけど、この『土くれ』に一人で勝てるとでも思ってるのかい?」

 

 偽フーケは敵の数が減って内心ほっとしながらも、それを表に出すのはプライドに障るのか、努めて不機嫌そうな表情を装いながらそう吐き捨てる。

 フーケはそれを、鼻で笑った。

 

「はっ。そっちこそ、一体全体誰に向かってモノを言ってるかわかってんのかい?」

「知るか!」

 

 いきり立った偽フーケが杖を振り上げて巨大ゴーレムに命じ、押さえられてない側の腕でフーケを叩き潰させようとする。

 対するフーケが軽く杖を一振りすると、ベランダからもう一本の腕が生えてきて、その攻撃も受け止めた。

 

「ちっ。お前も土のトライアングルかよ……」

 

 偽フーケは忌々しげに吐き捨てるも、直後に口をにやりと歪めた。

 

「……けど、あらかじめ他所でゴーレムを作ってきたあたしと違って、そっちは材料不足だ。そうして腕を作って、攻撃を受け止めるくらいが関の山だろう?」

 

 むき出しの土や泥ならいざ知らず、加工済みの岩から巨大ゴーレムを生み出すことは、よほど腕利きのメイジであっても短時間のうちにはまずできるものではない。

 そう判断して、腕を押さえられたままのゴーレムを強引に前進させようとする。

 腕だけしかない相手など、体格と重量の差に物をいわせて押し切り、術者もろとも圧殺してやろうというのだ。

 

 しかし、フーケは涼しい顔をしている。

 

「たかが一人の二流三流を相手にするのに、うすらでかいゴーレムなんざ必要ないね」

 

 そう言って、くるりと杖を回した。

 

 途端に、ベランダから生え出した両の腕が鋼鉄に変化したばかりか、これまでよりもさらに強い力が籠った。

 掴み止めていた巨大ゴーレムの両腕をたちまちのうちにめきめきと砕き、握り潰して引き千切る。

 

「ひっ!?」

 

 建物側へ強引に体重をかけるような真似をしていた巨大ゴーレムは、掴まれていた腕が砕けたことで支えを失い、大きくよろけた。

 肩に立っていた偽フーケも体勢を崩し、立て直す余裕がない。

 

「こっちへ来るんじゃないよ」

 

 鋼鉄の両腕が、倒れ込みそうになった巨大ゴーレムの胸部に、文字通りの鉄拳を叩き込んだ。

 ゴーレムの胸板にひび割れが走り、体が反対側へ押し戻される。

 

「……ひいいぃっ!?」

 

 偽フーケは立て続けの激しい衝撃に揺さぶられ、危うくゴーレムの肩から落ちそうになった。

 もっとも、本当に衝撃を受けていたのは体よりも心の方だっただろうが。

 

 ぜいぜいと荒い息を吐きながら、やっとのことで自分とゴーレムとの態勢を立て直すと、信じられないというような目でフーケのほうを見る。

 

「あ、あたしの巨大ゴーレムが、両腕だけの相手に……。まさか、あんたはスクウェア・クラス……?」

「トライアングルだよ」

 

 フーケは、ふんと鼻で笑った。

 

「単に、あんたが魔力の使い方もろくに知らない素人ってだけのことさ」

 

 偽フーケは、魔力の強さ自体はおそらく、本物のフーケと比べてもそう見劣りはしないだろう。

 だが、それを扱う技量には雲泥の差があった。

 

 たった一人の敵を相手にするのに数十メートルクラスの巨大ゴーレムを使い続けるなど、ただの魔力の無駄遣いだ。

 二本の腕しか使えないということは、逆に言えばその二本の腕だけに魔力を集中できるわけだから、パワーの密度は巨大ゴーレムなどよりもずっと大きくなる。

 おまけに巨大ゴーレム側の腕は、不意討ちを仕掛けようなどとして妙なギミックを内部に組み込んだせいで明らかに通常よりも強度が落ちているのだから、全力を出せば握り砕くことなどわけはない。

 

 本物のフーケは、巨大な土ゴーレムを犯行に使うことで有名になったが、決してそれだけが手口ではなかった。

 必要に応じてより小さなゴーレムを複数使ったこともあるし、ゴーレムを使わず錬金で密かに壁を崩して誰にも知られずに盗んだこともある。

 魔法に頼るだけでなく、変装しての潜入や情報収集だってこなしてきたのだ。

 ただ表面的な手口を模倣しただけで、馬鹿の一つ覚えのように巨大ゴーレムを使うしか能のない素人などとはわけが違う。

 

(ぐっ……)

 

 これは敵わぬと悟った女は、頭の中で早急に逃走の算段を立て始めた。

 

 戦っても勝てず、かといって降伏して捕らえられれば脱獄の罪も加わってさらなる重罪、最悪極刑も十分に考えられるとなれば、そうするより他にない。

 ここは巨大ゴーレムを捨て、その巨体を盾にして背後からの追撃を防ぎながら、夜闇にまぎれて『フライ』で飛んで逃げよう。

 幸い、脱獄させてくれた恩人にしてレコン・キスタ側からのお目付け役であるあの仮面の男もいないことだし、きっと逃げ切れるはずだ。

 

 そう考えてきびすを返そうとした女は、そこで初めて、自分の足が何かに絡めとられて動かなくなっていることに気が付いた。

 

「な、……っ!?」

 

 見れば、いつの間にやら巨大ゴーレムの全身に蔦のような物が絡みつき、食い込んで、その全身を蝕んでいる。

 その蔦が、女の足をも捕らえていた。

 

 央華の大道の定めるところによれば木克土、土は木によって克される。

 

「マチルダ、大丈夫!?」

「リンも気をつけて、身を乗り出したら下の連中が矢を撃ってくるかもしれない。ぼくらの体は、金属には弱いんだ!」

 

 

 

 瑠螺が一階に降りた時には、既にそちらでも戦いが始まっていた。

 

 傭兵らしき連中が徒党を組んで、玄関のあたりから酒場の奥に向かって矢を射かけている。

 ルイズらは床と一体化したテーブルの脚を折ることで盾とし、その陰に隠れながら、傭兵たちに応戦していた。

 他の客たちはみなカウンターの下で震えており、役に立ちそうにない。

 

 自分に向かって飛んできた矢を斬り払いつつ、急いで仲間たちの元へ向かった。

 

「リュウラ!」

「ご主人。どうしたことじゃ、このありさまは?」

 

 ルイズの話では、突如として玄関から現れた傭兵の一隊が、物も言わずに攻撃してきたらしい。

 狙いは明らかにその場にいた一行、ルイズ、ワルド、キュルケ、タバサのようだった。

 

「連中はメイジとの戦いに慣れているみたいね。こっちの魔法を十分にかわせるだけの距離を取りながら、矢を撃ってきてるわ」

「しかも、外の暗闇を背にしている」

「数も多いな。どうやら、この街中の傭兵が束になってかかってきているようだ。参ったね」

 

 キュルケ、タバサ、ワルドが、そう補足を加えた。

 

 さらには、どうやら敵の中には先ほどの偽フーケと仮面の男以外にも若干のメイジが混じっているらしく、時折こちらの呪文が敵に届いたかと思っても、向こうにも呪文を使われて防がれてしまうのだという。

 貴族崩れの傭兵メイジか、あるいは偽フーケと同じように監獄から逃がされた囚人だろうか。

 

「この規模の襲撃が行われるということは、アルビオン貴族が裏で手を引いているのだろうな」

 

 ワルドが顔をしかめて、そう言った。

 キュルケはどうでもよさげに頷きながら、杖をいじくって考え込んでいる。

 

「……やつらは矢で牽制することで可能な限りこちらを消耗させ、頃合いを見計らって温存したメイジの支援を受けながら、一斉に突撃してくるでしょうね。そうしたら、どうするの?」

 

 瑠螺は剣を袖に収めながら、ちらりとカウンターの奥の方に目をやった。

 そこでは、賊どもに抗議でもしたせいで攻撃されたのか、宿の主人が腕に矢を食らって呻きながら、水メイジらしい貴族客から治療を受けている。

 

「わらわが行こう。防戦というのは性に合わぬし、早くかたをつけねば、他の客や店にとっても迷惑であろうしのう」

 

 そう言って立ち上がろうとした彼女の裾を、ワルドが制するように引っ張る。

 

「む、なんじゃ?」

「一人で先走ってはいかん、今後の算段を立てよう」

 

 ワルドがいかにも深刻そうな低い声で言ったので、瑠螺は一旦腰を落とし、他の面子も黙って彼の方を見た。

 

「いいか、諸君。このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ成功とされる」

 

 瑠螺は、ぴくりと眉を動かした。

 ワルドはそんな彼女の方を向いて、話を続ける。

 

「きみがここで戦うというのなら、上の三人を合わせて四人になる。ちょうど、一行の半分だ」

 





仮現美女/美男(幻覚により、美女/美男を現わす):
 五感すべてに作用する美女もしくは美男の幻覚を空間にあらわす、高度な幻術の一種。
途中で解除するか、『殺され』ない限りは一日の間持続し、術を複数回使用することで何体でも作り出しておける。
これらの幻覚は、看破できなかった者には本物同様の作用を与える。
つまり、マッサージをされれば本当に血行が良くなり、殴られれば痛みを感じて頬が腫れ上がり、幻覚が身を投げ出して攻撃に割り込めば、それを『斬った』位置で剣が止まってしまう。
出現する美女/美男の能力は、高い魅力(見た目の美しさ)を除けばほぼ常人並みで、ごく普通の人間に行える程度の行為であれば何でもさせることができる。

以金行為連針 刺(金行を以って連針と為す、刺せ):
 鋭い鋼の針を一体の敵に対して素早く二連続で放って攻撃する、五遁金行仙術の一種。
一本一本の針の威力は、『以金行為鋼針 貫』と同等である。
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